2021年10月4日掲載
10月初旬はノーベル賞発表の季節です。ノーベル賞受賞者(含・予想)事件シリーズの2件目です。本日、ノーベル生理学・医学賞の発表です。
ワンポイント:ロスバッシュは、2017年(73歳)、ノーベル生理学・医学賞を受賞したブランダイス大学(Brandeis University)・教授である。ノーベル賞受賞の2年前の2015年秋(71歳)、「2007年6月のPLoS Biol.」論文の結果が再現できないと指摘された。ロスバッシュは自分たちで追試したが再現出来なかったので論文を撤回した。もう1論文にもねつ造データが指摘されているが無視している。ブランダイス大学はネカト調査をしていない。研究公正局は何も発表していない。米国の主要メディアも沈黙している。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
マイケル・ロスバッシュ(Michael Rosbash、ORCID iD:?、写真Bengt Nyman from Vaxholm, Sweden – Michael Rosbash EM1B8756, CC 表示 2.0、出典)は、米国のブランダイス大学(Brandeis University)・教授で、専門は時間生物学である。
ロスバッシュは、2017年(73歳)、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。受賞理由は「体内時計を制御する分子メカニズムの発見」である。
ノーベル賞受賞者なので、書籍、論文、研究に関する情報、写真、動画はたくさんある。本記事ではネカト問題に焦点を絞って記述する。
ロスバッシュ自身がネカト者とは思いにくい。しかし、誰がネカト者かは特定されていないので、ロスバッシュを主役として記事をまとめた。
2015年秋(71歳)、ノーベル賞受賞の2年前、同じ分野の研究者であるロックフェラー大学(Rockefeller University)のマイケル・ヤング教授(Michael Young)がロスバッシュの「2007年6月のPLoS Biol.」論文を再現できないと、ロスバッシュに伝えてきた。
ロスバッシュも自分たちで追試したが再現出来なかった。
それで、論文撤回を申し出た。
2016年2月25日(71歳)、ノーベル賞受賞の前年、44回引用されていた「2007年6月のPLoS Biol.」論文は撤回された。
なお、再現できなかったデータを出した共著者が誰だったのか述べていない。この時点で、ロスバッシュにデータねつ造・改ざんを隠蔽する意図があったと白楽は思う。
2020年10月(76歳)、上記とは別の「2006年12月のMol Cell」論文に、画像のねつ造が指摘された。しかし、1年後の現在まで、著者の対応がない。論文は訂正も撤回もされていない。
白楽の推察では、ブランダイス大学はロスバッシュのネカト疑惑について何も調査していない。
研究公正局は何も発表していない。米国の主要メディアも沈黙している。従って、当然ながら、ロスバッシュ及び室員は無処分である。
ブランダイス大学(Brandeis University)。写真出典 Nick Allen, CC BY-SA 4.0
- 国:米国
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:マサチューセッツ工科大学
- 男女:男性
- 生年月日:1944年3月7日
- 現在の年齢:80歳
- 分野:時間生物学
- 不正論文発表:2006~2007年(62~63歳)の2年間
- 発覚年:2015年(71歳)
- 発覚時地位:ブランダイス大学・教授。2年後にノーベル賞受賞
- ステップ1(発覚):第一次追及者はロックフェラー大学(Rockefeller University)のマイケル・ヤング教授(Michael Young)で、ロスバッシュに伝えた
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①調査なし
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:調査していない(✖)
- 不正:ねつ造・改ざん。ネカト者は共著者と思われる
- 不正論文数:2報。1報撤回
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)。ネカト者は共著者と思われる
- 処分:なし。ネカト者は共著者と思われる
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:Michael Rosbash | Biography, Facts, & Nobel Prize | Britannica
- 1944年3月7日:米国のカンザスシティ (ミズーリ州)で生まれる
- 1965年(21歳):カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)で学士号取得:化学
- 1971年(27歳):マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)で研究博士号(PhD)を取得:生物物理学
- 1974年(30歳):ブランダイス大学(Brandeis University)・助教授、その後、教授
- 2006年(62歳):後でネカトと指摘される最初の論文を発表
- 2015年(71歳):再現不能論文の指摘
- 2017年(73歳):ノーベル生理学・医学賞を受賞
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
ノーベル生理学・医学賞を受賞し自分を語る動画:「Michael Rosbash, Nobel Prize in Physiology or Medicine 2017: Official interview – YouTube」(英語)22分41秒。
Nobel Prizeが2021/08/27に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★ノーベル生理学・医学賞
2017年(73歳)、マイケル・ロスバッシュ(Michael Rosbash)はノーベル生理学・医学賞を受賞した。受賞理由は「体内時計を制御する分子メカニズムの発見」である。
★発覚の経緯
2007年6月(63歳)、ロスバッシュは以下の「2007年6月のPLoS Biol.」論文を発表した。2017年にノーベル賞を受賞しているので、受賞の10年前である。
- PER-TIM interactions with the photoreceptor cryptochrome mediate circadian temperature responses in Drosophila.
