団体:脳損傷研究(Brain Injury Research)、ナショナル・フットボール・リーグ(National Football League)(米)

2020年7月29日掲載 

ワンポイント:プロアメリカンフットボールの元締めのナショナル・フットボール・リーグ(National Football League)は年間数兆円の収入がある。このナショナル・フットボール・リーグ(National Football League)が、研究者に手をまわし、選手の脳損傷(Brain Injury)被害を低めにした論文を出版させてきた(つまり、データねつ造・改ざん)と、2016年、ニューヨーク・タイムズ紙が報じた。両者の間のバトルが勃発した。本記事では、上記事件とは別に、ナショナル・フットボール・リーグ(National Football League)が、NIHとスターン教授に不当な圧力をかけた2016年の事件、ナショナル・フットボール・リーグ(National Football League)からカネをもらっていることを隠して他人の論文を攻撃した2009年の事件、も言及した。カネのために選手の健康が犠牲になる事例は、ボクシング、相撲など、他のスポーツ競技でも共通した問題だ。国民の損害額(推定)は50億(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.日本語の解説
3.事件の経過と内容
4.白楽の感想
5.主要情報源
6.コメント
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●1.【概略】

Max Andrews / CC BY-SA

プロアメリカンフットボールの元締めのナショナル・フットボール・リーグ(National Football League)は年間数兆円の収入がある。このナショナル・フットボール・リーグ(National Football League)が、研究者に手をまわし、選手の脳損傷(Brain Injury)被害を低めにした論文を出版させてきた(つまり、データねつ造・改ざん)と、2016年、ニューヨーク・タイムズ紙が報じた。両者の間のバトルが勃発した。

ニューヨーク・タイムズ紙は、 1996年から2001年にかけてチーム医師が診断したすべての脳震とうのデータに基づく13報の研究論文を問題視した。

そして、除外した脳震とう事故例(全体の10%以上)についてナショナル・フットボール・リーグ(NFL)に質問した。

すると、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は「データ提出は必須ではなかったので、すべてのフットボール・クラブがデータを提出したわけではありません」と、データの不完全さを認めたのである。ただ、「脳震とう率を変更または低く見せるつもりで脳震とう事故例を除外したのではありません」と弁解した。

つまり、データねつ造・改ざんを認めている。

それなのに、論文は1報も撤回されない。これらのネカト論文の著者への制裁や処分もない。

ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は上記以外でも不都合な真実を捻じ曲げる行為を何度も行なってきた。

本記事では、その内の2例を加えた。

1例は、2016年、ボストン大学の著名な脳研究者・ロバート・スターン教授(Robert Stern)に、NIHの研究助成が行なわれたが、スターン教授はナショナル・フットボール・リーグ(NFL)に批判的だった。それで、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)が分担するハズの1600万ドル(約16億円)の研究助成金を支給しなかった。これは、契約違反だ。

もう1例は、フットボールチーム医師で大学講師のレスター・メイヤーズ(Lester Mayers)が「2008年のArch Neurol」論文で、運動選手は脳震とうがあったら4週間はプレイを控えるように提案した。

しかし、その論文の内容はオカシイと3人の医師が「2009年のArch Neurol」論文で否定した。3人の医師は、「論文内容との財務的関係はない」と答え、中立的なふりをし、特定組織からの金銭授受を否定した。しかし、実際は3人ともナショナル・フットボール・リーグ(NFL)からカネをもらっていたのだった。そして、その金銭授受を隠蔽していた。

ニューヨーク・タイムズ紙の指摘に話を戻すと、ニューヨーク・タイムズ紙が指摘した13報のネカト論文は、どれも撤回されていないし、訂正もされていない。

ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は年間数兆円の収入がある。そのカネでネカト指摘を封じてきたし、現在も封じているし、今後も、多分、封じるだろう。

このデータねつ造・改ざんによる死亡者や健康障害者の明確な数値はない。しかし、以下に示すように数千人は影響を受けた(ている)と思われる。プロアメリカンフットボールと限らず、全スポーツに広げると、米国だけで年間160 ~ 380 万人が影響を受けている。

