7- 127 被乗取学術誌に関する2つの古典的論文

2023年10月18日掲載

白楽の意図:インターネット時代、学術誌が乗っ取られるという異常事態が起こっている。最初に指摘したイランのメヘルダッド・ジャラリアン(Mehrdad Jalalian)の「2015年x月のGeographica Pannonica」論文と、状況を解説したジョン・ボハノン(John Bohannon)の「2015年11月のScience」論文を読んだので、紹介しよう。日本人の被害者はいると思うが、この悪徳ビジネスをしている日本人はいるのか・いないのか? とにかく、さっさと取り締まれ!

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.ジャラリアンの「2015年x月のGeographica Pannonica」論文
3.ボハノンの「2015年11月のScience」論文
4.その後
5.動画
7.白楽の感想
8.参考文献
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

★被乗取学術誌

「被乗取学術誌(ひのっとり がくじゅつし)(hijacked journals、画像出典)」は、乗っ取られた学術誌(ハイジャックされた学術誌)のことで、サイバー詐欺師が本物の学術誌を乗っ取り、あたかも、本物の学術誌のように運営している「なりすまし」学術誌である。「クローン学術誌(cloned journals)」とも言う。

もちろん、「なりすまし」学術誌に論文投稿してくる研究者からカネ(論文投稿料+)を得るためである。場合によると、その時のクレジットカードの番号・パスワードなどを使って不当にカネを得ることもする。要するに、新手の不正カネ儲けビジネスである。

不正にカネ儲けするという目的としては、捕食学術誌(predatory journal)も同じだが、捕食学術誌は本物の学術誌を乗っ取ってはいないので、手段が異なる。

なお、捕食学術誌を「ハゲタカ学術誌」と呼ぶ人がいるが、この呼称は動物差別用語、ヘイトスピーチなので使用しないように。あなたが、ハゲタカを蔑視する意図はないと主張しても、悪徳で粗悪の象徴として「ハゲタカ」を使えば、ハゲタカを蔑視しているわけです。

「被乗取学術誌(hijacked journals)」に掲載された論文は、普通の論文もあり得るのだが、査読がない(または・大甘な)ので、データねつ造・改ざん論文、盗用論文、デタラメ論文、ニセ論文が多い。

★2021年12月01日:Sunaina Sinha(エディテージ・インサイト):ハイジャックされた「クローン学術誌」に要警戒

出典 → ココ、(保存版) 

学術誌ハイジャックの略史

学術誌ハイジャックという現象は、Mehdi Dadkhah氏を中心とするイラン人研究者らによって2011年に初めて注目されました。Dadkhah氏のグループはその後も追跡を続け、偽学術誌の事例を報告しています。偽サイトは非常に精巧にできているため、文献データベースや論文の評価指標を提供する企業さえも、被乗取学術誌(以下、クローン学術誌)にだまされてしまうことがあります。

続きは、原典をお読みください。

★2015年11月24日:著者名不記載(カレントアウェアネス・ポータル):学術雑誌の「乗っ取り」(記事紹介)

出典 → ココ、(保存版) 

米Science誌の2015年11月19日付けのニュース記事で、”How to hijack a journal”と題し、学術雑誌のウェブサイトが悪意の他者に乗っ取られるケースがあることや、その方法が報じられています。

同記事によれば、ウェブサイトの乗っ取りは以前から存在しましたが、近年では学術雑誌ウェブサイトがそのターゲットになる例が出てきているとのことです。乗っ取られていることに気付かずログインした利用者が、パスワード情報や購読料やAPC等の費用を盗み取られる場合があると記事では指摘しています。

また、公式ドメインによく似たドメインを取得し、利用者をだます方法のほかに、利用料金を払い忘れたドメインの料金を代わりに支払うことで公式ドメイン自体を乗っ取る手法があることも記事では紹介されています。この場合、利用者に乗っ取られていることを判断することは困難になります。

