【追記】
・2017年12月9日。合衆国コロンビア地区連邦地方裁判所はブロディの3回目の上告を却下した。2017年12月8日の「撤回監視」記事:US court denies virus researcher’s latest appeal challenging 7-year funding ban – Retraction Watch at Retraction Watch
●【概略】
スコット・ブロディ(Scott J. Brodie)は、米国・シアトルにあるワシントン大学(University of Washington)・助教授で、エイズ研究者だった。
写真(右から2人目、または4人目:他は、右からDavid Kolle、1人おいて、Anna Wald、1人おいて、Corey Casper)出典
2002年8月(42歳?)、データねつ造・改ざんが発覚した。研究公正局によると、15点の不正があった。
研究ネカト事件として、ねつ造・改ざんの内容は特殊ではないが、ブロディの抵抗はすさまじかった。調査に協力しないばかりか、
- ワシントン大学の調査結果に異議を唱えた。
- さらに、研究公正局の調査結果にも納得せず、健康福祉省(HHS)の行政不服審査(Departmental Appeals Board)に持ち込んでいる。
- そして、さらには、合衆国連邦地方裁判所(United States District Court)で争っている。しかも、裁判は2度もしている。
ここまで抵抗するのは、かなり珍しい。
- 国:米国
- 成長国:
- 研究博士号(PhD)取得:米国・コロラド州立大学(Colorado State University)
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に、1960年1月1日生まれとする
- 現在の年齢:63歳?
- 分野:ウイルス学
- 最初の不正論文発表:1999年(39歳?)
- 発覚年:2002年(42歳?)
- 発覚時地位:ワシントン大学(University of Washington)・助教授
- 発覚:論文査読者が研究公正局へ公益通報
- 調査:①ワシントン大学調査委員会(3人、委員長は同大学・比較医学科長のデニー・リギット(Denny Liggitt))。期間:2002年8月~2003年12月。1年4か月間。②研究公正局。2010年3月18日、結果発表。③合衆国連邦地方裁判所(United States District Court)。2011年7月12日、結審。
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正点:グラント関連書類と論文で、ねつ造・改ざんは15か所
- 時期:研究キャリアの初期から(?)
- 結末:辞職
ワシントン大学(University of Washington)・シアトル・キャンパス 写真出典
●【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に、1960年1月1日生まれとする
- 1982年(22歳?):米国・ワシントン大学(University of Washington)を卒業
- 1989年(29歳?):米国・ワシントン州立大学(Washington State University)・獣医師免許取得
- 19xx年(xx歳):米国・コロラド州立大学(Colorado State University)・研究博士号(Ph,D.)取得
1996年(36歳?):米国・ワシントン大学(University of Washington)のローレンス・コーリー(Lawrence Corey 、写真出典)教授・研究室の助教授になる
- 2002年8月(42歳?):不正研究が発覚する
- 2003年6月(43歳):米国・ワシントン大学・助教授を辞職
- 200x年(4x歳):シェリング・プラウ(Schering-Plough)社研究所・研究員(2006年論文あり、2007年11月30日時点在職 Banned scientist now at Schering-Plough | The Scientist Magazine®)
●【研究内容】
●【不正発覚・調査の経緯】
★ワシントン大学・調査委員会
2002年8月(42歳?)、ブロディの投稿論文の査読者が、投稿論文のデータが研究ネカトだと確信し、研究公正局に公益通報した。研究公正局から連絡を受けたワシントン大学は、医学研究科・比較医学長のデニー・リギット(Denny Liggitt 写真出展)を委員長とし、計3人の委員からなる調査委員会を設け、調査を始めた。
