製薬企業:抗精神病薬・リスパダール(Risperdal):ヤンセン・ファーマ社(Janssen Pharmaceutica)(ベルギー)

2017年3月22日掲載。

ワンポイント:【長文注意】。ベルギーに本社があるのでベルギーに分類したが、ヤンセン・ファーマ社は米国のジョンソン・エンド・ジョンソン社の子会社で、事件は米国・カナダで起こった。「2003年のJ Clin Psychiatry」論文で、抗精神病薬・リスパダール(Risperdal)に少年の乳房を大きくする副作用があることを隠蔽(改ざん)した。2010年(推定)に改ざんが発覚し、米国・カナダで1400-1500件の訴訟を起こった。最初の裁判は2015年に結審し、米国の21歳の巨乳化した自閉症の男性が約2億5千万円の賠償金を得た。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.日本語の解説
3.事件の経過と内容
4.類似問題
5.白楽の感想
6.主要情報源
7.コメント
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●1.【概略】

ベルギーに本社がある製薬企業のヤンセン・ファーマ社(Janssen Pharmaceutica、写真出典 )が、米国・カナダで起こした論文改ざん事件である。

ヤンセン・ファーマ社 は、ベルギーに本社を置く医療用医薬品専門の製薬会社。世界60カ国に250以上のグループ企業を有し、総従業員数約114,000人の世界最大のトータルヘルスケアカンパニー「ジョンソン・エンド・ジョンソングループ」の一員である。(ヤンセン ファーマ – Wikipedia

本社がベルギーにあるので、事件の国分類ではベルギーとしたが、事件や裁判は全部、米国・カナダで起こっている。

本記事ではヤンセン社、または、親会社のジョンソン・エンド・ジョンソン社(Johnson & Johnson、J&J)とも記述する。

事件は、抗精神病薬・リスパダール(Risperdal、リスペリドン(Risperidone))の「2003年のJ Clin Psychiatry」論文から副作用の表現を削除した論文内容の改ざん事件である。

この「2003年のJ Clin Psychiatry」論文は、抗精神病薬・リスパダールが高プロラクチン血症を引き起こすことはないと述べている。ヤンセン社の米国の社員が論文著者になっているので、代筆(ゴーストライター)事件ではない。但し、共著者として、研究に実質的貢献の少ないカナダの著名な臨床教授に加へ、謝礼として1,000ドル(約10万円)を支払っているので、代筆事件という側面もある。

論文には、「リスパダールが高プロラクチン血症をおこさない」とある。しかし、実際は、リスパダールが高プロラクチン血症をおこし、少年の乳房を女性の乳房のように大きくし(女性化乳房 gynecomastia)、少年の人生を大きく損なったのである。

2010年(推定)、発覚し、裁判が始まった。女性化乳房事件は、米国・カナダで1400-1500件の訴訟が起こった。

最初の裁判は2015年に結審し、米国の21歳の巨乳化した自閉症の男性が約2億5千万円の賠償金を得た。

抗精神病薬・リスパダール(Risperdal)は、さらにもう一枚、不正が絡んでいる。ヤンセン社は法律で禁止されている承認適応症外使用(off-label uses)の促進をリスパダールの宣伝で行なっていたのである。

