工学:シャヒド・アザム(Shahid Azam)(カナダ)

ワンポイント:院生に修士論文の盗用と訴えられたが、その修士論文は彼が書いた

【概略】
 shahid_picシャヒド・アザム(Shahid Azam、写真出典)は、カナダのレジャイナ大学(University of Regina)・教授で、専門は工学(地質工学)である。

2014年(46歳?)、この年の2月に出版した「2014年のEnvironmental Geotechnics誌」論文が、2年前に修士課程を卒業した男性院生の修士論文(2011年12月)の盗用と本人に訴えられた。出版社は論文は撤回した。

しかし、アザム教授は、自分がその修士論文のかなりの部分を書いたと主張した。一方、男性院生は自分が書いたと主張している。大学はアザム教授を処分しなかった。

この事件は、「iThenticate」誌の「盗用」スキャンダル・ランキングで、2014年の第5位である(2014年ランキング | 研究倫理

banner_135カナダのレジャイナ大学(University of Regina)。写真出典

  • 国:カナダ
  • 成長国:パキスタン
  • 研究博士号(PhD)取得:カナダのアルバータ大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に、1968年1月1日生まれとする。
  • 現在の年齢:56 歳?
  • 分野:地質工学
  • 最初の不正論文発表:2014年(46歳?)
  • 発覚年:2014年(46歳?)
  • 発覚時地位:カナダのレジャイナ大学・教授
  • 発覚:研究室の元・院生
  • 調査:①学術誌・編集部。②カナダ放送協会(CBC)の調査チーム。
  • 不正:盗用
  • 不正論文数:1報
  • 時期:研究キャリアの後期から
  • 結末:おとがめなし

【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に、1968年1月1日生まれとする。パキスタンに生まれる(推定)
  • 1990年(22歳?):パキスタンのペシャワール大学(University of Peshawar)を卒業。政治学専攻
  • 1992年(24歳?):パキスタンの工学技術大学(University of Engineering & Technology)を卒業。土木工学専攻
  • 1997年(29歳?):サウジアラビアのキング・ファハド石油・鉱物大学King Fahd University of Petroleum & Minerals)で修士号取得。地質工学
  • 2003年(35歳?):カナダのアルバータ大学(University of Alberta)で研究博士号(PhD)取得。地球環境工学
  • 20xx年(xx歳):カナダのレジャイナ大学(University of Regina)・教授。地質工学
  • 2011年(43歳?):カナダのマニトバ大学(University of Manitoba)の「大学運営コース(University Management Course)」終了証取得
  • 2014年4月(46歳?):盗用と訴えられた
  • 2015年(47歳?):カナダのレジャイナ大学(University of Regina)の 「Crucial Conversations Workshop」終了証取得

【不正発覚の経緯と内容】

★経緯

arjun-paul-12011年12月、アザム研究室の修士院生・アルジュン・ポール(Arjun Paul、写真出典)は修士論文「Statistical modelling for tailings consolidation using index properties」を提出して修士号を取得した。

2014年2月、アザム教授はEnvironmental Geotechnics誌に論文を発表した(書誌情報は以下)。これを「2014年のEnvironmental Geotechnics誌」論文と呼ぶ。

  • Study on large strain consolidation of mine waste tailings
    Shahid Azam
    Environmental Geotechnics  Volume 1 Issue 1, February 2014, pp. 48-55,  E-ISSN 2051-803X

2014年4月、元・院生のポールが、アザム教授の「2014年のEnvironmental Geotechnics誌」論文はポールの修士論文の盗用だと訴えた。

2014年11月、アザム教授の「2014年のEnvironmental Geotechnics誌」論文はポールの修士論文の盗用という理由で撤回された。学術誌は、2015年5月25日、「著作権の問題で撤回」と公表した(ICE Virtual Library)。

アザム教授は、盗用を否定している。

アザム教授は、論文とポールの修士論文に類似性があるのは認めている。しかし、それは盗用だという意味ではないと主張している。というのは、ポールの修士論文のその部分は、アザム教授自身が書いた、と主張しているのだ。

【盗用の内容】

カナダ放送協会(CBC:Canadian Broadcasting Corporation)の「iTeam」が分析した結果、類似している文章は全体の24%で、3つの章はほとんど同じだった(University of Regina prof investigated for allegedly plagiarizing student’s work – Saskatchewan – CBC News)。

★類似点1.全部同じ(赤字部分)
1
★類似点2.文章を前後させているがほぼ同じ(同じ色が類似文章)
2

★類似点3.ほぼ同じ(赤字部分)

ポールの修士論文 76頁、1節
Consistency limits for sedimentary clays covered a wide range due to the presence of various clays. Sesquioxide coating of clays and dominance of non-clays resulted in lower liquid and plastic limits for residual soils. Higher consistency limits for oil sand tailings were due to residual bitumen that imparts thixotropy and lubrication.

