ベリスラフ・ズロコビッチ(Berislav Zlokovic)(米)

2024年3月5日掲載 

ワンポイント:ズロコビッチはセルビア出身の南カリフォルニア大学(USC: University of Southern California)・教授で、総額約87億円の研究費を得ている神経科学の巨人である。2022年5月、医薬品・3K3A-APCを投与するズロコビッチを中心とする第3相臨床試験に、NIHが約30億円の支給を決めた。しかし、元研究室員4人が、1997~2023年(45~71歳)の27年間の37論文にデータねつ造・改ざんがあると内部告発した。2023年11月16日、臨床試験は中止。南カリフォルニア大学(USC)は調査を始めた。ネカトだけでなく、有毒研究室という指摘もある。現在、撤回論文は0報だが、「パブピア(PubPeer)」では34論文にコメントがある。国民の損害額(推定)はズロコビッチが得た研究費と同額として87億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ベリスラフ・ズロコビッチ(Berislav Zlokovic、Berislav V Zlokovic、ORCID iD:?、写真出典)は、セルビア出身で米国の南カリフォルニア大学(USC: University of Southern California)・教授になった。医師免許を持っている。専門は神経科学(血液脳関門)である。

NIHから既に、総額約87億円の研究費を得ていて、2022年には、実験薬3K3A-APCの第3相臨床試験に、さらに、総額3,000万ドル(約30億円)の支給が決定されていた。

2023年x月xx日(71歳?)、ズロコビッチの元研究室員4人(姓名非公表)は、ズロコビッチが出版した論文にデータねつ造・改ざんがあるのではないかと、論文を解析した。その結果、1997~2023年(45~71歳)の27年間に出版した37論文にデータねつ造・改ざんを見つけた。そのネカト解析文書(113ページ)を、NIHと南カリフォルニア大学(USC)に提出し、ズロコビッチのネカトを告発した。

2024年3月4日(71歳)現在、南カリフォルニア大学(USC)は調査中である。調査結果は出ていないので、ズロコビッチは処分されていない。「パブピア(PubPeer)」では34論文にコメントがあるが、撤回論文は0報である。

なお、この事件を報じた2023年11月13日のチャールズ・ピラー(Charles Piller)記者の「Science」記事は、クリスティ・ウィルコックス「Science」編集者(Christie Wilcox)の「Science誌の今年のニュース」に選ばれた。 → ScienceAdviser: A year of News from Science | Science | AAAS

南カリフォルニア大学ケック医科大学院(Keck School of Medicine of the University of Southern California)。写真出典

ズロコビッチの所属するジルカ神経遺伝研究所(Zilkha Neurogenetic Institute)の研究室。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:セルビア
  • 医師免許(MD)取得:ベオグラード大学
  • 研究博士号(PhD)取得:英国のクイーン・エリザベス大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1952年3月6日
  • 現在の年齢:72 歳
  • 分野:神経科学
  • 不正論文発表:1997~2023年(45~71歳)の27年間
  • ネカト行為時の地位:南カリフォルニア大学・教授、ロチェスター大学・教授
  • 発覚年:2023年(71歳)
  • 発覚時地位:南カリフォルニア大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は元研究室員4人で、南カリフォルニア大学とNIHに公益通報
  • ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「Science」、「Los Angeles Times」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①南カリフォルニア大学が調査中
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし(調査中)
  • 大学の透明性:調査中(ー)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:撤回論文0報。告発では37論文(クリックすると即ダウンロードが始まる) →
    https://www.science.org/do/10.1126/science.adm8868/files/zlokovic-papers-covered-by-the-whistleblower-dossier.xlsx
  • 時期:研究キャリアの中・後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)はズロコビッチが得た研究費と同額として87億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:(1):Zlokovic Berislav保存版。(2):Academy of Europe: Zlokovic Berislav保存版

