2019年4月6日掲載。
ワンポイント:大学の処置に不満な数百人の学生が抗議する姿がニュース報道され、訴えた女性が2017年の『タイム』のパーソン・オブ・ザ・イヤーに選ばれた学術界の有名なセクハラ事件である。ジェイガーはロチェスター大学(University of Rochester)のスター教授(男性)で、セクハラ事件の後半、日本人女性のチグサ・クマダ準教授が事実上の妻になった。ドイツのフンボルト大学ベルリンで修士号取得後、渡米し、2007年(28歳?)、米国のニューヨーク州にあるロチェスター大学・助教授に就任し、その後、正教授になった。助教授就任直後から、女性院生へのセクハラ行為をはじめ、2013年、そして、2016年に大学に訴えられたが、ロチェスター大学はシロと判定した。2017年9月、38歳(?)の時、セクハラ被害者を含む7人の現・元・教員と元・院生に、今度は、政府の雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)に訴えられた。ロチェスター大学は元・検事のメアリー・ホワイト(Mary Jo White)を委員長とする第三者委員会を設置した。2018年1月、ホワイト委員会は、調査の結果、ジェイガーは女性院生と性的関係はあったがセクハラではないとした。理由は2014年以前、大学の規則が禁止していなかったからだ。ジェイガーは、現在もロチェスター大学・教授である。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。ジェイガー事件は、「2017年ネカト世界ランキング」の「1」の4番目の中にある事件の1つである。
【追記】
・2020年3月27日、ロチェスター大学は対応のミスを認め、現・元・教員と元・院生に総額940万ドル(約9億4千万円)支払うことになった:U of R settles sexual misconduct lawsuit for $9.4M | WHEC.com
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
フロリアン・ジェイガー(T. Florian Jaeger、写真出典)は、ドイツのフンボルト大学ベルリンで修士号取得後、渡米し、現在は、米国のニューヨーク州にあるロチェスター大学(University of Rochester)・脳認知科学科(Brain and Cognitive Sciences Department)・教授である。専門は言語学。同じ学科の日本人女性のチグサ・クマダ準教授が事実上の妻である。
2007年(28歳?)、米国のニューヨーク州にあるロチェスター大学・助教授に就任し、その直後から、女性院生へのセクハラ行為をはじめた。
2013年(34歳?)、そして、2016年(27歳?)、セクハラ行為を大学に訴えられたが、ロチェスター大学はシロと判定した。
2017年9月(38歳?)、3度目の訴え。セクハラ被害者を含む7人の現・元・教員と元・院生は、今度は、政府の雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)に訴えた。
ロチェスター大学は元・検事のメアリー・ホワイト(Mary Jo White)を委員長とする第三者委員会を設置し、調査を依頼した。
2018年1月(39歳?)、ホワイト委員会は、調査の結果、ジェイガーは女性院生と性的関係はあったがセクハラではないとした。理由は2014年以前、大学の規則が禁止していなかったから、というトンデモない理由だ(と白楽は感じた)。
ジェイガーは、2019年4月5日現在、ロチェスター大学・教授である。
ジェイガー事件は、「2017年ネカト世界ランキング」の「1」の4番目の中にある事件の1つである。
米国・ロチェスター大学(University of Rochester)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:ドイツ
- 研究博士号(PhD)取得:スタンフォード大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1978年1月1日生まれとする。1996年に大学に入学したと仮定し、この時を18歳とした
- 現在の年齢:46 歳?
- 分野:言語学
- 最初のセクハラ行為:2007年(28歳?)
- 最初に訴えられた:2013年(34歳?)
- セクハラが社会に公表された年:2017年(38歳?)