承認適応症外使用も、米国で裁判が行われ、ヤンセン社は高額な罰金を払った。

リスパダール(Risperdal)。写真出典

  • 国:本社があるベルギーとしたが世界企業で、事件は米国で最も大きく問題視された
  • 集団名:ヤンセン・ファーマ社。本記事ではしばしばヤンセン社やジョンソン・エンド・ジョンソン社と記述する。
    ベルギーに本社を置く医療用医薬品専門の製薬会社。世界60カ国に250以上のグループ企業を有し、総従業員数約114,000人の世界最大のトータルヘルスケアカンパニー「ジョンソン・エンド・ジョンソングループ」の一員である。(ヤンセン ファーマ – Wikipedia
  • 集団名(英語):Janssen Pharmaceutica
  • 事件人数:ヤンセン社の論文共著者は3人だが、改ざんの責任を負う人は1人(推定)
  • 分野:製薬
  • 不正年・論文:「2003年のJ Clin Psychiatry」論文
  • 発覚年:2010年(推定)
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は不明。なお、被害者・オースチン・プレジャー少年の裁判絡みで調査した米国・食品医薬品局(FDA)はかなりの貢献をしたと思われる。
  • ステップ2(メディア): ①米国のジャーナリスト・スティーヴン・ブリル(Steven Brill)の「Huffington Post」記事。②カナダの新聞「Toronto Star」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ): ①米国・食品医薬品局。②米国の裁判所
  • 不正:論文内容改ざん
  • 不正論文数:1報。撤回されていない
  • 被害(者):1400-1500人の少年が裁判
  • 結末:賠償金は1人数億円。総額不明。論文作成者は無処分

●2.【日本語の解説】

日本語の解説は1つしか見つからなかった。

★リスペリドン – Wikipedia

出典 → ココ

2012年、ジョンソン・エンド・ジョンソンは、非定型抗精神病薬リスパダール(リスペリドン)の小児や高齢者への適応外用途のマーケティングや、薬が体重増加や糖尿病と相関するというデータの隠ぺい、またほかの薬の違法なマーケティングにより係争中であり、15~20億ドルが科されるとみられている。リスパダールを処方するごとに5,000ドルの罰金で係争中である。

●3.【事件の経過と内容】

【抗精神病薬・リスパダール(Risperdal)】

リスパダール(Risperdal)は右図の化合物・リスペリドン(Risperidone)の商品名で、セロトニン・ドーパミン拮抗薬(SDA)と呼ばれる非定型抗精神病薬である。

1984年、化学合成に成功した。
→ 特許:特許 US6750341 – Preparation of risperidone – Google 特許検索

リスパダール(Risperdal、写真出典)は、鎮静作用をもち、統合失調症(schizophrenia)、双極性障害(bipolar disorder)、自閉症(autism)の治療に用いられる。経口摂取または筋肉注射する。

作用の仕組みを簡単に説明しよう。

統合失調症はドーパミンの過剰分泌が原因と考えられている。リスパダールは脳内のドーパミンD2受容体に作用し、ドーパミンの結合と作用を抑える。それで、統合失調症の症状が緩和される。

リスペリドンは精神全体の高ぶりを抑える作用がある。日本では1996年4月に統合失調症に用いる治療薬として承認されており、アメリカでは統合失調症に加え、躁病、自閉症においてもFDAから承認を受けている。ただし、適応外の処方が頻繁になされる薬剤であり、強い不安感や緊張感、睡眠障害、強迫性障害など様々な精神症状に対して処方される。(リスペリドン – Wikipedia

1993年、米国・食品医薬品局(FDA)は、統合失調症(schizophrenia)の治療薬としてリスパダールを承認した。

2003年12月29日、ヤンセン社のリスパダールの特許が切れた。半年後の2004年6月29日、専売権も切れた。それに伴い安いジェネリック製品が登場し、たくさんの商品名(Risperdal, Risperdal Consta, Risperdal M-Tab, Risperdal Quicklets, Risperletなど)で売られはじめた。

2006年、米国・食品医薬品局(FDA)は、自閉症(autism)の子供と若者が興奮した時の治療薬としてリスパダールを承認した。

2007年8月22日、米国・食品医薬品局(FDA)は、若者(13–17歳)の統合失調症(schizophrenia)の唯一の治療薬、若者(10–17歳)の双極性障害(bipolar disorder)の治療薬としてリスパダールを承認した。