翌9月、調査委員会は、異常なほどの「押収」作業を行なった。警備員と一緒に、研究室から9つのコンピュータ・ハードディスク、実験ノート群、ファイル群を押収した。さらに、調査委員はブロディの自宅から彼のコンピュータを押収した。
2002年12月(42歳?)、ブロディは、家で働くように命じられた。実験室への入室キー・読み取りカードは没収された。
2003年1月(43歳?)、すべての証拠品をキャンパスの別の「安全な場所」に保管したので、ブロディは、大学に来ることが許された。
2003年6月(43歳)、ブロディは、ワシントン大学(University of Washington)を辞任した。
2003年12月(43歳?)、調査委員会は、調査を終えた。リギット調査委員長は、「それは、忘れられないほど衝撃的な調査だった。科学の恥部を正視しなければならなかったからだ」と、述べている。
リギット調査委員長は、さらに、「ブロディに対して公平で、しかも完全に調査したかった。しかし、事件を調べれば調べるほど、問題が噴出してきた。時間が過ぎるにつれ、ブロディがコンピュータで画像を加工し、データを改ざんしていたことが、ますます明白になったきた。しかも、その改ざんを検出するのはとても困難だった」と、述べている。
調査委員会の報告書は、ブロディは、投稿論文原稿の中の図を、故意に、意図的にいろいろと改ざんしていた。それらは、誠実な間違いとは次元が異なっている。結論として、ブロディは研究ネカトを行なったとした。
ある論文では、1つの細胞の画像を2つに加工して、2つの別個の細胞として示していた。
しかし、ブロディは、書面での質問に、研究ネカトを否定し、画像は、「不注意に、ラベルを貼り間違えただけです」と弁解している。また、私が間違えたのではなく、実験室のテクニシャンが間違えたのではないかとも言った。さらに、いくつかの元データが無くなった理由として、研究室の引っ越しの時に無くしたと答えた。つまり、意図的に証拠隠滅したのではないということだ。
調査委員は、ブロディのこれらの返答を、「不正直」および「調査に対する非難」と受け止めた。
報告書は、ブロディのテクニシャンや共同研究者が研究ネカトに加担した証拠はなく、ブロディの単独犯と結論した。
調査委員会の最終報告書がまとまった時点で、ブロディはワシントン大学を既に退職していた。大学との雇用関係がないので、懲戒免職などのペナルティを課せない。処分は、「ワシントン大学は、将来にわたって、ブロディとの雇用や委嘱契約を禁止する」 だけとなった。
2003年12月、ワシントン大学は米国・研究公正局に資料を渡し、1年4か月にわたる調査を終えた。
★米国・研究公正局の調査
2003年12月(43歳?)、ワシントン大学の調査が終了し、研究公正局としての調査活動が始まった。
途中の詳細を省くが、調査結果は6年後に発表された。
6年後の2010年3月18日(50歳?)、米国・研究公正局は調査結果を公表した。グラント関連書類と論文で、ねつ造・改ざんは15か所あったとした。調査開始から終了まで6年数か月もかかるとは、とても長い。
以下の9件のグラントで研究ネカトがあったとした。
- 1 P01 HD40540-01 (National Institute of Child Health and Human Development [NICHD], National Institutes of Health [NIH])
- 5 P01 HD40540-02 (NICHD, NIH)
- 1 P01 AI057005-01 (National Institute of Allergy and Infectious Diseases [NIAID], NIH)
- 1 R01 DE014149-01 (National Institute of Dental and Craniofacial Research [NIDCR], NIH)
- 2 U01 AI41535-05 (NIAID, NIH)
- 1 R01 HL072631-01 (National Heart, Lung, and Blood Institute [NHLBI], NIH)
- 1 R01 (U01) AI054334-01 (NIAID, NIH)
- 1 R01 DE014827-01 (NIDCR, NIH)
- 1 R01 AI051954-01 (NIAID, NIH)
グラント関連書類はわかりにくいので、以下に論文でのねつ造・改ざんを4例あげる。
- 図1N、 American Journal of Pathology 54:1453-1464, 1999
- 図 5A、Journal of Clinical Investigations 105:1407, 2000
- 図 2DIと図 2DII、Journal of Leukocyte Biology 68:351-359, 2000.
