マイケル・ミラー(Michael Miller)(米)

2017年8月31日掲載。

ワンポイント:アップステート医科大学の男性教授で、2009年(57歳?)、同じ研究室の研究者(院生?)の指摘でねつ造・改ざんが発覚した。大学の調査を経て、2012年2月26日(60歳?)、研究公正局は、ミラーにデータねつ造・改ざんがあったと発表した。ミラーは肯定も否定もしなかった。大学辞職。撤回論文3報。健康福祉省に1年間の締め出し処分、その後2年間の監査期間に調停合意した。損害額の総額(推定)は20億2600万円。

【追記】
・2018年8月24日の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:トゥーロ・オステオパシー医科大学(Touro College of Osteopathic Medicine)・教授で、2017年・2018年の論文を発表している:Researcher found to have committed misconduct using federal grants is publishing again — and cites those very grants – Retraction Watch

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

マイケル・ミラー(Michael W. Miller、写真出典)は、米国のニューヨーク州立大学群の1つアップステート医科大学(SUNY Upstate Medical University)・教授で、神経科学/生理学の学科長(chairman of Upstate’s department of neuroscience and physiology)だった。医師ではない。専門は神経科学で、アルコールの脳細胞への影響、特に、胎児性アルコール症候群の研究で著名だった。

2009年(57歳?)、ミラー研究室の研究者(院生?)がねつ造・改ざんを見つけ、アップステート医科大学にネカトの申し立てをした。

2012年2月26日(60歳?)、研究公正局は、ミラーにデータねつ造・改ざんがあったと発表した。ミラーは、1年間連邦政府機関と契約したり下請けしたりしないことに調停合意した。 その1年間の期間が終了した後、ミラーが研究に従事する時は、2年間監督下に置かれることも了承した。。

アップステート医科大学(SUNY Upstate Medical University)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:マウントサイナイ医科大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1952年1月1日生まれとする。1974年の大学卒業時を22歳とした
  • 現在の年齢:72 歳?
  • 分野:神経科学
  • 最初の不正論文発表:2007年(55歳?)
  • 発覚年:2009年(57歳?)
  • 発覚時地位:アップステート医科大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)はミラー研究室の研究者(院生?)で、大学への公益通報
  • ステップ2(メディア):
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①アップステート医科大学・調査委員会。②研究公正局。~2012年2月26日
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。研究公正局の報告はある
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:撤回論文は3報
  • 時期:研究キャリアの後期から
  • 損害額:総額(推定)は20億2600万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円が33年間=6億6千万円。④アイオワ大学時代にNIHから約3億2千万円、アップステート医科大学時代にNIHから約9億4千万円の研究費を受領。全部の研究成果が信用されないとして計12億6千万円。他からも受領していたと思われるが調べていないし、②で考慮したつもり。⑤調査経費(大学と研究公正局と学術誌出版局)が5千万円。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円。3報撤回=600万円
  • 結末:辞職。3年間の締め出し処分

●2.【経歴と経過】

主な出典:Researcher noted for his work on brian development to join SUNY Upstate and the VA Medical Center | SUNY Upstate Medical University 、(保存版

  • 生年月日:不明。仮に1952年1月1日生まれとする。1974年の大学卒業時を22歳とした
  • 1974年(22歳?):タフツ大学(Tufts University)を卒業
  • 1976年(24歳?):ニューヨーク市立大学シティカレッジ(City College of New York)で修士号
  • 1979年(27歳?):マウントサイナイ医科大学(Mount Sinai School of Medicine)で研究博士号(PhD)を取得した
  • 1993年(41歳?):アイオワ大学医科大学院(University of Iowa College of Medicine)・教授
  • 2000年(48歳?):アップステート医科大学(SUNY Upstate Medical University)・教授
  • 2009年(57歳?):不正研究が発覚する
  • 2011年11月(59歳?):アップステート医科大学・教授を辞職
  • 2012年2月26日(60歳?):研究公正局は、ミラーにネカトがあったと発表した

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★NIHグラントの受給

1992年以前は不明だが、アイオワ大学時代の1993年~2000年の8年間にNIHから17件・総額3,212.955ドル(約3億2千万円)のグラントを受給していた。
アップステート医科大学の2000年~2010年の11年間にNIHから26件・総額9,353,136ドル(約9億4千万円)のグラントを受給していた。

★不正発覚

2000年(48歳?)、ミラーは研究費321万ドル(約3億2千万円)の研究成果と機材を手土産に、アイオワ大学医科大学院(University of Iowa College of Medicine)・教授からアップステート医科大学(SUNY Upstate Medical University)・教授に移籍した。

2009年(57歳?)、ミラー研究室の研究者(院生?)がアップステート医科大学にネカトの申し立てた。

アップステート医科大学のスティーブン・グッドマン研究担当副学長(Steven Goodman、写真出典)は、調査委員会を設置した。多くの人からの聞き取り調査及び、原稿、コンピュータファイル、実験ノートを精査するという長い調査を開始した。

2012年2月26日(60歳?)、研究公正局は、ミラーにネカトがあったと発表した。ミラーは、ネカトをしたと認めていないが、否定もしていなかった。

ミラーは、1年間連邦政府機関と契約したり下請けしたりしないことに合意した。 その1年間の期間が終了した後、ミラーが研究に従事する時は、2年間監督下に置かれることも了承した。

アップステート医科大学は、連邦政府に助成金を返還する必要がないとされた。

★ネカトを隠して再就職?

