ギルバート・ウェルチ(Gilbert Welch)(米)

2019年3月22日掲載。

ワンポイント:ダートマス大学(Dartmouth College)・教授・医師で、著名な医療政策学者。「2016年のN Engl J Med」論文で、同僚・サミル・ソネジ準教授(Samir Soneji)のアイデアと研究結果を盗んだと、2018年7月14日(64歳?)、ダートマス大学が結論した。学術誌「N Engl J Med」は盗用ではなく著者在順とし、論文撤回していない。2018年9月13日、ウェルチ(64歳?)は、ダートマス大学を辞職した。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

ギルバート・ウェルチ(H. Gilbert Welch、写真出典)は、米国のダートマス大学(Dartmouth College)・教授・医師で、専門は医療政策学である。

過剰な検診に反対する医療政策を提唱し、米国の医療政策に大きな影響力を持っている。
→ 2017 年6月15日のギルバート・ウェルチ(H. Gilbert Welch)の記事: Too much medical care: bad for you, bad for health care systems

日本語に翻訳された著書は『病気の「数字」のウソを見抜く』(2011年)、『過剰診断: 健康診断があなたを病気にする』(2014年)の2冊がある(本の表紙出典はアマゾン)。

2016年10月(62歳?)、「2016年のN Engl J Med」論文を発表した。論文で、乳癌検査のマンモグラムは、命を救うよりも不必要な治療につながる可能性が高いと主張し、報道メディアと研究者から注目を集めた。この「2016年のN Engl J Med」論文はこの分野で最も引用されている2016年の論文のトップ1%内にランクされた。

「2016年のN Engl J Med」論文が出版され、一週間も経たないうちに、同僚・サミル・ソネジ準教授(Samir Soneji)に、アイデアと研究結果(図、グラフ)が盗用されたと告発された。

2018年7月14日(64歳?)、ダートマス大学は2年間の調査の結果、盗用と結論した。

学術誌「N Engl J Med」は盗用ではなく著者在順とし、論文撤回していない。

2018年9月13日(64歳?)、ウェルチは、ダートマス大学を辞職した。

ダートマス大学(Dartmouth College)・東キャンパス(East Campus)。写真By Kane5187Own work, Public Domain, Link

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 医師免許(MD)取得:シンシナティ大学
  • 公衆衛生学修士(M.P.H.)取得:ワシントン大学(University of Washington, Seattle)
  • 研究博士号(PhD)取得:なし
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1954年1月1日生まれとする。1972年に大学に入学した時を18歳とした
  • 現在の年齢:70 歳?
  • 分野:医療政策学
  • 最初の不正論文発表:2016年(62歳?)
  • 発覚年:2016年(62歳?)
  • 発覚時地位:ダートマス大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は同僚・サミル・ソネジ準教授(Samir Soneji)。大学に公益通報
  • ステップ2(メディア):「STAT」、「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ダートマス大学・調査委員会。②学術誌・編集部。
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:実名報道で機関もウェブ公表(含・研究公正局でクロ判定)(〇)[機関以外が詳細をウェブ公表(⦿)]。
  • 不正:盗用または著者在順
  • 不正論文数:1報
  • 盗用:研究アイデアと研究結果
  • 時期:研究キャリアの後期から
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)。
  • 処分: なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。内訳 ↓

  • ⑩損害額(大雑把)の場合: 5億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に1954年1月1日生まれとする。1972年に大学に入学した時を18歳とした
  • 1972 – 1976年(18- 22歳?):ハーバード大学(Harvard College, Cambridge)で学士号取得:経済学
  • 1977 – 1982年(23- 28歳?):シンシナティ大学(University of Cincinnati)で医師免許(MD)取得
  • 1988 – 1990年(34- 36歳?):ワシントン大学(University of Washington, Seattle)で公衆衛生学修士(M.P.H.)取得
  • 1990 – 1995年(36- 41歳?):ダートマス大学(Dartmouth College)・助教授
  • 1995 – 2000年(41- 46歳?):同・準教授
  • 2000年(46歳?):同・教授
  • 2016年10月(62歳?):すぐに問題視される「2016年のN Engl J Med」論文を発表
  • 2016年10月(62歳?):ネカトが発覚
  • 2018年7月14日(64歳?):ダートマス大学は調査の結果、盗用と結論
  • 2018年9月13日(64歳?):ダートマス大学(Dartmouth College)を辞職

