2016年6月29日改訂。
ワンポイント:外国の大学・研究機関・研究倫理研究者が示す研究クログレイの定義と具体的行為、および、日本の見解
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.序論
2.米国の科学アカデミーの定義と具体的行為
3.米国のミシガン州立大学の定義
4.日本学術会議・科学倫理検討委員会が示す具体的行為
5.生命科学:米国のステネック(NH. Steneck)の見解
6.生命科学:ベルギーのフランダース・バイオテクノロジー研究所の見解
7.生命科学:米国のデイビッド・レスニック(David Resnik)の見解
8.生命科学:米国のド・フリース(de Vries)らの見解
9.生命科学:米国のマーチンソン(BC Martinson)らの見解
10.心理学:米国のレスリー・ジョン(Leslie K. John)らの見解
11.経済学・経営学:コーセラの講義、オランダのショルテン(Annemarie Scholten)の見解
12.白楽の感想
13.主要情報源
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●1.【序論】
1992年、米国科学アカデミー(National Academy of Sciences、NASと略す)は、「研究に関連した不正、研究上での不正」を3つのカテゴリーに分類した(Responsible Science. Ensuring the Integrity of the Research Process, Volume I. Washington, DC: National Academy Press. 1992)。
- カテゴリー1:「研究ネカト (research misconduct)」=「ねつ造」「改ざん」「盗用」
- カテゴリー2:「研究クログレイ(QRP,Questionable research practice)」。研究記録不備やギフトオーサーシップ
- カテゴリー3:「研究違法行為」。研究実施に伴う法律違反行為。例えば、セクハラ、研究費不正、重過失、研究器物破壊、法・条例違反
カテゴリー1、2、3や、「研究ネカト (research misconduct)」=「ねつ造」「改ざん」「盗用」であることは、「1‐1‐1.日本語の用語と英語の用語」で解説した。
研究ネカトについては、本ブログのあちこちで言及している。
ここでは、カテゴリー2の「研究クログレイ(QRP,Questionable research practice)=問題ある研究行動」を中心に扱う。
研究クログレイは、「ねつ造」「改ざん」「盗用」以外の、「してはいけない」行為なのだが、研究者(研究倫理学者以外も含む)や分野によって、「クロ」(黒)の不正行為と断定する人と、「不正」とは断定できないグレイ(灰色)な研究行為だとする人に分かれた行為である。
結局、全体的にまとめれば、「不適切だが、当面、不正ではない」とした。
従って、どのような研究行為が研究クログレイに該当するかは、研究者や分野によって異なる。
ここでは、大学・研究所や著名な数人の研究倫理学者はどのような行為を研究クログレイに該当すると考えているの、全体を俯瞰する。
なお、研究クログレイの具体的な項目の解説は、「4. 研究クログレイ」の各論で解説する。
研究クログレイの具体例では、用語が微妙なので、いくつかは英語を併記した。
●2.【米国の科学アカデミー(National Academy of Sciences)の定義と具体的行為】
1992年、米国科学アカデミー(National Academy of Sciences、NAS)が「研究クログレイ(QRP,Questionable research practice)」を定義している(Responsible Science. Ensuring the Integrity of the Research Process, Volume I. Washington, DC: National Academy Press. 1992)。
「研究クログレイ」は、学術界の伝統的価値観に違反する研究行動で、研究実施に害を及ぼす行動である。ただ、現時点では、これらの研究行動が非常に深刻な問題だという意見の一致が得られず、行動基準を制定する合意には至らなかった。
Questionable research practices are actions that violate traditional values of the research enterprise and that may be detrimental to the research process. However, there is at present neither broad agreement as to the seriousness of these actions nor any consensus on standards for behavior in such matters.
