土木工学:ハイファン・ウェン(Haifang Wen)(米)

2017年12月5日掲載。

ワンポイント:中国で生まれ育ち、米国のワシントン州立大学(Washington State University)・準教授になった男性。ネカト発覚の経緯は不明。2016年(41歳)、連邦政府4省庁から30グラント、約800万ドル(約8億円)の研究費に関する「虚偽記述(false statements) 」「通信詐欺(Wire Fraud)」「共謀罪 (conspiracy)」で連邦捜査局(FBI)に逮捕された。2017年12月4日現在、裁判中である。刑事訴訟になれば、最高30年の刑務所刑、最高100万ドル(約1億円)の罰金が科される可能性がある。損害額:総額(推定)は12億6800万円。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

ハイファン・ウェン(ハリー・ウェン、Haifang Wen、Harry Wen、写真出典)は、中国で生まれ育ち、米国のワシントン州立大学(Washington State University)・準教授になった。専門は土木工学(アスファルト道路でのコンクリートの再利用)だった。アスファルト技術・ワシントン・センター(WCAT:Washington Cente)・所長でもあった。

2014年4月21日(39歳)の時点で、ハイファン・ウェンは、「アスファルト道路でのコンクリートの再利用」に関して、連邦政府と州政府から1700万ドル(約17億円)以上の研究費を受諾していた。

ネカト発覚の経緯は不明である。

2016年2月24日(41歳)、連邦捜査局(FBI)は、ハイファン・ウェン、そして、兄のビン・ウェン、義姉のパン・ウェンを、連邦政府機関からの研究費に関する「虚偽記述(false statements) 」「通信詐欺(Wire Fraud)」「共謀罪 (conspiracy)」の罪で逮捕した。

ハイファン・ウェンが、科学庁(NSF)、運輸省(DOT)、エネルギー省(Department of Energy)、農務省(Department of Agriculture)の4省庁から30グラント、800万ドル(約8億円)以上の受諾していた研究費を私的に使用したという罪である。

ハイファン・ウェンは、保釈金なしで逮捕当日に保釈された。

2017年12月4日現在、大学から解雇されていない。裁判中である。刑事訴訟になれば、最高30年の刑務所刑、最高100万ドル(約1億円)の罰金が科される可能性がある。

ワシントン州立大学(Washington State University)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:中国
  • 研究博士号(PhD)取得:米国のノースカロライナ州立大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1975年1月1日とする。2016年3月4日の新聞記事に41歳とあるから
  • 現在の年齢:49 歳?
  • 分野:土木工学
  • 最初の不正申請:2008年(33歳)?
  • 発覚年:2015年(40歳)?
  • 発覚時地位:ワシントン州立大学・準教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は不明
  • ステップ2(メディア): 「Seattle Times」、「Spokesman」などの地元新聞
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①科学庁(NSF)、運輸省(DOT)、エネルギー省(Department of Energy)、農務省(Department of Agriculture)の各監査総監室(OIG:Office of the Inspector General)と連邦捜査局(FBI、Federal Bureau of Investigation)が協力して捜査。②ワシントン州立大学・調査委員会(?)。③裁判所.
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 不正:グラント申請・報告のねつ造・改ざん
  • 不正申請書数:30グラント
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 損害額:総額(推定)は12億6800万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円が15年間=3億円。③院生の損害が1人1000万円だが、院生の人生が大きく損なわれた事件ではないので、1人100万円とした。少なくとも8人は育てたので、損害額は800万円。④外部研究費は不正とされたグラントだけで、30グラント、800万ドル(約8億円)以上とあるので、損害額を8億円とした。⑤科学庁(NSF)、運輸省(DOT)、エネルギー省(Department of Energy)、農務省(Department of Agriculture)の各監査総監室(OIG:Office of the Inspector General)と連邦捜査局(FBI、Federal Bureau of Investigation)と大学の調査経費が5千万円。⑥裁判経費が2千万円。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円だが、撤回はないので、損害額は0円。⑧研究者の時間の無駄と意欲削減が4千万円
  • 結末:逮捕。裁判。大学から解雇されていない(Search Washington State University

