7-36.まず論文掲載、後からキュレート

2019年4月18日掲載

白楽の意図:ネカト防止策は論文のあり方とカップルである。このインターネット時代、学術論文をどう発表されるべきなのか? 購読学術誌に対するオープンアクセス、「プランS」など、論文システムに関する議論が欧米では熱い。ハワード・ヒューズ医学研究所・戦略的イニシアチブ長のボードー・スターン(Bodo M. Stern)は、「まず論文掲載、後からキュレート(publish first, curate second)」と提唱している。その「2019年2月のPLoS Biol」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
7.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

学術論文の新しい未来を描くには、従来の出版システムの短所を克服した新しい出版システムを検討する必要がある。従来の出版システムに長所はあるが、大きな短所もある。その短所は、出版前に原稿をキュレートし論文として出版するかどうか判断する伝統的な方式、つまり、「まずキュレート、後から論文掲載(curate first, publish second)」方式にある。この方式は、研究成果の発表を遅くし、高額な経費がかかり、論文投稿者と採否評価機関の間の不適切な関係(捕食出版社のこと?)を促進する。それで、私たちは、「まず論文掲載、後からキュレート(publish first, curate second)」方式を提唱する。論文掲載後にキュレーション、つまり、学術コミュニティからのフィードバックと専門家の判断で、読者のために論文を選択し、論文に記載した研究成果を評価する。査読レポートは、匿名または所属機関を付して公開する。この「まず論文掲載、後からキュレート(publish first, curate second)」の提案は、デジタル時代の出版システムを最適化し、①出版プロセスの透明性、②専門家による論文内容の改善、③論文出版後の評価システム、の3点を大きく改善できる。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

  • 論文名:A proposal for the future of scientific publishing in the life sciences
    日本語訳:生命科学における科学出版の将来への提案
  • 著者:M. Stern and Erin K. O’Shea
  • 掲載誌・巻・ページ:PLoS Biol 17(2): e3000116
  • 発行年月日:2019年2月12日
  • 引用方法:Stern BM, O’Shea EK (2019) A proposal for the future of scientific publishing in the life sciences. PLoS Biol 17(2): e3000116. https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3000116
  • DOI: https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3000116
  • ウェブ:https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3000116
  • PDF:https://journals.plos.org/plosbiology/article/file?id=10.1371/journal.pbio.3000116&type=printable
  • 著作権:©2019スターン、オシェア。 この論文は、 Creative Commons Attribution Licenseの条項に基づいて配布されているオープンアクセス論文で、元の著者と出典にクレジットすれば、いかなる媒体でも無制限に使用、配布、複製できる。

★著者

  • 第1著者:ボードー・スターン(Bodo M. Stern)
  • 写真: https://www.hhmi.org/about/leadership/senior-executive-team/bodo-stern
  • 履歴: https://www.hhmi.org/about/leadership/senior-executive-team/bodo-stern
  • 国:米国
  • 生年月日:米国。現在の年齢:65 歳?
  • 学歴:英国のユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(University College, London)、研究博士号(PhD)取得:生化学
  • 分野:科学政策
  • 論文出版時の地位・所属:ハワード・ヒューズ医学研究所・戦略的イニシアチブ長(Chief of Strategic Initiatives、Howard Hughes Medical Institute:HHMI).

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  • 最後著者: エリン・オシェア(Erin K. O’Shea)
    Erin K. O’Shea – Wikipedia
  • 写真:出典同上: James Kegley [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)]
  • 履歴:Erin K. O’Shea – Wikipedia
  • 国:米国
  • 生年月日:米国。現在の年齢:58 歳
  • 学歴:米国のマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)、1992年に26歳で研究博士号(PhD)取得:化学
  • 分野:科学政策
  • 論文出版時の地位・所属:ハワード・ヒューズ医学研究所・所長(President of the Howard Hughes Medical Institute:HHMI)

ハワード・ヒューズ医学研究所(Howard Hughes Medical Institute:HHMI)・本部(headquarters in Chevy Chase, MD)。https://www.glassdoor.com/Photos/Howard-Hughes-Medical-Institute-Office-Photos-IMG1009430.htm

●3.【日本語の予備解説】

★論文

本記事の「論文」は英語の「primary articles」「primary research articles」で、日本語に直訳すると「一次論文」のことである。つまり、発見・発明・事実などのオリジナルな記載をした報告である。それらをまとめた解説・総説・書籍などの 「二次論文」ではない。

