2020年4月9日掲載
ワンポイント:ストラットンはウェルカム・サンガー研究所(Wellcome Sanger Institute)・所長のスター科学者である。2018年(61歳)、ストラットン所長と複数の研究部長クラスが不正経理、不当な辞職圧力、性差別、イジメをしていたと、研究所の元・現の10人の研究員に告発された。調査の結果、不正はなかったとされ、ストラットンは無処分で、現在も所長に在職している。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
マイケル・ストラットン(Michael Stratton、Michael R. Stratton、Mike Stratton、マイク・ストラットン、写真出典)は、英国のウェルカム・サンガー研究所(Wellcome Sanger Institute)・所長で医師免許(MD)を所持している。専門はがん遺伝子学で、この分野では著名な学者である。2013年に爵位が授与された。
2018年8月(61歳)、ウェルカム・サンガー研究所(Wellcome Sanger Institute)の元・現の10人の研究員がマイケル・ストラットン(Michael Stratton)所長を含め複数の研究部長クラスが不正経理、不当な辞職圧力、性差別、イジメをしていたと、訴えた。
つまり、この事件では、ストラットン所長だけでなく研究所の上級管理者が一緒に告発された。また、不正経理、性差別もあった。本記事では、アカハラ事件(不当な辞職圧力、イジメ)を対象に記述する。
2018年10月30日(61歳)、告発の2か月後、調査を依頼された法廷弁護士のトーマス・キブリング(Thomas Kibling)は、ストラットン所長および上級管理者に不正はなかったと結論した。
公式には無罪と判定されたので、ウェルカム・サンガー研究所(Wellcome Sanger Institute)はストラットン所長を処分していない。
当然ながら、ストラットン事件は刑事事件になっていない。
ウェルカム・サンガー研究所(Wellcome Sanger Institute)。写真出典
- 国:英国
- 成長国:英国
- 医師免許(MD)取得:オックスフォード大学
- 研究博士号(PhD)取得:ロンドンの癌研究所
- 男女:男性
- 生年月日:1957年6月22日
- 現在の年齢:67 歳
- 分野:がん遺伝子学
- アカハラ行為:xxxx年からxxxx年のxx年間
- 最初に訴えられた:2018年(60歳)
- 社会に公表年:2018年(61歳)
- 社会に公表時地位:ウェルカム・サンガー研究所・所長
- ステップ1(発覚):第一次追及者はウェルカム・サンガー研究所の元・現の10人の研究員が匿名で、研究所・評議員長で、英国の前・科学大臣のデイヴィッド・ウィレッツ(David Willetts)に告発した
- ステップ2(メディア):「Guardian」、「Nature」、「Scientist」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ウェルカム・サンガー研究所・調査委員会
- 研究所・調査報告書のウェブ上での公表:あり。https://www.sanger.ac.uk/sites/default/files/Oct2018/Thomas_Kibling_Investigatory_Report_-_Introduction_and_Executive_Summary.pdf
- 研究所・処分のウェブ上での公表:処分なし
- 研究所の透明性:調査報告書はウェブ閲覧可だが、塗りつぶしが多く、名前は隠蔽されている(△)
- 不正:不正経理、不当な辞職圧力、性差別、イジメ行為
- 被害者数:少なくとも10人
- 時期:研究キャリアの中期から(?)
