2026年2月17日(火)掲載
【長文注意】。アグッチは、スイスのチューリッヒ大学・教授・医師でノーベル賞候補と言われたほど著名なスーパースター研究者である。データ捏造・改ざんで「2011年1月のPLoS Pathog.」論文が2024年に撤回された。残念なことに、ネカト疑惑を指摘した人を、裁判所に訴え、1万5000ユーロ(約180万円)の賠償金を請求すると脅した。「パブピア(PubPeer)」で61論文に疑惑コメントがある。現在の撤回論文数は3報だが、今後増えるだろう。国民の損害額(推定)は2億円(大雑把)。この事件は、2025年 学術詐欺 世界ランキングの「3」の「より良い科学のために」記事のうち、2025年に最も読まれた上位「3」番目だった。なお、その記事は2019年の記事だった。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
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●1.【概略】
アドリアーノ・アグッチ(Adriano Aguzzi、ORCID iD:https://orcid.org/0000-0002-0344-6708、写真出典)は、イタリア生まれドイツ育ちのチューリッヒ大学(University of Zürich)・教授・医師で、専門は神経病理学(プリオン研究)である。
ノーベル賞候補と言われたほど著名なスーパースター研究者である。
2013年7月(52歳)、「パブピア(PubPeer)」で匿名者が「2011年1月のPLoS Pathog.」論文のデータ不正加工を指摘した。
論文出版から13年後の2024年7月18日、データ捏造・改ざんで論文は撤回された。
ただ、その13年の間、自分は「不正加工」を全くしていないと主張したり、ネカト疑惑の指摘者を、裁判所に訴え、1万5000ユーロ(約180万円)の賠償金を請求すると脅したり、学歴詐称が指摘されたりした。
白楽が推察するに、アグッチ自身がデータ捏造・改ざんを実行したとは思えない。室員の意図的ネカト、あるいはズサンな行為が捏造・改ざんまたはクログレイ状態を生じさせたのだろう。
チューリッヒ大学はネカト調査していない(したという記述もあるが、調査結果がウェブ上にない)ので、ネカト者が誰で、どういう状況でネカトしたのか不明である。多分、研究室は汚染された泥沼で、複数の室員が不正加工していたと思われる。
撤回論文数は3報だが、今後、増えると思われる。
この事件は、2025年 学術詐欺 世界ランキングの「3」の「より良い科学のために」記事のうち、2025年に最も読まれた上位「3」番目だった。なお、その記事は2019年の記事だった。
チューリッヒ大学(University of Zürich)のキャンパス案内塔。白楽が撮影。
チューリッヒ大学(University of Zürich)。白楽が撮影。
- 国:スイス
- 成長国:ドイツ
- 医師免許(MD)取得:ドイツのフライブルク大学
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:男性
- 生年月日:1960年12月1日
- 現在の年齢:65歳
- 分野:神経病理学
- 不正論文発表:1996~2024年(35~63歳)の29年間
- ネカト行為時の地位:チューリッヒ大学・講師、教授
- 発覚年:2013年(52歳)
- 発覚時地位:チューリッヒ大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)は「パブピア(PubPeer)」で指摘
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「より良い科学のために」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①チューリッヒ大学はネカト調査していない(したという記述もあるが、調査結果がウェブ上にない)
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:調査していない、発表なし(✖)
- 不正:捏造・改ざん
- 不正論文数:3報撤回。「パブピア(PubPeer)」で61論文にコメント
- 時期:研究キャリアの中・後期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 対処問題:大学怠慢、大学隠蔽
- 特徴:捏造・改ざんの指摘に対し、主宰研究者の熱心なコメント。脅迫や傲慢な対応もあり
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は2億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典: Aguzzi, Adriano CV
- 生年月日:1960年12月1日にイタリアのパヴィアで生まれた
- 1980~1986年(19~25歳):ドイツのフライブルク大学(University of Freiburg)で医師免許取得
- 1986~1989年(25~28歳):スイスのチューリッヒ大学病院(University Hospital of Zürich)でトレーニング