【動画】
リスパダールの医薬品調整と注射方法「Risperdal Consta」(英語)7分17秒。
mohand khanが2013/07/24 に公開

【承認適応症外使用】

本ブログはネカト・ブログなので、ネカトに焦点を絞って記述する。本記事は、「2003年のJ Clin Psychiatry」論文の改ざん事件を中心に述べる。

ただ、時期が重なりが、改ざん事件の少し前に、リスパダールの承認適応症外使用(off-label uses)の裁判があった。先に、そのことに少し触れる。

1993年、米国・食品医薬品局(FDA)は、統合失調症(schizophrenia)の治療薬としてリスパダールを承認した。

ところが、ジョンソン・エンド・ジョンソン社(ヤンセン社)は、リスパダールが強迫性障害(obsessive-compulsive disorder)や摂食障害(eating disorders)などのいくつかの不安障害(anxiety disorders)の治療、糖尿病の治療に有効であると、承認適応症外使用(off-label uses)を勧めた。医師は承認適応症外使用の処方を禁止されていないが、製薬会社は宣伝が法律で禁止されている。

そして、リスパダールには、高齢者の脳梗塞、心臓発作、死亡を高める副作用があった。

結局、ジョンソン・エンド・ジョンソン社(ヤンセン社)は、リスパダールの承認適応症外使用(off-label uses)の宣伝で訴えられた。後で少し述べるが、2012年4月11日、アーカンソー裁判所は、リスパダールの承認適応症外使用に対してジョンソン・エンド・ジョンソン社(ヤンセン社)に12億ドル(約1200億円)の罰金を科した。
→ Arkansas levies $1.2 billion in fines over Risperdal usage – latimes

【巨乳少年】

リスパダールの承認適応症外使用(off-label uses)とは別の事件である。

出典 → [1] 2015年2月27日のケリー・マクローリン(Kelly Mclaughlin)記者の「Daily Mail Online」記事:Autistic man awarded $2.5million after he grew breasts as a side effect from Risperdal | Daily Mail Online、[2] 【主要情報源】④、[3] Man awarded $2.5M in damages after Risperdal gave him 46DD breasts | PersonalInjury.com

★リスパダールで巨乳になった少年

2歳のオースチン・プレジャー君。

2002年、米国・アラバマ州ソースビー(Thorsby)に住むオースチン・プレジャー少年(Austin Pledger)は、 8歳の時、自閉症になり、ジェイ・マッチセン医師(Jay Mathissen)の処方に基づき、抗精神病薬リスパダール(Risperdal)を服用し始めた。

当時、米国・食品医薬品局(FDA)は、自閉症(autism)の子供に対し、リスパダールの服用を承認していなかった。

2006年に承認したのだが、その時初めて、リスパダールの副作用として、プロラクチンの分泌が高くなり高プロラクチン血症になるという注意を付記した。

プロラクチンとはヒトの脳下垂体から分泌されるホルモンで、乳腺の分化・発達を促す。成人男性でも血液中に少量含まれている。通常は、視床下部から別のホルモン・PIFが分泌され、プロラクチンの分泌を抑えている。何らかの原因で、視床下部が異常になると、PIFの分泌が減り、結果的に高プロラクチン血症になる。

高プロラクチン血症になると、男性の女性化乳房(Gynecomastia)や男性の生殖器異常が引き起こされる。

2006年の時点で、オースチン・プレジャー少年は既に4年間、リスパダールを摂取していて、既に、女性化乳房になっていた。肥大した乳房は外科手術で取り除くほか、治療法はない。

左側が女性化乳房の少年。プレジャー少年かどうか不確か。写真出典

★2015年の判決

プレジャー少年の母親はもちろん、主治医のマッチセン医師もリスパダールが女性化乳房を引き起こすことを知らなかった。ヤンセン社がリスパダールの副作用を適切に記載していなかったからである。データはあったが、副作用の知見を論文の記述から削除していたのである。

女性化乳房になったことで、オースチン・プレジャー少年の人生は大きく損なわれた。

2010年頃(推測)、プレジャー少年は、ヤンセン社が適切な警告をしていなかったために被害を受けたと、フィラデルフィアの裁判所に訴えた。実は、裁判をいつ始めたか、白楽は把握できていない。

メルク社(Merck)のバイオックス(Vioxx)事件で48億5千万ドル(約4850億円)の示談に成功した著名なトーマス・クライン弁護士(Thomas R. Kline、写真出典)が、プレジャー少年の弁護を担当した。