以下は、2013年2月19日(61歳?)の「撤回監視(Retraction Watch)」の記事からである。

ミラーは2011年11月(59歳?)にアップステート医科大学を辞職しているのだが、ワシントンDCのコンサルタント会社「Strategic Health Care」に就職し、研究費申請サポートをしていた(グラント書きの代筆?)。以下の能力・経験を宣伝していた。

ミラー博士は30年以上、連邦政府の研究支援を得てきた経験があります。 これには、個々の助成金(R01とR03)と、NIHのプレドク・ポスドクのフェローシップ、退役軍人局からのメリットレビューと研究キャリア賞、民間財団からの助成金などです。ミラー博士は、5つの研究機関を統括し、900万ドルのNIHセンター助成金(P50)を獲得した経験もあります。

ただし、研究公正局がネカト者と発表したことは触れていない。

「撤回監視(Retraction Watch)」が「Strategic Health Care」社に、ミラーの採用の様子を聞いた。

当社は、ミラー氏に制裁が課される前にミラー氏と契約しておりました。従って、彼の履歴書には研究公正局がネカトと認定した件は記載されておりません。しかし、ミラー氏はこの情報を当社に報告すべきでした。当社はミラー氏との契約を終了し、ウェブサイトからミラー氏の項目を削除しました。貴殿が当社に連絡してくださったことを感謝します。当社は今回の件を非常に真剣に受け止めております。

「grant-writing services」って研究費申請サポート、つまり、グラント書きの代筆ですよね。こんな商売、そもそもアリなんでしょうか?

【ねつ造・改ざんの具体例】

2012年2月26日(60歳?)、研究公正局は、ミラーにネカトがあったと発表した(【主要情報源】①)。

4件の研究費申請書:
・R01 AA07568-18
・R01 AA07568-18A1
・R01 AA006916-25
・ P50 AA017823-01

2報の出版論文と1報の論文原稿(以下)。

  1. Miller, M.W., Hu, H. “Lability of neuronal lineage decisions is revealed by acute exposures to ethanol.’ Dev. Neurosci. 31(1-2):50-7, 2009 (“Dev. Neurosci. 2009′)
  2. Bruns, M.B., Miller, M.W. “Functional nerve growth factor and trkA autocrine/paracrine circuits in adult rat cortex are revealed by episodic ethanol exposure and withdrawal.’ J. Neurochem. 100(5):1115-68, 2007 (“J. Neurochem. 2007′)
  3. PNASへ 投稿した論文原稿

研究公正局は以下の点を不正とした。

研究費申請書R01 AA07568-18A1の図5の改ざん:胎内でエタノール暴露されると細胞はPax6発現からTbr2発現へ変化するというミラーの仮説と一致するように棒グラフを改ざんした。

もう少し具体的に記載してあるが、なんせ研究費申請書なので、図5を見ることができない。

出版論文のネカトを探った。

★「2009年のDev. Neurosci.」論文

「2009年のDev. Neurosci.」論文の書誌情報を以下に示す。2012年に撤回された。

研究公正局の報告書は、図2と図5に改ざんがあったとある。

以下が図2である。この棒グラフを改ざんしたのだ。この改ざんは簡単で、発覚しにくい。内部の人しか改ざんがわからない。

以下が図5である。図2と似た棒グラフなので、図2と同じように改ざんしたのだろう。

★「2007年のJ. Neurochem.」論文

「2007年のJ. Neurochem.」論文の書誌情報を以下に示す。2012年に撤回された。

研究公正局の報告書には、図4と図6に改ざんがあったとある。

以下が図4である。この棒グラフをミラーの仮説と一致するように改ざんした。この改ざんもするのが簡単で、発覚しにくい。内部の人しか改ざんがわからない。

 

以下が図6である。改ざんしたのは図6の中の棒グラフである。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2017年8月30日現在、パブメド(PubMed)で、マイケル・ミラー(Michael W. Miller)の論文を「Michael W. Miller [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、1996年の2論文と2002年~2017年の16年間の137論文がヒットした。タイトルから判断して1996年の2論文は本記事とは別人の論文である。