- 1989~1992年(28~31歳):オーストリアの分子病理学研究所(Institute of Molecular Pathology)でトレーニング
- 1993年(32歳):スイスのチューリッヒ大学(University of Zürich)・講師
- 1996~2024年(35~63歳):この29年間の61論文に「パブピア(PubPeer)」のコメントがある
- 1997年(36歳):チューリッヒ大学・正教授
- 1998~2002年(37~41歳):スイス神経病理学会(Schweizer Gesellschaft für Neuropathologie)・会長
- 2011年(50歳):後で問題される「2011年1月のPLoS Pathog.」論文を発表
- 2013年(52歳):「2011年1月のPLoS Pathog.」論文のデータ不正が指摘された
- 2024年7月(63歳):「2011年1月のPLoS Pathog.」論文が撤回された
- 2026年2月16日現在(65歳):従来の職を維持している
【受賞】
アグッチは、その画期的な研究で以下の賞を受賞した。
- 1998年(37歳):EMBO金メダル(EMBO Gold Medal)・受賞:EMBO Gold Medal – Wikipedia
- 1998年:クロエッタ賞:Cloëtta-Preis
- 2003年:ロベルト・コッホ賞:Robert-Koch-Preis
- 2009年:アントニオ・フェルトリネッリ賞を受賞:Antonio-Feltrinelli-Preis
- 2013年:チャールズ・ワイスマン(Charles Weissmann)とともにハートヴィヒ・ピペンブロック-DZNE賞:Hartwig Piepenbrock-DZNE Preis
- 2017年:インベブ・バイエ・ラトゥール健康賞:InBev-Baillet Latour Health Prize
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
研究内容のインタビュー動画:「Unraveling Prions and the Brain’s Defences with Adriano Aguzzi – YouTube」(英語)21分4秒。
Human Technopole(チャンネル登録者数 711人) が2025/08/05に公開
【動画2】
研究ノウハウのインタビュー動画:「Science Stories – adriano aguzzi – YouTube」(英語)6分53秒。
EU GrantsAccess(チャンネル登録者数 45人) が2015/12/10に公開
●4.【日本語の解説】
以下は事件の解説ではない。
★2001年3月13日:山内一也(東京大学名誉教授、連続講座:人獣共通感染症へ):「人獣共通感染症 第115回追加 プリオン病の診断キットの開発競争」
興味のある点としては、変異型CJDの血液にもしもプリオンが出てくるとすればプラスミノーゲンにたまるというチューリッヒ大学のアドリアーノ・アグッチAdriano Aguzziの発想です。この技術を彼は企業にライセンスを渡したと伝えられています。
続きは、原典をお読みください。
★2010年3月x日:Alison Abbott著、船田晶子・訳(NATURE):「正常型プリオンは神経を保護する」
「プリオン遺伝子をノックアウトした最初のマウスが作られたのは 1991 年のことでした」と、今回の研究を率いたスイスのチューリッヒ大学病院の Adriano Aguzziは振り返る。「我々はさっそくその成果に飛びつき、考えつくかぎり、あらゆる方法で調べました。ところが、プリオンの欠損がノックアウトマウスに有害な作用を引き起こすという明らかな証拠は、何も見つけ出せなかったのです」
続きは、原典をお読みください。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★研究人生
アドリアーノ・アグッチ(Adriano Aguzzi、写真出典)は、イタリア生まれドイツ育ちのスイスのチューリッヒ大学(University of Zürich)・教授・医師である。
専門は神経病理学(プリオン研究)で、ノーベル賞候補と言われたほど著名なスーパースター研究者である。
1998年(37歳)の EMBO金メダル(EMBO Gold Medal)の受賞を始め、多数の賞を受賞している。
研究公正にも関心が高く、出版社が金儲けを優先して粗悪論文を多量に出版している現状の改革として、研究助成機関が論文を出版するという提案をしている。 →2019年6月12日の「Nature」論文: ‘Broken access’ publishing corrodes quality
ただ、2026年2月16日(65歳)現在、アグッチの撤回論文は3報だが、61論文に「パブピア(PubPeer)」コメントがあり、疑惑論文まみれである。
★捏造・改ざん:「2011年1月のPLoS Pathog.」論文
アドリアーノ・アグッチ(Adriano Aguzzi)の「2011年1月のPLoS Pathog.」論文が問題視された。
- Aerosols transmit prions to immunocompetent and immunodeficient mice.