  • 1952年3月6日:セルビアのベオグラードで生まれる
  • 1975年(23歳):セルビアのベオグラード大学・医学部で学士号取得:医学
  • 1977年(25歳):英国のクイーン・エリザベス大学(?)で研究博士号(PhD)を取得。なお、「Science」記事では、ベオグラード大学で1983年に博士号(PhD)取得とある
  • 1977年(25歳):セルビアのベオグラード大学・医学部(University of Belgrade Faculty of Medicine)・教員
  • 1980~1982年(28~30歳)?:英国のキングス・カレッジ、ロンドン・ポスドク
  • 1984~1988年(32~36歳)?:キングス・カレッジ、ロンドン・助教授
  • 1986年~1989年(34~37歳):セルビアのベオグラード大学・医学部(University of Belgrade Faculty of Medicine)・助教授
  • 1989年~1991年(37~39歳):米国の南カリフォルニア大学(USC: University of Southern California)・生理学・生物物理学科(Department of Physiology & Biophysics)・準教授
  • 1992年~2000年(40~48歳):同・正教授
  • 1997~2023年(45~71歳):この27年間の37論文が後にネカト疑惑
  • 2000年5月~2011年12月(48~59歳):ロチェスター大学(University of Rochester)・教授
  • 2011年12月20日(59歳):南カリフォルニア大学(USC: University of Southern California)・生理学・生物物理学科(Department of Physiology & Biophysics)・教授、同時に、南カリフォルニア大学(USC: University of Southern California)・ジルカ神経遺伝研究所所長(Zilkha Neurogenetic Institute)・所長
  • 2015年6月(63歳):疑惑論文が指摘された:PubPeer
  • 2022年5月(70歳):医薬品・3K3A-APCの第3相臨床試験に約30億円支給と決定
  • 2023年x月xx日(7x歳):元研究室員4人がズロコビッチのネカトを大学とNIHに告発
  • 2023年11月13日(71歳):「Science」記事がズロコビッチのネカト問題を詳しく報道
  • 2023年11月16日(71歳):臨床試験停止
  • 2024年3月4日(71歳)現在:従来の職を維持

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
講演動画:「Conférence du Prof. Berislav Zlokovic – Fondation Alzheimer – YouTube」(クロアチア語? フランス語?の導入、と英語)1時間1分3秒。
Fondation Alzheimer(チャンネル登録者数 595人) が2023/05/30 に公開

●4.【日本語の解説】

★2023年11月15日:いまい@imatakahiko:研究不正の内部告発 (Science)

出典:ココ

以下は上記ツイッターのテキスト部分を再表示した。

研究不正の内部告発 (Science)

脳卒中、活性化プロテインC、アルツハイマー病や血液脳関門(ペリサイト)の分野で有名なUSCのBerislav Zlokovic氏の研究不正(疑惑?)が内部告発された

基礎研究だけでなく、第2相の臨床試験にも不正がある可能性があるとのこと

まじか…
―――
該当の第2相 臨床試験

活性化プロテインCを応用したPAR1アゴニストの3K3A-APCをの脳虚血患者110人に投与し、t-PA投与後などで副作用である出血の程度を見たところ、出血率が有意に低く、出血量も減少傾向=脳保護作用あり (死亡率は薬物 9/66 vs. プラセボ 6/44 で同程度)
―――
NIHに提出された113ページの文書では、臨床試験での死亡率や90日後の予後が悪化している可能性について強調するともに、同氏のラボでの研究に関して述べている

NatureやCell、姉妹紙を含む35報と臨床試験の2報に
懸念を表明してる(記事に該当論文35のリストあった)
―――
第2相試験では、プラセボと比べて3K3A-APCでは出血率が低い(p=0.046)で出血量も減少傾向(p=0.066)だった

実際、プラセボ群ではt-PA投与が2時間程度遅れていた(開通が遅く、出血リスクが上がる可能性あり)。適応範囲の4.5時間を超えて、6時間の投与もいたらしい。

それでも効果がこれだと怖いわね

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★研究人生

ベリスラフ・ズロコビッチ(Berislav Zlokovic、Berislav V Zlokovic)はセルビアのベオグラードで生まれ、セルビアのベオグラード大学医学部を卒業後、英国のクイーン エリザベス大学(Christian Medical College & Hospital)で研究博士号(PhD)を取得した。

