1‐1‐3.日本語の用語と英語の用語

2016年6月23日改訂。

目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.「研究倫理」より「研究規範」
2.ネカト=「ねつ造」+「改ざん」+「盗用」
3.研究クログレイ
4.研究非許容行為
5.米国科学アカデミーの用語との対応
6.告発(allegation)、予備調査(inquiry)、本調査(investigation)などの用語

ーーーーーーー

●1.「研究倫理」より「研究規範」

日本では、「研究倫理」の「倫理」をモラルやマナーだと誤解する人が多い。だから、家庭のしつけや研究者の道徳観に焦点をあてて、「研究上の不正行為」を行なった研究者に、「襟を正せ」と叱責する人が多い。

しかし、「研究倫理」の英語は「research ethics (リサーチ・エシックス)」で、「研究倫理」の「倫理」は、「モラル(moral)」ではなく「エシックス(ethics)」である。

「エシックス(ethics)」は、専門職のルール・規範だから、家庭のしつけや研究者の道徳観とは別次元の話である。研究「エシックス(規範)」は、研究職に必要な1つの知識・スキル・思想なので、家庭で教えられるレベルをはるかに超えている。例えば、論文の引用法を教えられる家庭は少ないだろう。

研究職に必要な知識・スキル・思想なのだから、研究者育成の場である大学院(学部も)で「研究規範」(リサーチ・エシックス)を教育し習得させなくてはならないが、その意識が日本では貧困である。

それは、日本語が不適切だったことも一因だと感じる。反省を兼ねて、ここでは、基本的に、「研究規範」という用語を使うことにした。日本化学会は、すでに、研究「倫理」ではなく研究「規範」を用いている。

しかし、研究倫理という用語が日本社会に深く浸透していて、「研究規範」では、無視される。それで、仕方なく、ブログ名を「研究倫理」にした。

●2.ネカト=「ねつ造」+「改ざん」+「盗用」

英語の「research misconduct」は、「ねつ造(fabrication)」、「改ざん(falsification)」、「盗用(plagiarism)」の3つに限定した専門用語である。

日本では普通名詞扱いの「研究不正」と訳してしまった。そのため、研究費不正、オーサーシップ、アカハラなども含め、「研究に関連した不正、研究上での不正」全般に適用しがちである。これは誤用である。

一般的に「研究に関連した不正、研究上での不正」を、普通名詞の「研究不正」と書きたいが、「ねつ造」+「改ざん」+「盗用」に限定している専門用語ととらえられかねない。

混乱を防ぐにはどうしたらよいか?

英語の「research misconduct」に対して、適切な日本語訳が必要だった。今更遅い面もあるが、修正して、日本語の混乱を防ぎたい。では、本来、どのような日本語が適切だろうか?

辞書では「misconduct=非行、不品行、違法行為、不正行為、職権乱用、不祥事、まずい経営」である。

日本の権威筋の使用例を見ると、「research misconduct」を、文部科学省は「研究活動の不正行為」、日本学術会議は「科学におけるミスコンダクト」「研究活動における不正」、 総合科学技術会議は「研究上の不正」、Wikipediaでは「科学における不正行為」と、統一できず、イロイロと訳している。

英語の「research misconduct」は、具体的には、「ねつ造(fabrication)」、「改ざん(falsification)」、「盗用(plagiarism)」の3つに限定している。この3つの頭文字を合わせて、英語では、「FFP」と呼ばれている。

「research misconduct」を「研究不正」と訳すのは、誤解を招きやすい欠陥用語となる。日本語も「ねつ造」+「改ざん」+「盗用」の頭文字で「ネカト」と呼ぶことを、白楽は、提唱している(文献: 白楽ロックビル「海外の新事例から学ぶ「ねつ造・改ざん・盗用」の動向と防止策」、『情報の科学と技術』66巻、2016年3月号)。

これで、いちいち、「研究不正」は「ねつ造」+「改ざん」+「盗用」に限定していますと付記しなくて済む。研究費不正、オーサーシップ、アカハラなどは含まないことは自明である。