- セクハラが社会に公表された時の地位:ロチェスター大学・教授
- 2017年のステップ1(発覚):第一次追及者は被害者のセレステ・キッド助教授(Celeste Kidd)で大学に公益通報
- 2017年のステップ2(メディア):「Mother Jones」のマディソン・ポーリー(Madison Pauly)記者、「Nature」など多数
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ロチェスター大学・調査委員会。2回。②メアリー・ホワイト(Mary Jo White)を委員長とする第三者委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:機関以外が詳細をウェブ公表(⦿)
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 不正:セクハラ
- 被害者数:8人の女性
- 時期:研究キャリアの初期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:7か月の停職
- 日本人の弟子・友人: チグサ・クマダ(ロチェスター大学・準教授、事実上の妻)
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1978年1月1日生まれとする。1996年に大学に入学したと仮定し、この時を18歳とした
- 1996 -2000年(18-22歳?):ドイツのフンボルト大学ベルリン(Humboldt University and Technical University)で修士号取得:コンピューターと言語学
- 2001-2006年(22-27歳?):米国のスタンフォード大学(Stanford University)で研究博士号(PhD)を取得:言語学と認知科学。博士論文タイトル「Redundancy and Syntactic Reduction in Spontaneous Speech」
- 2007年(28歳?):ロチェスター大学(University of Rochester)・助教授
- 2013年(34歳?):セクハラとロチェスター大学に訴えられた。1回目
- 2013年(34歳?):ロチェスター大学はセクハラはシロと結論
- 2014年(35歳?):同・準教授
- 2016年(37歳?):セクハラとロチェスター大学に訴えられた。2回目
- 2016年(37歳?):ロチェスター大学はセクハラはシロと結論
- 2016年(37歳?):ロチェスター大学・正教授
- 2017年9月(38歳?):セクハラと雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)に訴えられた。3回目
- 2017年9月(38歳?):停職
- 2018年1月(39歳?):メアリー・ホワイト委員会がシロと結論
- 2018年4月(39歳?):停職解除。停職期間は7か月
- 2019年4月6日(40歳?):ロチェスター大学・正教授に在職中
●3.【動画】
【動画1】
学生にインタビュー動画:「U of R Students React to Florian Jaeger Sex Scandal – YouTube」(英語)4分01秒。
Perfect Timing Productionsが2017/09/19 に公開
https://www.youtube.com/watch?v=rrudKK8gOhM
●4.【日本語の解説】
★2017年xx月xx日:#MeToo:科学界のセクハラ
9人の言語学者がニューヨーク州にあるロチェスター大学(U of R)を相手取って訴訟を起こした。学生を性的に食い物にしていると訴えられていた言語学者T. Florian Jaegerについて苦情を言ったところ、大学が報復してきたという。当初U of RはJaegerを無実としていたが、改めて調査を始めた。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★フロリアン・ジェイガー(Florian Jaeger)の人生
フロリアン・ジェイガー(Florian Jaeger、写真出典)は、ドイツで生まれ育ち、フンボルト大学で修士号を取得後、米国に渡り、スタンフォード大学(Stanford University)で研究博士号(PhD)を取得した。2007年、28歳頃、ロチェスター大学(University of Rochester)・脳認知科学科(Brain and Cognitive Sciences Department)・助教授、2016年、37歳頃、同大学・正教授にになった。学者としてはかなり優秀で、ロチェスター大学のスター教授である。
