2018年4月25日掲載。
ワンポイント: 2018年3月26日(66歳)、トランプ大統領に指名され、米国の疾病管理予防センター・長官に就任したエイズ・ウイルス研究者。1990年(39歳)前後、ウォルター・リード陸軍研究所(Walter Reed Army Institute of Research)・レトロウイルス部・部長の時、治療用エイズ・ワクチンの臨床試験を行なった。臨床試験の報告論文である「1991年のN Engl J Med.」論文は、結果を操作(ねつ造・改ざん)、不適切な統計処理、データを偏って解釈(ねつ造・改ざん)し、エイズ・ワクチン(GP160 AIDS vaccine)の有効性を意図的に誇張したと批判された。例えば、当時、空軍のエイズ診療ユニット所長だったクレイグ・ヘンドリックス(Craig Hendrix)が批判した。1993年(42歳)、陸軍がネカト調査をした。しかし、事件をもみ消すかのように、シロと結論した。損害額の総額(推定)は長官なので10億円(当てずっぽう)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
ロバート・レッドフィールド(Robert R. Redfield、写真出典)は、トランプ大統領に指名され、 2018年3月26日、米国の疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)の長官に就任した。この長官職就任は議会の承認を必要としない。専門はエイズウイルスである。
米国の疾病管理予防センター(CDC、Centers for Disease Control and Prevention)は、ジョージア州・アトランタにある連邦政府の国立研究所で、保健福祉省所管である。所員約15,000人を擁し、疾病予防・衛生管理・健康増進の政策決定に必要な情報提供と活動では、世界で最も信頼され、中心的存在である。
ところが、約30年前、レッドフィールドはネカト者だと指摘されていた。
1990年(39歳)前後、レッドフィールドがウォルター・リード陸軍研究所(Walter Reed Army Institute of Research)・レトロウイルス部・部長だった時、治療用エイズ・ワクチンの臨床試験を行なった。
その報告論文である「1991年のN Engl J Med.」論文で、結果を操作(ねつ造・改ざん)、不適切な統計処理、データの偏って解釈(ねつ造・改ざん)をし、エイズ・ワクチン(GP160 AIDS vaccine)の有効性を意図的に誇張したと非難された。
1993年(42歳)、陸軍がネカト調査をしたが、事件をもみ消すかのように、シロと結論していた。
米国ジョージア州・アトランタにある連邦機関の疾病管理予防センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:ジョージタウン大学医科大学院
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:男性
- 生年月日:1951年7月10日
- 現在の年齢:73 歳
- 分野:ウイルス学
- 最初の疑惑論文発表:1991年(40歳)
- 発覚年:1992年(41歳)
- 発覚時地位:ウォルター・リード陸軍研究所・部長
- ステップ1(発覚):第一次追及者は、当時、空軍のエイズ診療ユニット所長だったクレイグ・ヘンドリックス(Craig Hendrix)で、陸軍に公益通報
- ステップ2(メディア):「Science」、非営利組織「パブリック・シチズン(Public Citizen)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①陸軍・調査委員会は無罪とした
- 陸軍・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 所属機関の事件への透明性:実名報道だが機関のウェブ公表なし(△)
- 不正:ねつ造・改ざん。公式には無罪
- 不正疑惑論文数:2報
- 時期:研究キャリアの中期
- 損害額:総額(推定)は疾病管理予防センター・長官なので10億円(当てずっぽう)。
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を降格(▽)。
- 処分: なし
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:1951年7月10日
- 1973年(22歳):ジョージタウン大学(Georgetown University)で学士号取得:科学
- 1977年(26歳):ジョージタウン大学医科大学院(Georgetown University School of Medicine)で医師免許取得
- 1978–1982年(27–31歳):ウォルター・リード陸軍医療センター(Walter Reed Army Medical Center)で研修医
- 1982– 1994年(31–43歳):ウォルター・リード陸軍研究所(Walter Reed Army Institute of Research)・研究員。後に、レトロウイルス部・部長
- 1993年(42歳):不正研究が発覚する
