2018年9月22日改訂
ワンポイント:研究クログレイに該当する行為はコンセンサスがなく、統一されていない。明らかにクロと思える行為から、どうかなと思える行為まで、さまざまである。研究クログレイとされた各事項について、ネカトで挙げた「困ること」を1つ1つ当てはめた。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.序論
2.米国科学アカデミーの7項目
3.ステネックの3項目
4.レスニックの29項目
5.マーチンソンらの16項目
6.心理学:ジョンの9項目
7.白楽の感想
8.備考
9.コメント
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●1.【序論】
研究倫理(規範)に違反してなぜいけないのか?
研究ネカトで解説したように、「倫理に反し、不道徳だから」ではない。ネカトで「困ること」が起こるからだ。
→ 1‐2‐1.なぜいけないのか? 研究ネカト | 研究倫理(ネカト)
ネカトによる金銭的損失も大きい。ネカト調査費とムダになった研究費は1件平均5千万円である。
→ 7-17.研究ネカトのコスト:1件5千万円 | 研究倫理(ネカト)
それ以外の経費もかかる。損得もある。
→ 1‐2‐2.研究ネカトの経費・損得 | 研究倫理(ネカト)
上記の「1‐2‐1.なぜいけないのか? 研究ネカト」で、「困ること」を「1.研究者養成費・研究費・評価の無駄」が生じる。「2.研究者がヤル気をなくす」。「3.生命・生活の危険」。「4.信頼を損ねる」。「5.国・企業・社会が損をし、衰退する」とした。
- 研究者養成費・研究費・評価の無駄
- 研究者がヤル気をなくす
- 生命・生活の危険
- 信頼を損ねる
- 国・企業・社会が損をし、衰退する
研究クログレイ(QRP,Questionable research practice)はネカトに比べ「悪質度」が低いので、「困ること」の程度は小さい。また、どのような行為をクログレイとするか、国際的に統一されていない。
本記事では、「4‐1.研究クログレイ (QRP,Questionable Research Practice)の具体的行為」でリストした研究クログレイの各事項に対し、ネカトで挙げた「困ること」を1つ1つ当てはめた。
各事項ごとに《判定》し、「どんな困ることがあるのか?」に答えた。「困ること」を
「大」(ネカトと同等)
「中」(ネカトほどではないが害は「ある」)
「小」(実害はほとんどない)
の3段階で示した。
●2.【米国科学アカデミーの7項目】
1.研究データを適正な期間保存しない
→ 《判定》「小」。
「ねつ造・改ざん」をした(していない)の証拠として、研究データを適正な期間保存しなさいと大学・研究機関が規則化している。これに違反するからいけない。実害はほとんどない。通常は保存しているかどうかの検査はない。罰則なし。
2.研究記録の不備。極端な場合、発表結果のベースとなるデータ・研究記録をつけていない
→ 《判定》「中」。
研究記録は、本来、自分の研究を再現するため、研究発表(含・論文書き)の忘備録のため、共同研究者に研究作業を理解してもらうために記録する。これらは重要で、研究記録をつけることは、研究作業の基本スキルとされている。研究記録をつけなければ、研究者本人が研究遂行上困るだろう。研究記録をつけた方がズット良い。
データを「ねつ造・改ざん」をした(していない)の証拠として研究記録をつけるのは、本来目的ではない。やり方によっては、研究記録も「ねつ造・改ざん」できるので、重要な証拠にはなりにくい。
3.論文の研究成果に重要な貢献をしていないのに、著者にする、または著者に加えることを要求する
→ 《判定》「大」。
「1.研究者養成費・研究費・評価の無駄」が生じる。「2.研究者がヤル気をなくす」。「4.信頼を損ねる」。悪い奴(個人)ほど偉くなる、悪い奴ほど得をする。
4.発表論文の根拠となる研究資料・データへの同業研究者のアクセス・開示を、妥当な理由なしに拒否する
→ 《判定》「大」。