1989年、37歳の時、米国の南カリフォルニア大学・準教授になった。その後、約10年間、ロチェスター大学・教授を務め、2011年12月20日、59歳で、南カリフォルニア大学・教授に戻り、ジルカ神経遺伝研究所所長・所長になった。

ズロコビッチは約87億円の研究費を受給している、アルツハイマー病などの神経科学分野の巨人である。

以下に示すように(英語のママでスミマセン)、神経科学の細目別研究分野(左)で論文数(左から2・3列)も被引用数(右の2列)も、世界ランキングのトップやトップクラスである。表出典:「Science」記事。

★獲得研究費

ベリスラフ・ズロコビッチ(Berislav Zlokovic、Berislav V Zlokovic)は、NIHから1992~2023年の32年間に108件、計86,616,218ドル(約86億6千万円)の研究費を獲得していた。以下は2023年の5件。 → RePORT ⟩ Berislav V Zlokovic

★3K3A-APC

話しが突然、生命科学の専門的な話になるが、この節をとばしてもネカト問題は把握できるので、生命科学に苦手な人はパスしてかまいません。

まず、専門用語を軽く説明しておく。

3 K3A-APC (3K3A-Activated Protein C) は、ヒト活性化プロテイン C(Activated Protein C)のアミノ酸残基191-193番目の3つのリジン(K)をアラニン(A)に遺伝子操作で変えたタンパク質である。 → 2019年4月1日記事:3K3A-APC-Cognitive-Vitality-For-Researchers.pdf

3K3A-APCは、プロテアーゼ活性化受容体1 (PAR-1) に対する活性が高く、活性化プロテインC よりも抗凝固効果が低い。

この3K3A-APCは、アルツハイマー病の治療薬として有効だと思われている。

なお、3K3A-APCの適切な日本語訳がないので、白楽記事では3K3A-APCをそのまま使用する。

繰り返しになるが、白楽記事はネカト問題を主題としているので、3K3A-APCの薬理作用や化学物質の性状の理解は不要で、単に新しい薬と理解するだけでネカト問題の把握に支障はない。

テキサス州 ヒューストンのバイオ企業・ZZバイオテク社(ZZ Biotech)が3K3A-APCを製造し、脳卒中を治療する実験薬として開発中である。3K3A-APCは食品医薬品局(FDA)の認可を受けていないので、まだ、市販されていない。

2020年6月、食品医薬品局(FDA)は、急性虚血性脳卒中治療のためのZZバイオテク社の実験薬3K3A-APCの研究をファストトラック(Fast Track)開発プログラムに指定した。

食品医薬品局(FDA)のファストトラック(FDA Fast Track)は、医薬品の開発を促進し、審査を迅速化するプロセスである。 その目的は、重要な新薬をより早く患者に届けることだ。

★臨床試験

2022年5月、NIHの国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)は、大きな賭けをした。

脳卒中後の脳損傷を抑えるために開発された実験薬3K3A-APCの臨床試験に総額3,000万ドル(約30億円)の助成金を支給する決断をした。

もう少し詳しく書くと、血栓が脳の一部への血流を遮断する危険な状態である急性虚血性脳卒中(acute ischemic stroke)を経験した直後の1400人の患者を対象に、3K3A-APCを投与する第3相臨床試験の助成金に、南カリフォルニア大学(USC)のズロコビッチらに総額約3,000万ドル(約30億円)の予算を配分する約束をし、助成金の初年度分の400万ドル(約4億円)を支給した。

