モナ・ティルチェルヴァン(Mona Thiruchelvam)(米)

【概略】
141222 11985243モナ・ティルチェルヴァン(Mona Thiruchelvam)は米国・ニュージャージー医科歯科大学・環境職業健康サービス研究所(University of Medicine and Dentistry of New Jersey, Environmental and Occupational Health Science Institute:EOHSI)の助教授で、神経科学者である。

ニュージャージー医科歯科大学は2013年7月1日、ラトガース大学(Rutgers University)に移管した。写真はラトガース大学・環境職業健康サービス研究所(EOHSI):出典

モナ・ティルチェルヴァン(Mona Thiruchelvam)の写真は見つからない。

  • 国:米国
  • 成長国:ニュージーランド? スリランカ? ティルチェルヴァン(Thiruchelvam)という姓はスリランカ人の姓らしい
  • 博士号取得:ニュージーランドのウェリントン大学?
  • 男女:女性
  • 生年月日:不明。仮に、1970年1月1日生まれとする
  • 現在の年齢:47 歳?
  • 分野:神経科学
  • 最初の不正論文発表:2005年(35歳?)
  • 発覚年:2005年?(35歳?)
  • 発覚時地位:米国・ニュージャージー医科歯科大学(University of Medicine and Dentistry of New Jersey (UMDNJ)) ・助教授
  • 発覚:共同研究者の内部公益通報
  • 調査:①ニュージャージー医科歯科大学。調査期間はxxxx年~2010年2月のx年間。②米国・研究公正局。調査期間はxxxx年~2012年6月のx年間。
  • 不正:ねつ造
  • 不正論文数:2報。1報撤回、1報訂正
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 結末:ニュージャージー医科歯科大学・辞職

★主要情報源:
① 2012年7月2日のリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の記事:ORI finds Parkinson’s-pesticides researcher guilty of faking data; two papers to be retracted – Retraction Watch at Retraction Watch
② ◎2012年6月29日のヘイリー・ダニング(Hayley Dunning)の『科学者』誌(The Scientist)記事:Parkinson’s Researcher Fabricated Data | The Scientist Magazine®
③ 2012年9月号の米国・研究公正局ニュースレター

【経歴】
不明点多し。

  • 仮に、1970年1月1日生まれとする
  • xxxx年(xx歳):xx大学を卒業。博士号取得
  • 1997年(27歳?):ニュージーランドのウェリントン大学医学部(Wellington School of Medicine)で論文発表
  • 141222 1457[1]2000年(30歳?):米国・ロチェスター大学医学部のデボラ・コリー=シュレヒタ(Deborah Cory-Slechta、写真出典)研究室に入る
  • 2003年(33歳?):コリー=シュレヒタがニュージャージー医科歯科大学・環境職業健康サービス研究所・所長(University of Medicine and Dentistry of New Jersey, Environmental and Occupational Health Science Institute:EOHSI)、ニュージャージー医科歯科大学・環境地域医学・学科長(Chair of the Department of Environmental and Community Medicine at the UMDNJ)に移籍したのに伴い、ニュージャージー医科歯科大学・環境職業健康サービス研究所・助教授に着任
  • 2005年(35歳?):後でねつ造と断定された論文を発表
  • 2010年2月(40歳?):ニュージャージー医科歯科大学・調査委員会は、2005年の論文2報をねつ造と結論した。
  • 2010年2月(40歳?):ニュージャージー医科歯科大学を退職した。
  • 2012年(42歳?):米国・研究公正局が、調査の結果、不正研究(ねつ造)だと発表した

【研究内容】

パーキンソン病のことを理解しよう(出典:パーキンソン病って、どんな病気?)。

パーキンソン病の主な初期症状には、「ふるえ」「固縮」「無動」「姿勢障害」の4つが知られています。

ふるえは、「静止時振戦(せいしじしんせん)」といわれ、じっとしている時に手や足にふるえが現れることが特徴です。例えば、手を膝に置き、じっと座っていると膝の上の手がふるえだします。手を膝から離して何かをしようとするとふるえは消えます。

