2016年10月12日掲載。
ワンポイント:臨床試験のデータにねつ造・改ざんはないが、その解釈が改ざんであると、製薬企業の社長が訴追され、2009年に有罪となった。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】
スコット・ハーコネン(Scott Harkonen、写真出典)は、米国の製薬会社・インターミューン社(InterMune Inc.)・社長、および、コメンティス社(CoMentis)・社長で、医師である。専門は医薬品開発で、難病の特発性肺線維症(IPF:Idiopathic Pulmonary Fibrosis)の治療薬を開発してきた。
2002年8月28日(50歳)、ハーコネンは、臨床試験の結果をプレスリリースした。臨床試験のデータにねつ造・改ざんはないが、プレスリリースの表現は解釈の改ざんで、詐欺(Wire Fraud)に該当するとして、裁判になった。
2009年(57歳)、有罪の判決が下った。
ハーコネン事件の日本語解説はないが、ハーコネンの名前が出てくる日本語文章が少し(3つ以下)あった。「WIRED.jp」「化学業界の話題」の文章を本文に引用した。
2016年9月29–30日にロサンゼルスで開催の「Core77 Conference」の製薬会社・インターミューン社(InterMune Inc.)の展示ブース。難病の特発性肺線維症(IPF:Idiopathic Pulmonary Fibrosis)治療薬が売り。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:ミネソタ大学
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:男性
- 生年月日:1951年12月17日
- 分野:医薬品開発
- 最初の不正プレスリリース:2002年(50歳)
- 発覚年:2003年(51歳)?
- 発覚時地位:製薬会社・インターミューン社(InterMune Inc.)の社長
- ステップ1(発覚):第一次追及者は不明。検察に公益通報した
- ステップ2(メディア):
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①検察。②裁判所
- 不正:解釈の改ざん
- 不正プレスリリース数:1回
- 時期:研究キャリアの後期
- 結末:辞職せず
●2.【経歴と経過】
主な出典:①W. Scott Harkonen M.D.: Executive Profile & Biography – Businessweek、②Wesley Scott Harkonen (born December 17, 1951), American physician, pharmaecutical company executive | Prabook
- 生年月日: 1951年12月17日、米国・ミネアポリス生まれ
- 1973年(21歳):ミネソタ大学(University of Minnesota)を卒業。学士号
- 1977年(25歳):ミネソタ大学(University of Minnesota)を卒業。医師免許
- 1977-1981年(25-29歳):ミネソタ大学(University of Minnesota)で研修医
- 1983-1985年(31-33歳):カリフォルニア大学サンフランシスコ校(University California, San Francisco)でフェロー(ポスドク?)。アレルギー・免疫
- 1983-1987年(31-35歳):ゾーマ社(Xoma Corporation, Berkeley, California)のプロジェクト・ディレクター
- 1987-1988年(35-36歳):スタンフォード大学(Stanford University)・研究員(Research associate)
- 19xx年(xx歳):カリフォルニア大学バークレー校 ハース・スクール・オブ・ビジネス(Haas School of Business, University of California Berkeley)で経営学修士号(MBA)を取得
- 1991-1995年(39-43歳):ユニヴァックス社(Univax Corporation.)の副社長
- 1995-1999年(43-47歳):コネティックス社(Connetics Corporation.)の上級副社長
- 1998年2月(46歳):インターミューン社(InterMune Inc.)の社長
- 2000年1月(48歳):医薬品会社・コメンティス社(CoMentis)を設立し社長に就任
- 2001年4月-2004年7月(49-52歳):コテリックス社(CoTherix Inc.)の取締役・兼任