セクハラ事件で揉めていたころ、同棲女性(domestic partner)、つまり事実上の妻がいて、ナント、日本人のチグサ・クマダ(Chigusa Kurumada)である。ジェイガーに招かれて、2014年7月からロチェスター大学・助教授になっている。2人の間に子供がいるかどうか不明だ。
→ 2018年1月24日記事:Partner of UR Professor Florian Jaeger speaks out for first time | WHAM
チグサ・クマダ(Chigusa Kurumada、写真出典)は、2008年、東京大学で修士号を取得し、2013年、スタンフォード大学(Stanford University)で研究博士号(PhD)を取得、2014年7月、ロチェスター大学・助教授になった。仮に2008年に24歳で修士号取得したとし、1984年1月1日生まれとすれば、現在、40 歳である。
→ Chigusa Kurumada – Assistant Professor – University of Rochester | LinkedIn
チグサ・クマダは2014年7月(30歳?)にロチェスター大学に就任したので、ジェイガーがセクハラをしていた時、チグサ・クマダとは同棲していなかった(と思う)。それ以前にジェイガーに別の恋人・妻がいたかどうか不明である。つまり、以下に述べるセレステ・キッド(Celeste Kidd)と性的関係があった時、ジェイガーは独身だった可能性が高い。
●【セクハラの具体例】
セクハラの具体例は、以下の記事が主な出典である。
→ 2017年9月8日のマディソン・ポーリー(Madison Pauly)記者の「Mother Jones」記事:She Was a Rising Star at a Major University. Then a Lecherous Professor Made Her Life Hell. – Mother Jones
★セレステ・キッド(Celeste Kidd)(当時24歳)
2007年(28歳?)、24歳のセレステ・キッド(Celeste Kidd、写真出典)はニューヨークのロチェスター大学・脳認知科学科(Brain and Cognitive Sciences Department)の大学院に入学を希望していた。というのは、幼児学習に関して全国的に尊敬されているリチャード・アスリン教授(Richard Aslin、米国科学アカデミー会員、写真出典)がその大学にいたからである。
面接を申し込んだとき、キッドはアスリン教授に加えて、言語学および計算方法の専門家で最近(2007年)就任したフロリアン・ジェイガー助教授(Florian Jaeger)の研究室はどうだろうかと推奨された。
キッドはジェイガー助教授と会った。しかし、面接の途中で、ジェイガー助教授はキッドを週末のパーティーに招待した。キッドはパーティーへの参加を断った。
数日後、ジェイガー教授から「あなたはパーティーに来るべきだった」とフェイスブックでメッセージが送られてきた。
私は行きたいと思っていましたし、通常は参加するですが、「まだロチェスター大学の院生になっていないのにパーティーに参加するのは、あまりにも遊び好きの女性と思われそうで、参加しません」とキッドは返事した。
「あなたはそんなことを心配する必要はありません。ロチェスター大学はかつて伝説的なパーティー(ヌード・パーティーなど)をたくさんしていました」とジェイガー助教授は応じた。
キッドはそのメッセージに煩わされたが、結局、アスリン教授とジェイガー助教授の両方で指導を受けることでロチェスター大学の大学院に入学できることになった。それで彼女はフェイスブックでジェイガー助教授と連絡をし続け、彼の良い面を学び、彼のメッセージが性的な内容に変わったときに話題を変えた。
2007年後半(28歳?)、24歳のキッドはロチェスター大学の大学院に入学した。
キッドが研究を始めたとき、ジェイガー助教授は自分のアパートに予備の部屋を借りるように彼女に圧力をかけ始めた。キッドは不安に感じながらも、ノーと言うことができなかった。結局、彼女は一年間そこに住むことになった。
ジェイガー助教授はキッドに過去の性的行為を繰り返し質問した。また、ジェイガー助教授はノックすることなく彼女の部屋に入ってきて、彼女の持ち物を調べたりした。 さらに、太るから彼女に食べないように、ダイエットするように、とも警告した。
「私はジェイガー助教授を怒らせたくありませんでした。ジェイガー助教授が性的な発言をするのは男性の先生なら一般的だと思うようになってしまいました。つまり、何が正常で何が異常なのかかわからくなってしまったのです」と彼女は説明した。
