2015年5月8日掲載、2025年8月25日更新
ワンポイント:サードはブラジルの著名な糖尿病研究者で、カンピーナス州立大学・内科教授・医師。2014年3月(63歳)、学術誌「Diabetes」(米国)はサードの2論文に不正データがあると通達。大学調査委員会は「間違いはあったが研究不正はない」と結論した。しかし、「Diabetes」編集部は納得せずさらなる調査を要求し、大学と対立。「Diabetes」編集部はサードの論文を撤回することにしたが、サードは米国の裁判所に論文撤回停止を提訴した。しかし敗訴した。現在、サードの論文は、「Diabetes」論文を含め計19論文が撤回され、「パブピア(PubPeer)」で27論文、あるいは、85論文にコメントがある。国民の損害額(推定)は約10億円。
この事件は、白楽指定の重要ネカト事件。①研究不正問題を裁判にした初期のケース。その後、裁判所に訴える事例がそこそこ散見される。②学術誌(米国)は不正と認定したのに、所属大学(ブラジル)は不正ではないと対立。国をまたぐ研究不正紛争が対立した時、統治不能になる。現在、研究不正対処の国際連携システムはない。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
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●1.【概略】
マリオ・サード(Mario Saad、Mario J A Saad、Mario Jose Abdalla Saad、写真出典)は、ブラジル・サンパウロのカンピーナス州立大学(State University of Campinas)・内科教授・医師で、専門は糖尿病である。
1992年(42歳)、サードは、米国内分泌学会(American Society of Endocrinology)から「新人研究者賞」を受賞した。
サードは、また、カンピーナス州立大学から「ゼフェリーノ・ヴァス(Zeferino Vaz)」学術賞を2度受賞した。
2008年(58歳)、ブラジル大統領から科学功労勲章コマンダー(Commander of the Order of Scientific Merit)を授与された。
つまり、ブラジルでは名誉ある著名な研究者である。
2014年3月(63歳)、学術誌「Diabetes」(米国)はサードの2論文に不正データがあると通達。前年(2013年)末に不正データを見つけた人が学術誌「Diabetes」に伝えたと推察される。なお、不正データを見つけた人物が誰なのか、記載はない。
2014年6月(63歳)、カンピーナス州立大学・調査委員会は調査の結果、誤りがあったが研究不正はなかった、と結論した。
しかし、「Diabetes」編集部は納得せずさらなる調査を要求した。
2015年2月5日(64歳)、サードは、学術誌「Diabetes」が彼の論文を撤回するのをやめるようにと、米国のマサチューセッツ地区連邦裁判所に提訴した。
2015年2月23日(64歳)、サードは敗訴。
2015年2月24日(64歳)、学術誌「Diabetes」はサードの「Diabetes」の4論文に関する懸念表明(EoC)を公表した。
2015年8月18日(65歳)、サードは懸念表明(EoC)は名誉毀損だと学術誌「Diabetes」に対して裁判所に提訴したが、後に、これも敗訴した。
2025年8月24日(75歳)現在、サードの論文は、計19論文が撤回され、「パブピア(PubPeer)」で27論文、あるいは、83論文にコメントがある。
2025年8月24日(75歳)現在、しかし、サードは従来職であるカンピーナス州立大学(UNICAMP)・教授を維持 している。→ Unicamp Faculty and Research Staff Homepage – University of Campinas
「Times Higher Education」の大学ランキングでは、2014-15年当時も2025年現在もカンピーナス州立大学はブラジル第2位の大学である。
カンピーナス州立大学(State University of Campinas)。写真出典
- 国:ブラジル
- 成長国:ブラジル
- 研究博士号(PhD)取得:ブラジルのリベイラン・プレート大学
- 男女:男性
- 生年月日:1950年8月6日
- 現在の年齢:[showcurrentage month=”8″ day=”6″ year=”1950″ template=”1″] 歳
- 分野:糖尿病
- 撤回論文:1997年(47歳)の1論文と2005~2013年(55~63歳)の18論文
- 撤回論文出版時の地位:カンピーナス州立大学・内科教授
- 発覚年:2013年(63歳)(?)
