「ネカト」と犯罪「不同意堕胎」:エドワード・エリン(Edward Erin)(英)

2017年12月2日掲載。

ワンポイント:ネカトの発覚経緯と内容は不明だが、インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London)の男性医師の「2006年のAm J Respir Crit Care Med.」と「2008年のAm J Respir Crit Care Med.」の2論文が2012年(47歳)に撤回された。ネカトとは別に、撤回した論文出版のすぐ後の2008年(43歳)、不倫相手の33歳のシングルマザーの妊娠を不同意堕胎しようとし、逮捕された。6年間の刑務所刑と3万ポンド(約420万円)が科された。損害額の総額(推定)は3億2400万円。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

エドワード・エリン(Edward M. Erin、写真出典)は、英国のインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London)の医師で、専門はアレルギーだった。

2012年(47歳)、発覚の経緯は不明だが、「2006年のAm J Respir Crit Care Med.」と「2008年のAm J Respir Crit Care Med.」の2論文が撤回された。撤回理由は、「データの真実性および結論の妥当性に懸念がある」、つまり、データのねつ造・改ざんである。

エドワード・エリンのネカト事件は情報がとても少なく、状況は不明である。

ネカト事件よりも有名なのは不同意堕胎事件である。こちらの情報は多い。

エドワード・エリンは結婚し2児の父親だったが、独身のように振る舞い、若い女性と次々に深い関係になっていた。

2008年2月(43歳)、事件を起こした不倫相手は33歳のシングルマザーのベラ・プラウズだった。ベラ・プラウズが妊娠したことを知り、エリンは飲み物に流産誘発薬を混ぜ、不同意堕胎を実行した。これが発覚し、逮捕され、6年間の刑務所刑と3万ポンド(約420万円)の経費支払いが科された。

なお、インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London)は、「Times Higher Education」の大学ランキングで世界第8位の超名門大学である。World University Rankings 2018 | Times Higher Education (THE)

インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London)医学部。写真出典

  • 国:英国
  • 成長国:英国
  • 医師免許(MD)取得:カーディフ大学
  • 研究博士号(PhD)取得:なし
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1965年1月1日生まれとする。2009年10月20日の新聞に44歳とあったので
  • 現在の年齢:52 歳?
  • 分野:アレルギー学
  • 最初の不正論文発表:2006年(41歳)
  • 発覚年:2011年?(46歳)
  • 発覚時地位:インペリアル・カレッジ・ロンドン・医師
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は不明
  • ステップ2(メディア): 「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①インペリアル・カレッジ・ロンドン・調査委員会。②学術誌・編集部
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:撤回論文が2報
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 犯罪:不同意堕胎
  • 犯行:2008年2月(43歳)。被害者は不倫相手の33歳の独身女性・ベラ・プラウズ
  • 刑罰:6年間の刑務所刑と3万ポンド(約420万円)の経費支払い
  • 損害額:総額(推定)は3億2400万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円が8年間=1億6千万円。③院生の損害が1人1000万円だが、院生はいないので損害額はゼロ円。④外部研究費の額は不明で、額は②に含めた。⑤調査経費(大学と学術誌出版局)が5千万円。⑥裁判経費が2千万円。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円。2報撤回=400万円。⑧研究者の時間の無駄と意欲削減が4千万円
  • 結末:不同意堕胎で6年間の刑務所刑と3万ポンド(約420万円)の支払い

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に1965年1月1日生まれとする。2009年10月20日の新聞に44歳とあったので
  • 1991年(26歳):カーディフ大学医学部(Cardiff University School of Medicine)入学。その後、医師免許取得
  • 2000年(35歳)頃:インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London)・国立心肺研究所(National Heart and Lung Institute)に所属し、提携病院である聖メアリー病院(St Mary’s Hospital)とチェルシーのロイヤル・ブロンプトン病院(Royal Brompton Hospital)で臨床を行なった
  • 2008年2月(43歳):愛人への不同意堕胎が発覚
  • 2009年11月16日(44歳):裁判所が6年間の刑務所刑と3万ポンド(約420万円)の経費の支払いを命じた
  • 20xx年(xx歳):不正研究が発覚した
  • 2012年(47歳):「2006年のAm J Respir Crit Care Med.」と「2008年のAm J Respir Crit Care Med.」の2論文が撤回された

