2016年7月23日掲載。
ワンポイント:【長文注意】。「どうする?」の基本は、研究ネカト事件対処は4つのステップで進行することを認識することだ。そして、全体で「どうする?」、各ステップで「どうする?」のかを考える。
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
0.研究ネカト事件対処の4ステップ説
1.ステップ1「第一次追及者」
2.ステップ2「マスメディア」
3.ステップ3「当局(オーソリティ)」
4.ステップ4「後始末」
5.白楽の感想
ーーーーーーー
●0.【研究ネカト事件対処の4ステップ説】
図の出典
●【概略】
日本の百数十件の研究ネカト事件と外国の数百件の研究ネカト事件を分析した結果、白楽は、「研究ネカト事件対処の4ステップ説」をここに提唱する。
研究ネカト事件対処は4つのステップで進行している。このことを認識し、全体で「どうする?」、各ステップで「どうする?」かを考えるべきだ。
例えば、日本は何かと研究倫理「研修会」を開催する。しかし、研究者は、悪いと承知して研究ネカトするのだ。そういう人たちに「研究ネカトは悪いことだ」と「研修」して、研究ネカト対策にどれほど効果があるのだろうか?
「研究ネカト事件対処の4ステップ説」を解説しながら、日本のあるべき方向を提示しよう。以下が、骨子である。なお、研究者は、学生・院生など研究に携わるすべての人を含む。
- ステップ1「第一次追及者」・・・研究ネカトはネカト遭遇者またはネカトハンターが最初に見つけ、通報する。第一次追及者がいなければ、研究ネカト事件は発覚していない。
- ステップ2「マスメディア」・・・第一次追及者の声は小さい。新聞、テレビ、雑誌、ウェブサイトが問題視しなければ、事件はもみ消されてしまう。
- ステップ3「当局(オーソリティ)」・・・社会的に権威・権限が認められている組織が、研究ネカトを「公式」に調査し、シロ・クロを判定する。クロと判定した場合は「ペナルティを科す」。結果を公表する。
- ステップ4「後始末」・・・研究ネカトの全貌と本質を深く研究する。研究ネカトが起こらないようにシステムを改善する。研究ネカトが起こった時、適正に対処するシステムを構築する。
●1.【ステップ1「第一次追及者」】
●【概略】
研究ネカトはネカト遭遇者またはネカトハンターが最初に見つけ、「マスメディア」や「当局(オーソリティ)」に通報する。この通報がなければ、研究ネカト事件は発覚しない。
研究ネカトの事実をつかむには、それなりの能力・スキルが必要で、得た情報・資料を基に、さらに調査・分析が必要である。また、告発する場合、心理的バリアと身に降りかかる危険への予防スキルが必要である。
「第一次追及者」になるには、単に「研究ネカトを見つけた」レベルをはるかに超えている。
すべての研究ネカト事件に、必ず「第一次追及者」がいるのだが、表立つのを嫌う人や匿名希望者が多い。メディアや調査機関は誰が「第一次追及者」だったかを報道しないことが多い。研究倫理の専門家でも「第一次追及者」の実態を知ることは難しく、全体像も統計値もない。
なお、思い違いをしている人が多いので、最初に強調しておく。「当局(オーソリティ)」である米国・研究公正局や文部科学省の係員が、研究ネカトをした研究者を見つけて、調査するということは、全く、ない。「当局(オーソリティ)」は「第一次追及者」からの連絡を受け、被疑者の所属大学・研究機関に「調査するよう」連絡するだけだ。米国・研究公正局は、その調査結果を受けて、場合によると、独自の調査をする。
大学・研究機関の学長・副学長は、自分の大学・研究機関に所属している研究者が不祥事を起こすと、担当者である自分が非難される。政府の助成金が削減される。受験者数が減り、優秀な人材が確保しにくくなる。自分のメンツも栄誉も減る。
つまり、研究ネカト疑惑の連絡を受けた学長・副学長は、できれば、不正がなかったことにしたい。それで、一般的には、公正に対応しているように外部に見せかけ、実態は、事件をもみ消す(沈静化)方向で対処する。このことは、日本だけでなく、外国の大学・研究機関でも多数見られる。つまり、個人・組織の防衛本能で、過度でなければ、そのこと自体を非難できない。
とはいえ、通報に対して、建前上、公正に対応せざるえないので、公正らしく対応する。特に、「マスメディア」に公表され、社会で騒がれている事件ほど、「当局(オーソリティ)」は無視しにくく、公正らしく対応する。
論文の出版や撤回を行なう学術誌編集局も、編集長自身や編集局員自身が「第一次追及者」となり、研究ネカトを発見する場合がマレにある。しかし、通常は、「第一次追及者」が学術誌編集局に告発し、それを受けて、学術誌編集局が調査を始めるのである。
●【個人的告発者の2つのタイプ】
「第一次追及者」は、研究ネカトを最初に公益通報する人で、個人では、ネカト遭遇者とネカトハンターの2つのタイプがある。
★ネカト遭遇者
ネカト遭遇者は、自分の同僚や上司・部下など、自分の周囲で起こった研究ネカトにたまたま遭遇した人が、公益通報するケースである。ある意味、内部通報者である。通報する場合、匿名・顕名の両方がある。
顕名という用語は、法律用語では匿名と対比しないが、ここでは匿名と対比した言葉として使う。
顕名の定義は、正体を隠さない名前で、代表的なのが実名や戸籍名である。しかし、比較的簡単に、実在の人物を認識できるハンドルネーム、ペンネームも含める。つまり、「当局(オーソリティ)」が、少し探せば、電子メールアドレス、住所、電話番号、連絡先などがわかる場合を含める。
匿名の定義は、簡単には実在の人物の正体がわからない仮名、または無記名(匿名など)である。「当局(オーソリティ)」が探しても、電子メールアドレス、住所、電話番号、連絡先などがわからないようにする。
★ネカト遭遇者の具体例
実際の事件で具体的な「第一次追及者」を示す。匿名が多いが、例として挙げるには不向きなので省略した。以下は、全員、顕名である。
日本の例は少ない。3例示す。3例とも苦境に立たされた。
- 「企業:バイオテスト工業試験会社(Industrial Bio-Test Laboratories Inc.)(米)」
→ 大鵬薬品の北野静雄が製薬企業のデータ不正を追及 - 金沢大学附属病院で医療ミスを公益通報した小川和宏准教授 → 金沢大学准教授・小川和宏のブログ
- 日野秀逸(東北大学名誉教授)、大村 泉 (東北大学名誉教授)が、東北大学・井上明久総長の研究不正疑惑を追及した。サイトは閉鎖された(保存版)。 2013年8月29日、仙台地裁で敗訴。
外国の例では、著名なケースがたくさんある。4例示す。
- 「スパチェー・ロロワカーン(Supachai Lorlowhakarn)(タイ)」
→ タイ在住の英国人のウィン・エリス(Wyn Ellis)が追及したが、激しい攻撃を受けた - 「ヴィジェイ・ソーマン(Vijay Soman)(米)」
→ 被盗用者のヘレナ・ロッドバード(女性、ポスドク)が執拗に追求し、やっとイェール大学が調査した。 - 「ジェームス・アッブス(James H. Abbs)(米)」
→ スティーブン・バーロウ(男性、元院生)が執拗に追求しやっとウィスコンシン大学が調査した。なお、ウィスコンシン大学はシロと判定したので、さらに執拗に追求した。 - ハスコ・パラディース(Hasko Paradies)(ドイツ)