- 発覚時地位:カンピーナス州立大学・内科教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は不明
- ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」、「ボストン・ビジネス・ジャーナル」、「Scientist」、「より良い科学のために」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①米国の学術誌「Diabetes」。②カンピーナス州立大学・調査委員会。③裁判所:米国のマサチューセッツ地区連邦裁判所
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あり → saad-unicamp-investigation-report
- 大学の透明性:大学は実名発表し調査報告書(調査委員名あり)がウェブ閲覧可(◎)→ saad-unicamp-investigation-report
- 不正:ねつ造・改ざん、盗用
- 不正論文数:計19論文が撤回。、38論文が撤回や懸念表明。「パブピア(PubPeer)」で27論文、あるいは、85論文にコメントがある。
- 時期:研究キャリアの中期、後期(主)
- 職:辞職なし。大学はシロ判定
- 処分:なし。大学はシロ判定
- 対処問題:大学隠蔽、大学調査力不足
- 特徴:①米国の裁判所に訴えた。②大学のシロ判定が不適切
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:①ウィキペディア・ポルトガル語:Mario José Abdalla Saad – Wikipédia, a enciclopédia livre、②ブラジル科学アカデミー: Mario José Abdalla Saad – ABC – Academia Brasileira de Ciências
- 1950年8月6日:ブラジルのサン・パウロのイガラパヴァ(Igarapava)で生まれる
- 1974~1979年(24~29歳):ブラジルのトリアングロ・ミネイロ医科大学(Faculdade de Medicina do Triângulo Mineiro:UFTM)を卒業。医師免許取得。
- 1980~1982年(30~32歳):研修医
- 1983~1985年(33~35歳):ブラジルのリベイラン・プレート大学(Universidade de Ribeirão Preto)医学部、修士号取得
- 1985~1988年(35~38歳):同、研究博士号取得
- 1990~1992年(40~42歳):米国のハーバード大学医学部のジョスリン糖尿病センターでポスドク
- 1992年(42歳):
ブラジルのカンピーナス州立大学(State University of Campinas:UNICAMP)・助教授(?)(写真出典)
- 1996 年(46歳):同大学・準教授
- 1997年(47歳):この時の1論文が後に撤回
- 2003 年(53歳):同大学・正教授
- 2005~2013年(55~63歳):この9年間の18論文が後に撤回
- 2013年下旬(63歳)(?):データねつ造・改ざんが発覚
- 2013年12月(63歳):サード自身が伝えて、「2009年のArq Bras Endocrinol Metabol」論文を盗用で撤回
- 2014年6月(63歳):カンピーナス州立大学・調査委員会は調査の結果、間違いはあったが研究不正はないと結論
- 2015年2月5日(64歳):サードは、学術誌「Diabetes」が彼の論文を撤回するのをやめるようにと、マサチューセッツ地区連邦裁判所(United States District Court for the District of Massachusetts)に訴状(saad-lawsuit)を提出
- 2015年2月23日(64歳):裁判で敗訴
- 2025年8月24日(75歳)現在:従来職を維持 → Unicamp Faculty and Research Staff Homepage – University of Campinas
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
糖尿病治療の説明動画:「Cursos Diabetes: Tratamento e Prática, com Dr. Mario Saad – YouTube」(ポルトガル語)3分11秒。
GEN Medicina(チャンネル登録者数 4450人) が2021/05/11に公開
【動画2】
【動画3】
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★研究人生
マリオ・サード(Mario Saad、Mario J A Saad、Mario Jose Abdalla Saad、写真出典)は、ブラジルで育ち、ブラジル・サンパウロのカンピーナス州立大学(State University of Campinas)・内科教授・医師になった。専門は糖尿病である。ブラジル科学アカデミーの会員。
妻のサラ・サード(Sara Teresinha Olalla Saad)も同じカンピーナス州立大学・医学部の教授で2011年からブラジル科学アカデミーの健康科学分野の会員である。夫妻には2人の娘がいる。
1992年(42歳)、マリオ・サードは、米国内分泌学会(American Society of Endocrinology)から「新人研究者賞」を受賞した。
また、マリオ・サードは、カンピーナス州立大学から「ゼフェリーノ・ヴァス(Zeferino Vaz)」学術賞を2度受賞した。
2008年、ブラジル大統領から科学功労勲章コマンダー(Commander of the Order of Scientific Merit)を授与された。
国際誌に約300本の論文を発表し、論文は21,000回以上引用された。
2021年2月までに、73名の学部生、24名の修士院生、33名の博士院生、18名のポスドクを指導してきた。 → 出典:2021年2月22日記事:Mario Saad | Unicamp
つまり、ブラジルでは名誉ある著名な研究者で、権力もあり、多数の弟子がいる。
★盗用
2013年12月(63歳)、サードの申し立てで、「2009年のArq Bras Endocrinol Metabol」論文(以下)が撤回された。 ほとんどは引用元を明記してあるが、一部の段落で、引用なしの流用をしていたという盗用である。
- Translational research into gut microbiota: new horizons in obesity treatment.