★著者

論文の著者は2人で、最後著者の エリン・オシェア(Erin K. O’Shea)はハワード・ヒューズ医学研究所の所長で、第1著者のボードー・スターン(Bodo M. Stern)は同じ研究所の戦略的イニシアチブ長である。

ハワード・ヒューズ医学研究所は、ウィキペディアによると以下のようだ。

アメリカ合衆国の実業家ハワード・ヒューズによって1953年に設立された非営利の医学研究機関。本部はメリーランド州。2017年現在の財産総額は225億8892万8000ドルで、ビル&メリンダ・ゲイツ財団に次ぐ全米第2位の規模である。

旗艦事業としては最低5年間、300人以上の科学者に資金を提供するHHMI Investigator Programがある。その他、生物学・医学分野における大学学部教育の助成から大学院生への奨学金、将来性のある若手研究者(特にマイノリティや女性)への助成、トップクラスの研究者への資金提供まで、広範な助成活動を行っている。とりわけ、トップクラスの研究者に対して重点的に多額の資金提供を行っている。資金提供は研究助成金(グラント)の授与ではなく、大学等に所属する研究者を在籍のまま同研究所の研究員として雇用するかたちで行われる。(ハワード・ヒューズ医学研究所 – Wikipedia

つまり、巨大なお金を生命科学研究に支援している。その幹部が、学術論文について「あーだこーだ」と言えば、その方向に巨額資金が振り向けられる。

つまり、この論文で主張していることが実際に行なわれる可能性が高く、大きな影響力を持っているということだ。

★キュレーション学術誌

本論文での「curation journals」という用語を「キュレーション学術誌」と訳した。実質はオーバーレイ学術誌と同じに思える

オーバーレイ学術誌(Overlay journal)は、オープンアクセスの電子ジャーナル、つまり、オープンアクセス学術誌の一種で、独自の論文を出版せずに、すでにオンラインで無料で入手できる論文を選択し再出版やリンクを張る学術誌である。論文は、査読される予定のプレプリント(preprint)と査読された後のポストプリント(postprint)の両方が含まれる。(オーバーレイ学術誌 – Wikipedia )

●4.【論文内容】

《1》序論

★費用がかかり、知識へのアクセスが遅れる時代遅れの論文出版

ライフサイエンスにおける科学論文の大部分は、21世紀の現在でも、17世紀に英国の王立協会(Royal Society)が始めた方式で出版され配布されている。変更は、20世紀半ばに査読が加わっただけである。この方式は、著者が自分の選んだ学術誌に原稿を投稿するのが最初のステップである。2番目のステップは、編集委員と査読者が原稿の採否を決定する。採否決定までに、時には数回の査読もあるが、原稿が不採択になった場合、著者は通常、その原稿をどこか別の学術誌に採択されるまで何度も投稿する。

印刷物が高価だったとき、学術誌側が出版する原稿を選び、学術誌の印刷・配布の費用として購読料を請求することは理にかなっていた。 しかし、現在、購読料が高価なために研究者が論文を閲覧できない事態が生じている。他方、インターネットが普及し、その購読料の壁を壊し、誰もが無料で論文を閲覧できる論文出版システムが技術的には可能になっている。

論文出版する前に原稿を選択する伝統的な学術出版スタイルは、読者が研究成果にアクセスするのに数か月かかり、研究推進に有害でもある。論文原稿の不採択と改訂を繰り返すことで原稿の中身は改善されるかもしれないが、著者と資金提供者に時間と費用がかかり過ぎる。

研究界と国民にとって、公表されていない研究結果は実施されていない研究と同じである。研究結果の公表が遅いのは有害でもある。編集委員が原稿の採否を決めるには、作業する出版社と査読者の時間と費用を使う。オープンアクセス料金は現在、採択された論文に対して徴収されるので、不採択率が高いと、オープンアクセス出版モデルが高価になる。したがって、出版前の編集作業はオープンアクセス出版のコストを引き上げ、完全オープンアクセス出版への移行を阻害している。

最後に、そして最も重要なことは、出版前の原稿選択は研究者が論文出版する際に「適切な学術誌を見つける」というゲームに変え、研究業績を上げようとする研究者に不適切な行動をさせ(白楽注:捕食学術誌に出版という意味だと思う)、研究界に有害になる。

★出版ゲームと研究者の行動と評価

研究者は、自分の論文を出版してもらえる最も評価の高い「適切な学術誌を見つける」ことが研究キャリアの上昇に不可欠なので、「適切な学術誌を見つける」ゲームをする。現在、資金調達、採用、昇進の決定は、研究者が何を発表したかではなく、どこに発表したかが大きな要素になっている。