→ ウェイン・ヘンドリクソン(男性、同分野の他研究室のポスドク)が論文で指摘。
★個人ネカトハンター
ネカトハンターは、公益のために、研究ネカトを次々に暴いて、「当局(オーソリティ)」に告発する、と同時に「マスメディア」にも伝える人である。場合によると、自分のウェブサイトでも追及する。
研究ネカトを指摘すると、指摘された人・組織から、いろいろな方法で攻撃されるので、ネカトハンターは匿名が多い。
特に、自分のウェブサイトで告発する人は、告発文書がそのまま公開されるので、クッション・遊び・ブレーキがない。
ちょっとした不注意や過激な言葉で、被疑者から名誉棄損や損賠賠償の裁判にかけられる可能性がある。裁判の結果、サーバー管理者が、匿名者の身元を法的に開示しなければならなくなるかもしれない。匿名で行なっても名誉棄損や損賠賠償は名誉棄損なので、十分な注意が必要だ。
個人ネカトハンターの具定例を示す。
日本には、11jigenが優秀な個人ネカトハンターだったが、今は活動していない。
- 11jigen
2016年7月22日現在、無活動。活動期間は2012年1月(推定)-2015年5月15日。11jigenは、推定では、男性、個人、製薬企業の生命科学系研究者。 - 匿名A – Wikipedia
- Ordinary researchers – Wikipedia
外国の例では、著名な個人ネカトハンターが数人いる(いた)。
- クレア・フランシス(Clare Francis)
2016年7月22日現在、ハンター活動はしていない(?)。2010 年に活動開始。クレア・フランシスは仮名で、男女不明。数百の研究ネカト疑惑を大学・研究所に公益通報したとされる。通報を受けて調査した大学・研究所は、誰が第一次追及者だと言及しないことが多い。クレア・フランシスが第一次追及者だと判明したケースが少しある。 →
「ロセン・ドネフ(Rossen Donev)(英)」
「ミカル・オパス(Michal Opas)(カナダ)」 - ポール・ブルックス(Paul Brookes)
2016年7月22日現在、活動中。2012年7月に匿名で「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」サイトを立ち上げ、ネカトハンターとして活動していた。しかし、被告発者が実名を暴き、名誉棄損で訴えると脅したため、2012年12月にサイトを閉鎖した。
その後、実名で研究倫理活動をし、匿名でネカトハンター活動をしている(推定)。
身分は、米国・ニューヨークのロチェスター大学医学部・準教授。ポール・ブルックスが第一次追及者だった研究ネカト事件は多数あると思う。判明しているのは。 →
「バラット・アガワル(Bharat Aggarwal)(米)」
「ギゼム・デンメズ(Gizem Dönmez)(米)」 - レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)(ドイツ):Leonid Schneider – For Better Science
- ロルフ・ディーゲン(Rolf Degen)
2016 年8月5日のアリソン・マクック(Alison McCook)の撤回監視記事:Meet one of science publishing’s sentinels: Rolf Degen – Retraction Watch at Retraction Watch - ステファン・ウェーバー(Stefan Weber)(ドイツ)
- ジェニファー・バーン(Jennifer Byrne)(オーストラリア)
2017 年1月19日のトゥレヴォルストークス(trevorlstokes)の撤回監視記事:What turned a cancer researcher into a literature watchdog? – Retraction Watch at Retraction Watch
●【組織的ネカト・ハンティング】
★組織的ネカトハンター
日本に組織的ネカトハンターはいない。
外国の例では、複数人で、研究ネカトの告発サイトを運営している。運営者の一部は顕名で活動している。
これら告発サイトに特定の国の、あるいは、世界中のネカト遭遇者と個人ネカトハンターが、匿名で投稿・情報提供している。クラウドソーシング型の研究ネカト告発サイトである。
- 英語圏の「パブピア(PubPeer) 」
2016年7月22日現在、活動中。世界中のネカト遭遇者と個人ネカトハンターに、匿名で研究ネカトを告発できる場を提供している。誰もが無料で告発内容を閲覧できるが、投稿は研究者しかできない。
日本からも投稿できる。
運営代表者は、フランス国立科学研究センターの神経科学者・ブランドン・ステル(Brandon Stell)である。運営者たちも投稿していると思う。 - ドイツの「ヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)」
2016年7月22日現在、活動中。2011年3月に活動開始。ドイツの盗用博士論文を告発している。 - ロシアの「ディザーネット(Dissernet)」
2016年7月22日現在、活動中。2013年3月に活動開始。ロシアの盗用博士論文を告発している。ロシアの博士論文は驚くほど腐敗している(「ロシアの盗用博士論文」)。
●【どうする?:問題点と解決方法】
★問題点:内部告発者がいじめ、左遷、降格など苦境に立たされる。
多くの研究ネカトは内部告発しか発覚の方法がない。従って、研究ネカトの発覚には、内部告発者の公益通報が「とても強く」望まれる。社会システムとしても、望ましい。
しかし、内部告発者を奨励するシステムがないばかりか、内部告発者はいじめ、左遷、降格など悲惨な目に合うのが現実である。内部告発者を保護する法律はあるが、機能していない。
【解決方法】:
別記事でそのうち書く(多分)。
★問題点:内部告発する割合が低い。
研究ネカトにたまたま遭遇した人が、公益通報する割合は米国で1%程度だと推定されている(出典?)。つまり、100人の内99人は見て見ぬふりをする。この通報率を上昇できれば、それだけ、研究ネカトは発覚する。
【解決方法】:
別記事でそのうち書く(多分)。
★問題点:ネカトハンター組織がない。
問題点:
内部告発は重要だが、たまたま、研究ネカトに遭遇した人に研究ネカトを追及してもらうだけでは、たくさんの研究ネカトが放置されてしまう。多数の取りこぼしが生じる。
それに、たまたま、研究ネカトに遭遇した人に第一次追及者になってもらうには、研究システム全体から考えて、基本的に無理がある。
解決方法:
組織的に研究ネカトを見つけて対処する組織が必要だ。システマティックに研究ネカトを発見・追及する公的組織(科学技術捜査局、研究公正委員会)を設置する。
★問題点:日本語版「パブピア(PubPeer)」がない。
研究ネカトを見つけても、日本語で安心して公表する場がない。
【解決方法】:
日本語で研究ネカトを指摘できる場を設置する。とはいえ、誰が設置するかという問題がある。
●2.【ステップ2「マスメディア」】
●【概略】
「第一次追及者」は研究ネカトを追及したあと、どうしたいか、どうするか?
