2018年6月12日掲載。
ワンポイント:原子力庁・サクレー研究所の研究員だが、科学啓蒙家として多数の著作があり、学者的文化人として有名である。2010年にレジオンドヌール勲章の最高位「シュヴァリエ(騎士)」を受賞した。2016年(58歳)、フランスの週刊誌「ル・エクスプレス(L’Express)」のジェローム・デュプイ(Par Jérôme Dupuis)記者がクラインの盗用を指摘した。学術論文での盗用ではない。損害額の総額(推定)は100億円(当てずっぽう)。
【追記】
・2024年8月5日記事:博士論文も盗用だった:Étienne Klein, une thèse constellée de plagiats – Par Loris Guémart | Arrêt sur images
・2022年8月5日記事:Scientist admits ‘space telescope image’ was actually a slice of chorizo – CNN
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
エティエンヌ・クライン(Étienne Klein、写真出典)は、フランスの原子力庁(Alternative Energies and Atomic Energy Commission)・サクレー研究所の研究員で研究室を主宰し、2016年に科学技術高等研究所(Institute of High Studies for Science and Technology:IHEST)・所長に選出された。
専門は理論物理学だが、一般向け科学書の執筆で有名で、たくさんの賞を受賞している。2010年にレジオンドヌール勲章(L’ordre national de la légion d’honneur)の最高位「シュヴァリエ(Chevalier, 騎士、勲爵士)」を受賞した。毎週土曜日のラジオ・ショー番組「科学的会話(La Conversation scientifique)」も担当している。
2016年11月29日(58歳)、フランスの週刊誌「ル・エクスプレス(L’Express)」のジェローム・デュプイ(Par Jérôme Dupuis)記者がエティエンヌ・クライン(Étienne Klein)の盗用を指摘した。学術論文での盗用ではない。
クラインは間違いを認めているが、故意に盗用したのではないと主張している。
勤務時間外の著作に対するものなので、原子力庁としては盗用の調査をしないと発表した。
原子力庁(Alternative Energies and Atomic Energy Commission)・サクレー研究所(Saclay Nuclear Research Centre)。写真出典
- 国:フランス
- 成長国:フランス
- 研究博士号(PhD)取得:パリ第七大学
- 男女:男性
- 生年月日:1958年4月1日
- 現在の年齢:66歳
- 分野:理論物理学
- 最初の不正論文発表:?
- 発覚年:2016年(58歳)
- 発覚時地位:原子力庁・サクレー研究所・研究員
- ステップ1(発覚):第一次追及者はフランスの週刊誌「ル・エクスプレス(L’Express)」https://en.wikipedia.org/wiki/L%27Expressのジェローム・デュプイ(Par Jérôme Dupuis)記者で、週刊誌「ル・エクスプレス(L’Express)」の記事を書いた
- ステップ2(メディア):週刊誌「ル・エクスプレス(L’Express)」、「Science」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①出版社・編集部。②高等教育・研究担当大臣の設置した4人委員会
- 機関・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査なし
- 機関の透明性:発表なし(✖)。勤務時間外の著作に対するものなので、原子力庁としては盗用の調査をしないと発表した
- 不正:盗用
- 不正論文数:約10編以上、科学や哲学を述べた著書やコラム
- 盗用ページ率:不明
- 盗用文字率:不明
- 時期:研究キャリアの後期から
- 損害額:総額(推定)は100億円(当てずっぽう)。内訳 → ①盗用は明白である。有名な学者的文化人としてその国と学者的文化の権威・公正・信頼を失墜させ、学者的文化を腐敗させた。100億円(当てずっぽう)。
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)が、科学技術高等研究所(Institute of High Studies for Science and Technology:IHEST)・所長は続けられなかった(Ⅹ)。総合的な判断は降格(▽)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
●2.【経歴と経過】
参考:Biographie | Étienne Klein – Ingénieur Physicien | Futura Sciences
- 1958年4月1日:生まれる
- 1981年(23歳):エコール・セントラル・ド・パリ(l’Ecole Centrale de Paris)で学士号取得:工学
- 1982年(24歳):パリ第六大学(Université Paris XI)で学士号取得:理論物理学
- 1983-1997年(25-39歳):原子力庁・研究員
- 1997-2006年(39-48歳):原子力庁・マテリアルサイエンス・所長補佐
- 1999年(41歳):パリ第七大学(Université Paris VII)で研究博士号(PhD)を取得。博士論文『Science, histoire et société』を2000年に出版した
- 2005年(47歳):原子力科学技術研究所(Institut national des sciences et techniques nucléaires:INSTN)・所長(?)