なお、白楽が以前から指摘していたためか、文部科学省の委員も同じ問題を感じたようだ。2014年8月26日に改訂した「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」では、「ねつ造」+「改ざん」+「盗用」=「特定不正行為」と定義した。

一歩前進だけど、「特定不正行為」の用語では、何に「特定」しているかの注記が必要で、用語としては不完全だ。

●3.研究クログレイ

欧米の「questionable research practice」を、日本語では「問題ある研究行為」との訳が主流であるが、まだフレキシブルである。英語の「questionable research practice」に対して、どのような日本語が適切か?

辞書では「questionable=疑わしい、いかがわしい、不確かな、不審な、怪しい、不自然な、問題である、問題の多い、同意しかねる」である。

具体的な研究上の行為は、多様である。「research misconduct」の具体的行為を決める米国の委員会で、研究分野により行為が特定できず、また、委員の間で統一できなかった行為群である。

つまり、委員によっては「してはいけない」行為、つまり、「クロ」(黒)の行為と考えた。しかし、他の委員は、「不正」とは断言できないグレイ(灰色)な研究行為だとした。

日本語の「問題ある研究行為」は、しかし、普通名詞扱いになり、「問題ある」という用語は範囲が広すぎて具体的な概念がつかみにくい。

理論上、「ネカト」は含まないのだが、普通名詞扱いだと、「ネカト」も「問題ある研究行為」なので、含まれてしまう。

それで、「questionable research practice(QRP)」を、「研究クログレイ(行為)」という新しい造語で対応したい。つまり、分野や状況に応じて、クロからグレイの研究行為である。

具体的行為と議論は、「 研究クログレイ」に示す。

●4.非許容研究行為

欧米には「Unacceptable Research Practices(URP)」という用語も散見する。一応、「非許容研究行為」、「受け入れられない研究行為」と訳すが、今後、たくさん使用されるなら適切な日本語が必要だろう。

行為は「研究クログレイ」の一部ではないが、研究倫理の中でほとんど議論されていない。便宜上、「研究クログレイ」の子サイトであるココで具体的行為と議論をする。

●5.米国科学アカデミーの用語との対応

National_Academy_of_Sciences,_Washington,_D_C__01_-_2012
米国科学アカデミー(National Academy of Sciences、NAS)、写真著作権者:Another Believer、出典

1992年、米国科学アカデミー(National Academy of Sciences、NAS)は、「研究に関連した不正、研究上での不正」を3つのカテゴリーに分類した(Responsible Science. Ensuring the Integrity of the Research Process, Volume I. Washington, DC: National Academy Press. 1992)。

カテゴリーを上記の日本語と対応させると以下のようだ。

  • カテゴリー1:「ネカト(Research misconduct)」
  • カテゴリー2:「研究クログレイ(QRP,Questionable research practice)」・・・例えば、研究記録不備やギフトオーサーシップである。
  • カテゴリー3:「研究違法行為(”other misconduct” applicable legal and social penalties)」・・・研究実施に伴う法律違反行為。例えば、セクハラ、研究費不正、重過失、研究器物破壊、放射線関係法令違反生命倫理に関する規定遺伝子組換えなど)違反などがある。

●6.告発(allegation)、予備調査(inquiry)、本調査(investigation)などの用語

小林信一の2014年9月の論文から以下流用した。 → 我々は研究不正を適切に扱っているのだろうか(上)―研究不正規律の反省的検証―

研究不正に関する対応の基本的な手続は、研究不正の告発(allegation)から始まる。告発する者を告発者(complainant)、告発される者を被告発者(respondent)といい、告発が受け付けられると、予備調査(inquiry)、本調査(investigation)を経て研究不正の事実が認定(finding)される。

その後行政的措置(懲戒処分、研究費返還等)に関する裁定(adjudication)が下される。これらの認定、裁定には、不服申立て(appeal)も可能である。

Subscribe
更新通知を受け取る »
guest
0 コメント
Inline Feedbacks
View all comments