- 1994年(43歳):ウォルター・リード陸軍研究所・レトロウイルス部・部長から患者を治療するよう部署に移籍させられた
- 1996年?(45歳):メリーランド大学医科大学院(University of Maryland School of Medicine)・教授
- 1996年(45歳):メリーランド大学医科大学院の研究所としてヒト・ウイルス研究所(Institute of Human Virology)を設立
- 2018年3月26日(66歳):米国の疾病管理予防センター(CDC、Centers for Disease Control and Prevention)・長官
●3.【動画】
ネカト事件の動画はない。
【動画1】
ニュース動画:「次のCDC長官は長年のエイズ研究者(Next CDC Director Is Longtime AIDS Researcher – One News Page VIDEO)」(英語)37秒。
One News Page VIDEO が2018年3月21日に公開
https://www.onenewspage.com/video/20180322/9820525/Next-CDC-Director-Is-Longtime-AIDS-Researcher.htm#
●4.【日本語の解説】
以下の日本語はネカト事件の解説ではありません。
★2018年4月5日:BioToday – 米国の新たなCDC長Robert Redfield氏がワクチン支持を明確
出典 → ココ、
国民の健康を守ることが仕事なのにタバコ会社を株式を買っていたり職場で株取引に勤しんでいたことがバレてアメリカ疾病管理センター(CDC)長の座を追われたBrenda Fitzgerald氏に代わってトランプ大統領の医療政策部門の右腕となったRobert Redfield氏がワクチン接種の支持を明確に示しました。
以下有料。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★エイズ
1981年6月5日、米国でエイズ(AIDS、後天性免疫不全症候群)患者が最初に報告された。その後、世界中を恐怖に巻き込んだ最初の患者である。
1983年、フランスのリュック・モンタニエとフランソワーズ・バレシヌシがエイズの原因は「LAV(Lymphadenopathy-associated virus)」ウイルスだと突き止めた。しかし、原因がわかっても治療法がなく、不治の病で死亡率が高いエイズは、感染・発症すれば死が宣告されたと同然の恐ろしい病気だった。
1996年、抗レトロウイルス療法(anti-retroviral therapy ; ART)が導入されたことで死亡率が劇的に改ざん、改善され、15年間の恐怖がようやくやわらいだ。
2018年4月24日現在、しかし、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に対する効果的なワクチンは無い(HIVワクチン – Wikipedia)。
★治療用エイズ・ワクチン(GP160 AIDS vaccine)の臨床試験(フェーズⅠ・Ⅱ)
話は時代をさかのぼる。
1990年頃、レッドフィールドは、エイズが猛威をふるっていた時、NIHの通りの向かい側にあるウォルター・リード陸軍研究所(Walter Reed Army Institute)のレトロウイルス部・部長として、エイズ・ワクチンの開発研究をしていた。
マイクロ・ジーン・シス社(MicroGeneSys)製造のエイズワクチン「VaxSyn」。Photo: Science Photo Library/alamy
1990年前後、レッドフィールドは、マイクロ・ジーン・シス社(MicroGeneSys)製造の治療用エイズ・ワクチン(GP160 AIDS vaccine、商品名はVaxSyn)の臨床試験(フェーズⅠ・Ⅱ)の責任者だった。
1991年、臨床試験(フェーズⅠ)の結果を「1991年のN Engl J Med.」論文に発表した。
- A phase I evaluation of the safety and immunogenicity of vaccination with recombinant gp160 in patients with early human immunodeficiency virus infection. Military Medical Consortium for Applied Retroviral Research.
Redfield RR, Birx DL, Ketter N, Tramont E, Polonis V, Davis C, Brundage JF, Smith G, Johnson S, Fowler A, et al.
N Engl J Med. 1991 Jun 13;324(24):1677-84.
PMID:1674589
1992年、以下の総説も発表した。
- HIV-specific vaccine therapy: concepts, status, and future directions.
Redfield RR, Birx DL.
AIDS Res Hum Retroviruses. 1992 Jun;8(6):1051-8. Review. No abstract available.