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に1975年1月1日とする。2016年3月4日の新聞記事に41歳とあるから
  • 1995年(20歳):中国の山東大学(Shandong University in China)を卒業。学士号:土木工学
  • 1998年(23歳):中国の東南大学(Southeast University in China)で修士号:土木工学
  • 1998年(23歳):渡米
  • 2001年(26歳):米国のノースカロライナ州立大学(North Carolina State University)で研究博士号(PhD)を取得した。土木工学
  • 20xx年(xx歳):ウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin at Madison)・ポスドク(?)
  • 20xx年(xx歳):コンサルタント(?)
  • 2008年8月(33歳):ワシントン州立大学(Washington State University)・助教授
  • 20xx年(xx歳):同・準教授
  • 20xx年(xx歳):米国市民権獲得
  • 20xx年(xx歳):アスファルト技術・ワシントン・センター(WCAT:Washington Cente)・所長
  • 2016年2月24日(41歳):逮捕

●3.【動画】

【動画】
ニュース報道が以下の記事内にある。
→ 2016年2月25日(2016年11月20日更新)の「KXLY」記事:WSU professor arrested, charged with defrauding government out of $8M – KXLY

【動画】
ハイファン・ウェン(Haifang Wen)自身が自分の研究成果を発表している。「新規コンクリート舗装における骨材としての再生コンクリートの利用(Use of Recycled Concrete as Aggregate in New Concrete Pavements)」(英語)26分40秒
Haifang Wen が2016/01/26 に公開

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★事件の前

2014年4月21日時点で、ハイファン・ウェン(Haifang Wen、写真左、出典)は、「アスファルト道路でのコンクリートの再利用」に関して、連邦政府と州政府から1700万ドル(約17億円)以上の研究費を受諾していた。

学術誌に29報の論文を出版し、8人の院生を育てた。2009年にはワシントン州立大学(Washington State University)の優秀教員賞も受賞した。

2014年、ハイファン・ウェンは、ワシントン州立大学(Washington State University)の優秀研究者に選出された。
→ 2014年4月21日記事:CEA names 2014 outstanding students, faculty, staff | WSU News | Washington State University

★逮捕

ネカト発覚の経緯は不明である。

プレスリリースによると、41歳のハイファン・ウェン(Haifang Wen)は、44歳の兄のビン(ベン)ウェン(Bin (Ben) Wen)、ビンの43歳の妻・パン(ジェシカ)ウェン(Pang (Jessica) Wen)と共謀して、連邦政府の研究費を振込ませた銀行口座のお金を私的に使用した。

問題視された連邦政府の研究費は、科学庁(NSF)、運輸省(DOT)、エネルギー省(Department of Energy)、農務省(Department of Agriculture)の4省庁から、「アスファルト道路でのコンクリートの再利用」に関して、30グラント、800万ドル(約8億円)以上の受諾していた研究費である。

2016年2月24日(41歳):連邦捜査局(FBI)は、ハイファン・ウェン、兄のビン・ウェン、義姉・パン・ウェンを、連邦政府機関からの研究費に関する「虚偽記述(false statements) 」「通信詐欺(Wire Fraud)」「共謀罪 (conspiracy)」の罪で逮捕した。
→ Washington State Man, Brother And Sister-In-Law Arrested And Charged In A Scheme To Defraud Federal Research Funding | USAO-WDNY | Department of Justice

連邦捜査局(FBI)の報告では、ハイファン・ウェンら3人の違法行為は、以下の行為で研究費を私的に使用したことである。

  • 支援/投資の手紙をねつ造した。
  • 研究計画として記載した事業体、従業員、研究施設、必要経費学、投資に関する研究費申請書と報告書にねつ造・改ざん情報を記載した。
  • 連邦研究資金の支出について虚偽の報告書と電子メールを送信した。

ハイファン・ウェンは逮捕されたが、保釈金なしで逮捕当日に保釈された。

http://www.kxly.com/news/local-news/wsu-professor-arrested-charged-with-defrauding-government-out-of-8m_2016112103583045/176500613

★起訴猶予?