裁判は、「巨乳少年」という好奇の目で世間の注目を集めた。なお、「巨乳少年」(46DD breasts)の米国表示の「46DD」サイズは、日本流に直すとアンダーバスト105㎝、EまたはFカップである。

2014年2月、フィラデルフィア市陪審は、結論をだした。プレジャー少年(20歳)へ、ヤンセン社が250万ドル(約2億5千万円)の賠償金を支払うこととした。

2015年2月24日、フィラデルフィアの裁判所は、原告のプレジャー少年(21歳)へ、250万ドル(約2億5千万円)の賠償金を支払うようヤンセン社に命じた。

プレジャー少年事件の裁判は、1400-1500件も起こされているリスパダール女性化乳房裁判の1つでしかない。

【動画】
「リスパダールによる女性化乳房の被害者の訴訟を受け付けます」という「Girard Gibbs LLP」法律事務所のテレビでの宣伝。テレビで宣伝するほどリスパダール訴訟の被害者が多いということだ。
「Risperdal TV Commercial」(英語)0分30秒。
Girard Gibbs LLPが2014/02/03 に公開

【論文内容の改ざん】

★代筆(ゴーストライター)ではなく改ざん

ヤンセン社が適切な警告をしていなかったために、プレジャー少年の乳房は女性のように大きくなり、人生が大きく損なわれてしまった。

リスパダール女性化乳房の裁判は1400-1500件も起こされている。つまり、少なくとも1400-1500人の少年の乳房は女性のように大きくなり、人生が大きく損なわれてしまったのだ。

リスパダール研究者は、どうして副作用を適切に伝えなかったのだろうか?

そこには、論文代筆(ゴーストライター)があった。ヤンセン社が自社に都合のよい内容の論文を発表するよう、代筆を使っていたのだ。

と憶測できるが、ゴースト、つまり、代筆ではない。ヤンセン社の社員はゴーストではなく、論文の著者に入っていた。

著者に入って、ヤンセン社に都合の良いように、論文要旨とデータ記述を歪めたのだ。つまり、内容の改ざんである。

★2012年9月:食品医薬品局・ケスラー長官の指摘:「ヤンセン社の違法行為」

リスパダールの裁判では、もう1人の大物弁護士、フィラデルフィアの弁護士・スティーブン・シェレー(Stephen Sheller、写真出典)も登場する。

シェレー弁護士は、抗精神病薬・リスパダールのリスクが誤導され、薬を飲んだために女性乳房化したと主張する400人を超える原告者を代表している。シェレー弁護士は、米国・食品医薬品局・長官(head of the U.S. Food and Drug Administration)のデイビット・ケスラー(David Kessler)に、問題を調査するよう要請した。

2012年9月26日、米国・食品医薬品局・ケスラー長官は、「ジョンソン・エンド・ジョンソン社(ヤンセン社)はリスパダールの販売で承認適応症外使用(off-label uses)を促進し、法を犯した」とレポートした。
→ レポートは4つのPDF(、②、 ③、
→ 2012年10月4日、David Sell記者 の「philly.com」記事:Former FDA chief David Kessler says J&J broke the law in promoting Risperdal

そのレポートの一部にデニス・ダンネマンを名指しで批判した。

ヤンセン社は40報を超える論文原稿をコントロールし、影響を与えてきた。その40報の論文の中に、デニス・ダンネマンが共著になった論文も含まれ、承認されていない症状に対して、子供にリスパダールの使用をすすめている。

カナダの新聞「Toronto Star」の記者の質問に、ヤンセン社・広報官は、「私たちは患者の安全が最優先です。最高レベルの科学公正を行なっています。ケスラー氏のレポートには同意できかねます」と反論している。

★改ざん論文:「2003年のJ Clin Psychiatry」論文

ケスラー長官のレポートが指摘したデニス・ダンネマンはカナダのデニス・ダンネマン教授(Denis Daneman)である。「デニス・ダンネマンが共著になった論文」は、「2003年のJ Clin Psychiatry」論文である。

