7-147 米国・研究公正局の規則改訂:その5、大学が反対

2024年5月20日掲載

白楽の意図:研究公正局の規則改訂案に大学が反対している状況をキャスリン・パーマー(Kathryn Palmer)が解説した「2024年4月のInside Higher Ed」論文。ネカト調査の監視を研究公正局が強化したい理由は、ガンセイラス名誉教授の指摘・「大学はかつて信頼できたが、現在は、信頼できない」が的を得ている。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
3.パーマーの「2024年4月のInside Higher Ed」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

★日本語ではないけど。研究公正局の規則改訂案:「2023年10月の連邦官報」

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1‐5‐3 米国・研究公正局(ORI、Office of Research Integrity) | 白楽の研究者倫理

7-121 米国の研究不正規則の改訂 | 白楽の研究者倫理

7-139 米国・研究公正局の規則改訂:その1 | 白楽の研究者倫理

7-141 米国・研究公正局の規則改訂:その2、賛否両論 | 白楽の研究者倫理

7-142 米国・研究公正局の規則改訂:その3、ボスの責任 | 白楽の研究者倫理

7-143 米国・研究公正局の規則改訂:その4、情報開示 | 白楽の研究者倫理

●3.【パーマーの「2024年4月のInside Higher Ed」論文】

★読んだ論文

●【論文内容】

1.はじめに

第1節(以下)はココと同じ。再掲した → 7-143 米国・研究公正局の規則改訂:その4、情報開示 | 白楽の研究者倫理

米国の医学研究・生命科学研究は、NIHの研究助成に大きく支えられている。NIHは健康福祉省 (HHS:Department of Health and Human Services )傘下の公衆衛生庁(Public Health Service (PHS))の下部組織である。

大学、研究所、大学付属病院、医科大学院、病院、医療システム(本記事ではまとめて「大学」と表記した)など、生命科学と医学を研究している大学の研究活動は、公衆衛生庁の資金に支えられている。

NIHから研究助成を受ける(た)研究にネカト疑惑があれば、研究公正局(Office of Research Integrity (ORI))が対処することになっている。

科学庁(NSF)など他の連邦研究機関では、不正行為の調査は、省庁内の独立した監視機関である監査総監室(NSF、OIG:Office of Inspector General)が対処している。

研究公正局の現行規則は2005年に制定された連邦規則(Code of Federal Regulations)「42 CFR parts 93」である。

不愉快なことだが、米国の学術界のデータねつ造・改ざんなど(研究上の不正行為)の告発数は増えている。もちろん、問題は規則だけではないが、2005年の規則に欠陥がある、あるいは対応に不十分だったために研究上の不正行為を防止できていなかった、と解釈することもできる。

それで、2022年8月29日、研究公正局は、2005年以来更新されていない研究不正規則の改訂に動き出した。 → 7-121 米国の研究不正規則の改訂 | 白楽の研究者倫理

1年2か月後の2023年10月5日、規則改訂の変更案を公表した。この案には、研究機関のネカト対処に大きな影響を与える変更も含まれている。

研究公正局(ORI)のシーラ・ギャリティ局長(Sheila Garrity、写真出典)は、改訂案は、ネカト調査で疑惑者の無罪・有罪の判断を明確にできるようにし、「透明性、効率性、公平性(transparency, efficiency, and equity)」を向上することが目標だと述べている。

2023年10月6日、研究公正局は、これらの変更案を含む「規則制定案通知(NPRM)」(Notice of proposed rulemaking (NPRM))を発行した。コメントの締め切りは2024年1月4日。 → 規則制定案通知(NPRM)

2. 反対

研究公正局(ORI)の変更案では、研究公正局が大学、研究所、大学付属病院、医科大学院、病院、医療システム(本記事ではまとめて「大学」と表記した)の研究不正調査をより詳細に監視できるようになっている。

多くの大学管理者たちはこの変更案に反対している。

反対の理由は、大学の負担が大きくなるからだ。負担が大きいと、大学は研究不正疑惑を研究公正局に通知しなくなるかもしれない。

「変更案では、研究公正局(ORI)と大学が別々の調査をする。そうなると、必然的に不正基準が異なるようになる」と、政府関係評議会(COGR:Council on Governmental Relations、主要な研究大学を代表する組織)はパブリックコメントで意見を表明している。

