犯罪「論文売買」:モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)(ドイツ)

2023年11月30日掲載 

ワンポイント:イラン出身のハラヒアンは、2004年(40歳)、ドイツがん研究センター(DKFZ German Cancer Research Center)で研究博士号(PhD)を取得し、その後2020年までの16年間、ドイツがん研究センター・ポスドクだった。それまでほとんど論文を出版していなかったが、2021年に突如、22論文も出版した。ネカトハンターであるアレクサンダー・マガジノフは、ハラヒアンを著者在順の売リ手だと指摘した。また、2021年論文の所属が退職したドイツがん研究センターだったので、所属詐称も指摘した。国民の損害額(推定)は2億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian、ORCID iD:?、写真出典)は、ドイツのドイツがん研究センター(DKFZ German Cancer Research Center)・ポスドクで、専門は免疫学だった。

論文売買を犯罪とする国・しない国があるが、白楽ブログでは論文売買を「犯罪」枠で扱う。研究分野が明確な場合はその研究分野の表にもリストする。

2004年(40歳)、ハラヒアンは、ドイツがん研究センター(DKFZ German Cancer Research Center)で研究博士号(PhD)を取得し、その後16年間、同センター・ポスドクを務め、2020年2月(56歳)に退職した。

それまでほとんど論文を出版していなかったが、退職後の2021年に突如、22論文も出版した。

2022年(59歳)、ロシアのネカトハンターであるアレクサンダー・マガジノフ(Alexander Magazinov)が、ハラヒアンが2021年に出版した論文の所属が、退職したハズのドイツがん研究センターになっていると、「パブピア(PubPeer)」で指摘し、ドイツがん研究センターに告発した。

ドイツがん研究センターはマガジノフの告発に応答しなかったので、マガジノフは無視されたと思ったようだ(しかし、実際は対処していた)。

ハラヒアンのドイツがん研究センターのボスであるマーティン・バーガー(Martin Berger)は、退職後も旧所属を使うのは問題ないと返事した。

アレクサンダー・マガジノフは、さらに、ハラヒアンが著者在順の売り手だったと指摘した。

著者在順の販売は、ボスであるマーティン・バーガーも関与している印象だ。

2023年11月29日現在、ハラヒアンとマーティン・バーガーは処罰されていない。

ハラヒアンは2020年2月(56歳)にドイツがん研究センターを退職したのだが、退職理由についての記事はなかった。イランに帰国し、論文売買している、と白楽は思った。

ドイツがん研究センター(DKFZ German Cancer Research Center)。写真出典

  • 国:ドイツ
  • 成長国:イラン
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:ドイツがん研究センター
  • 男女:男性
  • 生年月日:1963年8月23日
  • 現在の年齢:60歳
  • 分野:免疫学
  • 不正論文発表:2021年(57歳)
  • ネカト行為時の地位:ドイツがん研究センター・ポスドク退職の翌年
  • 発覚年:2022年(59歳)
  • 発覚時地位:ドイツがん研究センター・ポスドク退職の翌々年
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はネカトハンターであるアレクサンダー・マガジノフ(Alexander Magazinov)
  • ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②ドイツがん研究センターの調査
  • 研究所・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 研究所の事件への透明性:ウェブ公表なし(含・削除されている)(✖)
  • 不正:著者在順売買、所属詐称
  • 不正論文数:少なくとも2報。多分数十報
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件前々年に研究職をやめた(Ⅹ)
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は2億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:Mostafa Jarahian | LinkedIn

  • 1963年8月23日:マハバード(イラン)で生まれる
  • 19xx~19xx年(xx~xx歳): xx大学(xx)で学士号取得
  • 2001年1月~2004年7月(37~40歳):ドイツのドイツがん研究センター(DKFZ German Cancer Research Center)で研究博士号(PhD)を取得:分子生物学と免疫学
  • 2005年2月~2020年2月(41~56歳):同センター・ポスドク
  • 2021年(57歳):ドイツがん研究センターを所属とした問題の論文を出版
  • 2022年12月(59歳):不正が発覚

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
インタビュー動画:「Dr. Mostafa Jarahian pêzanîan derbarê karanîna dermanên vîrusa korona dide」(クルド語)8分26秒。
VOA Kurdi 2020年6月2日


●5.【不正発覚の経緯と内容】

★研究人生

モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)はイランで生まれ育った。

ドイツのドイツがん研究センター(DKFZ German Cancer Research Center)の毒物学・化学療法研究室(Toxicology and Chemotherapy)で研究博士号(PhD)を取得し、その後、同じ研究室でポスドクになった。ボスはマーティン・バーガー(Martin Berger、写真出典)だった。

2001年~2020年2月(37~56歳)の20年間、ドイツがん研究センター同センター・ポスドク、研究員だったが、出版論文数はとても少ない。

しかし、2021年に突出して22論文も出版した(以下の図。後述)。どうみても異常である。

★発覚の経緯

学術出版社のフロンティアーズ社(Frontiers)について、以前、記事にしたことがある。

企業:学術業(academic business):フロンティアーズ社(Frontiers)(スイス)