目標は、ステップ3の「当局(オーソリティ)」に告発し、研究ネカト事件を「公式に調査」してもらい、クロと判定されたら「ペナルティを科し」てもらいたい。これで、社会正義が成立する。
「当局(オーソリティ)」は「第一次追及者」からの告発を受け、「公式に調査」するハズであるが、現実は、無視、放置、ズサンな対処、間違った対処も多いと聞く。
研究ネカトを専従で対処する「当局(オーソリティ)」は、米国・研究公正局など少数で、日本の多くの大学・研究所の担当事務員・調査員はアドホックである。
専従でもアドホックでも、研究ネカトを処理する事務員・調査員には高度な能力と注意力が必要で、時間も十分に必要である。そして、彼(女)らは多忙である。
「当局(オーソリティ)」は、「マスメディア」に公表され、社会で騒がれている事件ほど無視しにくく、対応すると想定される。
「第一次追及者」は「当局(オーソリティ)」に告発すると同時に、あるいは、告発する前に「マスメディア」に伝えることが多い。もちろん、場合によると、自分のウェブサイトでも追及する。
社会的な影響力の高い人(大学教授や研究者)が、悪質で倫理にもとる行為(研究ネカト)をすれば、現在及び将来の日本社会に大きな悪影響を与える。「マスメディア」は、研究ネカトをした研究者を、社会に知らしめる価値があると判断している。
「第一次追及者」の告発に公益性があると判断すると、記者が取材し、新聞、テレビ、雑誌に記事を掲載・放映する。
また、今や「マスメディア」の1部となりつつあるソーシャル・ネットワーク(SNS)やウェブサイトで、研究ネカトの発信・増幅がおこる。
ステップ1「第一次追及者」のネカトハンター自身がソーシャル・ネットワーク(SNS)やウェブサイトで研究ネカト疑惑を発信し、ステップ2「マスメディア」を担うこともある。
なお、「マスメディア」は、事件の容疑者を公表した段階で、実質上、報道刑を科していることにもなる(世間にさらし者にしている)。このことは、研究ネカト行為を抑制する効果がある。一方、該当する容疑者および関係者・類似行為者が証拠隠滅する端緒を与え、あるいは、証拠隠滅を加速するなどの影響もある。
●【「マスメディア」の具体例】
★記者(ジャーナリスト)
ステップ1の「第一次追及者」的要素も併せ持ち、自分独自の取材や調査もする人たちで、新聞、テレビ、雑誌の記者(ジャーナリスト)が代表的である。
記者は自分の管轄地域(例:信州大学なら長野支局)で事件が起これば取材し記事にする。この場合、記者は、研究ネカトに特別の関心・知識・思想があるわけではない。管轄地域で起こった事件だから、仕事として、取材し記事にするのである。
この場合、当然ながら、取材も記事もおざなりになる。
一方、研究ネカトに高い関心を示して、長期(数か月-数年)にわたって、取材し記事にする記者もいる。
この場合、当然ながら、取材も記事もしっかりしている。このような記者には敬服する。
★研究ネカトを追及する(した)記者の具体例:日本
日本では、研究ネカト解明に大きく貢献した記者はいない。高い関心を持つ記者も少ない。
- 村中璃子(むらなか・りこ)
ウェブマガジンの「Wedge(ウェッジ)」に記事を書いている。芸能人的な売れ方をしないといいのだが。「医師・ジャーナリスト。東京都出身。一橋大学社会学部・大学院卒、社会学修士。その後、北海道大学医学部卒。WHO(世界保健機関)の新興・再興感染症対策チーム等を経て、医療・科学ものを中心に執筆中。京都大学大学院医学研究科非常勤講師も務める」(出典)。
2017年11月30日、ネイチャーのジョン・マドックス賞受賞
→ 2017年12月1日の岩永直子記者の「BuzzFeed」記事:海外の一流科学誌「ネイチャー」 HPVワクチンの安全性を検証してきた医師・ジャーナリストの村中璃子さんを表彰 - 須田桃子
『捏造の科学者 STAP細胞事件』(文藝春秋、2015年1月7日刊)を執筆した毎日新聞記者。
★研究ネカトを追及する(した)記者の具体例:外国
外国の例では、研究ネカト解明に大きく貢献した記者がたくさんいる。この記者がいなければ事件は埋もれていたかもしれない。3例のみ示す。
- オーストラリア放送協会(ABC)の医科学記者・ノーマン・シュワン(Norman Swan) → 「ウィリアム・マクブライド(William McBride)(豪)」
- 英国の記者・シェリー・ジョフレ → 「企業:研究329(Study 329)、パクシル(Paxil)、グラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline)(英)」
- イスラエルの新聞「ハアレツ」のタリ・ヘルチ=ソヴァー記者(Tali Heruti-Sover) → 「数学:アレキサンダー・スピバク(Alexander Spivak)(イスラエル)」
★研究ネカトを社会に伝えるウェブサイトの具体例
日本も外国も、「ステップ4の★B.一般社会・専門家・メディアの活動」で挙げた例の一部が、第一次追及者の追及、および、その追及を基にした新聞、テレビ、雑誌の記事を、さらに大きく社会に伝えている。
外国の例。
- 撤回監視
撤回監視(リトラクション・ウオッチ:Retraction Watch)。
→ 1‐4‐8.撤回監視(リトラクション・ウオッチ:Retraction Watch) | 研究倫理
日本の例。
●【どうする?:問題点と解決方法】
★問題点:研究ネカトを解明する記者が日本にいない。
日本には、藤村 新一の旧石器ねつ造を暴いた新聞記者「たち」がいた。毎日新聞が2000年11月5日にスクープ記事を掲載した。しかし、解明した記者の名前を出さずに、北海道支社の「旧石器遺跡取材班」とした(新聞出典)。これでは、記者の意欲は減退する。
