2022年10月11日掲載
白楽の意図:2022年6月の米国・科学庁(NSF)の「南極の性不正レポート」は274ページという大部である。それを読み解くのは容易ではない。「南極の性不正レポート」を解説したケイティ・ランギン(Katie Langin)の「2022年9月のScience」論文を紹介する。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.ランギンの「2022年9月のScience」論文
9.白楽の感想
10.コメント
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【注意】
学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。
「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。
記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。
研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。
●1.【日本語の予備解説】
★2022年10月10日:「セクハラ」:氷河地質学:デイヴィッド・マーチャント(David Marchant)(米)
出典 → ココ
ワンポイント:マーチャントはボストン大学(Department of Government Boston University)のスター教授(男性)で、南極に自分の名前を冠したマーチャント氷河があるほど著名だった。ところが、1997~2001年(36~40歳)の4年間に少なくとも3人の女性院生に南極探検中にセクハラ行為(娼婦(whore)など侮蔑的に呼ぶ、排尿中に石を投げるなど)を繰り返していた。2016年10月(55歳)、被害者の1人・ジェーン・ウィレンブリング(Jane K. Willenbring)が17年前のセクハラ被害をボストン大学に告発した。2017年10月以降、「Science」誌がこのセクハラ事件を何度も報道し、大問題となった。2017年10月26日(56歳)、米国議会も調査に乗り出した。2017年11月(56歳)、ボストン大学は、マーチャントをセクハラ有罪とし、2019年4月12日(57歳)、解雇した。国民の損害額(推定)は20億円(大雑把)。
続きは、原典をお読みください。
●2.【ランギンの「2022年9月のScience」論文】
★書誌情報と著者情報
- 論文名:Sexual harassment plagues Antarctic research
日本語訳:セクシャルハラスメントが南極研究を苦しめる - 著者:Katie Langin
- 掲載誌・巻・ページ:Science.
- 発行年月日:2022年9月2日
- 指定引用方法:
- DOI: 10.1126/science.ade7188
- ウェブ:https://www.science.org/content/article/sexual-harassment-plagues-antarctic-research
- 著者の紹介:ケイティ・ランギン(Katie Langin、写真出典)は、xxxx年にxx大学(xx University)で鳥類生態学の研究博士号(PhD)を取得した。論文出版時は「Science」誌記者(2018年から)
●【論文内容】
本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
米国・科学庁(NSF)の「南極の性不正レポート」は274ページという大部である。それを読み解くのは容易ではない。それで、「南極の性不正レポート」を解説したランギンの「2022年9月のScience」論文を読んだ。
ーーー論文の本文は以下から開始
★「南極の性不正レポート」
①米国・科学庁(NSF)、②極地計画局(Office of Polar Programs、科学庁の組織)、③米国南極プログラム(United States Antarctic Program – Wikipedia、米国政府の組織)の委託を受けたLDSS社(LDSS | Leading and Dynamic Services and Solutions)は2022年6月22日、「性的暴行・セクハラの防止と対応(Sexual Assault/Harassment Prevention and Response (SAHPR))」報告書(274ページ)をまとめた。簡単のためここでは「南極の性不正レポート」と呼ぶ。
以下は「南極の性不正レポート」の冒頭部分(出典:同)。全文(274ページ)は → https://www.nsf.gov/geo/opp/documents/USAP%20SAHPR%20Report.pdf