米国では、スポーツ関連の脳震とうが、年間 160 ~ 380 万件発生していると推定される。
――中略――
ナショナル・フットボール・リーグ(National Football League:NFL)が、脳震とうの危険性を長年に渡って隠し、安全措置を怠っていたとして、元選手の約 3 分の 1 に当たる約4,200 名から、集団訴訟を起こされている。また 2012年は、NFL の元スター選手や現役選手の自殺や事件・事故が相次ぎ、脳震とうとの関連も指摘されている。(出典:本間央之(科学技術動向研究センター 特別研究員):スポーツ脳震とう関連研究の動向、科学技術動向、2013年8月号(137号))

写真出典:Tech. Sgt. Michael Holzworth / Public domain

  • 国:米国
  • 集団名:ナショナル・フットボール・リーグ
  • 集団名(英語):National Football League
  • ウェブサイト(英語):https://www.nfl.com/
  • 集団の概要:ナショナル・フットボール・リーグ(英語: National Football League、略称:NFL)は、アメリカ合衆国で最上位に位置するプロアメリカンフットボールリーグである。NFLの年間の総収入は、2014年シーズンで120億ドルと推定されており、世界最大のプロスポーツリーグである(出典:NFL – Wikipedia
  • 事件の首謀者:指摘されていない
  • 分野:スポーツ医学
  • 不正年:1996~2001年
  • 発覚年:2016年
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はニューヨーク・タイムズ紙の記者で、記事に掲載
  • ステップ2(メディア): 「撤回監視(Retraction Watch)」、類似記事を多数のメディアが報道
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ): ①なし。
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:13報、または16報。撤回されていない
  • 被害(者):明確な数値はない
  • 国民の損害額:50億(大雑把)
  • 結末:無処分

●2.【日本語の解説】

NFL – Wikipedia

ナショナル・フットボール・リーグ(英語: National Football League、略称:NFL)は、アメリカ合衆国で最上位に位置するプロアメリカンフットボールリーグである。

NFLの年間の総収入は、2014年シーズンで120億ドルと推定されており、世界最大のプロスポーツリーグである。

★2013 年:本間央之(科学技術動向研究センター 特別研究員):スポーツ脳震とう関連研究の動向、科学技術動向、2013年8月号(137号)

出典 → ココ

米国でのスポーツ関連の外傷性脳損傷(traumatic brain injury:TBI)による 2001 ~ 2009 年の 19 歳以下の救急治療部来院推定年間件数は平均 173,285 件で、1 位 自転車、2 位 アメリカンフットボール(アメフト)、3 位 遊び場、4 位 バスケットボール、5 位 サッカー、6 位 野球であった。

頭部を強打するボクシングは、特に問題視されてきており、各国の医師会・小児科学会から、ボクシングについての反対等の声明が出されてきている。中でも米国医師会と米国神経学会(American Academy of Neurology:AAN)は 1984年、ボクシング禁止の立場を表明したが、複雑な背景の社会的困難さからその後あきらめ、安全のために関与する方針に転じている。

米国では、スポーツ関連の脳震とうが、年間 160 ~ 380 万件発生していると推定されるが、多くは速やかな診察を受けておらず、問題として認識され、取り組みがなされている。

特に最近、アメフトの話題から、脳震とうへの社会的関心が高まっている。米国で圧倒的に一番人気が高いプロスポーツリーグであるナショナル・フットボール・リーグ(National Football League:NFL)が、脳震とうの危険性を長年に渡って隠し、安全措置を怠っていたとして、元選手の約 3 分の 1 に当たる約4,200 名から、集団訴訟を起こされている。また 2012年は、NFL の元スター選手や現役選手の自殺や事件・事故が相次ぎ、脳震とうとの関連も指摘されている。

★2013年:翻訳者不記載:【神経科学】元プロアメフト選手の脳に問題が見つかる(Neuroscience: This is your brain after American football)、Scientific Reports、2013年10月17日

出典 → ココ

引退した全米プロフットボールリーグ(NFL)の選手と健常者に認知課題を行わせて得られた成績データと脳の活動パターンの測定結果をそれぞれ比較した結果が明らかになった。元NFL選手は実行機能不全(組織化と制御に関与するさまざまな認知過程の障害)を起こす確率が高いという仮説があるが、今回の研究結果は、この仮説を裏付けている。

プロのアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツ(相手選手との身体接触を伴うスポーツ)の選手に軽度外傷性脳損傷(mTBI)と長期的神経障害が多く発生していることが最近の研究で明確に示されている。しかし、生きた被験者に反復的に生じるmTBIの長期的影響を確実に検出し、監視することは難しい課題となっていた。

★2016年4月12日:AFP(著者・翻訳者不記載):NFLの元選手43%に脳損傷の兆候あり、米研究

出典 → ココ

【4月12日 AFP】米フロリダ州立大学医学部(Florida State University College of Medicine)の研究チームは11日、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)を引退した選手のうち、約43%に外傷性脳損傷(TBI)の兆候がみられ、衝突やタックルによる長期間の影響が懸念されるとする新たな研究結果を報告した。

今回の研究では、40人の元NFL選手を対象に、脳の画像検査に加え、思考や記憶のテストを実施したという。

著者のフランシス・コニディ(Francis Conidi)氏は、「これは存命している元NFL選手を対象とした、これまでで最大規模の研究であり、これらの選手に外傷性脳損傷があるという重要な物的証拠を示す最初のケースの一つである」と述べた。

●3.【事件の経過と内容】

【動画が示すアメリカンフットボールの脳損傷】

関連動画はたくさんある。

【動画1】
解説動画:「NFL脳震とうの危機の説明(The NFL’s concussion crisis, explained) – YouTube」(英語)3分48秒。
Voxが2014/09/04に公開

【動画2】
脳震とうが起こった動画:「NFLの最も恐ろしい脳震とう、頭に激突2017-18年(NFL Scariest Concussions, Hits to Head 2017-18 [HD]) – YouTube」(英語)8分4秒。
Sideline Scoresが2018/02/14に公開

【2016年のデータねつ造・改ざん事件】

★ニューヨーク・タイムズ紙の告発

2016年3月24日、ニューヨーク・タイムズ紙は、自社の調査の結果、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL、National Football League)の脳震とうの研究には、以前に知られているよりもはるかに多くのデータねつ造・改ざんがある、と報道した。
 → 2016年3月24日のアラン・シュワルツ(Alan Schwarz)記者らの「New York Times」記事:N.F.L.’s Flawed Concussion Research and Ties to Tobacco Industry – The New York Times(保存版)

1996年から2001年にかけてチーム医師が診断したすべての脳震とうのデータに基づく研究論文の結果を、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は過去13年間、支持してきた。

ところが、ニューヨーク・タイムズ紙が入手した機密データによると、100件の脳震とう事故が研究結果から除外されていた。この100件には、スティーブ・ヤング(Steve Young)やトロイ・エイクマン(Troy Aikman)のようなクォーターバックのスター選手がプレイ中にこうむった重篤な脳震とう事故を含んでいた。

脳震とう委員会は、不完全なデータを使用し、脳震とうの発生頻度が実際よりも少なく見えるようにデータを改ざんしていたということだ。

2016年3月24日、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)はニューヨーク・タイムズ紙が記事掲載したその日に自社のウェブサイトで反論した。
 → 2016年3月24日のナショナル・フットボール・リーグ(NFL)記事:NFL statement on New York Times’ concussion research story

「ニューヨーク・タイムズの記事は、センセーショナルに書かれていて、事実と明確に矛盾しています。論文は、発生したすべての脳震とう事故に基づいた研究結果だと主張したことはありません」、と反論した。

ニューヨーク・タイムズ紙は除外した事故例(全体の10%以上)についてナショナル・フットボール・リーグ(NFL)に質問した。

すると、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は「データ提出は必須ではなかったので、すべてのフットボール・クラブがデータを提出したわけではありません」と、データの不完全さを認めたのである。ただ、「脳震とう率を変更または低く見せるつもりで脳震とう事故例を除外したのではありません」と弁解した。

つまり、データねつ造・改ざんを認めている。

脳震とう委員会のメンバーの1人であるジョセフ・ウェッカーレ医師(Joseph Waeckerle、写真出典)に打診すると、ウェッカーレ医師は、「データ脱落を知りませんでした。しかし、データが完全に正しいと思い込んで疑わなかったので、まあ、私たちがヘマをしたんです。でも、データが最初から不正確で、その不正確なデータを使っていたなら、それは私たちの責任ではなく、それはナショナル・フットボール・リーグ(NFL)がウソをついたんです」と答えた。