【解決方法】:
日本のジャーナリズムの体制の問題であって、部分の修正を指摘しても、修正されないだろう。白楽は本気で解決方法を考える気が起こらない。
ただ、上記の前提で、少しだけ指摘する。同じような文章の発表と比較すれば、問題がすぐわかる。チームで研究した場合でも 論文の著者は「〇研究班」ではなく、貢献した研究者の名前を並べる。複数人で執筆した書籍の著者は「▽▽執筆陣」ではなく、各章ごとに執筆者名を並べる。どうして、新聞記事は「旧石器遺跡取材班」で、複数の記者の名前を出さないの?
●3.【ステップ3「当局(オーソリティ)」】
●【概略】
法律あるいは法律でなくても、社会的にその権威・権限が認められている組織が、研究ネカト事件を「公式」に調査し、シロ・クロを判定する。クロと判定した場合は「ペナルティを科す」。この組織を「当局(オーソリティ)」と呼ぶ。
「第一次追及者」がいくら追求しても、「マスメディア」がいくら騒いでも、研究ネカト者がフテブテしく居直り、場合によると、名誉棄損だと裁判所に訴える。この場合、その研究ネカト者を社会的に罰することはできない。せいぜい、報道刑を科す程度だ。
「第一次追及者」と「マスメディア」の記事で、どう見ても研究ネカトだと思えるのに、対応する「当局(オーソリティ)」がない場合、不正は放置される。例えば → 「アリエル・フェルナンデス(Ariel Fernandez)(アルゼンチン)」
結局、「当局(オーソリティ)」しか「ペナルティを科す」ことはできない。「ペナルティを科す」からには、基準・調査・判断・結論は慎重で、国際学術界および国際社会が推奨するレベルを満たす必要がある。
「当局(オーソリティ)」の基準・調査・判断・結論が間違っていた場合、悲惨である。日本では散見~頻繁だが、あえて言うと、中国、インド、タイなど学術研究途上国には、悲惨が頻繁にある。
●【「当局(オーソリティ)」の具体例】
★大学・研究所
- 大学・研究所は、所属する研究者を停職・解雇処分する。
- 大学は、在籍する学生(学部生、院生、研究生、聴講生)に単位不認定、停学、退学などの処分を科す。
- 大学は、授与した学士号、修士号、博士号、名誉教授を取り消す(はく奪する)。
米国では、研究ネカト者を研究界から排除するのが基本である。実際、研究ネカトでクロと判定された者が、その後、研究を続けている例はマレである。
日本では、どういう誤解のためか、研究ネカト者を解雇や辞職させずに、停職処分など、「4懲戒3注意」の解雇以外を科す場合がかなりある。
★学術誌編集局
学術誌編集局は、学術誌に掲載した論文を「撤回(retraction)」、「訂正(correction)」、「懸念表明(expression of concern)」する。これらの処置に、著者の同意が不要だとする学術誌が主流である。
論文が撤回されれば、研究者はその業績を失う。また、「撤回」「訂正」「懸念表明」されても、論文そのものは削除されない(削除してしまう編集長もいる。国際基準に無知なのだ)。
紙媒体で配布後の学術誌には掲示できないが、ウェブの論文には、「撤回」「訂正」「懸念表明」の注意書きがつく。従って、著者の研究ネカトや間違いという不名誉が、掲載された論文にズットと残る。
学術誌編集局は、また、不正常習者や不誠実な対応をした研究者からの論文を受理しない、あるいは、投稿を受け付けないという処置もする。
書籍の場合、発行した書籍を回収することもする。つまり、不良品、欠陥品を売るわけにはいかない。
★研究助成機関
研究助成機関は研究ネカト者に研究費を助成しない。研究費の返還も要求する。
米国・研究公正局は世界で最も強力で、研究助成機関・NIHが研究助成した研究者の研究ネカトを調査し、クロなら、研究費申請を受け付けないペナルティを科している。
白楽は、他の研究助成機関である米国・科学庁(NSF)、米国・食品医薬品局(FDA)、英国の医薬品・医療製品規制庁などの研究ネカト処置を十分調べていないので、ここでは名称だけ示す。内容はそのうち、調べてアップする(多分)。
日本には、研究助成機関・日本学術振興会に研究倫理推進室がある。
- 米国・研究公正局
米国・研究公正局は、NIHの研究助成(生物医学系)を受けた研究者だけを対象に、研究ネカトの調査をする。クロと結論すれば、所属・実名を公表し、通常、3年間の締め出し処分を行なう。締め出し処分中はNIHに研究費を申請できない。現実的には、この処分で、研究ネカト者を研究界から排除できる。
→ 1‐4‐3.米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity) | 研究倫理 - 米国・食品医薬品局(FDA)
《白楽は、十分調べていない》。 - 米国・科学庁(国立科学財団、National Science Foundation, NSF)
米国・科学庁は、科学庁の研究助成(理工系・文系)を受けた研究者だけを対象に、研究ネカトの調査をする。クロと結論しても、所属・実名は匿名である。《白楽は、科学庁を十分調べていない》。 - 英国の医薬品・医療製品規制庁
英国の医薬品・医療製品規制庁は、医薬品・医療製品規制庁の研究助成(生物医学系)を受けた研究者だけを対象に、研究ネカトの調査をする。《白楽は、十分調べていない》。 - 日本学術振興会
日本学術振興会は、日本学術振興会の研究助成(主に文部科学省・科学研究費補助金)を受けた研究者を対象に、研究ネカトの告発を受け付けるが、独自の調査はしない。調査は研究者の所属する大学・研究所に任せる。