この賭けは正当に思えた。

南カリフォルニア大学(USC)の著名な神経科学者・ズロコビッチ教授は、長年、多額の研究助成金を受領し、研究室から有望なデータを生み出していた。

ズロコビッチが共同設立したZZバイオテク社が後援した「RHAPSODY」と呼ばれる第2相臨床試験のデータ(以下の論文)は、3K3A-APCが安全で有効だと示していた。

2023年11月16日、しかし、NIHは、ズロコビッチのネカト疑惑を示す告発を受け、3K3A-APCの臨床試験を一時停止した。

★告発と対処

2023年x月xx日(71歳?)、ベリスラフ・ズロコビッチ(Berislav Zlokovic)の元研究室員4人(姓名非公表)が、ズロコビッチの37論文のネカトを解析したネカト解析文書(113ページ)をNIHと南カリフォルニア大学(USC)に提出し、ズロコビッチのネカトを告発した。

この文書は非公開なので、白楽記事ではリンク先を示せない。ただ、1997~2023年の37論文のリストは公表されている。以下をクリックすると即ダウンロードが始まる。 →
https://www.science.org/do/10.1126/science.adm8868/files/zlokovic-papers-covered-by-the-whistleblower-dossier.xlsx

ズロコビッチの弁護士であるアルフレド・ジャリン(Alfredo X. Jarrin、写真出典)は「ズロコビッチ教授は、告発を極めて深刻に受け止め、調査に全面的に協力する。ただ、自分の研究室で行なっていない研究成果、自分が連絡著者ではない論文、自分の役割が一部でしかない論文では十分に答えられない、と述べた」、と発表した。

南カリフォルニア大学(USC)は、声明を発表し、「研究公正に関する疑惑を真剣に受け止めています。連邦規則と当大学の規則に従い、この告発を研究公正局に通知し、審査を受けます。当大学の規則では、調査は機密です。これ以上の情報は提供できません」と述べた。

★発覚の経緯

2023年x月xx日(71歳?)に元研究室員4人(姓名非公表)がズロコビッチのネカトを告発したその数年前から、ズロコビッチ論文のネカト疑惑が指摘されていた。

2015年6月(63歳)、「パブピア(PubPeer)」で、「2015年のNature Neuroscience」論文の画像操作が指摘された:PubPeer

2017年、そして、2022年、ズロコビッチの研究に対する疑念が「パブピア(PubPeer)」で強く指摘された。

ヴァンダービルト大学(Vanderbilt University)のマシュー・シュラグ助教授(Matthew Schrag、写真出典)は、ズロコビッチと同じアルツハイマー病の研究者であるレズネーの画像操作を指摘していた。 → シルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)、カレン・アッシュ(Karen Ashe)(米) | 白楽の研究者倫理

そのシュラグ助教授は、ズロコビッチのネカト解析文書(113ページ)の著者の1人で、サイエンス誌の取材に応じた。

「私の意見では、3K3A-APCの臨床試験を一時停止すべきです。この治療法の安全性については疑問が多いのです」と。

2018年に発表された「RHAPSODY」と呼ばれる3K3A-APCの第2相臨床試験でも、患者の安全性に疑問があると指摘した。

というのは、3K3A-APC投与を受けた脳卒中患者66人のうち6人がこの期間内に死亡したのに対し、プラセボ群では44人中1人の死亡だけだった。つまり、治療後1週間の死亡者数は、3K3A-APC投与患者の方が、プラセボ投与患者よりも高かったのだ。

また、第2相臨床試験では、意図的かどうかハッキリしないが、3K3A-APCが有効になるような投薬手順だったとも指摘した。

有名なネカトハンターのエリザベス・ビックもネカト解析文書(113ページ)の著者の1人で、ズロコビッチのデータを徹底的に調査すべきだ、と主張した。

「南カリフォルニア大学(USC)は、研究室の実験ノートと生データを提供するようズロコビッチに求めるのが適切です。例えば、特定の部分が複製または消去されているように見える画像の場合、スキャナーや顕微鏡の元画像を、公開されている図と比較する必要があります」、とビックは指摘した。