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。たくさんの動画がある。以下、1つだけ示す。

【動画1】
研究成果を一般に伝える動画:「ギルバート・ウェルチ博士の「より少ない薬、より良い健康」(Less Medicine, More Health from Dr. Gilbert Welch) – YouTube」(英語)7分57秒。
Beacon Pressが2015/03/16 に公開

●4.【日本語の解説】

★2016年10月25日:NANA:乳がん検診(マンモグラフィ)と過剰診断~H Gilbert Welch氏の最新論文より~

出典 → ココ、(保存版

「2016年のN Engl J Med」論文の内容について触れている。盗用や著者在順については触れていない。

がん検診(スクリーニング)によって生じる過剰診断(Overdiagnosis)と過剰治療(Over treatment)の弊害の問題は、近年欧米の医療界を中心に真剣な議論が交わされる重要なテーマとなっています。

乳がんをはじめ肺がん、前立腺がん、甲状腺がん、子宮頸がん、大腸がんなど、多くのがん種で過剰診断・過剰治療が発生していることは疫学、医療統計学の専門家やがん研究者の間で共通の認識になりつつありますが、日本では、一般市民はもちろん医師の間でもその理解や周知はまだまだ遅れていると言わざるを得ません。

日本で行われている肺がん検診や胃がん検診は、効果(がん死亡の低減)を示す「エビデンス」がないなどの理由から欧米では行われていないにもかかわらず、日本では公費が投入され漫然と行われ続けています。
特に、この問題を考える上で重要な役割を果たすべきがん検診やがん診療に携わる医師や関係医療職(臨床検査技師、細胞検査士など)の間では、過剰診断の問題は軽視されるか殆んど無視され、メリットとデメリットに関する真摯な議論や検討はまともに行われていないのが現状だと思います。

そういった中で、過剰診断に関する研究の嚆矢(こうし)を切り開いた中心的研究者ともいえるH Gilbert Welch (MD)氏の最新研究論文がNEJM電子版に掲載されています。

Breast-Cancer Tumor Size, Overdiagnosis, and Mammography Screening Effectiveness

以下略。

https://www.facebook.com/h.gilbert.welch/photos/pb.710807075706336.-2207520000.1551679810./710822259038151/?type=3&theater

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★発覚以前

2015年8月、ダートマス大学のサミル・ソネジ準教授(Samir Soneji、左の写真出典とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の同僚であるハイラム・ベルトラン=サンチェス準教授(HiramBeltrán-Sánchez、右の写真出典)は、マンモグラムの使用に関する論文原稿を学術誌「N Engl J Med」に投稿した。しかし、その原稿は不採択になった。

 

★発覚

2016年10月、ギルバート・ウェルチ(Gilbert Welch)は一流学術誌「N Engl J Med」に以下の論文を発表した。

ウェルチ教授は、「2016年のN Engl J Med」論文で、乳癌検査のマンモグラムは、命を救うよりも不必要な治療につながる可能性が高いと主張し、報道メディアと研究者からの注目を集めた。実際、ウェブオブサイエンス(Web of Science)によると、「2016年のN Engl J Med」論文はその分野で最も引用されている2016年の論文のトップ1パーセントにランクされた。

ところが、論文発表から一週間も経たないうちに、ダートマス大学の同僚・サミル・ソネジ準教授(Samir Soneji)が、ウェルチは自分のアイデアと研究結果(図、グラフ)を盗んだと非難した。

というのは、その少し前、ソネジ準教授とベルトラン=サンチェス準教授らは2015年に「N Engl J Med」に不採択になった論文原稿を修正し別の学術誌に投稿していたのである。投稿先の査読者がソネジ準教授等の論文原稿がウェルチの「2016年のN Engl J Med」論文ととてもよく似ていることに気が付いて、問い合わせてきたからだ。

★大学の調査

ウェルチはソネジ準教授が講義で使用したスライドの1つをもらった。スライドの結果を論文に使用した場合、ソネジ準教授を論文の共著者にすると約束した。このことは、ソネジ準教授がダートマス大学の研究担当副教務主任(vice provost for research)のマーティン・ワイボーン(Martin Wybourne、写真出典)へ伝えていた。

しかし、「2016年のN Engl J Med」論文の共著者にソネジ準教授の名前はなく、ウェルチのアイデアで研究を行ない研究結果(図、グラフ)も自分で得たかのように論文を書いていた。