つまり、「研究ネカト (research misconduct)」(NASカテゴリー1)と同じように、ほとんど「いけません」という言動に近いのだが、委員会で議論が収束しなかった。それで、NASカテゴリー2とした。理念的には、NASカテゴリー1との違いが曖昧である。
米国科学アカデミー(NAS)の「研究クログレイ」は7項目ある。具体的内容は以下の通りだ。
- 研究データを適正な期間保存しない Failing to retain significant research data for a reasonable period
- 研究記録の不備。極端な場合、論文や報告書に記載した結果のベースとなるデータ・研究記録をつけていない Maintaining inadequate research records, especially for results that are published or are relied on by others
- 論文の研究内容に重要な貢献をしていないのに、何々をしてあげたからと、著者に加えることを要求する Conferring or requesting authorship on the basis of a specialized service or contribution that is not significantly related to the research reported in the paper
- 発表論文の根拠となる研究試料・データへの同業研究者のアクセス・開示・配布を、妥当な理由なしに拒否する Refusing to give peers reasonable access to unique research materials or data that support published papers
- 研究成果を際立たせるために、不適切な統計処理や不適切な測定方法をする Using inappropriate statistical or other methods of measurement to enhance the significance of research findings
- 部下・訓練生の不適切な監督・指導・搾取 Inadequately supervising research subordinates or exploiting them
- 発表した研究結果の正当性を判断できる、または、再現できる充分なデータを同業研究者に示さずに、憶測結果を、事実または論文発表予定の研究成果としてマスメディアに発表する Misrepresenting speculations as fact or releasing preliminary research results, especially in the public media, without providing sufficient data to allow peers to judge the validity of the results or to reproduce the experiments.
●3.【米国のミシガン州立大学の定義】
ミシガン州立大学は、「研究クログレイ」を以下のように定義している。(Michigan State University Human Resources)、(保存版)
「研究クログレイは、研究ネカトや非許容研究行為ではないが、研究や創造活動の公正をむしばむ行為である」
“Questionable Research Practices” means practices that do not constitute Misconduct or Unacceptable Research Practices but that require attention because they could erode confidence in the integrity of Research or Creative Activities.
●4.【日本学術会議・科学倫理検討委員会が示す具体的行為】
「1‐1‐2.研究不正(Research Misconduct)」=「ねつ造」「改ざん」「盗用」=「研究ネカト」」で述べたように、日本学術会議・科学倫理検討委員会(2007年)は、「① ねつ造」、「② 改ざん」、「③ 盗用」以外に以下の8行為を「いけません」としている。
④ 不適正なオーサーシップ
⑤ 個人情報の不適切な扱い、プライパシーの侵害
⑥ 研究資金の不正使用
⑦ 論文の多重投稿
⑧ 研究成果の紹介や研究費申請における過大表現
⑨ 研究環境でのハラスメント
⑩ 研究資金提供者の圧力による、研究方法や成果の変更
⑪ 利益相反
ケチをつけて申し訳ないが、「研究不正(Research Misconduct)」=「ねつ造」「改ざん」「盗用」」で述べたように、充分深く考えもせず、バラバラと並べただけという印象を受けた。
つまり、研究クログレイに相当するのは、「④ 不適正なオーサーシップ」「⑦ 論文の多重投稿」「⑪ 利益相反」の3行為だけである。
その他は以下のようだ。
「⑤ 個人情報の不適切な扱い、プライパシーの侵害」
は、個人情報保護法の対象で違法行為である(NASカテゴリー3)。研究規範では扱わない。さらに、「個人情報の不適切な扱い」が、研究に関連している、あるいは、研究者に特に多い違法行為というデータはないし、そう推測するに足る根拠もない。
「⑥ 研究資金の不正使用」
は、研究違法行為(NASカテゴリー3)である。横領、窃盗、詐欺などの法律で規定されている。研究規範では扱わない。
「⑧ 研究成果の紹介や研究費申請における過大表現」
は、「研究クログレイ」とする人もいるが、基本的に、「改ざん」または「ねつ造」である。
「⑨ 研究環境でのハラスメント」
は、違法行為である。研究規範では扱わない。
「⑩ 研究資金提供者の圧力による、研究方法や成果の変更」
は、「研究クログレイ」とする人もいるが、「研究方法や成果の変更」(つまり、改ざん)の原因を述べているだけで問題部分は「改ざん」である。
となると、繰り返すが、「研究クログレイ」として普通に扱うのは、「④ 不適正なオーサーシップ」「⑦ 論文の多重投稿」「⑪ 利益相反」である。