- 組織病理の図、Journal of Infectious Diseases 83:1466, 2001
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2003年12月の調査開始から2010年3月18日の調査終了まで6年数か月もかかったのは、ブロディと米国・研究公正局の間に、次のやり取りがあったことも一因である。
2008年9月17日(48歳?)、米国・研究公正局は、上記の研究ネカトを列挙し健康福祉省(HHS)に行政処置をするよう依頼した。
2008年10月16日(48歳?)、ブロディは、上記内容を行政不服審査(Departmental Appeals Board)の行政法判事(Administrative Law Judge:ALJ)が審問する前に、聴聞会を開いてほしいと要求した(参考。抄録無料、本文有料:CiNii 論文 – ミスコンダクトの調査における手続保障 : アメリカ合衆国における議論の歴史から)。
米国・研究公正局は、ブロディの要求を拒否した。また、研究公正局の調査に、ブロディは全く協力しないし、資料も提出しなかったと非難した。
2009年1月(49歳?)、行政法判事(ALJ)は次の判決を出した。
ブロディの論文、グラント、発表において、研究公正局の記述、画像、他データの不正の発見に関して、公判に付すべき問題は何もない。しかし、「ブロディが意図的に不正をしたとする点」とペナルティとして「7年間の政府関連業務の停止」の妥当性については検討の余地があるとした。
それで、行政法判事(ALJ)は、検討を開始した。
2010年1月12日(50歳?)、行政法判事(ALJ)は、検討の結果、ブロディが、、「ブロディが意図的に研究ネカトを複数回した」こと、および、「7年間の政府関連業務の停止」は妥当だとした。この結論を健康福祉省次官補(HHS Assistant Secretary for Health:ASH)に伝えた。
2010年2月1日(50歳?)、ブロディは、行政法判事(ALJ)の決定をすべて拒絶するようにと、健康福祉省の業務停止担当官(HHS Debarring Official)に手紙を書いた。
2010年2月26日(50歳?)、ブロディは、拒絶するようにと要求した理由を口頭で説明したいと、業務停止担当官(HHS Debarring Official)との会見を求めた。
しかし、業務停止担当官(HHS Debarring Official)は、研究公正局の結論について議論する機会がブロディに既に与えられていたので、会見を断った。付け加えると、業務停止担当官が、ブロディに会って、話を聞いても、研究公正局の結論をくつがえすことはできない。政府関連業務停止期間は、2010年3月18日から2017年3月17日までの7年間となった。
2010年3月23日(50歳?)、ブロディは、業務停止期間の発効日の延期を要求する手紙をだした。
2010年4月6日(50歳?)、業務停止担当官は、要求を却下した。
★合衆国地方裁判所の裁判
2010年4月2日(50歳?)、ブロディは、米国・研究公正局のやり取りに不満を抱き、次の手段として、米国・健康福祉省(被告)を合衆国コロンビア地区連邦地方裁判所(United States District Court for the District of Columbia)に訴えた。
日本で例えれば、ソコソコの大学の理系の助教が、厚生労働省そのものの判断がおかしいと、厚生労働省を東京地裁に訴えるようなものである。無謀というか、大胆というか・・・。
2010年6月4日(50歳?)、担当の裁判官・ポール・L・フリードマン(Paul Friedman、写真出典)は、ブロディ(原告)が自分の主張の正当性や被害に関して適切に提示しないとして、原告の仮差し止め請求を却下した(Case 1:10-cv-00544-JEB Document 12 Filed 06/04/10)。
ブロディは、再度、米国・健康福祉省(被告)を合衆国コロンビア地区連邦地方裁判所(United States District Court for the District of Columbia)に訴えた。
2011年7月12日(51歳?)、担当の裁判官は別の裁判官で、ジェームス・E・ボアズバーグ(James E. Boasberg、写真出典)だったが、ボアズバーグ裁判官は、ブロディ(原告)の申し立てを却下した。米国・健康福祉省(被告)が再度、勝訴した(Case 1:10-cv-00544-JEB Document 26 Filed 07/13/11)。
●【論文数と撤回論文】
パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、スコット・ブロディ(Scott J. Brodie)の論文を「Brodie SJ[Author]」で検索すると、1958年~2006年の49年間の48論文がヒットした。
2015年1月17日現在、2論文が撤回されている。
- Nonlymphoid reservoirs of HIV replication in children with chronic-progressive disease.
Brodie SJ.
J Leukoc Biol. 2000 Sep;68(3):351-9.
Retraction in: J Leukoc Biol. 2008 Mar;83(3):797. - HIV-specific cytotoxic T lymphocytes traffic to lymph nodes and localize at sites of HIV replication and cell death.
Brodie SJ, Patterson BK, Lewinsohn DA, Diem K, Spach D, Greenberg PD, Riddell SR, Corey L.
J Clin Invest. 2000 May;105(10):1407-17.