今まで、「フットボール・プレーヤーは脳損傷を受けてもその後の長期的な健康に害はなかった」という査読付き論文が13報も発表されているのである。

脳震とう委員会が不完全なデータを提供していたとすると、上記13論文の結論の妥当性について疑念が生じる。

ニューヨーク・ジェッツ(New York Jets)で働いたことがあり、過去に脳震とう委員会の仕事を批判したニューヨーク大学・神経心理学者のウィリアム・バー準教授(William B. Barr、写真出典)は、「科学研究のルールの1つは、非の打ちどころのないデータ収集が科学研究の基本的な必須条件だ、ということです。たくさんの脳震とうデータを除外すれば、もうそれだけで科学ではありません。すでに持っているあなたの結論にデータを合わせただけです」と、批判した。

2013年、4,500人以上のフットボール選手と家族がナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の役員が脳震とうの危険性を隠蔽したと訴えていた裁判で、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は7億6,500万ドル(約765億円)を支払う和解に合意した。 → 2013年8月29日のケン・ベルソン(Ken Belson)記者の「New York Times」記事:N.F.L. Agrees to Settle Concussion Suit for $765 Million – The New York Times

この和解は一見、フットボール選手と家族の勝利のように見えるかもしれない。しかし、多くの識者の見方は異なる。年間100億ドル(約1兆円)の収入があるナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の勝利だと受け止めている。事実、一部の選手はこの和解に異議を唱え、委員会の脳震とう委員会の調査を再検討するよう求めたのである。

★問題視された16論文

ニューヨーク・タイムズ紙が問題視した論文は13報だが、13報のリストは公表されなかった。

「撤回監視(Retraction Watch)」が「Neurosurgery」誌の論文を調べ、該当すると思われる13報、さらに3報を足した 計16論文を公表した。 → 2016年3月25日のシャノン・パラス(Shannon Palus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:NFL and NYT collide: Did studies on concussion rates leave out necessary data? – Retraction Watch

16論文を示す。引用数が付記されている。それなりに引用されている。

  1. Concussion in professional football: reconstruction of game impacts and injuries, cited 243 times, according to Thomson Reuters Web of Science
  2. Concussion in professional football: location and direction of helmet impacts-Part 2 cited 124 times
  3. Concussion in professional football: epidemiological features of game injuries and review of the literature- Part 3 cited 109 times (referenced in the NFL’s response)
  4. Concussion in professional football: repeat injuries–part 4 cited 49 times (referenced in the NFL’s response)
  5. Concussion in professional football: injuries involving 7 or more days out–Part 5 cited 55 times (referenced in the NFL’s response)
  6. Concussion in professional football: neuropsychological testing–part 6 cited 83 times
  7. Concussion in professional football: Players returning to the same game – Part 7 cited 48 times
  8. Concussion in professional football: biomechanics of the striking player–part 8 cited 57 times
  9. Concussion in professional football: brain responses by finite element analysis: part 9 cited 78 times
  10. Concussion in professional football: comparison with boxing head impacts–part 10 cited 67 times
  11. Concussion in professional football: helmet testing to assess impact performance–part 11 cited 45 times
  12. Concussion in professional football: recovery of NFL and high school athletes assessed by computerized neuropsychological testing–Part 12 cited 97 times
  13. Concussion in professional football: performance of newer helmets in reconstructed game impacts–Part 13 cited 50 times
  14. Concussion in professional football: biomechanics of the struck player–part 14 cited 82 times
  15. Concussion in professional football: animal model of brain injury-part 15 cited 23 times
  16. Concussion in professional football: morphology of brain injuries in the NFL concussion model-part 16 cited 18 times

最初の論文の書誌情報を以下に示す。

  1. Concussion in professional football: reconstruction of game impacts and injuries.
    Pellman EJ, Viano DC, Tucker AM, Casson IR, Waeckerle JF.
    Neurosurgery. 2003 Oct;53(4):799-812; discussion 812-4. doi: 10.1093/neurosurgery/53.3.799.