Tsukumo DM, Carvalho BM, Carvalho-Filho MA, Saad MJ.
Arq Bras Endocrinol Metabol. 2009 Mar;53(2):139-44. Review.
Retraction in: Arq Bras Endocrinol Metabol. 2013 Dec;57(9):753
この論文の第一著者(Tsukumo DM)は日本人の姓「ツクモ」である。ファーストネームはダニエル、つまり、「TSUKUMO, Daniela M」なので、日系移民の子孫かもしれない。
白楽には、盗用が発覚した経緯はわからない。2013年12月という時期から推察して、次のねつ造・改ざん疑惑と関連しているように思える。つまり、ねつ造・改ざんが指摘されたので、弁解できない盗用を、まず自己申告したのではないだろうか。
★ねつ造・改ざん疑惑
学術誌「Diabetes」は、米国糖尿病学会(American Diabetes Association)の看板ジャーナルである。
サードの論文にねつ造・改ざんがあるとの疑惑を、最初に公益通報した人物は不明だが、多分、2013年下旬(63歳)に、学術誌「Diabetes」に通報したと想定される。
2014年3月(63歳)、米国糖尿病学会(American Diabetes Association)は、サードの2007年と2011年の「Diabetes」誌の論文にねつ造・改ざんの疑念があるとサードに伝えた。
- 2007年論文:Loss-of-function mutation in Toll-like receptor 4 prevents diet-induced obesity and insulin resistance.
Tsukumo DM, Carvalho-Filho MA, Carvalheira JB, Prada PO, Hirabara SM, Schenka AA, Araújo EP, Vassallo J, Curi R, Velloso LA, Saad MJ.
Diabetes. 2007 Aug;56(8):1986-98. doi: 10.2337/db06-1595. Epub 2007 May 22.Retraction in: Diabetes. 2016 Apr;65(4):1126-7. doi: 10.2337/db16-rt04a.PMID: 17519423
- 2011年論文:Physical exercise reduces circulating lipopolysaccharide and TLR4 activation and improves insulin signaling in tissues of DIO rats.
Oliveira AG, Carvalho BM, Tobar N, Ropelle ER, Pauli JR, Bagarolli RA, Guadagnini D, Carvalheira JB, Saad MJ.
Diabetes. 2011 Mar;60(3):784-96. doi: 10.2337/db09-1907. Epub 2011 Jan 31.
Retraction in: Diabetes. 2016 Apr;65(4):1124-5. doi: 10.2337/db16-rt04.PMID: 21282367
2011年の論文の問題点を示すと以下のようだ。
同じ研究室が以前「PLoS ONE」論文に掲載した画像(Calisto et al. PLoS ONE 2010. DOI: 10.1371/journal.pone.0014232)の図4B(バンド2~4)を水平方向に回転して図3D(バンド1~3)として使用していた(元図の出典:原著論文)。同じ画像だとよく見つけましたね!
