物理学:バルワン・ラージプット(Balwant Singh Rajput)(インド)

2017年8月10日掲載。

ワンポイント:クマウン大学のラージプット学長(男性)の「2002年のEurophysics Letters」論文が出版半年後の2002年9月(58歳?)、同じ大学の女性教授に盗用と指摘された。被盗用者は米国のスタンフォード大学の物理学・教授で、スタンフォード大学・物理学の7人の著名教授(3人のノーベル物理学賞受賞者を含む)がインド大統領に調査を依頼する手紙を書いた。インド大統領は調査を命じ、調査の結果、盗用が認定され、ラージプット学長は学長職を辞任した。2002年の事件だが、比較的多くの情報がウェブに残されている。損害額の総額(推定)は学長のネカト事件だから100億円(あてずっぽう)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

バルワン・ラージプット(Balwant Singh Rajput、写真出典)は、インドのクマウン大学(Kumaun University)・学長(Vice-Chancellor、VC)で、専門は物理学(理論物理学)だった。

2017年8月9日現在(73歳?)、350報の研究論文と4冊の本を出版している(出典:linkedin)。事件当時、既に30人以上の博士を育成していた。

同じ大学のカビータ・パンディ教授(Kavita Pandey、女性)が、以前からラージプット学長の盗用を指摘していた。

2002年6月(58歳?)、パンディ教授が、ラージプット学長の「2002年のEurophysics Letters」論文の盗用を公表した。

2002年9月(58歳?)、著名なインドの物理学者・アショク・セン(Ahoke Sen)ら44人の物理学者がウェブサイト「物理学盗用警報(Physics Plagiarism Alert)」でラージプット学長の「2002年のEurophysics Letters」論文の盗用を指弾した。

この事件は学長のネカト事件でインドでは有名な事件である。しかし、日本語の紹介記事は1つも見つからなかった。

なお、クマウン大学(Kumaun University)は、インド北部の山の多いウッタラーカンド州に1973年に設立された州立大学で、キャンパスは人口4万人の町・ナイニタール(Nainital)など3つの町に分散している。

「4icu.org」の大学ランキング(信頼度は?)でインド第400位の大学である(Top Universities in India | 2017 Indian University Ranking)。大学の学術レベルは高いとは思えない。

インドのクマウン大学(Kumaun University)のナイニタール・キャンパス。写真出典

インドのクマウン大学(Kumaun University)。本部棟(?)。写真出典

  • 国:インド
  • 成長国:インド
  • 研究博士号(PhD)取得:インドのアグラ大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1944年1月1日生まれとする。1971年の研究博士号(PhD)取得時を27歳とした
  • 現在の年齢:73 歳?
  • 分野:物理学(理論物理学)
  • 最初の不正論文発表:不明。1990年?(46歳?)
  • 発覚年:2002年(58歳?)
  • 発覚時地位:クマウン大学・学長
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は同じ大学のカビータ・パンディ教授(Kavita Pandey、女性)。決定的にはアショク・セン(Ahoke Sen)のウェブサイト「物理学盗用警報(Physics Plagiarism Alert)」での公表
  • ステップ2(メディア):①ウェブサイト「物理学盗用警報(Physics Plagiarism Alert)」。② インドの多数の新聞・テレビ
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①44人インド人物理学者の調査委員会のウェブサイト「物理学盗用警報(Physics Plagiarism Alert)」。②3人のノーベル賞受賞者を含む7人のスタンフォード大学・物理学教授がインドのアブドゥル・カラーム大統領へ送付した手紙。③ウッタラーカンド州知事が任命した調査委員会
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あった(リンク切れ)
  • 不正:盗用。実際は弟子の院生が行なった
  • 不正論文数:4報
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 損害額:総額(推定)は100億円(あてずっぽう)。学長の大ネカト事件なので
  • 結末:学長は辞職。教授職はキープ

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に1944年1月1日生まれとする。1971年の研究博士号(PhD)取得時を27歳とした
  • 1968 – 1971年(24 – 27歳?):インドのアグラ大学(Agra University)で研究博士号(PhD)を取得
  • 1980年10月(36歳?):インドのクマウン大学(Kumaun University)・教員
  • xxxx年(xx歳):同・学長(Vice-Chancellor、VC)
  • 2002年9月(58歳?):不正研究が発覚する
  • 2003 年2月7日(59歳?):クマウン大学・学長を辞任し、物理学科・教授になる
  • 20xx年(xx歳):クマウン大学・教授を辞職