この病気は、脳の中の神経に異常が起こることで発病しますが、若い人には少なく、普通40~50歳以降にみられることが多いとされます。

脳は、大脳、小脳、脳幹(のうかん)に大別されます。パーキンソン病では、脳幹に属する中脳の「黒質(こくしつ)」という部分と、大脳の大脳基底核(だいのうきていかく)にある「線条体(せんじょうたい)」という部分に異常が起こっていることが明らかにされています。

パーキンソン病では、黒質に異常が起こって正常な神経細胞を減少させるため、そこでつくられるドパミンの量が低下し、黒質から線条体に向かう情報伝達経路がうまく働かなくなっている状態ということがわかっています。このため、姿勢の維持や運動の速度調節がうまく行えなくなるなど、パーキンソン病特有の症状が現れると考えられています。

黒質でつくられるドパミンの量が正常な人の20%以下まで低下すると、パーキンソン病の症状が現れるといわれています。

141222 Blausen_0704_ParkinsonsDisease[1]図1.脳全体(左)と中脳(右)。パーキンソン病患者(右下)と健常人(右上)。パーキンソン病患者の黒質(substantia nigra)の神経細胞が減少している。出典:Blausen.com staff. “Blausen gallery 2014“. Wikiversity Journal of Medicine. DOI:10.15347/wjm/2014.010. ISSN 20018762

141222 parkn1図2.中脳。上図右の器官像に相当(上下逆転)。パーキンソン病患者(左)と健常人(右)。黒質(substantia nigra)に顕著な差がある。出典:Anatomy & Physiology Disease O’Week

141222 parkn1b図3.黒質(substantia nigra)の組織化学像。パーキンソン病患者(左)は健常人(右)に比べ、黒質の神経細胞が減少している。出典:Anatomy & Physiology Disease O’Week

【不正発覚の経緯】

2003年、モナ・ティルチェルヴァン(Mona Thiruchelvam)は、上司のデボラ・コリー=シュレヒタ(Deborah Cory-Slechta)の移籍に伴い、米国・ロチェスター大学から米国・ニュージャージー医科歯科大学・環境職業健康サービス研究所の助教授に着任した。

2005年、モナ・ティルチェルヴァンは、後でねつ造と断定された論文を2報発表した。2つの論文とも、パーキンソン病(PD:Parkinson’s disease)の神経細胞に対する殺虫剤・除草剤の影響に関する研究である。

除草剤であるアトラジン(atrazine)の論文(Environ Health Perspect. 2005)では、アトラジン5 mg/kgまたは10 mg/kgをエサに混ぜて6か月間摂取させたマウスとラットは、ヒト・パーキンソン病患者と同じ症状を示す。そのようなパーキンソン病状態のマウスとラットの脳の中の黒質線条体の神経細胞数を数えた(図3のような写真から)。実験は13回行ない、その結果を報告した。黒質線状体は脳の主要なドーパミン回路であり、この領域の神経細胞の欠失はパーキンソン病の特徴の1つだった。

エモリー大学のゲーリー・ミラー(Gary Miller)教授は、殺虫剤・除草剤がパーキンソン病の原因だとする論文に懐疑的だった。「殺虫剤・除草剤とパーキンソン病の間に何らかの関連はあるが、作用している化合物を特定するのは難しかった」と述べている。

細かい解説は省くが、問題の論文(Environ Health Perspect. 2005)の図4(出典)は以下の図である。アトラジン(atrazine)の濃度0、5、10 mg/kgの3点(横軸)で細胞数(縦軸)を数えている。141222 ehp0113-000708f4[1]

ところが、ティルチェルヴァンの研究室には細胞数を測定する設備はなかった。以前、共同研究者が細胞数の測定を依頼され、測定したが、今回は測定を依頼されていないのに、細胞を観察し細胞数を測定したデータが論文に示されていた。誰が測定したのだろうという疑念から調べ始め、データねつ造と確信した共同研究者は、ニュージャージー医科歯科大学に「ねつ造」の公益通報を行なった。

