7-12.製薬企業が臨床試験を腐敗させた

2018年3月5日掲載。

白楽の意図:日本のディオバン事件でもそうだが、米国でも、人々の健康に貢献するハズの製薬企業が、研究ネカト・クログレイをし、病気に効かないクスリや危険なクスリを平気で強力に販売している。現代の製薬企業のあり方のどこかが狂っている。どこをどう修復すべきなのだろうか?

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.意図と論文概要
2.書誌情報と著者
3.論文内容
4.白楽の感想
5.関連情報
6.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

論文の目的は、米国の腐敗した臨床試験の3つの事例を通して、製薬業界がコントロールする臨床試験の研究ネカトを明らかにすることである。臨床試験データの解釈や表現に歪曲や誤りを導く3つの要素を解説する。その3つは、①医学論文の代筆(ゴーストライター)、②製薬業界御用達の御用学者・キーオピニオンリーダー、③製薬業界の共犯者に成り下がった医学誌、である。つまり、製薬企業が臨床試験のスポンサーになることで医学界が腐敗し、エビデンスに基づく医療の障害になっている。

ペンシルベニア大学医科大学院(University of Pennsylvania School of Medicine)の臨床研究棟(Clinical Research Building)。 https://www.facilities.upenn.edu/maps/locations/clinical-research-building

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

●3.【論文内容】

【1.序論】

https://cofda.wordpress.com/2015/06/03/editors-of-worlds-most-prestigious-medical-journals-say-much-of-scientific-literature-may-be-false/

学術誌・ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(New England Journal of Medicine)の元編集長のマーシャ・エンジェル(Marcia Angell)は、2008年に次のように述べている。

過去20年間にわたり、製薬業界は自社製品の評価を前例のないほどコントロールしています。製薬企業は現在、処方薬に関する臨床研究に資金を提供し、自分たちの医薬品をより良く、より安全に見せるために、研究を歪曲しています。[Angell M. Industry-sponsored clinical research: A broken system. JAMA. 2008; 300(9): 1069–1071. Doi:10.1001/jama.300.9.1069.]

本総説では、「壊れた薬物評価システム」を慨嘆するマーシャ・エンジェルを支持する証拠を示す。

「壊れた薬物評価システム」にした4大要素を解説する。すなわち、①製薬企業による科学データのねつ造・改ざん操作、②臨床試験報告書・論文の代筆、③製薬企業のマーケティングに奉仕する大学教授(医師)、④査読システム及び規制機関のチェックと均衡(checks and balances)の欠如。

その後、製薬企業がスポンサーになった精神医学分野での臨床試験の具体例を3つ示す。①グラクソ・スミスクライン社ののパロキセチン研究329、②フォレスト・ラボラトリーズ社のシタロプラム研究CIT-MD-1、③グラクソ・スミスクライン社のパロキセチン研究352。

【2.医学論文の代筆(ゴーストライター、ghost writing)】

現代では、製薬企業が、医学コミュニケーション会社に論文の代筆を依頼し、有名医学者にお金を払って代筆論文の著者になってもらい、医薬品の販売促進をすることはよく知られている。

病気の治療に役に立たない、または安全ではない医薬品を、有名医学者が販売促進の片棒を担ぐ罪悪感を「中和する」のが医学コミュニケーション会社の仕事である。

代筆は闇の世界である。唯一、裁判の訴訟過程で詳細が初めて明らかにされた。

市場で新薬を「発売」しようとする場合、また、すでに別の適応症で承認されている医薬品の新たな適応症を模索している場合、製薬企業は、マーケティング戦略や論文出版計画の一環として広報専門会社と医学コミュニケーション会社を使う。

広報専門会社と医学コミュニケーション会社は、臨床試験に先立ち、キーオピニオンリーダーとマーケティング幹部を交え顧問委員会を設立する。臨床試験が完了すると、医学コミュニケーション会社が雇用した医学ゴーストライターが、臨床試験の最終調査報告書(Final Study Report)の草案を作成し、企業スポンサーからのフィードバックを求める。