一方、ズロコビッチの共同研究者の中には、別の研究室からの研究結果はズロコビッチの研究結果を支持している。3K3A-APCは新薬として有望で、第3相臨床試験を実施すべきだと主張する人もいる。

★ネカト解析文書の精査

サイエンス誌は内部告発者グループからネカト解析文書(113ページ)を無料で入手していた。その文書は非公開なので、白楽記事ではリンク先を示せない。

サイエンス誌は、このネカト解析文書を7人の専門家に精査してもらった。

なお、その精査にお金を払らっていない。

1,ヴァンダービルト大学(Vanderbilt University)のマシュー・シュラグ助教授(Matthew Schrag)

2.ネカトハンターのチェシャー(Chesire)は、本記事で初めて実名をケビン・パトリック(Kevin Patrick)だと明かした。科学者ではない。論文の画像分析者である。

3.トーマス・ズードホフ(Thomas Südhof)

スタンフォード大学の神経科学者のトーマス・ズードホフ(Thomas Südhof)は、ノーベル賞受賞者である。

ズードホフ自身の論文のいくつかがパブピア(PubPeer)で批判されている。そのいくつかに対し自分たちの間違いを認めているが、他の批判は根拠がないと否定している。

ズードホフは、ズロコビッチの論文画像の異常を研究不正の証拠だと無批判に受け入れることに警鐘を鳴らした。そして、臨床試験の根拠となるズロコビッチの画像の異常の多くは研究不正ではなく、「無実の誤り(innocent errors)」だと思う、と述べた。

ただ、「無実の誤り(innocent errors)」だったとしても、ズロコビッチらが不注意だったことには違いない、とも指摘した。

そして、偶然の間違いとしては「説明が非常に難しい」画像の異常もあると付け加えた。

特に、「2004年のNature Medicine」論文では、1つの血管の断面が画像内の他の2つの場所にコピー&ペーストされている(下図参照、出典)。これを「意図的ではない」と説明するのは「ほとんど不可能」だと、ズードホフは述べた。

4.マイク・ロスナー(Mike Rossner)
5.エリザベス・ビック・・・既出

2人とも、ネカト解析文書は、ズロコビッチの論文の多くに誤りや不正行為の有力な証拠である、としている。

一部の画像は、データの解釈に影響を与える加工操作がされているように見える、と2人は述べた。

6.クリス・シェイファー(Chris Schaffer)

コーネル大学(Cornell University)の生物医学エンジニアであるクリス・シェイファー(Chris Schaffer)は、5年前の「2004年の論文」の図(下中央)を「2009年の論文」の図(下左)に再使用したズロコビッチの論文に驚いた、と述べた。

図(下右)は同じ画像の加工操作部分を示している。図の出典:2023年11月13日のチャールズ・ピラー(Charles Piller)記者の「Science」記事

ネカト解析文書に示された告発内容は非常に説得力があり、シェイファーはズロコビッチの不正データに「吐き気を感じた」と述べた。

「科学的記録の公正は、私たち研究活動の根幹をなすもので、この種のデータ異常を目の当たりにするのは苦痛です」と加えた。

7.匿名

論文を査読した神経科学者は、論文に明白な操作画像があることにショックを受けたそうだ。「振り返ってみると画像の加工は非常に明確なので、もっと早く気づくべきでした。ただ、査読者は、そのような不正を見つけるのに多くの時間を費やす訓練を受けていません」、と述べた。

「全体として、ネカト解析文書の結論に概ね同意します。私の主な疑問は、なぜ画像をねつ造・改ざんしたかです。そんなことをしなくても、素晴らしい論文をたくさん出版できる資金・人材があったでしょうに」。

★有毒研究室

ズロコビッチ研究室の4人の元室員は、ズロコビッチと何年も一緒に研究をし、彼と一緒に出版していた。

その4人は、ズロコビッチは常に、彼の仮説に沿ったデータを期待するという圧力を室員にかけていた、と述べた。つまり、ズロコビッチは室員にデータねつ造・改ざんを強制していた。有毒研究室だった。