●5.【生命科学:米国のステネック(NH. Steneck)の見解】
「研究規範」研究の第一人者で米国・ミシガン大学名誉教授のステネック(NH. Steneck)は、問題視される研究行動をまとめ、「研究クログレイ行為」とし、2000年、以下にリストした[文献2]。
- 不正確な記述 Accuracy
- 同業研究者の査読・審査の無能・偏向・不透明 Peer Review
- 自己修復機能の不全 Self-Correction
- オーサーシップ Authorship
- 二重出版 Duplicate Publication
- 偏向と利害相反 Bias and Conflict of Interest
2006年の論文では以下の3つに絞っている(NH. Steneck:「Fostering Integrity in Research Definitions, Current Knowledge, and Future Directions」、Science and Engineering Ethics (2006) 12, 53-74)。→「日本語解説:論文を読んで」。
1.発表不正 Misrepresentation
研究者は、正直にそして正確に彼らの研究成果を出版すべきだが、調査の結果、かなりの数の研究者はそうしていない。奨学金申請書の業績リストをチェックすると、平均で医系院生の10人に1人以上が、次のような方法で、自分の業績を過大に記載している。
▲著者の順序を変える。
▲未採択論文を印刷中論文のリストに入れる。
▲出版していない論文を出版論文リストに入れる。
同じような不正率は大学教員の業績リストでも見られるという報告がある。一般に受け入れられている医学ジャーナル編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal Editors)の「生物医学ジャーナル原稿の統一基準 Uniform Requirements for Manuscripts Submitted to Biomedical Journals」で判断すると、かなりの研究者は、著者の記載が不適切である。
▲9%~60%は、名誉著者がいる…研究に十分に寄与していないのに、地位が高いので著者に入れる。
▲ 9%~11%は、ゴースト著者がいる…研究に参加したのに著者になっていない。
別の発表不正では、論文の内容が同じだということを読者に知らせずに、同じ内容の論文をあたかも別の内容の論文であるかのように、複数回発表する(重複出版)。
重複出版の頻度は、研究分野と重複出版の規準にもよるが、数パーセントから20%以上といわれている。
いわゆるサラミ出版(論文数を増やすために、1つの実験結果をいくつかに分けて出版する)は、かなり頻繁に行われているが、調査されていないので数値は不明である。
2.不正確 Inaccuracy
研究不正では、一般に「正直な間違い」と「不注意な間違い」は不正ではないとされている。しかし、論文や報告書での間違いは重大な悪影響を及ぼす場合がある。しばしば、本当に潔白(つまり意図的ではない)かどうかも疑わしい。
研究費を確実に得なければならない圧力や、論文を出版しなければならない圧力が強い場合、研究者は、「間違えた」論文を発表する頻度が高くなる。 通常、
▲ 文献引用の間違い(citational errors)は、30%~50%またはそれ以上である。
▲ 文章引用の間違い(quotational errors)は、10%~30%である。
文献引用の間違いは、単に、読者の時間の無駄になるが、文章引用の間違いは、読者に、間違った結論をもたらす場合があるので、より深刻だ。
例えば、エイズ臨床試験の論文に、「一般開業医(プライマリ・ケアの医師)に診察してもらうことで死亡率が低下する」と記述してあったが、引用した元の文献には、「専門医に診察してもらうことで死亡率が低下する」と書いてあったケースがあった。
研究者が引用する論文を確認し損うと、事態はさらに悪化する。例えば、論文が撤回されたあとでも、撤回論文に記載された間違った内容が引用されつづけることがしばしばある。
また、他人の研究内容を自分の論文の「序論」「方法」「考察」に記述するときにも誤りが生じる。かなりの数の研究者は、他人の研究の発見や結論を不適切にまたは不十分に要約する。
研究者はまた、他の研究者が追試や評価できるような「方法」の記述をしないことがある。無作為に抽出した「放射線治療」の56論文で、記述された方法と実際の方法を比較すると、ほとんどの論文(75%以上)では適正だったが、20%は不適切だった。
いくつかの論文では適切な統計処理ができていない場合もあった。不正確さは不注意または単に訓練不足のためということもある。
3.偏向(バイアス) Bias
研究結果には客観性が重要である。実験に基づいたデータを解析するとき、個人的で主観的な観点を切り離すべきだ。 これがどの程度可能か、または好ましいかは、議論になるテーマではある。
とはいえ、ある種のバイアス、特に金銭的理由に基づくバイアスは不適当である。今日では、少なくとも公表すべき、または完全に避けるべきだということが、広く認められている。
研究のいかなる過程でも、科学あるいは学術以外の理由で選択の決定や発表することがバイアスである。
バイアスは、論文出版、出身国、所属機関、研究方向、著者対読者で起こる。また研究企画、データの解釈、データの提示方法にもある。
バイアスの頻度はわからない。ではどうやってバイアスを測定するかというと、適切な統計分析で「統計的に重大な差異」があれば、バイアスだと認識される。
研究規範研究者は、科学研究の研究費が複雑になり、企業のお金が科学研究に流れ、お金が大きな力を持ち始めていることに注目している。
最近の研究規範論文は、科学研究論文の内容と資金の出所に重要な相関関係があると指摘している。
簡単にいえば、資金を得ている会社の医薬品や治療法に都合のいい報告をしているということだ。オッズ比は大体2.5~4.0である。このバイアスは、一般的には、金銭的利害関係(financial conflicts of interest)の違反である。
●6.【生命科学:ベルギーのフランダース・バイオテクノロジー研究所の見解】