2016年3月、ハイファン・ウェンの銀行口座から、60万ドル(約6千万円)以上の研究費が回収された。

2017年6月21日、裁判所の聴聞会で、政府は嘆願を受け入れる用意があるとのことで、刑事訴訟にならず、ハイファン・ウェンは実質上、起訴猶予になる(?)。

2017年12月4日現在、裁判中である。有罪になれば、最高30年の刑務所刑、最高100万ドル(約1億円)の罰金が科される可能性がある。

なお、ハイファン・ウェンはワシントン州立大学から解雇されていない(Search Washington State University)。

ワシントン州立大学の規則は、調査が終わるまでテニュア教員の処分はできない。処分は、①書面による警告、②書面による厳重注意、③停職、④解雇、の4つのうちのどれかだ。

http://www.krem.com/news/feds-arrest-wsu-professor-for-8m-fraud/56730183

●6.【論文数と撤回論文】

2014年4月21日時点で、ハイファン・ウェンは、「アスファルト道路でのコンクリートの再利用」に関して、学術誌に29報の論文を出版していた。

2016年10月にもワシントン州政府・運輸局への報告書、「Recommendations for Extending Asphalt Pavement Surface Life within Washington State」を出版している。著者:Haifang Wen, Stephen T. Muench, Skyler L. Chaney, Kevin Littleton, Tim Rydholm. → www.wsdot.wa.gov/research/reports/fullreports/860.1.pdf

逮捕されても、刑務所に拘留されているわけでないし、ワシントン州立大学から解雇されていない(Search Washington State University)。しかし、よく研究を続けられるなあ。

他のいくつかの論文を以下に示す。

  1. Wen, H. and Bhusal, S. (2014). Towards Development of Asphaltic Materials to Resist Studded Tire Wear. Transportation Research Record: Journal of Transportation Research Board,  No. 2446. Transportation Research Board of the National Academies, Washington D.C., 2015. pp. 78-88
  2. Wen, H. and Bhusal, S. (2014). Development of a Phenomenological Top-down Cracking Initiation Model for Mechanistic-Empirical Pavement Design. Paper accepted for publication by Transportation Research Records, 2014.
  3. Wen, H. (2013). Comparison of Long-Term Field Performance between HMA and WMA Pavement. PowerPoint presentation. October 31, 2013.
  4. Wen, H. (2013). Use of fracture work density obtained from indirect tensile testing for the mix design and development of a fatigue model. International Journal of Pavement Engineering, 14.6 (2013): 561-68. DOI: 10.1080/10298436.2012.729061
  5. Wen, H. and Kim, R.Y. (2002). Simple Performance Test for Fatigue Cracking and Validation with WesTrack Mixtures. Transportation Research Record 1789, Paper No. 02-2924, Transportation Research Board.

撤回論文はない(推定)。

●7.【白楽の感想】

《1》もったいない

中国で生まれ育ち米国の大学の準教授になった。41歳の時点で、外部研究費を30グラントで800万ドル(約8億円)以上も獲得していた。

事件は、科学庁(NSF)、運輸省、エネルギー省、農務省の各監査総監室と連邦捜査局が協力とあるから、少なくとも、科学庁(NSF)、運輸省、エネルギー省、農務省の4省庁から研究費をもらっていたことになる。

とても優秀で、とてもハードワーカーだったのだろう。

研究費の申請書をねつ造・改ざんしなくても研究者として十分やっていけた人だと思われる。

こういう事件を調べると、悲しくなる。

本人はつらいだろうが、ワシントン州立大学から解雇されていない(Search Washington State University)。めげずに、優れた研究成果を挙げてもらいたい。

米国も世界も、つまらないことで優秀な人材を失いたくないだろう。

そもそも、研究者が落とし穴に落ちないシステム、「悪魔のささやき」に取り込まれないシステムを構築してほしい、と白楽は願う。根っからの悪人しか不正ができないシステムを構築できないものだろうか?

