7-11.大学と企業のネカト比較

2018年3月2日掲載。

白楽の意図:白楽の事件データベースを見ればすぐにわかるが、日本でも海外でも、大学研究者に比べ、企業研究者のネカト・クログレイ事件はとても少ない。どうしてなんだろうか? その理由を問う前に、白楽の事件データベース以外に、「大学研究者に比べ、企業研究者のネカト・クログレイ事件は少ない」という確かなデータはあるのだろうか? サイモン・ゴデチャル(Simon Godecharle)の2017年の論文が答えてくれそうだ。

ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.意図と論文概要
2.書誌情報と著者
3.論文内容
4.白楽の感想
5.関連情報
6.コメント
ーーーーーーー
【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

★元論文の概要

企業の研究所でも多くの生物医学研究が行なわれている。大学と共同で行なわれることも多い。しかし、ネカト・クログレイに関して企業と大学を比較した研究はほとんどない。それで、ベルギー政府の研究助成金を2010年から2014年に受領したすべての大学研究者(1766人)に、匿名のコンピュータベースのアンケートに答えてくれるよう電子メールを送付した。同じ電子メールを、生物医学系の大企業とそのスピンオフ(生物医学部門を独立させた新会社)の企業研究者(255人)にも送付した。

過去3年間、回答者自身が犯したネカト・クログレイ行為(ここでは、告白と呼ぶ)、そして、同僚のネカト・クログレイ行為に気付いた(ここでは、観察と呼ぶ)かを質問した。回答率は大学研究者が43%(767/1766)で企業研究者は48%(123/255)だった。そのうち、それぞれ617人と100人の回答が分析可能だった。

結果は、「告白」では、大学研究者の71%が、企業研究者の61%が少なくとも1回、ネカト・クログレイ行為を行なったと「告白」した。「観察」では、大学研究者の93%が、企業研究者の84%が少なくとも1回、同僚がネカト・クログレイ行為を行なっているのを「観察」した。大学と比べ、企業のネカト・クログレイ行為は報告されにくいことが示された。

また、「告白」では、ギフト・オーサーシップ(gift authorship、贈呈著者)の1点が、「観察」では、盗用、ギフト・オーサーシップ、動物実験規則回避の3点が大学研究者と比べ、企業研究者には少ないことが判明した。ただし、盗用は、大学研究者に比べて企業研究者の方が多く「告白」し、また、「観察」した。

今回の研究手法は、匿名の自己申告に基づくアンケート調査だが、企業と大学の両方の生物医学研究者にネカト・クログレイ行為がかなりの頻度で発生していることも判明した。

ルーヴェン・カトリック大学(Katholieke Universiteit Leuven)。出典https://nieuws.kuleuven.be/en/content/2017/ku-leuven-is-fifth-most-innovative-university-in-the-world

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報(無料論文)

本来の論文(元論文)は有料論文である。撤回監視が著者にインタビューした記事は閲覧無料なので、こちらを本ブログ記事のベースにした。

★元論文(有料論文)の書誌情報

本来の論文(元論文)の書誌情報を以下に記載した。有料論文である。

  • 論文名:Scientists Still Behaving Badly? A Survey Within Industry and Universities
    日本語訳:科学者は依然として不正行為をしているか? 企業と大学での調査
  • 著者:Godecharle S, Fieuws S, Nemery B, Dierickx K.
  • 掲載誌・巻・ページSci Eng Ethics. 2017 Oct 2.
  • 発行年月日:2017年10月2日
  • DOI: 10.1007/s11948-017-9957-4
  • ウェブ:10.1007/s11948-017-9957-4
  • PDF:

元論文はタイトルから類推して、「Martinson, B. C., Anderson, M. S., & De Vries, R. (2005). Scientists behaving badly. Nature, 435, 737–738」論文を意識して書かれたと思われる。

★元論文の著者

●3.【論文内容】

撤回監視のアリソン・マクック(Alison McCook)が元論文の第一著者であるサイモン・ゴデチャル(Simon Godecharle)にインタビューした。

元論文の結果は、「「告白」では、大学研究者の71%が、企業研究者の61%が少なくとも1回、ネカト・クログレイ行為を行なったと「告白」した。「観察」では、大学研究者の93%が、企業研究者の84%が少なくとも1回、同僚がネカト・クログレイ行為を行なっているのを「観察」した。大学と比べ、企業のネカト・クログレイ行為は報告されにくいことが示された。

また、「告白」では、ギフト・オーサーシップ(gift authorship、贈呈著者)の1点が、「観察」では、盗用、ギフト・オーサーシップ、動物実験規則回避の3点が大学研究者と比べ、企業研究者には少ないことが判明した。ただし、盗用は、大学研究者に比べて企業研究者の方が多く「告白」し、また、「観察」した。

今回の研究手法は、匿名の自己申告に基づくアンケート調査だが、企業と大学の両方の生物医学研究者にネカト・クログレイ行為がかなりの頻度で発生していることも判明した。」である。

【1.不正行為の項目】

撤回監視:研究上の不正行為をネカトに限定しないで、手抜き、ギフト・オーサーシップ(gift authorship、贈呈著者)、不適切な研究記録管理などのクログレイも含めていますね。それでも、大学の回答者の71%、企業の回答者の61%が、22項目のネカト・クログレイのうちの少なくとも1つを犯していた。この数字にあなたは驚きましたか?

ゴデチャル:私たち扱った研究上の不正行為の項目は、ヨーロッパの研究規範ガイダンスの文書私たちの定性的な研究成果をベースに、米国での同様な研究(「2005年のNature」論文)で使用された項目を使いました。結局、22項目になりました。これまでの研究論文で、ネカト以外にも研究クログレイ行為が日常的に行なわれていていると報告されていました。それで、ネカトよりも広い範囲の研究不正行為に関心がありました。

企業の生物医学研究は厳しい規則・規制を遵守しなければならないにもかかわらず、かなりの頻度でネカト・クログレイが起こっていることに驚きました。ネカトの「3大罪」の1つである盗用は、大学に比べて企業の方が多く「告白」され、また、「観察」されています。

【2.企業の方が発生率は低い】

撤回監視:あなたの論文では、企業研究者は大学研究者よりもネカト・クログレイ行為を通報しないとあります。企業の方がネカト・クログレイの発生率が低いと思いますか? もしそうなら、どうしてでしょうか? あるいは、企業研究者は隠蔽体質なのでしょうか?

ゴデチャル:私たち研究は企業研究者が大学研究者よりも通報しない理由を説明していません。企業研究者の隠蔽体質はあるかもしれませんし、企業の方がネカト・クログレイの発生率が低い可能性はあります。

今後の研究で、厳格な規則の制定と頻繁な監査が、ネカト・クログレイ行為を減らせる、あるいは、防止できることを、明らかにするかもしれません。倫理学者なので、ネカト・クログレイ防止には、私は研究文化と研究室主宰者の役割が有効だと信じる傾向があります。

例えば、ネカト・クログレイ防止の教育訓練を受けても、研究室主宰者がクログレイ、もっと悪いことに、ネカトを誘引する場合、教育訓練はほとんど効果がありません。22項目に示したネカト・クログレイ行為についても、必ずしも不正行為とみなさなくいいいのではないかと、研究者は考えはじめるかもしれません。

【3.主観的な質問】

撤回監視:22項目の中には、「論文や研究計画の不適切または不注意なレビュー」や「研究プロジェクトの不適切な記録管理やデータ管理」などの主観的な質問もあります。他の研究者より高いレベルの記録管理をしている研究者もいると思います。従って、同じ実験ノートに対して、ズサンと評価する研究者がいるでしょう。また、逆に、十分と評価する研究者もいるでしょう。こういう主観的な回答が、あなたの論文結果に影響を与えていますか?

ゴデチャル:アンケート調査は自己報告なので主観的解釈に影響を受けます。告白に関しては、このアプローチでは、かなり控えめな数値になっていると予想します。 人間は、自分の行動が「不適切だとか許容できない」とは考えない傾向が強いものです。 それにもかかわらず、ギフト・オーサーシップ(gift authorship、贈呈著者)(大学で42%、企業で25%、p = 0.009)など、いくつかの不適切な行動を頻繁に告発していました。

【4.教育訓練の効果】

撤回監視:あなたの発見はネカト・クログレイ防止について教育訓練の効果をどう述べていますか?

サイモン・ゴデチャル(Simon Godecharle)。https://gbiomed.kuleuven.be/english/research/50000687/50000697/pcbmer/00078590

ゴデチャル:私たちは、ネカト・クログレイ防止について教育訓練の効果を批判するのに慎重です。

私たちは、研究公正訓練とネカトの通報には有意な関係を見い出しました。非公式の研究公正訓練(例えば、講師、指導者、同僚とのディスカッション)を受けた回答者は、より多くのネカトを通報していました。 ところが、正式な研究公正訓練(例えば、研究公正の授業や研修の受講)を受けた回答者は、より少なくネカトを通報していました。

ただ、今回の分析では、アンケートの回答者数が少なく、信頼に足る結論はできません。 また、他のいくつかの研究論文は、研究公正訓練がネカト・クログレイ行為を効果的に抑制することに懐疑的です。

【5.コメント】

原著論文の著者のゴデチャルへのインタビューは上記で終わる。

ただ、撤回監視記事なので、数件のコメントが付いていた。2件だけ紹介しよう。

1.DTX
http://retractionwatch.com/2018/01/30/reports-misconduct-scientists-industry-academia/#comment-1546681