論文のPDFファイルがある → ココ

この「2003年のJ Clin Psychiatry」論文は、抗精神病薬・リスパダールが高プロラクチン血症を引き起こすことはない。つまり、女性化乳房はリスパダール摂取で起こったのではないと述べている。

「要約」での結論は以下の通り。英語は原文のままで、日本語は意訳である。

子供と少年少女にリスパダールを長期に摂取させると、血清プロラクチンレベルは、最初の1-2か月に上昇し、ピークに達し、その後、3-5か月で正常な範囲または正常値に非常に近い値になった。
With long-term risperidone treatment in children and adolescents, serum prolactin levels tended to rise and peak within the first 1 to 2 months and then steadily decline to values within or very close to the normal range by 3 to 5 months.

第1著者の「Findling RL」は、ロバート・フィンドリングで、当時、米国・オハイオ州のケース・ウェスタン・リザーブ大学(Case Western Reserve University)・大学付属病院に所属していた医師である。4番目の著者「Moshang T」も米国のペンシルバニア大学・大学付属病院に所属していた医師である。

2番目の「Kusumakar V」、5番目の「De Smedt G」、最後著者のカリン・バインダー(Carin Binder、写真出典)の3人はヤンセン社の社員である。カリン・バインダーは、ヤンセン社の医学部長(Medical Director)で、6人の著者の中で唯一、医師免許を持っていない人だった。

★カナダのデニス・ダンネマン教授(Denis Daneman)

そして、ここで問題とした3番目の著者のデニス・ダンネマン(Denis Daneman、写真同)だが、ダンネマンは、カナダのトロント大学(University of Toronto)・教授で子供病気病院(Hospital for Sick Children)・小児科部長である。子供の精神病に関するカナダの権威の1人である。

ダンネマン教授は、2012年の宣誓供述書で、共著論文で副作用の効果が低めの数値だったことと、低めの数値は計算エラーだったことを認めている。(白楽の疑念:低めの数値は計算エラーじゃなくて、意図的でしょう)

「Toronto Star」記者のインタビューにも、ダンネマン教授は、「重要な結果を除くつもりは全くなかった」と弁解している。

ダンネマン教授は、「もし、ケスラー氏のレポートが真実ならば、私は、ヤンセン社に利用されたのだと思う。私は論文に誠実に貢献していましたが、私がすべての研究データ・議論にアクセス・参加できたというわけではありません」と弁解している。

つまり、ダンネマン教授は、ヤンセン社内で行なわれていた原稿修正の議論には参加できなかった。「この欺瞞は、私には耐えられません」と、ダンネマン教授は述べている。

ダンネマン教授の役割は、論文の原稿を読んで意見を述べ修正点を示す役だった。つまり、代筆?

最初の論文原稿では、10歳以上の少年のデータを除外していないし、論文中に除外しないと記述してあった。ところが、原稿修正の途中で10歳以上の少年のデータが除かれていた。ただ、別の共著者(医師)が気が付き、元に戻すよう指示し、最終原稿では戻されていた。

ヤンセン社の医学部長で最後著者のカリン・バインダー(Carin Binderバインダー)、は、10歳以上の少年のデータが記載されたことが不満で、ヤンセン社の営業と科学者のチームに「吐き気を催すほど多量の副作用の情報」が掲載されていると、不満をEメールしていた。

このことから、10歳以上の少年のデータを削除したり、副作用の記述を薄めた主犯はカリン・バインダーだと思われる。

一般的に、生命科学の学術論文には、論文の冒頭に要約がある。医師や研究者は、通常、この要約を読むことで論文内容を把握する。

「2003年のJ Clin Psychiatry」論文では、その要約に 「抗精神病薬・リスパダールが高プロラクチン血症を引き起こすことはない。つまり、女性化乳房はリスパダール摂取で起こったのではない」と述べている。

