ワンポイント:発生状況は不明だが、珍しいデタラメ科学(データねつ造)と画像盗用
●【概略】
エムティタル・アブデ=エル=サミー(Emtithal M. Abd El-Samiee、E.M. Abd-El-Samie、Emtithal Mohammed Abdel Samie Al、写真出典)は、エジプトのカイロ大学(Cairo University, Faculty of Science, Entomology Department)・科学部・昆虫学科の準教授で、専門は昆虫学(昆虫の分子生物学)だった。既婚で子供が2人いる。
2015年(56歳)、他人の論文中の画像を盗用し、自分の2013年の論文に使用したのが発覚し、カイロ大学を解雇された。
エジプトのカイロ大学(Cairo University)。写真出典
- 国:エジプト
- 成長国:エジプト
- 研究博士号(PhD)取得:エジプトのカイロ大学
- 男女:女性
- 生年月日:1959年8月4日
- 現在の年齢:65 歳
- 分野:昆虫学
- 最初の不正論文発表:2011年(52歳)
- 発覚年:2015年(56歳)
- 発覚時地位:カイロ大学・準教授
- 発覚:外部の公益通報
- 調査:①学術誌・編集部
- 不正:他人の論文の画像盗用
- 不正論文数:2報。1報撤回
- 時期:研究キャリアの中期
- 結末:解雇
●【経歴と経過】
- 1959年8月4日:エジプト(?)で生まれる
- 1981年(22歳):エジプトのカイロ大学(Cairo University)・科学部・昆虫学科を卒業。学士号取得
- 1988年(29歳):エジプトのカイロ大学(Cairo University)・科学部で修士号取得。免疫学
- 1988 – 1996年(29 – 37歳):クウェートのクウェート大学(Kuwait University)・科学部・動物学科の副講師(Assistant Lecturer)
- 2000年(41歳):エジプトのカイロ大学・科学部で研究博士号(PhD)を取得。分子昆虫学
- 2000- 2007年(41 – 48歳):エジプトのカイロ大学・科学部・講師
- 2007 –2015年(48 –56歳):同・準教授
- 2015年(56歳):図の盗用が発覚
- 2015年(56歳):カイロ大学から解雇された
●【不正発覚の経緯】
発覚の経緯を含め、事件の状況は不明です。
どうしてねつ造をしたのか? どう発覚したのか? 研究機関はどんな対応をしたのか?
全くわかりません。
ただ、不正発覚後、アブデ=エル=サミーはカイロ大学を解雇された。
●【不正の内容】
★「2011年のJ Insect Sci.」論文
- Molecular phylogeny and identification of the peach fruit fly, Bactrocera zonata, established in Egypt.
Abd-El-Samie EM, El Fiky ZA.
J Insect Sci. 2011;11:177. doi: 10.1673/031.011.17701.
モモに寄生する害虫のミバエであるモモミバエ(peach fruit fly)(Bactrocera zonata)の系統分類の論文である(写真出典)。
エジプトのモモミバエを材料に、ミトコンドリアの酵素シトクローム・オキシダーゼⅠ(mitochondrial cytochrome oxidase I :COI)の遺伝子の部分塩基配列(369bp)を決めて、他のモモミバエと比較し、エジプトのモモミバエの系統分類を行なった。
酵素シトクローム・オキシダーゼⅠの遺伝子の部分塩基配列(369bp)を以下のように報告した。GQ225768.1:UNVERIFIED: Bactrocera zonata cytochrome oxidase subunit 1-like mRNA, – Nucleotide – NCBI
1 tcnaggtttn ggaaccttgt cttttatttt cggagcctgg agcaggtata agttgggaaa
61 catctcttaa gcaatttnca gttctgtgct cgagcttagg gaccacccca ggtagctact
121 aaattgggta gaatgatcca ggattgttat gaatggtaat tggtgaacag cacacagctt
181 tccgctaaat gaatttttcg tttttataag taatgaccct attataattg gggaaggggt
241 tttgagaaaa attggacttt gttcccccct taaatgattt aagggaagcc accccgacga
301 tagccatttc cccacgaatg gaataatata agattttgat tattgacctc ctttcccctt
361 tacgcttga
しかし、この塩基配列はデタラメと思われる。他の生物種の酵素シトクローム・オキシダーゼⅠの遺伝子と類似性がない。そして、この配列ではタンパク質を作れない。
撤回監視の記事は(【主要情報源】②)、上記配列の中にたくさんの停止コドンがあることを示している(下の図)。一見して配列が異常だとわかる。停止コドンがあるところでペプチド合成は止まるので、まともなタンパク質が作れない。
GQ225768 赤色は停止コドン: tag, taa, tga
また、系統分類の分析も不適切だった。それで、編集部は論文を撤回した。
しかし、これはデータねつ造(研究ネカト)ではあるが、ねつ造したデータは、研究成果をごまかして、完璧にするとか、よく見せようというレベルではない。科学的に破たんしているデタラメ科学(Bad Science)である。
★「2013年のJournal of Mosquito Research」論文
- Cloning and Expression of the Recombinant Transferrin Protein from Culex quinquefasciatus Say (Diptera: Culicidae) and Study of Its Antimicrobial Activity
Emtithal M. Abd El-Samiee, Heba M. Hamama, Nawal M. Zohdy, Mohamed M. Shamseldean
Journal of Mosquito Research, 2013, Vol.3, 21-32
上の図8は、他人の「2003年のJ Biol Chem.」論文の図A(下記の左側4列)を、アブデ=エル=サミーがそのまま盗用した。
被盗用の「2003年のJ Biol Chem.」論文の書誌情報は以下である。
- A novel protein tightly bound to bacterial magnetic particles in Magnetospirillum magneticum strain AMB-1.