「Miller MW[Author]」で検索すると、1947~2017年の71年間の779論文がヒットした。この779論文には本記事とは別人の論文が多数、含まれている。

2017年8月30日現在、「Miller MW[Author] AND retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、以下の3論文が撤回されていた。

  1. Ethanol affects transforming growth factor beta1-initiated signals: cross-talking pathways in the developing rat cerebral wall.
    Powrozek TA, Miller MW.
    J Neurosci. 2009 Jul 29;29(30):9521-33. doi: 10.1523/JNEUROSCI.2371-09.2009.
    Retraction in:
    J Neurosci. 2013 Apr 10;33(15):6706.
    PMID:19641115
  2. Lability of neuronal lineage decisions is revealed by acute exposures to ethanol.
    Miller MW, Hu H.
    Dev Neurosci. 2009;31(1-2):50-7. doi: 10.1159/000207493. Epub 2009 Apr 17.
    Retraction in:
    Dev Neurosci. 2012;33(6):548.
    PMID:19372686
  3. Functional nerve growth factor and trkA autocrine/paracrine circuits in adult rat cortex are revealed by episodic ethanol exposure and withdrawal.
    Bruns MB, Miller MW.
    J Neurochem. 2007 Mar;100(5):1155-68.
    Retraction in:
    J Neurochem. 2012 Mar;120(6):1141.
    PMID:17316397

★パブピア(PubPeer)

2017年8月30日現在、「パブピア(PubPeer)」ではマイケル・ミラー(Michael W. Miller)の論文にコメントはない。:PubPeer – Search publications and join the conversation.

●7.【白楽の感想】

《1》動機

ミラーの3つの撤回論文の内、最古のは2007年出版である。この年、ミラーは55歳(?)で、既に10年以上も大学教授を務め、優秀という評判を得ていた。多額の研究費も受給していた。

このような研究者が、どうして、ネカトをしたのだろう?

一般的に言えば、ネカトは簡単にできるし、見返りが大きく、発覚率も1%なので、まず見つからない。

だから、してしまう? イヤイヤ、それなら、もっと若い時からしていたハズだ。55歳の大学教授では、失うものが大きすぎる。

「失うものが大きすぎる」のはブレーキにならないのか?

それとも、発覚していないだけで、若い時からしていたのだろうか?

白楽は「若い時からしていた」可能性が「あり」だと思う。ミラーは、若い時からネカトをし、多額の研究費を得、他人より早く出世したのだろう。

棒グラフの改ざんは、一緒に研究している人しかわからない。昔の論文でも生データが保存されていれば、わかるかもしれないが、まず、保存されていない。

もし保存されていたとしても、もっているのはミラー本人だけだろう。

さらに、その生データそのものが改ざんされていたら、証明は全くできない。

つまり、棒グラフの改ざんは、内部告発でしか見つけられないし、昔のネカト行為を証明できない。

《2》情報:その1

ミラー事件は2012年の事件で5年前である。ウェブ上の情報がすっかり削除されていて、ネカトに至った状況が断片的にしかつかめない。
→ 事件報道を集めたサイトもリンクが切れている:Michael W. Miller

「ウェブ上の情報がすっかり削除」なら、白楽は、気配を察して、ネカト発覚予定者の情報を事前に収集しておかなくてはならない。

ウウン? そんなのムリだあ。ネカト発覚予定者ナンて、わかりません。

《3》情報:その2

ネカト事件は、かつて、ニューヨーク・タイムズやロサンゼルス・タイムズなどの主要新聞、それに事件が起こった地元の新聞が詳細な記事を書いていた。

日本の新聞記事が電報文のようにネカト報道をするのと異なり、米国の新聞記事は、著書の1つの章のように詳しく報道する。日本の週刊文春や週刊新潮などの週刊誌のように詳細である。本ブログではそのような記事を多いに参考にさせてもらっている。

しかし、数年前から主要新聞・地元新聞のネカト記事は激減している。報道していても記事が低調である。

どうしてだろうか?

米国社会はネカト事件への興味を失っているのだろうか?

「撤回監視(Retraction Watch)」が活動し始め、主要新聞・地元新聞はネカト記事に関して「撤回監視(Retraction Watch)」には到底かなわないと思っているのだろうか? 

しかし、読者対象は違うのだけれど。

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●8.【主要情報源】

① 2012年3月2日、研究公正局の報告:NOT-OD-12-067: Findings of Research Misconduct
② 「撤回監視(Retraction Watch)」記事群: michael w miller Archives – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 2012年2月28日のジェームズ・モルダー(James T. Mulder)記者の「syracuse.com」記事:Former high-ranking scientist at Upstate Medical faked research, federal investigation shows | syracuse.com、(保存版
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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