- 職:事件後に発覚時の地位を続けた(〇)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:1957年6月22日
- 19xx年(xx歳):英国のオックスフォード大学(University of Oxford)で医学の学士号取得、医師免許(MD)取得
- 19xx年(xx歳):英国のいくつかの病院で臨床医として働く
- 1990年(33歳):ロンドンの癌研究所(Institute of Cancer Research、ICR)で研究博士号(PhD)を取得。博士論文「Role of genetic alterations in the genesis of human soft tissue tumours and medulloblastoma」
- 1996年(39歳):ロンドンの癌研究所(Institute of Cancer Research、ICR)・準教授(Reader)
- 1997年(40歳):同・教授
- 2010年(53歳):英国のウェルカム・サンガー研究所(Wellcome Sanger Institute)・所長
- 2013年(56歳):ナイト(Knight Bachelor)の称号を与えられた
- 2018年4月27日(60歳):匿名の女性がアカハラを告発
- 2018年8月(61歳):アカハラ疑惑が公表された
- 2018年10月(61歳):調査結果はアカハラを否定
- 2020年4月8日(62歳)現在:ウェルカム・サンガー研究所・所長に在職
●3.【動画】
【動画1】
事件の動画ではない。講演動画:「マイケル・ストラットン:がんゲノムの進化(Michael Stratton: Evolution of the Cancer Genome)- YouTube」(英語)44分55秒。
barilanuniversityが2012/05/16に公開
●5.【アカハラ発覚の経緯と内容】
★ウェルカム・サンガー研究所とスター科学者のストラットン
ウェルカム・サンガー研究所(Wellcome Sanger Institute)は、病気の遺伝学を研究する英国の非営利研究所である。以前は、サンガー研究所(The Sanger Centre)やウェルカム・トラスト・サンガー研究所(Wellcome Trust Sanger Institute)と呼ばれていた。 → Wellcome Sanger Institute – Wikipedia
生物医学慈善団体のウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)は、巨大な団体で、2017年に約10億ポンド(約1400億円)を英国の大学や研究機関に研究助成した。
1992年、そのウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)が、イングランド南部のケンブリッジシャーのヒンクストン(Hinxton)にウェルカム・サンガー研究所を設立した。「サンガー」はノーベル賞を2度受賞した英国の科学者・フレデリック・サンガー(Frederick Sanger)の名前に由来している。約900人の従業員を雇用し、世界中から一流の科学者を集めている。
2017–2021年の5年間に、ウェルカム・サンガー研究所が受けとった(受け取る予定の)お金は5億1700ポンド(約724億円)である。
マイケル・ストラットン(Michael Stratton)は、乳がんの原因となる遺伝子BRCA2(「ビーアールシーエー・ツー」または「ブラッカ・ツー」と読む)の突然変異を発見し、がんの診断と治療を遺伝子レベルから研究した初期の研究者の1人である。
2010年(53歳)、ストラットンがウェルカム・サンガー研究所の3代目の所長に就任した。
★アカハラ
2018年5月3日(60歳)、ウェルカム・トラストは、大学や研究機関からアカハラと認定された研究者への研究助成を停止する、という方針を発表した。
→ 2018年5月3日のホリー・エルス(Holly Else)記者の「Nature」記事:Report harassment or risk losing funding, says top UK science funder
その少し前の2018年4月27日(60歳)、匿名の女性が、ウェルカム・サンガー研究所・評議員長で英国の前・科学大臣のデイヴィッド・ウィレッツ(David Willetts – Wikipedia)に宛て、ウェルカム・サンガー研究所(Wellcome Sanger Institute)とマイケル・ストラットン(Michael Stratton)所長が不正を働いていると告発した。
白楽は告発状を入手できなかったが、20頁の本文に150頁の証拠資料を添えた計170頁の告発状である。ストラットン所長に対する告発内容は不正経理、性差別、イジメ行為だったそうだ。
上記の告発とは別に、4人の匿名者が17頁の本文に約400頁の証拠資料を添えた告発状を提出した。
結局、ウェルカム・サンガー研究所の元・現の10人の研究員が、ストラットン所長と複数の研究部長クラスが不正経理、不当な辞職圧力、性差別、イジメをしていたと告発したことになる。
なお、ウェルカム・サンガー研究所では著名な科学者が何人も辞めていた(25%以上)。人事管理が異常だと批判されていた。
ストラットン所長はアカハラ告発者の中から1人の申し立て選び、精査した。精査対象になった告発者は、この告発処理は研究所規則が定める標準的プロセスとは異なり、特定の告発者をイジメるコクハラだと反発した。