ベルギーのフランダース・バイオテクノロジー研究所(VIB:Vlaams Instituut voor Biotechnologie、英語ではFlanders Institute for Biotechnology、写真出典)は、60か国の1,600人の科学者を集めた1995年設立の生命科学研究所である。「研究クログレイ」(QRP,Questionable research practice)の具体例を以下に示している(2013 年9月30日、出典)(保存版)。
感心なことに、VIB は研究公正官(Research Integrity Officer)を任命し写真付きで公表している。ルネ・カスター(René Custers、写真出典同)が研究公正官で、彼が書いたと思われる。
- 否定的データの無視 Neglecting negative outcomes
- 自分の仮説を支持するための不適切な統計処理 Using inappropriate statistics to support one’s hypothesis
- 不適切な研究デザイン Inappropriate research design
- 関連コントロールの除外 Leaving out relevant controls
- コントロールの不適切な再使用 Inappropriate re-use of controls
- 「外れ値」の除去 Removal of ‘outliers’
- 意識的な偏向 Conscious bias
- 道義に反する実験 Unethical experimentation
- 査読悪用 Peer review abuse
●7.【生命科学:米国のデイビッド・レスニック(David Resnik)の見解】
デイビッド・レスニック(David Resnik ← 写真出典も)は、研究博士号(Ph.D.)と法務博士号(JD)を持つ研究倫理学者・生命倫理学者である。NIH・国立環境健康科学研究所(NIEHS)の治験審査委員会(Institutional Review Board)委員長である。
彼の論文「What is Ethics in Research & Why is it Important?(保存版)」(2011年5月1日)から、「研究クログレイ」(QRP,Questionable research practice)の具体的行為をリストしよう。
リストは長く、29項目ある。
- 編集者に告知しないで同じ論文を別の学術誌に出版する Publishing the same paper in two different journals without telling the editors
- 編集者に告知しないで同じ原稿を別の学術誌に投稿する Submitting the same paper to different journals without telling the editors
- 共同開発者に通知しないで単独発明者として特許を申請する Not informing a collaborator of your intent to file a patent in order to make sure that you are the sole inventor
- 親切・好意のお返しとして、論文に重要な貢献をしていない人を著者に加える Including a colleague as an author on a paper in return for a favor even though the colleague did not make a serious contribution to the paper
- 査読中論文のマル秘データを同僚と議論する Discussing with your colleagues confidential data from a paper that you are reviewing for a journal
- 論文で理由を述べずに「外れ測定値」を論文から除く Trimming outliers from a data set without discussing your reasons in paper
- 自分の研究結果の重要性を高めるための不適切な統計手法の使用 Using an inappropriate statistical technique in order to enhance the significance of your research
- ピアレビュを受けていないのに、そのことを知らせずに記者会見で研究成果を発表する Bypassing the peer review process and announcing your results through a press conference without giving peers adequate information to review your work
- 他研究者の先行研究での貢献を記載しないで総説・解説を書く Conducting a review of the literature that fails to acknowledge the contributions of other people in the field or relevant prior work
- 申請研究がその分野で大きな貢献をすると審査員に確信させるために、事実を誇張して、研究費申請書に記載する Stretching the truth on a grant application in order to convince reviewers that your project will make a significant contribution to the field
- 事実を誇張して、求職への応募書類または履歴書を記述する Stretching the truth on a job application or curriculum vita
- 早く成果を得たいために、同じ研究課題を2人の訓練生(学生・院生・ポスドク)に同時に与える Giving the same research project to two graduate students in order to see who can do it the fastest
