2021年8月11日掲載
白楽の意図:一般人向けの研究ニュース記事だけでなく、論文でも扇情的な科学用語が多用されるようになってきた。白楽は、扇情的な科学用語は「表現の改ざん」だと思っている。この扇情的な科学用語の危険性について記載したジェマ・コンロイ(Gemma Conroy)の「2021年1月のNature Index」論文を読んだので、紹介しよう。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
4.論文内容
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。
白楽注:本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
●1.【論文概要】
論文に概要がないので、省略。
●2.【書誌情報と著者】
★書誌情報
- 論文名:Rise of the zombie ants. Why hype is creeping into scientific papers.
日本語訳:ゾンビアリの台頭。なぜ誇大宣伝が科学論文に忍び寄るのか - 著者:Gemma Conroy
- 掲載誌・巻・ページ:Nature Index
- 発行年月日:2021年1月11日
- 指定引用方法:
- ウェブ:https://www.natureindex.com/news-blog/why-hype-sensationalism-on-the-rise-scientific-research-papers
- PDF:
★著者
- 著者:ジェマ・コンロイ(Gemma Conroy)
- 紹介: About – Gemma Conroy
- 写真: https://twitter.com/gvconroy
- ORCID iD:
- 履歴:
- 国:オーストラリア
- 生年月日:現在の年齢:44 歳?
- 学歴:xx国のxx大学(xx)でxxxx年に学士号(生物学)
- 分野:科学ジャーナリズム
- 論文出版時の所属・地位:フリーランス(freelance)。Scientific American、New Scientist、Smithsonian、Nature、Australian Geographic、ScienceAlert、PopularScienceなどで、記事を執筆。そして、モデル業
●4.【論文内容】
本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。
ーーー論文の本文は以下から開始
●《1》扇情的な用語
ニュージーランドのオタゴ大学(University of Otago)の院生であるジャン=フランソワ・ドハティ(Jean-François Doherty、写真出典)が5年前に寄生宿主の研究論文を初めて読んだ時、まるで空想科学小説を読んでいるように感じた。
専門用語には、「ゾンビ(zombie)」、「ハイジャック(hijack)」、「マインドコントロール(mind control)」などのカラフルな単語がちりばめられていた。
寄生生物はその宿主の外観や行動を大幅に変化させる。この説明に「操り人形師(puppeteer)」の用語も使っていた。
「擬人化と空想科学小説から借りた言葉の過剰な使用」は、オタゴ大学で毛虫による宿主操作を研究しているドハティを悩ませた。というのは、「これらの用語は生物学的には不正確である」からだ。
病原性真菌(Ophiocordyceps unilateralis)の分類に関する2019年の論文では、その宿主を「ゾンビアリ(zombie ants)」と表現していた。 → Population genomics revealed cryptic species within host-specific zombie-ant fungi (Ophiocordyceps unilateralis) – ScienceDirect
別の2019年のジュエルハチ(Ampulex compressa)の論文では、神経化学的な「嵐(storm)」を引き起こすことでゴキブリの脳を「ハイジャック(hijack)」すると述べていた。 → Parasitoid Jewel Wasp Mounts Multipronged Neurochemical Attack to Hijack a Host Brain*[S] – Molecular & Cellular Proteomics
2020年10月、ドハティは、宿主操作に関する論文で扇情的な用語を使う問題を、学術誌「英国王立協会紀要B(Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences)」に発表した。 → When fiction becomes fact: exaggerating host manipulation by parasites
ドハティは、165報以上の宿主操作に関する論文を分析した結果、1990年代後半から扇情的な用語が使われ始め、約10年前の2010年頃には普通に見られるようになったと、論文で報告した。
●《2》研究成果の誇大宣伝
宿主操作に関する論文だけでなく、多くの研究発表で、希望に満ちあふれた用語が多用されるようになってきた。
つまり、扇情的な用語を使う問題は、寄生虫の研究論文だけではない。
がん研究に関するニュース記事では、「画期的(breakthrough)」、「ゲームチェンジャー(game-changer)」、「奇跡(miracle)」などの扇情的な用語は、それを裏付ける臨床データがないのに、一般的に使用されている。 → The Use of Superlatives in Cancer Research | JAMA Network