PMID:1503819
これらの論文で、レッドフィールドは、ワクチン接種を受けた人々の血液中のHIV量が統計的に有意に減少したと報告した。つまり、エイズワクチン「VaxSyn」が有効であるという報告だった。
1992年、しかし、これらの論文は、臨床試験の結果を、操作(ねつ造・改ざん)し、不適切な統計処理をし、データを偏った解釈(ねつ造・改ざん)することで、治療用エイズ・ワクチン(GP160 AIDS vaccine)の有効性を意図的に誇張していると、問題視された。
例えば、元空軍中将で現在はジョンズ・ホプキンス大学医科大学院の臨床薬理学のクレイグ・ヘンドリックス教授(Craig Hendrix、写真出典)は、当時、空軍のエイズ診療ユニット所長だった。「レッドフィールドは、データをねつ造したか、ねつ造でなければ、かなりズサンにデータを扱った」と指摘している。
ヘンドリックス教授は、「レッドフィールドの研究チームの2人の研究員が、研究結果を再現しようとしたが、再現できなかった。 それで、軍の上層部に通報したが、無視された」と述べている。
レッドフィールドの上司は、ヘンドリックスに、レッドフィールドと他の研究者との会議を設定したので、レッドフィールドのネカト問題を軍の上層部に通報しないようにと、ヘンドリックスに要望した。
1992年10月21日、軍の設定した会議で、レッドフィールドは治療用エイズ・ワクチン(GP160 AIDS vaccine)の臨床試験結果の有望さを誇張したことを認めた。そして、次の3点が確認された。①公表データを訂正し、速やかに科学界に伝えること。②レッドフィールドの研究を停止させること。③研究公正局(当時は科学公正局かも)などの第三者機関に調査を依頼すること。
ヘンドリックスはその時、「問題は解決した」と思った。
しかし、レッドフィールドが上記会議の約10日前の1992年10月11-14日に、治療用エイズ・ワクチンの有望さをカリフォルニアで開催のICAAC学会で発表していた(以下、要旨。出典:Public Citizen)。ヘンドリックスはこの事実を知り、ネカト調査を要求する正式な申し立てを行なった。
空軍の予備調査は、「レッドフィールドが発表した研究成果は、研究者としての信頼性を真剣に脅かすもので、軍全体へのエイズ研究助成に悪影響を及ぼす」と判断し、本調査するとした。
しかし、陸軍は本調査を開始しなかった。ヘンドリックスは、当時、軍の調査委員からインタビューを受けたが、その人物は「非公式」な会合だったと述べ、調査だったことを否定している。
ヘンドリックスはその後、調査の結果について病院の司令官に尋ねた。司令官の答えは、別の役人に尋ねるようとのことだった。
ヘンドリックスが「わかりました」と司令官に言うと、司令官はヘンドリックスに「私たちはこれについて再び議論するつもりはありません」と高圧的に電話を切った。
★陸軍はシロと結論
1993年8月、陸軍は、8か月間の調査の結果、レッドフィールドの論文に誇張(ねつ造・改ざん)はなかったと結論した。200ページに及ぶ調査報告書は公表されなかったが、「Science」誌が情報公開法に基づいた調査報告書の公開を要求すると、黒塗りの書類が開示された。
陸軍は、まるで事件をもみ消すかのように、シロと結論した印象である。
ネカトでシロと結論したにもかかわらず、陸軍は、レッドフィールドを更迭した。
シロと結論したので、更迭には別の理由が必要である。
保守的な非政府組織「健全なエイズ/ HIV政策のためのアメリカ人(Americans for a Sound AIDS/HIV Policy)」との緊密な関係があったという理由で、陸軍は、レッドフィールドを、彼が主宰していたウォルター・リード陸軍研究所・レトロウイルス部長からはずし、研究部門ではない、患者を治療する部署に移籍(更迭)した。
移籍の理由について、陸軍はわざわざ、彼を処罰したのではないと述べている。
一方、矛盾するかのように、陸軍はまた、レッドフィールドの研究データを訂正し、治療用エイズ・ワクチン(GP160 AIDS vaccine)の臨床試験を廃止した。
ワクチン製造企業の命を受けた元上院議員がロビー活動をしたので、米国議会はワクチンのために2000万ドル(約20億円)の予算を割り当てていた。それで、エイズ・ワクチンのプロジェクトは以前より注目を集め、批判にさらされていた。
ヘンドリックスは、「ネカト問題が起こる前は、レッドフィールドはエイズ予防に重要な貢献をしていました。私は彼を尊敬していました。レッドフィールドと数年間やりとりし、今でも、恨みを抱いておりません。しかし、レッドフィールドのデータに対する疑義申し立てに、陸軍は間違った扱いをしたため、事実は永久に闇の中になってしまいました」と述べている。
ヘンドリックスは、また、次のように述べている。
誤ったデータは「誤ったデータ」だと指摘されなければ、他の科学者が同じミスを繰り返します。また、役に立たない薬やワクチンなのに、「役に立たない薬やワクチン」だと指摘されなければ、研究者と製薬企業は開発を進め、医師と研究者は臨床試験をしようと計画します。
全く、資金の浪費です。
そして、資金の浪費よりもさらに重要なことは、科学に不可欠である「信頼」を損なったことです。真実が侵食され、「信頼」を損なえば、科学界全体が崩壊します。
★パッティー・マレー上院議員の手紙
2018年3月19日、民主党のパッティー・マレー上院議員(Sen. Patty Murray、写真同)は、レッドフィールドが疾病管理予防センター(CDC、Centers for Disease Control and Prevention)・長官に就任するのはふさわしくないと、ドナルド・トランプ大統領に手紙を書いた。
レッドフィールドは、1990年前後のエイズ・ワクチン(GP160 AIDS vaccine)の臨床試験でネカト疑惑が生じています。また、レッドフィールドは兵隊志願者にエイズ検査を行ない、陽性の兵士を他の兵士から隔離し排除しました。このように、レッドフィールドは規範としても倫理としても問題のある人物なので、連邦政府の長官として公衆衛生組織の運営する資格があるかどうか疑問です。
