物理学:ナバ・サフー(Naba K. Sahoo)(インド)

2017年12月29日掲載。

ワンポイント:バーバ原子力センター(Bhabha Atomic Research Centre)・物理学グループ(Physics Group)・副部長(男性)である。2016年(58歳)、同じ研究グループの室長のエイダ・ミシュラ(Adya Prasad Mishra)に、2006年(48歳)以降の複数の論文の15か所に自己盗用があると指摘された。トータル4論文が撤回。バーバ原子力センターは調査委員会を設けたが機能している様子なし。辞職・処分なしどころか、昇進した。損害額の総額(推定)は9800万円。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

ナバ・サフー(Naba K. Sahoo、写真出典)は、インドのバーバ原子力センター(Bhabha Atomic Research Centre)・物理学グループ(Physics Group)・副部長。といっても。部長は所長が兼任しているので物理学グループの実質的は責任者である。専門は原子力物理学。

2016年(58歳)、同じ研究所の部下で原子分子物理室長のエイダ・ミシュラ(Adya Prasad Mishra)がナバ・サフーの2006年(48歳)以降の複数の論文の15か所に自己盗用があると指摘した。

「Mumbai Mirror」紙のムニッシュ・パンディ記者(Munish Pandey)が記事を掲載し追及したので、バーバ原子力センターは調査委員会を設けた。

2017年12月28日現在、1年以上経過したが、調査結果の報告はない。ナバ・サフーは2018年に定年退職予定で、調査委員会は飾りだとの指摘がある。

自己盗用が指摘された後に、ナバ・サフーは、優秀科学者(outstanding scientist)から殊勲科学者(distinguished scientist)へと昇進した。また、2016年7月13日(58歳)、インド物理学会・副会長(2016-18年)に選出された。

バーバ原子力センターとインド物理学会はナバ・サフーを処罰する気配がない。

なお、自己盗用は明確な盗用とする人たちと、盗用ではないとする人たちがいて、意見は収束していない。白楽は自己盗用をネカトではなくクログレイに分類している。さらに言えば、基準(序論、材料・方法は可など)を設定し、許容すべきとの意見だ。

ただし、ナバ・サフーが論文を掲載した学術誌は、「投稿原稿は他の学術誌・文書で出版(含・予定)されていないこと」との規定がある。この規定は自己盗用を想定していなかったかもしれないが、この規定では、自己盗用は盗用でネカトである。

バーバ原子力センター(Bhabha Atomic Research Centre)。写真出典https://thewire.in/88983/sahoo-barc-plagiarism-physics/

  • 国:インド
  • 成長国:インド(推定)
  • 研究博士号(PhD)取得:xx大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1958年1月1日とする。2017年1月30日の新聞記事に59歳とあるから
  • 現在の年齢:66 歳?
  • 分野:原子力物理学
  • 最初の不正論文発表:2006年(48歳)
  • 発覚年:2016年(58歳)
  • 発覚時地位:バーバ原子力センター・物理学グループ・副部長
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は部下のエイダ・ミシュラ(Adya Prasad Mishra、55歳)で、バーバ原子力センターに公益通報した。
  • ステップ2(メディア):「Mumbai Mirror」紙のムニッシュ・パンディ記者(Munish Pandey)。「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①バーバ原子力センター・調査委員会
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 不正:自己盗用
  • 不正論文数:撤回論文数は4論文
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 損害額:総額(推定)は9800万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円だが、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円だが、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。③院生の損害が1人1000万円だが、院生はいないので損害額はゼロ円。④外部研究費の額は不明で、額は②に含めた。⑤調査経費(大学と学術誌出版局)が5千万円。⑥裁判経費なし。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円。4報撤回=800万円。⑧研究者の時間の無駄と意欲削減が4千万円
  • 結末:辞職なし。昇進した

●2.【経歴と経過】

ほとんど不明。

  • 生年月日:不明。仮に1958年1月1日とする。2017年1月30日の新聞記事に59歳とあるから
  • xxxx年(xx歳):xx大学で学士号取得
  • xxxx年(xx歳):xx大学(Kanpur)で研究博士号(PhD)を取得:物理学(推定)
  • xxxx年(xx歳):バーバ原子力センター(Bhabha Atomic Research Centre)・物理学グループ(Physics Group)・副部長
  • 2016年x月(58歳):自己盗用が発覚する
  • 2016年5月(58歳):優秀科学者(outstanding scientist)から殊勲科学者(distinguished scientist)へと昇進
  • 2016年7月13日(58歳):インド物理学会・副会長(2016-18年)に選出された http://www.ipa1970.org.in/images/Last_Annual_Report_14_15.pdf