Haybaeck J, Heikenwalder M, Klevenz B, Schwarz P, Margalith I, Bridel C, Mertz K, Zirdum E, Petsch B, Fuchs TJ, Stitz L, Aguzzi A.
PLoS Pathog. 2011 Jan 13;7(1):e1001257. doi: 10.1371/journal.ppat.1001257.
Retraction in: PLoS Pathog. 2024 Jul 18;20(7):e1012396. doi: 10.1371/journal.ppat.1012396.PMID: 21249178
この論文は、2016年2月12日(55歳)に訂正され、2024年7月18日に撤回されるのだが、攻防戦は激しかった。
「パブピア(PubPeer)」では17コメントがある。
チューリッヒ大学は、2024年2月14日に身元不明の情報源から不正行為を指摘されたと述べている。
ところが、実際は、その5年前の2019年頃からアグッチを含め研究不正は周知の事実だった。
チューリッヒ大学はアグッチの評判を守るために画策していた(例えばスケープゴートを探した)。ところが、画策は失敗し、制御不能になった、とシュナイダーは憶測している。
最初に捏造・改ざん疑惑を指摘したのは匿名者で、2013年7月(52歳)に「パブピア(PubPeer)」で、以下のように指摘した。
論文出版の2年後の2013年7月(52歳)、2つの異なるマウス系統(JH-/-とC3C4-/-)なのに、図3Aと図4Aの画像が同じだと文章で指摘した。同じ匿名者が、2015年、不正画像を具体的に示した(以下)。出典:https://pubpeer.com/publications/0EE74C4141AE8E5B960856232E8F8E#5

2013年7月(52歳)、不正を指摘されたすぐ後、アグッチは誠実で好意的な返事をした。
ご批判を真摯に受け止めております。同僚(及び元同僚)に全ての一次データを取得するよう依頼し、徹底的な内部監査を実施することをお約束いたします。ご指摘の、礼儀正しく敬意に満ちた(時に少々皮肉な表現も含まれていたとしても)口調に感謝します。
潜在的な問題点を認識することは、科学全体の利益であるだけでなく、論文の著者にとっても利益となるでしょう。問題点を指摘していただいたことに感謝いたします。
ところが、2年後の2015年11月(54歳)、アグッチはどういう理由か不明だが、身元を明かさない匿名者のコメントに対応しないと、怒りを込めた真逆な態度に変えた。
アグッチは、「論文改善のためではなく、誹謗中傷するためのコメントなので、当初の計画をやめた」、と書いているが、どうしてそう思ったのかの記述はない。[白楽の推察では、次項で述べるように経歴詐称も指摘されたからだと思う。]
傲慢なアグッチはかなり怒った。以下のようだ。
(第2著者の)マティアス・ハイケンヴェルダー(Mathias Heikenwälder)と私は、すべてのオリジナルデータを慎重に精査し、指摘されたような「不正加工」を全くしていないことを確認しました。私たちは、発表した研究結果に全面的に責任を負います。
マティアスと私は、「PLoS Pathogens」の編集者であろうと、その他の方であろうと、直接連絡を取り、身元を明かしてくださる方には、追加資料を提供する用意があります。しかし、私たちは、根拠のない非難をし、名誉毀損する匿名者と今後決して議論しません。この「パブピア(PubPeer)」でこれ以上のコメントや連絡はしませんので、ご承知おきください。
「「不正加工」を全くしていないことを確認しました」のに、9年後の2024年7月18日、不正加工があったことを認め、論文を撤回している。見えを切ってはイケマセン。
不正加工との指摘を十分検討しないで、アグッチは「自分は正しい」としばしば感情的に相手を攻撃している。誠実で丁寧な面があるのに、傲慢さを感じさせる。
★学歴詐称
アドリアーノ・アグッチ(Adriano Aguzzi)は、自分の取得資格に「PHD」を入れている。しかし、アグッチは、研究博士号(PhD)を取得したことはない。
以下は2019年12月7日のアグッチの投稿。自分で「研究博士号(PhD)」の資格を持っていると書いている。出典:Aguzzi and the Lowlifes – For Better Science
この経歴詐称を、2019年11~12月、レオニッド・シュナイダーが学歴詐称と糾弾した。つまり、研究博士号(PhD)を取得したことはないのに資格に書いていると。