ハイファン・ウェン(Haifang Wen)は右から2人目。Speakers of the 51st Idaho Asphalt Conference, October 27, 2011 http://www.webpages.uidaho.edu/bayomy/IAC/51st/iac51.htm

《2》個人経理

ハイファン・ウェンは科学庁(NSF)、運輸省、エネルギー省、農務省の4省庁から30グラントを獲得していた。

その研究費を自分の指定した銀行口座に振り込ませ、そこから私的使用したとある。

このシステムがよくわからない。

日本では、かつて、国の研究費を自分の指定した銀行口座に振り込ませ個人経理する場合と、大学に口座に振り込ませ機関経理する場合の2通りがあった。しかし、その後、個人経理の仕組みは廃止された。

米国では、個人経理が今でも可能なのかどうか、白楽は把握できていない。

《3》4省庁

ハイファン・ウェンは科学庁(NSF)、運輸省、エネルギー省、農務省の4省庁から30グラントを獲得していた。

それで、その4省庁の各監査総監室がハイファン・ウェンの研究費申請書のねつ造・改ざんを調査したことになっている。連邦捜査局が乗り出し刑事事件にもした。

しかし、「1‐3‐3.米国の研究ネカト問題 | 研究倫理(ネカト)」で述べたように、米国のネカト調査・処分は各省庁でかなり異なる。

実際、「フランク・ザウアー(Frank Sauer)(米)」の事件の調査では、科学庁と研究公正局の協力は貧弱だった。

今回の件のように4省庁に及ぶ事件はどのような連携がとられたのか興味深いが、白楽にはよくわからなかった。

《4》ネカトを見破れる頻度

研究費をねつ造・改ざん書類で受給したこのような事件は米国では「通信詐欺(Wire Fraud)」罪で処罰される。

ハイファン・ウェンが提出した研究費申請書を専門の審査員が審査し、採択と決めたから、研究費が支給された。

研究費申請書のねつ造・改ざんを審査員が見落としたことになる。

少し不思議に思う点がある。

査読で論文原稿中のネカトを見破れる頻度は一般的に何%なんだろう。このデータを見たことがないが、見破れる頻度が高ければ、査読を改善することで、ネカトを減らせる。白楽は、かつて一度見破ったことがある。ただ、データもないのに、査読ではネカトを見破れないとされている。

そして、研究費申請書のネカトを見破れる頻度は何%なんだろう。

米国での研究費申請書の審査は、論文査読より徹底している。研究費申請書のネカトを見破れる頻度は高いのではないのだろうか? 申請が採択されても、支給額を別途査定する。

米国の研究費審査で採択額の査定に立ち会っていないが、白楽が体験したプログラムディレクターは採択額をソコソコ調べていた。だから、あまり過剰な研究費が支給されない。

つまり、複数のグラントが採択されても、研究費が大きく余ることはないと思われる。

ハイファン・ウェンは30グラントの採択で、過剰な研究費を得たとあるが、白楽は、少し違和感がある。

Haifang Wen holds a can of cooking oil-based bioasphalt adn a sample of final hot mix asphalt (HMA) in a WSU laboratory. 出典:https://www.seattletimes.com/seattle-news/education/assistant-professor-at-wsu-charged-with-8m-in-research-fraud/

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●8.【主要情報源】

① 2016年2月24日。運輸省(DOT)の監査総監室(OIG:Office of the Inspector General)の記事:Investigations | Office of Inspector General
② 2016年2月26日(2016年2月27日更新)のキャサリン・ロング(Katherine Long)記者の「Seattle Times」記事:WSU professor charged with $8M in research fraud | The Seattle Times、(保存版
③ 2016年2月25日(2016年11月20日更新)の「KXLY」記事:WSU professor arrested, charged with defrauding government out of $8M – KXLY(保存版)
④ 2016年3月4日のチャド・ソコル(Chad Sokol)記者の「Spokesman」記事:WSU professor accused of fraud collected about 30 federal research grants | The Spokesman-Review、(保存版
⑤ 2017年7月6日のシャノン・クイン(Shanon Quinn)記者の「Spokesman」記事:WSU educator accused of fraud is not part of plea deal, lawyer says | The Spokesman-Review、(保存版
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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