●5.【不正発覚の経緯と内容】

【ねつ造・改ざんの具体例】

ねつ造・改ざんの発覚の経緯は不明である。

以下の「2006年のAm J Respir Crit Care Med.」と「2008年のAm J Respir Crit Care Med.」の2論文が2012年に撤回された。

  1. Optimized dialysis and protease inhibition of sputum dithiothreitol supernatants.
    Erin EM, Jenkins GR, Kon OM, Zacharasiewicz AS, Nicholson GC, Neighbour H, Tennant RC, Tan AJ, Leaker BR, Bush A, Jose PJ, Barnes PJ, Hansel TT.
    Am J Respir Crit Care Med. 2008 Jan 15;177(2):132-41. Epub 2007 Oct 25.
    Retraction in: Am J Respir Crit Care Med. 2011 Feb 1;183(3):418.
    PMID:17962642
  2. The effects of a monoclonal antibody directed against tumor necrosis factor-alpha in asthma.
    Erin EM, Leaker BR, Nicholson GC, Tan AJ, Green LM, Neighbour H, Zacharasiewicz AS, Turner J, Barnathan ES, Kon OM, Barnes PJ, Hansel TT.
    Am J Respir Crit Care Med. 2006 Oct 1;174(7):753-62. Epub 2006 Jul 13.
    Retraction in: Am J Respir Crit Care Med. 2011 Feb 1;183(3):418.
    PMID:16840747

論文撤回の理由は、「データの真実性および結論の妥当性に懸念がある」からだ。しかし、どのデータなのかの指摘がない。

つまり、どの図表の何がどのようにねつ造・改ざんされたのか、発表がない。パブピアでもコメントがない。

それで、情けないけど、どの部分がどのように不正だったのか、わかりません。

【愛人の不同意堕胎事件】

★結婚と家族

エドワード・エリン(Edward Erin)はネカト事件だけではなかった。

ローリー・フィリップ(Lowri Phylip)。http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/crime/6378588/Hospital-consultant-guilty-of-poisoning-mistress.html

2009年、44歳のエドワード・エリンは、3歳年下の妻・ローリー・エリン(Lowri Erin、写真出典)と7歳の息子マイルス(Miles)と2歳の娘ダーシー(Darcey)の2人の子供がいた。

エドワード・エリンは、スキーとロッククライミングが趣味で、多くの尊敬を得ていた理想的な医師だった。

2人のなれそめから語り始めよう。

1991年、エドワード・エリンが26歳の時、10年後に妻となるローリー・フィリップ(Lowri Phylip)とカーディフ大学医学部で知り合った。ローリー・フィリップは当時23歳で生化学専攻の院生だった。

彼らはデートを重ねた。

1995年(30歳)、エドワードの父親が死亡し、遺産として受け継いだカーディフ郊外のコテージを受け継いだ。2人はそこに移住した。

2000年(35歳)頃、1人前の医師になっていたエドワード・エリンはカーディフからロンドンに移住した。

というのは、インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London)・国立心肺研究所(National Heart and Lung Institute)に職を得て、提携病院である聖メアリー病院(St Mary’s Hospital)とチェルシーのロイヤル・ブロンプトン病院(Royal Brompton Hospital)で臨床医として働くことになったからである。

一方、ローリー・フィリップはカーディフに残留し、生化学者としてカーディフ大学で働いた。それで、カーディフの家とロンドンの家を行ったり来たりした。

この状況が、 エドワード・エリンの不倫活動に理想的な状況をもたらした。

2001年(36歳)、まず、ローリー・フィリップが妊娠していると知った時、エリンは結婚することを嫌がった。 しかし、その年の12月に、ウェスト・ロンドンで登記し結婚した。ローリーは妊娠3か月だった。

6か月後に息子・マイルス(Miles)生まれ、2007年(41歳)には娘ダーシー(Darcey)が生まれた。 その時点で、エリン夫人は2人の子供を育てるため仕事を辞めた。