アグッチはイタリアのボローニャ大学(University of Bologna)から授与された名誉博士号(Dr hc)を、有効な博士号とみなしていると説明した。
シュナイダーは「何年も研究室で研究し、必死に書いた博士論文が審査を経て合格し授与される称号と、仲間が主催するパーティーに派手に着飾って出席しただけでもらう称号は、全く違います」と批判している。
シュナイダー が2019年12月27日に更新した情報によると、その後、アグッチは、「ボローニャ大学で取得した学位は名誉学位だが、博士号だ」と「X」で主張した。ただ、この「X」は、その後削除され、2026年1月現在は見つからない。
なお、一連のネカト事件が終わって、少し経つ2026年1月現在でもアグッチは自分の取得資格に「PHD」を入れている。ウェブ上の記述を完全に訂正するのは難しいことを勘案しても、白楽が軽く検索するだけで「PHD」が見つかるのは、いかがなものでしょう。
以下は白楽が「PHD」の背景を青色にした。出典:https://megalodon.jp/2026-0110-1039-21/https://www.emedevents.com:443/speaker-profile/adriano-aguzzi

★批判者を脅迫
2019年11~12月(57歳)、アドリアーノ・アグッチ(Adriano Aguzzi)は、自分の論文への批判を個人攻撃、中傷キャンペーン、名誉毀損と見なし、批判者を訴えると脅した。
文章から受ける印象はアグッチの慇懃だが傲慢な態度で、その脅しは強烈で執拗である。
例えば、2019年12月18日付けの手紙でレオニッド・シュナイダーを裁判所に訴え、1万5000ユーロ(約180万円)の賠償金を請求すると脅している。以下の手紙の内容は、手紙の後に白楽が日本語で示した。

――手紙の内容――ここから
シュナイダー様
あなたは私と私の研究室員たちについて虚偽の主張を広めています。私は今、非公式かつ裁判外の形で、あなたに以下の行為を要求します。
- ブログ記事「https://forbetterscience.com/2019/12/12/aguzzi-and-the-lowlifes」を削除してください。
- 私や私の研究室員について言及しているツイートやその他のオンライン投稿をすべて削除してください。
- 今後、オンライン上またはその他のいかなる場で、私について言及したり、判断したり、攻撃したり、ほのめかしたり、話したり、強要したり、公表したりすることを控えてください。
この手紙は、友好的で偏見のないお願いとしてお送りしました。このお願いに応じていただければ、今回の不幸な事態は解決したものとみなし、それ以上の措置は取りません。
ただし、今後 10 日以内に私の要求に従わない場合は、私の法定代理人から罰則条項付きの業務停止命令を受け取ることになります。
これまでのご経験からご承知のとおり、これは法律違反の重大度に応じた賠償請求と併せて行なわれることになります。賠償額は1万5000ユーロ(約180万円)を想定しており、慈善団体に寄付する予定です。また、再犯者には司法の理解がほとんど得られないこともご承知かと思います。
法廷外での和解を望む私の善意をご理解いただき、私の要求に従い、多くのトラブルを回避していただければと心から願っております。
敬具
アドリアーノ・アグッチ
――手紙の内容――おわり
★大学の対応
チューリッヒ大学は、調査を拒否し、アグッチをメディアに登場させ、脳疾患を治癒しただけでなく、スイスをCOVID-19から救った英雄としてアグッチを称賛した。
また、チューリッヒ大学は、レオニッド・シュナイダーがアグッチを批判し侮辱したと、名誉毀損で訴えると脅迫するようアグッチに指示したのだった。
なお、2019年12月24日時点では、チューリッヒ大学のクリスチャン・シュワルツェネッガー副学長(Christian Schwarzenegger、写真出典)は、シュナイダーが指摘したアグッチの研究不正を調査し始めたとシュナイダーに伝えた。[余談:シュワルツェネッガー副学長は映画俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーの従兄弟である。]
シュワルツェネッガー副学長は「調査報告書が届き次第、今後の対応についてお知らせいたします」とシュナイダーに伝えた。
その後、調査の結果がどうなったのか(イヤイヤ、調査をしたのか・しなかったのか)、2026年2月16日現在、白楽は把握できていない。
★脇道にズレるけど:第1著者のヨハネス・ハイベック(Johannes Haybaeck)
