2019年4月3日掲載。
ワンポイント:中国で生まれ育ち、米国に帰化した米国市民。アメリカ国立気象局(National Weather Service)・オハイオ州ウィルミントン・河川予報センター (Ohio River Forecast Center in Wilmington)・職員(研究員?)。2014年10月20日(58歳)、国家インフラに関するデータを違法にダウンロードしたことで逮捕された。通報者は上司が紹介してくれたアメリカ陸軍工兵隊(US Army Corps of Engineers:ACE)の水管理部(Water Management Division)の上司の友人。2015年3月(59歳)、しかし、裁判の1週間前、政府は、理由をほとんど説明することなく、シェリー・チェンに対するすべての訴訟を取り下げた。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。
【追記】
・2022年12月10日の「榎木英介」記者の記事:米国政府は謝った〜対「千人計画」「チャイナイ・ニシアチブ」が続く日本の異様(榎木英介) – 個人 – Yahoo!ニュース
・2022年11月18日記事:MIT Tech Review: スパイ扱いで人生を台無しにされた中国系科学者、米商務省と和解
・2022年11月17日記事:約1億8千万円の和解金獲得:Legal win for US scientist bolsters others caught in China crackdown
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
シェリー・チェン(Xiafen “Sherry” Chen、陈霞芬、写真出典)は、中国で生まれ育ち、1992年(36歳)に渡米した。2010年(54歳)、アメリカ国立気象局(National Weather Service)・オハイオ州ウィルミントン・河川予報センター (Ohio River Forecast Center in Wilmington)・職員(研究員?)になった。研究博士号(PhD)は取得していない。米国に帰化した米国市民である。専門は水文学(hydrology)だった。
2014年10月20日(58歳)、シェリー・チェンは、国家インフラに関するデータを違法にダウンロードしたことで逮捕された。シェリー・チェンは、大学時代のクラスメートだった中国・水資源省・副大臣のシャオ・ヨン(Jiao Yong)にダムの情報を送付した。ただ、送付した情報はウェブ上の公開情報だけだった。
2015年3月(59歳)、裁判の1週間前、米国政府は、理由をほとんど説明することなく、シェリー・チェンに対するすべての訴訟を取り下げた。
訴訟を取り下げたのは、スパイと立証する証拠が不十分だったからだ。
白楽の印象として、この人が米国のトップシークレットの国家機密にアクセスできたとは思えない。人種偏見による逮捕だと思える。スパイで逮捕したのは、中国(人)に対する警告とイヤガラセだろう。
アメリカ国立気象局(National Weather Service)・オハイオ州ウィルミントン・河川予報センター (Ohio River Forecast Center in Wilmington)。住所「1901 South State Route 134, Wilmington, OH 45177-9708」のグーグル写真。出典①、②
- 国:米国
- 成長国:中国
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:女性
- 生年月日:不明。中国の北京で生まれる。仮に1956年1月1日生まれとする。2015年5月9日の新聞記事に59歳とあったので
- 現在の年齢:68歳
- 分野:水文学
- 最初の不正行為:2012年(56歳)
- 発覚年:2014年(58歳)
- 発覚時地位:オハイオ州ウィルミントン・河川予報センター・職員(研究員?)
- ステップ1(発覚):第一次追及者は上司が紹介してくれたアメリカ陸軍工兵隊(US Army Corps of Engineers:ACE)の水管理部(Water Management Division)の上司の友人。米国政府の治安機関に公益通報
- ステップ2(メディア): 「New York Times」、多数のメディア
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①FBI。②法務省(DOJ)
- 所属機関・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 所属機関の透明性:発表なし(✖)。FBIが捜査したので。
- 不正:スパイ。無罪
- 不正論文数:
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)。後に復職(〇)。
- 処分:解雇。後に復職
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。内訳 ↓
- ⑩損害額(大雑把)の場合:損害額は5億円(大雑把)
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。中国の北京で生まれる。仮に1956年1月1日生まれとする。2015年5月9日の新聞記事に59歳とあったので
- 19xx年(xx歳):中国・北京のxx大学(North China Hydraulic Engineering Institute?)で学士号取得:水文学(hydrology)
- 19xx年(xx歳):中国で結婚
- 1992年(36歳):渡米。ネブラスカ大学(University of Nebraska)入学
- 1997年(41歳):米国に帰化して米国市民権取得
- 2007年(51歳):国立気象局 (National Weather Service; NWS)・職員(研究員?)