アカハラ行為(イジメと不当な辞職圧力)は以下のようだ(不正経理、性差別は本記事では論じない)。
- ストラットン所長と複数の研究部長クラスがスタッフをイジメた
- 研究員は、経営陣から一方的に圧力をかけられ、研究所をすぐに辞めるように圧力をかけられた
- アカハラを申し立てたのに、適切に対処しなかった
そして、一部の研究者は、ウェルカム・サンガー研究所にはイジメと虐待の研究文化・毒ラボ文化が定着していた(いる)と主張した。
2018年8月(61歳)、ウェルカム・サンガー研究所は法廷弁護士のトーマス・キブリング(Thomas Kibling、写真出典)に、調査を依頼した。
2018年10月30日(61歳)、告発の2か月後、キブリング弁護士は、ストラットンには不正行為はなかったと結論した。
→ 2018年10月30日記事:Result of independent investigation into whistleblowing allegations released | Wellcome Sanger Institute
以下は調査報告書の表紙の一部である。全文は → ココ
調査ではストラットン所長をシロ、つまり、無罪としたが、調査報告書ではいくつかの改善点を指摘している。
例えば、ストラットン所長と上級管理者は研究所員と適切なコミュニケーションをとれていない。さらに、研究所運営に透明性が欠けている。それで、所長と上級管理者は研究所員と適切なコミュニケーションを図り、研究所の処置や決定の透明性を高め、適切に文書化すべきだと指摘した。
また、ウェルカム・サンガー研究所の部長クラスの女性科学者が非常に少ない。性差別だと疑われるので改善すべきだと指摘した。
ストラットン所長は、調査ではシロ、つまり、無罪となったが、不快な思いをさせたことを研究所員に謝罪した。そして、調査報告書の改善点の指摘に感謝した。
そして、研究所が意思決定の透明性と所員の男女のバランスを改善することに同意した。「特に人々が研究所を去る時、彼(女)らとの意思疎通を改善し、相互間の意思決定の透明性を高める必要がある」、とストラットン所長は、2018年10月30日の声明で述べた。
さらに、「ジェンダー、特に部長クラスでの男女数の不均衡、および研究キャリアを築く際に女性が直面する課題について問題がありました。これに対する解決策を見つけることに、今後、一層の努力をしていきます」と付け加えた。
ロンドンのウェルカム・トラストのジェレミー・ファーラー会長(Jeremy Farrar)も、問題をもっと早く認識し対応すべきだったと、謝罪した。なお、「独立した調査がしっかり行なわれたことに満足している」と付け加えた。
2004年から2009年までウェルカム・サンガー研究所で研究に従事し、現在はスイスのジュネーブ大学・人類遺伝学のマノリス・デルミタキス教授(Manolis Dermitzakis、写真出典)は、「ゲノミクス研究界は、今回の調査に驚き、とても心配しました。とりあえず、調査の結果がシロなので安心しました。そして今は、ウェルカム・サンガー研究所が改善されることを願っています」と述べ、次のことを付け加えたた。
「成功への強い意欲があり、自分が新発見をしたという気持ちが、研究者を尊大に振舞わせがちになります。成功には研究文化と人間関係が重要であるという側面を、成功した研究者は、ついつい、見落としがちです。今回のケースは、研究者の言動が同僚や部下に与える影響をより注意深く意識し、警戒すること、研究を速いペースで進めていることだけに夢中にならず、同僚や部下を敬意と理解をもって扱うことを忘れてはいけない、と教えてくれました」。
ストラットンのアカハラ行為は無罪という調査結果だったので、ウェルカム・サンガー研究所(Wellcome Sanger Institute)は、ストラットンを処分しなかった。
2020年4月8日(62歳)現在、ストラットンはウェルカム・サンガー研究所・所長として在職している。 → 2020年4月1日保存: Stratton, Sir Mike | Wellcome Sanger Institute
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2020年4月8日現在、パブメド( PubMed )で、マイケル・ストラットン(Michael Stratton)の論文を「Michael Stratton [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2020年の19年間の230論文がヒットした。
「Stratton MR[Author]」で検索すると、1987~2020年の34年間の309論文がヒットした。
2020年4月8日現在、「Stratton MR[Author] AND Retracted」でパブメドの撤回論を検索すると、0論文が撤回されていた。
★撤回論文データベース
2020年4月8日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでマイケル・ストラットン(Michael Stratton)を「Michael Stratton」で検索すると、0論文がヒットし、0論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2020年4月8日現在、「パブピア(PubPeer)」では、マイケル・ストラットン(Michael Stratton)の論文のコメントを「Michael Stratton」で検索すると、8論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》被害者がいれば、必ず、加害者がいる