アグッチは「パブピア(PubPeer)」での反論で、第2著者のマティアス・ハイケンヴェルダー(Mathias Heikenwälder)のことを書いて、なぜ、第1著者のヨハネス・ハイベック(Johannes Haybaeck、写真出典)のことを書かなかったのだろう。
第1著者のハイベックのことを少し書いておく。
ハイベックは、1977年にオーストリアで生まれ、2001年にオーストリアのインスブルック大学医学部で医師免許を取得し、2010年に、チューリッヒ大学で研究博士号(PhD)を取得した。
第1著者の「2011年1月のPLoS Pathog.」論文での所属はチューリッヒ大学病院(University of Zürich Hospital)の病理である。つまり、アグッチの部下である。
履歴書には、チューリッヒ大学病院の滞在は2008~2009年の1~2年で、バイオセーフティ共同責任者(Co-Biosafety Officer)、神経病理学スペシャリストという職位だった。多分、臨床医・兼・研究員だったのだろう。
2011年に、オーストリアのグラーツ医科大学(Medical University Graz)・準教授になった。
そして、2016年10月1日、ドイツのマクデブルク大学病院(Magdeburg University Hospital)・病理部門の部長に就任した。
ここで、重大な事件を起こした。
2024年2月16日の「より良い科学のために」によると、2021年4月4日に地元紙のフォルクスシュティメ(Volksstimme)は次のように報じた。
マクデブルク大学病院・病理部門・前部長のヨハネス・H氏の責任の下、2016年から2019年11月までの間、病理部門において694件の組織サンプルが誤診され、そのうち52件が患者の臨床的所見に影響した。
誤診発覚後、大学病院はヨハネス・H氏を解雇し、特に深刻な事例を報告した。また、合計5,855件の組織サンプルを外部機関に再検査するよう手配した。
当時の部長のヨハネス・H氏による誤った所見が患者に深刻な身体的影響を及ぼした事例が39件あった。そのうち9件では過失致死の疑いがあった。
医師の(おそらく犯罪的な)無能さが、患者の死と、さらに多くの患者に深刻な被害をもたらした。
マクデブルク大学病院病理学部門の数百件の虚偽所見について、マクデブルク検察庁は死因を特定できないので、捜査を打ち切った。
★捏造・改ざん:続き
2016~2019年にデタラメ診断で9人の過失致死を引き起こしたハイベックの話の後に、捏造・改ざんの話はインパクトの差があり過ぎて興ざめだが、時計と話題を元の2015年11月に戻す。
2015年11月頃、「パブピア(PubPeer)」で「2011年1月のPLoS Pathog.」論文のコメントのやり取りが盛んな頃の話を続ける。
2015年11月、第1著者のハイベックも「パブピア(PubPeer)」に参入した。
問題の論文の第1著者、ヨハネス・ヘイベックです。ご返信が遅れたことをお詫び申し上げます。
問題となっている組織学の図を論文用に作るとき間違えた可能性に同意します。12月7日にチューリッヒへ行き、アグッチ研究室の同僚と一緒に図を再検討する予定です。誤りがあれば、論文の訂正を依頼します。
3か月後の2016年2月12日、論文は訂正された。 → 訂正公告
2016年3月xx日、「パブピア(PubPeer)でこれ以上コメントしない」と宣言したアグッチは一件落着とみなし、パブピア(PubPeer)に幾分丁寧なしかし傲慢臭のあるコメントをした。
出版後査読は、科学における品質管理における新たな、極めて重要なメカニズムであり、従来の査読の欠陥を軽減する可能性を秘めています。
私はPubPeerの取り組みを高く評価しており、過去にも公にそのように述べてきました(http://blog.smw.ch/scientific-publishing-in-the-times-of-open-access)。
しかしながら、PubPeerの匿名性が時折、名誉毀損や中傷に利用されることも事実です。時には、利害関係のある科学者同士が、時には「著名な」権威者を貶めることに喜びを感じている人々が、そうした行為に利用されることもあります。
元教え子のヨハネス・ヘイベックが図3Aの掲載に誤りを犯してしまったことは誠に遺憾であり、その点をご指摘いただいたピア1に深く感謝いたします。当初は誤りに全く気づかなかったため、訂正に時間がかかりました。ピア1が図3Aの詳細な分析(画像付き)を投稿して初めて、問題の本質を理解しました。
★論文撤回:2024年7月18日
前述したように、第1著者のヨハネス・ハイベック(Johannes Haybaeck)はアグッチ研究室をでた後、2016~2019年にマクデブルク大学病院(Magdeburg University Hospital)で約6千件のデタラメ診断をし9人の過失致死を引き起こした。