クロと結論すれば、所属・実名を公表し、文部科学省・科学研究費補助金を数年間申請させない。現実は、この処分で研究ネカト者を研究界から排除できない。
→ 研究公正|日本学術振興会
★学会
学会は、研究者の専門分野ごとに外国の学会と日本の学会が存在している。大きな学会には研究倫理委員会が設けられている。
(1)各学会は、国際的に統一した研究公正基準を専門分野ごとに設定し公表すべきだ。また、所属会員からの研究倫理相談を受け付けるべきだ。しかし、そういう意識の高い学会はほとんどない。
(2)各学会は、所属学会員に研究ネカト疑惑が生じたとき、学会が調査し、クロと結論したら、所属・名前を公表し、除名処分をすべきだと思われる。そうすれば、研究ネカト者を研究界から排除できる。しかし、研究ネカトで学会が調査し、除名処分をした例は、日本では聞いたことがない。
海外では、1997年、ドイツの学会(German Association for Orthopaedics and Traumatology)が研究ネカト者のマイノルフ・ゴエッツェンを除名した。
→ 「マイノルフ・ゴエッツェン(Meinolf Goertzen)(ドイツ)」
以下、米国の先進的な生命科学系学会の対処を2例、日本の生命科学系学会の状況を2例示す。
- 米国細胞生物学会
2003年6月、米国の細胞生物学会は学会誌「Journal of Cell Biology」で、米国・細胞生物学会としての画像に関するガイドラインを発表した。2004年の「What’s in a picture? The temptation of image manipulation」(Rossner and Yamada, J. Cell Biol. 166:11–15)・「JCBガイドライン」は無料で閲覧できる。→ 「3‐5.「改ざん」の具体例2:画像操作」 - 米国糖尿病学会
米国糖尿病学会は、疑惑研究者が所属するブラジルのカンピーナス州立大学の調査に納得しなかった。適切な調査がされない限り、米国糖尿病学会が関連するすべての研究ジャーナルは、カンピーナス州立大学に所属する研究者からの原稿を一切受理しないと通告した。
→ 「マリオ・サード(Mario Saad)(ブラジル)」 - 日本分子生物学会
日本分子生物学会は、生命科学系の大きな学会で、日本で最も研究ネカトに対応してきた学会と思われる。研究ネカト会員(杉野明雄・元・大阪大学教授。2006年12月20日、大阪大学は懲戒解雇)の研究ネカトを2007年4月頃から調査し、2008年9月27日、ねつ造と結論し、意見書(保存版)を学会のサイトに載せた。しかし、処分や除名はしていない。そもそも、大阪大学が懲戒解雇した後からの調査開始では、ハナから腰が引けている。
また、STAP細胞で騒いで、2014年に5件活動報告をした。しかし、研究倫理委員会は、2014年11月22日以降、2016年7月22日現在までの1年8か月、何も活動報告をしていない。 - 日本生化学会
日本生化学会も、生命科学系の大きな学会であるが、日本分子生物学会に比べると、まるで、研究ネカトに対応していないように思える。研究倫理委員会は設立されているが、「行動規範」を掲載したのが2014年10月28日と極めて遅い。
かつて、白楽が日本生化学会員だった2007年、研究倫理のシンポジウムを提案したことがある。担当者は賛成してくれたが、上層部で否決され、上層部の研究倫理感の貧弱さに驚いた経験がある。
日本分子生物学会の第15期会長・長田重一は、「分子生物学会には自由闊達な雰囲気がありますが、生化学会には物言えぬ雰囲気があると思われています」と、その2007年に書いていた(保存版)。
★警察・検察・裁判所
研究ネカトは、日本でも外国でも、「不適切だが違法ではない」とされてきた。従って、基本的には警察・検察・裁判所は関与しない。
ただし、大学・研究所の処分が不当だと、研究ネカト者が裁判所に訴える例が日本と外国で散見している。
しかし、外国では、最近、研究ネカト者に刑罰を科す例がみられる。推定だが、世界的に徐々にこの方向に向かう印象だ。
→ 研究ネカトで投獄や裁判 | 研究倫理
2016年7月の撤回監視のアンケートでは82%の人が、「研究ネカトは犯罪として起訴すべき」と答えている。
●【どうする?:問題点と解決方法】
★問題点:当局は管轄外の研究ネカトを調査・処分できない・しない。
【例1】
A大学がM研究者の研究ネカトを見つけて調査し、クロと判定し、処分しようとした。しかし、M研究者がB大学に移籍してしまうと処分できない。
日本の具体例は、小室一成事件が該当する。
【例2】
A大学がM研究者の研究ネカトを見つけて調査し、クロと判定した。しかし、M研究者は、以前所属していたC大学、さらに、それ以前のD大学でも研究ネカトしていた疑惑がある。しかし、C大学やD大学は、現在在職していない元・研究員の昔の論文を調査する意欲はない。
そのために、M研究者の研究ネカトの全体像は解明できない。
【例3】
民間研究所の研究員が国の研究助成金を受領していなければ、研究公正局などは調査できない。民間研究所が処分しなければ、この場合、学術誌編集局だけが、掲載論文を「撤回」「訂正」「懸念表明」できるだけである。
→ 「アリエル・フェルナンデス(Ariel Fernandez)(アルゼンチン)」
【解決方法】:
研究者の所属を問わず、研究ネカトを「公式」に調査し、シロ・クロを判定し、クロと判定した場合は「ペナルティを科す」国家機関としての「当局(オーソリティ)」を設立する。公正取引委員会のような「行政委員会」の1つとして研究公正委員会(科学技術捜査局)の設置が望ましい。大学・研究所、学術誌編集局、研究助成機関、学会は、研究公正委員会の調査結果(途中報告)に応じてそれぞれ処分する。