研究なので、普通は自分の意見を述べる。ところが、告発者らによると、ズロコビッチ研究室では、室員たちは、研究室の研究について自由に発言できない雰囲気だったという。

事情を知らない新参者が、自分の意見を述べた結果、ズロコビッチに屈辱的な批判をされていた。ズロコビッチ研究室の会議では、質問に答える以外は、皆沈黙していた。

ズロコビッチは、自分の望む実験結果が得られない室員を日常的に叱責していたという。

「彼と意見が合わなければ、論文やプロジェクトの第一著者になれません。もちろん、それは研究者のキャリアにとって重要です」。また、「データがズロコビッチの仮説に合わなければ、そのデータを研究室に持ち込むことすら怖かった」と述べた。

一方、元研究室員で、ズロコビッチの3つの論文の筆頭著者であるアンジェリキ・ニコラコポウロウ(Angeliki Nikolakopoulou、写真出典)は、全く別の視点を述べた。

ニコラコポウロウは、現在はロサンゼルスのバイオテクノロジー企業・Bionaut Labsの主任科学者である。

ニコラコポウロウは、「ズロコビッチの研究室に8年間所属して言えるのは、不正行為はなかったということです」、と述べた。

★巨大プロジェクト

ズロコビッチの論文がネカトまみれと判定された場合、神経学研究のいくつかサブ分野は清算される可能性がある。

ズロコビッチの血液脳関門の研究は、脳アミロイドアンギオパチー(cerebral amyloid angiopathy:CAA)、アルツハイマー病、脳卒中、その他の神経疾患の研究においてますます重要になっている。

例えば、「血液脳関門」と「アルツハイマー病」の両方に関する研究に、NIHは、2006年に1300万ドル(約13億円)助成したが、2022年は2億4100万ドル(約241億円)に急増していた。また、血液脳関門や脳卒中、周皮細胞の検査にも助成金の額は劇的に増加していた。

内部告発書が示したネカト疑惑論文は、計8,400回以上引用されている。

Dimensionsによると、これらの論文は、同じ年に出版された同じ分野の同等の論文と比較して、平均して27倍の影響力を持っている。30の企業・大学・財団による49件の特許で引用されている。

新薬・3K3A-APCの商業化に幅広い関心が寄せられている。

ズロコビッチの論文がネカトとなれば、影響はとても大きい。

【ねつ造・改ざんの具体例】

2024年3月4日現在、南カリフォルニア大学(USC)、NIH、食品医薬品局(FDA)は調査結果を発表していない。

つまり、どの論文の何がどのようにねつ造・改ざんされたのか、公式発表がない。

本文中に数例示したが、以下は、それ以外の論文で、パブピアで探った。

★「2013年4月のJ Neurosci.」論文

「2013年4月のJ Neurosci.」論文の書誌情報を以下に示す。この論文で、3K3A-APCが脳細胞にさまざまな保護を与えることを示唆した。2024年3月4日現在、撤回されていない。

2023年11月xx日、アクチノポリスポラ・ビスクレンシス(Actinopolyspora biskrensis)は、図5Aと図6Aのデータは別なのに一部を重複使用している(水平方向に反転もあり)と指摘した。 → 図の出典:https://pubpeer.com/publications/90688A70A42D65DF1B67C53152025E

★「2022年3月のFront Neurosci.」論文

「2022年3月のFront Neurosci.」論文の書誌情報を以下に示す。この論文で、脳細胞と血液脳関門を脳卒中による損傷からK3A-APCが守ることを見つけた。2024年3月4日現在、撤回されていない。

2023年11月xx日、シュラグは、図4は「2019年のNature Neuroscience」論文の図4と同じ図を改ざんし重複使用していると指摘した。 → 図の出典:https://pubpeer.com/publications/C8C3B744B205931C17BF9A9F171DAF

以下に3つの図を示す。

 

 