研究成果の検証がしにくい。研究の発展が阻害される。研究文書・発表の「4.信頼を損ねる」。
5.研究成果を際立たせるために、不適切な統計処理や不適切な測定方法をする
→ 《判定》「大」。
困る度合いは、「不適切」の程度による。「不適切」さが大きければ「改ざん」である。
6.部下の不適切な監督・指導・搾取
→ 《判定》「大」。
「不適切」の内容によるが、アカハラと言いたいと理解した。部下の研究キャリアが捻じ曲げられ、「1.研究者養成費・研究費・評価の無駄」が生じる。「2.研究者がヤル気をなくす」。「5.国・企業・社会が損をし、衰退する」。アカハラはネカトと同等の悪行と扱われつつある。
7.発表した研究結果の正当性を判断できる、または、追試できる充分なデータを同業研究者に示さずに、憶測結果を、事実または準備中の研究成果としてマスメディアに発表する
→ 《判定》「大」。
データ「ねつ造・改ざん」である。「1.研究者養成費・研究費・評価の無駄」が生じる。
【結論】
米国科学アカデミー(NAS)は、研究クログレイ行為の基準がバラついている。「1」「2」「4」「5」は「ねつ造・改ざん」の補佐的規範である。「3」は著者在順、「6」は研究環境、「7」は「ねつ造・改ざん」だ。
●3.【ステネックの3項目】
米国の研究倫理学者・ニコラス・ステネック(NH. Steneck)の3項目。
1.発表不正
▲著者の順序を変える。▲未採択論文を印刷中論文にリストにいれる。▲出版していない論文を出版論文リストに入れる。
→ 《判定》「大」。
最初の項目は著者在順の違反である。後の2つは「ねつ造・改ざん」である。これらの結果、「1.研究者養成費・研究費・評価の無駄」が生じる。「2.研究者がヤル気をなくす」。「4.信頼を損ねる」。
2.不正確
▲ 文献引用の間違い。▲ 文章引用の間違い。
→ 《判定》「大」。
内容の不正確(間違い)や文章引用の間違いは結果的に「改ざん・ねつ造」と同じ結果をもたらす。再現できないし、数値を信じると危険である。「1.研究者養成費・研究費・評価の無駄」が生じる。「3.生命・生活の危険」。研究文書・発表の「4.信頼を損ねる」。「5.国・企業・社会が損をし、衰退する」。
文献引用の間違いは、研究者は困るが、それ以外のに人に対する実害は少ない。
3.偏向(バイアス)
→ 《判定》「大」。
偏向(バイアス)は結果的に「改ざん・ねつ造」と同じ結果をもたらす。再現できないし、数値を信じると危険である。「1.研究者養成費・研究費・評価の無駄」が生じる。「3.生命・生活の危険」。研究文書・発表の「4.信頼を損ねる」。「5.国・企業・社会が損をし、衰退する」。
【結論】
ニコラス・ステネックは、研究クログレイ行為を「どんな困ることがあるのか?」という基準で判断していて、とても賛同できる。「2.不正確」、「3.偏向(バイアス)」を指摘している点はユニークだ。
一般的に研究規範ルールでは、「間違え」は不正ではないとされている。例えば、文部科学省の2006年版の研究不正ガイドラインには、「故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない」とあった。
ところが、ニコラス・ステネックは、「間違え」であろうがなかあろうが、「不正確」な記述や「偏向(バイアス)」した記述は、結果的に「改ざん・ねつ造」と同じ「困ること」をもたらす。結果は事実でないし、数値は場合によると危険ですらある。だから「故意」であろうがなかろうが、ひどく悪いことだと指摘している。白楽は100%同意する。
例えば、医薬品の服薬量を「間違え」て100倍多く記載しても「故意」ではないなら許されるのか? 運転を「間違え」て人を殺しても許されないのと同じで、研究者も研究内容を「間違え」て発表するのは「故意」であろうがなかろうが、許されない。
●4.【レスニックの29項目】
米国の倫理学者・デイビッド・レスニック(David Resnik)は29項目挙げている。
29項目もあるので、1つ1つ 《判定》を付記するのはわずらわしい。どうしよう?