「変更案は、ネカト調査での適切な裁量権を大学に与えるのではなく、研究公正局(ORI)の調査基準に沿った調査をするよう要請した案である。大学に費用を負担させて、研究公正局(ORI)の調査基準に合う調査を要求しているわけです」、と政府関係評議会(COGR)は批判した。・・・[白楽の感想:国として統一している方がいいので、研究公正局(ORI)の調査基準に合う調査を要求するのは、当然の気がしました]

政府関係評議会(COGR)の意見は研究公正局(ORI)に提出された約200件のパブリックコメントの1つで、変更案に懸念を表明した他の組織には、メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)、アメリカ大学協会(AAU: Association of American Universities)、公立大学・ランドグラント大学協会(APLU:Association of Public Land Grant Universities)などがある。
 → パブリックコメント全199件:Regulations.gov
 → 政府関係評議会(COGR)の14件のコメント:Regulations.gov

公立大学・ランドグラント大学協会(APLU)は、「変更案は強制力が強く、かつ、高度に構造化した調査を求めているが、これは、ネカト疑惑者と共同研究者の評判を損なうリスクがある。その上、調査費用は劇的に増加する」とコメントしている。

改正案は、具体的な調査スケジュールの作成、ネカト疑惑者尋問の録音と文書化、証人面談の録音と文書化、調査に関連するすべての文書の提出、これらを大学に義務付けている。

また、研究公正局(ORI)には、大学が行なった調査結果と大学の措置結果を公表する権限が与えられる。

一部の反対派は、これらの変更が意図しない結果をもたらす可能性があると指摘した。

例えば、記録の義務化は、研究不正疑惑を報告するのをためらわせるだろうと、ノースウェスタン大学(Northwestern University)の研究公正官で、研究公正官協会(Association of Research Integrity Officers)の会長であるローラン・クアルケンブッシュ(Lauran Qualkenbush、写真出典)は述べ、変更案に対する懸念をパブリックコメントした。

「私たちは、可能な限り匿名性を守ることに気を配らなければなりません。指導教員のネカト疑惑を表明した院生のことを考えてみてください。私たちは、この状況を管理するには、基本として、慎重で柔軟な対処が必要です。規則が強力なのは望ましいが、あまりにも硬直的だと、ネカト疑惑の対処に、大きな支障が生じます」とクアルケンブッシュは指摘した。

3. 健康福祉省(HHS)の反応

研究公正局(ORI)の現行の規則は、2005年に更新した規則である。

それ以来、「研究公正局(ORI)は、研究不正行為のあらゆる側面を扱い、豊富な経験を積んできました」と、健康福祉省(HHS)のジョヤ・パテル広報官(Joya Patel、写真出典)は電子メールで述べた。

パテル広報官は、「今回の変更案は、2005年当時は予測できなかった研究界のダイナミックな変化に対処することと、現行の規制を解釈する際に長年にわたって提起されていた懸念に対応することを目的としています。そして、いかなる変更も、期間中に寄せられたコメントを考慮します」と答えた。

4.対策の強化は必要

ハーバード大学やスタンフォード大学でのここ数年のネカト事件が含め、過去20年間にわたり、かなり多くの研究不正事件が新聞の見出しを飾り、国民からの注目を集めてきた。

研究公正局(ORI)のデータでは、研究不正事件の頻度は研究者10,000人あたり1件以下である。・・・[白楽注:研究公正局がクロと認定した事件は公衆衛生庁(Public Health Service (PHS))関係に限られ、その数は、報道されているネカト事件の1割程度(推測)なので、実際の事件はもっと多い]

その上、研究者の不審な行為が常に通報されているわけではない。むしろ、通報率はかなり低い。それで、実際の研究不正「行為」数はかなり多いと思われる。

2022年のシュプリンガー・ネイチャー誌の論文では、「研究を欺く不正行為は、予見されていたよりも、もっと多いだろう」と述べている。 → Deceiving scientific research, misconduct events are possibly a more common practice than foreseen – PMC

2021年のオランダの調査は、研究不正の調査としては最大規模で、画期的だと広く受け入れられている。調査した6,800人のオランダ人研究者の半数が、うさん臭い研究行為をしていた。そして、12人に1人が、研究結果をねつ造・改ざんしたと回答した。 → 7-79 研究者の51%がクログレイ、8%がねつ造・改ざんしていた | 白楽の研究者倫理