この事件は最初、2020年2月28日に新聞報道された。→ 2020年2月28日記事:Universitätsklinikum Magdeburg überprüft Tausende pathologische Befunde – News – Deutsches Ärzteblatt
こうなると、ハイベックが第1著者の「2011年1月のPLoS Pathog.」論文をもう一度調べてみようということになる。
2022年(?)までアグッチ研究室で働いていた研究者(白楽は姓名を特定できなかった)が、マウスの脳の顕微鏡画像を再利用して、実際にはしていない実験結果を論文に記載したという情報もでてきた。
そして、上記新聞報道の4年後の2024年7月18日、「2011年1月のPLoS Pathog.」論文は撤回された。 → 撤回公告
撤回公告によると、不正個所は前述したような「図3Aと図4Aの画像重複」だけではなかった。
不正個所の指摘を英語のまま以下に転載する。日本語に訳してもわかりにくいので、以下の英語リストの後にマシュー・シュラグ(Matthew Schrag)がまとめた画像を示す。
• The top right region of the Fig 1H C57BL/6 HE panel appears similar to the bottom left region of the far left panel in Fig 3C in [1] and [2].
• The top right region of the Fig 1H C57BL/6 GFAP panel appears similar to the bottom left region of the second from right panel in Fig 3C in [1] and [2].
• The right side of the Fig 1H C57BL/6 Iba-1 panel appears similar to the left side of the far right panel in Fig 3C in [1] and [2].
• The Fig 3A JH-/- HE panel in [1] appears similar to the Fig 4A C3C4-/- HE panel when rotated 45°.
• The Fig 3A JH-/- SAF84 panel in [1] appears similar to the Fig 4A C3C4-/- SAF84 panel.
• The Fig 3A JH-/- GFAP panel in [1] appears similar to the Fig 4A C3C4-/- GFAP panel.
• The Fig 3A JH-/- Iba-1 panel in [1] appears similar to the Fig 4A C3C4-/- Iba-1 panel.
• The bottom right region of the Fig 3B LTβR-Ig SAF84 panel in [1] and [2] appears similar to the bottom left regions of the JH-/- SAF84 panel in Fig 3A in [1] and the C3C4-/- SAF84 panel in Fig 4A when rotated 150°.
• The top right region of the Fig 3B muIgG Iba-1 panel in [1] and [2] appears similar to the bottom left region of the Fig 4B Newborn tga20 Iba-1 panel.
さらに、以下は間違っている。
- The Tga20 GFAP and C57BL/6 SAF84 panels in Fig 1H.
- The LTβR-Ig HE, GFAP and Iba-1 panels, and the muIgG HE, SAF84 and GFAP panels in Fig 3B.
- The second from left panel in Fig 3C.
- The Newborn tga20 HE, SAF84 and GFAP panels in Fig 4B.
- The Newborn tga20 Kaplan Meyer curve in Fig 4B.