「その年、私は精神的に参ってしまいました」とキッドは当時の状況を振り返った。
ある晩、彼女は借りた部屋が監視されているような気がして気味が悪くなり、大学に行き、アスリン教授の鍵のかかった研究室に忍び込んだ。 「寒かったし、暖房機もなく、毛布もなかった」。小さいソファに丸まって夜を過ごし、泣きながら、なぜロチェスターに来たのか疑問に思った。
しかし、この時ハッキリ、彼女は大学の方がジェイガー助教授のアパートの予備の部屋よりも安全だと感じた。朝になり、彼女はアパートに戻って歯ブラシと着替えもってきて、大学のジムでシャワーを浴びた。
2008年(28歳?)、キッド(25歳)は博士院生の1年間を無駄にしたと確信した。彼女はアパートを出て、ジェイガー助教授を避けて、学業に専念できるよう身辺を大きく変えた。そして、変えた後の1年間で2つのプロジェクト研究を完成させた。 そして、ジェイガー助教授に研究室を去ると伝えた。
しかし、その後何年にもわたり、キッドは彼女の経験(ジェイガー助教授のセクハラ行為)を大学当局に告発または他の教授に相談するのを恐れた。というのは、多くの教授はジェイガー助教授のセクハラ行為を知っていた。そして見て見ぬふりをしていた。ある意味、彼らはセクハラの共犯者だった。
「私はテニュアトラック(tenure-track)の教員になりたかったのです。私は自分の研究室を持ちたいと思っていました。私は研究者として私がどれほど有能であるかを彼らに見せたかったのです。私はセクハラ行為を受けた苦痛を大学当局に告発または他の教授に相談することで、それまで自分が研究キャリアの構築に努力してきた努力を危険にさらしたくはなかったのです」、とキッドは語った。
2012年、キッド(29歳)は博士号を取得し、ロチェスター大学・脳認知科学科(Brain and Cognitive Sciences Department)・助教授に採用された。
★雇用機会均等委員会に訴え
キッドは、2007年、博士課程の院生として、最初の頃はジェイガー助教授の欲望を満たし、そしてその後の10年間、後輩のロチェスター大学・教員としてジェイガー助教授(そのころは教授)から自分自身を守り、そして最後は、2017年9月初旬、ジェイガー教授のセクハラ行為を公式に訴えた。
つまり、2017年9月1日(38歳?)、キッド(34歳)とアスリン教授を含む7人の現・元・教員と元・院生は、ジェイガー教授、ロチェスター大学、大学上層部が、職場および連邦政府資金による教育での差別を禁止した雇用機会均等法に違反したとする訴状を政府の雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)に提出した。雇用機会均等委員会が彼らの訴えを取り上げない場合、裁判所に訴訟を起こすと述べた。
この111ページの詳細な文書に記載されている告発は、10年以上にわたってジェイガーが院生、ポスドク、教授に対して「敵対的な環境(“hostile environment”)」をもたらし、少なくとも11人の女性がジェイガーのセクハラ行為を避けるために、教育を受ける機会を失った、と訴えているそうだ(白楽未読)。
以下の文書をクリックすると、PDFファイル(1.26 MB、111ページ)が別窓で開く。
2017年9月、ロチェスター大学は雇用機会均等委員会(EEOC)への申し立てに対応し、ジェイガーに停職を命じた。
★2013年
2013年、上記のように2017年に訴える4年前に、院生のケトラ・ビックスビー(Keturah Bixby、写真出典)が、ジェイガーのセクハラ行為を最初に訴えた。彼女は雇用機会均等委員会(EEOC)への申し立て原告の1人である。
★2016年
2017年に訴える前年(2016年)にも、脳認知科学科(Brain and Cognitive Sciences Department)のアスリン教授と同僚のジェシカ・キャントロン助教授(Jessica Cantlon、写真出典)は、ジェイガーのセクハラ行為を大学に訴えていた。この訴えが2回目。
アスリン教授らはジェイガーのセクハラ行為の調査に約3か月かかった。その結果、ジェイガーは少なくとも1人の院生と性的関係を持っていて、それだけでも問題だと指摘した。
この訴えに対し、ロチェスター大学はジェイガーを調査した。しかし、最終的には、ジェイガーの行動の一部は不適切だったが、ジェイガーは大学の差別やハラスメント規則に違反していないこと、そしてキッドや他の学生にセクハラ行為をしたと結論づけるのに十分な証拠はなかった。つまり、セクハラや差別をしていなかったと結論した。2回目の告発は失敗したのである。