製薬企業のマーケティング幹部の指示に従って医学ゴーストライターがデータを「回転」する。この段階で、臨床試験データの解釈や表現に多数の歪曲や誤りが生じる。最終的な文書の「著者」になる人は外部の学術機関に所属する大学教授である。

医学ゴーストライターは、外部の大学教授と製薬企業内の科学者からのコメントや訂正を受け入れて何度も草案を改訂する。最終的には、スポンサーである製薬企業が公開してもよいと認める原稿になると改訂作業が完了する。

完成した原稿を、製薬企業が承認した「著者」に渡し、「著者」が学術誌に投稿する。原稿が投稿されると、医学ゴーストライターは消えるか、出版論文の謝辞に “編集支援(editorial assistance)”として名前が記載される。[McHenry L. Of sophists and spin-doctors: Industry-sponsored ghostwriting and the crisis of academic medicine. Mens Sana Monographs. 2010; 8: 129–145.]

製薬企業が医学コミュニケーション会社のゴーストライターを雇った場合、契約により、原稿は製薬企業の知的財産になる。製薬企業は、論文で報告した臨床試験のデータの所有権でもある。原稿が論文として出版される時点で、製薬企業の法務部門が、論文の筆頭著者に著作権を移転するが、この内情が開示されることは滅多にない。[McHenry L, Jureidini J. Industry-sponsored ghostwriting in clinical trial reporting: A case study. Account Res. 2008; 15(3): 152–167.]

多くの場合、誰が最終的な文書の「著者」になるのかは、ゴーストライターが原稿を書いた後に決定される。代筆原稿の試験データの解釈や表現に多数の歪曲や誤りが生じるのは、誰がデータの所有者であり、原稿の所有者であるかという問題に帰結する。

というのは、どのデータをどのようにゴーストライターや外部の「著者」(大学教授)に提供するかは、製薬企業が決めている。「著者」(大学教授)は自分でチャンと「生」データを分析し評価していない。だから、論文原稿中のデータとその解釈や表現が正確なのか、適切なのかを判断できない。

そして、代筆原稿であるというこの重要な情報は、学術誌の査読者には伝えられない。伝えられないので、査読者は、いつもの投稿論文のように、「著者」が研究結果を吟味し、論文原稿を書いたと査読者は受け取る。しかし、実際は、誰が研究結果を吟味し、論文原稿を書いたのか、査読者は知らないのである。このような査読は事実上、欠陥で不完全である。

製薬業界の代筆は、医学界における「信頼の危機(crisis of credibility)」の主な要因である。著者は、原則として、論文の研究デザイン、研究実施、データ分析、執筆の責任を総体的に負う知的責任者である。科学の公正性は、個々の臨床医および研究者への信頼に依存している。また、信頼できる知識体系を構築する査読システムへの信頼にも依存している。しかし、外部の「著者」(大学教授)が代筆論文に自分の名前を著者として貸す行為は、この基本的な倫理的責任システムを裏切り、ネカトの罪を犯している。

どのような人たちがこの代筆を行なっているのか?

一例を挙げる。ハーバード大学は毎年、精神薬理学のマスタークラスを開講している。 「世界的に有名な教授」として宣伝された発表者の内の数人は、医学論文の代筆スキャンダルで最悪な犯罪者たちである。 その内の1人の精神科教授は、「1,000報以上の科学論文と書籍の著者で、教科書『心理薬理学』(Textbook of Psychopharmacology)の共同編集者」と宣伝されているが、この1,000報の科学論文の中に、後で述べるパロキセチン352試験の論文がある。

代筆を論文原稿の下書という些末なことに限定して考えてはいけない。 「論文原稿の下書」は製薬企業が設計し、実施し、分析した研究を学問的に取り繕うファサード(仏語のfaçade:建築物の正面部分)である。真の狙いは、その医薬品の臨床試験が製薬企業に有利なデータになるように虚偽表現(ねつ造・改ざん)することが真の狙いなのである。