★問題点:大学は学長の研究ネカトを調査・処分できない・しない。
大学・学長の研究ネカトが東北大学、琉球大学、岡山大学などで指摘され、ドロドロの攻防戦を呈している。公式には学長側に有利な結論が導き出され、告発者が不当な扱いを受けていると白楽は感じる。
しかし、調査・結論する「当局(オーソリティ)」が大学なら、どう考えても、学長が任命した委員が学長の嫌疑を公正に調査・結論するとは考えられない。制度設計そのものが異常である。
【解決方法】:
前出と同じ。大学とは別機関が、学長の研究ネカトを「公式に調査」し、シロ・クロを判定し、クロと判定した場合は「ペナルティを科す」国家機関としての「当局(オーソリティ)」を設立する。公正取引委員会のような「行政委員会」の1つとして研究公正委員会(科学技術捜査局)の設置が望ましい。
★問題点:日本の研究ネカト者の調査内容・報告・処分が、バラバラで法の下の公平性が欠ける。
欧米では、学術界から研究ネカト者を排除するのが処分の基本である。従って、免職が基本である。一般に、日本の処分には「4懲戒3注意」がある。
・懲戒処分:免職>停職>減給>戒告
・軽微な処分:訓告>厳重注意>口頭注意
日本では、研究ネカト者の処分が「解雇」ではなく「停職」だったり、軽微な「訓告」、場合によると無処分がある。処分がバラバラで妥当性を欠いているためだと思えるが、研究ネカト者が処分の不当を裁判所に訴えるケースもある。
これはある意味当然で、各大学・研究所が研究ネカト者の調査・処分を行なうが、調査委員は研究ネカトに素人の大学教授などである。補佐する事務員も研究ネカトの素人である。その上、仲間の人間、対抗組織間の調査・処分の攻防なので、学内利害や学内政治が大きく影響し、処分の軽重が影響される。
また、金沢大学や熊本大学など、研究ネカト者を「匿名」で守り、改善しようとしない大学がある。
文部科学省は、「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(2014年8月26日に決定)の25頁 に、研究ネカト者の氏名(所属・職)を報告書に記載すべきとしているのに、違反を放置している。
【解決方法】:
前出と同じ。研究者の所属を問わず、研究ネカトを「公式」に調査し、シロ・クロを判定し、クロと判定した場合は「ペナルティを科す」国家機関としての「当局(オーソリティ)」を設立する。公正取引委員会のような「行政委員会」の1つとして研究公正委員会(科学技術捜査局)の設置が望ましい。大学・研究所、学術誌編集局、研究助成機関、学会は、研究公正委員会の調査結果(途中報告)に応じてそれぞれ処分する。
●4.【ステップ4「後始末」】
●【概略】
ステップ3までで、個別に生じた研究ネカト事件の処置は終わる。
ステップ4はそれらの処置の適正さや改善を考え・実行する「後始末」である。
「後始末」のポイントの1つ目は、研究ネカトを含めた国内外の「研究上の不正行為」の全貌と本質を深く、かつ詳細に研究し、専門家・関係者・一般社会に伝えることだ。
ポイントの2つ目は、研究ネカトが2度と起こらないようにシステムを改善することだ。イヤイヤ、2度は起こるだろうが、なるべく起こらないように改善する。
ポイントの3つ目は、研究ネカトが起こった時、適正に対処するシステムを構築あるいは改善する。
白楽のこのブログも「後始末」活動の1つである。
●【「後始末」の具体例】
「後始末」の具体例は以下の4つである。
- 大学・研究機関の研究倫理教育
- 一般社会・専門家・メディアの活動
- 大学教授・研究者の活動
- 政府・行政の活動
★A.大学・研究機関の研究倫理教育
大学は、学生・院生に研究倫理を教育すべきである。大学院は研究者養成コースなので、研究者になるための教育の1つに研究倫理教育があって当然である。学部生にとっては、学問のあり方としての研究倫理は、学問を理解するうえで重要である。また、卒業後、大学院に進まず研究関連の業務につくこともある。
また、大学・研究所は所属の教員・研究員・スタッフの研究倫理教育をすべきである。
ただ、冒頭で既述したように、研究者は、悪いと承知して研究ネカトする。そういう人たちに、単に「研究ネカトは悪いことだ」と教育する意味はほとんどない。教育方法をかなり工夫しないといけない。
研究倫理教育へ疑問を持つ人は他にもいる(2016年6月7日の粥川準二(かゆかわじゅんじ)の記事:「研究不正 を防ぐための倫理教育に効果はあるか?」)。
★A-1.学生・院生の研究倫理教育:米国
2009年11月、米国・NIHは、研究倫理教育の受講していない訓練生(学生、院生、ポスドクなど)の奨学金申請を認めないとした(NOT-OD-10-019: Update on the Requirement for Instruction in the Responsible Conduct of Research(保存版))。
米国・科学庁 (National Science Foundation, NSF)も同様の措置を取った。
2013年2月、米国・農務省・食品農業研究所(National Institute of Food and Agriculture)も同様の措置を取った。(UNL | Responsible Conduct of Research | Research Responsibility(保存版))。
つまり、米国のすべての理系の学部生・院生・ポスドクは実質的に研究倫理教育が義務化されている。
教育は誰がどう担当するか?