- 2002年8月28日(50歳):インターミューン社社長として、特発性肺線維症治療に対するγ-インターフェロンの臨床試験の結果をプレスリリースした。
- 2003年6月30日(51歳):インターミューン社の社長を辞任
- 2009年9月29日(57歳):有罪の判決が下る。ハーコネンは上告する
- 2013年3月(61歳):米連邦控訴裁判所はハーコネンの上告を棄却
●3.【動画】
【動画1】
裁判動画。ハーコネンが米国司法省を訴えた。2015年3月9日の裁判。ハーコネンは登場しないが、ハーコネンの弁護士と政府側の弁護士が主張を述べている:「13-15197 W. Harkonen v. USDOJ – YouTube」(英語)34分05秒。
United States Court of Appeals for the Ninth Circuitが2015/03/09 に公開
●4.【日本語の解説】
ハーコネン事件の日本語解説ではないが、ハーコネンの名前が出てくる日本語文章なので、引用した。
★2007年7月3日:WIRED.jp「期待集める「ニコチン由来の薬品」(2)」
出典 → 期待集める「ニコチン由来の薬品」(2)|WIRED.jp、(保存版)
製薬会社の米CoMentis社で最高経営責任者(CEO)を務めるScott Harkonen博士は次のように話している。「喫煙者のガンの進行が速い理由はこれなのかもしれない。だが、同時にこれによって新たな問いかけが生じる。新しい血管の成長促進を生かしたいところはどこだろう」
答えは糖尿病患者にあるとわかった。糖尿病患者は血液の循環が悪く、傷が壊疽にまで進み切断を余儀なくされて下肢を失ってしまうケースが多い。切断の割合は確実に増加していて、ニコチンはこの傾向を反転する重要な要素になるかもしれないと、Harkonen博士は言う。
Harkonen博士によると、CoMentis社は現在「ニコチンを含んでいて、傷口に直接塗布するゲル」の研究で、臨床試験の第2段階に入っている。
★2014年8月27日:化学業界の話題「Roche、米バイオ医薬品 InterMune を83億ドルで買収へ」
出典 → Roche、米バイオ医薬品 InterMune を83億ドルで買収へ – 化学業界の話題、(保存版)
スイス製薬大手Roshe Holding AGは8月24日、米バイオ医薬品のInterMune Inc.を現金83億ドルで買収することで合意したと発表した。
両社の取締役会はすでに買収合意を推奨しており、Roche は1株74ドルでTOBを行う。
この価格は8月22日の終値の38%増であるが、実はInterMuneが身売りを含めた経営戦略上の選択肢を金融機関と協議しているとの関係筋情報が8月13日に報じられ、株価が上昇していた。報道直前の8月12日の株価に対しては 63%のプレミアムとなる。
実際に RocheがSanofi、GlaxoSmithKline、スイスの研究開発型製薬企業 Actelion などとの価格競争に勝った結果だとされている。
InterMuneは米カリフォルニア州に本社を置き、患者数の少ない希少疾患に強みを持つ。
肺の細胞壁が硬く厚くなり、呼吸困難に陥る難病の特発性肺線維症(Idiopathic Pulmonary Fibrosis)の治療薬Pirfenidone(製品名 Esbriet)を開発してきた。
2011年2月に欧州で承認を取得、2012年12月にカナダでも承認を得た。米国では現在、FDAが審査中。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★特発性肺線維症(IPF:idiopathic pulmonary fibrosis)
特発性肺線維症は米国で毎年5万人が新たに発症する肺疾患で、治療法がなかった。日本の患者数は1万数千人で国指定難病である。
「間質に線維化がおこる病気を「肺線維症[はいせんいしょう]」とよび、原因が不明なもののなかで最も多いのが特発性肺線維症[とくはつせいはいせんいしょう] 」 → 出典:IPF(特発性肺線維症)ってどんな病気? | IPF.jp 一般の方・患者さん向け疾患情報サイト
★特発性肺線維症の臨床試験
1998年2月~2003年6月30日、スコット・ハーコネン(Scott Harkonen)が社長をしていたインターミューン社(InterMune、カリフォルニア州・ブリスベーン市に本社)が支援したアクチミューン(Actimmune)という商品名の医薬品・γ-インターフェロン臨床試験が問題視された。
インターミューン社の医薬品・アクチミューン(Actimmune)は既にまれな免疫疾患での使用が認可されていた。
米国では、特定の病気に対して食品医薬品局の承認が得られれば、医師は自由にそれを他の病気に処方することができる。これを認可外使用(off-label uses)と呼ぶが、医師は認可外使用(off-label uses)で処方できても、認可外使用(off-label uses)を促進する宣伝を製薬会社がすることは禁じられている。
