2016年12月17日掲載。
ワンポイント:受賞も多く、多額の研究費を得、100回以上引用の論文が6報もある、30代後半男性のダンディー大学・準教授の10年に及ぶデータねつ造が2016年に発覚。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】
ロバート・ライアン(Robert P. Ryan、写真出典)は、アイルランドのコーク大学で研究博士号(PhD)を取得し、英国のダンディー大学(University of Dundee)・準教授になった。医師ではない。専門は微生物学(感染症)だった。
2015年(37歳?)にEMBO Young Investigatorに選ばれるなど受賞も多く、多額の研究費を得、100回以上引用された論文が6報もある著名な研究者だった。
2016年(38歳?)、パブピアでのネカト疑惑で、ダンディー大学が調査に入り、データねつ造でライアンを解雇した。
ダンディー大学(University of Dundee)。写真出典
- 国:英国
- 成長国:アイルランド
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:アイルランドのコーク大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1978年1月1日生まれとする。2005年の研究博士号(PhD)取得時を27歳と仮定した
- 現在の年齢:46 歳?
- 分野:微生物学(感染症)
- 最初の不正論文発表:2006年(28歳?)
- 発覚年:2016年(38歳?)
- 発覚時地位:ダンディー大学・準教授(reader)
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)は「パブピア(PubPeer)」
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ダンディー大学・調査委員会。②コーク大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 不正:ねつ造
- 不正論文数:12報の論文? 公式発表なし
- 時期:研究キャリアの初期から
- 研究費:総額は少なくとも約1億4千万円。主な内訳 → ①2009-2012年に,アイルランド科学財団(SFI:Science Foundation Ireland)から485,811 ユーロ(約5,800万円)。②70万ユーロ(約8,400万円)
- 結末:辞職(解雇)
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1978年1月1日生まれとする。2005年の研究博士号(PhD)取得時を27歳と仮定した
- 19xx年(xx歳):xx大学を卒業
- 2005年(27歳?):アイルランドのコーク大学(University College Cork, UCC)で研究博士号(PhD)を取得した。専攻:分子微生物学
- 2005-2010年(27-32歳?):スウェーデンのカロリンスカ医科大学(Karolinska Institute)、ブラジルのサンパウロ大学(Universidade de São Paulo)、デンマークのコペンハーゲン大学(University of Copenhagen)、米国・ニューハンプシャー州のダートマス医科大学(Dartmouth Medical School)を渡り歩く
- 2010年(32歳?):アイルランドのコーク大学(University College Cork, UCC)で研究室主宰
- 2013年(35歳?):ダンディー大学(University of Dundee)・準教授(reader)。ウェルカム・トラスト上級フェロー(Wellcome Trust Senior Fellow)
- 2016年(38歳?):不正研究が発覚する
- 2016年(38歳?):ダンディー大学・辞職(解雇)
【受賞、研究費】
- 2016年、 ECCMID 5,000ユーロ(約60万円)
- 2015年、EMBO Young Investigator(2016年11月10日取り消し)
- 2014年、Lister Prize fellowship、5年間で総額20万ポンド(約4,000万円、1ポンド=200円換算)
- 2014年、RSE Patrick Neill Medal.
- 2013年、Society for General Microbiology’s Fleming Prize
- 2012年、2012 SfAM (Society for Applied Microbiology) W.H. Pierce Memorial Prize.
●5.【不正発覚の経緯と内容】
この事件は情報が錯綜している。
その原因は、当局であるダンディー大学が公式発表しない、記者の取材に答えない。ところが、ダンディー大学内部の人間が特定のメディアに情報をリークしている。そのリーク情報は事実なのか、偏向情報なのか、憶測入りなのか、ガセネタなのか、わからない。
★経緯
時間を追って述べていこう。
2016年3~4月(38歳?)、パブピアでライアンの論文にネカト疑惑がコメントされたことが発端である。
2016年3~4月(38歳?)、ダンディー大学はパブピアでのネカト疑惑を受け、ロバート・ライアン(Robert P Ryan)のネカト調査を開始した(非公式情報)。
ダンディー大学が調査を開始するとすぐに、ライアンの研究室は閉鎖され、院生とスタッフは他の研究室に移された。
ライアンは2013年にダンディー大学に移籍したのだが、移籍前に在籍したアイルランドのコーク大学(University College Cork, UCC)もライアンのネカト調査を開始した(非公式情報)。ライアンのボスのマックスウェル・ドウ教授(Maxwell Dow)も調査対象に入っていた。
左はロバート・ライアン(Robert P Ryan)。右はマックスウェル・ドウ教授(Maxwell Dow)。写真出典
2016年8月24日(38歳?)、ドイツのネカト・ブロガーのレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider、マンガ出典)は、匿名のメールをもらった。
ダンディー大学のロバート・ライアン(Robert P Ryan)がパブピアでコメントされていることを、あなたにお伝えします。ライアンはいくつもの高額な研究費と賞を受領しているが(University of Dundee’s rising science stars – The Scotsman)、ダンディー大学はライアンをネカト調査中です。
2016年8月28日(38歳?)、匿名のメールをもらった4日後の新聞「Scotsman」は、ライアンが停職中と伝えている。