アスリン教授らは、ロチェスター大学の調査はジェイガーが大学の方針に違反したかどうかを正確に評価するのに十分な情報を収集していなかったと批判している。
キャントロン助教授は「ロチェスター大学は性的な違法行為とは何かについて、世界中のどこを探してもないような奇妙な定義を下している」と批判した。
キャントロン助教授のグループが11人の女性から集めた証言では、ジェイガーは自分の性器の写真を女性学生たちに送りつけ、女性学生と性行為中に大きな喘ぎ声をあげて他の学生に聞かせていたのである。
★2017年
2017年、ロチェスター大学は雇用機会均等委員会(EEOC)に申し立てた教員たちを報復し始めた。
アスリン教授とエリッサ・ニューポート・前学科長(Elissa Newport、写真出典)は、ロチェスター大学・理事会メンバーを非難する次のような手紙に書いた。
「大学上層部は最も脆弱な構成員である学生を守ることができておりません。また、現在、適切な処置をしないことで、今後も、学生を危険にさらしています。現在の状況は、ロチェスター大学・指導者のあらゆるレベルでの巨大な失敗と見なされるに違いありません」。
一方、ロチェスター大学・広報担当のサラ・ミラー(Sara Miller、写真出典)は、「大学はすでに雇用機会均等委員会(EEOC)の訴状に含まれている申立てを徹底的に調査し、ジェイガーのセクハラと差別を立証することはできなかったと結論しました。私たちはこれらの調査の公正さに自信を持っています。私たちは公正な調査を行ないました。そして、ジェイガー教授はロチェスター大学の規則に違反していませんでした」と主張した。
ジェイガーに対する苦情は「主に伝聞に基づいている」とロチェスター大学は考えていて、サラ・ミラーは、「事実という証拠がないのに苦情を申し立てています。我々は、これらの申し立てに対し、法廷で答える準備ができています」と述べている。
雇用機会均等委員会(EEOC)は、申立てを調査し、差別が発生したかどうかを判断する。委員会が差別の証拠を見つけた場合、大学との和解を仲介するか、または法的救済を追求する可能性がある。その間、ロチェスター大学は混乱するだろう。
★2017年:大学紛争
2017年9月10日、ロチェスター大学のジョエル・セリグマン学長(Joel Seligman、写真出典)は、「ジェイガーに対する苦情を調査した結果、根拠がないものであることが判明した」という声明を発表した。シロと結論したのは3回目である。
しかし、大学の声明に多くの学生は不満を抱いた。そのうちの何人かは、大学のセクハラ事件への対応に抗議するためにフェイスブックを立ち上げた。
2017年9月12日、何百人もの学生がタウンホールに集まりジョエル・セリグマン学長を3時間にもわたり追及した。
翌日の2017年9月13日、今度は大学図書館の前で何百人もの学生が抗議行動を起こした。以下2つの写真。
★他のターゲット
ジェイガーのセクハラ被害者はキッドだけではなかった。
ジェイガーは地元のバーで毎週飲んで学生をナンパし、自宅でパーティーを主催し、アディロンダックス山地(Adirondacks)で研究室の合宿をした。研究室の合宿では、なんと、ホットタブにつかったり、麻薬を吸っていたのである。そして、ある時、参加した学生の麻薬の過量摂取事故も起こしていた。
ジェイガーは学生に、ジェイガーを喜ばす付き合いを要求し、そして時には性的にも喜ばせることを強要した。
ジェイガーは女性を物体として扱い、性的関係を誇示した。その噂が学部生・院生・ポスドクに徐々に伝わり、ジェイガーは院生やポスドクをいじめる教員だと認識されるようになった。
従って、多くの女性学部生はジェイガーのターゲットにならないように、ジェイガーの授業を避け、ジェイガーの研究室を選択しなくなった。
雇用機会均等委員会(EEOC)の申し立てに加わった教授が知る限りでは、ジェイガーの行動についてロチェスター大学に提出された最初の正式な報告書は、2013年に博士院生のケトラ・ビックスビー(Keturah Bixby)がグレッグ・デアンジェリス学科長(Greg DeAngelis)に提出したものだ。
この報告書は、キッドを含む数名の女性がジェイガーの「有毒な行為」に耐えたと報告している。 しかし、デアンジェリス学科長はジェイガーが大学のハラスメント規則を破っていないと結論していた。セクハラの訴えがあったにも関わらす、翌2014年、ジェイガーはテニュアを得て準教授に昇進していた。
★コクハラ
2017年に雇用機会均等委員会(EEOC)に申し立てた教員を、ロチェスター大学は報復しはじめた。
「ロチェスター大学のセクハラ処置に不満をもつ教員を、大学は体系的に攻撃し始めていることを、私は知っています。それは、セクハラ行為に対してまともな処置をしないこととは異なる、まったく別次元の裏切り行為です」とキッドは述べている。
