2017年12月26日掲載。
ワンポイント: 2017年4月(60歳)、9報の「J. Biol. Chem」論文が一度に撤回されたワイツマン科学研究所・教授。2017年7月(61歳)、ワイツマン科学研究所は、セーガー教授の論文にデータねつ造があったと結論した。しかし、ネカト実行者を特定できず、将来にわたり院生の指導・助言を禁止する処分をセーガー教授に科した。損害額の総額(推定)は5億6200万円。「2017年ネカト世界ランキング」に記述した「「Scientist」誌の2017年の論文撤回上位10論文:2017年12月18日」の1つである。
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
ーーーーーーー
●1.【概略】
ロニー・セーガー(Rony Seger、写真出典http://www.weizmann.ac.il/Biological_Regulation/Seger/)は、イスラエルのワイツマン科学研究所(Weizmann Institute of Science)・教授で、専門は分子生物学(細胞内情報伝達)だった。
2017年4月(60歳)、学術誌「J. Biol. Chem」は、読者からの通報を受け、セーガー論文のネカトを調査し、データねつ造をみつけ、セーガー教授の9論文を撤回した。
2017年7月4日(61歳)、ワイツマン科学研究所のダニエル・ザイフマン所長(Daniel Zajfman)は、セーガー教授の論文にデータねつ造があったと結論したが、ネカト実行者を特定できなかった。セーガー教授を解雇せず、院生指導に問題があったとし、将来にわたり院生の指導・助言を禁止する処分を科した。
この事件は、「2017年ネカト世界ランキング」に記述した「「Scientist」誌の2017年の論文撤回上位10論文:2017年12月18日」の1つである。
イスラエルのワイツマン科学研究所(Weizmann Institute of Science)。写真(by Yoav Dothan)出典
- 国:イスラエル
- 成長国:イスラエル
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:ワイツマン科学研究所
- 男女:男性
- 生年月日:1956年6月26日
- 現在の年齢:68 歳
- 分野:分子生物学
- 最初の不正論文発表:2000年(44歳)
- 発覚年:2017年(60歳)
- 発覚時地位:ワイツマン科学研究所・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)の学術誌「J. Biol. Chem」とワイツマン科学研究所への公益通報
- ステップ2(メディア): 「撤回監視(Retraction Watch)」、「パブピア(PubPeer)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌「J. Biol. Chem」。②ワイツマン科学研究所・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:11報が撤回
- 時期:研究キャリアの中期から
- 損害額:総額(推定)は5億6200万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円だが、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円が27年間=5億4千万円。③院生の損害が1人1000万円だが、院生数は不明で、額は②に含めた。④外部研究費の額は不明で、額は②に含めた。⑤調査経費(大学と学術誌出版局)が5千万円。⑥裁判経費なし。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円。11報撤回=2200万円。⑧研究者の時間の無駄と意欲削減が4千万円だが、額は②に含む、または、該当者なしでゼロ円。
- 結末:辞職なし。院生教育の禁止処分
●2.【経歴と経過】
- 1956年6月26日:イスラエルで生まれる
- [1973—2001年(17—45歳):イスラエル軍に軍籍]?
- 19xx年(xx歳):イスラエルのベングリオン大学(Ben Gurion University)で学士号取得:生物学
- 1990年(34歳):イスラエルのワイツマン科学研究所(Weizmann Institute of Science)で研究博士号(PhD)を取得。指導教員はシュミール・シャルティエル教授(Shmuel Shaltiel)
- 1990年(34歳):米国・シアトルのワシントン大学(Washington University, Seattle)・ポスドク。ボスはノーベル賞受賞者のエドヴィン・クレープス(Edwin G. Krebs)
- 1994年(38歳):ワイツマン科学研究所・上級研究員
- 2000年(44歳):ワイツマン科学研究所・準教授
- 2007年(51歳):ワイツマン科学研究所・教授
- 2017年(60歳):不正研究が発覚する
- 2017年4月(60歳):「J. Biol. Chem」がセーガーの9論文を撤回
- 2017年7月(61歳):ワイツマン科学研究所が処分公表
●3.【動画】
【動画1】
ロニー・セーガー(Rony Seger)本人が研究内容を説明している動画:「Rony Seger: how importins in the cell signalling pathway could provide a new cancer drug target」(英語)2分28秒。
Facultyof1000が2012/05/01 に公開。以下をクリック
https://www.facebook.com/watch/?v=10150809639949166
●5.【不正発覚の経緯と内容】
2017年4月27日(60歳)、学術誌「J. Biol. Chem」は、2017年5月26日号で、ロニー・セーガー(Rony Seger)の9論文を一度に撤回した。
→ Notice: 9 papers withdrawn
撤回監視の問い合わせに、「J. Biol. Chem」のカオル・サカベは、読者から編集部にデータ異常の通報があって、編集部として調査したと答えている。
ワイツマン科学研究所(Weizmann Institute of Science)の研究倫理官(Research Integrity Officer)のミカル・ニーマン副所長(Michal Neeman、写真出典https://wis-wander.weizmann.ac.il/awards-and-appointments/prof-michal-neeman-2)がこの事件に対応し、ワイツマン科学研究所が調査中だと述べている。