つまり、論文本体ではデータをそれなりに提示していたのだが、要約でリスパダールは女性化乳房を引き起こさないと、ハッキリ、否定していた。医師や研究者の多くは、この要約を信じてしまう。つまり、内容が改ざんされていたことになる。

なお、ダンネマン教授は、なんだかんだと弁解しているが、共著者になったことで、ヤンセン社から約1,000ドル(約10万円)貰ったと白状している。ということは、名義貸し的な不正(代筆)だし、「副作用の効果が低めの数値だった」のは、計算エラーではなく、意図的な数値の改ざんだという印象を受ける。

もっとも、問題が追及されたためか、ダンネマン教授は、「利益相反の疑念が生じたので、お金はチャリティに寄付しました」と弁解している。チャリティに寄付したことで、改ざんの罪は何ら免罪されませんって。状況を分かっているんでしょうか?

2015年、なお、医薬品の副作用を専門に研究しているカナダ・ブリティッシュコロンビア大学(University of British Columbia) のメイヤー・エティミナン教授(Mahyar Etminan、写真出典)は、リスパダールは若い男性を女性乳房化する副作用があるという論文を出版している。

★第1著者のロバート・フィンドリング教授

「2003年のJ Clin Psychiatry」論文の第1著者のロバート・フィンドリング教授(写真出典)は、2017年3月14日現在、ジョンズ・ホプキンズ大学(Johns Hopkins University)の子供精神病・教授である。

2015年8月12日の撤回監視の記事で、記者の質問に次のように答えている(【主要情報源】②)。

論文投稿の時、情報の精度および研究結果の解釈に自信がありました。しかし、リスパダールをさらに研究していくと、「2003年のJ Clin Psychiatry」論文には間違い(エラー)があったのではないかと思うようになりました。研究データはヤンセン社に所有権があるため、研究データへのアクセスはヤンセン社の許可が必要です。私は、独立した生物統計学者なので、すべての研究データの再分析ができるように、全研究データへのアクセスをヤンセン社に依頼しました。再分析は現在進行中です。再分析の結果に基づき、論文を撤回、訂正、あるいは、現在のままにしておくか、決めたいと思います。

2017年3月14日現在、上記から1年7か月が経過しているが、「2003年のJ Clin Psychiatry」論文は、元のママである。撤回、訂正、はない。データに間違いはないと考えてよいのだろうか?

第1著者のフィンドリング教授も、研究公正に問題がある人物なのかもしれない。

★リスパダール用法の注意書きが変更

ここの出典は、【主要情報源】②。

2015年8月12日の撤回監視の記事では、リスパダールの用法に女性乳房化(プロラクチン・レベル)の注意書きが加わっていた。つまり、「リスパダールは子供、少年少女、大人のプロラクチン・レベルを上昇させます」と付記されている。

ヤンセン社は、この注意書きの根拠となるデータを持っているのだろうか?

ヤンセン社の記述では、女性乳房化した少年は摂取者の内の少数だと述べている。1,885人を対象にした臨床試験で女性乳房化した人は2.3%だったそうだ。2.3%は少数としていい数値なのか、白楽は疑念を感じる。

ところが、ヤンセン社は、「成長や性的成熟へのリスパダールの長期的摂取の影響は十分解明されていません」とも述べている。

それで、撤回監視の記者はヤンセン社に女性乳房化の臨床試験の内容を問わせた。ヤンセン社は「5-17歳の子供に短期では3-8週間、長期では1年です」と答えた。

白楽は、女性乳房化の試験期間が1年では、副作用は十分チェックできないと思う。十分チェックできないから、女性乳房化した人が2.3%と、とても小さな値を出しているのではないか。

【ヤンセン社への罰金】

リスパダールは承認適応症外使用(off-label uses)の罰金と女性化乳房での罰金がある。時期的に重なるが、前者が先で、後者が後である。両方を書くが、訴訟の全部ではない。