「困ること」の度合いを「大」「中」「小」の3段階で示し、「困ること」の5点を番号で示した。
「困ること」の5点を再掲する。「1.研究者養成費・研究費・評価の無駄」が生じる。「2.研究者がヤル気をなくす」。「3.生活に危険」。「4.信頼を損ねる」。「5.国・企業・社会が損をし、衰退する」
- 編集者に告知しないで同じ論文を別の研究誌に出版する → 「中」。「1.2.4.5.」
- 編集者に告知しないで同じ原稿を別の研究誌に投稿する → 「中」。「1.2.4.5.」
- 共同開発者に通知しないで単独発明者として特許申請する → 「大」。研究成果を盗む行為で犯罪である。「1.2.4.」。
- 論文に重要な貢献をしていないのに著者に加える → 「中」
- 査読中論文のマル秘データを同僚と議論する → 「小」。議論するだけなら問題ないが、それを何かに使うと「盗用」で「大」
- 理由を述べずに「外れ測定値」を論文から除く → 「中」(場合によると、改ざんになり、「大」)
- 自分の研究結果の重要性を高めるための不適切な統計手法の使用 → 「中」(場合によると、改ざんになり、「大」)
- ピアレビュを受けていないのに、そのことを知らせずに記者会見で研究成果を発表する→ 「中」。
- 他の研究者の先行研究での貢献を記載しないで解説する → 「中」。重要な先行研究を記載しなければ「大」。
- 申請研究がその分野で大きな貢献をすると確信させるために研究費申請書に事実の拡大解釈を記載する → 「中」(拡大解釈の程度が過度なら、改ざんになり、「大」)
- 職への応募書類または履歴書で事実の拡大解釈を記載する →「中」(拡大解釈の程度が過度なら、改ざんになり、「大」)
- どちらが早く達成するかチェックするために同じ研究プロジェクトを2人の大学院生に与える → 「中」。「1.2.」。
- 大学院生やポスドクの過重労働、無視、搾取 → 「大」。アカハラである。部下の研究キャリアが捻じ曲げられ、「1.研究者養成費・研究費・評価の無駄」が生じる。「2.研究者がヤル気をなくす」。「5.国・企業・社会が損をし、衰退する」。アカハラはネカトと同等の扱いになりつつある。
- 研究記録をチャント取らない → 「中」。研究者本人が研究遂行上困るだろう。「1.2.」。
- 研究データを適切な期間、保存しない → 「小」
- 論文査読で投稿者に軽蔑的なコメントや個人攻撃をする 「大」。アカハラである。「1.2.」。
- 良い成績をつける約束で学生と性的な関係を持つ → 「大」。セクハラあるいは犯罪である。
- 研究室で人種差別的形容語の使用 → 「大」。アカハラあるいは犯罪である。
- 当該委員会に無断で、所属研究機関の動物実験委員会、ヒト材料研究治験審査委員会が認定した手法と大幅に異なる手法を使用する → 「大」。生命倫理違反である。
- ヒトを用いる研究で有害事象を報告しない → 「大」。生命倫理違反である。「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針 – 文部科学省」
- 実験動物の虐待 → 「大」。法律違反やガイドライン違反である(動物の愛護及び管理に関する法律)。「Guide for the Care and Use of Laboratory Animals 8th ed.(2010)」(PDF)
- 所属研究機関の安全性指針に違反し学生やスタッフを生物学的危険にさらす → 「大」
- 投稿論文を読まないで出版の不採択(リジェクト)をする → 「大」「「1.2.」。
- 他人の研究を妨害・破壊する → 「大」。米国・研究公正局はネカトでクロと判定した。
- 消耗品、図書、データを盗む → 「大」。窃盗は犯罪である
- どういう結果になるか知りつつ実験を不正操作する → 「大」。改ざんである。
- データ、論文、コンピュータプログラムを許可されていないのにコピーする → 「大」。「許可されていない」を「禁止されている」意味とした。
- 自分の研究を支援する会社の株を1万ドル以上所有しているのにその事実を公開しない → 「大」
- 経済的利益を得るために、新薬の臨床的重要性を意図的に過大評価する → 「大」。改ざんである
【結論】
デイビッド・レスニックの29項目の研究クログレイ行為は、「大」が多い。
●5.【マーチンソンらの16項目】
米国のマーチンソン(BC Martinson)らは16項目挙げている。「研究に伴う不正行為」全体をリストしているので、ネカトも含んでいる。
- 改ざんまたはデータの“クッキング”
→ 「大」。ネカトの「改ざん」「ねつ造」である。 - ヒト材料実験の主要規制の無視
→ 「大」。規制の無視は法律・法令違反である。法律・法令違反なので一般的に「困ること」は大きい。 - 自分の研究に基づいた製品の会社に関与していることを適切に開示しない
→ 「大」。 開示しないだけの問題は「小」だが、開示しない理由は、「ねつ造・改ざん」「偏向」があるためだろう。そうなると「困ること」は「大」になる。 - 学生、研究対象者、患者と問題視される関係を持つ
→ 「大」。 「問題視される関係」の中身は、性的関係などの違法な関係、あるいはガイドライン違反を指していると思える。 - 許可やクレジットなしに他人のアイデアを使用する
→ 「大」。「盗用」である。 - 自分の研究に関連した極秘情報を権限がないのに使用する
→ 「大」。規則違反である。 - 自分の過去の研究結果と矛盾したデータを発表しない
→ 「大」。意図的な選択で「改ざん」である。 - ヒト材料実験の細かい規制を守らない
→ 「大」。規則違反である。 - 他の研究者が偽データや問題データを使用しているのを見て見ぬふりをする
→ 「中」。 - 研究費助成源の圧力に応じて研究デザイン、方法、結果を変える
→ 「大」。意図的なので「改ざん」になる。 - 同じデータや結果を2つ以上の論文に出版する
→ 「中」。自己盗用、二重出版である。 - オーサーシップの不適切な割りあて
→ 「大」。 - 論文や申請書に方法や結果の詳細を書かない
→ 「中」。 - 不適切な研究デザイン
→ 「大」。不適切さによるが、改ざんとみなされる場合もある。 - 勘で測定点を省く
→ 「大」。改ざん。 - 不適切な研究記録
→ 「大」。改ざん。
●6.【心理学:ジョンの9項目】
米国の心理学者・レスリー・ジョン(Leslie K. John)らが9項目挙げている。
心理学分野の「研究クログレイ」行為を、生命科学の立場で白楽が判定するとどうなるのか?