Kaushik R, Nawathean P, Busza A, Murad A, Emery P, Rosbash M.
PLoS Biol. 2007 Jun;5(6):e146. doi: 10.1371/journal.pbio.0050146.
2015年秋(71歳)、ノーベル賞受賞の2年前、同じ分野の研究者であるロックフェラー大学(Rockefeller University)のマイケル・ヤング(Michael Young)が上記論文の結果を再現できないと、マイケル・ロスバッシュ(Michael Rosbash)に伝えてきた。
ロスバッシュも自分たちで追試したが再現出来なかった。
それで、論文撤回を申し出た。
2016年2月25日(71歳)、ノーベル賞受賞の前年、44回引用されていた「2007年6月のPLoS Biol.」論文は撤回された。
なお、ロスバッシュに論文結果が再現できないと伝えたマイケル・ヤング(Michael Young)も、2017年、ロスバッシュと一緒にノーベル賞を受賞した。
★撤回公告
2016年2月25日(71歳)の撤回公告はポイントだけ示すと以下のようだ。 → Retraction
「2007年6月のPLoS Biol.」論文は、温度に対するショウジョウバエの概日システムの応答に光受容体クリプトクロム(CRY)が強く関与していることを示した論文である。実験結果は3つある。
論文撤回の数か月前、ロックフェラー大学のヤング教授から、2番目の実験結果を再現できないとロスバッシュに伝えられた。
それで、ロスバッシュたちは実験を再現しようとした。ところが、ヤング教授から指摘された結果を含め、3つの内の2つの実験結果を再現できなかった。
どうして、元の実験結果を再現できないのか、ロスバッシュは全く理由がわからないと述べている。しかし、3つの実験結果の内2つを再現できなかったので、元の論文を撤回するしかないと考えた。
ロスバッシュは「このことで、科学界にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」と科学界に陳謝している。
★調査
「2007年6月のPLoS Biol.」論文の実験結果が再現できない理由は不明である。
普通に考えれば、データねつ造・改ざんである。しかし、誰もそれを指摘しない。
ロスバッシュは、再現できなかったデータを出した共著者を知っているはずだが、誰と指摘しない。データねつ造・改ざんを隠蔽している。
ブランダイス大学(Brandeis University)は調査していない。
研究公正局は何も発表していない。米国の主要メディアも沈黙している。従って、当然ながら、ロスバッシュ及び室員は無処分である。
次項で示すように、「2006年12月のMol Cell」論文でもねつ造データが指摘されている。ロスバッシュは何も対応していない。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
ロスバッシュ事件は「2007年6月のPLoS Biol.」論文のデータねつ造・改ざん事件だと思うが、正式には研究不正だと認定されていない。何がどのようにねつ造・改ざんされたのか、公式発表がない。
それで、別の論文のねつ造データ疑惑を以下に示す。
★「2006年12月のMol Cell」論文
「2006年12月のMol Cell」論文の書誌情報を以下に示す。2020年10月に画像のねつ造が指摘されているが、1年後の現在まで、著者の対応がない。論文は訂正も撤回もされていない。
- A genome-wide analysis indicates that yeast pre-mRNA splicing is predominantly posttranscriptional.
Tardiff DF, Lacadie SA, Rosbash M.
Mol Cell. 2006 Dec 28;24(6):917-29. doi: 10.1016/j.molcel.2006.12.002.