- 訓練生(学生・院生・ポスドク)の過重労働、ネグレクト(無視)、搾取 Overworking, neglecting, or exploiting graduate or post-doctoral students
- しっかりした研究記録を作らない Failing to keep good research records
- 研究データを適切な期間、保存しない Failing to maintain research data for a reasonable period of time
- 論文査読で投稿者に軽蔑的なコメントや個人攻撃をする Making derogatory comments and personal attacks in your review of author’s submission
- 良い成績をつける約束で学生・院生と性的な関係を持つ Promising a student a better grade for sexual favors
- 研究室で人種差別的形容語の使用 Using a racist epithet in the laboratory
- 所属研究機関の動物実験委員会、ヒト材料研究治験審査委員会が認定した手法と大幅に異なる手法を、当該委員会に無断で実施する Making significant deviations from the research protocol approved by your institution’s Animal Care and Use Committee or Institutional Review Board for Human Subjects Research without telling the committee or the board
- ヒトを用いた研究で有害事象を報告しない Not reporting an adverse event in a human research experiment
- 実験動物の虐待 Wasting animals in research
- 所属研究機関の安全性指針に違反し、訓練生(学生・院生・ポスドク)やスタッフを生物学的危険にさらす Exposing students and staff to biological risks in violation of your institution’s biosafety rules
- 査読を依頼された論文を読まないで出版不採択(リジェクト)にする Rejecting a manuscript for publication without even reading it
- 他人の研究を妨害・破壊する Sabotaging someone’s work
- 消耗品・備品、図書、データを盗む Stealing supplies, books, or data
- どういう結果になるか知りつつ実験を不正操作する Rigging an experiment so you know how it will turn out
- データ、論文、コンピュータプログラムを許可されていないのにコピーする Making unauthorized copies of data, papers, or computer programs
- 自分の研究を支援する会社の株を1万ドル以上所有しているのにその事実を公開しない Owning over $10,000 in stock in a company that sponsors your research and not disclosing this financial interest
- 経済的利益を得るために、新薬の臨床的重要性を意図的に過大評価する Deliberately overestimating the clinical significance of a new drug in order to obtain economic benefits
●8.【生命科学:米国のド・フリース(De Vries)らの見解】
ミシガン大学の生命倫理学のレイモンド・ドフリース(Raymond de Vries、写真出典)らの2006年の論文も興味深い。
米国の51人の生物医学系研究者に1人あたり1時間半~2時間インタビューし、「ねつ造」「改ざん」「盗用」以外にどんな問題行為(=「研究クログレイ」行為)があるのか調査した。(Raymond De Vries, Melissa S. Anderson, and Brian C. Martinson:「Normal Misbehavior: Scientists Talk About the Ethics of Research」, J Empir Res Hum Res Ethics. 1(1): 43-50, 2006)
研究クログレイを4つに大分類し、さらに細分類している。
- データの意味 Meaning of data
▲不正確だと思った勘で観察知見や測定点を省く
Dropping observations or data points from analyses based on a gut feeling that they were inaccurate
▲不適切な研究記録
Inadequate record keeping related to research projects
▲研究の完成を急ぐために細部を省略
Cutting corners in a hurry to complete a project - 科学上の規則 Rules of science
▲研究作業規則の細かいところを無視(生物学的安全性、放射性物質の取り扱いなど)
Ignoring minor details of materials-handling policies (biosafety, radioactive materials, etc.)
▲ 研究費を他の研究へ流用
Using funds from one project to get work done on another - 他研究者との関係 Life with colleagues