研究公正局(ORI)によると、研究不正行為の3つである「ねつ造、改ざん、盗用」の影響は広範囲に及び、「国民の健康と安全を害し、公的資金を浪費し、研究プロセスの公正さを損ない、研究記録を歪める可能性がある」とのことだ。「論文を撤回することで科学的記録を修正しても、ねつ造、改ざん、盗用の影響は広範囲に及び、元に戻すのが難しい」とのことだ。

サイエンス誌のホールデン・ソープ編集長(Holden Thorp、写真出典)は、研究不正調査の透明性を高めることで、欠陥のある論文(faulty paper)に苦しむ学術出版をもっと支援できる、と述べている。

「学術誌は研究不正の最前線にいます。論文の撤回や訂正に対処しなければならないのは私たちであって、大学ではありません。大学は曖昧な声明を送り続けますが、その間、私たちはメディア記者やネカトハンターに、なぜ論文を撤回しないのかと糾弾されています。大学は私に答えを与えてくれません」とソープ編集長は述べた。

5.大学を信頼できない

従来、大学が公表していなかったネカト調査報告書を、変更案では、研究公正局が公表する。

研究公正局は、この改訂で、ネカト調査で大学の隠蔽と調査不正を排除し、透明性を高めることを意図している。その結果、研究に対する国民の信頼を高め、研究論文・研究文書の訂正・修正がより早くなることを期待している。

研究公正の専門家でイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(University of Illinois Urbana-Champaign)のシーケー・ガンセイラス名誉教授(C.K. Gunsalus、写真出典)は、「良いことだ」と変更案を支持している。

1990年頃に研究公正局(ORI)が最初のルールを制定した時と、現在の大学、そして現在の研究不正の状況は明らかに異なっている。

「研究不正への対処問題を扱い始めた1990年頃、私たち全員、大学を信頼していました。研究不正は特定の人だけの問題でかつ機密性が高いので、大学自身が解決するという施策で始まりした。しかし、当時信頼していた大学は、現在、残念ながら、信頼を失っています(We no longer have the trust in institutions )」と、現在の大学の取り組みを批判した。

研究不正問題に長年携わってきた経験から、ガンセイラスは、大学の調査プロセスの透明性向上を支持するようになってきたと述べた。

「大学が自分の大学に所属する院生・教員のネカト調査をするのは、根本的に利益相反行為です。[従って、大学はネカトを隠蔽、さらには調査不正をするのです]。とはいえ、大学はネカト調査で良い評価も受けます。まともなネカト調査をし、その報告書を公表することで、大学は研究公正規律と説明責任を果たす『良い仕事(good job)』したと褒められるのです」と彼女は述べた。

しかし、変更案にこれほど強い反対が寄せられているのを受け、ガンセイラスは、変更案が承認される可能性は低いと述べた。

「しかし、それは私たちに不利益をもたらすと思います」と付け加えた。

●7.【白楽の感想】

《1》大学が信頼できない

ネカト対処での根本問題の1つは、米国でも、ほとんどだれも指摘しないが「大学の変質」にある。

それをシーケー・ガンセイラス名誉教授(C.K. Gunsalus)がようやく指摘した。

研究公正局が設立された1990年頃、大学は、ネカト行為に誠実に対応していた。

それ以前の米国の大学のネカト調査を読めばわかるように、大学も研究者も誠実に調査し、ネカトを強く糾弾した。

もちろん、その現場では、嘘、もみ消し活動、怠惰、脅迫などの人間的なドラマが展開されたが、最終的に「正義は勝っていた」。例えば → ヴィジェイ・ソーマン(Vijay Soman)、フィリップ・フェリッグ(Philip Felig)(米)更新 | 白楽の研究者倫理

昔のネカト調査プロセスを読むと、ネカトはあってはならないという大学と研究者の強い意志を感じる。新聞メディアの追求と批判にも気迫がこもっていた。

ところが、いつのまにか、気骨のある大学運営者・教授は激減した。

大多数の大学はネカトを隠蔽・軽視し、「正義は負け、悪がはびこる」ようになってしまった。

大学・教授に兼業が認められ、研究を金儲けの道具にできるように制度を変えたことによる副作用だと思われる。研究者の意識が「真理の追求」から「金・地位の追求」に変わってきた。