続きは、原典をお読みください。

●2.【ジャラリアンの「2015年x月のGeographica Pannonica」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:The full story of 90 hijacked journals from August 2011 to June 2015
    日本語訳:2011年8月から 2015年6月までに乗っ取られた90 学術誌の全容
  • 著者:Mehrdad Jalalian, Mehdi Dadkhah
  • 掲載誌・巻・ページ:Geographica Pannonica • Volume 19, Issue 2, 73-87
  • 発行年月日:2015年x月xx日
  • 指定引用方法:
  • PDF:http://www.dgt.uns.ac.rs/pannonica/papers/volume19_2_6.pdf

★2人の著者の紹介

メヘルダッド・ジャラリアン(Mehrdad Jalalian、https://orcid.org/0000-0002-3349-3142、写真出典)は、イランのメフル出版のジャーナリストで、学術誌「Electronic Physician」の編集長兼オーナーである。ジャラリアンが連絡著者。 → Electronic Physician Journal

メディ・ダドカ(Mehdi Dadkhah)は、イランのイスラム・アザド大学ティラン校の若手研究者。その後、フーランド工科大学(Fouland Institute of Technology)。

●【論文内容】

最初に断わっておくが、この論文は少し読みにくかった。白楽が誤解している点があるかも知れない。

★はじめに

現在の学術界は、できるだけ多くの論文を出版することを研究者に要求している。

索引付けされた国際的学術誌に発表した論文だけが価値があるとする官僚もいる。

2011年8月11日、サイバー犯罪者は信頼されている学術誌のニセ・サイトを作る新しいビジネスを始めた。「被乗取学術誌(ひのっとり がくじゅつし)(hijacked journals)」ビジネスである。

信頼されている学術誌というのは、トムソン・ロイター社の Web of Science (WOS) に索引付けされ、Journal Citation Reports (JCR)でインパクト・ファクターが提供されている学術誌である。

2012年初頭、著者のメヘルダッド・ジャラリアン(Mehrdad Jalalian)は、このビジネス(学術的不正行為)が組織的に行なわれていることに気がついた。

2014年、著者のジャラリアンはこの新しいビジネス(学術的不正行為)を「被乗取学術誌(ひのっとり がくじゅつし)(hijacked journals)」と命名した。

サイバー犯罪者は、被乗取学術誌に研究者の論文を有料で掲載することで研究者から不当に金銭を徴収している。場合によると、その時のクレジットカードの番号・パスワードなどを使って不当にカネを得ることもする。

さらに、その学術誌はゴミ学術誌なので、その学術誌に論文を掲載した研究者の評判は落ちる。論文として発表した研究成果の信頼度はとても低い。

また、サイバー犯罪者は、学術集会をターゲットに、著者から追加料金を徴収し、査読なしで、学術集会で発表した論文を被乗取学術誌に掲載するビジネスもしている。

このように、被乗取学術誌は学術論文の出版規範に違反し、発表された論文内容の信頼を損なっている。同時に、学術論文のオープンアクセス運動を複雑にしている。

2番目に重要な問題は、被乗取学術誌が、論文データベースが開発してきた科学的指標の信頼性を損傷していることだ。

研究界の正当な論文出版と引用に立脚したWeb of Science (WOS)、Scopus、Google Scholar Citation、Index Copernicus などの論文データベースが提供する数値が信頼できなくなってきた。

現在、出版論文数、被引用数、インパクトファクターの数値を維持している組織・人は、被乗取学術誌やフェイク学術誌(fake journals)で発表された論文の引用を排除できていない。

つまり、出版論文数、被引用数、インパクトファクターの数値は、どの程度か不明だが、信頼できない状況になっている。

なお、本論文では、サイバー犯罪者の実名や実際の電子メールなど、サイバー犯罪者に関連する機密情報を隠蔽して記載した。

★学術誌乗取者:ジェームズ・ロビンソン(James Robinson)(偽名)

  • ジェームズ・ロビンソン(James Robinson)(偽名)
    偽住所:アラブ首長国連邦ドバイ
    東欧のIT科学者
    マレーシアの大学で研究博士号を取得
    20以上の学術誌を乗っ取った:Journal of Balkan Tribological Association, Scientia Guaianae, Journal of American Medical Association, Cadmo, Entomon, Italianistica, Revue scientifique et technique, Kardiologiya, Agrochimica, Terapevticheskii Arkhiv, Ama, Tekstil, Fauna Rossii I Sopredel Nykh Stran, Azariana, PSR health research bulletin, etc.

