2020年7月17日掲載
ワンポイント:調査報告書・手紙の記録が豊富。ヤオは中国で博士号取得後、米国のフロリダ大学(University of Florida)・ポスドクになった。2015年1月(35歳?)、データ改ざんが発覚し、2015年10月(35歳?)、フロリダ大学(University of Florida)・ポスドクを辞職。NIH研究費の助成を受けていなかったので研究公正局は介在しなかった。国民の損害額(推定)は3億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
レイ・ヤオ(Lei Yao、ORCID iD:?、写真出典)は、中国で博士号取得後、米国のフロリダ大学(University of Florida)・ポスドクになった。専門は生物医学工学だった。
2015年1月(35歳?)、研究室の同僚にデータ改ざんしたというメールを送信した。それで、研究室の同僚が大学にネカトを通報した。問題の論文は「2014年9月のOpt Lett.」論文である。
通報を受けてフロリダ大学はネカト調査を始めた。
2015年10月(35歳?)、ヤオはフロリダ大学(University of Florida)・ポスドクを辞職。
2016年7月20日(36歳?)、ヤオはデータ改ざんを認める書類を提出した。
2016年8月16日(36歳?)、フロリダ大学・調査委員会は調査報告書を発表し、ヤオにデータ改ざんがあったと結論した。同時に、ジャン教授はネカトに関与していなかったとした。
ヤオは、NIH研究費の助成を受けていなかったので研究公正局は介在しなかった。
フロリダ大学(University of Florida)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:中国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:中国科学技術大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1980年1月1日生まれとする。2007年にポスドクになった時を27歳とした
- 現在の年齢:44 歳?
- 分野:生物医学工学
- 最初の不正論文発表:2014年(34歳?)
- 不正論文発表:2014年(34歳?)
- 発覚年:2015年(35歳?)
- 発覚時地位:フロリダ大学・ポスドク
- ステップ1(発覚):第一次追及者は同じ研究室の同僚(詳細不明)
- ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①フロリダ大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あり → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2017/10/UF-Yao-Jiang-Investigation_Report_final_8_16_.pdf
- 大学の透明性:実名報道で調査報告書(委員名付き)がウェブ閲覧可(◎)
- 不正:改ざん
- 不正論文数:1報。1報撤回
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:辞職(解雇)
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は3億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:Lei Yao | LinkedIn
- 生年月日:不明。仮に1980年1月1日生まれとする。2007年にポスドクになった時を27歳とした
- 2007年(27歳?):中国の中国科学技術大学(中国科学技术大学、University of Science and Technology of China)で研究博士号(PhD)取得
- 2007年4月(27歳?):フロリダ大学(University of Florida)・生物医学工学科・ポスドク
- 2013年(33歳?):同大学・ポスドク(Research Assistant Scientist)
- 2015年1月(35歳?):不正研究が発覚する
- 2015年10月(35歳?):フロリダ大学(University of Florida)・ポスドク辞職
- 2015年10月-2019年1月(35-39歳?):中国の電子科技大学(University of Electronic Science and Technology of China, UESTC)・教授
- 2016年8月16日(36歳?):フロリダ大学・調査委員会・報告書完成
- 2017年7月(37歳?):米国・フロリダのディープ・クーリング社(Deepcooling LLC)・副社長
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★中国からのポスドク
2015年(35歳?)、フロリダ大学(University of Florida)・ポスドクのレイ・ヤオ(Lei Yao)のボスは、ウファベイ・ジャン教授(Huabei Jiang 、写真上記出典)だった。
発表論文を探ると、ヤオはフロリダ大学のジャン教授と2009~2018年に10論文を共著で発表している。調査報告書では2013年からポスドク(Research Assistant Scientist)とあるが、リンクトイン(Lei Yao | LinkedIn)では、その6年前の2007年4月にジャン研究室のポスドクとある。
クレイトン・プルイット(J. Crayton Pruitt Sr.、1931-2011年、写真出典)は1995年にフロリダ大学の病院で心臓移植手術を受けた。その恩に報いようと、2006年にフロリダ大学・生物医学工学科に1,000万ドル(約10億円)を寄付した。
→ 2006年春の記事:Extracts – $10 Million Gift Boosts Biomedical Engineering
それで、フロリダ大学・生物医学工学科は正式には「クレイトン・プルイット家族生物医学工学科(J. Crayton Pruitt Family Department of Biomedical Engineering)」と呼ばれる。
調査報告書では、ネカト論文の研究費はプルイット基金の助成を受け、NIHからの助成は受けていなかった。それで研究公正局の事件にならなかった(しなかった)、とある。
白楽は、話を都合良く捻じ曲げた印象を受けたので、ウファベイ・ジャン教授(Huabei Jiang)の2012~2016年の研究費を調べた。すると、以下の様に、NIHから研究費をもらっていた(Grantome: Search)。ただ、ネカト論文は閲覧有料で白楽は未読なので、NIHからの助成を受けていたかどうか、わかりません。
★発覚の経緯
2015年1月27日(35歳?)、ヤオは研究室の同僚へ、「悪い結果は無視し、良いものだけを選んだ…」と電子メールした。どうして、こんなメールを同僚に送付したのか不明である。白楽は、同僚が実験結果を再現できないので、研究手順をヤオに問い合わせた、と推察した。
この同僚がヤオの改ざんをフロリダ大学に通報したと思われる。というのは、ヤオのボスであるジャン教授もネカト調査の対象になったので、ジャン教授が通報者ではない。
2015年1月(35歳?)、フロリダ大学はヤオとジャン教授の「2014年9月のOpt Lett.」論文にデータ改ざんがあるとの通報を受け(ヤオの同僚の通報)、直ぐに調査委員会を立ちあげた。なお、この通報文はウェブ上に公表されていない。
- Finite-element-based photoacoustic imaging of absolute temperature in tissue.
Yao L, Huang H, Jiang H.Opt Lett. 2014 Sep 15;39(18):5355-8. doi: 10.1364/OL.39.005355.
2016年1月27日(36歳?)、調査委員が通報者に詳しい話を聞いた。調査委員会が設置されてから1年後、と遅い(白楽は遅い理由がわからない)。
2016年2月5日(36歳?)、調査委員はヤオに詳しい話を聞いた。この段階は予備調査だった。リンクトイン(linkedin)では 、ヤオは2015年10月(30歳?)に中国の電子科技大学(University of Electronic Science and Technology of China, UESTC)・教授となっている。2016年2月5日に中国から米国に出頭したとは思いにくいので、2016年2月までは、米国に滞在し続けていたのだと思う。
2016年2月末(36歳?)、調査委員は本調査をすることを決定した。
2016年7月20日(36歳?)、ヤオは2つのデータ群から都合の良い1群を選んで論文に発表したと、ネカトを告白する書類を提出した。
以下は手紙(出典:同)。全文(1頁)は → http://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2017/10/Yao-Acknowledgement-to-OL-Attachment_11a_Revised_Erratum_8_Redacted.pdf
160720 Yao-Acknowledgement-to-OL-Attachment_11a_Revised_Erratum_8_Redacted
2016年8月16日(36歳?)、フロリダ大学・調査委員会はヤオにデータ改ざんがあったが、ジャン教授はネカトに関与していなかったとした報告書を発表した。
ただ、疑惑と指摘された「2014年9月のOpt Lett.」論文だけしか調査していない点は問題である。
以下は報告書の冒頭部分(出典:同)。全文(6頁)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2017/10/UF-Yao-Jiang-Investigation_Report_final_8_16_.pdf
★論文撤回
ヤオはデータ改ざんしたので、出版元のアメリカ光学会(The Optical Society)の編集部に「2014年9月のOpt Lett.」論文の撤回を要請した。
2017年5月2日(37歳?)、すると、驚いた事に、編集長のアンソニー・カンピージョ(Anthony Campillo、写真出典)から、アメリカ光学会は通常、論文撤回をしないという返事がきたのだ。
ただ、例外として、不正を証明する手紙があれば撤回するとも書いてあった(Email_UF-Yao-Jiang_Investigation_Support_L.pdf)。
2017年5月9日(37歳?)、それで、フロリダ大学の研究倫理官のアイリーン・クック(Irene Cooke、写真出典)が以下の手紙を書いた。以下は手紙(出典:同)。全文(1頁)は → http://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2017/10/UF_letter_to_support_retraction_.pdf
170509 UF_letter_to_support_retraction_
2017年7月(37歳?)、「2014年9月のOpt Lett.」論文は、ようやく撤回された。 → 2017年7月の撤回公告:OSA | Finite-element-based photoacoustic imaging of absolute temperature in tissue: retraction
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2020年7月16日現在、パブメド( PubMed ))で、レイ・ヤオ(Lei Yao)の論文を「Lei Yao [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2020年の19年間の355論文がヒットした。
所属のフロリダ大学(University of Florida)を加えた「(Lei Yao [Author]) AND (University of Florida[Affiliation])」で検索すると、2009~2018年の10年間の10論文がヒットした。
ウファベイ・ジャン教授(Huabei Jiang)は全10論文で共著者になっていた。全10論文中の9論文は最期著者だった。
2020年7月16日現在、「Retraction of Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、本記事で問題にした「2014年9月のOpt Lett.」論文・1論文が2017年7月に撤回されていた。
★撤回論文データベース
2020年7月16日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでレイ・ヤオ(Lei Yao)を「Lei Yao」で検索すると、本記事で問題にした「2014年9月のOpt Lett.」論文・1論文がヒットし、1論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2020年7月16日現在、「パブピア(PubPeer)」では、レイ・ヤオ(Lei Yao)の論文のコメントを「”Lei Yao”」で検索すると、2論文にコメントがあった。ただし、所属が異なるので本記事で問題にしている研究者以外の論文である。
●7.【白楽の感想】
《1》調査報告書
レイ・ヤオ(Lei Yao)事件を、調査報告書や事件の記録が、比較的よく保持・公表されている例の1つとして取りあげた。基本的には、「撤回監視(Retraction Watch)」が情報公開法を使い、努力して得た情報をウェブに公開したのである。
→ 2018年7月2日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Reports of misconduct investigations can tell us a lot. Here are more than a dozen of them. – Retraction Watch
ヤオがネカトを告白した2016年7月20日付けの手紙も公開している。素晴らしい!
このような告白手紙があれば、ヤオの改ざんは明白になる。調査委員会が調査を着実に進めた証拠でもある。
米国では既に1,000件以上のネカト事件が起こっている。そのほぼすべての事件で大学は調査報告書を作成する。しかし、情報公開法で無理やり公開させたのを含め、公表された調査報告書は上記では19件である。他を含めても、全米では数十件だろう。つまり、ネカト事件の数%しか調査報告書が公表されていない。
調査報告書は生きた報告書である。ネカト行為が生々しく記載されている。ネカト者とのやり取りも記載されている。ネカト予防・対策を考える上で宝庫である。調査の妥当性もある程度判断できる。それが、90%以上も死蔵されている。人類の知的財産として、いかにも、もったいない。
大学は、自発的に調査報告書を公表すべきだ。
《2》不明
レイ・ヤオ(Lei Yao)事件は調査報告書や事件の記録が、比較的よく保持・公表されている事件ではあるのだが、それでも、レイ・ヤオ(Lei Yao)が「どのような状況で、どうしてネカトをしたのか」、まったく不明である。
この部分を解明しないと、ネカト防止策を立てられない。
《1》で、「大学は、自発的に調査報告書を公表すべきだ」と述べた。しかし「調査報告書を公表」だけでは足りない。
従来の調査の目的はシロクロ判定が中心だが、ネカト防止も目的に組み込み、「ネカト者は、どのような状況で、どうしてネカトをしたのか」も調べ、調査報告書に記載すべきだ。
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●9.【主要情報源】
① 2016年8月16日のフロリダ大学・調査委員会・報告書:UF-Yao-Jiang-Investigation_Report_final_8_16_.pdf
② 2017年10月24日のアンドリュー・ハン(Andrew P. Han)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Florida researcher “cherry picked” data, university investigation finds – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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