それで、大学(つまり、大学運営者と教授)は「金・地位の追求」に邪魔なネカト問題を、「隠蔽・軽視」するようになった。

はっきり言って、ガンセイラス名誉教授の指摘・「当時信頼していた大学は、現在、残念ながら、信頼を失っています(We no longer have the trust in institutions )」ということだ。

ただ、研究公正局は連邦政府機関なので「大学を信頼できない」とは公式にも非公式にも言えない。しかし、変更案で、大学のネカト調査の透明性と厳格化を盛り込んだ意味は、「大学を信頼できない」ということだ。

この視点で日本を考えると、日本は、米国よりも、「大学を信頼できない」度合いは深く、かつ、長く続いている。

「隠蔽・軽視」の例を1つ示すと、2024年3月29日、日本大学は法学部教員の盗用を発表しているが、その発表はわずか3行で、盗用の内容は全くわからない。以下出典 → 2024年3月29日:本学教員による論文の盗用について

白楽は唖然とした。盗用者は誰で、盗用した論文、盗用された論文はわからない。誰がどのように調査したのかもわからない。つまり、内容は全くわからない。

文末に「今後は社会に対する信頼を損なうことのないよう、再発防止に努めて参ります」とあるが、どう努めるのかも、わからない。

これでは、さらに信頼を失うだろうなあ、と感じた次第である。

そして、コマッタことに、それらを何とか改善しようという動きは、大学の内部からも、外部からも、日本のどこからも、(ほとんど)聞こえてこない。

日本大学は特に大学改革が注目されているのにである。そして、林真理子・理事長は次のような声明を出しているのに、ネカト事件の不透明さは全国の大学の中でも突出している。「言っていること」と真逆である。

私は、もし何か問題が発生すれば、本法人はそれを自らの力で解決するという、透明で自浄作用をもった組織でなければならないと考えております。 → 2024年4月26日の林真理子・理事長:新生日大の決意と現状報告―新体制下での再出発にあたって―

《2》どうなるのでしょう? 

2023年に提案された研究公正局の改革案に多くの大学が反対している。

これは、本論文で指摘された理由もあるが、白楽が思うに、別の視点から考えれば、ある意味当然である。

研究公正局は、ネカトを防止するのが目的の機関である。だから、ネカト調査をシッカリ行ない、調査結果を公表することでネカト問題の原因・状況を把握し、同時に、ネカト処罰をもっと強化したい。それらのことで、米国のネカト行為を減らしたい。

他方、大学の目的は、教育と研究である。教育と研究を遂行する組織であって、その機能・人員・予算しかないのに、近年、やたらとネカト調査を要求されるようになった。ネカト調査は、本来、大学の業務ではなかった。

それが、ある時から、大学は、ネカト関連の業務に少なくとも1人の教員を研究公正官に任命しなければならない。ネカト教育も義務化された。告発されれば、1件のネカト調査に数千万円のコストがかかる。おまけに、自分の大学の院生・教員がクロと認定されれば、研究費の返還、大学の評判の下落、寄付金の減少、などなど、マイナス面が大きい。

だから、大学はネカト対策にこれ以上、ヒト・モノ・カネをかけたくない。反対意見を読むと、大学はネカト防止をする気がないと思えるほどである。

シーケー・ガンセイラス(C.K. Gunsalus)が指摘するように「大学が自分の大学に所属する院生・教員のネカト調査をするのは、根本的に利益相反行為です」。ここが本質的に重要である。

ここを変えないと、事態は前進しない。つまり、大学がネカト調査する仕組みそのものが間違っている。無理がある。だから、大学とは独立した組織、大学より強い組織がネカト調査をしなければ、いつまでたってもネカト行為は減らない。多額の税金が無駄に捨てられ続ける。

白楽は、麻薬取締部と似たような捜査権を持つネカト取締部を設立することだと思う。 → 参考:2022年3月18日の毎日新聞、2024年3月21日の読売新聞ヤフーニュース、2024年4月9日の朝日新聞その1その2

研究公正局の変更案は2024年の夏に決まるようだが、どうなるのでしょう?

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●9.【コメント】

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