また、図7に複数の重複バンドがあった。具体的には、図7D(レーン1)と図7E(レーン3)、図7D(レーン3)と図7E(レーン1)、図7D(レーン4)と図7E(レーン2)、図7D(レーン5)と図7E(レーン5)、図7D(レーン7)と図7E(レーン7)が同じ画像だった(以下:出典は原著論文。画像は見にくいですね)。
しかし、サードは、米国糖尿病学会の問い合わせに、「ねつ造・改ざんはありません」と電子メールで回答した。しかし、疑惑を払しょくするデータを提出しなかった。
「Diabetes」誌の依頼に応じ、カンピーナス州立大学は調査を実施した。
ところが、2014年6月(63歳)、カンピーナス州立大学・調査委員会は、サードの2007年と2011年の「Diabetes」誌の論文は基本的に正しい。つまり、研究不正はないと結論した調査結果を公表した。
但し、「画像の処理と保存に誤り(mistakes)があった」と述べた。つまり、不正ではなく「間違い」だったとした。
以下は「撤回監視(Retraction Watch)」が情報公開法で得たカンピーナス州立大学の調査報告書(2015年2月5日付けファイル)の2ページ目の冒頭部分(出典:同)。全文(22ページ)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2015/02/saad-unicamp-investigation-report.pdf(または、saad-unicamp-investigation-report)
しかし、学術誌「Diabetes」は、カンピーナス州立大学・調査委員会が「基本的に正しい」とした結論に納得しなかった。
調査そのものに疑念を表明し、カンピーナス州立大学に再調査するよう要請した。
と同時に、追加として、サードの1997年と2006年の論文にも疑念があるので、合わせて調査するよう要請した。
- 1997年論文:Effect of captopril, losartan, and bradykinin on early steps of insulin action.
Carvalho CR, Thirone AC, Gontijo JA, Velloso LA, Saad MJ.
Diabetes. 1997 Dec;46(12):1950-7. doi: 10.2337/diab.46.12.1950.
Retraction in: Diabetes. 2016 Apr;65(4):1128. doi: 10.2337/db16-rt04c.PMID: 9392479
- 2006年論文:Exercise improves insulin and leptin sensitivity in hypothalamus of Wistar rats.
Flores MB, Fernandes MF, Ropelle ER, Faria MC, Ueno M, Velloso LA, Saad MJ, Carvalheira JB.
Diabetes. 2006 Sep;55(9):2554-61. doi: 10.2337/db05-1622.
Retraction in: Diabetes. 2016 Apr;65(4):1127-8. doi: 10.2337/db16-rt04b.PMID: 16936204
この時、米国糖尿病学会は、「適切な調査をしない限り、Diabetes誌だけでなく、米国糖尿病学会が関連するすべての学術誌は、カンピーナス州立大学所属の研究者からの原稿を一切受理しません」と伝えた。[白楽注:この処置はやり過ぎ。珍しい。カンピーナス州立大学の対応が異常なほど酷かったと思われる]
★裁判
上記したように、米国糖尿病学会は、サードが「Diabetes」誌に発表した4報の論文を研究ネカトと判断し、サードの論文を撤回する方向で検討していた。
2015年2月5日(64歳)、サードは、学術誌「Diabetes」が彼の論文を撤回するのをやめるようにと、マサチューセッツ地区連邦裁判所(United States District Court for the District of Massachusetts)に訴状(saad-lawsuit)を提出した。
原告:マリオ・サード(Mario Saad)
被告:米国糖尿病学会(American Diabetes Association)
以下は「撤回監視(Retraction Watch)」が情報公開法で得た訴状(2015年2月5日付けファイル)の冒頭部分(出典:同)。全文(12ページ)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2015/02/saad-lawsuit.pdf
米国糖尿病学会の本部は米国・ヴァージニア州にあるが、ボストンでも活動していたので、訴訟はボストンのマサチューセッツ地区連邦裁判所で行なわれた。
一時的差止命令を要請したサードの訴状のポイントは以下の3点である。
- 「Diabetes」誌のウェブサイトに掲載したサードの「Diabetes」誌の4論文に関する懸念表明(Diabetes-2015-Expression of Concern-1068-70)を削除すること。
- サードの「Diabetes」誌の4論文に関する懸念表明を「Diabetes」誌の2015年3月号に印刷しないこと。
- サードの「Diabetes」誌の4論文を撤回しないこと。