2018年7月14日、ダートマス大学・調査委員会は、2年間の調査の結果、盗用と結論した。ダートマス大学・教務主任(Interim Provost)のデイヴィッド・コッツ(David Kotz)は、「ウェルチ教授は、出典を適切に示さず、ソネジ準教授のアイデア、プロセス、結果、文章を流用した」とソネジ準教授に結果を伝えた(以下)。

ウェルチはダートマス大学の結論に異議を唱えた。「2016年のN Engl J Med」論文は彼の研究の「自然な進歩」であると主張した。しかし、「2016年のN Engl J Med」論文中のいくつかのアイデアはソネジ準教授のアイデアと同じであることは認めている。

問題解決の1つとして、ダートマス大学は、ウェルチにソネジ準教授を第一著者にすることで解決しよう提案したこともリークされている。

なお、この提案をウェルチは拒否した。

「私は、私が不服申立人を著者にするという要求を受け入れることはできません。要求を受け入れるには、私が著作権に求められている条件を誤って記載する必要があります。つまり、彼がその論文の研究に実質的に参加していないのに、参加したと改ざんすることになります。私が単にダートマス大学にとどまりたいために、私は何かを誤魔化すつもりはありません」

★著者在順

2018年8月、ソネジ準教授とベルトラン=サンチェス準教授は学術誌「N Engl J Med」に論文撤回を求める声明を発表した。

ダートマス大学も調査結果を学術誌「N Engl J Med」に送付した。

2018年8月10日、しかし、学術誌「N Engl J Med」は、問題を著者在順とみなし、論文撤回に該当しないと回答した。

以下の文書をクリックすると、PDFファイル(116 KB、1ページ)が別窓で開く。

★辞職

2018年9月13日(64歳?)、ギルバート・ウェルチ(Gilbert Welch)はダートマス大学(Dartmouth College)を辞職した。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2019年3月21日現在、パブメド(PubMed)で、ギルバート・ウェルチ(H. Gilbert Welch)の論文を「Gilbert Welch [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2019年の18年間の99論文がヒットした。

「Welch HG[Author]」で検索すると、1966~2019年の54年間の228論文がヒットした。

2019年3月21日現在、「Welch HG[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★撤回論文データベース

2019年3月21日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでギルバート・ウェルチ(H. Gilbert Welch)を検索すると、0論文がヒットし、0論文が撤回されていた。
→ Retraction Watch Databaseの上右「Nature of Notice」の右にチェックを入れ、「Retraction」にすると、撤回論文(数)が表示される。

★パブピア(PubPeer)

2019年3月21日現在、「パブピア(PubPeer)」はギルバート・ウェルチ(H. Gilbert Welch)の6論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.

●7.【白楽の感想】

《1》必見と厳罰

ギルバート・ウェルチ(Gilbert Welch)は、過剰な検診に反対する医療政策を提唱し、米国の医療政策に大きな影響力を持っている。

白楽が推察するに、ウェルチは、名声を得、大きな権力を持ち、自分を神と思うようになったのだろう。そして、軽い気持ちで仲間のアイデアと図表を盗用したのだろう。偉い人にありがちである。

「ズルしたい」「得したい」は人間の本能である。

このようなケースのネカトに教育や研修は役に立たない。必見と厳罰で対処するしかない。

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http://jghnews.ciussswestcentral.ca/

●8.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:H. Gilbert Welch – Wikipedia
② 2018年8月20日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「STAT」記事:Dr. Gilbert Welch, prominent researcher, plagiarized colleagues’ work – STAT
③ 2018年9月14日のベネディクト・キャリー(Benedict Carey)記者の「New York Times」記事:Prominent Cancer Researcher Resigns from Dartmouth Amid Plagiarism Charges – The New York Times、(保存版)Sept. 14, 2018
④ 2018年8月20日のジェフ・アクスト(Jef Akst)記者の「Scientist」記事:Dartmouth Professor Plagiarized His Colleague, University Says、(保存版)
⑤ ギルバート・ウェルチ(H. Gilbert Welch)に関する「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:Search Results for “Gilbert Welch” – Retraction Watch
⑥ 2018年9月13日の狄德罗記者の「凤凰新媒体」記事:冤呐!达特茅斯教授偷走了我的成果,NEJM还不肯撤稿
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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