200x年(正確な年月不明)、ニュージャージー医科歯科大学(UMDNJ)が調査を始めた。

初期の調査では、ティルチェルヴァンは、細胞はカリフォルニアの研究者に数えてもらったと述べた。その研究者は、英国に移動していた。調査委員会が電話で確かめると、「自分が細胞を数えました」とティルチェルヴァンの話とつじつまがあう証言をした。

しかし、ニュージャージー医科歯科大学がさらに追及すると、その証言はウソだとわかったのである。ティルチェルヴァンにその事実を突きつけると、今度は、細胞を数えた人として、カリフォルニアの別の研究者をあげた。そして、調査委員会が連絡し事実かを確かめると、その研究者は、「ティルチェルヴァンに何もデータを提供していない」と述べたのである。

ティルチェルヴァンは、それでも、データはねつ造していないと主張した。実際に、マイクロ・ブライト・フィールド(Micro Bright Field)社の共焦点顕微鏡写真のデータが293ファイルあると抗弁した。調査委員会が293ファイルのデータを受け取り、マイクロ・ブライト・フィールド社に分析を依頼すると、ナント、ファイルは壊れていてデータが事実かねつ造なのか判断できなかった。

ティルチェルヴァンに、データが壊れていて、正常にアクセスできないと伝えると、コンピュター・ウイルスに感染してデータが壊れてしまったと釈明した。

ニュージャージー医科歯科大学・調査委員会は、米国・研究公正局に事件を報告し、助力を仰いだ。

米国・研究公正局は、データファイルを受け取り、犯罪科学用のコンピュターソフトで分析した。すると、ファイル名と日付けはすべて異なるが、多くのファイルは同一の内容であることが判明した。

これは、コンピューター・ウイルスによってファイルが破壊されたのではなく、少なくともある程度は、ティルチェルヴァンが意図的にファイルを破壊したとしか考えられなかった。

米国・研究公正局は修復したファイルをマイクロ・ブライト・フィールド社に送付し、分析してもらった。すると、293ファイルのすべてのデータは、ティルチェルヴァンが2002年8月18日にロチェスター大学で作成した1つのファイルに由来していたことが判明した。

ニュージャージー医科歯科大学・調査委員会は、米国・研究公正局からの調査結果を受け取った。調査結果は、パーキンソン病の神経細胞に対する殺虫剤・除草剤の影響に関する研究論文で、細胞数が測定されているが、実際は、神経細胞は一度も測定されていなかった。研究データである細胞数をねつ造したと確証した。

ティルチェルヴァンに結果を示し、反証を待ったが、ティルチェルヴァンは何も反証しなかった。

2010年2月(40歳?):ニュージャージー医科歯科大学・調査委員会は、2005年の論文2報をねつ造と結論し、発表した。

2010年2月(40歳?)、モナ・ティルチェルヴァンは、ニュージャージー医科歯科大学を退職した。

2012年6月28日(42歳?)、米国・研究公正局が調査結果を公表した。ティルチェルヴァンは、2005年の「Environmental Health Perspective」誌と「Journal of Biological Chemistry」誌に出版した2つの論文でのデータねつ造をしたと結論した。

米国・研究公正局の報告書では、ティルチェルヴァン自身はねつ造を認めていない。しかし、政府研究費等への申請をしない書類「Voluntary Exclusion Agreement」(不正研究者への罰)にサインしている。また、2005年の2つの論文撤回手続きをすることを認めている。実質上、不正研究を認めたか、あるいは不正研究ではないと抗弁することをあきらめたと想定される。

【論文数と撤回論文】
パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、モナ・ティルチェルヴァン(Mona Thiruchelvam)の論文を「Thiruchelvam M[Author]」で検索すると、1997年~2012年の16年間の33論文がヒットした。

2014年12月20日現在、1論文だけが撤回されている。

141222 profile-ER[1]問題視された もう1つの論文も撤回される約束だったが、実際は、訂正されただけで、撤回されていない。

訂正点は、共著者だったエリック・リッチフィールド(Eric K. Richfield、写真出典)が共著者から除かれたことだ。リッチフィールドは共著者から除かれたことの理由をメディアに聞かれたが、「ノーコメント」だった。彼が公益通報者なのだろうか?