「2014年のEnvironmental Geotechnics誌」論文 54、2節
Consistency limits for sedimentary clays covered a wide range due to the presence of various clay minerals. Sesquioxide coating of clays and dominance of non-clays resulted in lower liquid and plastic limits for residual soils. The relatively high limits for oil sand tailings were due to residual bitumen that imparts thixotropy and lubrication.

【双方の言い分と第3者の意見】

★アザム教授の言い分

  • アザム教授は、「共著の論文を引用しなかったのは自分のミスです。指摘された時、すぐに、論文を訂正したいと思いました」、と述べている。
  •  azam-and-runyowa-sit-down-with-the-iteamアザム教授の弁護士・タベングワ・ラニィオワ(Tavengwa Runyowa、写真の左 出典)は、「この程度のことは盗用に該当しない」、と判断している。
  • なお、レジャイナ大学のウェブサイトでは、盗用を、「出典を正式に引用しないで、他人の文章を、一語一句同じ、または少し言い替えて、一行でも使用すること」、と定義している。
  • ポールの修士論文と自分の「2014年のEnvironmental Geotechnics誌」論文に多くの類似点がある理由を問われ、アザム教授は、「実際は、ポールの修士論文の数か所を自分が書いたからだ。ポールが修士論文を提出する前、ポールと共著で2つの論文を出版している。その2つの論文はほとんど自分が執筆した。ポールは、彼の修士論文の主要部分を、この2つの論文に書いた文章から使っている。端的に言えば、ポールはその2つの論文を編集して、修士論文に仕上げたのだ」。
  • アザム教授はさらに踏み込んで、言わなくてもいいことを言った。「ポールは、その研究テーマで論文を書き上げるライティングスキルを持っていなかった。文献を選び、分析し、データを解釈し、意味のある結論を書く経験とライティングスキルを持っていなかった」。「論文の“盗用”とされている部分は、ポールのオリジナルの文章でもアイデアでもありません。その部分は、ほとんど私の文章とアイデアです。ポールがそれを利用しただけです」。
  • アザム教授は、「自分の文章とアイデアを自分が使ったのだから、ポールの修士Shahid Azam論文を引用しなくても良いと理解したわけです。これは工学分野では常識です」。
  • 「ポールが共著者に入っていない数年前の私の論文の文章と同じ文章が、ポールの修士論文にあります。“盗用”と言うなら、むしろ、私の文章をポールが“盗用”したのです。年月の経過から判断して、私の論文がポールの修士論文の内容を盗用するのは不可能です」。
  • 「つまり、ポールの修士論文は私の論文の文章を土台にしているのです」。

★元・院生・ポールの言い分

  • 「自分は、修士論文を自分で書いて、アザム教授に修正を依頼した。アザム教授が自分の修士論文の一部を執筆したという主張には同意できない」。
  • 「研究能力が足りないという指摘には抗議する。自分は猛勉強したし、良い成績を得ている。「研究能力が足りない」なら、どうしてよい成績が得られ、修士号を取得できたのだ?」

★第3者の意見

Eckel%20Ed%20-University%20Libraries%20Webウェスタン・ミシガン大学(Western Michigan University)のエドワード・エッケル教授(Edward Eckel、写真出典)の意見。

  • 一般的に言えば、これは盗用の部類である。
  • まず、アザム教授はポールの修士論文を引用すべきだった。それに、「2014年のEnvironmental Geotechnics誌」論文では、ポールを共著者とすべきだったでしょう。
  • 実のところ、アザム教授の弁明は盗用よりも悪い。つまり、能力のない人に修士号を授与した、と言っていることになる。
  • 一般的に工学分野では、引用符を使うか使わないか、学生・院生の貢献をどうクレジットするかなど、引用に関する議論を避けている面がある。引用符なしで自分たちの過去の論文の文章をそのまま使うことも普通に行なわれている。ただ、だからと言って、そうしていいという理由にはならない。

【研究室の陣容】

2016年2月2日現在、シャヒド・アザム(Shahid Azam)のサイトに(http://uregina.ca/~azam200s/Research.htm)、 ポスドク1人、博士院生2人、修士院生16人、研究補助員(Research Associates)5人とある。博士院生に比べ、修士院生が多いが地質工学では平均的かもしれない。

【論文数と撤回論文】

シャヒド・アザム(Shahid Azam)の論文数と撤回論文は、地質工学に関して、「無料」で検索できる論文データベースがない(わからない)ので、調べられませんでした。

なお、有料サイトはあります。例えば、
GeoRef Information Services | American Geosciences Institute

それで、論文総数はわかりませんが、シャヒド・アザム(Shahid Azam)のサイトに(http://uregina.ca/~azam200s/)には、数十報の論文がリストされている。