米国の大学には研究倫理官が必ずいるので、その教員が科目を開設しているケースがあるだろう。《白楽は、米国を含めた外国の研究倫理教育を網羅的に調べていない》。 → 参考:齋藤芳子「米国における 大学院生向け研究倫理教育コースの設計」2008年。
米国・ネブラスカ大学は、CITI プログラムの研究倫理コースをオンラインで習得するとなっている(CITI – Collaborative Institutional Training Initiative)。網羅的に調べたわけではないが、米国の多くの大学はそうしていると思う。
文系の訓練生は?《白楽は、十分調べていない》
ハーバード大学・経営学では「企業倫理」の受講が必修だ(2014年10月2日、佐藤 智恵「ハーバードが「倫理」を必修にする理由、日経ビジネスオンライン(保存版)。全文閲覧は有料)
★A-2.学生・院生の研究倫理教育:日本
米国の理系では、研究倫理教育がほぼ必修になっているが、日本では、必修は少ない。必修どころか、科目を開設していない大学・大学院が大半と思われる。
大きな理由は、教員側の関心の低さと、研究倫理を教育できる大学教員が全国的に数人しかいないためである。
しかし、米国と同様に、日本版のCITI プログラムの研究倫理コースをオンラインで習得できる。白楽も教材作成に協力した。ただ、2012年-2016年は文部科学省の助成金で運営されたため無料で受講できたが、2017年からは助成金が終わる。
2017年からは、一般財団法人・公正研究推進協会が有料で提供する(2016年2月16日、朝日新聞「不正防止へ 研究者自ら団体設立」(保存版))。
【研究倫理教育が必修の大学院】
以下、全国調査をしたわけではないので、網羅的ではないが、とても少ない。
- 2014年度新設、研究倫理に関する必修講義(大学院|関西医科大学)
- 2006年度(?)新設、医学研究の倫理(大学院|九州大学・医学系学府)
- 2006年度新設、研究倫理オリエンテーション(大学院|大阪大学・医学系研究科)
★A-3.大学・研究所の教員・研究員・スタッフの研究倫理教育:米国
2009年11月、米国・NIHは、研究費を申請する大学教員・研究所研究員に研究倫理教育の受講を強く推奨した(NOT-OD-10-019: Update on the Requirement for Instruction in the Responsible Conduct of Research(保存版))。
米国・科学庁 (National Science Foundation, NSF)も同様の措置を取った。
2013年2月、米国・農務省・食品農業研究所は、研究に関連するすべての教員・研究員・スタッフに研究倫理教育の受講を義務化した。(UNL | Responsible Conduct of Research | Research Responsibility(保存版))。
米国の研究者は、大学外から研究費を獲得することが必須なので、実質上、理系研究者のほぼ全員は、所定の研究倫理教育を受けることになる。
大学・研究機関は、所属研究者に研究倫理教育をする義務があり、研究ネカトを起こさないような処置をする(教育、研修、研究システムの見直しなど)。
そして、大学・研究機関は、教授の兼職だが、必ず1名の研究倫理官(Research Integrity Officer: RIO リオと読む)がいて、その大学・研究機関の研究ネカトの対処をする。つまり、各大学・研究機関には研究倫理の専門家がいるということだ。
★A-4.大学・研究所の教員・研究員・スタッフの研究倫理教育:日本
2015年4月、科学技術振興機構(JST)は、研究費の申請条件に研究倫理教育の修了を義務化した(2015/5/11 日本経済新聞)。
2015年4月、産業技術総合研究所:研修プログラムの受講義務化。(2015/5/11 日本経済新聞)
ーーーーーーーーーー
★B.一般社会・専門家・メディアの活動
社会一般に研究者の事件を伝え、国民全体に事実を伝えるとともに、研究倫理への関心を高めることが研究ネカト防止に大きな効果が期待できる。
メディア(新聞、テレビ、雑誌、ウェブサイト、講演会など)が大きな貢献をする。
社会として、「オール・トライアルス(AllTrials)」「イノセンス・プロジェクト」などのシステムを導入する契機にもなる。
研究ネカトの専門家に、研究ネカト事件を伝えることも重要だ。外国の例では、有力なサイトがたくさんある。著名な4例、非営利組織から2つ、新聞社、学術誌編集局から各1つを示す。
- 撤回監視
撤回監視(リトラクション・ウオッチ:Retraction Watch)は、学術誌に論文撤回の告知と背後の問題を解説している。2010年8月に活動開始し、2016年現在、活発である。
→ 1‐4‐8.撤回監視(リトラクション・ウオッチ:Retraction Watch) | 研究倫理 - 出版規範委員会
出版規範委員会(Committee on Publication Ethics:COPE)は、学術論文の出版規範を制定し、世界の学術雑誌の編集者に助力している。研究ネカトの基準や対処方法も示している。 - ニューヨーク・タイムズ
ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)は、米国の発行部数第3位の日刊新聞で、かなり昔(1974年)から研究ネカトの記事を掲載している(別の検索語)。一部、無料閲覧を可能にしている。 - ネイチャー
ネイチャー(Nature)は著名な学術誌で、主体は学術論文の掲載であるが、研究体制の記事も掲載する。研究ネカト問題も報告し、一部、無料閲覧を可能にしている。
日本の例も以下に示す。日本には外国と対比した非営利組織、新聞社、学術誌編集局の活動がない。
以下は、研究ネカト事件にも言及する個人(匿名)の活動・ブログである。
- 社会 – 世界変動展望
- 知識連鎖 | 研究不正疑惑
- 粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ。共著書『生命倫理とは何か』(市野川容孝編、平凡社)など。国士舘大学、明治学院大学、日本大学非常勤講師。博士(社会学)(本人のツイッターから修正引用)。 → ツイッター:https://twitter.com/kayukawajunji?lang=ja - 片瀬久美子
女性。1964年生まれ。サイエンスライター、理学博士(細胞分子生物学) → ツイッター:https://twitter.com/kumikokatase - 榎木英介
病理専門医、細胞診専門医。「博士漂流時代」 http://amzn.to/fyhO1E にて「科学ジャーナリスト賞2011」受賞。近刊はSTAP細胞問題を扱った 「嘘と絶望の生命科学」(文春新書))(本人のツイッターから修正引用)。 ツイッター:https://twitter.com/enodon?lang=ja - 2ちゃんねる