2011年8月11日、サイバー犯罪者のジェームズ・ロビンソンは、悪用を目的に、学術誌・「science record journals」の期限切れのドメイン「sciencerecord.com」を自分で登録した。

2012年1月、ロビンソンは以下の3誌の被乗取学術誌と7誌のフェイク学術誌を、このドメイン「sciencerecord.com」で創刊した。

3誌の被乗取学術誌(hijacked journals):「Science Series data report」「Innova Ciencia」「Science and nature」

7誌のフェイク学術誌(fake journals):「America scientist」「International research journal of humanities」「International research journal of engineering and technologies」「International journal of medical discovery」「International journal of professional artist」「Pioneer architects &urban designers」「International research journal of basic and applied sciences」

被乗取学術誌とフェイク学術誌の違いは、被乗取学術誌は学術誌として登録された(registered)ことがあるが、フェイク学術誌は登録された(registered)ことがない、という点である。

7誌のフェイク学術誌(fake journals)は、すべて、偽のISSN番号が割り振られていた。

2011年10月23日、ロビンソンは、スイスの本物の学術誌「Archives des Sciences」のウェブサイトと間違われることを意図して、ドメイン「sciencesarchive.com」を登録した。

2012~2013年、ロビンソンは、他の学術誌も乗っ取ったが、その数は数誌にとどまっていた。

2014年初頭、ロビンソンは偽名「ジェームズ・ロビンソン(James Robinson)」とアラブ首長国連邦ドバイの偽住所を使って、学術出版の世界に新たな現象、すなわち「学術誌の大規模乗取(Mass journal hijacking)」をした。

彼は、世界有数の高品質の医学研究を出版する学術誌「Journal of the American Medical Association」を含む、多数の学術誌の偽ウェブサイトを作った。

ロビンソンは被乗取学術誌「Epistemology」など複数の学術誌も乗っ取った。被乗取学術誌「Epistemology」を出版しているトーマス・パブリッシング社(Tomas Publishing)は、完全なフェイク出版社で、「Der Präparator (Praparator)」など6 つの被乗取科学誌を出版している。

★学術誌乗取者:ルスラン・ボランバエフ(Ruslan Boranbaev)(偽名)

  • ルスラン・ボランバエフ(Ruslan Boranbaev)(偽名)
    “king of hijacked journals”
    2015 年にフランスの専用サーバー上に偽の「web of sciences」ポータルを作成
    25以上の学術誌を乗っ取った: Bothalia, Jokull, Cienia e tecnica, Wulfenia, Doriana, Revista Kasmera, Mitteilungen Klosterneuburg, Sylwan, HFSP journal, Natura, and Cahiers des Sciences Naturelles

2011年10月、「ルスラン・ボランバエフ(Ruslan Boranbaev)」という別のサイバー犯罪者は、最初の学術雑誌 (Archives des Science) を乗っ取り、ハイジャックされた偽雑誌 10 冊の最初のドメインを「科学記録学術誌」というタイトルで登録した。

その後、彼は多数の雑誌を乗っ取り、自分の身元を隠すための体系的な計画を立てた。

彼はまた、著作権のための「Academic Information Press」という偽の出版社を設立し、被乗取学術誌の出版に使用していた。

★被乗取学術誌

2015年時点で、著者のジャラリアンは、90誌の被乗取学術誌をリストした。以下10誌を示す。

●3.【ボハノンの「2015年11月のScience」論文】

★読んだ論文

★著者の紹介

ジョン・ボハノン(John Bohannon、写真出典)は、「Science」誌の元記者。英国のオックスフォード大学(Oxford University)の分子生物学の研究博士号(Ph.D.)所持者。