そして、彼女の夫・エドワード・エリンは、恋の火遊びに熱中していった。

★不倫

エドワード・エリンは結婚していたにも関わらず、職場では独身と称していて、女たらしで常に数人の愛人がいた。

エドワードは自分の素性を秘密にしていた。エドワードと9年間も同じ職場で働いていた医師の1人は、エドワードが結婚して2人の子供がいるとは知らなかったと述べている。

妻・ローリー・エリンは夫の浮気を知りつつも許容していた。

2001年(36歳)に2人が結婚したその後の5年間、エドワードにはブロンド髪の“アンジェラ(Angela)”という愛人がいた。

アグネス・チェレビンスカ(Agnes Chlebinska、写真出典)である。

オーストリア出身の心臓病の研修医で、2001年に聖メアリー病院(St Mary’s Hospital)で出会った時は“アンジェラ(Angela)”は32歳だった。

2006年(41歳)、“アンジェラ(Angela)”と別れた。

2007年3月(42歳)、愛人と別れて、エドワードは、すぐに次の愛人を見つけた。今度は、ドイツ人の女性医師である28歳のマリン・ロースナー(Malin Roesner、写真出典)が愛人になった。

ブロンド髪のマリン・ロースナーはノースウィック・パーク病院(Northwick Park Hospital)の研修医だった。

2007年11月、マリン・ロースナーは突然、エドワード・エリンと別れた。

マリン・ロースナーの次に、エドワードの愛人になったのが、半年前に聖メアリー病院の秘書に就職したブロンド髪の32歳のベラ・プラウズ(Bella Prowse、写真出典)だった。

ベラ・プラウズ。写真出典

ベラ・プラウズが事件の主役である。

ベラ・プラウズは、20歳の時に産んだ前の恋人との娘(婚外子)がいるシングルマザーだった。

2007年12月20日(42歳)、聖メアリー病院(St Mary’s Hospital)のクリスマス・パーティで、エドワード・エリンを独身と信じていた秘書・プラウズは、失恋したエドワード・エリンを励ました。

同情的なプラウズの言葉に失恋の悲しみが癒され、エドワードは大きく心を動かされ、話が弾んだ。

秘書・プラウズが積極的に誘ったこともあって、意気投合した2人は、そのクリスマス・パーティの夜、ラッセルホテル(Russell Hotel)で一夜を過ごし、深い仲になった。

このクリスマス・パーティでの出会いから2人の人生が別の方向に大きく動き始めた。

2人は頻繁に会うようになり、プラウズは20歳の時に産んだ前の恋人との娘(婚外子)、母親、古い友達の何人かにエドワード・エリンを紹介した。

なお、エリン夫人は夫の不倫を以前は知っていたが、プラウズとの不倫は何も知らなかったようだ。

プラウズはピルに対してアレルギーがあったので、避妊薬を使用していなかった。

★不同意堕胎

2008年1月22日(43歳)、クリスマス・パーティの夜にセックスした1か月後。33歳になっていたプラウズは妊娠していることに気が付いた。

エドワード・エリンに喜んでメールで知らせると、衝撃の返事「オー、マイガッド。ノー!(’Oh my god. No’)」が返ってきた。

エドワードは最初、プラウズに中絶するよう強く伝えた。しかし、プラウズは産みたいと思った。それで、エドワードは従わないプラウズを脅かした。しかし、彼女は産むと主張し、中絶を拒否し続けた。思い余ったエドワードは、流産誘発薬を飲ませて流産させようと計画した。

2008年2月(43歳)、エドワードは、元ドイツ人の医師の名前で処方箋を書き、流産誘発薬(ミソプロストール(Misoprostol)、出典)を手に入れた。

愛人のプラウズが最初に異常に気が付いたのは、ある夜、ロンドンの彼女のフラットでエドワードとセックスした後、エドワードが彼女のために作ったお茶を飲んだ時だった。飲んだお茶の底に白色の粉が残ったのだ。今までそんな残滓が残ることはなかった。

「白色の粉が残ったよ」とプラウズが指摘すると、エドワードは「それはヤカンに残っていた石灰質だ」と説明した。

数日後、2人はスターバックスでお茶をした。

その時、コーヒーのカップの蓋が一度外された形跡があることにプラウズは気がついた。

蓋を開けて中を見ると、コーヒーの中に白い粉末が見えた。プラウズは疑念を感じ、コーヒーを別の容器に捨て、飲まなかった。

翌日、プラウズは職場でエドワードが持ってきてくれたオレンジジュースのボトルを受け取った。この時、彼女はオレンジジュースのボトルのシールが一度剥がれた形跡があることに気がついてジュースを飲まなかった。