驚くべきことだが、次世代の研究者たちもすでに、教授になるためには特定の学術誌に論文を出版する必要があると考えている。そしてその時、研究者の評価に最も広く使用されている計量的指標が、学術誌インパクトファクター(JIF:journal impact factor)なのである。学術誌インパクトファクター(JIF)は、過去2年間に学術誌に掲載されたすべての論文によって得られた、ある年の平均被引用数である。

しかし、学術誌インパクトファクター(JIF)で個々の論文の質を評価するには不適切だと、多くの論文が指摘している。 たとえば、2つの学術誌の論文被引用数の分布はほぼ同じでも、被引用の多い論文が少しあると、学術誌インパクトファクター(JIF)は著しく異なってくる。

個々の論文の質を評価するには不適切だとの指摘にもかかわらず、資金提供者と雇用主は、学術誌インパクトファクター(JIF)を使い続けている。なぜなら、研究費審査委員会と人事委員会には応募者の専門分野ではない委員が大勢いる。その状況で、「論文を読む」専門家がすべてを決定することにはならない。「論文を読む」専門家以外にもわかる、納得のいく判定基準を応募者の評価に使用したい。このようにして、専門家による評価をよりも説得力のある評価方法を開発する必要があったのだ。その時、論文を掲載した学術誌を評価することで研究者を評価したのだ。つまり、応募者を数値で評価できる学術誌インパクトファクター(JIF)が登場したのだ。

学術誌インパクトファクター(JIF)は学術誌を評価する指標としては明らかに貢献してきた。学術誌インパクトファクター(JIF)が高い学術誌は、そのことを研究界に宣伝し、ブランドにしている。 学術誌ブランドは、しかし、以下に示すように論文レベルの評価を阻害している。

  • ほとんどの学術誌は、査読内容を公開していない。 この秘密性は編集者にどの原稿を出版するかの決定に大きな柔軟性を与える。査読プロセスの唯一の目に見える結果は、研究コミュニティに「原稿の採択」を示すだけだ。だから、学術誌ブランドと学術誌インパクトファクター(JIF)が論文の質と重要性の唯一の指標になってしまう。
  • 学術誌インパクトファクター(JIF)の高い学術誌は、原稿の採否を通して学術誌インパクトファクター(JIF)を人為的に高く保ち、学術誌ランキングの最上位の位置を保とうとする。 ライフサイエンス研究の著しい増加・成長にもかかわらず、ライフサイエンス分野で学術誌インパクトファクター(JIF)の高い学術誌は、30年前よりも少ない数の論文しか掲載していない。 消費者がグッチのバッグに高いお金を払う意思があるのと同じように、研究者たちは学術誌インパクトファクター(JIF)の高い学術誌に論文を出版するのに多大の努力を払う。 この努力を惜しまない研究界は、評価を学術誌レベルから論文レベルに置き換える評価スキームの変更に参加する意欲を高められない。
  • 学術誌のブランド化は出版論文の「間違い」の訂正を消極的にする。重大な欠陥が指摘された論文なら撤回するが、「間違い」程度なら、ほとんどのブランド学術誌は訂正しない。論文に「間違い」があれば専門家はその論文を割り引いて評価する。しかし、欠陥のある論文、誤った解釈の論文、過剰に主張した論文であっても、「間違い」の訂正をしなければ、非専門家は「間違い」があった論文だとは気が付かない。つまり、「間違い」があった論文でも訂正しなければ、非専門家である研究費審査委員に対して「ブランド論文」であることをアピールし続けることができるのである。

不透明な品質管理、人為的な選択、および「石に刻んだ」論文の力はすべて、学術誌インパクトファクター(JIF)とブランド学術誌の名声に永続的に貢献する。 一部の研究者にとって、ブランド学術誌に論文を発表することは、まっとうな研究をするよりも重要になる可能性がある。現代の超競争的な出版環境では、次のような「まっとう」ではない行為をする研究者もでてくる。つまり、自分の論文の影響を誇張したり、トップ学術誌にふさわしいと思われる研究トピックを選んだり、データと研究成果を他の研究者と共有させなかったりする。

要約すると、伝統的な学術誌ベースの出版システムに長所はあるが短所が多い。購読料の壁が論文へのアクセスを制限し、時間・資金は浪費され、研究結果の普及は遅れる。さらに、望ましくない方法で研究者を評価し、その評価に合うように研究者は望ましくない行為をする。これらのことがとても多く見られるのである。