▲ 過度に肯定的あるいは過度に否定的な推薦書を書く
Providing an overly positive or overly negative letter of recommendation
▲ 立場を利用し搾取
Using one’s position to exploit others; - 論文生産のプレッシャー Pressures of production in science
▲ 研究費助成源の圧力に呼応して研究デザイン、方法、結果を変える
Changing the design, methodology or results of a study in response to pressure from a funding source
▲ 論文や申請書では方法や結果の詳細を書かない
Withholding details of methodology or results in papers or proposals
▲ 了解やクレジットなしで他人のアイデアを使用する
Using another’s ideas without obtaining permission or giving due credit.
●9.【生命科学:米国のマーチンソン(BC Martinson)らの見解】
米国・ヘルスパートナーズ研究財団(HealthPartners Research Foundation)のマーチンソン(BC Martinson ← 写真出典も(保存版))は上記のドフリース(de Vries)の共同研究者である。
2005年のネイチャー論文は、上記と同じ3人の著者の論文だが、マーチンソンが第一著者である。その論文から、「研究クログレイ行為」の項目を探ろう。(Brian C. Martinson, Melissa S. Anderson and Raymond de Vries (2005). 「Scientists behaving badly」、Nature 435 (7043): 737-738)(保存版)
著者が同じなので、もちろん、いくつかの項目は上記と重複している。完全に重複している項目は〇印をつけた。
- 改ざんまたはデータの“クッキング” Falsifying or ‘cooking’ research data
- ヒト材料研究での規則違反 Ignoring major aspects of human-subject requirements
- 自分の研究で使用した製品の企業が研究に関与していることを適切に開示しない Not properly disclosing involvement in firms whose products are based on one‘s own research
- 訓練生(学生・院生・ポスドク)、研究対象者、患者と問題視される関係を持つ Relationships with students, research subjects or clients that may be interpreted as questionable
- 〇許可やクレジットなしに他人のアイデアを使用する Using another’s ideas without obtaining permission or giving due credit
- 極秘情報の利用権限がないのに、自分の研究に使用する Unauthorized use of confidential information in connection with one’s own research
- 自分の過去の研究結果と矛盾したデータが得られたのに、それを発表しない Failing to present data that contradict one’s own previous research
- ヒト材料研究での細かい規制を守らない Circumventing certain minor aspects of human-subject requirements
- 他の研究者が偽データや問題データを使用しているのを見て見ぬふりをする Overlooking others’ use of flawed data or questionable interpretation of data
- 〇研究費助成源の圧力に呼応して研究デザイン、方法、結果を変える Changing the design, methodology or results of a study in response to pressure from a funding source
- 同じデータや結果を2つ以上の論文に出版する Publishing the same data or results in two or more publications
- オーサーシップの不適切な割りあて Inappropriately assigning authorship credit
- 〇論文や申請書に方法や結果の詳細を書かない Withholding details of methodology or results in papers or proposals
- 不適切な研究デザイン Using inadequate or inappropriate research designs
- 〇不正確だと思った勘で観察知見や測定点を省く Dropping observations or data points from analyses based on a gut feeling that they were inaccurate
- 〇不適切な研究記録 Inadequate record keeping related to research projects
●10.【心理学:米国のレスリー・ジョン(Leslie K. John)らの見解】
ハーバード大学ビジネススクールのレスリー・ジョン(Leslie K. John、 ← 写真も)が心理学の分野での「研究クログレイ行為」について論文を書いている。