そして、プラウズはそのオレンジジュースを持って警察に行った。

なんと、警察が検査した結果、オレンジジュースから流産誘発薬が見つかった。エドワード・エリンは逮捕された。

裁判で、エドワード・エリンは、強力な流産誘発薬を入手したことを認めた。最初、プラウズから「病院で手術しない方法で堕胎したいので協力してほしい」と依頼されたから入手したのだと主張した。つまり、中絶をしたいので流産誘発薬を入手するようにと圧力をかけたのはプラウズだと主張した。

しかし、裁判が進むにつれ、結局、彼は自分の意志で流産誘発薬を入手したことを認めた。

ただ、なおも、「流産誘発薬を飲み物に入れて飲むのはとても不味いということをプラウズに示したかったのだ」と弁解した。

検察官は、「ばかばかしい」弁解だと吐き捨てた。

2009年11月16日(44歳)、リチャード・ホーン裁判長(Richard Hone、写真出典)は、「エドワード・エリンは利己的で、その行為に同情の余地はない」と述べ、6年間の刑務所刑と3万ポンド(約420万円)の経費の支払いを命じた。
→ 2009年11月17日記事:Doctor Edward Erin jailed for six years for spiking pregnant lover’s drink to make her lose baby | Daily Mail Online


●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2017年12月1日現在、パブメド(PubMed)で、エドワード・エリン(Edward Erin)の論文を「Edward Erin [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2008年の6年間の9論文がヒットした。

「Erin EM[Author]」で検索すると、2002~2008年の7年間の16論文がヒットした。

2017年12月1日現在、「Erin EM[Author] AND retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、2論文が2012年に撤回されていた

  1. Optimized dialysis and protease inhibition of sputum dithiothreitol supernatants.
    Erin EM, Jenkins GR, Kon OM, Zacharasiewicz AS, Nicholson GC, Neighbour H, Tennant RC, Tan AJ, Leaker BR, Bush A, Jose PJ, Barnes PJ, Hansel TT.
    Am J Respir Crit Care Med. 2008 Jan 15;177(2):132-41. Epub 2007 Oct 25.
    Retraction in: Am J Respir Crit Care Med. 2011 Feb 1;183(3):418.
    PMID:17962642
  2. The effects of a monoclonal antibody directed against tumor necrosis factor-alpha in asthma.
    Erin EM, Leaker BR, Nicholson GC, Tan AJ, Green LM, Neighbour H, Zacharasiewicz AS, Turner J, Barnathan ES, Kon OM, Barnes PJ, Hansel TT.
    Am J Respir Crit Care Med. 2006 Oct 1;174(7):753-62. Epub 2006 Jul 13.
    Retraction in: Am J Respir Crit Care Med. 2011 Feb 1;183(3):418.
    PMID:16840747

★パブピア(PubPeer)

2017年12月1日現在、「パブピア(PubPeer)」はエドワード・エリン(Edward Erin)の論文にコメントしてない:PubPeer – Search publications and join the conversation.

●7.【白楽の感想】

《1》論文撤回

2009年に6年間の刑務所刑が確定した。「2006年のAm J Respir Crit Care Med.」と「2008年のAm J Respir Crit Care Med.」の2論文が撤回されたのは2012年である。

論文ネカトがいつ発覚したのかわからないが、第一著者であるエドワード・エリンが獄中にいた時に発覚し、インペリアル・カレッジ・ロンドンが調査し、他の共著者の同意を得て、論文撤回したと思われる。

まあルール違反ではないけど、反論できない(と思われる)獄中の研究者にネカトを押し付けて、論文撤回してしまうのは、フェアーではない気がする。懸念表明にしておいて、エドワード・エリンが釈放されてから対処した方がフェアーな気がする。

《2》道徳感と研究倫理観

研究ネカトをした男性が不倫した。あるいは、不倫した人が研究ネカトをした。いずれにせよ、挙句の果てに愛人に不同意堕胎を企て、逮捕され、刑務所刑になった。

では、不倫や不同意堕胎を犯す世間的に不道徳な人物が研究ネカトを犯しがちだろうか?

研究者の道徳と研究倫理観(正確には規範を守る意識)は相関しているだろうか?