2023年9月4日、学術出版社のフロンティアーズ社(Frontiers)は、著者在順が売買された40論文を撤回した。

40論文の内の8論文が、モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)の論文だった。

どれも2021年に投稿・出版した論文である。ハラヒアンは、その前年に退職しているのだが、所属をドイツがん研究センターとしていた。

2022年、ロシアのネカトハンターであるアレクサンダー・マガジノフ(Alexander Magazinov、写真出典)は、ハラヒアンが2021年に投稿・出版した論文の所属が、退職したハズのドイツがん研究センターになっていると、「パブピア(PubPeer)」で指摘し、ドイツがん研究センターに告発した。

ドイツがん研究センターはマガジノフの告発に応答しなかったので、マガジノフは無視されたと思ったようだ(しかし、後述するフロンティアーズ社(Frontiers)の発表を読むと、実際は対処していた)。

ハラヒアンのドイツがん研究センターのボスであるマーティン・バーガー(Martin Berger)は、退職後も旧所属を使うのは問題ないと次のように返事した。

私が状況を理解している限り、問題の論文に彼の以前の所属が記載されていた点は、不正ではありません。研究がそこで行なわれ、そこで成果が得られたため、研究所を退職した後も一定期間、以前の所属を使用するのは通常のことです。問題の期間中、ハラヒアン博士には新しい職や新しい雇用主はいませんでした。

論文の科学的内容については、議論の余地なく正しいです。 なお、共著者らは間違いに何も関与していません。従って、1人の著者の些細な間違いのために、すべての共著者に損害を与えるのは適切とは思えません。この点に関して正義を通すなら、ハラヒアン博士に短い正誤表を書くことを許可することをお勧めします。

この提案を受け入れるなら、根本的な問題を寛大に解決でき、共著者の損害を回避できるでしょう。共著者への博士号授与が論文撤回で保留される場合、共著者の損害は不公平でやり過ぎだと思われます。

マガジノフは、バーガーの上記の発言にはウソがあると、批判している。

フロンティアーズ社(Frontiers)の広報担当者は、次のように述べた。

論文撤回は、フロンティアーズ社の研究公正チームが徹底的に調査した結果です。ハラヒアンの「著者在順の販売」は、ハラヒアン博士の「著者在順の販売」広告がパブピア(Pubpeer)で指摘され、明白です。

ドイツがん研究センター(DKFZ)は次のように述べています。

ハラヒアン博士はドイツがん研究センター(DKFZ)の従業員ではなくなりました(2020年2月に任期終了)

ドイツがん研究センター(DKFZ)は 2021 年に投稿・出版されたハラヒアンの9報の論文が、著者在順売買された論文だと把握していませんでした。
私たちは調査の詳細を出版倫理委員会(COPE)と共有しました。 その後、出版倫理委員会(COPE)は、フロンティアーズ社が適切なプロセスに従って対処したたことを確認しました。

★マーティン・バーガー(Martin Berger)

マーティン・バーガー(Martin Berger)は、ハラヒアンのドイツがん研究センター(DKFZ German Cancer Research Center)のボスである。

バーガー自身が論文売買に関与していた、とレオニッド・シュナイダーが推察している。

以下の「2023年6月のMol Biol Rep」論文はバーガーが最後著者だが、他の著者は全員、パキスタン所属である。

バーガーの他の論文でも、共著者のほとんどが、トルコやサウジアラビアの研究者だった。

これは、著者在順売買を強く暗示している。

【論文売買の具体例】

ハラヒアンはロシアの国際出版社(International Publisher LLC、www.123mi.ru)を通して、著者在順を売っていた。

★「2021年11月のFront Bioeng Biotechnol」論文

以下の「2021年11月のFront Bioeng Biotechnol」論文は、2023年9月4日に撤回された。

この論文の著者在順がロシアの国際出版社で売られていた。

著者在順の売り手はハラヒアンである。ロシアのネカトハンターであるアレクサンダー・マガジノフ(Alexander Magazinov)が2022年12月にパブピアで指摘した。 → https://pubpeer.com/publications/3E7C467522CEB092CBB5307B59E0DF?

以下の著者在順売買の図の出典: 2023年9月8日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 8.09.2023 – Hope to one billion individuals – For Better Science。元図はマガジノフ → Science Publisher Company

2番目の著者在順が1,150ドル(約11万5千円)で売られていた。

出版された論文の2番目の著者「Zhanna R Gardanova」が購入したと思われる。ザンナ・ガルダノバ(Zhanna Gardanova)はロシアのピラゴフ・ロシア国立医学研究大学(Pirogov Russian National Research Medical University)に所属している。

5番目の著者在順が850ドル(約8万5千円)で売られていた。出版された論文の5番目の著者「Navid Shomali 」が購入したと思われる。

ナヴィド・ショマリ(Navid Shomali、写真出典)はイランのタブリーズ医科学大学(Tabriz University of Medical Sciences)・所属の院生である。

★「2021年12月のFront Genet.」論文

「2021年12月のFront Genet.」論文の書誌情報を以下に示す。2023年9月4日に撤回された。

この論文の著者在順がロシアの国際出版社で売られていた。

著者在順の売り手はハラヒアンである。ロシアのネカトハンターであるアレクサンダー・マガジノフ(Alexander Magazinov)が2022年12月にパブピアで指摘した。 → https://pubpeer.com/publications/CE62E7EA89923F67BCE0AD9030A73C?