前出のジョセフ・ウェッカーレ医師(Joseph Waeckerle)が最後著者だった。
所属は、「ProHEALTH Care Associates, LLP, Lake Success, New York, USA.」となっていた。

ウェッカーレ医師の所属するプロヘルスケア社(ProHEALTH Care Associates, LLP)は、一見、普通の病院に見える。 → ウェブサイト:Home – ProHEALTH – New York Health Care

最後の16番目の論文の書誌情報を以下に示す。

著者の所属は米国ではなく、ナント、スウェーデンのヨーテボリ大学(University of Göteborg)だった。正確には、「Institute of Biomedicine, Section of Anatomy and Cell Biology, University of Göteborg, Göteborg, Sweden」である。ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は、スウェーデンの研究者も、買収していた研究費助成していたということらしい。

★撤回監視データベース

2020年7月28日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでフットボールの脳震とう論文をTitle「Concussion in Professional Football」で検索すると、0論文がヒットし、0論文が撤回されていた。

つまり、上記の16論文はどれも撤回されていない。

★パブピア(PubPeer)

2020年7月28日現在、「パブピア(PubPeer)」で、フットボールの脳震とう論文を「Concussion in Professional Football」で検索すると、0論文にコメントがあった。

【ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の他の問題行為】

上記のように、ニューヨーク・タイムズ紙は、2016年にナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の脳損傷研究(Brain Injury Research)に対するデータねつ造・改ざん行為を指摘した。

しかし、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)が脳損傷研究(Brain Injury Research)に対して不当な行為をしたのは、2016年が最初ではない。それ以前にも、それ以降にも、長年、不当な行為をしている。

かいつまんで2例、以下に紹介する。

★NIHとスターン教授への不当な圧力:2016年

以下の出典:2016年5月13日のマイケル・ヒルツィク(Michael Hiltzik)記者の「Los Angeles Times」記事:How the NFL tried to manipulate a government study on football and brain injuries – Los Angeles Times、(保存版

下院エネルギー・商業委員会(House Committee on Energy and Commerce)で議員が次のように発表した。

ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)が1600万ドル(約16億円)の研究助成金をキャンセルすると、NIHに圧力をかけた。

というのは、研究助成金の受給者であるボストン大学の著名な脳研究者・ロバート・スターン教授(Robert Stern、写真出典)は、フナショナル・フットボール・リーグ(NFL)がットボール選手の脳損傷研究にバイアスをかけていると主張したためであると。

NIHは抗議した。

実は、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の医療顧問を務めるリチャード・エレンボーゲン教授は(後述)、同じ枠のNIH助成金を申請した。しかし、スターン教授の研究が採択され、エレンボーゲン教授の研究は不採択になったので、スターン教授の研究助成金にケチをつけたと言われている。

もう少し説明すると、NIHが支援する「フットボール選手の脳損傷研究」プロジェクトの原資のほとんどは、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)からの資金提供に基づいていた。

今回、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は「フットボール選手の脳損傷研究」プロジェクトの資金のほとんどを引き下げたため、連邦政府は自分の予算で資金を見つけることが必要になった。

このエピソードは、政府機関が民間寄付を募って公的プロジェクトを実施するときに発生するリスクの実例になっている。一般的には、このシステムは有効に動く。しかし、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)が「フットボール選手の脳損傷研究」に資金を提供した時のように、資金提供者が研究結果に明白な関心を持っている場合、システムは崩壊する。

NIHの規則は、政府機関の責任を妨害したり、助成の意思決定に影響力を行使する資金提供者からの資金導入を禁止している。ところが、NIHの規則はナショナル・フットボール・リーグ(NFL)を勘定に入れていなかった。

少し端折って説明したが、数年さかのぼって、この研究プロジェクトの「そもそも」からもう少し詳しく説明しよう。

この民間寄付による研究システムは、NIHの「著名なアスリートの深刻な脳損傷」研究プロジェクトを支援するために、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)から3000万ドル(約30億円)の寄付を受けたと発表した2012年に始まった。

「深刻な脳損傷」には、脳震とう(concussion)、慢性外傷性脳症 – Wikipedia(chronic traumatic encephalopathy:CTE)が含まれる。これらの脳損傷は、フットボール元選手の多くを苦しめ、認知症、うつ病およびその他の神経病を引き起こしている。

資金は「無制限」で、NIHは適切と思われる金額を使用できるということだった。しかし、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は、「深刻な脳損傷」研究費委員会の理事会に2人の委員を送り込むことに成功した。そして、その資金は分割払いなのだが、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)、NIH、NIHの民間寄付財団、の3者が承認された後でなければ支払われなかった。