●【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

★はじめに

この記事は、イランのイスファハーンに拠点を置く情報技術科学者、メディ・ダドカ(Mehdi Dadkhah)から情報提供を受け、私(ジョン・ボハノン)がこの事件の記事を執筆するよう、サイエンス社から依頼された。

インターネット詐欺の中でも、学術誌を乗っ取る手口はかなり厚かましい行為である。

サイバー詐欺師たちは、ウェブアドレスを含めたドメインを学術出版社から奪い取り、そのサイトで本物の学術誌に「なりすまし」て、偽バージョンの学術誌を構築する。

インターネットが普及してからは、いろいろな分野でウェブサイトの「なりすます」はあったが、学術誌が標的にされるようになったのはここ数年である(論文は2015年)。

今まで知られてきた方法のニセ学術誌は、フェイク学術誌(fake journals)と呼ばれるが、本物の学術誌のアドレス (例えば、www.sciencemag.org)によく似ているが「e」一文字を抜いた異なるアドレス (www.sciencmag.org)のウェブサイトを構築し、その偽サイトに研究者を誘導する方法だった。

被乗取学術誌は、フェイク学術誌(fake journals)とは異なり、本物の学術誌のドメインを強奪して、本物の学術誌になりすまして、出版ビジネスを展開する。

研究者は、本物の学術誌のドメインなので、何の疑いも持たずに、被乗取学術誌のサイトにログインし、購読料や論文掲載料を支払うために、パスワードやお金を渡してしまう。

被乗取学術誌のサイトには本物の学術誌の公式アドレスがそのまま提示されているので、それが偽物で被乗取学術誌だと判別するのは、通常、難しい。

★乗っ取り方法

学術誌を乗っ取る方法を、以下の図で示す。英語のママでゴメン。

方法は、学術誌のドメインが期限切れになった時に、素早くそのドメインを購入するだけである。これは、違法ではなく、正当な売買である。

結果として、 ウェブサイトの管理とセキュリティに無頓着な学術誌が乗っ取られる。

乗っ取る側から見て、唯一の難しい点は、乗っ取りやすい学術誌を特定することだけである。ターゲットを特定できれば、ドメインを購入するだけなので、乗っ取りは簡単である。

元大学図書館員で現在は学術出版業界のコンサルタントのフィル・デイビス(Phil Davis、写真出典)は、「他の企業もサイバーセキュリティに多額の投資をしています。学術誌も必然的にサイバーセキュリティに多額の投資をする必要があります。危険にさらされているのはお金だけではありません。評判と信頼がかかっています」と警告している。

「Science」 誌の元ウェブ編集者のスチュワート・ウィルス(Stewart Wills 、写真出典)は、「出版社は印刷業の慣習から抜けられず、インターネット時代のウェブサイト運営に十分慣れていません。今までの出版社は、請求書が来ているのに支払いが遅れるのはよくある事でした。しかし、 デューデリジェンス(適正評価手続き)を実践する、適切なスタッフを雇用する、外部の ウェブサイト・ベンダーを利用するなど、現代では、ウェブサイトを十分慎重に運営する必要があります。オンライン業務の専門家を雇用しないペナルティは、現在は、とても高価です」と指摘した。

★ドメイン売買市場

短いドメイン名やわかりやすい英単語のドメインを中心に、商業的価値の高い期限切れのドメインを売買する市場がたくさんある。

試しに白楽が検索すると、下のサイトがヒットしたが、たくさんあった。

ただただ、学術誌のドメインは長くて難解なので、サイバー詐欺師たちは、ドメイン売買市場だけに依存していない。ターゲットの学術誌を見つけるための独自の戦略を持っている。

ジョン・ボハノンは学術誌 ドメイン追跡コードを実行して(ココ、白楽理解不能)、ターゲットの学術誌を見つける試みをした。その時、必要な唯一の調整は、ドメインの有効期限でデータをフィルタリングするだけだった。