2022年8月25日、米国・科学庁(NSF)は「南極の性不正レポート」を公表した。 → https://www.nsf.gov/geo/opp/documents/USAP%20SAHPR%20Report.pdf
過去3 年間、科学者だけでなく、料理人や用務員などの支援スタッフ、軍人も含め、南極で働いていたすべての人を対象に調査した。
「南極の性不正レポート」によると、南極基地は性的暴行・セクハラ地獄である。
セクシャルハラスメントがコミュニティの問題だと思った人は、女性で72%にも上り、男性でも48%もいた。リーダー層では40% だった。
「南極の性不正レポート」は、インタビュー、フォーカスグループ、匿名の調査回答に基づいて行なったが、性不正行為の頻度を数値化していない。以下のような逸話的な説明で終始している。
- インタビューに応じた1人は、「私が知りあったすべての女性は、性的暴行・セクハラの被害経験がありました」と述べた。
- 別の人は「今のままでは、南極基地で研究するよう多くの女性研究者に勧められません」と述べた。
夏のピーク時に1000人以上を収容する米国のマクマード基地(McMurdo Station)が性不正地獄だとしているが、アムンゼン・スコット基地(Amundsen-Scott South Pole Station)、パーマー基地(Palmer Station)、調査船、その他、米国南極研究プログラム(U.S. Antarctic research program)が運営している南極のすべての場所でセクシャルハラスメントの問題が確認された、と報告書は述べている。
米国の南極観測・マクマード基地(McMurdo Station)。写真出典 By Gaelen Marsden, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons
★ 科学庁(NSF)と識者の意見と反応
米国・科学庁(NSF)の極地計画局(Office of Polar Programs)のロベルタ・マリネリ局長(Roberta Marinelli – Wikipedia、写真出典同)は、「Science」誌とのインタビューで、「南極の性不正レポート」が「南極基地が性的暴行・セクハラまみれであることに重大な懸念を示している」と理解したが、「私たちはまだ、どのように改善するか検討中です」と述べた。
南極の氷床を研究しているサンディエゴ大学スクリプス海洋研究所(University of San Diego’s Scripps Institution of Oceanography)のヘレン・フリッカー教授(Helen Fricker、写真出典)は、「このレポートは予想以上に衝撃的でした」と述べている。
フリッカー教授自身、若い時に南極で研究し、最近、研究室の院生を南極に送りだしていた。
フリッカー教授も、南極で研究経験のある同僚から「かなりひどい話」を聞いたことがあった、という。内容は、地質学者のジェーン・ウィレンブリング(Jane K. Willenbring – Wikipedia、写真出典)が受けた南極でのセクシャルハラスメントのような話だ。
しかし、「南極の性不正レポート」は「間違いなく、私が思っていたよりもはるかに広範囲に性不正行為が行なわれていたことを示しています。これらのいくつかは犯罪です。… つまり、文字通り、人々はレイプされたと話していました」とフリッカー教授は指摘した。
「南極の性不正レポート」はまた、法的執行についての懸念を提起していた。
「私が話をした多くの人は、加害者を犯罪者として断罪できずにる。そして、当局は性的暴行・セクハラを防止するのに少ししか対処していないことを経験し、深く裏切られたと感じている」と述べている。
2013年、米国・科学庁(NSF)は 「極地行動規範(Polar Code of Conduct)」を制定していた。
「極地行動規範」は、身体的または言葉による虐待、つまり、嫌がらせ、ストーキング、いじめなどあらゆる種類の性不正行為・嫌がらせを明示的に禁止した。
「極地行動規範」に違反した場合、南極からの退去処分も記載されていた。
しかし、性不正行為者を処罰するかどうかの決定は、大学、企業、および南極の労働者を監督する連邦機関に委ねられていて、どのセクターも、申立てを徹底的に調査することはなかった。
「南極の性不正レポート」には、性不正被害の報告を人事部に申立てたのに、加害者と思われる人物が何も処分されていない事例がたくさんあった、とある。
「極地行動規範」の他の問題点として、「自分の研究機関以外からの性不正行為があった場合、どうしますか?」と、ある科学者は指摘している。
「北米にある大学事務局に2万キロも離れた場所の性不正行為を調査させるのは現実的ではない」と指摘する人もいる。