《2》提案

科学出版を推進するために、以下に3つの長期的な変更を提案する。 これらの変更は独立して実行できるが、ともに透明性と効率性を大幅に向上させる。

1. 学術的貢献をよりよく認識できるように査読を変更する。
2. 出版決定を編集者から著者にシフトする。
3. 出版前キュレーションを出版後キュレーションに変更する。

★1.学術的貢献をよりよく認識できるように査読を変更する

以下のようにすれば、査読の質を高め、査読作業に対する認識を高めることができる。

【透明】
査読レポートとそれに対する著者の回答を、匿名または所属機関を付して公開する。このことで、査読の厳密さが明らかになり、また、論文公開に伴う学術的な情報交換が可能になる。 今日、査読プロセスが透明であるのは例外的だが、透明なことが標準になるべきだと主張したい。

【学術誌に非依存】
従来の査読は、投稿原稿が学術誌に適しているかどうか、編集者が判断する際に、査読者がその判断を支援していた。学術誌に依存しない査読に変えることで、査読は、著者へのフィードバックと投稿原稿の研究技術の質と独創性に焦点を絞って評価する方向に機能が変わる。従来の査読の機能が変わることで、意外な重要性のある論文や幅広い関心がある論文を出版することが期待できる。査読者は研究の独創性と科学的文脈を適切に読み取ることで学術誌にとらわれずに原稿を評価することができる。

【査読者間の協議と動的匿名】
個々の査読レポートであれ査読者間の協議後の合同査読レポートであれ、査読者間の協議は、査読者の不合理な要求を効果的に排除することができる。

査読がより建設的な対話になると、査読者は自分の名前を明示した署名査読者にますます加わろうと思うだろう。 署名査読は究極的には、労働集約型の学術活動および研究界への重要な奉仕として、学術界から評価されるようになるだろう。

しかし、査読レポートが批評される可能性もある。この場合、査読したことで査読者のキャリアに悪い影響を受ける可能性がある。それで、署名を強制にせず、査読者が査読の努力に対して功績を残しながら匿名であることを維持できるようにする「動的匿名(dynamic anonymity)」を導入する。「動的匿名」は、脆弱な査読者を保護するが、後で査読者の希望で匿名から実名に変えることができるようにするシステムだ。いくつかの学術誌とパブロン(Publons)がすでに行なっているように、査読者を彼らのデジタルオブジェクト識別子(digital object identifier :DOI)で索引付けし、デジタルオブジェクト識別子に履歴書(CV)または研究者ID(ORCID:Open Researcher and Contributor ID)を関連づけておくことになる。

★2. 出版決定を編集者から著者にシフトする

学術研究者の自立は研究の本質である。研究者は、主任研究員の地位と資金を得た後、自分で研究の計画を立て、設計し、実行する。 研究者が研究プロセスを主導するというこの概念は、研究ワークフローの最終段階、すなわち研究結果の普及にまで拡大されるべきだ。 今日、学術誌の編集者が研究結果の発表時期を決定している。 出版決定を編集者から著者にシフトすることは、著者、査読者、編集者の役割と動機を根本的に変え、デジタル時代にふさわしい出版と評価への扉を開く。

著者は、度重なる査読や改訂を避け、自分の論文をいつ公開するかを自分で決められることで、利益を得る。査読の負担が軽減されるため、査読者にもメリットがある。しかし、このシフトは、著者が完成度の低い論文でもとにかく出版する行為や、厳密さに欠ける論文を出版する行為をどのように阻止できるかという疑問が生じる。 以下はいくつかの考慮事項である。

  • 研究界と出版社は、投稿論文が満たすべき基準を定義しその品質を管理する必要がある。その品質管理には、盗用、データと画像のねつ造・改ざん、著者の所属、生データ入手可能性、法律違反などのチェックが含まれる。 PLOSとbioRxivは、著者が投稿したプレプリントに品質管理の合図となる認証バッジを共同で制作している。 オープンサイエンスセンター(Center for Open Science)によって開発されたオープンデータ・材料のバッジは、いくつかの雑誌で使用されている。 公衆衛生および臨床医学を含むいくつかの研究分野では、研究計画の事前登録を通して研究ワークフローの早い段階で、不適切に設計した研究計画を除外する、または修正するのが最善である。
  • 査読レポートを発行することで、品質管理の可視性が向上する。著者と査読者の誠実性が保たれ、建設的なフィードバックが期待できる。
  • 論文著者は、編集者や研究仲間に自分の論文を選んで褒めてもらいたいという願望がある。この願望は、著者が引き続き質の高い論文を発表しようとする動機付けになる。 著者主導の出版プロセスでは、論文の選択(キュレーション)は出版後に行われる(下記3を参照)。