一般人向けの研究ニュース記事だけでなく、科学論文でも、希望に満ちあふれた用語が多用されるようになった。
「2015年のBMJ」論文によると、各論文の「論文要旨」欄に、「斬新な(novel)」、「革新的(innovative)」、「前例のない(unprecedented)」などの希望に満ちあふれた単語が出現する頻度は、1974年の2%から2014年には17.5%に跳ね上がっていた。 → Use of positive and negative words in scientific PubMed abstracts between 1974 and 2014: retrospective analysis
さて、問題は、扇情的な用語が読者を誤解させことだ。
「2017年のBMC Medical Research Methodology」論文は、生物医学論文の「論文要旨」に書かれた内容と「論文本文」の内容が異なっている17報の論文を報告している。 → A scoping review of comparisons between abstracts and full reports in primary biomedical research
17報の論文のほぼ半数が「要旨」とその「本文」の間の内容に矛盾があった。
カナダのアルバータ大学で研究倫理と科学的表現を研究しているティモシー・コールフィールド教授(Timothy Caulfield – Wikipedia、写真 By Matt Barnes – Peacock Alley Entertainment, CC0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=64366592)は、社会的・経済的な影響を伴う結果を生み出すよう研究者に圧力をかけと、生物医学研究の誇大宣伝を促すと述べている。
コールフィールド教授は、「生物医学研究は自分とその子供に役立つ病気の治療法が記載されている。一方、素粒子物理学の研究では、同じような意味では、役立たない。それで、素粒子物理学の研究では、誇大宣伝的な用語を目にする頻度は低い」と述べている。
●《3》コーヴィッド-19(COVID-19)研究での誇大宣伝
「自分とその子供に役立つ病気の治療法」となると、コーヴィッド-19(COVID-19)である。
世界の研究界はコーヴィッド-19(COVID-19)の集団感染に力を合わせて対応した。
「その際、患者の命を救う解決策を急いで見つけ、その研究成果を共有しようとし、誇大宣伝と誤情報が急増した。研究結果を早く得るようにと強いプレッシャーがあった。科学的な妥当性、新証拠の提示、社会的価値も加わり、結果はねじれ、誇大宣伝が起こった」、とコールフィールド教授は指摘した。
2020年3月、抗マラリア薬のヒドロキシクロロキン(hydroxychloroquine)と抗生物質のアジスロマイシン(azithromycin)がコーヴィッド-19(COVID-19)感染症の治療に有効だという「International Journal of Antioxidant Agents」論文が発表された。 → Hydroxychloroquine and azithromycin as a treatment of COVID-19: results of an open-label non-randomized clinical trial
著者のディディエ・ラウル(Didier Raoult)は、コーヴィッド-19(COVID-19)患者の治療薬としてこれらの薬を推奨した。 → 「ズサン」:ディディエ・ラウル(Didier Raoult)(フランス) | 白楽の研究者倫理
この論文はすぐにそして大きくメディアの注目を集めた。
しかし、科学界の多くは、この研究の設計は不十分で、その結論は深刻な欠陥があると批判した。 → ①:Review of: “Hydroxychloroquine and azithromycin as a treatment of COVID-19: results of an open-label non-randomized clinical trial Gautret et al 2010 、②:Producing and using timely comparative evidence on drugs: lessons from clinical trials for covid-19 | The BMJ
コーヴィッド-19(COVID-19)患者の治療に有効だという証拠が不足しているにもかかわらず、それでも、効果的な治療法として多数の研究者が抗マラリア薬を研究する大きな動きが起こった。
ニューヨークのアルバートアインスタイン医科大学(Albert Einstein College of Medicine)の心臓専門医であるニコラオス・フランゴギアニス教授(Nikolaos Frangogiannis、写真出典)は、問題は一言では言い表せないほど深刻だと前置きしながら、次のように指摘した。
「緊急に新発見を伝えるために、査読を短縮したが、研究者は研究結果を過度に都合よく解釈する傾向があった」。
●《4》誤報の問題
フランゴギアニス教授は、「2020年7月のJAMA心臓病学」論文の問題点を指摘した。その論文は、コーヴィッド-19(COVID-19)感染症から回復した100人の患者の心臓MRIスキャンを分析した論文だった。 → Outcomes of Cardiovascular Magnetic Resonance Imaging in Patients Recently Recovered From Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) | Cardiology | JAMA Cardiology | JAMA Network