【事件の深堀】

★ティルチェルヴァンはスケープゴート?

2005年の論文でデータねつ造があり、2010年に所属していたニュージャージー医科歯科大学・調査委員会が不正研究だと結論した。

ティルチェルヴァンの上司・コリー=シュレヒタは論文の共著者である。コリー=シュレヒタはロチェスター大学に所属していた2000年にティルチェルヴァンを研究室に受け入れ、その後、2003年にニュージャージー医科歯科大学に移籍する時もティルチェルヴァンを一緒に連れて行った。

2007年、コリー=シュレヒタは、ゴタゴタのさなか、ニュージャージー医科歯科大学から古巣のロチェスター大学に転籍していった。

研究者の事件を追っていると、若手外国人がスケープゴートにされ、トカゲの尻尾を切られて、地位の高い人は無傷に逃れていくケースがいくつもある。

コリー=シュレヒタも不正研究に何らかの加担をしていた、あるいは、そういう環境を育成していたという責任があるのではないだろうか?

コリー=シュレヒタは、ティルチェルヴァン研究室(コリー=シュレヒタ研究室と同じ? 隣接?)に細胞数を測定する設備がないことくらい百も承知だっただろう。2005年の共著論文の原稿を受け取った時、なぜ、「細胞数はどこで測定したの?」ときかなかったのだろうか?

コリー=シュレヒタは、この事件に「ショックです。とても失望しました」とメディアに述べた。

だから、2007年にロチェスター大学に転籍した時、ティルチェルヴァンとの関係は完全に切れたのかと、思った。

不思議なことに、コリー=シュレヒタは、2007年にロチェスター大学に転籍した後も、ティルチェルヴァンと共著の論文を発表している。2012年に1報、2011年に1報、2008年に2報、2007年に3報ある。事件が表面化した後もティルチェルヴァンとコリー=シュレヒタはつながっていたのである。2人の関係はどうなっているのだろう?

【白楽の感想】

《1》 公益通報者の重要性

ティルチェルヴァンは、数えていない細胞数の数値をデータとして「ねつ造」した。ティルチェルヴァン研究室に細胞数を測定する設備がないのはティルチェルヴァンに近い研究者でなければわからない。

以前、共同研究者が細胞数の測定を依頼され、測定した。それが、今度は測定を依頼されないのに細胞数のデータが載った論文が発表された。誰が測定したのだろうという疑念から「ねつ造」に気付いて、公益通報した。

これが発覚の発端である。内部からの公益通報がなければ、不正研究と気がつくのはとても困難だったろう。

《2》 不正研究者の他の論文の信頼性

ティルチェルヴァンの2005年の論文がねつ造とされたが、その2報だけでねつ造データを使ったのだろうか? その前後の論文は、どれも、同じ意図、つまりデータねつ造されたハズではないのか?

それなのに、問題視したのは公益通報された2報だけである。なんかヘンだ。

その前年の2004年から2012年までにティルチェルヴァンは23報の論文を発表している。その内20報が上司のコリー=シュレヒタと共著である。これも、なんかヘンだ。コリー=シュレヒタは、ティルチェルヴァンの2005年の2報だけがおかしく、他の論文ではデータねつ造がないと、知っていたのか?

そうでないなら、一度、信頼を裏切った部下の他の研究論文をどういう理由で信頼しているのだろうか?

データねつ造は細胞数だけではない。論文はデータが満載なので、別のデータがねつ造・改ざんされていないという保証はない。事件が表面化した後の共著論文でも、2012年に1報、2011年に1報、2008年に2報、2007年に3報ある。これらに不正研究はないのだろうか?