Arakaki A, Webb J, Matsunaga T.
J Biol Chem. 2003 Mar 7;278(10):8745-50. Epub 2002 Dec 19.
被盗用の「2003年のJ Biol Chem.」論文の著者は、アブデ=エル=サミーとは無関係で、主宰研究者は東京農工大学・工学部の松永 是(まつなが ただし)・教授で、2011年から2016年3月30日現在、学長である。
「2013年のJournal of Mosquito Research」論文の第一著者はアブデ=エル=サミーだが、連絡著者はヘバ・ハママ(Heba Hamama、写真出典)である。
ハママは、論文撤回に関して学術誌編集部に次のようなメールをした。
「図8は私たちのデータではありません。著者である私たちは、図8の削除を希望します。現在の図8を以下の図(ここでは示していない)と交換してください。なお、致命的な間違いをした人物を解雇しました(白楽:アブデ=エル=サミーのことと思われる)」。
学術誌編集部は、結局、論文の訂正ではなく、撤回をした。
●【論文数と撤回論文】
2016年3月30日現在、パブメド(PubMed)で、エムティタル・アブデ=エル=サミー(Emtithal M. Abd El-Samiee、E.M. Abd-El-Samie、Emtithal Mohammed Abdel Samie Al)の論文を「Abd-El-Samie E.M. [Author]」で検索すると、2009年と2011年の2論文がヒットした。
2016年3月30日現在、1論文が撤回されている。この記事で問題にした最初の「2011年のJ Insect Sci.」論文が2015年に撤回されている。
- Molecular phylogeny and identification of the peach fruit fly, Bactrocera zonata, established in Egypt.
Abd-El-Samie EM, El Fiky ZA.
J Insect Sci. 2011;11:177. doi: 10.1673/031.011.17701. Retraction in: J Insect Sci. 2015;15. pii: 118. doi: 10.1093/jisesa/iev101.
●【白楽の感想】
《1》珍しい
「2011年のJ Insect Sci.」論文で、メチャクチャな塩基配列を論文発表した。これほどメチャクチャな塩基配列を発表するのは珍しい。単なる研究ネカトではなく、デタラメ科学(Bad Science)である。
大学は、この時点で、アブデ=エル=サミーの研究能力を疑うとよかったのだが、論文撤回は2015年だった。デタラメ科学にすぐには気が付かなかったのだろう。
「2013年のJournal of Mosquito Research」論文は他人の電気泳動像をそのまま盗用した。一般的に言うと、盗用事件は文章の盗用が99%なので、画像の盗用は珍しい(「99%」はいい加減です)。もちろん、元の画像と並べれば、盗用は明らかだが、そもそも論文結果がメチャメチャになってしまうのも明らかだ。
アブデ=エル=サミーは研究博士号(PhD)を持っているが、メチャメチャな塩基配列を見ると、生物学の知識は中学生レベルなのか、精神的に異常なのか、と思ってしまう。
そして、他人の電気泳動像をそのまま盗用するとは、何たる稚拙!
盗用するなら、あちこちの論文から幾つかの電気泳動像を集めて、切り貼りする知恵もないのだろうか?
アブデ=エル=サミーの履歴書には、出版論文が9報、投稿中が4報ある。これらの論文に研究ネカトやデタラメ科学はないのだろうか? 大丈夫?
それに、10人以上の修士・博士院生を指導したとある。これら指導を受けた院生は大丈夫? エジプトの科学の将来に希望が見えない?
イヤ、好意的に考え、研究ネカトが摘発されるのは、むしろ、改善の兆しなので、将来に希望が持てる。好意的に考えすぎ?
●【主要情報源】
① 2015年9月10日のシャノン・パラス(Shannon Palus)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:“Obviously stolen” figure squashes mosquito paper in author’s second retraction – Retraction Watch at Retraction Watch(保存版)
② 2015年8月7日のシャノン・パラス(Shannon Palus)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Fruit fly paper retracted when gene turns out not to code for a protein as claimed – Retraction Watch at Retraction Watch(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。