レスリー・ジョン(Leslie K. John)らの2012年の論文からどんな行為が心理学分野の「研究クログレイ行為」に相当するのかを探る。(Leslie K. John, George Loewenstein, and Drazen Prelec:「Measuring the Prevalence of Questionable Research Practices With Incentives for Truth Telling」, Psychological Science, 23(5) 524-532, 2012(保存版)(文献3)
「研究クログレイ(QRP,Questionable research practice)」は以下の特性がある。
- 許容できるがグレーな行為 The “grey zone” of acceptable practice
- 時には正当だが、多くはそうではない行為 Practices that are sometimes justified, but often not
- 合理的というには広い許容範囲が必要 Provide considerable latitude for rationalization
- 偽陽性を増加させる Can increase false positives
- 研究クログレイ行為は驚くほど普通にある QRPs might be surprisingly common
具体的な「研究クログレイ」行為:心理学分野
- 論文には研究の従属測定のすべてを記載すべきところ、しない
In a paper, failing to report all of a study’s dependent measures - 既に集めた結果が重要かどうかでさらにデータを集めるかどうかを決める
Deciding whether to collect more data after looking to see whether the results were significant - 論文に、研究条件のすべてを記載しない
In a paper, failing to report all of a study’s conditions - 期待したデータが得られたので、最初に計画したデータ収集を途中でやめる
Stopping collecting data earlier than planned because one found the result that one had been looking for - 論文で、有意確率 (p-value)の“端数切捨て”(例:0.54を0.5以下)をする
In a paper, “rounding off” a p value (e.g., reporting that a p value of .054 is less than .05) - “うまく働いた”研究だけを選んで、論文に記載する
In a paper, selectively reporting studies that “worked” - 結果へのインパクトを考慮してデータを除外するかどうか決める
Deciding whether to exclude data after looking at the impact of doing so on the results - 予想外の発見なのに、最初から予想していたと論文に記載する
In a paper, reporting an unexpected finding as having been predicted from the start - 実際は確かめていないのに人口統計学上の変数(例:性別)に影響されないと、論文で主張する
In a paper, claiming that results are unaffected by demographic variables (e.g., gender) when one is actually unsure
●11.【経済学・経営学:コーセラの講義、オランダのショルテン(Annemarie Scholten)の見解】
コーセラ(Coursera)は、日本ではあまりなじみがないが、世界中の多くの大学がオンライン上で講義を無料で提供している組織で、2012年4月に発足した。2015年9月には世界で1,500万人が受講している。日本で参加している大学は東京大学だけである。
コーセラに研究クログレイ(Questionable Research Practices)の講義があった。講義は動画(英語)(5分35秒) → 6.06 Questionable Research Practices – University of Amsterdam | Coursera
講師はアムステル大学・助教授(経済学・経営学)のアンネマリー・ショルテン(Annemarie Zand Scholten、写真出典同)である。
ショルテンは次の5つを研究クログレイとしている。一部、内容が重複している。最初の2つと最後の1つは適当な日本語がない。それで、統一性を保つため、5つ全部、カタカナ表記にした。
- ハーキング(harking):得たデータに基づいて新しい仮説を提唱することは研究者に許されている。このことは、科学を進歩させる原動力である。しかし、オリジナルな仮説に言及しないで、改変した仮説をオリジナルな仮説だと提唱するのは、研究クログレイである。
Harking is short for hypothesizing after the results are known. This means the hypothesis is adapted to fit the observed data. Of course, researchers are allowed to formulate new hypotheses based on the data they collect. This is basically what drives scientific process forward. Harking becomes a questionable research practice if the adapted hypothesis is presented as the original hypothesis without referring to the true original hypothesis.