「私はこのゲームが何であるかを理解できていません」とアスリン教授は困惑した。
2016年12月、結局、ロチェスター大学で30年以上、教育・研究を行なってきたアスリン教授は、ロチェスター大学に抗議し、辞任した。
ロチェスター大学・脳認知科学科(Brain and Cognitive Sciences Department)の教員は25人しかいない。
ベン・ヘイデン準教授(Ben Hayden)もコクハラされ、ロチェスター大学を辞めて、ミネソタ大学に移籍した。
ジェシカ・キャントロン助教授と夫のブラッド・マホン助教授(Brad Mahon)もカーネギー・メロン大学(Carnegie Mellon University)に移籍した。脳認知科学科の25人の教員のうち、ロチェスター大学を辞めた3番目と4番目である。
キッドも他大学に移籍しようとしている。
雇用機会均等委員会に訴えた7人の教員の内6人は、2017年9月の時点でロチェスター大学を辞めたか、辞める予定だ。
一方、ジェイガーはセクハラ騒動の最中の2016年(37歳?)、準教授から正教授に昇進した。
2018年4月、ジェイガーの停職は解除された。そして、2019年4月5日現在、学部生を教えている。
ロチェスター大学・脳認知科学科(Brain and Cognitive Sciences Department)、大丈夫なんだろうか?
2019年4月5日に脳認知科学科のサイトを見ると、19人の教員がいた。勿論、ジェイガー正教授がいたし、同棲者のチグサ・クマダ準教授もいた。
→ Brain & Cognitive Sciences : University of Rochester、(保存版)
★2017年の『タイム』のパーソン・オブ・ザ・イヤー
パーソン・オブ・ザ・イヤー(英語: Person of the Year)とは、アメリカ合衆国のニュース雑誌『タイム』の編集部が、その年に最も活躍したり、話題になったりした人物を決定するもの。(パーソン・オブ・ザ・イヤー – Wikipedia)
2017年の『タイム』のパーソン・オブ・ザ・イヤーはセクハラを告発した勇気ある15人の女性たちが選ばれた。セレステ・キッド(Celeste Kidd)とジェシカ・キャントロン(Jessica Cantlon)がこのうちの2人で、学術界から選ばれたのはこの2人だけだった。
→ 以下の2枚の写真の出典も:TIME Person of the Year 2017: The Silence Breakers | Time.com、(保存版)
どの人がセレステ・キッド(Celeste Kidd)とジェシカ・キャントロン(Jessica Cantlon)か忘れてしまった?
『タイム』は2人だけの写真も掲載している。以下に示そう。
★議論
キッドが述べた経験は、学術界、特に理工医学分野で働く女性にとっては珍しいことではない、と専門家団体である女性科学協会(Association for Women in Science)のジャネット・コスター会長(Janet Bandows Koster、写真出典)は述べている。
コスター会長は、女性科学者を対象とした2015年の調査では、回答者の35%が何らかの形のセクハラ被害を経験した、と述べている。 別の調査では、フィールドプログラムで研究する女性科学者では、その数が71パーセントにも上昇していた。
ワシントンDCのジョージタウン大学の認知心理学者エリッサ・ニューポート教授(Elissa Newport、前出、写真出典)は、「ジェイガー事件の本質は性的問題ではありません。本質は人に対する権力と権威が越えてはならない一線を越えたことです」と述べている。
ニューポート教授は、1998年から2010年にかけて、ロチェスター大学・脳認知科学科(Brain and Cognitive Sciences Department)の学科長だった。その時、彼女がジェイガーを助教授に採用したのだ。だから、彼女は今不満の真っ最中である。 「教員は学生をサポートをするのが仕事であって、学生を食いものにしてはなりません」。
ニューポート教授と他の苦情申立人は、ジェイガー事件は大学のあるべき原則を危険にさらしていると受け止めた。「私たちが事件を公にすることを決めた主な理由は、ロチェスター大学の対処プロセスの改革を望んだからです。セクハラへの対処プロセスと告発者への報復(コクハラ)の改革です。ロチェスター大学は大学のあるべき原則を踏み外しています」。