すべてが順調に進み4つの研究計画が承認された。

そして、今回問題となったスターン教授への助成金は、5番目の研究計画だった。この研究プログラムの費用は1750万ドル(約17億5千万円)で、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の研究費分担金は総額の93%に当たる1630万ドル(約16億3千万円)だった。

2015年、NIH・NINDS(国立神経疾患・脳卒中研究所)は、慢性外傷性脳症研究の第一人者であるボストン大学の脳研究者・ロバート・スターン教授(Robert Stern)を助成金受領者に選んだ。

ところが、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は、スターン教授の研究グループは、公平さに欠け、非協力的であると、抗議し始めた。

NIH・NINDS所長のウォルター・コロシェツ(Walter J. Koroshetz)は驚かなかった。 「抗議されるのはわかっていた」。問題はもちろん、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)が悪いと発言した。

ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)はまた、「深刻な脳損傷」研究費の審査委員にスターン教授の論文の共著者がいると不満を述べ、これは利益相反であると主張した。また、偶然かもしれないが、スターン教授の研究申請の採択に異議を唱えたナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の医療アドバイザーのリチャード・エレンボーゲン(Richard Ellenbogen、ワシントン大学教授、写真出典)が同じ研究助成金を申請し、不採択になっていた。スターン教授に敗れたわけである。

NIHは、スターン教授に利益相反はなく、スターン教授の研究申請の採択はクリーンであると結論した。

ところが、ナント、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は、横暴にも、1600万ドル(約16億円)全額の資金提供を中止すると言い出し、実際に提供しなかった。代わりに、慢性外傷性脳症研究の初年度をカバーするために、200万ドル(約2億円)だけ提供した。200万ドルは本来提供するハズの12.5%でしかない。

ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は、「…助成金の選択に不適切に影響を与えようと試みた」のである。資金提供者は助成金配分の意思決定に関与できないことを知っているはずなのに、自らの意思決定を通そうと「不適切に影響を与えようと試みた」のである。NIHは、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)NFLの完全な不当行為だと非難した。

★2008年論文の攻防戦

以下の出典:Critics of 2008 concussion study failed to note NFL ties – Retraction Watch

フットボールチーム医師で大学講師のレスター・メイヤーズ(Lester Mayers)は「2008年のArch Neurol」論文で、脳震とうがあった運動選手は4週間はプレイを控えるように提案した。

  • Return-to-play criteria after athletic concussion: a need for revision.
    Mayers L.
    Arch Neurol. 2008 Sep;65(9):1158-61. doi: 10.1001/archneur.65.9.1158.

ところが、アイラ・R・キャッソン(Ira R. Casson、写真出典)を含む3人の著者は、「2009年のArch Neurol」論文で(書誌情報は以下)、プレイを4週間控えるよう推奨しているメイヤーズ論文は誤解と誤用があり、欠陥があると反論した。

3人の著者の所属は「ビアノ・コンサルティング社(Viano’s consulting firm, ProBiomechanics LLC)」とあっただけである。

しかも、「財務情報開示(Financial Disclosure)」では、「論文内容との財務的関係はない」と答えていた。

ところが、実際は、「2009年のArch Neurol」論文の発表時点で、3人の著者のうち2人は、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)委員会の共同議長だった。1人は、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)から給料をもらっている医療ディレクターで、ニューヨーク・ジェッツのチームドクターだった。

つまり、3人ともナショナル・フットボール・リーグ(NFL)からカネをもらっていたのにそのことを隠蔽していたのである。

 2016年3月、「撤回監視(Retraction Watch)」が学術誌「JAMA Neurology(旧・Archives of Neurology)」のロジャー・ローゼンバーグ編集長(Roger Rosenberg、写真出典)に論文を訂正する気はないのかと質問した。

ローゼンバーグ編集長の答は、「火中の栗を拾うつもりはありません」。

●4.【白楽の感想】

《1》選手は消耗品?