問題となった「2014年のEnvironmental Geotechnics誌」論文は、論文のサイトを見ると、撤回されている。他に撤回論文があるのかはわかりません。

【白楽の感想】

《1》院生は論文を書く修行中

元・院生が自分の修士論文の文章が、かつて所属していた教授の論文に使われた。それを盗用と訴えた。

Shahid Azam2これは、両者の主張と論文状況を調べる限り、アザム教授の「自分がその修士論文のかなりの部分を書いた」主張が正しいと思う。

白楽の経験でも、ほとんどの学生・院生は独力で卒業論文・修士論文を書くことは難しい。修士論文を書いた経験のある院生なのに、独力で博士論文を書き上げるのは大変な苦労である。修士論文や博士論文は教員による審査があるが、院生が書いた論文を修正しないでそのまま審査すれば、多くの場合、「不合格」になる。

院生は、論文を書く過程で、教員の指導を受けながら、徐々にライティングスキルを上げていく。その最後の仕上げが博士論文である。だから、卒業論文や修士論文は、まともな論文になっていないことも多いし、それは、それでよいと白楽は思う。誰だって、最初がある。最初から高いレベルのことはできない。

以上が現実だ。

しかし、通常、院生を鼓舞して育てるのが目的だから、教授は院生に現実を突きつけない。白楽を含め多くの指導教員は、「よくここまで書いたね」とほめる。出来の悪い院生に対しても、成功の味を覚えさせ、達成感を持たせ、次の高いレベルを目指す意欲を与えたいからだ。

ただ、院生が「自分はできる」と勘違いすると、マズイことが起こる。「先生は、何も教えてくれなかった」ので、自分1人で、独力で、修士論文を書上げたと勘違いする院生である。

そして、被害者意識が強いと、教授を、“盗用”で訴える。

白楽が大学院生だった昔は違う。初めて自分で書いた英語論文の原稿を指導教授に持っていったら、1ぺージを軽く見て、「日本語で書いてこい!」と指導教授に突き返されたした。ショックで愕然とした。

2年後、後輩の院生が初めて書いた英語論文の原稿を「ちょっと見てくれないか」と、後輩の院生に渡された。白楽は、1ぺージを軽く見て、ショックで愕然とした。

英語の文章どころか、論文原稿の体裁がまったくデタラメだった。

先輩と言えども、他人に見せられる代物ではない。しかし、後輩は不安そうでもあるが、自慢げでもある。白楽は、2年前の自分の経験を考え、ショックを与えないように、ヒキツッタ顔を横に向けて、後輩の原稿を受け取った。

数日かけて直し、後輩に優しく諭した。その後輩は、博士号取得後、米国に渡り、現在は、米国の大学教授である。

要するに、院生は、1人で論文を書上げることは容易ではない。院生は他人(含・指導教員)の論文を“盗用”して論文の書き方を習得していく。自分の修士論文を指導教員が盗用したと訴える前に、自分はその文章を、どの論文から学んだ(真似た、“盗用”した)か、再考した方がいい。

《2》引用し共著

shahid-azam-with-students-at-the-u-of-r実態は上記のようだ。

白楽は、エドワード・エッケル教授の意見と同じである。

アザム教授はポールの修士論文を引用し、かつ、ポールを共著者とすべきだったろう。

修士論文を引用し、かつ、ポールを共著者としても、アザム教授には、何のマイナスもない。

《3》院生は教授とトラブル?

元・院生のポールは、異常に自尊心が高いか、そうでなければ、教授と別のトラブルがあったと思われる。

例えば、ポールは、博士課程まで進学して大学教授になりたいと思っていたが、教授にやんわり否定されたとか。

研究ネカト事件の裏事情として、金銭、恋愛、人間関係などでのトラブルが、実は重要だと思われるが、大学の調査でも、メディア記事でも、裏事情は書かれない。

元・院生がどんな些細なことを根に持っているのかわからない。日本では、2009年、中央大学理工学部・教授が元教え子に大学で刺殺されている。その理由は「忘年会で教授に話しかけてもらえなかった」である。些細というか、不可解というか、理不尽である(中央大学教授刺殺事件 – Wikipedia)。

【主要情報源】
① ◎2014年11月13日のジオフ・レオ(Geoff Leo)の「CBC News」記事:University of Regina prof investigated for allegedly plagiarizing student’s work – Saskatchewan – CBC News保存版
② 2014年11月13日のキャット・ファーガソン(Cat Ferguson)の「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:Professor defends ripping off his student by insulting him in the media – Retraction Watch at Retraction Watch保存版
③ 2014年12月4日のジョナサン・ベイリー(Jonathan Bailey)の「Plagiarism Blog」記事:Power Dynamics in Plagiarism
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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