医学における代筆論文の大部分は、幽霊のようで、代筆が明るみに出ることは滅多にない。今日に至るまで、代筆だと明るみに出たケースは、損害賠償裁判、政府の要請、代筆に加担した医師の内部告発の3つだけである。Fugh-Berman A. The corporate co-author. J. Gen. Intern. Med. 2005; 20: 546–548]

しかも、損害賠償裁判に関しては、ほとんどの場合、和解で解決しているため、代筆が明かるみに出るのはごく少数である。それも、原告の弁護士が書類の機密保持指定をはずさなければ、文書は機密のままである。

【3.製薬業界御用達の御用学者・キーオピニオンリーダー】

「キーオピニオンリーダー」(key opinion leader、KOL)または「思考リーダー」という用語は、製薬企業の造語で、医師の医療行為および処方箋行動に影響を及ぼす医師(大学教授)のことである。[Jureidini J. Key opinion leaders in psychiatry: A conflicted pathway to career advancement.Aust. N. Z. J. Psychiatry 2012; 46: 495–497]

「キーオピニオンリーダー」(key opinion leader、KOL)http://www.medicaldevicesuccess.com/2017/06/05/why-you-need-key-opinion-leaders/

製薬企業は、マーケティング戦略に関する専門家の評価とフィードバックを得るために、医薬品開発プロセスにキーオピニオンリーダーを従事させると言いつくろっている。しかし、実際は、スポンサーである製薬企業の意向に従順な医師(大学教授)を製薬企業が慎重に選んでいるのである。キーオピニオンリーダーは、自社の「医薬品を守る」ために高額な報酬で雇った権威者なのである。

ほとんどの医師(大学教授)は、製薬企業からキーオピニオンリーダーになっていただけないかという申し出に抵抗できない。キーオピニオンリーダーになることは、デイビッド・ヒーリー(David Healy)に言わせると、「医師(大学教授)ビジネスにハクがつく」ことになるからだ。しかし、キーオピニオンリーダーになれば、結局、患者への倫理的義務を損なうことになる。

キーオピニオンリーダーは産学協同によって生み出された。

1980年のバイドール法(Bayh-Dole Act)は米国の知的財産権法で最も影響力のある法案の1つである。

バイドール法は、大学が連邦政府からの資金提供を受けて実施した発明に、大学の所有権が得られる統一特許政策だった。その動機付けは、連邦政府の資金提供を受けた研究の商業化をスピードアップし、新しい産業を創り出し、大学の特許・発明から新しい市場を開拓することだった。

初期の頃、バイドール法は、大学の特許を増やし研究の商業化を促進した。プラスの効果しかないように思われた。しかし、マイナスの効果があることが間もなく明らかになってきた。

政府の資金援助を失った大学は、技術移転の新たな収入源を業界に求めていったのだが、その時、利益相反の規範を犠牲にした。そして、最も邪悪な側面は、研究結果をねつ造・改ざんしてでも、産業製品を有利にしたい(そのことで大学の収益を増やす)という意欲の高まりだった。

精神病の臨床試験で、スミスクライン・ビーチャム社とフォレスト・ラボラトリーズ社に従事したキーオピニオンリーダーは、「米国精神医学雑誌(The American Journal of Psychiatry)」と「米国子ども・青少年精神医学誌(The Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry.)」に掲載された代筆論文の著者になった。

キーオピニオンリーダーは、製薬企業の広報部員でもある。政府の諮問委員会に参加し製薬企業寄りの意見を述べ、製薬企業が後援する医療教育講座の講師を務めたりする。 「医療教育」講座で配布される資料は、医学コミュニケーション会社や広報専門会社が自社医薬品の販売促進を慎重に偽装した文書なのである。