そのフィルタリングをすることで乗っ取る学術誌のターゲットを絞りこむことができる。そして、いつ攻撃すべきかのリストが得られれる、というわけだ。(なお、白楽はこのリストを作れなかった)

★ボハノンが試した

論文著者のジョン・ボハノンは自分で調査し、 24 件の学術誌 ドメインが実際に乗っ取られたことを最近確認した(論文は2015年)。

さらにボハノンは、乗っ取り方法が実際に有効かどうか、彼自身で試しに学術誌を乗っ取ってみた。

クロアチアに拠点を置く現代美術の学術誌「Život Umjetnosti ( Journal of Contemporary Art )」のドメインを乗っ取って、そのサイトにきた人を、リック ・アストリー(Rick Astley)の 1987 年のクラシック ミュージック ビデオ「Never Gonna Give You Up」を聞かせることに成功した。

なお、「Život Umjetnosti 」のサイトは2023年6月にすでに新しいドメインに移行していて、出版社はトムソン・ロイター社に通知している。

ボハノンは、その後、ミュージック ビデオを削除した。現在、サイトには関連する xkcd 漫画と、本当の学術誌へのリンクが表示されている。

なお、2023年10月時点で白楽が「Život Umjetnosti」をグーグル検索すると、以下がヒットした(画像はそのサイトの画像)。このサイトが本物なのか、乗っ取られたサイトなのか、白楽はわかりません。
Život umjetnosti | Časopis za modernu i suvremenu umjetnost i arhitekturu https://zivotumjetnosti.ipu.hr/

★美味しいビジネス

学術誌ということで、難解は印象を与えるが、学術誌を道具にした犯罪はサイバー詐欺師たちにとって美味しいビジネスである。

今回解説している被乗取学術誌もそうだが、フェイク学術誌(fake journals)、捕食学術誌など、美味しいビジネスの理由の1つは、簡単に儲かることである。

今日のオンライン出版の規模が非常に大きいからだ。

2014年、20,000誌の学術誌から 200万件のデジタル論文が出版されている。

学術出版の経済規模は、100億ドル(約1兆円)で、その大部分は依然として購読料収入による学術誌の売買で、世界中の大学・研究機関の図書館が払っている。

しかし、一部はゴールドオープンアクセス出版、つまり、論文の著者が出版料金を前払いするシステムになっている。

2014年のゴールドオープンアクセス出版の市場は約2億5,000万ドル(約250億円)で、数年以内に倍増すると予想されている。

この約2億5,000万ドル(約250億円)と、多くの学術出版社のズサンなウェブサイト管理が詐欺師の格好の標的となっている。

フェイク学術誌(fake journals)、捕食学術誌などは簡単に発見できたが、被乗取学術誌に発見は難しい。

というのは、トムソン・ロイター社が監修し、12,000を超える学術誌の国際標準シリアル番号 (ISSN、International Standard Serial Numbers)、学術誌名、ウェブアドレス、郵便アドレスがリストされているWeb of Science など、信頼できる学術誌の信頼できるリストがある。

従って、オンライン学術誌のウェブアドレスが Web of Science 上の公式記録と一致する場合、本物だと確信できた。

しかし、その学術誌独自のウェブドメインが乗っ取られた被乗取学術誌は、ウェブドメインは本物と同じなので、この学術誌が偽物だと判別する簡単な方法はなくなった。

★メディ・ダドカ(Mehdi Dadkhah)

イランの情報技術科学者であるメディ・ダドカ(Mehdi Dadkhah)は、2013年に彼自身がだまされて以来、学術誌詐欺の調査をし続けている。

ダドカは、インターネット・セキュリティに関する修士論文の研究を発表しようとした。その頃、600 ドル(約6万円)の手数料を払うことで、研究集会で研究発表できるというメールを受け取った。トムソン・ロイター社が索引付けする学術誌に研究発表を論文として掲載できるので、600 ドル(約6万円)は彼にとって高額だったが、支払った。