オープン出版では、著者が出版を主導し、その後、検証可能な査読および出版後のフィルタリングメカニズムを通して精査されることが理にかなっていると考える。査読レポートと出版後評価は著者の評判に貢献する。評判がよくなるよう、著者は可能な限り最良の論文を発表し、査読者の合理的な懸念に応えて論文を修正しようと思うだろう。

また、査読者からの深刻な批判にもかかわらず著者が自分の論文を支持すると主張し続けることもあるだろう。その場合、読者はそのやり取りにアクセスし、著者または査読者の観点のどちらに同意するかどうか、自分で決めることができる。 これは、今日の状況よりも間違いなく優れている。

★3. 出版前キュレーションを出版後キュレーションに変更する

研究者は、多量の論文の海の中で興味のある論文をどのように見つけられるか? これには、特定の読者(例えば専門家)のため、またはより広い読者のため、の論文のフィルタリングまたはキュレーションが必要である。専門家は強力な検索エンジンを使って、彼ら自身の研究分野で重要な論文を見つける。検索アルゴリズムは将来的にはもっと良くなるので、現在、文献の大部分をキュレートしている多くの専門学術誌は時代遅れになると思われる。

多くの読者は自分自身で研究成果を評価する専門知識や時間がないので、専門家によるキュレーションは非常に重要である。広範な読者の興味を引くと思われる研究論文にとってキュレーションはより重要である。現在の出版システムでは、学術誌が掲載原稿を選択することでこの重要なキュレーション機能を果たしている。研究者がこれらの選択に頼り続けていることを考えると、現在の専門家によるキュレーションは出版「後」キュレーションでも同じくらい良質のキュレーションをすると期待できる。出版前キュレーションは事実上、選択し出版した論文がどのように評価されるかという「賭け」であるのに対し、出版「後」キュレーションは「勝ち負けの報告」に近い。出版後キュレーションには次のような利点がある。

  • 現代のライフサイエンス研究ではデータの生成ではなく学際的なデータ分析が律速段階になっているため、出版前の査読は深刻な問題になっている。少ない査読者で、そして、その査読者の専門知識は多くの場合、論文全体をカバーできないのに、どうして、出版前に論文の重要性を検証できるのか?
  • 編集委員が一度だけ採択と決定した原稿の出版とは異なり、出版後キュレーションは、論文のさまざまな部分を、時間をかけ、継続して検証することができる。
  • 出版後キュレーションは、原則として、特定の学術誌に投稿された論文を超えて、出版された論文全体を網羅することができる。
  • 効果的な出版後キュレーションは、学術誌インパクトファクター(JIF)のような学術誌ベースの指標に代わるものになりうる。

《3》実行

★公開プラットフォーム

ライフサイエンスにおける著者主導の出版プラットフォームはすでに存在する。出版プラットフォームの最大の特徴は、著者が出版の決定を下すことができることだ。出版プラットフォームであるプレプリントサーバーは、学術誌での査読を受ける前に、投稿を遅らせることなく、著者が投稿することで研究界は論文を共有できる。

arXivプレプリントサーバは、物理学の分野で何十年も使用されてきた。 プレプリントサーバは、生命科学でも人気が高まり、 bioRxivが最大のサーバーとなっている。 F1000Researchインフラストラクチャによって強化された出版プラットフォームはさらに進歩している。著者はプレプリントを出版し、そのプレプリントの査読プロセスを調整し、そして改訂された論文を出版する。

オープンアクセスの出版プラットフォームは、主要な研究論文の主要な出版場所として、今は学術誌を補完しているが、最終的にはその代わりになる可能性がある。

これらのプラットフォームでの出版は、原著論文や改訂論文をいつ出版するかを著者が決定するため、研究成果をより早く出版することが可能になる。 これらのプラットフォームは、高い棄却率に起因する高価な編集キュレーションがないため、通常は従来の学術誌よりも安価である。

トータルで見ると、多くの主要な研究論文は出版後キュレーションを必要としないかもしれない。そうなると、プラットフォーム上への出版のコストと出版後キュレーションの合計コストは、現在の学術誌のコストよりもかなり低くなるだろう。 実際、プレプリントサーバでこれらの論文にアクセスする少数の研究者はデータ自体の厳密性と品質を迅速に評価するため、専門論文の一部は正式な査読を必要としないことさえある。

プレプリントから最終版までのバージョン管理された論文の出版、出版前の品質管理、査読、コピー編集、出版後キュレーションなど、さまざまなプロバイダが多様なサービスを提供できるプラットフォーム・インフラストラクチャを想定している。