アクチミューン(Actimmune)は、認可外使用(off-label uses)である特発性肺線維症(IPF:idiopathic pulmonary fibrosis)の治療での販売が最大で、2003年に1億4100万ドル(約141億円)も売り上げた。
年代を戻して進めよう。
1999年、特発性肺線維症の患者18人にγ-インターフェロンを投与する1年間の予備的な臨床試験が行なわれた。死亡者はなく、肺機能に改善が見られた。
→ 論文:A Preliminary Study of Long-Term Treatment with Interferon Gamma-1b and Low-Dose Prednisolone in Patients with Idiopathic Pulmonary Fibrosis — NEJM
2000年9月、インターミューン社は、この結果に気を良くし、世界の58病院で大規模な臨床試験を開始した。特発性肺線維症の治療に使用してよいとの認可を食品医薬品局(FDA)から得たかったからだ。
ハーコネンは臨床試験の開始1か月前に「インターミューン社の20億ドル(約2千億円)市場になる」と述べている。
2002年8月28日、臨床試験の結果が出そろったので、ハーコネンはプレス・リリースをした。
臨床試験では、治験患者330人をγ-インターフェロンを投与グループとプラセボ(偽薬)投与グループにランダムに分けた。
臨床試験の結果、疾患進行者または死亡者は試験薬投与で46%、偽薬投与で52%と僅差で、統計学的には有意差がなかった。
ただ、死亡率だけみると、試験薬投与で10%、偽薬投与で17%と、試験薬は有効だった。しかし、患者数が少なく、統計学的な処理をすると、有意差はないという結果になった。
生命科学研究では、通常、統計学的な有意差は、統計学的処理をした後、有意確率 (p-value)という数字で判定する。有意確率 (p-value)が0.05以下であれば有意差だか、以上であれば、その違いは偶然そうなっただけで意味はないと判定される。そして上記の死亡率の有意確率 (p-value)は0.08だったので、統計学的には有意差がないと判定された。
臨床試験は失敗だった。
しかし、ハーコネンは、いろいろな視点から、データを見直すように統計学者に伝えた。
すると、軽・中度の患者だけに絞れば、大きな差が見つかった。軽・中度の患者の死亡率は、試験薬投与で5%、偽薬投与で16%で、有意確率 (p-value)は0.004だった。つまり、試験薬は断然有効だったのだ。
ただ、この解釈には問題があった。そもそも、軽・中度の患者の治療効果をみるために臨床試験をしたわけではない。臨床試験が終わって、データを統計処理する時点で気が付いたことだ。いわば、「データ・ドレッジング(data dredging)」と呼ばれる、データの泥をさらってかき集めるような行為の結果見つかったことだ。
もし、インターネットで「データ・ドレッジング(data dredging)」すれば、自分が希望するデータをいくつも集められると言われている。研究公正という観点では、推奨できない行為である。
この時、ハーコネンは実際に何を考えたかわからない。裁判でも証言していない。
しかし、ハーコネンのプレス・リリースを記事にした新聞は、軽・中度の患者の治療効果だけを対象に、以下の小見出しで記事を書いた。
「インターミューン社はフェーズ3臨床試験でアクチミューン(Actimmune)が特発性肺線維症に有効と発表」と太字で書いて、そのあとにイタリック字体で「軽・中度の患者の死亡率を70%低減する」と書いた。
この2行でハーコネンは犯罪者にされた。解釈の改ざんで罪状は通信詐欺(Wire Fraud)である。
通信詐欺(Wire Fraud)は日本にはない犯罪類型だが、「他人から金銭や財産を奪う目的で、詐欺のスキームや策略を考え、その実行のために、州際(米国内で州と州をまたぐこと)又は国際的な配達手段や電子通信を使用する行為を処罰するもの」(出典:2014/05/14の荒井喜美・弁護士:米司法省のトヨタ摘発でも使われた「郵便・通信詐欺」とは何か – 法と経済のジャーナル Asahi Judiciary)
2003年6月30日、ハーコネンはインターミューン社の社長を辞任した。
2004年1月、臨床試験の結果がまとまり、「2004年のN Engl J Med.」論文として発表した。すでにこの時、スコット・ハーコネンはインターミューン社の社長を辞任していた(2003年6月30日に辞任)。
- A placebo-controlled trial of interferon gamma-1b in patients with idiopathic pulmonary fibrosis.