- 2009年(51歳):原子力庁・リサーチディレクター
- 2016年9月(58歳):科学技術高等研究所(Institute of High Studies for Science and Technology:IHEST)・所長
- 2016年11月(58歳):盗用が発覚する
●3.【動画】
事件の動画はなかった。以下は、科学の話です。
【動画1】
講演動画:「エティエンヌ・クラインー2つの “逸話”、1つは面白い、もう1つはもっと混乱する(.Étienne Klein – 2 “anecdotes”, l’une amusante, l’autre plus inquiétante…)」(フランス語)4分14秒。
Clément Frilleyが2016/06/15 に公開
https://www.youtube.com/watch?v=J7665toF7ZI
【動画2】
講演動画:「科学ウィンク – ユーモアエティエンヌ・クラインとセドリック・ヴィラニ(. Clin d’oeil science – humour Etienne Klein et Cédric Villani)」(フランス語)9分30秒。
Evigiranが2013/10/20 に公開
https://www.youtube.com/watch?v=ozK5OZFQp3I
【動画3】
講義動画:「”量子力学者、間違っていることの重要性” エティエンヌ・クライン
(” Mécanique quantique, l’importance de se tromper” par Etienne Klein )」(フランス語)29分18秒。
CEA Sciencesが2015/04/28 に公開
●4.【日本語の解説】
事件の日本語解説はなかった。以下は、哲学的な話です。
★2013年01月01日:Dom & Ynique: 3人の哲学者、科学者が年頭に語る
3人目は、一番若いエティエンヌ・クライン Etienne Klein さんです。彼は物理学者です。この人の意見はもっともペシミスティックな印象を受けます。インタビューで出てきた話の範囲では、希望のかけらもない感じですが言葉には重みがあります。
いきなり、「われわれは、もう一緒に生きていない Nous ne vivons plus ensemble」。 人間関係が断片化され統合できなくなったまま個人化されている、人間関係そのものが脅かされていることを強調する意見です。
われわれは、一見、一緒に生活したり一緒に仕事したりしているように見えるが、”同期されていない désynchronisé” と説明されていることは興味深いところです。そして、” 共有するリズム rythme commun” がない。彼はまた、現代人が一般的に自分で知らない何かにせかされている現象下にあると指摘しています。この現象を興味深い言葉を用いて表現しています。
以下略
●5.【不正発覚の経緯と内容】
エティエンヌ・クライン(Étienne Klein)は原子力庁・サクレー研究所に小さな研究室・LARSIMを主宰している研究員だが、学術論文はほとんど出版していない。クラインが有名なのは、学者的文化人として科学啓蒙関連の多数の著作があるからである。
2016年11月29日、フランスの週刊誌「ル・エクスプレス(L’Express)」のジェローム・デュプイ(Par Jérôme Dupuis)記者がエティエンヌ・クライン(Étienne Klein)の盗用を指摘した。
学術論文での盗用ではないので、デュプイ記者が自分で盗用に気が付き、盗用の証拠を集め、分析したと思われる。協力者がいたとしても、理論物理学者が盗用を発見してデュプイ記者に伝えたとは思いにくい。
2016年12月、最近のアインシュタインの伝記を記述したエティエンヌ・クライン(Étienne Klein)の本『Le pays qu’habitait Albert Einstein』(2016年10月出版、256ページ)は、他の情報源からの帰属や引用符を使わずにほとんどそのまま逐語盗用していた。
結局、10編以上、科学や哲学を述べた著書やコラムで盗用が見つかった。
一方、クラインは間違いを認めているが、故意に盗用したのではないと主張している。
帰属引用しなかった箇所が非難されているが、クラインは、アインシュタインについての彼の本では、120以上の帰属引用もしていた。だから意図的に盗用したのではなく、不注意または過失で帰属引用し損ねた箇所を盗用だと非難されたのだと主張している。
原子力庁は、今回指摘された盗用は、クラインの勤務時間外の著作に対するものなので「個人的問題です」と、原子力庁としては盗用の調査をしないと発表した。