以下は、マシュー・シュラグ(Matthew Schrag)がまとめた画像



マシュー・シュラグ(Matthew Schrag)がまとめた上の画像は、有名なネカトハンターであるムー・ヤン、エリザベス・ビック、ケビン・パトリックとの共同作業で、一部はImageTwinの支援で検出した。
なお、論文撤回は連絡著者のアグッチが学術誌に依頼した。
当然、アグッチは撤回を認めている。そして、「論文に関する問題についてお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした」と謝罪している。
●【捏造・改ざんの具体例】
撤回された「2011年1月のPLoS Pathog.」論文の捏造・改ざんについて、上記した。
ただ、2026年2月16日(65歳)現在、アグッチの撤回論文は上記 論文を含め3報だが、「パブピア(PubPeer)」のコメントは61論文に及んでいる。疑惑論文まみれである。
「パブピア(PubPeer)」がコメントした別の論文を見てみよう。
★「2008年5月のAm J Pathol.」論文
「2008年5月のAm J Pathol.」論文の書誌情報を以下に示す。2026年2月16日現在、撤回されていない。撤回された「2011年1月のPLoS Pathog.」論文で第1著者だったヨハネス・ハイベック(Johannes Haybaeck)は著者に入っていない。
- Antiprion prophylaxis by gene transfer of a soluble prion antagonist.
Genoud N, Ott D, Braun N, Prinz M, Schwarz P, Suter U, Trono D, Aguzzi A.
Am J Pathol. 2008 May;172(5):1287-96. doi: 10.2353/ajpath.2008.070836. Epub 2008 Mar 27.PMID: 18372425
以下の画像出典はすべて → https://pubpeer.com/publications/A34A33DE9855819CE3DF69EADA71AE
―――――以下は図1C―――――
2019年12月x日、エリザベス・ビックは、図1Cの青枠で囲ったアクチンバンドは同じ画像ではないか指摘した。
―――――以下は図5h―――――
2019年12月x日、エリザベス・ビックは、図5hの赤枠で囲った画像はわずかに回転しているが同じ画像ではないか指摘した。
アグッチは傲慢さがなく、丁寧に答えている。
問題をご指摘いただきありがとうございます。ご懸念には同意いたします。これらの実験は15年以上前に行なわれたものです。私の方針では、すべての原本資料を少なくとも10年間は保管しています。古い資料も時折保管していますが、体系的な保管方法ではありません。図5hは誤りであることはほぼ間違いありません。
2020年2月には、アグッチは以下のように答えた。
上記の問題についてAm J Patholの編集長に報告しました。誰が、なぜ、何をしたのかが明確になり次第、同誌に報告書を提出する予定です。ただし、関連する実験は2004年、つまり16年前(論文は2008年に発表)に行なったため、これは必ずしも容易ではありません。共著者のうち3人は既に科学界を去っており、1人は定年退職しています。
ただ、それから6年経った現在ても、アグッチはその後の処置を述べていない。論文は訂正も撤回もされないままだ。
そして、2025年5月、さらに不正加工疑惑が指摘された(次節)。
―――――以下は図S2―――――
2025年5月、マシュー・シュラグ(Matthew Schrag)が図S2(補足図2)に不正加工したバンドが複数あると指摘した。
さらに、図S2(補足図2)の不正加工を以下に追加した。

アグッチは2020年2月に善処すると答えたが、2026年2月16日現在、何も善処されていない。アグッチはまともな研究者なのだろうか?