マイケル・ストラットン(Michael Stratton、写真)のアカハラ事件は、公式にはシロで無罪である。
しかし、アカハラはセクハラと同じで被害者がいれば、必ず、加害者がいる。処分は加害の程度に依存するが、被害者がいるのに加害者がいない、ということはない。それで、本記事では、白楽は、ストラットンをクロとみなして記述した。
《2》師弟
ナズニーン・ラーマン(Nazneen Rahman、写真出典)は、ロンドンの癌研究所・教授・医師で、世界的に著名な癌遺伝子の研究者だった。
2017年11月(50歳)、22人の元・現・研究室員に、12年前からアカハラされたと訴えられ、その後、ロンドンの癌研究所を辞職した。 → 「アカハラ」:ナズニーン・ラーマン(Nazneen Rahman)(英) | 研究者倫理
この事件が世界で最初に脚光を浴びたアカハラ事件である。
そのナズニーン・ラーマンがオックスフォード大学の院生だった時の指導教授が、本記事の主役であるマイケル・ストラットン(Michael Stratton)である。
ナズニーン・ラーマンはストラットンの癌遺伝学のノウハウとともに、スパルタ教育(アカハラ)のノウハウも学んだと思われる。
《3》戦略・戦術
マイケル・ストラットン(Michael Stratton)のアカハラ事件は、調査の結果、公式にはストラットン所長も複数の研究部長クラスも無罪とされた。
この事件が無罪とされる戦略・戦術上の要素がたくさんある。アカハラ被害者の攻め方がとても稚拙だと白楽は思った。
- 研究所の所長が問題視されたのに、研究所が委託した外部の弁護士に調査を依頼した。当然ながら、弁護士は依頼主に忖度する。つまり、この時点で、シロと結論される公算が高まる。
- ウェルカム・サンガー研究所はウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)の旗艦研究所で所員が900人もいる。その所長と中枢の研究部長クラスの不正を暴くなら、もっとしっかりした戦略・戦術が必要だ。ウェルカム・サンガー研究所とウェルカム・トラストは強力に反撃してくるだろう。
- 告発は、ストラットン所長と複数の研究部長クラスを同時に告発している。このやり方では、ストラットン所長と複数の研究部長クラスは共同戦線を張る。となると、この鉄壁を突き崩すのは難しい。1人を狙い撃ちにしなくては突破できない。
- 研究部長クラスの内の1人でもいいから、アカハラ被害者の味方にする。そうしないと、上記の鉄壁は突き崩せない。
- 告発した人は元・現の10人の研究員だが、誰1人、実名でメディアに登場していない。つまり、告発に腰が引けている。これでは、突破できない。
- 新聞やテレビなどの産業メディアがストラットン所長と複数の研究部長クラスの不正を取り上げてくれなければ、ツイッターやブログなどの社交メディアで戦う。メディアを通さなければ、世界の研究者を味方につけられない。透明性を要求しているのに、自分たちが不透明な告発をしている。世界の科学者たちはウェルカム・サンガー研究所で何が起こっているの見えてこない。
- 告発が不正経理、不当な辞職圧力、性差別、イジメと多岐にわたっている。これでは糾弾の焦点がボケてしまう。突破可能な不正の1つを攻めし、そこが明白になった時点で、次の不正解明に進む。
上記の点が全部クリアーできても、無名で社会的弱者の研究員が著名で社会的強者のストラットン所長の不正を暴くのは、容易ではない。
この事件の告発者たちは、事件をどう進めるかについて、まるでわかっていませんでしたね。
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●8.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Michael Stratton – Wikipedia
② 2018年8月29日のサラ・マーシュ(Sarah Marsh)記者とハンナ・デブリン(Hannah Devlin)記者の「Guardian」記事:Bosses at leading UK science institute accused of bullying staff | Science | The Guardian
③ 2018年8月30日のホリー・エルス(Holly Else)記者の「Nature」記事:Top UK genomics institute investigates bullying allegations
④ 2018年10月30日のホリー・エルス(Holly Else)記者の「Nature」記事:Top genomics institute clears director of bullying and gender discrimination
⑤ 2018年11月8日のホリー・エルス(Holly Else)記者の「Nature」記事:Sanger whistle-blowers dispute findings that cleared management of bullying
⑥ 2018年9月4日のジェフ・アクスト(Jef Akst)記者の「Scientist」記事:Wellcome Sanger Institute Leaders Accused of Bullying | The Scientist Magazine®
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