Raghu G, Brown KK, Bradford WZ, Starko K, Noble PW, Schwartz DA, King TE Jr; Idiopathic Pulmonary Fibrosis Study Group.
N Engl J Med. 2004 Jan 8;350(2):125-33.
PMID:14711911
★データにねつ造・改ざんはない
ハーコネンを告発した第一次追及者は誰なのかは、白楽は把握していないが、検察が乗り出し、刑事事件としてカリフォルニア州で裁判になった。
裁判では、臨床試験のデータはねつ造・改ざんされていないと検察側も認めている。問題は、臨床試験報告書(4頁)をどう解釈したかである。
検察側の2人の専門家は、臨床試験のデータは、臨床試験の当初の目的である特発性肺線維症の治療に否定的だった。その後、患者のサブグループ(軽・中度の患者)に注目して、サブグループ(軽・中度の患者)に有効であると結論したのは不適切である、と証言した。
ハーコネンのプレスリリースに基づいた新聞記事は臨床試験の当初目的に触れないで「特発性肺線維症に有効」と発表した。当初目的に対してはデータは否定的な結果だったのに、その後、患者のサブグループのデータに注目したとも記述していない。このプレスリリースは、患者を間違った方向に意図的に向かわせる。データの改ざんではないが、解釈の改ざんだ、と証言した。
検察は、臨床研究が医薬品の販売に最も都合がよいようになることを願うハーコネンの金銭的動機が解釈を改ざんさせた、とも強調した。確かに、新聞記事の3パラグラフ目に「臨床試験の結果は特発性肺線維症の治療にアクチミューン(Actimmune)が有効であり、年間4~5億ドル(約400~500億円)の販売になる」と書かれていた。
検察は、「データにねつ造・改ざんはない」ことは認めている。しかし、データから導き出した結論が改ざんなのである。これが裁判の中心だった。
2006年10月、インターミューン社は刑事責任の解消に3,700万ドル(約37億円)を支払い、起訴猶予合意(Deferred Prosecution Agreement)をした。
★文脈が大事
新聞記事の各単語は正しい。しかし、裁判では文脈で理解する点が欠けていたともいえる。それで、ハーコネンは「文脈が大事だ」と主張した。
2009年9月29日、しかし、カリフォルニア州サンフランシスコの裁判所は、ハーコネンに通信詐欺(Wire Fraud)で有罪を宣告した。最大20年間の刑務所刑と25万ドル(約2,500万円)の罰金が科される可能性があった。
→ InterMune CEO Faces 20 Years in Prison for Writing a Press Release – CBS News(保存版)
また、アクチミューン(Actimmune)の特発性肺線維症への認可外使用(off-label uses)でも審議された。裁判で認可外使用の罪を審理するのはは珍しい。通常は、製薬企業が罰金を払い、示談で済んでいる。ただ、認可外使用の件は、検察官が十分な証拠がないと述べたことを受けて無罪となった。
2011年9月、裁判官は刑罰の内容を宣告した。6か月の自宅謹慎、および2万米ドル(約200万円)の罰金だった。
また、健康福祉省は政府の支援を受けている医療関係機関から今後5年間、一切の収入を得てはならないという懲戒処分をハーコネンに科した。実質的には米国のすべての医療関係機関が該当するので、最高裁でこの懲戒処分が覆らないかぎり、食品医薬品局は食品医薬品局が製品を認可しているすべての企業で雇用されることない。
ハーコネンは上訴した。
2013年3月、米連邦控訴裁判所(連邦地裁の判決、決定に対する上訴を扱う。国内12カ所に設置)は、先の判決を支持した。
2013年7月1日、6か月の自宅謹慎が始まった。毎日、数回、ロボットがハーコネンの自宅に電話をかけ、自宅にいるかどうかを確認するシステムである。