その後、事態は奇妙な方向に進んだ。

この研究集会は「バーチャル」で行なわれ、リアルな研究集会は開催されないと通知された。実際、リアルな研究集会は開催されなかった。

そして学術誌は、別のウェブサイトにある本物の学術誌のクローン・バージョンだった。

ダドカは怒り、騒ぎ立て、最終的にはお金を取り戻した。ただし、お金を取り戻せるのは、かなり、マレはケースである。

それ以来、彼は学術誌詐欺を調査する専門家になった。

★ユーロメッド・コミュニケーションズ社(Euromed Communications)

英国の出版社であるユーロメッド・コミュニケーションズ社(Euromed Communications)は、生物医学雑誌や書籍を出版している。

このユーロメッド・コミュニケーションズ社が乗っ取りの標的となった。

問題は数年前、同社の創業取締役がガンで亡くなったときに始まった。経営陣の再編中に、10 ドルの請求書が未払いになっていた。それは、会社のウェブドメインの年間登録料だった。「再登録しようとしたが、遅すぎた」と同社の新取締役ピーター・ホール(Peter Hall)は言う。「すでに誰かがそれを取得していました」。

それ以来、ユーロメッド・コミュニケーションズ社は出版物を新しいドメインに移行し、2015年6月までは順調に進んだ。

しかし、2015年7月頃から、「研究者から怒りのメールが届くようになりました」とホールは言う。

同社が発行している製薬業界の業界誌の1つである「GMP Review」の購読料を払ったが、何もサービスを受けていない、と研究者らからのクレームが届くようになった。

案の定、業界誌「GMP Review」は乗っ取られていた。

現在でも、「GMP Review」を Google 検索すると、上位にヒットするウェブサイトはは古いウェブドメインで、そこでニセ学術誌の ウェブサイトになる。 → GMP Review Journal – euromedcommunications(以下の画像)

ほとんどの人が気づかない違いの 1 つは、編集者への電子メールや電話での連絡先が存在しないことである。代わりに、「連絡先」ボタンを押すと、連絡用ウェブフォームに移動し、メールは詐欺師に直接送信される。

「本当に迷惑だ」とピーター・ホールは嘆くが、それに対してできることはほとんどない。

誰でも、購入者にその「権利」があるかどうかを精査されずにウェブドメインを購入できる。ユーロメッド・コミュニケーションズ社の場合、学術誌はオーストラリアの民間企業を通じて購入された。

なお、ピーター・ホールはトムソン・ロイター社に状況を説明したので、現在、Web of Science にはピーター・ホールの会社の正しいウェブアドレスが掲載されている。

★ルードゥス・ヴィタリス(Ludus Vitalis)

同じ運命をたどった学術誌は、メキシコシティのセントロ・ロンバルド・トレダノ社(Centro Lombardo Toledano)が発行していた科学哲学の学術誌「ルードゥス・ヴィタリス(Ludus Vitalis)」がある。

この場合、学術誌の公式ドメインを奪い、学術誌サイトのクローンを作っただけでなく、詐欺師たちはさらに一歩進んで、論文投稿も受け付けている。

被乗取学術誌「ルードゥス・ヴィタリス(Ludus Vitalis)」では、150ドル(約1万5千円)で論文を出版できる。この偽学術誌には現在、さまざまな分野の論文が続々と掲載されている。

ウェブサイトではトムソン・ロイター社によって索引付けされていると大胆に宣言している。

本物の出版社はコメントを拒否したが、このサイトが自社の管理下にないことを認めている。

★被乗取学術誌を見分ける方法

被乗取学術誌なのか、正規の学術誌なのかは、普通に学術誌を見ている限り、見分けるのはほぼ不可能である。

また、学術誌の何件のドメインが奪われているのか、実態はわかっていない。

トムソン・ロイター社も被乗取学術誌の範囲を把握していない。

メディ・ダドカ(Mehdi Dadkhah)は、被乗取学術誌を発見する 2つの方法を示している。

1つ目。「WHOISクエリ」を実行して、ドメイン登録データをオンラインで確認する方法である。

Whoisとは、IPアドレスやドメイン名の登録者などに関する情報を、インターネットユーザーが誰でも参照できるサービスです。(出典:Whoisとは | JPRS

例えば、「Science」誌のドメイン「sciencemag.org」を、白楽が調べると、右図のドメイン登録データが出てきた(出典:Whois sciencemag.org)。

