●【概略】
ヒュンイン・ムン(英語:Hyung-In Moon、ハングル:문형인)は、韓国・釜山の私立大学・東亜大学校(Dong-A University)・教授(韓国では、大学を「大学校」と呼ぶ)。所属は、資源科学生命科学部・医薬品バイオテクノロジー学科(College of Natural Resources and Life Science、Department of Medicinal Biotechnology)。韓国・成均館大学校 (Sungkyunkwan University:SKKU)で薬学博士号を取得し、専門は薬学である。写真出典
2012年、自分が投稿した論文の査読を別人を装って彼自身が行なう査読偽装が発覚した。
最も古い撤回論文は2005年の論文である。
- 国:韓国
- 成長国:韓国
- 博士号取得:成均館大学校 (Sungkyunkwan University:SKKU)
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1974年1月1日生まれとする
- 現在の年齢:47歳?
- 分野:薬学
- 最初の不正論文発表:2005年(31歳?)
- 発覚年:2012年(38歳?)
- 発覚時地位:東亜大学校(Dong-A University)・教授
- 発覚:雑誌編集員
- 調査:雑誌編集員。期間不明
- 不正:査読偽装
- 不正論文数:35報が撤回。
- 時期:研究キャリアの初期から?
- 結末:東亜大学校・教授を辞職
★主要情報源:
① 2012年9月17日のリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の記事:hyung-in moon Archives – Retraction Watch at Retraction Watch
② ◎2012年10月3日のジェフ・アキスト(Jef Akst)の『科学者』誌(The Scientist)記事:Scientists Review Own Papers | The Scientist Magazine®
③ ウィキペディア:ムン・ヒュンイン – Wikipedia
④ Researcher, Peer Review Thyself – The Wire
⑤ Publishing: The peer-review scam : Nature News & Comment
●【経歴】
不明点多し。写真出典
- 仮に1974年1月1日生まれとする
- 19xx年(xx歳):韓国のxx大学校卒業
- 2001年(27歳?):成均館大学校 (Sungkyunkwan University:SKKU) ・薬学部(Department of Pharmacy) で博士号 (PhD) を取得
- 2001?- 2010?年(27?-36?歳):ソウル大学校(Seoul National University)、圓光大学校(Wonkwang University)、東国大学校(Dongguk University)と移籍
- 2010年?(36歳?):東亜大学校(Dong-A University)・教授
- 2012年(38歳?):査読偽装が発覚する
- 2012年(38歳)?:東亜大学校・教授を辞職
●【研究内容】
●【不正発覚の経緯】
2008年、ムンは、間違いがあったという理由で、2005年の論文(「Journal of Ethnopharmacology」)を自ら撤回している。
2012年(38歳?)、「Enzyme Inhibition and Medicinal Chemistry」誌の編集者・クラウディウ・スープラン(Claudiu Supuran)は、ムンの論文査読者に疑念を抱いた。ムンは、原稿投稿時に、推奨査読者を示し、この研究者に論文を査読してもらいたいと連絡していた。
ところが、
- 推奨査読者の電子メールアドレスがgmailなどで、大学や研究所ではない
- 推奨査読者の電子メールアドレスの国が韓国である
- 推奨査読者は、毎回、24時間以内に査読を終え、返送してくる
スープランは、疑念をムンに示し、問い合わせた。すると、ムンはあっさり、自分が他人になりすまして査読していたことを認めた。
なお、ムンの所属大学・東亜大学校に何度も問い合わせても、何も返事が得られなかったそうだ。
ムンは、中国・貴陽市(きようし)の公立大学・貴陽中医学院(Guiyang College of Traditional Chinese Medicine)のGuang-Zhi Heが査読偽装した手口を真似たようだ。
●【論文数と撤回論文】
パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、ヒュンイン・ムン(Hyung-In Moon)の論文を「Moon HI[Author]」で検索すると、2000年~2014年の15年間の145論文がヒットした。
2014年11月5日現在、145論文の内の40論文が撤回されている。最新の3報と最古の1報をリストする。
最新の3報
- Hepatoprotective effects on alcoholic liver disease of fermented silkworms with Bacillus subtilis and Aspergillus kawachii.
Cha JY, Kim YS, Moon HI, Cho YS.
Int J Food Sci Nutr. 2012 Aug;63(5):537-47. doi: 10.3109/09637486.2011.607801. Epub 2011 Aug 15.
Retraction in: Int J Food Sci Nutr. 2012 Sep;63(6):766. - Effect of fermented Angelicae gigantis Radix on carbon tetrachloride-induced hepatotoxicity and oxidative stress in rats.