ハーコネン事件は製薬界以外では注目を集めていないが、科学研究に大きな脅威を与える危険があった。
スタンフォード大学の小児科医で生物統計学者のスティーブンN.グッドマン(Steven N. Goodman、写真出典)は、「この規則を科学者に適用するならば、かなりの割合の科学者が現在、刑務所にいることになる。裁判所は、今問題にしていることの重要性を認識できていない。この気違いじみた判決が前例になると、大騒動が噴きでるだろう」と述べている。
つまり、データの一部を切り取って、その有効性を主張してはならないという裁判結果は、裁判官が科学研究とはどういうものかを理解していないと述べているのだ。
2015年9月8日、ハーコネンは、もう1つ、2012年2月8日に訴訟をおこしていた。その訴訟が、この日に判決を迎えた。
ハーコネンは、司法省のプレスリリースが自分の評判を落とし法的問題を引き起こしているので、削除して欲しいと裁判に訴えていたのである。
しかし、判決は、先の判決を支持した。ハーコネンの敗訴だった。
★γ-インターフェロンの2回目の臨床試験
ここは後日談として書くが、実際は、上記の裁判の進行途中にわかったことである。裁判の結果とは建前上無関係だと思われるが、実際は、判決に大きな影響を与えたと思われる。
人生、物事にケチが付くと、さらにうまくいかなくなるものだ。
2007年(?)、インターミューン社はアクチミューン(Actimmune)のさらに規模の大きな臨床試験をもう一度行なった。2003年6月にハーコネンはインターミューン社の社長を辞任したので、この決定はハーコネンの意思ではない。
最初の臨床試験データは、「軽・中度」の特発性肺線維症に絞れば有効だった。それで、今度は、最初から「軽・中度」の特発性肺線維症に絞って臨床試験を行なった。規模は前回よりずっと大きく、81病院の826患者を対象に行なった。
2009年7月、臨床試験の結果がでた。以下の「2009年のLancet」論文として発表した。
- Effect of interferon gamma-1b on survival in patients with idiopathic pulmonary fibrosis (INSPIRE): a multicentre, randomised, placebo-controlled trial.
King TE Jr, Albera C, Bradford WZ, Costabel U, Hormel P, Lancaster L, Noble PW, Sahn SA, Szwarcberg J, Thomeer M, Valeyre D, du Bois RM; INSPIRE Study Group.
Lancet. 2009 Jul 18;374(9685):222-8. doi: 10.1016/S0140-6736(09)60551-1. Epub 2009 Jun 29.
PMID:19570573
実は、2回目の大規模臨床試験を開始して1年少し経過したとき、試験薬グループの患者が15%死亡し、偽薬グループは13%死亡だった。この数値は試験薬が死をもたらす予兆だと保険会社が判断し、以後、臨床試験に参加している患者への治療費の支払いを停止した。
つまり、2回目の臨床試験では、γ-インターフェロンは軽・中度の特発性肺線維症に無効またはさらに悪化させた、という結果になってしまったのだ。
★日本のアステラス製薬が約100億円
これも後日談。実際は、上記の裁判の進行途中に起こったことである。
2008年4月25日、日本のアステラス製薬はスコット・ハーコネン(Scott Harkonen)の医薬品会社・コメンティス社(CoMentis)と契約し、8千万ドル(約80億円)の一時金を支払い、2千万ドル(約20億円)の株式を購入した。
アステラス製薬は、ハーコネンが上記のような状況に置かれた人物だと承知していたのだろうか?