2017年7月4日(61歳)、ワイツマン科学研究所のダニエル・ザイフマン所長(Daniel Zajfman、写真出典)は、事件関係者に送付した調査結果がらみの手紙を、なんと、パブピアにアップした。→ PubPeer – ERK1c regulates Golgi fragmentation during mitosis
その手紙では、セーガー教授が出版した論文群にデータねつ造があったと結論し、将来にわたり院生の指導・助言を禁止する処分をセーガー教授に科した、とある。
ただ、手紙では、実は、セーガー教授と名指ししていないが、セーガー教授が出版した論文のコメント欄にアップしている。実質上、名指しと同等である。
また、出版した論文のネカト状況を調べ、ネカト論文を撤回するようセーガー教授に指示した。つまり、セーガー教授を解雇していない。
調査委員会はデータねつ造の実行者を特定できなかったが、セーガー教授自身ではないと結論したようだ。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
セーガー教授が出版した論文の内11論文が撤回されている。内9論文は2000-2011年の12年間にわたる「J. Biol. Chem」論文である。ワイツマン科学研究所は調査の結果、深刻なネカトを見つけたが、どの論文のどの部分が深刻なネカトなのか示していない。
つまり、どの論文の何がどのようにねつ造・改ざんされたのか、公式発表がない。
仕方がないので、パブピアで探った。
新しい「2014年のMol Cell Biol.」論文での指摘を以下に詳しく見よう。
★「2014年のMol Cell Biol.」論文
「2014年のMol Cell Biol.」論文の書誌情報を以下に示す。この論文は、2017年7月に図の間違いが訂正されているが、2017年12月25日現在、撤回されていない。
- Beta-like importins mediate the nuclear translocation of mitogen-activated protein kinases.
Zehorai E, Seger R.
Mol Cell Biol. 2014 Jan;34(2):259-70. doi: 10.1128/MCB.00799-13. Epub 2013 Nov 11.
Erratum in: Mol Cell Biol. 2017 Jul 28;37(16):.
PMID:24216760
訂正されていない部分の不正を、パブピアで見ていこう。
【図1C】
2017年8月6日に、図1Cの電気泳動バンドがおかしいと指摘された。最後の段のgERKの14レーン目のバンドは余計である。まあ、これは、ねつ造・改ざんではない単純ミスでしょう。「4 Condylocarpon Amazonicum: (commented August 6th, 2017 5:20 AM and accepted August 6th, 2017 5:20 AM )」。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/626C730F2433D2EAF232E0A0ECA009#4
【図5B】
2017年10月5日に、図5Bの電気泳動バンドが異なる試料なのに同じバンドであると指摘された。これは、ねつ造でしょう。「6 Condylocarpon Amazonicum: (commented October 5th, 2017 4:54 AM and accepted October 5th, 2017 4:54 AM )」。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/626C730F2433D2EAF232E0A0ECA009
【図5A】
2017年10月8日に、図5 A の電気泳動バンドが異なる試料なのに同じバンドを裏返し・上下逆にしたと指摘された。これは、ねつ造でしょう。「8 Condylocarpon Amazonicum: (commented October 8th, 2017 5:41 AM and accepted October 8th, 2017 5:41 AM )」。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/626C730F2433D2EAF232E0A0ECA009
【図10B】
2017年10月13日に、図10B の電気泳動バンドが異なる試料なのに同じバンドを露出時間を変えて使用したと指摘された。これは、ねつ造でしょう。「11 Condylocarpon Amazonicum: (commented October 13th, 2017 5:20 AM and accepted October 13th, 2017 5:20 AM )」。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/626C730F2433D2EAF232E0A0ECA009
以上4点の指摘はどれもCondylocarpon Amazonicumの指摘である。Condylocarpon Amazonicumの指摘は他にもあった(省略)。
ねつ造のポイントは、電気泳動バンド画像をフォトショップで加工し、別の試料の電気泳動バンド画像として使用している点が共通する。しかし、加工はかなり手が込んでいて、普通に画像を見ていると、ねつ造だと気が付かない。
手が込んだ加工なので、ウッカリ間違えて同じ画像を別の個所に使ってしまったという弁解は成り立たない。データねつ造にかなり積極的に取り組んだという意図が伝わってくる。
★実行犯
では、誰がねつ造をしたのか?
ワイツマン科学研究所はデータねつ造の実行者を特定できなかったと述べている。
白楽が、ワイツマン科学研究所・調査委員会より的確に調べられる根拠は何もない。
それで、ワイツマン科学研究所・調査委員会が調査したと想定される11撤回論文ではなく、まだ撤回されていない論文、ここでは、上で例に挙げた「2014年のMol Cell Biol.」論文で考えてみよう。
この論文の著者は「Zehorai E, Seger R.」で、2人しかいない。ワイツマン科学研究所が調査したと想定される11撤回論文では最低でも著者が3人いた。
著者が2人しかいない「2014年のMol Cell Biol.」論文なら判定は簡単だ。セーガー教授がシロなら、単純消去法で、Zehorai E、つまり、エルダー・ゼホライ(Eldar Zehoraii、写真出典)がクロになる。
ゼホライはセーガー研究室のポスドクで、パブメド(PubMed)で検索すると、8報の論文を発表している。
ここで指摘した「2014年のMol Cell Biol.」論文の1報だけが「訂正」されている。撤回論文はない。他は本当に、大丈夫なのか?