★2012年4月11日:承認適応症外使用で約1200億円の罰金

アーカンソー裁判所は、リスパダールの不正用法に対してジョンソン・エンド・ジョンソン社(ヤンセン社)に12億ドル(約1200億円)の罰金を科した。24万回の違反で、1回の違反につき5千ドル(約50万円)と計算した。
→ Arkansas levies $1.2 billion in fines over Risperdal usage – latimes

★2012年8月30日:承認適応症外使用で約181億円の賠償金

ジョンソン・エンド・ジョンソン社(ヤンセン社)は、承認適応症外使用(off-label uses)に違反したことで、36州とDCに1億8100万ドル(約181億円)の賠償金を払う示談を成立させた。
→ NY AG: Janssen pays $181M over drug marketing | The Seattle Times

★2013年11月4日:承認適応症外使用などで約2200億円

ジョンソン・エンド・ジョンソン社(ヤンセン社)は、承認適応症外使用(off-label uses)の違反、医師と薬局へにキックバックで、36州とDCに罰金と示談金で22億ドル(約2200億円)を支払うことになった。
Johnson & Johnson to Pay More Than $2.2 Billion to Resolve Criminal and Civil Investigations | OPA | Department of Justice

★2015年2月24日:女性化乳房で約2億5千万円・・・既に記述した

フィラデルフィアの裁判所は、リスパダール摂取で女性化乳房になったプレジャー少年(21歳)へ、250万ドル(約2億5千万円)の賠償金を支払うようヤンセン社に命じた。

★2015年11月:女性化乳房で約1億7500万円

http://bl.risperdallawsuitcenter.com/risperdal-gynecomastia

フィラデルフィアの裁判所は、リスパダール摂取で女性化乳房になった少年に、175万ドル(約1億7500万円)の賠償金を支払うようヤンセン社に命じた。

★2016年7月1日:女性化乳房で約70億円の賠償金

裁判所は、リスパダール摂取で女性化乳房したテネシー州の少年A.Y.(5歳から摂取し、判決当時、16歳)に、ジョンソン・エンド・ジョンソン社(ヤンセン社)が7千万ドル(約70億円)の賠償金を支払うよう命じた。
→ J&J Hit With $70 Million Risperdal Verdict Over Male Breasts – Bloomberg

●5.【白楽の感想】

《1》医薬品の副作用

製薬企業が医薬品の副作用を適切に記載しない事件は、米国ではいくつも起こっている。

ただ、副作用を適切に示すことは相当むつかしいと思う。

白楽は、長いこと生命科学の実験研究をしてきたが、実験室での実験条件がそろった実験結果でも、再現性が得にくいことがある。もちろん、再現の精度をどこまで求めるかにもよる。

一般的に、インビトロの生化学実験ならまだいいが、培養細胞を用いた細胞生物学の実験では再現性と精度はおちる。ましてや生きたマウスを使う実験ならますますだし、医薬品の場合、摂取するのは人間である。副作用を適切に示すことは相当むつかしいと思う。

医薬品として世に出る前に、フェーズ1・2・3の3段階の臨床試験(治験)があるが、ボランティアの人間を対象に実験する。

フェーズ1・2・3で人間を対象にした医薬品の効果や副作用を「正しく」評価するのは至難だろう。

医薬品の効果や副作用は摂取する人の体質・状況にかなり依存する。大きくずれる可能性のある治験者は最初から除いても、9,999人に有効な化合物が1人には有害かもしれない。

医薬品の製品にもバラつきがあるだろう。1万の錠剤の中に、1錠だけ成分の偏りがあるかもしれない。

だから、医薬品の効果や副作用を「正しく」評価できない、と弁解するわけにはいかない。どんな状況でも、「正しく」評価しなければ、医薬品として承認すべきではないだろう。大変な作業だと思う。

ましてや、苦労を積み重ねて得たそのような貴重な副作用のデータを、「適切」に記載しないなんて、ナンタルことだ。

患者にとって効果は重要だが、副作用も同等に重要な知見である。

《2》日本の医薬記事の貧困

医薬品の事件に関する日本の優れた記事が少ない。どうしてんだろう?