米国・科学庁(NSF)は、こうした状況に対処するシステムを構築する必要がある。
米国・科学庁(NSF)は改善を約束している。
極地計画局(Office of Polar Programs)のロベルタ・マリネリ局長は、「南極の性不正レポート」の報告を受けて、「私たちは、同時に解決しなければならないことがいくつもあります。私たちは性不正が起こらない研究環境の構築を望んでいます。もし起こった場合、被害者が安心して通報でき、その通報に有効な対応がなされることを望んでいます。科学者がクロなら懲戒処分をする。私たちは氷上にいるすべての人に公平でありたい」と述べた。
1つの進歩として、米国・科学庁(NSF)は、「研究助成の採否を決定する際、性不正事件があったかどうか、所属大学のタイトルIX事務局からの情報を考慮できる」という規則を制定した。
[白楽注:2022年5月、米国議会で新しい法律「239条」が導入され、NIHが資金提供した研究者が性不正・アカハラしたら、大学・研究所はNIHに報告しなければならないことになった。 →7-103 大学の性不正・アカハラを取り締まるNIHの新規則 | 白楽の研究者倫理]
スタンフォード大学のジェーン・ウィレンブリング準教授(Jane K. Willenbring)は、「現状は大いに不満である」と批判した。
「#MeToo運動」の中でウィレンブリング準教授の性不正被害に関する話が広まったとき、ウィレンブリング準教授は、米国・科学庁(NSF)に南極研究での性不正被害者を保護する有効な対処を要望した。
しかし、米国・科学庁(NSF)は何も対処しなかった。
その頃から、ウィレンブリング準教授は、南極における性的暴行・セクハラがいかに大きな問題であるかという集会を何度も開いた。それにもかかわらず、ほとんど何も改善されていない。
ウィレンブリング準教授:「過去5年間、性的暴行・セクハラ被害者の訴えを聞いてこなかった人は誰ですか?」。
「米国・科学庁(NSF)でしょう」。
●9.【白楽の感想】
《1》無関心な日本
大学の性不正問題は、大学教員が院生(や同僚)を食い物にする卑劣な言動だが、どういうわけか、日本では、政府・学術界・高等教育界・メディアなど、主要なところは、ほとんど動かなかったし、現在も動かない。
ウィレンブリング準教授は、「過去5年間、性的暴行・セクハラ被害者の訴えを聞いてこなかった人は誰ですか?」と問うている?
日本での答えは、「政府・学術界・高等教育界・メディアです」。
主要な関係者のほぼ全部・全員である。
日本は、長年、「隠す」「臭い物に蓋」体質が染みついている。透明性・説明責任は言葉だけである。
これでは、日本は良くならないだろうなあ、と思う。
どうすりゃ、いいの?
白楽の目が黒いうちには改善できない?
若い人、なんとかしてね。
ところで、日本の南極基地では性不正被害の申立てはゼロなの?
出典:日本の観測基地|南極観測のホームページ|国立極地研究所
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●10.【コメント】
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学者の元愛人です。相手は、「自分はロリコンだ」と本に書き、英語と韓国語に翻訳し、海外に輸出しています。『感じない男』(森岡正博著、ちくま新書、2005)です。森岡はいまも早稲田大学の教授(専門生命倫理、哲学)です。
もう一人、宮台真司東京都立大学教授(社会学)という者がおり、この人も若年者に対して、性的に不適切な関わり方をしたがり、それを本に書いている人です。例えば、『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(宮台真司著、中経出版/KADOKAWA、2013)です。内容は恋愛というか、性暴力的な内容です。
社会は無関心ではなく、フェミニストが声を挙げています。南極の性不正までは知らなかったのですが、宮台の性不正はツイッター等で非難されています。
メディアが動きません。例えば、東京新聞の望月衣塑子記者が宮台と仲良しだったりします。新聞記者が、学者に最近の世情について話を聞き、学者の話を市民に垂れ流してきます。そうではなく、記者がアカデミック・ハラスメントや研究不正について猛勉強をして、学者を追及してほしいです。マスコミが学者の手下なので、ジャーナリズムを鍛え直さないといけないと思っています。
性不正ということでは、いま国際的にジャニーズ事務所の件が問題になっています。ジャニー喜多川は児童性的虐待を太平洋戦争直後から、ごく最近までやっていました。日本のマスコミはみんな知っていて、報道してきませんでした。新聞・テレビ・職能団体を批判していかないといけないと思っています。