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2017年12月25日現在、パブメド(PubMed)で、ロニー・セーガー(Rony Seger)の論文を「Rony Seger [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2017年の16年間の115論文がヒットした。
「Seger R[Author]」で検索すると、1973~2017年の45年間の432論文がヒットした。
2017年12月25日現在、「Seger R[Author] AND retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、11論文が撤回されていた。
11撤回論文の内9論文は2000-2011年の12年間にわたる「J. Biol. Chem」論文である。ネカト具体例で示した「2014年のMol Cell Biol.」論文も含めると、2000-2014年の15年間にわたってデータねつ造をしていたことになる。
★パブピア(PubPeer)
2017年12月25日現在、「パブピア(PubPeer)」はロニー・セーガー(Rony Seger)の30論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》いい加減な研究所
ワイツマン科学研究所はセーガー教授(写真出典)を解雇しなかった。ワイツマン科学研究所は調査でねつ造実行者を特定できなかったとあるが、特定しなかったのではないだろうか?
どちらにしろ、11論文も撤回したセーガー教授を解雇しないのは、異常と思えるほど処分が甘い。
だから、2000-2014年の15年間にもわたってデータねつ造をしていたのである。
「研究上の不正行為」は、初めて不審に思った時、徹底的に調査し厳罰を科すことだ。
法則:「ネカトでは早期発見・適切処分が重要である」
不正の初期で見つけて処分しておけば、①改心して、以後、不正をしない。②あるいは、不正者はあまり出世しないので不正行為の影響が少ない。のどちらかになった公算が高い。
さらに、標語:「ネカト者は学術界から追放!」に従えば、つまり、最初のネカト論文を出版した2000年に調査し、セーガーを学術界から追放しておけば、その後のネカトは防げた。
「研究上の不正行為」は、知識・スキル・経験が積まれると、なかなか発覚しにくくなるし、長期にわたると、不正行為の影響が大きくなる。
ドイツのネカト・ハンターのレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)は、ワイツマン科学研究所のいい加減さを強く非難している。白楽も同意する。
→ The PubPeer Stars of Weizmann Institute – For Better Science
ワイツマン科学研究所はセーガー教授を解雇していないが、そもそも、ワイツマン科学研究所の多くのネカト疑念者の中で調査したのはセーガー教授だけである。
ワイツマン科学研究所の研究員であるジェイコブ・ハンナ(Jacob Hanna)も強くネカトを疑われたが、ワイツマン科学研究所は調査していない。
→ ジェイコブ・ハンナ(Jacob Hanna)(イスラエル)
《2》人生
11論文も撤回したセーガー教授(写真出典)は解雇されず、テクニシャンと共に出版した論文のネカト状況を調べることが命じられた。
ワイツマン科学研究所は大学院大学である。院生の指導をしない教授がどれほど在籍しているのか不明だが、院生の指導しない教授の存在意味って、大学院大学ではどれほどだろう。
無駄な経費・スペース・ポストを投入している気がする。
《3》詳細は不明
この事件は、ズサンとはいえワイツマン科学研究所が調査した。甘いとはいえ処分を下した。
しかし、事件の詳細は見えない。
ネカト実行犯がどうして特定できないのか?
「2014年のMol Cell Biol.」論文で示したように、セーガー教授がシロなら、エルダー・ゼホライ(Eldar Zehorai)がクロである。
それなのに、実行犯が特定できないとある。本当は特定「できなかった」ではなく、特定「しなかった」のではないだろうか?
いずれにせよ、実行犯を特定しないとネカト発生状況を明確にできない。そうなると防止策の焦点が絞れない。
白楽は、読者の皆さんに、この事件から、研究ネカトシステムの改善につながる点、学べる点を示せない。
う~ん、しいて学べば、ズサンな調査は役に立たないばかりか、ネカトを助長しかねないという教訓だろうか。
2015-11-19 http://www.glmc.edu.cn/bmdt/2015/11/19122453460437.html
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓
ーーーーーー
●8.【主要情報源】
① ワイツマン科学研究所のロニー・セーガー(Rony Seger)・ウェブサイト:HOME | Seger、(保存版)
② 2017年5月25日以降のロニー・セーガー(Rony Seger)に関する「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for Rony Seger – Retraction Watch at Retraction Watch
③ MAP Kinase Wiki記事:Rony Seger – MAP Kinase Wiki、(保存版)
④ 2017年12月25日現在、「パブピア(PubPeer)」はロニー・セーガー(Rony Seger)の30論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント