●白楽の卓見・浅見23【文科省の研究不正ルールの改訂を希望】

2024年11月30日掲載

ワンポイント:白楽は、日本の研究者からネカトの相談を受ける。その時、2014年版の「文科省ガイドライン」と「文科省ガイドラインFAQ」のヘンな箇所にぶつかる。それで、上記のヘンな箇所を指摘してきた。今回、別のヘンな箇所を指摘する。文部科学省は「2014年版ガイドライン」を、そろそろ改訂するタイミングだと思う。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.卓見・浅見
8.白楽の感想
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●1.【卓見・浅見】

★現在の規則

日本の現在の「研究不正の対応法」は、2014年8月26日の文部科学省のガイドライン(31ページ)である。厚生労働省など他省庁の規則は、文部科学省のガイドラインに依存している。

このガイドラインを実施する際のこまごまとしたことは、ここで解説している。 

今回の白楽ブログ記事では、上記2つを「文科省ガイドライン」と「文科省ガイドラインFAQ」と略す。

なお、「研究活動における不正行為への対応等:文部科学省」のサイトには、上記以外の重要な文書も掲載されている。

★文科省規則のヘンな箇所:過去の指摘

白楽は、日本国内の研究者からさまざまなネカト相談やコメントに対処する中で、「文科省ガイドライン」と「文科省ガイドラインFAQ」のヘンな箇所に遭遇した。

従って、ヘンな箇所は実際の矛盾点、不整合な点である。

過去、「文科省ガイドライン」と「文科省ガイドラインFAQ」の問題点を以下の3つの記事で指摘した。

●2024年3月25日:白楽の卓見・浅見20【「不正行為に関与していない」人を処分するな!】
●2022年11月28日:白楽の卓見・浅見18【ヘンですよ文部科学省:発表・未発表を問わずネカトは研究不正です】
●2022年10月6日:白楽の卓見・浅見17【ヘンですよ文部科学省:修士論文、博士論文のネカトは研究不正です】

今回、上記以外の問題点を箇条書き風に述べていく。

なお、「文科省ガイドライン」と「文科省ガイドラインFAQ」を精査すると、もっとたくさんヘンな箇所が見つかると思う。

★研究予算との関係

「文科省ガイドラインFAQ」の「A3-3」に以下の質問・回答がある。

Q3-3
 本ガイドラインの研究者に学生は含まれますか。
A3-3
 原則学生は、研究者には含まれませんが、学生であっても、競争的資金等を受給するなど、文部科学省の予算の配分又は措置により研究活動を行っている場合には、本ガイドラインの対象とする研究者とみなされ得ます。

この「A3-3」の通りだと、院生Aがネカトで処分されたが、隣の研究室の院生Bが同じネカトしていたのに処分されない、ということが起こる。

院生Aは「文部科学省の予算の配分又は措置」を受けていた、院生Bは受けていなかった、ためである。

これはおかしいでしょう。

「文部科学省の予算の配分又は措置」とは関係なく、学生(学部生・院生など)は研究活動をしている。

その研究活動で研究不正があれば、予算と無関係に研究不正です。

改訂して欲しい。

★二重投稿

「文科省ガイドラインFAQ」の「A3-9」「A3-10」で、以下、説明されているように、不正行為は論文が「掲載」された時点で対象になるが、「投稿」など、公表前の時点では対象外だとしている。

Q3-9
 研究活動における不正行為は、「公表前」の研究成果に関する行為も含まれうるのでしょうか。
A3-9
 本ガイドラインの対象となる特定不正行為は、投稿論文など発表された研究成果に関する行為に限ります。投稿論文については、論文が掲載された時点を発表とみなします。したがって、論文を投稿したものの出版社によって掲載を拒否された研究成果など、公表されていないものについては、本ガイドラインの対象外となります。

Q3-10
 投稿論文の場合、論文が掲載された時点で「発表」とみなすのか、それとも論文を投稿した時点で「発表」とみなすのか御教示ください。
A3-10
 投稿論文については、論文が掲載された時点を発表とみなします。したがって、論文を投稿したものの出版社によって掲載を拒否された研究成果など、公表されていないものについては、本ガイドラインの対象外となります。

このルールによれば、「二重投稿」はまだ論文が掲載されていないので、不正ではない。不正と認定されるのは、論文が掲載された「二重出版」となる。

ところが、不思議なことに、本体の「文科省ガイドライン」では、以下のように、公表前の時点の「投稿」でも、つまり、「二重投稿」それ自体を研究不正とみなしている。

「二重投稿」については、科学への信頼を致命的に傷つけ る「捏造、改ざん及び盗用」とは異なるものの、論文及び学術誌の原著性を損ない、論文の著作権の帰属に関する問題や研究実績の不当な水増しにもつながり得る研究者倫理に反する行為として、多くの学協会や学術誌の投稿規程等において禁止されている。

そして、実際、「二重投稿」行為を不正行為と認定している。以下は2023年度の認定例である(下線は白楽)。

要するに、研究不正と認定する行為の開始時点が、論文の「掲載」時なのか「投稿」時なのか、文部科学省のルール自体が矛盾している。

このために、同じ行為を、ある大学は不正とし、別の大学は不正ではないとし続けてきた、と思う。

現実では、上記のように、「二重投稿」を不正行為とした2023年度の認定例が2件あった。

しかし、同じケースを論文「掲載」前だから不正ではないと結論した大学が多数あっただろうと思う。

この不統一は解消すべきである。

具体的には、「掲載」を「投稿」(あるいは、発表前を示す適切な用語)に変える。同時に関連する全体の論理・文章も整合性を保てるよう改訂する。

なお、この議論は、過去の記事とも関係してくる。 → ●2022年11月28日:白楽の卓見・浅見18【ヘンですよ文部科学省:発表・未発表を問わずネカトは研究不正です】

★対象範囲

前項で「発表前を示す適切な用語」と改訂するよう求めたことと関係してくる。

「文科省ガイドラインFAQ」の「Q3-11」「Q3-12」の回答で、対象行為を以下のように説明している。

投稿論文の他、ディスカッションペーパーや学会等においてデータや資料を提示して行う口頭発表

インターネット上でのディスカッションも、「研究活動によって得られた成果を、客観的で検証可能なデータ・資料を提示しつつ、科学コミュニティに向かって公開している」場合

これは不十分である。

前項で論文「発表前」を対象にすることと同じレベルで、本来公表を前提としないが、研究審査に絡む書類も研究不正の対象とすべきである。

具体的には、①研究費申請書や研究成果報告書、②研究者の採用書類、③研究者の昇進書類、④院生・研究者の賞選考書類、⑤学生・院生の奨学金申請書など、資金申請書類、賞選考書類、人事関係書類で、研究内容や研究業績リストにネカトがあれば、それも研究不正に入れるべきだ。

なお、これらは、採択された後に発覚すれば、取り消しや懲戒処分の対象になることが多い。しかし、不採択の場合、ネカトしていても、処分の対象にならない。

これはヘンである。

具体例を1つ、以下に示す。

「①研究費申請書」に研究業績の虚偽論文や架空論文があったことで、不正と認定された愛知学院大学の武井事件がある。この事件は、2023年に認定されたが、この種の事件は、今まで1件しか発覚していない。

「①研究費申請書」の虚偽記載は、ネカトとは異なる分類の「不正受給」事案として扱われ、処分された。 → 研究機関における不正受給事案:文部科学省

しかし、この「採択者だけ方式」だと、「①研究費申請書」に虚偽記載をしても、申請が採択されない場合、研究費は受給されないので、「虚偽記載」それ自体は不正とされない。

不正行為をしていたのに、不正とされない。

これはヘンである。

そして、そもそも「研究業績の虚偽論文や架空論文」は正真正銘のねつ造行為である。結果として研究費の「不正受給」ではあるが、ネカトとして対処すべきだと思う。

★盗用

「文科省ガイドライン」では、研究不正の「盗用」を以下のように定義している。

③ 盗用
他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること。

この定義はいろいろヘンだけど、ここでは、慶應義塾大学の三木浩一教授が指摘した以下の箇所を取り上げる。 → 人文学・社会科学系分野において起こりやすい研究不正等について。研究公正シンポジウム|研究公正|日本学術振興会

研究者ではない一般市民が地元で自費出版した本の一部を、研究者が自分の論文の中で引用のルールを守らずに無断使用したとすると、どのような問題が生じるか?

文部科学省のガイドラインは、「盗用」の定義を「他の研究者の・・・(略)・・・」とする。したがって、非研究者の業績を無断使用しても、特定不正行為としての「盗用」には該当しない。

三木浩一教授の指摘通り「盗用」の定義がヘンである。

「他の研究者」がおかしい。

「文科省ガイドライン」の文言通りなら、ウィキペディアの文章を引用なしで無断使用しても研究不正の盗用ではない。

2024年現在、三宅勝久氏の文章を盗用した大内裕和・教授の盗用問題が裁判中である。 → “大内裕和 盗用” の検索結果 – スギナミジャーナル

武蔵大学は、「故意によらない誤り」だとして大内教授の盗用を、研究不正の「盗用」には該当しないとした。

しかし、そもそも、この件は、「文科省ガイドライン」によれば、研究不正の「盗用」に該当しない。

というのは、大内教授はジャーナリストである。「研究者」ではない「ジャーナリスト」の文章を「盗用」しても、三木浩一教授が指摘したように「非研究者の業績を無断使用しても、特定不正行為としての「盗用」には該当しない」。

ただ、「文科省ガイドライン」は「その他 特定不正行為以外の研究活動上の不適切な行為であって、科学者の行動規範及び社会通念に照らして研究者倫理からの逸脱の程度が甚だしいもの」も研究不正としている。大内教授の行為はそれに該当する可能性はある。

こんなヤヤコシイことにしないで、「盗用」の定義の「他の研究者」を「他者」や「他人」と変える。

さらに言うと、文科省は「自己盗用」も研究不正に入れている。以下は2023年の事例(太字は白楽)。

それで、1つの改訂は、「他の研究者」そのものを除くことだ。

ただ、「自己盗用」を研究不正に入れることに、白楽は反対である。

話が複雑になるので「白楽は反対」としておくが、検討が必要だと考えている。

「文科省ガイドライン」の「盗用」の定義は他にもいろいろおかしいので、全面的に改訂した方が良い。

★調査期間

「文科省ガイドライン」では、調査期間を以下のように「目安として150日以内」としているが、多くの大学は守っていない。

4-3 認定
(1)認定 ① 調査機関は、本調査の開始後、調査委員会が調査した内容をまとめるまでの期間の目安(例えば、目安として150日以内)を当該調査機関の規程にあらかじめ定めておく。

守っていない例を具体的に見ていこう。

2023年度、文部科学省は13件の研究不正を認定した。 → 令和5年度(2023年度):文部科学省

以上2件だけだが、いろいろ調べて2件を選んだのではなく、事例リストの上から2件を例に示しただけである。

その結果、文部科学省が示した「目安として150日以内」に基づき、大学が規則で定めた「概ね150日以内」「概ね210日以内」を、この2大学は守っていない。

越えた期間が1割程度なら、「概ね」の範囲内だろうが、2倍や3倍もかかるのは、規則違反で異常である。

大学の規則は調査期間を延長申請できる抜け道を設定しているので、上記は、正確には規則違反ではないが、研究不正の問題は、法令順守がことさら重視される案件である。それなのに、大学が規則の精神を尊重していない。

そのことを知っていながら、文部科学省は自分のウェブサイトで、これらの大学の調査結果を平然と公開している。つまり、黙認していることになる。

大学は規則の精神を尊重していない。それが常態化している。

理由の1つは、大学が文部科学省を軽視しているからである。文部科学省・研究公正推進室は大学の乱暴な振る舞いに行政指導をしない。

もう1つの理由は、「文科省ガイドライン」の規定が現実に合わないからである。大学は誠実にネカト調査しているが、「目安として150日以内」は現場に合わないということだ。

調査期間の例で示したが、実は、「文科省ガイドライン」と「文科省ガイドラインFAQ」が実際のネカト対処に合わない面がたくさんある。

それで、大学のネカト調査はズサン・歪曲・隠蔽など異常な振る舞いが横行している。それを行政指導しない文部科学省・研究公正推進室が怠慢という面もある。

「文科省ガイドライン」と「文科省ガイドラインFAQ」を改訂することと、文部科学省・研究公正推進室の監督強化の両方が必要だと思う。

●8.【白楽の感想】

《1》小林信一 

小林信一が重厚な論考をしている。

2014年9月と同・10月の論文である。

  1. 我々は研究不正を適切に扱っているのだろうか(上)―研究不正規律の反省的検証―
  2. 我々は研究不正を適切に扱っているのだろうか(下)―研究不正規律の反省的検証―

この論文の中で、ルールとしてヘンだという指摘をいくつもしている。それらは、白楽もおおむね、同意する事項である。

例えば、「改ざん」の定義がヘンだと指摘している。

「再実験などの再現性」を認める規定がヘンだと指摘している。

《2》改訂すべき 

日本の研究不正の規則である文部科学省ガイドラインは2006年に初版が作られ、2014年に改訂された。

2024年現在、改訂から10年が経過したが、問題点が露呈している。

元々ヘンだった箇所もあれば、インターネットの普及による新しい不正行為への対処に欠ける面も多々ある。

例えば、2014年の改訂時には査読偽装という研究不正が起こると想定していなかったので、ガイドラインでは触れていない。

研究は国際的なので、研究不正も国際的に起こる。従って、日本の研究不正の規則も国際標準にする必要がある。日本の規則が国際的に合わないと、いろいろマズイことになる。

米国では、2005年版の規則を2024年9月に改訂した。 → 7-160 米国・研究公正局の規則改訂:その6、最終規則 | 白楽の研究者倫理

2024年現在、文部科学省は、水面下で改訂計画を進めているのかもしれないが、「文科省ガイドライン」を改訂するタイミングである。

研究不正の実情と研究現場の実態に合わせたガイドラインに改訂すべきである。

「日本は研究不正大国」と言われて久しいが、その対策は一切されていない。

ガイドラインの改訂を検討するなら、「日本は研究不正大国」の汚名を返上できるよう、民間の研究公正活動を育成する仕組みを構築するなど、欧米より先進的・挑戦的な施策を是非、導入してほしい。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。