→ Leading scientist suspended amid ‘research misconduct’ investigation – The Scotsman
2016年11月9日(38歳?)、ダンディー大学・生命科学部長のジュリアン・ブロウ教授(Julian Blow、写真出典)は、「撤回監視(Retraction Watch)」に次のようにメールした。
ダンディー大学は最近、ライアン準教授の研究ネカト調査を開始した。この調査により、ライアン準教授がダンディー大学に着任前後の12報の論文で、臨床データの誤発表、画像の重複使用と誤発表などの研究規範違反が確認された。ライアン準教授以外の研究者はシロだった。現在、ライアン準教授の不服申し立て期間中であるが、ライアン準教授はダンディー大学を辞職した。
2016年11月14日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログでは、上記に反して、 ライアン準教授はダンディー大学を辞職(resign)したのではなく、解雇(sacked)された。しかし、ダンディー大学は辞職と発表した、と述べている。
EMBOは自分の組織では調査していないが、ライアン準教授がダンディー大学を辞職したと聞いて、ライアン準教授の「EMBO Young Investigator」研究助成金を取り消した(2016年11月10日)。
2016年12月16日現在、ダンディー大学は調査を終了し、狭い関係者には報告書を配布したようだが、公表していない。アイルランドのコーク大学は調査中らしい。調査結果を発表していない。
★ネカトの内容
ダンディー大学もコーク大学も、調査結果を公表していない。従って、正式にはどの論文のどの点がネカトなのか不明である。
パブピアで指摘されているネカト例を3例、以下に示す。
【例1】。別の論文の別の画像のハズが、再使用されている。データねつ造。
Peer 2: ( August 29th, 2016 4:44pm UTC )
出典:https://pubpeer.com/publications/96634E865C38718510C6E0F994950D#fb66089
【例2】。「2011年のJ. Bacteriol.」論文:同じ画像を回転させて別の画像として使用している。データねつ造。
Peer 2: ( August 28th, 2016 8:33pm UTC )
出典:https://pubpeer.com/publications/25414FF7B72BA49636F4A6B5146831#fb64599
【例3】。「2012年のPLoS ONE.」論文:同じ画像を回転させて別の画像として使用している。データねつ造。
Peer 1: ( May 30th, 2016 1:01pm UTC )
出典:https://pubpeer.com/publications/182C51A8868318C3094F06503B0862#fb52113
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2016年12月16日現在、パブメド(PubMed)で、ロバート・ライアン(Robert Ryan)の論文を「Robert Ryan [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2016年の15年間の207論文がヒットした。
2016年12月16日現在、パブメドの論文リストでは撤回論文はない。
「パブピア(PubPeer)」で検索するとロバート・ライアン(Robert Ryan)の29論文がコメントされている。29論文全部がロバート・ライアン(Robert Ryan)の論文ではない。ロバート・ライアンに該当する最古の論文は「2006年のMolecular Microbiology」論文である。(PubPeer – Results for Robert Ryan)
●7.【白楽の感想】
《1》10年間のネカト
「パブピア(PubPeer)」の指摘をみると、論文の画像ねつ造は明白だ。調査報告書が公表されていないので、見ていないが、実行者はロバート・ライアン(Robert Ryan)なのだろう。
「パブピア(PubPeer)」は「2006年のMolecular Microbiology」論文にデータねつ造疑惑を指摘している。2006年の論文がデータねつ造なら、ライアンは2005年に研究博士号(PhD)を取得しているので、博士論文もデータねつ造ではないだろうか?
2006年からネカトをしていたのに、10年後の2016年に発覚とは、発覚が遅すぎる。その間、研究費、賞、院生、同僚、学術出版など周辺に多大な損害が及んだ。もっと早く発見するシステムを作るべきだ。
《2》秘匿されすぎ
ネカト・ブロガーのレオニッド・シュナイダーが批判しているが、この事件は、情報が秘匿されすぎだ。情報公開と透明性は、調査の公正と事件の再発防止に必須である。ダンディー大学と英国政府は改善すべきだ。
●8.【主要情報源】
① 2016年11月14日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の「For Better Science」記事:Unveiling the mystery of fallen microbiologist Robert Ryan – For Better Science(保存版)
② 2016年11月11日のアリソン・マクック(Alison McCook)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Prominent researcher in Scotland resigns after misconduct finding upheld – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 2016年8月26日のマーティン・マクローリン(Martyn McLaughlin)の「Scotsman」記事:Leading scientist suspended amid ‘research misconduct’ investigation – The Scotsman(保存版)
④ 2016年8月29日のピ-ター・ジョージガン(Peter Geoghegan)の「Irish Times」記事:Irish-funded scientist under investigation over his research(保存版)
⑤ 「パブピア(PubPeer)」のロバート・ライアン(Robert Ryan)の29論文群:PubPeer – Results for Robert Ryan
⑥ 2001年11月のシェーマス・パーシェイル(Séamus PUIRSÉIL)(吉川裕美子・訳):「アイルランド高等教育における品質保証」(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。