白楽のスポーツ観を最初に書いておく。中高大に柔道をしていて柔道初段である。子供のころ父親に連れられて力道山やボクシングをテレビで見たが。子供のころから現在まで、ほぼ全くスポーツを観戦しない。マレに、テレビで中継している場面に遭遇すると相撲を見る程度である。つまり、運動するがスポーツ観戦オンチである。

さて、2018年5月6日、日本大学のアメリカンフットボール選手が関西学院大学の選手に無謀なタックルをした事件が日本で大きく報道された(出典:日本大学フェニックス反則タックル問題 – Wikipedia)。

フットボール選手のタックルは危険なんだと、理解した人は多いと思う。

そして、アメリカンフットボール選手が頭からぶつかり動画を見ていると、その迫力に圧倒される。知らないで見ていると、選手が立ち上がれないのは一時的な一過性のことだと思ってしまう。

しかし、「一時的な一過性のこと」ではない。その後、選手は、一生、後遺症に悩む。それを知ってから動画を見ると、アメリカンフットボールはとても危険だと感じる。選手は名実ともに命がけでプレイしている。恐ろしい世界だ。

しかし、ほとんどのスポーツで事故が起こる。危険を承知でプレイすることになる。

勿論、損傷を少なくする工夫と努力は必須だと思う。

そのためには、正確な身体損傷のデータが必要だが、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)はそのデータは隠蔽したというから、トッテモ驚いた。

選手は選手後の人生もある。選手をそのような人間としてではなく、プレイしている時だけの消耗品とみているのだろう。

《2》金が物言う社会

ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)絡みの脳損傷研究(Brain Injury Research)はナショナル・フットボール・リーグ(NFL)に都合の良い方向に結論を捻じ曲げているので、信用できない。

しかし、学術界はそのねつ造・改ざんを適正化できない。

カネの力が圧倒的に強く、研究公正が吹き飛んでいるからだ。

大義・正義はカネに勝てない。それが現実なのか?

《3》告発者は新聞記者

2016年にニューヨーク・タイムズ紙が、1996年から2001年にナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の脳震とうのデータの基づく研究論文はデータねつ造・改ざんだと指摘した。

ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は、一部のデータを除外していることを認めている。

それなのに、論文は撤回されない。学術誌はネカト調査をしない。研究者の所属機関もネカト調査をしない。従って、ネカト論文だと結論する当局がない。著者は処分されない。

論文には、研究結果を疑う懸念表明の標識もない。

告発者が医学研究者ではなく新聞記者というのもヘンだが、告発されたネカト論文をクロと認定する当局がない。

なんか、おかしくないか?

《4》スポーツ選手の身体損傷

本記事は米国のフットボール選手の脳損傷研究でのネカトだが、そもそも、スポーツによる身体損傷の研究が十分行われているのか、不安になった。

日本で発展してきたスポーツ、相撲、柔道、剣道など、スポーツによる身体損傷の研究が適正にされているのだろうか?

高校野球の投手の投球数っ議論されたが、科学的データに基づいているのだろうか?

体操競技やフィギアスケート選手の低年齢化は身体的損傷を伴っていないのだろうか?

そして、スポーツの諸団体が選手の身体損傷データをねつ造・改ざんしていないという保証を、日本社会はどう担保できているのだろうか?

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●5.【主要情報源】

①  ウィキペディア日本語版:NFL – Wikipedia
②  ウィキペディア英語版:National Football League – Wikipedia
③ 2016年3月24日のアラン・シュワルツ(Alan Schwarz)記者らの「New York Times」記事:N.F.L.’s Flawed Concussion Research and Ties to Tobacco Industry – The New York Times(保存版)
④ 2016年3月25日のシャノン・パラス(Shannon Palus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:NFL and NYT collide: Did studies on concussion rates leave out necessary data? – Retraction Watch
⑤ 2016年4月12日のフランク・マクガーティ(Frank McGurty)記者の「Scientific American」記事:Study Finds Evidence of Brain Injury in Living NFL Veterans – Scientific American
⑥ 2016年5月13日のマイケル・ヒルツィク(Michael Hiltzik)記者の「Los Angeles Times」記事:How the NFL tried to manipulate a government study on football and brain injuries – Los Angeles Times、(保存版
⑦ 2017年10月11日の「Union of Concerned Scientists」記事:The NFL Tried to Intimidate Scientists Studying the Link between Pro Football and Traumatic Brain Injury | Union of Concerned Scientists
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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