●3.【動画】

【動画】
事件ニュースとは無関係。スピーチ:「クマウン大学のラージプット前学長がGNIOT祭りで主賓のスピーチ(EX VC Kumaun University BS Rajput at GNIOT Fest as Chief Guest) 」(英語)17分37秒
TEN NEWSが2017/03/31 に公開
以下のリンクが切れた時 → 保存版

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★物理学者たちの抗議

クマウン大学(Kumaun University)・物理学科長のカビータ・パンディ教授(Kavita Pandey、女性)は、何年にも渡って、バルワン・ラージプットが論文を盗用していると訴えていた。

例えば、バルワン・ラージプットは、1990年に出版した論文「Supersymmetry at Finite Temperature」を数年後、「Supersymmetry Breaking at Finite Temperature」と表題を少し変えて出版した。また、同じ論文を今度は「Supersymmetry Restoration at Finite Temperature」と表題を少し変えて、出版したと指摘した。(白楽注:下線は加えた単語で白楽が引いた)

2002年6月(58歳?)、カビータ・パンディ教授は、ラージプット学長が2002年3月に出版した「2002年のEurophysics Letters」論文の盗用は明白だと公表した。

2002年9月10日(58歳?)、著名なインドの物理学者で王立協会(FRS)のフェローのアショク・セン(Ahoke Sen、写真出典)が動き出し、インド人の物理学者とともにラージプット学長の論文盗用を詳細に分析し、盗用追及のためにウェブサイト「物理学盗用警報(Physics Plagiarism Alert)」を立ち上げた。

44人の有力なインド人物理学者がこのウェブサイに賛同し、サインしている。

この「物理学盗用警報(Physics Plagiarism Alert)」サイトが、2002年3月に出版したラージプット学長の「2002年のEurophysics Letters」論文が盗用だと決定的に知らしめることになった。

盗用論文は「2002年のEurophysics Letters」論文で、第一著者はスレッシュ・ジョシ(S.C. Joshi、Suresh Chandra Joshi)である。

  • Axion-dilaton black holes with SL(2,Z) symmetry through APT-FGP model
    S.C. Joshi and B.S. Rajput
    Europhysics Letters, Vol. 57 No. 5
    Date of publication: 1 March 2002

被盗用論文は6年前の「1996年のPhysical Review」論文で、単著の著者はウクライナ生まれで米国のスタンフォード大学・教授になったレナータ・カロシュ(Renata Kallosh、写真出典)である。

  • Superpotential from black holes
    Renata Kallosh
    Physical Review D, Vol 54, No. 8
    Date of publication: 15 October 1996

盗用分析すると、ほぼ丸写しの盗用論文だったとある。盗用分析図はかつてインターネット上に公表されていたらしいが、2017年8月9日現在、リンクが切れている。白楽は盗用分析図を確かめていない。

パンディ教授の盗用調査団はすぐに、ラージプット学長の他の3論文の盗用も発見した。

ラージプット学長の盗用事件インドの多数のメディアが報道した(以下)。

★ラージプット学長の反撃

ラージプット学長は、「2002年のEurophysics Letters」論文は、第一著者で弟子の博士院生であるスレッシュ・ジョシ(Suresh Chandra Joshi)が自分に無断で発表した論文だと弁明し、ウェブサイト「物理学盗用警報(Physics Plagiarism Alert)」に対して法的措置を取ると脅かした。

しかし、44人の有力なインド人物理学者がこのウェブサイト「物理学盗用警報(Physics Plagiarism Alert)」を支持していることを知るに及んで、法的措置を取らなかったと思われる。

とはいえ、論文盗用を最初に告発した自分の大学の物理学科長のカビータ・パンディ教授(Kavita Pandey)を、ラージプット学長は「学内に騒動を引き起こした」という理由で、停職処分に科した。コクハラである。処分日は、ウェブサイト「物理学盗用警報(Physics Plagiarism Alert)」が公表される前日の2002年9月9日だった。
→ 2002年10月5日、「Indian Express」記事(保存済):Kumaon prof says she blew plagiarism whistle on V-C, so he suspended her