2015年2月23日(64歳)、ティモシー・ヒルマン裁判長は(Timothy Hillman、写真出典)、サードの請求を却下した。
以下は「撤回監視(Retraction Watch)」が情報公開法で得た訴状(2015年2月23日付けファイル)の冒頭部分(出典:同)。全文(4ページ)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2015/02/saad-0223.pdf
サードの敗訴である。
学術誌「Diabetes」は、裁判で勝訴した。しかし、サードとの攻防戦は続いた。
2015年2月24日(64歳)、学術誌「Diabetes」は、2015年3月号を出版し、その中で、サードの「Diabetes」の4論文に関する懸念表明(EoC)を公表した(Diabetes-2015-Expression of Concern-1068-70)。
撤回されないまま4論文を公開し続けるのは、読者に間違った研究情報を伝え続けることになる。それは学術誌の責務に合わないと判断したためである。
2015年8月18日(65歳)、サードは懸念表明(EoC)は名誉毀損だと学術誌「Diabetes」を被告に提訴した。
マサチューセッツ州連邦地方裁判所のヒルマン裁判長は、「懸念表明は、4論文のデータの信頼性に関する疑問を読者に喚起することを目的としている。論文データの信頼性をめぐる争いは、名誉毀損訴訟という形で解決するには適さない。これは学術誌の紙面で議論し、学術界が陪審員として参加する事例である」と述べ、懸念表明は名誉毀損に該当しない意見表明であるとし、サードの訴えを棄却した。
以下は「撤回監視(Retraction Watch)」が情報公開法で得た法廷文書(2015年8月18日付けファイル)の冒頭部分(出典:同)。全文(7ページ)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2015/08/saad-11.pdf
そして、2016年3月24日(65歳)、学術誌「Diabetes」は上記4論文を撤回した。
一連の騒動の3~4年後の2019年6月5日(68歳)、カンピーナス州立大学はサードを肯定する記事を掲載した 。→ カミラ・デルモンデス(Camila Delmondes)記者の「フェイクニュースに関する臨床試験(マリオ・サード著)」というポルトガル語の記事: Um ensaio clínico sobre fake news, por Mario Saad | Faculdade de Ciências Médicas
記事にはサードが書いたと思われる次の文章がある(抽出引用)。
カンピーナス州立大学の調査委員会は全員一致で、私(サード)への研究不正告発は事実無根だと結論した。調査委員会は、不正ではなく「間違い」だったと結論した。
それにもかかわらず、 学術誌「Diabetes」は「間違い」の訂正を拒否し、一方的に私(サード)の論文 3 本を撤回し、他の出版物の訂正を拒否した。そのうち 1 本には矛盾点は一切指摘されていません。
これらの撤回通知はカンピーナス州立大学の 学長室に、その後、サンパウロ州研究財団(FAPESP)に通知された。
こうして私(サード)の教授人生は悪夢と化した。私(サード)は 12 を超える常設研究処理委員会 (CPP) の標的になり、国際的に認められた研究者から、屈辱的な泥沼に突き落とされたのです。短期間で私(サード)はペルソナ・ノン・グラータ(歓迎されない人物) 、科学的スキャンダルの主犯、マキャベリ的な科学者、になってしまいました。さらに悲しいことに、疑わしい行為をする卑劣な詐欺師になってしまったのです。
2025年8月24日(75歳)現在、サードの論文は、計19論文が撤回され、「パブピア(PubPeer)」で27論文、あるいは、85論文にコメントがある。
2025年8月24日(75歳)現在、しかし、サードは従来職であるカンピーナス州立大学(UNICAMP)・教授を維持 している。→ Unicamp Faculty and Research Staff Homepage – University of Campinas
●【ねつ造・改ざんの具体例】
19論文が撤回され、「パブピア(PubPeer)」で27論文、または、85論文にコメントがあった。
★重複画像ファイル
2025年7月26日にレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)に送ってもらった重複画像ファイルを以下に示す。
マリオ・サード(Mario Saad)論文に見つかったバンドの再使用・重複画像を示している。 → https://docs.google.com/presentation/d/0By2HqPi4t2Rba1R0Z2Jra2dIelRXZUp5RjZGSTV5WmFtQk5n/edit?resourcekey=0-wAt03MgVKR09uIsbeWtEsQ&slide=id.p1#slide=id.p1
以下はその1で、他に類似の画像が5枚入っている。
★「2013年12月のObesity (Silver Spring)」論文
- Modulation of double-stranded RNA-activated protein kinase in insulin sensitive tissues of obese humans.