●5.【不正発覚の経緯と内容】

発覚の経緯は不明である。

2016年x月(58歳)、バーバ原子力センター(Bhabha Atomic Research Centre)の同僚が、ナバ・サフー(Naba K. Sahoo)が、複数の論文の15か所に自己盗用したと告発した。

2016年8月30日、「Mumbai Mirror」紙のムニッシュ・パンディ記者(Munish Pandey)がナバ・サフーの自己盗用を記事に掲載した(出典元が削除された、
リンク切れ)。

記事の一部拡大(出典)。

ナバ・サフーは自己盗用を否定している。しかし、自己盗用の証拠は論文を見れば明白である。否定しても意味がない。

ナバ・サフーは「Mumbai Mirror」新聞に対し、「他の研究者が私を嫉妬して攻撃してきたのです」と答えている。この「私を嫉妬して」という弁解は、よく聞く言葉だが、ネカトを否定する効力はない。

2016年5月(58歳)、驚いたことに、バーバ原子力センターは、ナバ・サフーが盗用と告発されていたにも関わらず、優秀科学者(outstanding scientist)から殊勲科学者(distinguished scientist)へと昇進させた。

なお、ナバ・サフーは2018年に定年退職の予定である。

バーバ原子力センター・職員組合はバーバ原子力センター所長のカムレッシュ・ヴィアス(Kamlesh Nilkanth Vyas 写真出典http://www.indiastrategic.in/KN_Vyas_takes_over_as_Director_BARC.htm)に、ナバ・サフーの不正を調査をするよう要求し、調査しないならインド政府首相に通告するとした。

2016年10月15日(58歳)頃、バーバ原子力センターはナバ・サフーのネカト調査委員会を設けた。なお、委員会は御用委員会で飾り物だとの意見もある(Abrahamのコメント: https://mumbaimirror.indiatimes.com/mumbai/crime/Targeted-because-colleagues-jealous-of-me/articleshow/54435425.cms)。

なお、自己盗用は明確な盗用とする人たちと、盗用ではないとする人たちがいて、意見は収束していない。白楽は自己盗用をネカトではなくクログレイに分類している。さらに言えば、基準(序論、材料・方法は可など)を設定し、許容すべきとの意見だ。

しかし、ナバ・サフーが論文出版した学術誌では、その投稿条件に、「投稿原稿は他の学術誌・文書で出版(含・予定)されていないこと」との規定がある。つまり、一度公表した自分のデータの再利用でも適切な引用が必要だと規定している。学術誌の規定は自己盗用を想定していなかったかもしれないが、この規定では、自己盗用は盗用でネカトである。

それで、ナバ・サフーは、指摘された盗用論文「Applied Physics D, 39 (2006), 4059 – 406」など、いくつかの論文の撤回を学術誌編集部に要請する手続きをした。

★盗用関連(推定)の暴行事件

2017年1月27日、ナバ・サフー(59歳)は部下のエイダ・ミシュラ(Adya Prasad Mishra、55歳、写真出典)とバーバ原子力センターの研究室で素手で殴り合いの喧嘩をした。この事件は警察沙汰になり、新聞に報道された。エイダ・ミシュラは原子分子物理室長(head of Atomic and Molecular Physics Division)である。

前節で「発覚の経緯は不明である」と書いたが、多分、エイダ・ミシュラがナバ・サフーの盗用を告発した人だと思われる。状況を理解しやすいので、本記事では、彼が告発者だと記述した部分もある。

新聞によると、2人の喧嘩の直接の原因は、提出すべきエイダ・ミシュラの書類をナバ・サフーが忘れて提出しなかったのを、エイダ・ミシュラに問いただされたからだとある。

エイダ・ミシュラは、次のように説明している。

「2017年1月27日の夕方、私の書類が送付箱の中に残っていたので、ナバ・サフーの秘書のバナカル(PS Bhanarkar、男性)にどうしたのかと聞きました。すると、秘書のバナカルは、「送るな」とナバ・サフーに指示されたと答えたのです。それで、私はナバ・サフーの部屋に行ったのです」。

「ナバ・サフーに問いただすと、話の途中から議論から喧嘩になり、秘書のバナカルとナバ・サフーが私に殴り掛かってきたのです」。

一方、ナバ・サフーは、次のように説明している。

「エイダ・ミシュラはいろいろな戦術を使って私のイメージを悪くしようとしているのです。金曜日(2017年1月27日)の夕方、エイダ・ミシュラは私の部屋に来て私を脅しました。そして、彼は私の首をつかんで、首を絞めてきました。私の秘書が止めようと、2人の間に割って入ると、今度は、秘書を殴りました。私は苦しくて、しばらく入院しなければならなかったほどです」。

多分、素手で殴り合いの喧嘩の本当の原因は、数か月前に、エイダ・ミシュラがナバ・サフーの自己盗用を告発したからだ(推定)。

●6.【論文数と撤回論文】

2017年12月28日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」によると以下の4論文が撤回されている。