【4.医学誌は製薬業界の共犯者】

医学誌は問題を解決するどころか、問題そのもの一部になってきた。

医学誌・編集者は、製薬業界主導の都合の良い臨床試験結果を掲載するよう圧力をかけられている。それで、投稿論文に対して厳密な査読と独立したデータの分析を要求しない。代筆された臨床試験論文に批判的な文章をめったに掲載しない。[Healy D. Our censored journals. Mens Sana Monogr. 2008 Jan;6(1):244-56. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3190554/]

医学誌とその所有者は製薬業界からの金銭的な収入に依存している。その額が大きくなるにつれ、医学誌は科学の基準から外れてきた。

薬物の安全性および有効性を示す「陽性」試験結果を掲載することで、医学誌は医薬品の広告媒体に成り下がった。また、医学誌は医薬品販売員が配布するために論文別刷りをたくさん注文してくれるのに依存するようになった。対照的に、医薬品の許容度が狭いとか、また、医薬品が無効であるなどの「陰性」試験結果を掲載しても、医学誌・出版社は大きな収入が得られないのである。

製薬企業が臨床試験を腐敗させたが、医学誌は上記のように、製薬業界の共犯者なのである。

【5.3つのケーススタディ】

論文では、この後、以下の3つのケーススタディを詳細に記述している。白楽は、各事件ごとに記事にした(い)ので、ここでは解説しない。

★グラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline)のパロキセチン研究329(Paroxetine Study 329)

この事件は、既に記事を書いた。ここで繰り返さない。
→ 製薬企業:研究329(Study 329)、パクシル(Paxil)、グラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline)(英) | 研究倫理(ネカト)

★フォレスト・ラボラトリーズ(Forest Laboratory)のシタロプラム研究CIT-MD-18(Citalopram Study CIT-MD-18)

この事件は、まだ記事を書いていないが、いずれ、記事にまとめる(多分)ので、ここに記述しない。

★グラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline)のパロキセチン研究352(Paroxetine Study352)

この事件は、まだ記事を書いていないが、ここに記述しない。

●4.【白楽の感想】

《1》暗澹たる気持ち

製薬企業のこのような大規模な陰謀、組織ぐるみの悪事を知ると、暗澹たる気持ちになる。

製薬企業の組織的な研究ネカトは、大学の研究者がささいな欲得からネカトを始めるのとは根本的に異なる。組織犯罪で、弁護士も加担している。巨大な金銭が絡む。

大学の研究者を対象にしたネカト対策とは次元の異なる方法が必要だろう。とりあえず、以下の2冊の本を読んで勉強しよう。

  1. デイヴィッド・ヒーリー著(田島治・監訳、中里京子・訳)『ファルマゲドン 背信の医薬』 (2015年)みすず書房
  2. ベン・ゴールドエイカー著(忠平美幸、増子久美・訳)『悪の製薬 製薬業界と新薬開発がわたしたちにしていること』(2015年)青土社

(注:写真は本文とは関係ありません)。暗澹たる気持ちを、美しい自然で上書きしてください。白楽が大好きな場所。米国のグランドティートン国立公園(Grand Teton National Park)。ティートン山脈と手前のスネーク・リバー。2012年6月。白楽撮影。写真をクリックすると写真は大きくなります。2段階です。

●5.【関連情報】

① 2018年1月29日のゼノビア・モリル(Zenobia Morrill)記者の「Mad in America」記事:Researchers Expose Pharmaceutical Industry Misconduct and Corruption

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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●6.【コメント】

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竹村 昌彦
竹村 昌彦
2018年3月7日 9:44 AM

一介の臨床医ですが、この件に限らず、医学、医学研究の将来について、悲観的にしか考えられません。建設的に考え、前を向かなければと思うのですが、ともすると、陰謀論者の考え方に一理あるようにさえ思えてしまいます。

西野智恵子
西野智恵子
2018年3月7日 2:36 AM

夫大学で基礎研究してますがこう言う事に加担した事一度もなくてClean な人生で良かったです。

これは大体権威のある人達のスキャンダルですがもみ消しにならない事願います