Cha JY, Ahn HY, Moon HI, Jeong YK, Cho YS.
Immunopharmacol Immunotoxicol. 2012 Apr;34(2):265-74. doi: 10.3109/08923973.2011.600765. Epub 2011 Aug 19.
Retraction in: Immunopharmacol Immunotoxicol. 2012 Dec;34(6):1077-8. - Isolated compounds from Sorghum bicolor L. inhibit the classical pathway of the complement.
Moon HI, Lee YC, Lee JH.
Immunopharmacol Immunotoxicol. 2012 Apr;34(2):299-302. doi: 10.3109/08923973.2011.602690. Epub 2011 Aug 19.
Retraction in: Immunopharmacol Immunotoxicol. 2012 Dec;34(6):1077-8.
最古の1報
- Matrix metalloproteinase-1 expression inhibitory compound from the whole plants of Viola ibukiana Makino.
Moon HI, Kim MR, Cho MK, Park S, Chung JH.
Phytother Res. 2005 Mar;19(3):239-42.
Retraction in: Phytother Res. 2007 Jun;21(6):600.
●【事件の副作用】
2012年6月15日、ムンの論文を掲載し、その後、20報も撤回した「Immunopharmacology and Immunotoxicology」誌のイタリア人編集長エミリオ・ジリーロ(Emilio Jirillo)(バーリ大学・教授、写真出典)は編集長を辞任した。
ジリーロは、「自分の時間を、不正研究防止に費やすより、高度な研究に費やしたい」と、辞任したそうだ。まあ、「バカに付き合ってるヒマはない!」ってとこでしょう。
●【事件の深堀】
★動機が腑に落ちない
ムンの査読偽装を調べると、不正する動機が、腑に落ちない。
査読システムの盲点をついて、自分の論文を簡単に出版させ、業績リストでの論文数は増やした。それで、昇進、研究費、名声、金銭が豊かになることを狙ったのだろうか? 単にそれが動機だったのだろうか?
もし、そうだとすると、狙いが低すぎるし、手段が稚拙すぎる。バレなくても大きなモノは得られないが、バレた時に失うものが大きい。そして、いずれバレる。博士号・大学教授などの研究キャリアだけでなく、社会生活・友人・家族・人生を失うのは確実だ。これらの収支バランスを計算できなかったのだろうか?
35報も撤回したのだが、学位取得や昇進時の数報だけの査読偽装ならバレなかったろうに。
★情報が少ない
ムンの査読偽装を調べると、事件を起こした背景が見えてこない。ムンの情報も極端に少ない。写真は2枚しか見つからないし、経歴情報をコツコツと集めても、正確な経歴がわからない。ましてや、人柄や考え方、事件を起こした研究環境は見えてこない。数年前の事件なのに、意図的にウェブ情報が消去されたのだろう。
誰がどうして消去したのだろう?
教訓を学ぶより、忌わしい過去を消去する意図の方がはるかに強いのだろうか?
●【白楽の感想】
《1》 査読システムと論文出版の問題
この事件は、査読システムの盲点をついたことになっているが、そもそも、現行の査読システムと論文出版のあり方には多数の問題がある。問題の明示・議論・洞察・改善の努力をするようにと、随分前から指摘されていた。
研究者は研究成果を出すだけという研究文化が、そもそも、事態を捻じ曲げ、必要な処置を放置する状況を作ってきたのだ。
2013年12月13日の読売新聞に「3科学誌は商業主義…ノーベル受賞者が「絶縁」」の記事がある。
【ワシントン=中島達雄】今年のノーベル生理学・医学賞を受賞した米カリフォルニア大バークレー校のランディ・シェックマン教授(64)が、世界的に有名な3大科学誌は商業主義的な体質で科学研究の現場をゆがめているとして、今後、3誌に論文を投稿しないとの考えを明らかにした。
教授は9日、英ガーディアン紙に寄稿し、英ネイチャー、米サイエンス、米セルの3誌を批判した。研究者の多くは、評価が高まるとして、3誌への掲載を競うが、教授は「3誌は科学研究を奨励するよりも、ブランド力を高めて販売部数を増やすことに必死だ」と指摘した。
その上で「人目を引いたり、物議を醸したりする論文を載せる傾向がある」との見方を示し、3誌が注目されやすい流行の研究分野を作り出すことで「その他の重要な分野がおろそかになる」と問題を提起した。(2013年12月13日15時23分 読売新聞)
最近、他にも査読偽装が報告されているが(中国のGuang-Zhi He、経済学のKhalid Zamanなど)、実際は、昔からもっとたくさんあったのではないだろうか?