以下の文書をクリックすると、PDFファイル(696 KB、3ページ)が別窓で開きます。
★レッドフィールド事件の詳細記録
1971年にラルフ・ネーダー(Ralph Nader)が設立した非営利組織「パブリック・シチズン(Public Citizen)」がレッドフィールド事件の詳細を公表している。
→ Public Citizen – Wikipedia
「パブリック・シチズン(Public Citizen)」は、現在では15万人の会員を擁し政府や議会、産業界などを調査・監視しているほか、国民の健康を守ったり消費者の権利を保障したりするためのさまざまな法案を通したり政府機関の設立に寄与した。(ラルフ・ネーダー – Wikipedia)
以下の文書をクリックすると、レッドフィールド事件のPDFファイル(3.18 MB、41ページ)が別窓で開く。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2018年4月24日現在、パブメド(PubMed)で、ロバート・レッドフィールド(Robert R. Redfield)の論文を「Robert R. Redfield [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2018年の16年間の119論文がヒットした。
「Redfield RR[Author]」で検索すると、1950~2018年の73年間の233論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者の論文ではない論文が含まれている。
2018年4月24日現在、「Redfield RR[Author] AND retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2018年4月24日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ロバート・レッドフィールド(Robert R. Redfield)の論文のコメントはない:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》ネカト軽視の社会
レッドフィールド事件からネカトの実態と防止策を学ぶ、というより、どうして、トランプ大統領は過去にネカト疑惑がある人物を要職に就けたのだろうか?
過去のネカト疑惑を知らなかった? そんなことはないだろう。
となれば、過去のネカト疑惑は大した問題ではないと考えたということだ。困ったもんである。
なお、白楽のブログはネカトブログなので、レッドフィールドについて、ネカトを中心に記述した。それで結果的に、疾病管理予防センター・長官に指名したトランプ政権を批判的に記述した。
しかし、賢い読者はもちろん気が付いていると思うが、レッドフィールドが優秀で疾病管理予防センター・長官にふさわしいという意見はたくさんある。
ロバート・レッドフィールド(Robert Redfield)https://www.wsj.com/articles/robert-redfield-named-to-head-centers-for-disease-control-and-prevention-1521668552
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●8.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Robert R. Redfield – Wikipedia
② 2018年3月21日のマリサ・テイラー(Marisa Taylor)記者の記事:(1)「Washington Post」記事:Research Misconduct Allegations Shadow New CDC Head – The Washington Post、(保存版)。(2)「Kaiser Health News」記事: Research Misconduct Allegations Shadow New CDC Head | Kaiser Health News、(保存版)。(3)「MedCity News」記事:HIV research misconduct accusations loom over likely CDC pick – MedCity News
③ 1993年8月13日のコーエン(Cohen, J.)記者の「Science」記事:Science 13 August 1993; 261(5123): 824-5. Army clears Redfield–but fails to resolve controversy | Science
④ 2018年3月21日のジョン・コーエン(Jon Cohen)記者の「Science」記事:Trump’s pick to lead CDC both celebrated and censured | Science | AAAS、(保存版)
⑤ 2018年3月22日のアレクサンドラ・シファーリン(Alexandra Sifferlin)記者の「Time」記事:Controversial HIV Researcher Robert Redfield Is CDC Director | Time
⑥ 1992年11月5日のバリーマイヤー(Barry Meier.)記者の「New York Times」記事:U.S. INVESTIGATES AIDS RESEARCHER – The New York Times、(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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