(「Harking」という用語は「hypothesizing after the results are known」の頭文字をとった略語で、別の単語「harking」=「過去にさかのぼる」とひっかけている)。 - ピー・ハッキング(p-hacking):自分にとって都合のよい有意確率 (p-value)を示すように、データを操作または選択する。
P-hacking refers to data manipulation or selection that makes the results, in effect the p-value, more favorable. - チェリー・ピッキング(cherry-picking):ピー・ハッキングの特別な形で、自分にとって都合のよい重要な結果だけを発表・報告する。
A special form of p-hacking is cherry picking, reporting only results that are favorable and significant. - セレクティヴ・オミッション(selective omission):重要ではない結果と仮説を否定する結果を選択的に除外する 。
Selective omission refers to the omission of non-significant results, but also omission of results that contradict the hypothesis. - データ・スヌーピング(data snooping):自分好みの有意確率 (p-value)を示すまでデータを収集する。
Data snooping refers to the collection of data exactly until results show a favorable p-value.(「snoop」=〈話〉嗅ぎ回る、探る、コソコソせんさくする)
●12.【白楽の感想】
《1》研究クログレイ行為は多い
研究クログレイ行為をリストしたが、多い。というか、多すぎである。レスニック(David Resnik)は29項目もあげている。いちいち覚えられる量ではない。
項目は国、研究機関(大学、公立研究所、民間企業)、研究分野(生物医学と心理学。生物医学内でも多様)によっても、研究者の立場(学生・院生、研究者、学長、政府の規範委員など)によっても異なる。
とはいえ、それらが、その属性では共通するのか、見解を述べているその人個人のウェイトがかかった項目なのか、不明である。
どうすると良いか?
多数決の世界だから、研究クログレイ行為の最大公約数は政策推進上の意味はあるだろう。しかし、それが科学的に正しいかとどうかは別問題だという気もする? ここでは、項目を絞らないでおこう。
ただ、各研究分野内では、どの行為を研究クログレイとみなすかのコンセンサス、つまり、最大公約数は得たほうが良い。
日本の各学会が自分の分野の研究クログレイ行為一覧表を作り、検討し、公表することを提案したい。
なお、研究クログレイとした行為は、「どうしていけないのか?」の根本を理解したほうがいい。これはそのうち「なぜいけないのか? 研究クログレイ」として書こう。
それにしても、「研究クログレイ」という概念と各行為は、日本ではほとんど知られていない。そういう日本人が海外留学あるいは国際共同研究して、危なくないのだろうか?
●13.【主要情報源】
《1》解説しなかった文献
本記事で、「研究クログレイ」のすべての文献を解説したわけではない。解説しなかった例も少し示す。
- 2015年1月24日:Questionable Research Practices: Definition, Detect, and Recommendations for Better Practices | Replicability-Index
- G Meško, AK Oberčkal(2011) 「Questionable research practices: An introductory reflection on causes, patterns and possible responses」、Journal of Criminal Justice and Security, 2011
《2》解説した文献
- Responsible Science. 1992. Ensuring the Integrity of the Research Process, Volume I. Washington, DC: National Academy Press. http://www.nap.edu/openbook.php?isbn=0309047315
- Nicholas H. Steneck(2000):Assessing the Integrity of Publicly Funded Research
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