- 2010年(54歳):国立気象局 (National Weather Service; NWS) ・オハイオ州ウィルミントン・河川予報センター (Ohio River Forecast Center in Wilmington) ・職員(研究員)?
- 2014年(58歳):スパイ容疑で逮捕
●3.【動画】
【動画1】
ニュース動画:「誤ってスパイと非難されたシェリー・チェンは復職のために戦う(Wrongfully accused of spying, Sherry Chen fights to get her job back) – YouTube」(英語)2分50秒。
CGTN Americaが2017/03/15 に公開
●4.【日本語の解説】
★2019年02月06日:油井秀樹 記者の「NHK NEWS WEB」記事:「米中新冷戦 激化する攻防~産業スパイの実態」
アメリカでは産業スパイと疑われて逮捕されながら、その後、証拠不十分で釈放された中国系アメリカ人が少なくない。
核兵器の研究施設、ロスアラモス研究所のウェンホー・リー氏。
アメリカ海洋大気局のシェリー・チェン氏。
テンプル大学の物理学者、シャオシン・シー氏。
アメリカの司法当局はいずれのケースもスパイとして立証できず、謝罪に追い込まれている。中国系アメリカ人の団体「百人会」は2017年に「中国スパイの訴追・産業スパイ活動の分析」という報告書を公表した。
報告書は「産業スパイの疑いで訴追された中国系などアジア系の人々の22%がスパイの罪では有罪にならなかった」として、5人に1人が無罪の可能性が高いと結論づけた。
そして第二次世界大戦中、罪のない大勢の日系アメリカ人たちが強制的に収容所に送られた負の歴史に触れ、「肌の色で捜査すべきではない」と司法当局の姿勢を批判している。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★中国で生まれ育ち
シェリー・チェン(Xiafen “Sherry” Chen、陈霞芬)は、中国で生まれ育ち、1992年(36歳)に渡米した。
2010年(54歳)、シェリー・チェンは、アメリカ国立気象局(National Weather Service)・オハイオ州ウィルミントン・河川予報センター (Ohio River Forecast Center in Wilmington)・職員(研究員?)になった。仕事は、オハイオ川の洪水のモデリングと予測である。
アメリカ国立気象局の使命は、「アメリカ国立気象局のデータと分析は、他の政府機関、民間部門、公衆、そして世界のコミュニティが利用できる国家情報データベースとインフラストラクチャを形成する」ことである。
シェリー・チェンの仕事は、毎日の天気予報と河川予報を国民に伝えることだった。
★中国・水資源省・副大臣のシャオ・ヨン(Jiao Yong)
2012年(56歳)、シェリー・チェンは中国の北京に里帰りした。
事件の切っ掛けはここから始まった。
親戚の1人(甥)が水道管の敷設で地方自治体ともめて、シェリー・チェンに助けを求めた。というのは、政府の水資源省・副大臣のシャオ・ヨン(Jiao Yong、写真出典)はシェリー・チェンの大学時代のクラスメートで一緒に水文学を学んだ仲だったからだ。
シェリー・チェンは何年もシャオ・ヨン(Jiao Yong)に会っていなかったし、相手は政府高官である。最初は会うのに消極的だった。しかし、親族の義理もあり、無理に会うことをお願いした。
結局、シェリー・チェンはシャオ・ヨン(Jiao Yong)と15分ほど話をすることができた。彼女の親戚の不満について彼に相談した。
相談の終わり頃、シャオ・ヨン(Jiao Yong)は、中国・水資源省は中国の老朽化したダムの修理に資金を供給しようとしていて、米国のダムの修理について関心があると言った。それで、同じ分野で働くシェリー・チェンは、シャオ・ヨン(Jiao Yong)に協力すると伝えた。
米国に戻ったシェリー・チェンは、昼休みにアメリカ陸軍工兵隊の公開ウェブサイトでダムの情報を探して答えを見つけ、シャオ・ヨン(Jiao Yong)にいくつかの情報を送った。当時、彼女はパスワードを持っていなかったので政府が制限しているデータベースにはアクセスできなかった。
しかし、自分にはアクセス権がないデータベースに自分の仕事に役立つ情報があるかもしれないとシェリー・チェンは思うに至り、同僚にアクセスできないかと尋ねた。
同僚はシェリー・チェンとパスワードを共有し、彼女にデータベースを見せた。2人は、シェリー・チェンが盗んだとするオハイオダムに関する機密ファイルを1つダウンロードした。