論文は、回復した患者の78%が心臓の異常を示した。それで、コーヴィッド-19(COVID-19)に感染すると「進行中の心筋炎」(心臓の炎症)を引き起こすと述べていた。
メディアはこの研究結果を劇的な見出しの記事にした。
例えば、、「コーヴィッド-19(COVID-19)は心臓に「壊滅的なダメージ」を与える」(BBCサイエンス・フォーカス)。 → Coronavirus may have ‘devastating impact’ on the heart – BBC Science Focus Magazine
また、「コーヴィッド-19(COVID-19)は患者の75%に心臓発作と同じダメージを与える」(サン紙)。 → Coronavirus could cause ‘SAME damage as a heart attack in 75% of patients’
しかし、フランゴギアニス教授は、論文を丁寧に検討した結果、多くの患者は「進行中の心筋炎」(心臓の炎症)の指標がわずかに増加しているが、結果を裏付けるほどデータはチャンとしていないと、「2020年10月のEuropean HeartJournal」論文で、批判した。 → significance of COVID-19-associated myocardial injury: how overinterpretation of scientific findings can fuel media sensationalism and spread misinformation
「科学的発見を一般大衆に伝える時、過度な解釈をして伝えると、往々にして、誤った情報を伝えることになります。その結果、ただ単に恐怖を過大に煽ることになる。また、有効とは思えない治療戦略に多くの資源・時間・熱意を向けてしまうことにもなる」、とフランゴギアニス教授は懸念する。
●6.【白楽の感想】
《1》日本には「進歩」がない
扇情的な科学用語ではないけれど、日本人は日本語を軽視し過ぎる。日本人自身が日本の文化を破壊している。
以下、網羅的な議論ではないし、論理立てた議論でもない。感じた点を少し示す。
本来、「進歩」というべき前進を、日本のいろいろなメディアで、日本人は「進化」という。
白楽は、いちいち気になる。頭に中で、「それは、進化じゃなくて進歩だよ」と言っている。
他にも、いろいろある。
お茶の水女子大学・教授時代、研究室の論文セミナーで、院生に「質問ありますか?」と聞くと、院生が「大丈夫です」と答えた。一度ではない、何度も普通に、そう答えた。
「大丈夫です」は、白楽には、違和感がかなり強かった。「大丈夫です」と言われるたびに、「大丈夫かどうか、聞いていない。質問があるかないかを聞いている。だから、「ある」なら質問する。なければ「ありません」、と答えるのが当然だろう。大丈夫ですって、何が大丈夫なんだ? 先生は大丈夫じゃないぞ!」と思った。なお、院生にこの内心の違和感を言っていない。
他にも挙げると、どうして、AとBの「関係性」なんだ。単にAとBの「関係」だろう。「性」は不要だ。どうしてつけるんだ。
そして、白楽、もう、降参です。
東京都知事が率先して日本語を破壊し混乱させている。「東京アラート」、「パンデミック」、「クラスター」、「ステイホーム」。これは一体なんですか?
言葉は文化の根幹である。日本語をないがしろにする日本の政治家・文化人は根幹の部分で間違っている。日本文化の継承は、日本の政治家・文化人の大きな仕事の1つでしょうに。どうして、日本文化を壊すのだろう。
「熱中症アラートの警報がでました」なんておかしくないかい。
もちろん、白楽が最初に気がついたわけではありません。今まで批判する人はそれなりにいました。
- 1990年の小林宏行(岡山理科大学.)の論文:マスコミに氾濫する〈カタカナ言葉〉
- 2013年10月6日の「せつほの偶感」ブログ記事:カタカナ語の氾濫にお手上げ、(保存版)
白楽も造語しているが、従来の日本語にはない概念を表現するためで、これは、学者の仕事の1つである。その際、なるべく漢字表記している。例えば、「オーサーシップ」ではわかりにくいので「著者在順」とした。
かつて、研究倫理の講演したり、相談を受けたりした時、某大学の担当者が「コンプライアンス」がどうのこうのというから、「それ、日本語でなんて言うのですか?」と聞いた。すると、答えられない。
どうして、最初から「法令遵守」って言葉を使わないのだろう。この担当者、法令を遵守していない印象をうけた。
しかし、白楽も最初から「リ-サーチ・エシックスに関するプロブレムは・・・」と、相手に合わせるべきだったんですかね。「ルー大柴」流に「Togetherしようぜ!」と。
《2》科学ジャーナリトでモデル
この記事の著者・ジェマ・コンロイ(Gemma Conroy)はフリーランスの科学ジャーナリストで、そして、モデルである。
なんか、両立しないような業種だが、両立するんですね。
以下の写真、コンロイのモデルのサイトから一枚拝借した。著者であるコンロイを理解することにつながると考え、アイキャッチ画像に使用した。出典:Modelling – Gemma Conroy
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●8.【コメント】
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