サービスプロバイダは、サービス料を請求する。 サービスプロバイダー間の競争は、時間の経過とともに最も価値が高く費用対効果の高いサービスを特定することになる。 少なくとも、サービス料によってプラットフォームを維持することができるレベルまで論文出版量が増加するまで、研究資金提供者が出版プラットフォームと関連サービスを財政的に支援することになるだろう。 この取り組みにおける現在のリーダーは、自身のオープン・リサーチ・プラットフォームをサポートするウェルカム・トラスト(The Wellcome Trust)とビル&メリンダ・ゲイツ財団 (Bill & Melinda Gates Foundation; B&MGF)、およびbioRxivをサポートする慈善団体チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブ(Chan Zuckerberg Initiative)がある。

従来の学術誌は、時が経つにつれて公開プラットフォームになり、編集ゲートキーパーの役割を失う可能性がある。 F1000Researchプラットフォームは、編集者の代わりに著者を使用して査読担当者を選択する。 biOverlayは査読のためのプレプリントを選択するのに学術エディタを使用している。また、研究者はプレプリントを査読することを自己選択することもできる。 さまざまな査読モデルをさらに実験することで、公開プラットフォームでの査読の効率と品質を向上させることができる。

★キュレーション学術誌(Curation journals)

大量の出版プラットフォームが成長し続けているので、読者に特定の論文を選択してくれるキュレーションサービスが必要になる。 現在の学術誌や学会はそのようなサービスを提供するのによい立場にある。将来のキュレーション学術誌は現在の学術誌や学会がもつ機能(つまり、購読収入、独立した編集者と編集委員会、評価者)の多くを持つ可能性がある。 キュレーション学術誌は伝統的な「出版」学術誌のキュレーションに対する上記の利点を以下のように利用することができる。

【出版後キュレーションは多次元的で、多様な基準に基づいて論文が選択される】

出版後キュレーションの論文選択基準は、現在使用されている学術誌の論文選択基準と似ている部分はあるが、「幅広い関心」、「意外な重要性」、「潜在的に革新的だが物議をかもしている」、「厳格で上品」など多次元的で、多様な基準に基づいて選択される。また、F1000Prime のように、キュレーターが個人的に気に入った論文にフラグ(flag、印)を付けることもできる。

キュレーションサービスの中で特に有益な点は、データや結果の正当性が疑わしい論文を指摘することだ。 今日、そのような指摘は、研究者の名誉を侵す行為だと糾弾され、大きな制限を受けている。しかし、評判の良いキュレーションサービスで正当性が疑わしいと指摘されれば、著者はますます厳密な論文を発表しようと思うだろう。

伝統的な学術誌の出版前キュレーションでは、キュレーションの結果、通常、原稿の採択・不採択という単純な2者択一になる。しかし、出版後キュレーションでは、論文に対して「ポジティブ」と「ネガティブ」の両方が示されるだけでなく、伝統的な学術誌よりもはるかに優れたニュアンスと複雑さを伝えることができる。

【出版後キュレーションは、インターネットと研究コミュニティの意見を最大限に活用する必要がある】

出版後キュレーションは次のプロセスで行なう。数か月ごとに、専門家の諮問委員会は、特定の研究分野ごとに論文を推薦する。論文の選択は、クラウドソーシング、つまり理事会メンバーの投票の集計と編集上の判断で行なわれる。論文の選択を単純な人気投票にしないために研究コミュニティの意見と独立した編集上の監督を組み合わせる。選ばれた論文は、選んだ理由を短文で示し、かつ、論文にバッジのタグ付けすることで読者に知らせる(下記参照)。

しかし、キュレーション学術誌は少なくとも2つの重要な課題に直面するだろう。

【査読の負担】
確立した研究者は、すでに学術誌からの査読依頼で過度の負担を感じている。キュレーション学術誌になると、確立した研究者は完全な研究内容の査読をするだけではなく、確立した研究者(および彼らの研修生:院生・ポスドク)が、研究室で学術論文を精読する「ジャーナルクラブ」ですでに詳細に解読した論文を選択するというさらなる負担が増える。

一方、若手研究者や院生・ポスドクが出版後キュレーションを始めることで、確立した研究者の負担は緩和される。若手研究者・院生・ポスドクは、まだ査読の負担が多くなく、出版後キュレーションをすることで研究界での評価が得られるという利益がある。さらに、若手研究者・院生・ポスドクには、直接、研究実務に携わるという利点もある。若手研究者・院生・ポスドクは、研究室で学術論文を精読する「ジャーナルクラブ」への参加と同じ様に、指導教員の指導下にプレプリントのキュレーションに従事することになる。

最終的に、論文の出版は出版プラットフォームが主流となり、出版後キュレーションが重要なサービスとして認識されるようになれば、研究者や編集者の作業は、出版前キュレートから、すでに公開された論文の出版後キュレートに移るだろう。

【ビジネスモデル】
出版後キュレーションが非常に価値があると考えられても、それは未検証のビジネスモデルである。 研究資金提供者が当初はキュレーションサービスをサポートしても、それらを持続可能にするためには、学術図書館がそれらを購読する必要がある。選択した論文を売って収益とするのは難しいかもしれないが、選択を正当化する学術的レビューは購読価値がある。学術界にとって価値があり、提供者にとって持続可能な新しいキュレーションモデルを開発し実験するチャンスでもある。

★学術誌インパクトファクター(JIF)の代用物

研究者の評価として学術誌インパクトファクター(JIF)のような学術誌レベルの指標を使用しないようにする1つの方法は、論文の質の高さを示す代用物を開発することだ。 出版後キュレーションでは「バッジ(badges)」を開発し、代用物にすることを提案したい。バッジを論文に付けることで論文の選択を示し、また検索可能にする。

出版後キュレーションではバッジは多様でよい。たとえば、学術誌「Current Opinions」は文献に「素晴らしい」とか「特別」などの印をつけている。キュレーション学術誌は、選択された論文が学術誌の編集基準を満たしているのをバッジを付けることで示し、現在の出版の採否決定と同じ情報を伝えることができる。また、査読者の評点を集約したバッジや、短文を付けて論文の重要な側面(独創性、重要性、重要発見、疑念論文、対象読者など)を示すバッジを使用してもよい。

バッジの中にはインターネット機能を最大限に活用することで、クラウドソーシングやアナリティクス(Google Analytics)で自動的に生成される数値もある(引用数、ヒット数、データ使用など)。 アルトメトリクス(Altmetrics)は、引用、ダウンロード、ソーシャルメディアへの言及などを集約した論文固有の計量値(メトリクス)になる。

学術誌インパクトファクター(JIF)の不利な点は、その数値を得るのに数年という長い時間がかかり、評価が遅いことだ。それで、バッジが学術誌インパクトファクター(JIF)という先行指標と競争するには、研究コミュニティの意見を論文出版後すぐにキュレーションし、バッジを付けることが重要だ。 バッジのさらなる利点は、キュレーションとバッジは論文採否のように決定を「石に刻んでいる」わけではないので、時間の経過とともに改訂することができる。キュレーションとバッジには、以前の判断を訂正したり修正したりするメカニズムもある。

《4》展望

我々は、研究成果の普及とキュレーションが分離され、両方のプロセスが効率的かつ効果的になる出版モデルを提案した。現在の出版システムからオープン出版プラットフォームと出版後キュレーションに移行するには、研究界は大きな文化的変化を遂げるという認識と勇気が必要である。

成功した研究者は現在のシステムで成功したので現在のシステムに固執するだろう。 論文を出版した学術誌が、論文の「品質のスタンプ」の役割を果たしているという考えは根深い。研究者たちの論文投稿判断、読む傾向、評価は、研究者仲間が既に合意した学術誌ランキングに直感的に合致しいる。 著者としては、学術誌の権威と論文の質に基づいて学術誌を選ぶが、所属する大学図書館が購読料を払うので、出版コストをあまり考慮しない。査読者としては、重要で時間のかかるサービスを提供し、引き換えに未発表の論文原稿を読むことと、編集という特権を行使してきた。

しかし、時が経てば、研究界はオープン・パブリッシング・モデルをサポートするようになると思う。というのは、オープン・パブリッシング・モデルは発見を加速し、研究者に力を与えるからだ。著者は自分の研究成果を発表するのに費やす時間とお金が少なくてすみ、査読者は査読の負担が減る。出版後キュレーションの労力は出版前キュレーションの労力とトントンだとわかるはずだ。以下のような問題を示すが、私たちは研究コミュニティがこれらの問題を解決し前進して欲しいと思う。

プラットフォーム公開のための査読と査読者の選択をどのように最適化できるか? 論文への最初の査読レベルをどう決定すればよいか? 査読レポートは、論文への簡単な説明をし評価点を付けるが、その後のキュレーションとバッジ付与を効果的に行なえるようにするために、どうすればよいか?

出版後キュレーションのためのインフラストラクチャと文化をどう設定するか? 選択に適した論文カテゴリーをどう決めるか? 評価に耐えられなかった研究論文をどう特定すればよいか?

プラットフォーム上での論文の共有と出版後キュレーションをサポートするのに最適なビジネスモデルはどのようなものか?

出版社、学協会、学術機関およびその図書館、そして資金提供者は、これらの問題に取り組むうえで重要な役割を果たすことができる。 出版社は出版プラットフォームを試すことだ。学協会は、会員の専門知識を利用して、出版プラットフォームと購読ベースのキュレーションと有料査読を調整することだ。研究論文の出版がより安価な出版プラットフォームに移行し、現在伝統的な定期購読学術誌に支払っている資金が不要になれば、学術機関およびその図書館はキュレーション学術誌に資金を回すでしょう。

資金提供者は、研究成果の共有と研究者の評価という2つの相互に関連する機能に着目しているので、変革を促進する立場にある。 多くの資金提供者は、研究成果を効率的に広め、その研究成果に対して研究者を評価することが自分たちの責任であると考えている。

しかし、従来、学術界での研究者の評価は、彼らが何を発表するかではなく、どの学術誌にどれだけ発表したかに重点を置いてきた。 この出版スタイルが変わらなければ、研究者たちは現在の問題を解決できないまま、論文を出版し続けることになる。

出版スタイルの変化を出版社が始まめることはありえない。 出版スタイルを変えるには、資金提供者および学術機関が、出版場所とは無関係に研究および研究者を評価することを研究者に約束する必要がある。 研究成果と研究者を評価する方法、そしてそれを実施する方法は、互いに学び、互いに開発し、共有すべきである。その共同作業は、厳格な研究活動を永続的に支えたいと思うインセンティブに導かれている。 この分野における活動の1つの例は、実践コミュニティのOpen Research Funders Group である。

学術界のスタイルの変更を支援することに加え、資金提供者は、出版プラットフォームと査読システムの予備調査を奨励し支援する、さらに、新しい形式の出版後キュレーションを奨励し支援する。このような支援を通して、ようやく、出版スタイルの変更を促進することができる。そのような水先案内人(パイロット)は、著者、査読者、そして読者への影響を測定し、数値として示すことが望ましい。その水先案内人的な調査結果は今後の学術論文の方向を導くのに貢献するだろう。

論文出版と研究評価における効果的な実践を継続的に評価し構築することで、デジタル時代の研究をサポートするシステムを開発できる。ハワード・ヒューズ医学研究所は、 より公正で効果的な発見の伝達、データの共有、そして次世代の研究者の育成を目指し、ここで提案したことが学術出版の未来だと信じている。私たちはそれに向かって前進する。

●5.【関連情報】

【動画1】
ボードー・スターン(Bodo M. Stern)が学術論文出版の将来へ意見を述べた動画:「ライフサイエンスにおけるピアレビューの推進(Advancing Peer Review in the Life Sciences )- YouTube」(英語)4分20秒。
HHMI Howard Hughes Medical Instituteが2018/02/07 に公開

【動画2】
2018年2月7–9日開催のワークショップ「ライフサイエンスのピアレビューにおける透明性、認識、および革新(Transparency, Recognition, and Innovation in Peer Review in the Life Sciences)」の動画:「ライフサイエンスにおけるピアレビュー:朝の分科会(Peer Review in the Life Sciences: Morning breakout session reports)- YouTube」(英語)1時間24分10秒。
HHMI Howard Hughes Medical Instituteが2018/04/04 に公開

●6.【白楽の感想】

《1》イイ感じだが・・・

ボードー・スターン(Bodo M. Stern)が提唱する「まず論文掲載、後からキュレート(publish first, curate second)」は論文の将来としてイイ感じがする。

論文掲載料が無料なら捕食論文は激減すると思われる。ただ、ネカト防止には特別の効果を期待できない。ネカト防止に関して、別途、一層の方策を練る必要がある。

もう1つ気になる点はお金の量と流れだ。学術論文の世界市場は現在1兆円である。大学図書館と各研究者が学術誌購読料や論文掲載料として1兆円を払い、学術出版社が1兆円を受け取っている。それらの原資は各国政府の研究予算である。

ボードー・スターンは原理として「まず論文掲載、後からキュレート(publish first, curate second)」を提唱したが、お金の量と流れがどうなるのか具体的に示していない。総コストはもちろん低くなるのだろうが、総コストを半額の5千億円としよう。それで、実行に移した時、誰が誰に対していくら払うのかが見えてこない。それで、スターン計画がうまくいくのか破綻するのかが見えてこない。実行しつつ補修していくのだろうが、金の量と流れが気になる。

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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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●7.【コメント】

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