Obesity (Silver Spring). 2013 Dec;21(12):2452-7.
doi: 10.1002/oby.20410. Epub 2013 Jun 11.PMID: 23519983
ーー重複画像1ーー
「Unregistered Submission」が2015年1月に指摘した。出典:https://pubpeer.com/publications/52629108BC6FB0F463158204D10123
ーー重複画像2ーー
「Unregistered Submission」が2016年4月に指摘した。出典:https://pubpeer.com/publications/52629108BC6FB0F463158204D10123
ーー重複画像3ーー
「Elisabeth M Bik」が2023年3月に指摘した。出典:https://pubpeer.com/publications/52629108BC6FB0F463158204D10123
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2025年8月24日現在、パブメド(PubMed)で、マリオ・サード(Mario Saad、Mario J A Saad、Mario Jose Abdalla Saad)の論文を「Mario Saad[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2025年の24年間の213論文がヒットした。
「Saad MJ」で検索すると、1989~2025年の37年間の322論文がヒットした。
2025年8月24日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、1997年の1論文と2005~2013年の18論文の計19論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2025年8月24日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースで、マリオ・サード(Mario Saad、Mario J A Saad、Mario Jose Abdalla Saad)を「Mario Jose Abdalla Saad」で検索すると、38論文が撤回や懸念表明されていた。
★パブピア(PubPeer)
2025年8月24日現在、「パブピア(PubPeer)」では、マリオ・サード(Mario Saad、Mario J A Saad、Mario Jose Abdalla Saad)の論文のコメントを「”Mario J A Saad”」で検索すると、27論文に、「Mario Saad」で検索すると、85論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》大学の不適切な調査
カンピーナス州立大学・調査委員会の委員は、無能だったか、いい加減な調査をしたのだろう。
カンピーナス州立大学の話から、日本も同じ状況だということを述べておこう。
読者の皆さんは驚くかもしれないが、日本の研究不正調査委員会のほとんどの委員は、研究不正の専門家ではない。調査委員は、告発者が指摘したネカト箇所を「承認」するか・しないか、の判断をするだけで、いわゆる「調査」をしていない。
疑惑研究者の論文の「研究不正個所を探索し、見つけ、不正かどうかを検討する」調査をしていないと思われる。というか、能力的にそういう調査をできない(多分)。
具体例を挙げると、2022年2月に公表した福岡歯科大学の調査結果は、疑惑視された論文1報を”調査”しただけだった。従って、以下に示すように、現在も、疑惑者の他の論文の研究不正個所が放置されたままになっている。
以下出典: 福島秀文(Hidefumi Fukushima)(福岡歯科大学)、犬塚博之 (Hiroyuki Inuzuka)(東北大学) | 白楽の研究者倫理
福島秀文(Hidefumi Fukushima)は6論文のデータ疑惑が「パブピア(PubPeer)」で指摘されている。
犬塚博之 (Hiroyuki Inuzuka)は15論文のデータ疑惑が「パブピア(PubPeer)」で指摘されている。
福岡歯科大学は、どの論文を調査したのか公表していないが、これだけ疑惑論文が指摘されていても、調査したのは告発された1報のみしか調査していない。
つまり、調査委員会は、指摘された「論文」だけしか見ていない。
《2》研究不正を裁判にする
研究ネカトを裁判で争うケースが増えてきた。
なお、法廷に持ち込んだ研究者はマリオ・サード(写真出典)だけではない。 → Legal Threats – Retraction Watch
2011年の裁判では、撤回された論文の別の著者が、エルゼビア社から1万ドルの訴訟費用と謝罪を得ることに成功した。 → Elsevier apologizes for Applied Mathematics Letters retraction, pays author’s legal fees – Retraction Watch
しかし、どうなんでしょう?
裁判所は言動が法律に適合しているかどうかを判断をする場であって、研究規範のあるべき姿を議論する場ではないと思う。誤解を招く言い方になるが、学術上の正義(あるべき言動)の判定を下す場ではない。
米国では研究不正を取り締まる連邦規則42巻93条(42 CFR part 93)が制定されている。 → 7-121 米国の研究不正規則の改訂 | 白楽の研究者倫理
しかし、日本はガイドラインである。
法律は立法府である国会において決定され、守ることが義務付けられます。他方、ガイドライン(指針)は現場でより良い運用を実現するための指針であって、強制力を有する法律とは異なります。(法律とガイドライン)
学術誌と研究者が正面衝突した場合、誰がどういう権限で裁定し、交通整理できるのだろう?