  1. Superior refractive index tailoring properties in composite ZrO2/SiO2 thin film systems achieved through reactive electron beam codeposition process
    N.K. Sahoo, S. Thakur, R.B. Tokas
    Applied Surface Science
    Volume 253, Issue 2, 15 November 2006, Pages 618-626
    2017年10月にRETRACTED http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0169433205017964
  2. Analysis of codeposited Gd2O3/SiO2 composite thin films by phase modulated spectroscopic ellipsometric technique
    N.K. Sahoo, S. Thakur, R.B. Tokas
    Applied Surface Science
    Volume 253, Issue 4, 15 December 2006, Pages 1787-1795
    2018年1月にRETRACTED
    http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0169433206002649
  3. Morphological, microstructural and optical properties supremacy of binary composite films—A study based on Gd2O3/SiO2 system
    N.K. Sahoo, S. Thakur, R.B. Tokas, A. Biswas, N.M. Kamble
    Applied Surface Science
    Volume 253, Issue 7, 30 January 2007, Pages 3455-3463
    2018年1月にRETRACTED
    http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0169433206010075
  4. Relative performances of effective medium formulations in interpreting specific composite thin films optical properties
    N.K. Sahoo, S. Thakur, R.B. Tokas, N.M. Kamble
    Applied Surface Science
    Volume 253, Issue 16, 15 June 2007, Pages 6787-6799
    2017年10月にRETRACTED
    http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S016943320700205X

●7.【白楽の感想】

《1》コクハラ

ネカト告発者に対する個人及び組織的なハラスメント(つまり、コクハラ)、の実態はどうなっているのだろう? 誰か研究しているのだろうか?

国別、時代別、法規との関係、コクハラ者と告発者の身分・性、両者の関係など、誰か、調査研究してほしい。

ネカト撲滅の大きな弱点は告発者が保護されないことなのだ。

ナバ・サフー(59歳)は告発した部下のエイダ・ミシュラ(Adya Prasad Mishra、55歳)とバーバ原子力センターの研究室で素手で殴り合いの喧嘩をした。この事件は警察沙汰になり、新聞に報道された。

どちらが悪いか不明だが、ネカト者と告発者が同じ場所にいれば、ネカト者は報復のコクハラをする。不当解雇もあった。暴行事件もあった。そして、殺人(未遂)事件にもなったのである。

《2》ネカトの始末

ナバ・サフー(Naba K. Sahoo)は盗用が指摘された時、58歳で、あと2年で定年退職である。バーバ原子力センターは調査委員会を設けたとあるが、どうやら飾りの御用委員会らしい。処分なしで退職させる印象だ。

となると、ネカト育成になる。

間接的な被害者はインド社会とインド人である。そして、国際社会と世界の人々も間接的な被害者である。

《3》自己盗用は不正?

自己盗用は明確な盗用とする人たちと、盗用ではないとする人たちがいて、意見は収束していない。

白楽は自己盗用をネカトではなくクログレイに分類している。さらに言えば、基準(序論、材料・方法は可など)を設定し、許容すべきとの意見だ。

ただし、ナバ・サフーが論文を掲載した学術誌は、「投稿原稿は他の学術誌・文書で出版(含・予定)されていないこと」との規定がある。この規定は自己盗用を想定していなかったかもしれないが、この規定では、自己盗用は盗用でネカトである。

自己盗用は、現在、学術誌によって扱いが異なる。この未調整は望ましい状態ではない。一方、米国・研究公正局は自己盗用をネカト扱いしていない。といっても、そもそも、米国・研究公正局はねつ造・改ざんを主体に扱い、ここ何年も盗用のネカト者を摘発していない。

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●8.【主要情報源】

① 2016年8月30日のムニッシュ・パンディ記者(Munish Pandey)の「Mumbai Mirror」記事:BARC scientist ‘copied own work for journal articles’ – Mumbai Mirror。別サイトに同じ記事があった:The Times Group、(保存版
② 2016年9月21日のムニッシュ・パンディ記者(Munish Pandey)の「Mumbai Mirror」記事:‘Targeted because colleagues jealous of me’ – Mumbai Mirror
③ 2016年12月22日の「Wire」記事:BARC Scientist’s Papers Retracted After Self-Plagiarism Charge、(保存版
④ 2017年1月30日のムニッシュ・パンディ記者(Munish Pandey)の「Mumbai Mirror」記事:Senior scientists in a bare-knuckle fight inside BARC – Mumbai Mirror、(保存版
⑤ 2017年5月12日以降のヴィクトリア・スターン記者(Victoria Stern)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for Naba K. Sahoo – Retraction Watch at Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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