それで、フランス高等教育・研究担当大臣のティエリー・マンドン(Thierry Mandon、写真出典)は、ミシェル・コスナード(Michel Cosnard)を委員長とし、盗用疑惑を調査する4人委員会を設けた。
2017年1月末、4人委員会は、作業を終了し、マンドン大臣に報告書を提出した。その中で、クラインが、科学技術高等研究所(Institute of High Studies for Science and Technology:IHEST)・所長を辞任することを勧めた。
クラインは、「私は、報道陣によって裁かれるのは嫌だが、フランスの法律には従う。研究所とその重要な任務に困難を生じさせないように」と述べた。それで、クラインは、科学技術高等研究所(Institute of High Studies for Science and Technology:IHEST)・所長を辞任することになるだろ。
●【盗用の具体例】
結局、10編以上、科学や哲学を述べた著書やコラムで盗用が見つかった。但し、学術論文での盗用ではない。以下に一例を示す。
★2016年のコラム「芸術的なフリーキック.」
盗用と指摘されたLa Croix紙の2016年のコラム「芸術的なフリーキック.」の盗用の内容を見ていこう。
→ Etienne Klein accusé de plagiat : « Je ne démissionnerai pas de la présidence de l’IHEST » – Sciencesetavenir.fr
2016年6月16日、エティエンヌ・クライン(Étienne Klein)がLa Croix紙にコラム「芸術的なフリーキック.」を書いた。テキストを以下に示す。
黄色部分は、1986年のGilles Cohen-Tannoudji とMichel Spiroが月刊誌『Sciences et Avenir』に書いた文章の逐語盗用である。
盗用は明白です。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
学術論文の盗用ではないので、省略。
★パブピア(PubPeer)
学術論文の盗用ではないので、省略。
●7.【白楽の感想】
《1》なぜ?
こういう著名な学者的文化人がなぜ盗用したのだろう?
もう十分有名だし、たくさんの著書があるのだから、盗用してまで出版物を増やす必要がないと思われる。
そして、学者的文化人にとって盗用は致命的である。学者としても文化人としても失格の烙印を押されるだろう。
ところが、世界の尊敬を集めている著名な学者的文化人が盗用した例は他にもある。
→ ジェーン・グドール(Jane Goodall)(英) | 研究倫理(ネカト)
人間は不思議だ!
東海林さだおは、「すべての人はズルをしたがっている」「ズルをしたがらない人はいない」と悟ったそうだ(『誰だってズルしたい!』2007年刊行)。ズルすることは人間の本能なんだろう。
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●8.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Étienne Klein – Wikipedia
② 2016年11月29日のジェローム・デュプイ(Par Jérôme Dupuis)記者の「L’Express」記事:Plagiat: les copier-coller du physicien Étienne Klein – L’Express
③ 2016年12月7日のマーティン・エンサリンク(Martin Enserink)記者の「Science」記事:Popular French physicist accused of plagiarizing colleagues and famous writers | Science | AAAS、(保存版)
④ 2017年4月6日のマーティン・エンサリンク(Martin Enserink)記者の「Science」記事:French physicist accused of plagiarism seems set to lose prestigious job | Science | AAAS、(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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