以下の著者在順売買の図の出典: 2023年9月8日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 8.09.2023 – Hope to one billion individuals – For Better Science。元図はマガジノフ → Science Publisher Company

2番目の著者在順が1,150ドル(約11万5千円)で売られていた。

出版された論文の2番目の著者「Alexey Valerievich Yumashev」が購入したと思われる。アレクセイ・ユマシェフ(Alexey Yumashev、写真出典)はロシアのモスクワ国立セチェノフ第一医科大学(Sechenov First Moscow State Medical University)・教授である。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

データベースに直接リンクしているので、記事を閲覧した時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えていると思います。

★スコーパス(Scopus)

2023年11月29日現在、スコーパス(Scopus)で、モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)の論文を「Mostafa Jarahian」で検索した。2007~2023年の17年間の36論文がヒットした。

異常に思えるのは、2021年に突出して22論文も出版したことだ。

★パブメド(PubMed)

2023年11月29日現在、パブメド(PubMed)で、モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)の論文を「Mostafa Jarahian [Author]」で検索した。この検索方法だと、2007~2023年の17年間の35論文がヒットした。

2023年11月29日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、9論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2023年11月29日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでモスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)を「Jarahian, Mostafa」で検索すると、 9論文が撤回されていた。

2022年の8論文と2023年の1論文が2023年9月4日に撤回された。

★パブピア(PubPeer)

2023年11月29日現在、「パブピア(PubPeer)」では、モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian)の論文のコメントを「Mostafa Jarahian」で検索すると、26論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》「撤回監視(Retraction Watch)」の偏向 

本事件の本旨とは無関係だが、「撤回監視(Retraction Watch)」の偏向にヘキヘキすることがある。

本事件の主要な情報源は、アレクサンダー・マガジノフ(Alexander Magazinov)の調査と告発である。

ところが、「撤回監視(Retraction Watch)」記事はマガジノフのことを全く言及していない。 → 2023年10月25日のエリー・キンケイド(Ellie Kincaid)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Cancer researcher with nine retractions says he’ll take publisher to court – Retraction Watch

ネカトを糾弾している「撤回監視(Retraction Watch)」自身が、偏向し、データ改ざんしている印象を受ける。

「撤回監視(Retraction Watch)」はある時期から、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログもほとんど言及しない。読んで参考にしていることは明白なのだが、引用しない。

「撤回監視(Retraction Watch)」の活動は素晴らしいと思うけど、偏向は度を越えている。

もっと、公平に扱うべきだ。

《2》事件のナゾ・不明点

モスタファ・ハラヒアン(Mostafa Jarahian、写真出典)の事件はナゾ、不明点が多い。

  1. 2001年1月、37歳でドイツがん研究センター(DKFZ German Cancer Research Center)の院生になるのだが、それまでの経歴が不明である。イランで生まれ、その後、どこでどう育ったのだろう?
  2. ハラヒアンは、 16年間、ドイツがん研究センター(DKFZ German Cancer Research Center)のポスドクだったが、ほとんど論文を出版していない。論文を出版しないで、どうして、契約更改できたのだろう?
  3. 2020年2月、56歳でドイツがん研究センターを退職するのだが、その理由は何だろう?
  4. 2021年出版の論文を売買したのだが、その論文は誰がつくったのか? 自分でロクに論文発表してこなかった研究者が、売るほど論文を作れないと思うのだが。
  5. 2023年11月29日現在、ハラヒアンは、どこで何をしているのか? イランに帰国し、論文売買していると白楽は思ったが、どうなのだろう。

《3》学術論文体系の腐敗

白楽ブログでは、このところ論文売買の1つである著者在順売買の記事を多く書いてきた。

まだまだ論文売買の闇が見えてこないが、学術論文の世界はここ10数年で、欲得まみれの荒れた世界になってしまった印象がある。

各国の学術機関が国際的に調査し、規制・監視する方向で取り組んでいかないと、学術論文体系の腐敗がますます進行していくだろう。大手学術出版社は儲けることに熱心で、改革する意欲があるとは思えない。

白楽は現役を退いているので、日本の学術状況の内、ウェブに上がっていない非公表の活動は察知できない。

それで、知ることができるのはウェブ上の情報だけだが、しかし、日本語の「論文売買」記事をウェブで検索しても少ししかヒットしない。日本では、学術論文体系の腐敗を問題視する研究者がいない(少ない)。このことにも、白楽は危惧している。

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●9.【主要情報源】

① 2023年10月25日のエリー・キンケイド(Ellie Kincaid)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Cancer researcher with nine retractions says he’ll take publisher to court – Retraction Watch
② 2022年12月23日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 23.12.2022 – Merry Christmas! – For Better Science
③ 2023年9月8日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 8.09.2023 – Hope to one billion individuals – For Better Science
④ 2023年10月27日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Schneider Shorts 27.10.2023 – A common practice at the time – For Better Science
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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