企業の研究は、通常、優良試験所規範(GLP、グッド・ラボラトリー・プラクティス、Good Laboratory Practice)、そしてヒトを対象にした研究は優良臨床試験規範(グッド・クリニカル・プラクティス、Good Clinical Practice )を満たす必要があります。どちらの場合も、データ公正は不可欠です。 優良試験所規範では、すべての計測器の動作が検証され、較正され、完全な実験記録を残しておく必要があります。データを変更する場合、古いデータも残し、変更の理由を記述します。GLP研究室といえども完璧ではありませんが、非GLP研究室でしばしば生じるネカト・クログレイの多くを防げると思います。

優良試験所規範のもう一つの重要な点は組織図です。組織図は一見重要ではないように思われがちですが、QA(Quality Assurance 信頼性保証)担当者は研究者に報告してはならないとされています。つまり、QA担当者は研究者と独立しています。

さらに、企業では、データのねつ造・改ざんをすると、企業に損害を与えるので、ねつ造・改ざんをする動機は少ないと思えます。大学では、データのねつ造・改ざんをすると、自分自身や共著者が損害をこうむるのに対し、企業では、価値のない標的化合物に無駄な金と時間を使うことになります。例えば、アイビーリーグなどの名門大学の研究者がネカトを犯しても、大学自体にはほとんど損害を被らないと言われています。

これらに加えて、企業では、データのねつ造・改ざんをし、それが見つかった場合、ネカト者はすぐに仕事を失う可能性があります。大学と違って企業は、従業員に「あなたは、仕事を続けてかまいませんが、3年間は研究できません」とは言いません。

企業の実験室でもネカト・クログレイが発生する可能性はありますが、このように、ネカト・クログレイを抑制する仕組みが多数あります。その結果、大学に比べ企業ではネカト・クログレイを犯すのはずっと難しくなります。

2.JadedInGradSchool
http://retractionwatch.com/2018/01/30/reports-misconduct-scientists-industry-academia/#comment-1546764

設備のメンテナンスと更生が不十分だったことが、私が大学を離れて企業に戻った理由の1つです。 測定の質を確保できない大学の研究結果を信頼できますか?

●4.【白楽の感想】

《1》元論文

本ブログの基本方針は引用先の記事が無料で閲覧できることだ。そのことで、読者が白楽の記事の検証ができる。英文論文を書くときに原典を引用できる。

なので、無料論文(今回は論文というより記事であるが、一括して「論文」で進める)を記事のネタ論文にした。

しかし、記事をまとめてから思うのだが、やはり、本来の元論文を読む必要があると感じた。

というわけで、ネカト研究者は本来の元論文を読んでくださいね。

《2》アンケート調査

白楽は基本的にアンケート調査を信用していない。

お茶の水女子大学の教員だった時、研究室の4年生(女性学生)がアンケートに答えていた。

質問:あなたは将来、結婚した時、「働く女性(賃金労働者)」と「専業主婦」のどちらを希望しますか?

4年生(女性学生)の回答:「働く女性(賃金労働者)」

4年生(女性学生)に、「結婚しても働き続けるんだね」と軽い気持ちで聞いたら、彼女は、「お茶大生なんだから、将来の計画は実際にはどうあれ、働く女性(賃金労働者)と答えるべきなんです」と、断固として答えた。

つまり、アンケートの質問に「本当はどうする」と答えていない。観念に縛られた理想的(?)な答えを書いたのである。

他の例をだすと、研究者に「現在の研究費で十分足りていますか?」と質問すれば、9割以上の研究者は「足りていません」と答えるだろう。

それに、今回の回答率は大学研究者が43%(767/1766)で企業研究者は48%(123/255)である。答えなかった人達は、母集団の平均値ではないだろう。答えなかった人達の状況を知る由もないが、アンケート結果は、母集団の状態を反映していないだろう。

今回の論文では、アンケートの質問に主観的に答える項目もある。これでは、ますます、恣意的な回答になってしまう。

白楽は基本的にアンケート調査を信用していない。アンケート調査以外の客観的な指標・方法で大学と企業の研究ネカトを比較できないだろうか?

サイモン・ゴデチャル(Simon Godecharle)。2014 COPE European Seminar https://publicationethics.org/cope-newsletter/2014/apr/cope-digest-publication-ethics-practice-april-2014-vol-2-issue-4

(注:写真は本文とは関係ありません)。白楽がルーヴェン・カトリック大学の職員食堂で食べたランチ。これにスープが付いて、4.05ユーロ(約480円)。2006年。白楽撮影。

●5.【関連情報】

① 2018年2月2日のエマ・ストイエ(Emma Stoye)記者の「Chemistry World」記事:Anonymous survey sheds light on research misconduct | News | Chemistry World

★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●6.【コメント】

Subscribe
更新通知を受け取る »
guest
0 コメント
Inline Feedbacks
View all comments