ウィスコンシン大学マディソン校の生物地球化学者・エリカ・マリン=スピオッタ教授(Erika Marín-Spiotta、写真出典)は、大学教員・研究者が学術界のセクハラに対応し、これを防止するのを助ける戦略を開発するために、米国科学庁(US National Science Foundation)から110万米ドル(約1億1千万円)のグラントを得ている。大学教員の院生へのセクハラを防止するツールを、数年内に開発しようとしている。
スピオッタ教授は、「セクハラは多くの院生・研究者のキャリアを狂わせ、あるいは終わらせます。ところが、教員・研究者はこのような場合の対処方法を知りません。ロチェスター大学の訴訟は、非常に多くの教員が団結して彼らの若い同僚のために一歩前進した珍しい事件です」と述べている。
★ホワイト委員会
2017年9月、フロリアン・ジェイガー教授に対する雇用機会均等委員会(EEOC)への申し立てが公表されたのを受け、ロチェスター大学・評議会は、元・米国検事であるメアリー・ホワイト(Mary Jo White 、写真出典同)を委員長とする第三者委員会を設置し、調査を依頼した。
2018年1月11日、ホワイト委員会は4か月の調査の結果を公表した。結論から言うと、「ジェイガー教授をシロ」とした。そして、同じ日に、ロチェスター大学のジョエル・セリグマン学長(Joel Seligman)は学長を辞任した。
ホワイト委員会は雇用機会均等委員会(EEOC)に申し立てた7人の誰にも聴取をしなかった。というのは、7人は大学に対して訴訟を起こしているので、大学に雇われた第三者委員会の委員に協力することはできないと述べたそうだ。それで、ホワイト委員会は、2007年から2017年までジェイガー研究室で研究をした14人の院生と7人のポスドクを聴取した。
ホワイト委員会の報告によると、ジェイガーの不適切な行為は、ロチェスター大学(University of Rochester)・脳認知科学科(Brain and Cognitive Sciences Department)・助教授に就任した2007年から始まった。
ジェイガーに、同意の上の院生とのセックス、学術の場での不適切な性的内容のコメントなどがあった、とした。 「何人かの元女性院生は、ジェイガーのいやらしい行為や不適切な発言に耐えなければならなかった」とホワイトは述べた。
ロチェスター大学が学生と教員との親密な関係に関する規則を変更したのは2014年で、今回、セクハラと申し立てられた行為の大部分は、2014年以前の出来事だった。ジェイガーが複数の院生及び1人の学部生と性的関係があったとされるが、当時、そのような関係は大学の規則に違反していなかったと、ホワイトは「ジェイガー教授をシロ」とした。
英国・メイデンヘッドにあるマカリスター・オリバリウス法律事務所(McAllister Olivarius)のアン・オリバリウス弁護士(Ann Olivarius)は、原告側の弁護士だが、ホワイトが状況を適切に評価するのに必要な情報を持っていなかったと批判した。さらに、ホワイトはジェイガー事件の数人の証言者の名前を明かし守秘義務違反を犯した、とホワイトを非難した。
ホワイトは、発表後の記者会見で、「ジェイガーはロチェスター大学の規則に違反していないと結論した大学の判断は正しかった。私たちはまた、大学はコクハラをしなかったと判定しました」と述べた。
ロチェスター大学の教職員たちは、ホワイトの調査結果に異議を申し立てた。
★雇用機会均等委員会(EEOC)
雇用機会均等委員会(EEOC)の結論がどうなったのか、白楽は把握できていない。
白楽の理解が間違っているかもしれないが、大学が設置したホワイト委員会が調査したことでチャラになったと理解した。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2019年4月5日現在、パブメド(PubMed)で、フロリアン・ジェイガー(T. Florian Jaeger)の論文を「Florian Jaeger [Author]」で検索すると、2008- 2018年の11年間の38論文がヒットした。
なお、セクハラ対象のセレステ・キッド(Celeste Kidd)とジェシカ・キャントロン(Jessica Cantlon)との共著論文は1報もなかった。
「Jaeger TF[Author] 」で検索すると、2008- 2018年の11年間の34論文がヒットした。
2019年4月5日現在、「Jaeger TF[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2019年4月5日現在、「パブピア(PubPeer)」では、フロリアン・ジェイガー(T. Florian Jaeger)の1論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》規則