しかし、実際に、中国当局者のシャオ・ヨン(Jiao Yong)に伝えた情報はすべて公開情報であった。
また、シェリー・チェンは職場の数人の同僚に協力してもらえないかと尋ねた。
上司はアメリカ陸軍工兵隊(US Army Corps of Engineers:ACE)の水管理部(Water Management Division)の友人を彼女に紹介してくれた。それで、シェリー・チェンはその友人に直接連絡するよう、シャオ・ヨン(Jiao Yong)に電子メールを送った。
ところが、その上司の友人は、米国政府の治安機関にシェリー・チェンは中国のスパイであり、米国政府の情報を盗んでいる可能性があると通報したのだ。それ以来、シェリー・チェンは本人が知らない内に米国政府による中国のスパイ容疑者になっていた。
2013年6(57歳)、シェリー・チェンは彼女のオフィスで商務省(Department of Commerce)の2人の連邦捜査官に尋問された。 食物、水、休憩のない7時間のぶっ続けの尋問だった。
連邦捜査官は、最初、この尋問を誰にも話すな、また、弁護士はなしだとと命じた。シェリー・チェンは連邦捜査官に協力的であろうと彼女が知っていることをすべて伝えた。
結局のところ、連邦捜査官は「スパイ」の証拠を見つけることができなかった。しかし彼らは、シェリー・チェンが日付や出来事のいくつかを思い出すことができなかったことを取り上げ、シェリー・チェンが連邦捜査官に「嘘をついた」と主張した。
★逮捕
2014年10月20日(58歳)、オハイオ州ウィルミントン・河川予報センターの職場に6人のFBI捜査官がやってきて、同僚が見ている前でシェリー・チェンに手錠をかけ連行した。
法務省(DOJ)は、国家インフラに関するデータを違法にダウンロードしたスパイ罪で25年の懲役および100万ドル(約1億円)の罰金という刑を宣告した。当初の告発は、シェリー・チェンがデータを盗んだこと、データベースへの許可されたアクセスを意図的に超えたこと、そして2つの虚偽の陳述だった。、
ワシントンDCのピーター・ザイデンバーグ弁護士(Peter R. Zeidenberg、写真出典)が彼女の訴訟を弁護した。彼はこの事件の致命的な欠陥を見つけ、これらの欠陥を指摘する3つの申立て書を提出し、法務省(DOJ)にその訴訟の棄却を求めた。
検察官は問題を解決するために大陪審に相談した。そして、なんと、4件ではなく8件の罪にして裁判を進めようとした。
シェリー・チェンの同僚のほとんどが証人になった。彼女が米国に来てから20年以上に渡る全部の銀行口座の明細書を調べた。個人および公式のEメールアカウントでアクセスしたコンピューター活動のすべてを調べた。
2015年3月(59歳)、しかし、裁判の1週間前、政府は、理由をほとんど説明することなく、シェリー・チェンに対するすべての訴訟を取り下げた。
→ 2017年3月15日記事:Government Scientist Fired After Dropped Spying Charges Petitions for Reinstatement
2016年3月(60歳)、訴訟を取り下げたにもかかわらず、1年後、アメリカ国立気象局は彼女を解雇した。
2018年(62歳)、シェリー・チェンはアメリカ国立気象局の解雇は不当だと、米国メリットシステム保護委員会(U.S. Merit Systems Protection Board)に訴えた。
米国メリットシステム保護委員会のミケーレ・シュレーダー裁判官(Michele Szary Schroeder)は、「4つの行政訴訟のうち3つについては「優勢な証拠」は提示されていない。シェリー・チェンの主張が正当である」と述べ、シェリー・チェンの復職をアメリカ国立気象局に命じた。それで、シェリー・チェンはアメリカ国立気象局のアメリカ海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration)に再雇用された。
→ 2018年5月4日記事:Judge orders reinstatement of federal scientist fired after dropped spying charges
シェリー・チェンは、何の違法行為も犯していなかったとされたが、この騒動で、弁護士費用のために20万ドル(約2,000万円)以上の借金をするはめになった。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