匿名で投稿。玉石混交。→ 研究 不正 - ウィキペディア
研究ネカトの解説がある。
ーーーーーーーーーー
★C.大学教授・研究者の活動
大学教授・研究者が自分の研究テーマとして研究倫理を研究し、国際的な動向も把握し、論文、学会、講演会、書籍、雑誌、ウェブ、ブログなどで発信をすることが望ましい。
大学教授は、人材育成も業務である。研究倫理を専門とする学生・院生を育成することが望ましい。学生・院生に研究倫理の知識・思想・スキルを習得させ、行政や民間組織で実務をこなす人、または学術界で研究倫理を研究・教育する人を育成することも重要だ。
2015年12月末、コロラド州立大学・神経科学教授だったキャシー・パーティン(Kathy Partin)が、米国・研究公正局の所長に移籍した。大学教授は、学術界以外の人材供給源になっている。
外国では、有力な大学教授・研究者がいる。
- ダニエル・ファネーリ(Daniele Fanelli)
米国・スタンフォード大学・上級研究員。研究ネカトの研究者。イタリア のフィレンツェ大学出身。活発に研究成果を発表している。 - ニコラス・ステネック(Nicholas H. Steneck)
米国・ミシガン大学名誉教授。研究規範ではパイオニアであり重鎮である。 - ミゲル・ロイグ(Miguel Roig)
米国・セント・ジョーンズ大学 ・心理学教授で、「盗用」問題の専門家である。1956年生まれ。 - デボラ・ウェーバー‐ウルフ(Debora Weber-Wulff)
ドイツのHTWベルリン大学・教授。女性。専門はメディアとコンピュータで、「盗用」問題の専門家である。1957年生まれ。2014年3月に書籍『False Feathers: A Perspective on Academic Plagiarism』(邦訳なし)を出版。ドイツの「ヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)」の活発なメンバー。ブログ・「コピー・シェーク・ペースト(Copy, Shake, and Paste)」でも発信。 - フェリック・ファング(Ferric C. Fang)
米国のワシントン大学(シアトル)・医学研究科・微生物学の教授で、研究倫理の活動もしている。
日本の例も以下に示す。レベルは問わないとしても、上記の外国の大学教授・研究者と同じ種類の活動をする人はほとんどいない。
- 山崎茂明
愛知淑徳大学・教授。専門は研究発表倫理。多数の著書がある。院生を育てていない? - 市川家國
信州大学・特任教授。専門は小児科学・内科学。学生・院生の育成はしていない。 - 小林信一
国立国会図書館・調査及び立法考査局・専門調査員・文教科学技術調査室主任。学生・院生の育成はしていない。
小林信一「我々は研究不正を適切に扱っているのだろうか―研究不正規律の反省的検証― 」 上・下『レファレンス』No.764,765 、2014年。
小林信一「新しい研究不正ガイドラインの論点」調査と情報、2014年。 - 札野 順(フダノ ジュン)
東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院・教授 。専門は技術者倫理。 - 黒木登志夫
2016年4月著書『研究不正』(中公新書)出版。専門はがん研究。東京大学名誉教授、岐阜大学名誉教授。学生・院生の育成はしていない。 - 白楽ロックビル
我田引水です。お茶の水女子大学名誉教授。専門はバイオ政治学。学生・院生の育成はしていない。著書『科学研究者の事件と倫理』(講談社、2011年9月)。本サイトで情報発信。
→ 研究倫理 | 白楽ロックビルのバイオ政治学
ーーーーーーーーーー
★D.政府・行政の活動
外国にはたくさんある。網羅的ではない。
- 米国・研究公正局
米国・研究公正局は、NIHの研究公正を管轄する。研究ネカトでクロの人の実名・所属を公表している。また、研究ネカトの抑止のための様々な教育資料を提供している。
→ 1‐4‐3.米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity) | 研究倫理 - 米国・NIHの研究費
NIH研究費のResearch Integrity - 英国研究公正室(UKRIO:UK Research Integrity Office)
→ 1‐4‐4.英国研究公正室(UKRIO:UK Research Integrity Office)
日本はガイドラインの公布を含め文部科学省が先導している。他省庁、学術会議、大学、研究機関は文部科学省の方針に従っている。
- 文部科学省
文部科学省は、2014年8月26日に「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」を大臣決定した。 - 科学技術振興機構(JST)
研究公正ポータルサイトを作り(2016年4月?)、「研究公正に関する様々な情報やツールを提供」している。「日本学術振興会、日本医療研究開発機構と連携して科学技術振興機構が運営しています」(「」は、同サイトより引用)。
●【どうする?:問題点と解決方法】
問題の内容が多く複雑で、別途、記事として記載する(つもり)。1つだけ書く。
★問題点:日本に研究ネカトを専門とする大学教授がほぼいない。
「★C.大学教授・研究者の活動」で、大学教授がいるように書いた。しかし、研究ネカトを専門とする「現役」教授は、山崎茂明教授だけだ。
研究ネカトを専門とする現役教授が1人では、研究ネカト問題が深まらない。
本ブログで、外国の研究者の事件例を多数解説しているが、ほとんどは、日本で一度も解説されていない。だから、日本人は、そういう事件が起こっていない前提で、研究倫理を考えていたのだ。ものの見方と対策がゆがんでくるわけだ。
文部科学省や科学技術振興機構の活動は随分よくなってきた。しかし、行政では深まらない本質的な議論がある。大学で研究する場合の自由な発想と深い議論が必要である。
また、大学教授がいないと研究ネカト問題を専攻する院生が育ってこない。
【解決方法】:
大学は、研究ネカト問題を専門とする教授を採用する。政府・研究助成機関は研究ネカトに研究費を助成する。
●5.【白楽の感想】
《1》4ステップ説で事件が見える
「研究ネカト事件対処の4ステップ説」で、事件が見えてくる。どこをどのようにすると改善できるのかを把握できる。
日本は米国に比べると、4ステップのどれも弱体だが、特に、「第一次追及者」の重要性がまるで理解されていないことが分かる。
一方、ステップ4「後始末」の「大学・研究機関の研究倫理教育」が重視されていることが分かる。教育・研修は必須ではあるが、研究ネカト事件の対策としては、あまり有効ではないと、白楽は考えている。
ーーーー
【終わり】。長い記事をサラミ出版するか迷いましたが、ウェブだと検索もできるし、何度も読めるし、ということで1つにまとめました。