Retraction in: J Clin Invest. 2010 Sep;120(9):3401
●【白楽の感想】
《1》 写真がない
ブロディの写真をウェブ上で探すのはとても困難だった。唯一見つけたのを最初にあげたが、2人の内どちらかを特定できない。
事件が決着つく前に西海岸のワシントン大学を辞職し、東海岸のニュージャージー州に移住したため、決着がついた時点では新聞記者が写真を撮れなかったのだろう。また、ブロディは、かなり積極的・強力にウェブ上の記録と写真を抹消したと思われる。
《2》 ペナルティは世界全体に
事件が決着つく前にワシントン大学を辞職したので、大学としては、ペナルティを課す方策がほとんどなかった。
実際にワシントン大学が課したペナルティは、「将来にわたって、ブロディとの雇用や委嘱契約を禁止する」 だけだ。
これはなんとかすべきだろう。所属機関が課せるペナルティには限界がある。通常、大学・研究機関は、所属者に給与、研究費、スペース、教育権(大学のみ)を与えているが、ペナルティは、これらをはく奪することが中心である。しかし、退職者は既にこれらを受けていない。この仕組みでは、退職者には、実質なペナルティ(ダメージとなる)を与えられない。
合衆国全体に及ぶペナルティが必要だ。そうでないから、ブロディは西海岸のワシントン大学を辞職し、東海岸のニュージャージー州に移住し、チャッカリ、有力な医薬品企業・シェリング・プラウ(Schering-Plough)社研究所の研究員に転職してしまった。場合によると、研究者は他国に移動することも充分にあり得る。世界全体の共通ペナルティも必要だろう。
米国で研究ネカトし、クロと判定されても、日本に帰国して、チャッカリ、大学教授に就いている日本人もいる。日本の所属大学は承知しているのだろうか? 事情はわからないが、今のところ公式な処分の発表はない。実質上何もペナルティがない(ように思える)。
《3》 かなり抵抗した
ブロディは自分は研究ネカトしていないと主張し、調査に協力しないばかりか、さまざまな抵抗をした。
冒頭部分に書いたが、ブロディの抵抗はすさまじかった。
①ワシントン大学の結論に異議を唱えた。
②さらに、研究公正局の結論にも異議を唱え、健康福祉省(HHS)の行政不服審査(Departmental Appeals Board)に持ち込んだ。
③そして、さらには、合衆国連邦地方裁判所(United States District Court)で2度も裁判をしている。
ここまで抵抗するのは、かなり珍しい。
●【防ぐ方法】
《1》 大学院・研究初期
大学院・研究初期で、研究のあり方を習得するときに、研究規範を習得させるべきだった。
ブロディの場合、研究博士号(PhD)を取得した米国・コロラド州立大学(Colorado State University)の指導教員が規範をしっかり躾けていれば、「研究上の不正行為」をしない研究人生を過ごしたかもしれない。
《2》 不正の初期
「研究上の不正行為」は、初めて不審に思った時、徹底的に調査することだ。
ブロディの場合、米国・ワシントン大学(University of Washington)のローレンス・コーリー教授(Lawrence Corey)が不正の初期で見つけ、それなりの処分をしておくべきだったろう。
「研究上の不正行為」は、知識・スキル・経験が積まれると、なかなか発覚しにくくなるし、不正行為の影響が大きくなる。
《3》 不正を100%見つける仕組みにする
人間はどうして飲酒運転をするか? 警察官、裁判官、教師も飲酒運転をする。
犯罪だと知っているのに飲酒運転をする。人生を破滅させるかもしれないと知っているのに飲酒運転をする。「今まで、見つかっていないので、今度も見つからない」からするのである。
「研究上の不正行為」も同じである。悪いこと、研究人生を破滅させるかもしれないと知っているのに不正をする。だから、研究者に研究倫理の講習や研修を義務化しても、効果は薄い。なぜなら、「してはいけないこと」「悪いこと」を承知していて、するのだから、「してはいけないこと」「悪いこと」と教えても意味がない。
すぐに必ず見つかれば、しない。だから、現在の研究制度を変えて、「研究上の不正行為」はすぐに100%(約98%でも可)見つかる仕組みにする。
●【主要情報源】
① ◎ 2007年11月28日、ニック・ペリー(Nick Perry)とキャロル・オストロム(Carol M. Ostrom)の「Seattle Times」記事: Education | UW: Researcher faked AIDS data, altered images | Seattle Times Newspaper
② 2007年12月5日、アリア・シェパード(Arla Shephard)の「The Daily」記事: Case closed: UW researcher found guilty of falsifying AIDS data | The Daily
③ 2010年3月18日、米国・研究公正局:Case Summary: Brodie, Scott J. | ORI – The Office of Research Integrity
④ 2011年7月13日、ブロディ(原告)と米国・健康福祉省(被告)との裁判記録