なお、2002年9月の停職処分は短期間で、処分後間もなくクマウン大学・物理学科長に復帰したと思われる。

パンディ教授の経歴を探ると、パンディ教授は1942年頃に生まれ、1971年12月にクマウン大学・物理学科教員になっている。ラージプット学長と同じアグラ大学・物理学科出身で、同学年または1~2年先輩だと思われる。学生・院生の頃からの知り合いで、お互い性格や気質を知り尽くしている間柄と思われる。

★スタンフォード大学7人衆のインド大統領への直訴

2002年10月11日(58歳?)、スティーブン・チュー(Steven Chu)、ロバート・ラフリン(Robert B. Laughlin)、
ダグラス・オシェロフ(Douglas D. Osheroff)の3人のノーベル賞受賞者を含む7人のスタンフォード大学・物理学教授が、インドのアブドゥル・カラーム大統領(Abdul Kalam)に、ラージプット学長の盗用問題についての調査を依頼する手紙を送付した。
→ https://web.stanford.edu/dept/physics/publications/PDFfiles/india.pdf

なぜスタンフォード大学かと言えば、被盗用論文著者のレナータ・カロシュ(Renata Kallosh)はスタンフォード大学・物理学教授だったからである。

手紙の本文を省略するが、以下に示すように7人のスタンフォード大学・物理学教授(3人のノーベル賞受賞者を含む)が手紙にサインしている。被盗用論文著者のレナータ・カロシュ(Renata Kallosh)も、7人の最後に署名している。

★調査委員会の盗用認定とラージプット学長の辞任

インド大統領は、このような非難を受け、クマオン大学の儀礼的学長(chancellor)であるウッタラーカンド州知事(Governor of Uttarakhand)に、この事件の調査を依頼した。

2003 年2月4日(59歳?)、5人の委員からなる調査委員会が調査し、ラージプット学長が盗用したと認定した。
→ 2003 年2月4日記事:Probe panel upholds plagiarism charges against Kumaon V-C

2003 年2月6日(59歳?)、ラージプット学長(写真出典)は自分が盗用したのではなく、第一著者の弟子の博士院生が盗用したのだと弁明した。しかし、調査委員会の報告を受け、学長を辞任した。
→ 2003 年2月7日記事:The Hindu : Kumaon University V-C resigns

●6.【論文数と撤回論文】

事件は2002年と古いので、論文数と撤回論文を調べていない。

ただし、2017年8月9日現在、バルワン・ラージプットは、350報の研究論文と4冊の本を出版したと述べている(出典:linkedin)。

●7.【白楽の感想】

《1》保存よし

15年前の2002年の事件なのに、インターネット上の新聞記事がよく保存されている。カンシン、カンシン。

《2》学長の不正

ラージプット事件は学長の盗用事件である。解決に、インド大統領が動いた。

学長の事件は、所属教授が告発しても、学長は自分に都合の良い命令をし、コクハラ(告発教授をハラスメント)する。事件はドロヌマ化した政治抗争になり、長期化し、解決しないことが多い。日本の東北大学、岡山大学、琉球大学の学長のネカト事件ではいずれも同様である。

ラージプット事件から日本が学ぶ点は、日本の総理大臣あるいは文部科学大臣が解決に乗り出し、学長を罷免することだ。

《3》ノーベル賞受賞者

外国のネカト事件の対処で立派だと感じることは、上記のように大統領などが解決に動くことだ。

と同時に、ラージプット事件でみたようにノーベル賞受賞者も問題の解決に動いたことだ。ラージプット事件から日本が学ぶ点は、日本のノーベル賞受賞者も社会正義のために力を発揮すべきということだ。かつて湯川秀樹はそうだった。益川敏英もエライと思う。しかし、大多数は・・・。

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●8.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Scientific plagiarism in India – Wikipedia
② 2002年秋、R・ラマチャンドラン(R. Ramachandran)の「Frontlien」記事Volume 19 – Issue 22, October 26 – November 08, 2002:The physics of plagiarism、(保存版
③ ウェブサイト:Physics Plagiarism Alert(保存済)
④ 2016年7月7日のマリカ・ナワール(Mallika Nawal)記者の「Swarajyamag」記事:The Prodigal Scientists、(保存不可
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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