省略。
●7.【白楽の感想】
《1》FBI
田舎のオハイオ川の洪水を予報する50代後半の水文学の所員を、スパイで逮捕と聞いて、白楽は驚いた。シェリー・チェンは博士号を取得していない。失礼なことを言って申し訳ないが、研究成果は超一流ではない。重要な情報をもつ所員(研究員?)とは思えない。
米国の機密性の高い情報は、アクセスできる人が数段階で規制されている。同僚のパスワードで同僚と一緒にダムの情報をダウウンロードしても、その程度でアクセスできる情報は、米国のトップシークレットの国家機密とは思えない(白楽の推定)。
ただ、シェリー・チェンの大学のクラスメート・シャオ・ヨン(Jiao Yong)が中国の政府高官に出世し、中国の水資源省の副大臣になっていた。副大臣にダムの情報を伝えたことで、スパイとされた。
シェリー・チェンの経歴を見れば、スパイで逮捕するほどの重要なスパイ活動ができるとは思えない。
国家機密の漏洩ではないのに逮捕したのは、結局、非難されているように、人種偏見による逮捕だと思える。もう1つは、中国に対する警告とイヤガラセだろう。そういえば、昔、日本人研究者の遺伝子スパイ事件があった。この遺伝子スパイ事件で日本の経済界は米国の医薬品開発情報の入手に強く委縮した。
→ 2001年(?)、石塚泰年:日経バイオビジネス「遺伝子スパイ事件」http://www.ethics.bun.kyoto-u.ac.jp/fine/tr4/NLishizuka.pdf
中国人科学者のスパイ疑惑事件に、2018年12月1日に「自殺」したスタンフォード大学の張首晟・教授(55歳)事件がある。張首晟・教授もスパイだと噂されていた。このレベルだと、スパイ活動が「あったかも」と思う。
2018年12月1日、スタンフォード大学で開催されたパーティが撥ねて、サンフランシスコに戻った張首晟教授がビルから飛び降 りて「自殺」した。享年55歳。一種「怪死」である。
張首晟教授は15歳で神童とされ、上海の名門「復丹大学」に入学し、その後、ドイツ自由大学、ニューヨーク州立大学へ 留学、30歳の若さでカリフォルニアの名門校スタンフォード大学教授(物理学)となった。
同僚の多くが「ノーベル賞に一番近い天才肌の学者」と太鼓判を捺すほどの業績を挙げた。(宮崎正弘の国際ニュース・早読み <<張首晟スタンフォード大学教授が突然、飛び降り自殺した (2018年12月14日発行) | 宮崎正弘の国際ニュース・早読み – メルマ!)
なお、FBIはアメリカ陸軍工兵隊のタレコミでシェリー・チェンをスパイ容疑で逮捕した。裁判の1週間前、政府は、理由をほとんど説明することなく、シェリー・チェンに対するすべての訴訟を取り下げた。
この過程と結果をみると、FBIの捜査がズサンすぎる。FBIはバカじゃないの。
また、今回のスパイ事件で、陸軍の知り合いに“何か”を頼むのは危険だとも思った。
そういえば、白楽は昔、米国NIH・国立がん研究所のポスドクだった時、仲良しの米国人・女性テクニシャンが彼女の自宅でのディナーに招待してくれた。
彼女の旦那さんは海軍・情報局の技術者だった。ゲームをしたが恐ろしく強い人だった。当時は気にしないで一緒に遊んでもらったが、海軍・情報局の技術者と親密になるのは危険だったのかもしれない。
ただ、当時、白楽は日本政府の高官に知人はいなかった。従って、日本政府の高官から情報を求められていなかった。ホッ!
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい。正直者が得する社会に!
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●8.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Sherry Chen (hydrologist) – Wikipedia
② 2015年5月9日のニコール・パールロス(Nicole Perlroth)記者の「New York Times」記事:Accused of Spying for China, Until She Wasn’t – The New York Times、(保存版)
③ シェリー・チェンの無罪を訴えるフェイスブック: (10) Justice for Sherry Chen – 投稿
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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