研究や科学技術の体制や内容で紛争した時、問題解決に適した機関・システムが、日本にはないように思う。
《3》研究者の処分
学術誌が研究ネカトを犯した研究者に科せるペナルティは、論文撤回と原稿受理の拒否しかない。これは、研究者によっては打撃は少ない。
学会は、学会員の除名処分しかない。これも、研究者には打撃がほとんどない。
研究助成機関は研究費を支給しない。これは、多くの研究者にとっては死活問題だが、特定の研究者には打撃は小さい。もともと支給されていない研究者の方が多いのだから、今さら、支給しないと言っても痛くない。
研究者にとって大きな打撃は、メディアで報道され、報道刑が科されることだ。不正という疑念段階でも、記事で「疑わしい」と書かれるだけで、メンツがつぶれ、信用が失われる。
そして、研究者にとって実質的に大きな打撃は、所属組織(大学・研究機関)からの解雇である。これは、大変である。

さらに、医師の場合、医師免許の取り消しをすれば、打撃はさらに有効である。
最終的には、裁判で実刑判決が出ることだ。これが究極な罰で、実刑なら犯罪者となる。
今回のように、学術誌がクロと判定し、所属大学がシロと判定すると、大きく混乱する。学術界のルールと秩序は成り立たない。しかも、学術誌は米国で、所属大学はブラジルと、国をまたぐとさらにヤヤコシイ。
一般に、学術誌は調査能力が高く、公正性も高い。対して、大学は研究ネカトの調査能力が低く、公正性は低い。
日本にはないのだが、研究不正を調査する国家機関が必要である。そして、さらに、研究不正は国をまたぐので、研究不正を対処するさいの国際連携システムが必要である。
マリオ・サード(Mario Saad)。写真出典:https://www.fcm.unicamp.br/imprensa/publicacoes/view/mario-saad-torna-se-membro-de-conselho-global-da-associacao-europeia-para-estudo-da-diabetes/15921
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●9.【主要情報源】
① 2014年1月15日以降の「撤回監視(Retraction Watch)」記事(以下の②~⑦を含むが、②~⑦以外も多い):mario saad Archives – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2014年1月15日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:盗用発覚:Researcher who called plagiarism “the worst type of fraud” retracts paper for…plagiarism – Retraction Watch
③ 2015年2月9日のキャット・ファーガソン(Cat Ferguson)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:学術誌を提訴:Diabetes researcher sues journal to prevent retractions of papers cited more than 600 times – Retraction Watch
ーーいくつかの「撤回監視(Retraction Watch)」記事の記載を省略したーー
④ 2017年5月18日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Journal flags two more papers by diabetes researcher who sued to stop retractions (and now has 12) – Retraction Watch
⑤ 2017年7月17日のビクトリア・スターン(Victoria Stern)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Diabetes researcher who sued to prevent retractions now has 13 – Retraction Watch
⑥ 2018年10月26日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Three more retractions brings diabetes researcher who once sued publishers to 18 – Retraction Watch
⑦ 2023年10月27日のエリー・キンケイド記者(Ellie Kincaid)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:History repeats itself: Diabetes researcher gets four expressions of concern in journal he once sued – Retraction Watch
⑧ 2019年6月5日のカミラ・デルモンデス(Camila Delmondes)記者の「フェイクニュースに関する臨床試験(マリオ・サード著)」というポルトガル語の記事: Um ensaio clínico sobre fake news, por Mario Saad | Faculdade de Ciências Médicas
⑨ ◎2015年2月6日、ジェシカ・バートレット(Jessica Bartlett)の「ボストン・ビジネス・ジャーナル」記事:Scientist sues American Diabetes Association over research dispute – Boston Business Journal
⑩ ウィキペディア・ポルトガル語:Mario José Abdalla Saad – Wikipédia, a enciclopédia livre
⑪ ◎2015年2月10日、ケリー・グレンズ(Kerry Grens)の「Scientist」記事: Author Sues Journal | The Scientist
⑫ 2016年2月25日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の「より良い科学のために」記事:The Duodecuplication of a Wandering Western Blot – For Better Science
⑬ 2016年6月21日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の「より良い科学のために」記事:Mario Saad and the return of the wandering western blot – For Better Science
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