「sciencemag.org」ドメインの登録日は「1996年4月28日」で、「2025年4月29日」に契約が切れる。

情報は右図以外にもあり、登録国は「米国」、登録組織は「AAAS」、などもわかる。

ドメインの登録国が学術誌の発行者と異なる場合、または発行者の名前と連絡先情報がドメイン登録機関によって匿名に保たれている場合、正規の学術誌ではない可能性が高い。

●4.【その後】

今回紹介したメヘルダッド・ジャラリアン(Mehrdad Jalalian)の「2015年x月のGeographica Pannonica」論文と、状況を解説したジョン・ボハノン(John Bohannon)の「2015年11月のScience」論文は、8年前の論文である。

記載している内容が現状とすこし異なっていると思う。

今後、折を見て被乗取学術誌に関する論文を読み足して、全貌を掴んでいきたいと思う。

今回の論文に関しては、以下の点を補足しておく。

★「sciencerecord.com」

ジェームズ・ロビンソン(James Robinson)が乗っ取ったドメイン「sciencerecord.com」は、2023年10月時点で、売りに出ている(画像出典:Buy Domains – sciencerecord.com is for sale!)。

ドメインを乗っ取ったが、被乗取学術誌であることがバレて、ビジネスとして使いものにならなくなったので、ドメインを売っているのだと思う。

★「ciencesarchive.com」

ジェームズ・ロビンソンは、スイスの本物の学術誌「Archives des Sciences」のウェブサイトと間違われることを意図して、ドメイン「sciencesarchive.com」を登録した。

2023年10月、そのドメイン「sciencesarchive.com」を見ると、「ドメイン sciencesarchive.com は販売中です」とあり、右図の画面がでていた。 → sciencesarchive.com

ドメイン 「sciencesarchive.com 」は学術誌「Archives des Sciences」ウェブサイトではないことが公表され、「なりすまし」ができなかくなったので、ドメインを放棄したのだろう。

本物の学術誌「Archives des Sciences」のウェブサイトも「https://www.unige.ch/sphn/」となっている。

●5.【動画】

●7.【白楽の感想】

《1》学術界の秩序 

被乗取学術誌のことを白楽は記事にしてこなかったが、もう10年以上前から、学術論文界の秩序が崩壊している印象がある。

ネカト・クログレイだけではなく、論文工場が活発だし、架空著者もアチコチ目にする。こんな現実なので、国際大学ランキングの順位や論文出版数、被引用回数の評価はフェイクの上の数値で、現在では、信用・信頼できない。

ただ、どれだけ信用・信頼できないのかが、ハッキリしない。

今回、被乗取学術誌のことを調べた。

すると、被乗取学術誌は2012年1月に創刊というから、2023年10月現在、10年以上が経過している。

2015年で90誌をリストしているが、2023年現在、かなりの数だろう。

日本人の被害者は既にいると思うが、この悪徳ビジネスを展開している日本人はいるのか・いないのか?