1.論文:研究の従属測定のすべてを記載しない
→ 白楽は判断できない。生命科学ではどういう測定なのか? 「従属測定」を的確に把握できない。
2.既に集めた結果が重要かどうかでさらにデータを集めるかどうかを決める
→ 「小」。
生命科学では一般にそうしていると思う。
3.論文:研究条件のすべてを記載しない
→ 「小」。
生命科学では論文のページ数を少なくしたい要望で、研究条件を詳細に書かないように指示する学術誌がある。紙面が十分あるのに、また、詳細に書くことを求められているのに、悪意があって記載しないなら、「改ざん」なので「大」。
4.期待したデータが得られたので、最初に計画したデータ収集を途中でやめる
→ 「小」。
5.論文:p値の“端数切捨て”(例:0.54を0.5以下)をする
→ 「小」。
6.論文:“うまく働いた”研究だけを選んで記載する
→ 「小」。
但し、“うまく働いた” の意味に依存するが、研究者の意向に沿ったデータだけを、“うまく働いた” として選んだなら、「改ざん」なので「大」。
7.結果へのインパクトを考慮してデータを除外するかどうか決める
→ 「小」。
結果が変わらないならインパクトのあるデータを使うのは問題ない。「困ること」はほとんどない。
8.論文:予想外の発見なのに、最初から予想していたと記載する
→ 「小」。
「予想外」と誰が判定するのか? 研究者本人ですね。研究者は、あらゆる結果を想定して研究をデザインするので、発見は常に予想内である。しかし、文章の修辞技法として、「予想外」だったと書く、と白楽は思っていた。「困ること」はほとんどない。
9.論文:実際は確かめていないのに人口統計学上の変数(例:性別)に影響されないと主張する
→ 「大」。
データがないのにあるかのように主張するのは「ねつ造」である。研究文書・発表の「4.信頼を損ねる」。
【結論】
心理学分野の「研究に伴う望ましくない行為」は、生命科学分野とは大違いである。9行為のうち7項目は「小」で1項目は「判断保留」。「大」は1項目だけである。「研究に伴う望ましくない行為」のうち「困ること」が起こる行為は、学問分野によって異なる。
●7.【白楽の感想】
《1》研究者の自由と「困ること」
研究クログレイ行為は、度合はいろいろだが、「困ること」が「大」から「小」まである。管理者側が管理しやすいルールを制定し、そのルールに違反した場合を研究クログレイとしている項目もある。
規制が多いと、人間は委縮しがちである。研究には、「自由な雰囲気」と「異常と思えるヤル気」は必須である。できれば、破天荒な発想と研究活動も許容したい。
マンガやコスプレのように、かつて卑下されていた文化が、新しい価値観を生み出す。つまり、規格外の行動であったり、他人には病的と思える思考傾向・振る舞いが、新しい価値観を生み出す。
破天荒な発想をする研究者の行為でも、その結果、「困ること」にならないように折り合いをつける方策が望まれる。基準は時代と共に変化するから、微妙である。
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●8.【備考】
① 旧版:2014年8月9日記事を2018年9月2日保存:https://web.archive.org/web/20180902054728/https://haklak.com/page_why_QRP.html
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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