ジェイガー事件で、ジェイガーが行なったとするセクハラ行為はアウトだと思うが、ロチェスター大学はシロと判定した。
白楽は調査委員ではないので、具体的にどのような証拠・証言があり、どう判定したのかは、記事でしか知りようがない。教員のセクハラ行為のシロ・クロ判定には学内政治や教員間の愛憎・好き嫌いが作用するだろう。
もちろん、冤罪は避けなければならない。
ただ、ジェイガーに女性院生と性的関係はあったが、その行為はセクハラではないとした大学とホワイト委員会に大いに疑問を感じる。ホワイト委員会はロチェスター大学の2014年以前の規則では禁止していなかったとの理由を挙げている。
大学の規則がどうのこうのよりも、2014年、米国社会は既にセクハラを禁止してからかなりの年月が経っている。反社会的行為であることは明白だ。ロチェスター大学が怠慢で規則を修正していなかっただけである。
おかしい。
《2》判定
論文盗用では盗用文章と被盗用文章を比較して判定できるが、このような明確さは、セクハラ事件の場合、どう判定できるのだろうか?
相手の同意の証明、物理的接触、使ってならない言葉など、境界線を引くのは難しそうだ。
→ セクシャルハラスメント – Wikipedia
そして、セレステ・キッド(Celeste Kidd)と性的関係があった時、ジェイガーは独身だった可能性が高い。
そうだとすると、20代後半の4歳違いの独身の男女が性的関係を持ったとしても、多くの場合、恋愛だとみなされる公算が高い。問題は、大学教員と指導下の院生という上下関係だが、判断は難しい印象だ。
オーストラリアでは大学教員と学生の性的関係を一律禁止にしたが、これはこれで、法律違反にならないのだろうか?
《3》セクハラ病
大学教員のセクハラ行動は、その教員に恋人・妻・同居の異性がいることが何らかの影響を与えるだろうか?
つまり、ジェイガーがセクハラをしていた時、安定したセックスパートナーや妻・恋人がいたのか? もしいたなら、その女性はジェイガーのセクハラ行為を防止できなかったのか?
それとも、セックスパートナーや妻・恋人の存在とセクハラは無関係か? 性的欲求不満とは無関係で、ジェイガーの女性観・権力観それと教授-院生の関係観に起因しているのだろうか?
セクハラする男性(女性)に共通の特徴はあるのだろうか? あるなら、それはどのようなものなのだろう? 異性観・権力観それと教授-院生の関係観に起因しているなら、それはいつどのように、誰の影響で形成されるのだろう?
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●8.【主要情報源】
① 2017年9月8日のマディソン・ポーリー(Madison Pauly)記者の「Mother Jones」記事:She Was a Rising Star at a Major University. Then a Lecherous Professor Made Her Life Hell. – Mother Jones
② 2017年9月14日のアレクサンドラ・ヴィッツェ(Alexandra Witze)記者の「Nature」記事:Scientists’ sexual-harassment case sparks protests at University of Rochester : Nature News & Comment
③ 2017年12月8日のアレクサンドラ・ヴィッツェ(Alexandra Witze)記者の「Nature」記事:Nine researchers sue University of Rochester over sexual-harassment allegations、(保存版)
④ 2018年1月11日のアレクサンドラ・ヴィッツェ(Alexandra Witze)記者の「Nature」記事:University of Rochester president resigns as sexual-harassment probe ends、(保存版)
⑤ フロリアン・ジェイガー(Florian Jaeger)セクハラ事件:T. Florian Jaeger, University of Rochester professor, sexual misconduct allegations
⑥ 2017年9月15日のヴィヴィアン・ワン(Vivian Wang)記者の「New York Times」記事:Sexual Harassment Charges Roil Elite University Department – The New York Times
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