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

データベースに直接リンクしているので、記事を閲覧した時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えていると思います。

★パブメド(PubMed)

2024年3月4日現在、パブメド(PubMed)で、ベリスラフ・ズロコビッチ(Berislav Zlokovic、Berislav V Zlokovic)の論文を「Berislav V Zlokovic [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2023年の22年間の212論文がヒットした。

2024年3月4日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2024年3月4日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでベリスラフ・ズロコビッチ(Berislav Zlokovic、Berislav V Zlokovic)を「Berislav V Zlokovic」で検索すると、 0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2024年3月4日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ベリスラフ・ズロコビッチ(Berislav Zlokovic、Berislav V Zlokovic)の論文のコメントを「”Berislav V Zlokovic”」で検索すると、34論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》「Science」記事が優れている 

2023年11月13日のチャールズ・ピラー(Charles Piller)記者の「Science」記事は、ベリスラフ・ズロコビッチ(Berislav Zlokovic)の臨床研究のベースになる基礎医学論文のデータ疑惑を、シッカリ受け止めた記事だ。

この「Science」記事は、クリスティ・ウィルコックス「Science」編集者(Christie Wilcox)の「Science誌の今年のニュース」に選ばれた。 → ScienceAdviser: A year of News from Science | Science | AAAS

白楽も、重厚で丁寧に調査しているとても良い記事だと思った。

白楽も見習いたいものです。

《2》巨人が倒れる?

ベリスラフ・ズロコビッチ(Berislav Zlokovic)は、NIHから既に、総額約87億円の研究費を得ていて、2022年には、実験薬3K3A-APCの第3相臨床試験に、さらに、総額3,000万ドル(約30億円)の支給が決定されていた。

30億円の研究費が投入され、1400人の患者が治験対象になっている。

NIHやFDAが支援している巨大な創薬プロジェクトである。

ズロコビッチの40年に渡る巨大な研究成果が、データねつ造・改ざんまみれだったとすると、記事本文でも述べたが、影響は甚大である。

それでもネカトはネカトである。

砂上の楼閣なら崩れる。

ベリスラフ・ズロコビッチ(Berislav Zlokovic)、https://keck.usc.edu/zilkha/

《3》告発

NIHやFDAが支援している巨大な創薬プロジェクトに個々の研究者が異を唱えるのは、とても勇気がいる。勇気がいるどころか無謀でもある。

巨大な相手でなくとも、ほとんどの研究者は「研究上の不正行為」に見て見ぬふりをして、やり過ごす。自分の責任でもないし、告発すれば、自分が攻撃されるだけだ。

「臭いものに蓋」状態の論文や研究室がたくさんあるに違いない。

研究者が個人で告発するのは危険である。

ネカトの告発と調査を研究者個人の勇気に依存しない方法はないものか?

また、大学はネカト調査の不正の温床なので大学に告発しても、無視され隠蔽されることが多い。大学に任せない方法はないものか?

答えは、専門の捜査官に捜査を任せることにたどり着く。

つまり、日本の刑法に「学術詐欺罪」を創設することだ。

また、ネカトハンターたちのために、米国と似たようなキイタム訴訟の日本への導入も望ましい。 → 7-123 ネカト告発で34億円ゲット(米) | 白楽の研究者倫理

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
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●9.【主要情報源】

① ウィキペディア・セルビア語版:Berislav Zloković — Википедија
② ◎2023年11月13日のチャールズ・ピラー(Charles Piller)記者の「Science」記事:Misconduct concerns, possible drug risks should stop major stroke trial, whistleblowers say | Science | AAAS
③ 2023年11月22日のポール・バスケン(Paul Basken)記者の「insidehighered」記事:USC probes star neuroscientist on research fraud allegations
④ 2023年11月24日のコリンヌ・パーティルとメロディ・ピーターセン(Corinne Purtill, Melody Petersen)記者の「Los Angeles Times」記事:USC neuroscientist faces scrutiny after data allegations – Los Angeles Times
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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