医師免許を持ち、司法試験に合格し、製薬業界に精通している大学教授で、庶民の味方になるジャーナリストは日本に、・・・チョット条件を求めすぎましたね。資格は問いません。日本の医薬業界を大きく改善しようとする気持ちで十分です。是非、活躍してもらいたい。

【主要情報源】④のスティーヴン・ブリル(Steven Brill)の『米国で最も称賛されている法律違反者(”America’s Most Admired Law Breaker”)は、素晴らしい。

15章と長編であるが、この事件を丁寧に記述している。英語だが、無料で読めるのも素晴らしい。

論文、裁判記録、プレジャー少年と家族の写真・ビデオなど、事件を理解する上で重要な資料に無料でアクセスできる。

日本にも、こういうレベルの高い記事を日本語でアップする人が登場して欲しい。

なお、スティーヴン・ブリル(Steven Brill、写真)は弁護士資格を持つ著名なジャーナリストである。2015年に米国の製薬企業の内幕を書いた『米国の苦い薬(America’s Bitter Pill)』(邦訳なし。アマゾン)を出版している。

《3》副作用はある

医薬品の副作用の隠蔽は、健康被害がでる。死ぬ人もいる。人々の健康に貢献するために活動している製薬企業が、副作用を隠蔽し、人々に健康被害をもたらす。動機は明白で、儲けを優先したからである。

では、副作用を隠蔽しないで、正しく公表すればよいか?

そう単純ではない。

大多数の人に良いと思われる医療行為でも、副作用はある。

例えば、ワクチン接種でも副作用がある。

日本は1980年代までワクチン先進国とされていたが、副作用による訴訟が相次ぎ、厚労省とメーカーが開発・販売に消極的になり、ワクチン後進国とされるようになった。日本で接種が徹底されないためにカナダに修学旅行に行った学生が現地では根絶されている麻疹を感染させたためにホテルから外出禁止となり修学旅行打ち切りで帰国になることが報道された。小児用のヒブワクチンは先進国に大幅に遅れて認可されたが、当時アジアで認可されていないのは北朝鮮と日本だけであった。(ワクチン – Wikipedia

厚生労働省のインフルエンザ・ワクチン接種のレポートによると、2014年10月から2015年6月末までの1年間に、日本で5千万人がインフルエンザワクチンを接種したが、99人(0.0002%)が重篤になり、内11人が死亡した。

確率的に少なくても、重篤や死亡した被害者とその家族・知人にとっては、まったく理不尽である。

《4》研究者も企業と同等に処罰せよ

製薬企業が論文内容を改ざんし、裁判で1人当たり数億円の賠償金の支払いが命じられた。健康被害がでたからだ。

ところが、研究者が論文内容を改ざんし健康被害を出しても、刑事・民事裁判にならない。

おかしくないか?

→ 1‐5‐5.研究ネカトは警察が捜査せよ! | 研究倫理(ネカト)

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●6.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Risperidone – Wikipedia
② 2015年8月12日のシャノン・パラス(Shannon Palus)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Drugmaker accused of omitting side effect data from 2003 Risperdal paper – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 2015年7月31日のデイヴィット・ブルーサー(David Bruser)とジェッシ・マクリーン(Jesse McLean)の「Toronto Star」記事:Drug company accused of altering study by top SickKids pediatrician | Toronto Star保存版
④ ◎スティーヴン・ブリル(Steven Brill)の「Huffington Post」記事:『米国で最も称賛されている法律違反者(”America’s Most Admired Law Breaker”)。15章。動画あり:
America’s Most Admired Lawbreaker: Chapter 1 – The Huffington Post保存版
⑤ 2012年4月11日のマイケル・ムスカル(Michael Muskal)記者の「ロサンゼルス・タイムズ」記事:Arkansas levies $1.2 billion in fines over Risperdal usage – latimes保存版
⑥ Johnson & Johnson And The Big Lies Of Big Pharma | On Point保存版
⑦ When Crime Pays: J&J’s Drug Risperdal – The New York Times保存版
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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