080425
●6.【論文数と撤回論文】
2016年10月11日現在、パブメド(PubMed)で、スコット・ハーコネン(Scott Harkonen)の論文を「Scott Harkonen [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、 0論文がヒットした。
「Harkonen S[Author]」で検索すると、1977~2016年の18論文がヒットした。本記事で問題にしているハーコネン以外の「Harkonen S」論文が含まれていると思われる。
2016年10月11日現在、撤回論文は0報である。
●7.【白楽の感想】
《1》データの一部
臨床試験のデータをねつ造・改ざんしてでも、開発している医薬品に大きな治療効果があるとしたいのはヤマヤマだろう。
しかし、その結果、使用した人々に健康被害が出る。あるいは、効果のない医薬品を購入した経済的被害が出る。
製薬会社としては、禁じ手だ。
2002年、英国のグラクソ・スミスクライン社(GlaxoSmithKline)のパクシル事件が有名である。うつ病の治療薬「パクシル」の臨床試験データのねつ造・改ざんで、少なくとも450人が自殺し、600件の出産障害が報告された。
2011年、日本で高血圧の治療薬であるディオバンも大事件になった。
ところが、ハーコネン事件では、臨床試験のデータにねつ造・改ざんはない。臨床試験のデータは正しい。その正しいデータの一部を取り出して医薬品の効能の判断をした。つまりデータの解釈が問題視され、刑事事件となり、刑務所刑になるところだった。
では、一般的に、データの一部を取り出して、肯定できることを肯定するのは、研究公正に欠けるだろうか?
白楽は、欠けないと思う。スタンフォード大学の小児科医で生物統計学者のスティーブン・グッドマン教授と同意見である。
でもどうして、FBIや司法省がハーコネンの行為を犯罪と見なし、乗り出してきたのか、状況がわからない。ただ、FBIや司法省を相手に戦うのは・・・、ウーンである。FBIや司法省といっても、相手は人間なのだが・・・、腰を据えて徹底的に戦うことになるだろう。
ハーコネン事件でのFBIや司法省の判断に対して、学術界で大きな議論をしないのが、なんかヘンである。
《2》通信詐欺(Wire Fraud)
本文に書いた文章を再掲する。
通信詐欺(Wire Fraud)は日本にはない犯罪類型だが、「他人から金銭や財産を奪う目的で、詐欺のスキームや策略を考え、その実行のために、州際(米国内で州と州をまたぐこと)又は国際的な配達手段や電子通信を使用する行為を処罰するもの」(出典:2014/05/14の荒井喜美・弁護士:米司法省のトヨタ摘発でも使われた「郵便・通信詐欺」とは何か – 法と経済のジャーナル Asahi Judiciary)
「通信詐欺(Wire Fraud)の本質は、詐欺の計画自体を処罰すること」だそうだ。
この法律を研究ネカトの「ねつ造・改ざん」そのものに適用できないのだろうか?
話は変わるが、この法律を日本にも導入したとして、オレオレ詐欺に、最大20年間の刑務所刑と25万ドル(約2,500万円)の罰金を科すのはどうだろう? 被害額の3倍の罰金刑でもいいけど。
●8.【主要情報源】
① 2009年9月29日、スコット・ハーコネン事件のFBI記録:FBI — W. Scott Harkonen, Former Biotech CEO, Convicted of Wire Fraud(保存版)
② 2009年9月30日、「CBS News」記事: InterMune CEO Faces 20 Years in Prison for Writing a Press Release – CBS News(保存版)
③ 2013年9月23日のデイビット・ブラウン(David Brown)の「Washington Post」記事:The press-release conviction of a biotech CEO and its impact on scientific research – The Washington Post(保存版)
④ 2013年10月2日、イーウェン・キャラウェイ(Ewen Callaway)の「Nature」記事:Uncertainty on trial : Nature News & Comment(保存版)
⑤ 2015年9月8日のジェイコブ・ガーシュマン(Jacob Gershman)の「WSJ」記事:Doctor Loses Bid to Force Federal Prosecutors to Retract Press Release – Law Blog – WSJ(保存版)
⑥ 2015年9月9日のアリソン・マクック(Alison McCook)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Court denies request to retract gov’t press release about convicted biotech CEO – Retraction Watch at Retraction Watch
⑦ ウィキペディア英語版:Interferon gamma – Wikipedia, the free encyclopedia
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。