《2》儲かるビジネス 

一般に、ウェブサイトを開設し維持する経費は、初期費用と人件費を除けば、1年間に2~3万円である。

論文掲載料を1論文につき20万円得たとする。そのレートで、毎月、10論文を掲載すれば、月200万円の収入である。白楽もしようかな、と思える収入である。

2014年のゴールドオープンアクセス出版の市場は約250億円である。その1割を食い物にしても25億円である。世界で悪徳業者が10チームいたとして、1チーム2億5千万円の収入である。ウハウハである。

被乗取学術誌だけでなく、フェイク学術誌(fake journals)、捕食学術誌など、楽に儲かるビジネスなので、目先のきいたサイバー犯罪者は、世界中のウブな研究者を手玉に取ってダマすだろう。

そして、このビジネスを取り締まる法律がない。つまり、違法ではない。国際的にも取り締まる組織もない。せいぜい、警告を発するだけである。

日本の大学・図書館は警告を発しているが、文部科学省も日本学術会議も動かない。

そして、日本人で被害にあったという事例報告を聞かない。というか、デタラメ論文を投稿して被害にあっても、表に出しにくいのだろう。

しかし、どう見てもサイバー詐欺である。実態をつかんで、違法とし、国際的にも取り締まる方向で検討すべきだ。

《3》類似犯 

被乗取学術誌やフェイク学術誌(fake journals)はかなり特殊な分野のサイバー詐欺だと思う。

一般的には、もっと、儲かる・面白い分野で「乗っ取り」や「なりすまし」のサイバー詐欺が行なわれている。

適切な日本語ではないが「ブランドジャッキング」(Brandjacking – Wikipedia)や「偽ブログ」(Fake blog – Wikipedia)である。

ブランドジャッキング(Brandjacking)は、主にオンライン上で、著名な企業や人物のブランドをなりすまし等により利用する活動を指します。

ブランドジャッキングには、著名ブランドのキャンペーン等に相乗りし宣伝を行うといった合法的なものから、公式SNSアカウント等になりすましユーザーをだますなどの悪質なものも存在します。

オンライン上でブランドジャッキング活動の標的になった場合、その組織が持つレピュテーションを損なうリスクが発生します(出典:ブランドジャッキングとは【用語集詳細】

韓国芸能人の「なりすまし」はかなり横行しているとのことだ。

多くのスターたちが詐称アカウントの被害を訴え、ファンたちに注意を呼びかけたりもした。単純に真似することにとどまらず、スターを詐称した後、ファンたちに接近し金品や商品販売を要求するなど、金銭的な被害を被る事例まである。(2023年10月10日記事:詐称アカウントに憤るスターたち(WoW!Korea)|dメニューニュース(NTTドコモ)

日本の芸能人の「なりすまし」もあるでしょう。良くは知らないけど・・・。

《4》「白楽の研究者倫理:50年ブログ」 

白楽の研究者倫理」のウェブドメインも、契約が切れたら、誰でも購入できる。

後期高齢者の白楽も、数年で、「白楽の研究者倫理」を管理できなくなるだろう。その後、放置になる。

となると、悪意のある人がドメインを購入し、白楽になりすまし、ブログ内容を変え、記事を配信し続けるかもしれない。

この被害を防ぐには、「白楽の研究者倫理」が日本社会ですっかり無用になるまで、契約しておくべきということなのか?

「白楽の研究者倫理」はサイトを開設してから9年6か月が経過した。今後7年6か月の契約金をサーバー会社へ既に支払ってある。

白楽の死後のことを考えると、死後数十年、乗っ取られないため、33年間の料金を払って、今後40年間継続した方がよさそうだ。ブログの総期間を切り良く50年とし、「白楽の研究者倫理:50年ブログ」と、そのうち、しよう。

ただ、サーバー会社が今後40年間、倒産しないかが心配だ。

なお、「100年ブログ」にした方がいいか、迷っている。 

イヤ、40年後には誰も見ないだろうから、100年ブログの必要はないだろう。

それにしても、学術誌だけでなく、いろいろなウェブドメインが簡単に乗っ取れるということだ。詐欺犯罪の手口になるのに、防止法がない。

永久欠番にするなど、しかるべき組織が対策を考えて下さい。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●8.【参考文献】

① ウィキペディア英語版:Journal hijacking – Wikipedia
② ウィキペディア英語版:被乗取学術誌のリスト:Category:Hijacked journals – Wikipedia

★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●9.【コメント】

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