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
データベースに直接リンクしているので、記事閲覧時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えている(ことがある)。
★パブメド(PubMed)
2026年2月16日現在、パブメド(PubMed)でアドリアーノ・アグッチ(Adriano Aguzzi)の論文を「Adriano Aguzzi[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2025年の24年間の 380論文がヒットした。
2026年2月16日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、2論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2026年2月16日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでアドリアーノ・アグッチ(Adriano Aguzzi)を「Aguzzi, Adriano」で検索すると、 2論文が撤回されていた。
「2011年1月のPLoS Pathog.」論文が2024年7月18日に、「2012年11月のJ Neurosci.」論文が2025年3月12日に撤回された。なお、この論文はシルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)が連絡著者である。
シルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)、カレン・アッシュ(Karen Ashe)(米) | 白楽の研究者倫理
なお、2024年2月29日に撤回された「2023年のbioRxiv」論文もある。 → WITHDRAWN: The adhesion GPCR Adgrd1 is a prion protein receptor and a mediator of prion cytotoxicity | bioRxiv
★パブピア(PubPeer)
2026年2月16日現在、「パブピア(PubPeer)」では、アドリアーノ・アグッチ(Adriano Aguzzi)の論文のコメントを「authors:”Adriano Aguzzi”」で検索すると、1996~2024年の61論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》コメント
コメントがスゴい。
レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の「より良い科学のために」記事に対し、また、「パブピア(PubPeer)」での論文疑惑に対し、アドリアーノ・アグッチ(Adriano Aguzzi)が何度も何度もコメントしている。
それを、シュナイダーと読者が執拗に追求している。→ ①Aguzzi and the Lowlifes – For Better Scienceでは152件のコメントがある、②PubPeer – authors:”Adriano Aguzzi”では1論文当たり15件や17件のコメントがある。
これらのコメントを読んで、アグッチは傲慢という印象を白楽は受けたが、誠実で丁寧に対応していることも多い。
《2》研究不正を防ぐ方法
アドリアーノ・アグッチ(Adriano Aguzzi)のデータ捏造・改ざん事件に関して、チューリッヒ大学はネカト調査していない(「した」という記述もあるが、調査結果がウェブ上にない)ので、ネカト実行者は誰々という正式発表はない。
ただ、状況から察して、「2011年1月のPLoS Pathog.」論文の捏造・改ざんは、第1著者のヨハネス・ハイベック(Johannes Haybaeck)がネカト実行者で、アグッチはデータ捏造・改ざんを全く知らなかったと思われる。
同様に、「2008年5月のAm J Pathol. 」論文の捏造・改ざんは、ネカト実行者はアグッチではなく、共著者7人の誰かだろう。但し、この論文の著者にヨハネス・ハイベックは入っていないので、ネカト実行者は別人である。アグッチはこの論文のデータ捏造・改ざんも全く知らなかったと思われる。
チューリッヒ大学はネカト調査していないし、白楽は他の疑惑論文を調べていないので、以下は推論である。
アグッチ研究室では多くの室員がネカトする泥沼研究室だった。
この場合、アグッチの研究不正を防ぐには、どうすればよかったか?
また、今後、同じような研究不正を起こさせないためにはどうすべきか?
アグッチはスーパースターで論文多作である。このことから推察して、ハイベックなど室員が提示した実験データを丁寧に議論・検討しなかったと思われる。
もちろん、研究室員が示した実験データを信用するのが基本だが、それなりの時間をかけて、実験データの議論を室員とし、時には、徹底的な批判の目で問題点を検討すべきだ。
その手抜きをしたために、結果として、論文が出版された後に、論文に捏造・改ざんが見つかった。これは大災害である。
室員が捏造・改ざんを実行しても、思い違いをしてはいけない。ボスのアグッチは被害者ではなく加害者である。
では、次の問題として、室員たちの研究不正を防ぐには、どうすればよかったか?
それなりの時間をかけて、実験データを室員と議論・検討をすべきだと書いたが、白楽は、アグッチ研究室の雰囲気や文化がわからないので、それ以上、ココで議論しない。
アドリアーノ・アグッチ(Adriano Aguzzi)、https://nomisfoundation.ch/adriano-aguzzi-publishes-study-on-population-wide-evolution-of-sars-cov-2/
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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●9.【主要情報源】
① ウィキペディアのドイツ語版:Adriano Aguzzi – Wikipedia
② 2019年12月12日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の「より良い科学のために」記事:Aguzzi and the Lowlifes – For Better Science
③ 2024年2月16日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の「より良い科学のために」記事:Schneider Shorts 16.02.2024 – Take ALL the most suitable actions – For Better Science
④ 2024年9月29日の著者名不記載の「blue」記事:Allegedly falsified research results at the University of Zurich | blue News
⑤ 2024年9月29日のトーマス・シュリトラー記者(Thomas Schlittler)の「Blick」記事:Adriano Aguzzi in Bedrängnis: Gefälschte Tierversuche am Unispital Zürich
⑥ 2024年10月24日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の「より良い科学のために」記事:Schneider Shorts 4.10.2024 – A Nobel Prize candidate who saved numerous lives – For Better Science