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/9F16CF50A9965368C55160F2A80720
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2021年10月3日現在、パブメド(PubMed )で、マイケル・ロスバッシュ(Michael Rosbash)の論文を「Michael Rosbash [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2021年の20年間の124論文がヒットした。
2021年10月3日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、1論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2021年10月3日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでマイケル・ロスバッシュ(Michael Rosbash)を「Rosbash, Michael」で検索すると、本記事で問題にした「2007年6月のPLoS Biol.」論文・ 1論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2021年10月3日現在、「パブピア(PubPeer)」では、マイケル・ロスバッシュ(Michael Rosbash)の論文のコメントを「Michael Rosbash」で検索すると、本記事で問題にした「2007年6月のPLoS Biol.」論文を含め6論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》気に入らない
他人から指摘され、自分でも試みたが、自分の論文の結果が再現できない。それで、著者であるマイケル・ロスバッシュ(Michael Rosbash)は論文の撤回を申し出て、学術誌が論文を撤回した。
「撤回監視(Retraction Watch)」はロスバッシュの肩を持って、再現不能な論文はよくあることだと述べている。さらに、再現性のない論文を撤回するのは厳しい要求で、多くの科学者は同じ状況に置かれても撤回を申し出ないだろう。それを、正直に申し出たロスバッシュは「善行(doing the right thing)」だと褒めている。
気に入りません。
論文の結果が再現できない理由は何ですか?
何も言わないけど、データねつ造・改ざんでしょう。
ロスバッシュはネカト者を知っているはずだ。どうして、ネカト者を告発しないの?
ブランダイス大学はなぜネカト調査をしないの?
それに、別の論文である「2006年12月のMol Cell」論文では、2020年10月に画像のねつ造が指摘されているが、1年後の現在でも、ロスバッシュは対応しない。論文は訂正も撤回もされていない。とても、「善行(doing the right thing)」者とは思えない。
最初の論文で対応したのは、長年の友人であるマイケル・ヤング教授(Michael Young)が指摘したので無視できなかった。それだけでしょう。「善行」者というより、ズルイ人間に思える。
同じノーベル賞受賞者のネカト事件では、フランシス・アーノルド(Frances Arnold)はネカト者を指摘した。アーノルドの方がまともだ。 → 化学:フランシス・アーノルド(Frances Arnold)、インハ・チョ(Inha Cho、조인하、曹仁河)(米) | 白楽の研究者倫理
マイケル・ロスバッシュ(Michael Rosbash)は論文撤回の翌年、ノーベル賞をもらった。それほど高い研究成果を挙げていた。
しかし、研究成果の高さとネカトとは別でしょう。優れた研究成果を挙げていれば、ネカトをしていいってことにはならない。ネカト者を隠蔽していいってことにもなりません。
気に入りません。
《2》ノーベル賞受賞者
[この文章は以前の記事を修正・再利用している]
日本社会はノーベル賞受賞者を人格高潔で万能な超人扱いをする。
ノーベル賞受賞者が 厚顔無恥な傍若無人な言動 をしても、日本社会は、好意的、あるいは大目に見るように白楽は感じる。
では、ノーベル賞受賞者は研究成果だけでなく研究公正も優れているのだろうか?
白楽は否定的である。
科学的業績と規範的言動は基本的には全く別である。
しかし、あえて言えば、ノーベル賞受賞者は自己主張とズルさが人一倍強く、ネカト・クログレイはギリギリという研究者が多い、と思う。
ノーベル賞は研究者の倫理や人間性を評価しているわけではない。激しい研究競争を勝ち抜くには謙遜や温厚では無理だ。だから、当然と言えば当然だ。
もちろん、ノーベル賞受賞者には規範に優れた人もいるが、研究界全体の平均値と比較すれば平均値以下だろう。
ノーベル賞受賞者の不祥事を、「●白楽の卓見・浅見3【ノーベル賞受賞者の不祥事は多いと思うべし】」にまとめている。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。しかし、もっと大きな視点では、日本は国・社会を動かす人々が劣化している。どうすべきなのか?
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●9.【主要情報源】
① ウィキペディア日本語版: マイケル・ロスバッシュ – Wikipedia
② ウィキペディア英語版:Michael Rosbash – Wikipedia
③ 2016年3月9日のシャノン・パラス(Shannon Palus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Authors retract striking circadian clock finding after failing to replicate – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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