誰も研究していないので、両者に強い相関があるのかないのか、わからない。

盗賊の逸話がある。一味を引き連れて金品を盗んできたその夜、各自が盗んできたものを広間に並べ、分配する段取りとなった。この時、親分は手下を疑った。それで、親分は手下をギロリとにらみつけ、「この中に人のモノを盗む悪いヤツはいないだろうな?」と言った。

悪人には悪人のルール・掟・規範がある。

ネカト事件を調べていると、道徳意識が高いと思われる研究者も研究ネカトを犯している印象がある。

で、もう一度問う。研究者の道徳意識と研究倫理観(正確には規範を守る意識)は相関しているだろうか?

相関しているなら、①研究者の道徳意識を高める。②道徳意識の低い人を研究者養成課程で排除する。などの方策で、ネカトが減る可能性がある。

《3》なんとなくヘン

エドワード・エリンは、愛人に自分の子供が生まれるとどんな不都合が生じると考えたのだろうか?

不同意堕胎で6年間の刑務所暮らし、医師としてのキャリア喪失と比べれば、愛人に自分の子供が生まれる方が問題が少なかったのではないだろうか?

妻はエドワードの浮気を公認しているので、愛人のベラ・プラウズに夫の子供どもが生まれても、結婚生活は重大な危機に至らない。

こっそり混ぜた流産誘発薬がバレないと踏んだのだろうか? その時点で、「6年間の刑務所暮らし、医師としてのキャリア喪失」は全く想定外だったのだろうか? 想定外ということはないだろう。それにしても、この事件はなんとなくヘンである。

また、ベラ・プラウズは20歳の時に産んだ13歳の娘がいる。不同意堕胎されそうになった胎児は無事に生まれ、男児でアーニー(Ernie)と命名された。

しかし、アーニー(Ernie)の父親は、今や、犯罪者である。犯罪者の子供を産んで、その後の人生に不安を感じなかったのだろうか?

さらに、アーニー(Ernie)は将来、自分の出生にまつわる母親と父親との関係、さらに、自分が父親に不同意堕胎されそうになった経歴を知った時、精神的にまともに育つのだろうか? 幸せな人生を過ごしてもらうにはどのような対応をすべきなのか、ノウハウが蓄積していることを願う。

《4》日本の類似事件

エドワード・エリンが英国で2008年に不同意堕胎事件を起こした翌年、日本でも同じような事件が起こった。そして、英国と異なり、日本では相手が流産してしまった。

2009年(平成21年)1月、東京都の東京慈恵会医科大学附属病院に勤務し、金沢市内の病院に出向していた東海大学医学部出身の男性医師(当時36歳)は、30歳代の女性看護師と交際していたが、その女性が妊娠した。しかし医師は別の女性との婚姻話が進み、結婚した。女性が妊娠したことが妻に知られ、離婚という事態になることを恐れた男性は、数回にわたり「ビタミン剤」と称して、子宮収縮剤の錠剤を飲ませたほか、「水分と栄養を補給するため」などと偽り、収縮剤を点滴し陣痛誘発剤も使用、女性を流産させた。慈恵医大病院医師不同意堕胎事件 – Wikipedia

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●8.【主要情報源】

① 2009年10月19日(2012年1月28日更新)のレベッカ・エバンス(Rebecca Evans)記者とエミリー・ナッシュ(Emily Nash)記者の「Mirror」記事:Doctor Edward Erin guilty of attempting poison abortion – Mirror Online(保存版)
② 2009年10月20日のトム・ケリー(Tom Kelly)記者とコリン・フェルナンデス(Colin Fernandez)記者とキャサリン・ナイト(Kathryn Knight)記者の「Daily Mail」記事:Dr Edward Erin found guilty of trying to poison lover’s drinks… but his wife stands by him | Daily Mail Online、(保存版
③ 2011年2月3日のamarcus41記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Retractions arrive in case of Edward Erin, British allergist who tried to poison mistress – Retraction Watch at Retraction Watch
④ 2011年2月17日のamarcus41記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Allergy journal clears studies linked to jailed U.K. researcher Erin – Retraction Watch at Retraction Watch
⑤ 2012年6月15日の「Daily Mail」記事:Edward Erin: Poison trial doctor begged cellmate to murder his pregnant lover | Daily Mail Online、(保存版
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

不同意堕胎されそうになったが健康に生まれた子供・アーニー(Ernie)を抱くベラ・プラウズ。父親はエドワード・エリン。写真出典

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