「ズサン」「利益相反」:デイヴィッド・シャハル(David Shahar)(豪)

2020年1月22日掲載 

ワンポイント:2019年ネカト世界ランキングの「2」の「5」に挙げられたので記事にした。サンシャインコースト大学(University of Sunshine Coast)・研究員のシャハルはスマホを見てると角が生えるという「2018年のSci Rep」論文を出版した。2019年6月下旬(44歳?)、論文出版の1年4か月後、多くのメディアが上記の論文を取り上げた。ただ、メディアは誤解を与えるような見出しでセンセーショナルな記事にした。「Ars Technica」誌・科学記者のベス・モール(Beth Mole)がメディアの問題点、かつまた、論文自体の「ズサン」「利益相反」を指摘した。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

デイヴィッド・シャハル(David Shahar、ORCID iD:?、写真出典)は、オーストラリアのサンシャインコースト大学(University of Sunshine Coast)・健康スポーツ科学大学院(School of Health and Sport Sciences)・研究員かつ、営利企業・従業員で、医師ではない。専門はカイロプラクティック学である。

2018年2月20日(43歳?)、シャハルは「2018年のSci Rep」論文を出版した。若い人は高齢者に比べ、スマホを見る時間が長い。スマホを見る時は顔が下向きになっているため、頭蓋骨の後ろに骨の出っ張り(=外骨腫症)ができる、という論文である。

2019年6月下旬(44歳?)、論文出版してから1年4か月後、上記の論文を多くのメディアが面白おかしく報じた。取り上げ方は、論文の内容を誤解を与えるような見出しで、センセーショナルに「若者は、顔を下向きにして長時間スマホを見るので、頭蓋骨の後に角が生える」と。

このメディアの取り上げ方が問題視された。また、論文自体が「ズサン」「利益相反」でデータねつ造・改ざんの可能性も指摘された。

問題視した人は他にもいるが、本記事では、「Ars Technica」誌・科学記者で研究博士号(PhD)を持つベス・モール(Beth Mole)の批判を取り上げる。批判はなかなか鋭いものがある。白楽は、ベス・モールを褒めたい。

2020年1月21日現在(45歳?)、「2018年のSci Rep」論文は訂正されたが、撤回されていない。サンシャインコースト大学はシャハルのネカト調査をしていない。処分もしていない。

ロス・ポメロイ(Ross Pomeroy)が「RealClearScience誌の「2019年の最大ガラクタ科学」(The Biggest Junk Science of 2019 )の第5位に挙げたので、記事にした。 → 2019年ネカト世界ランキングの「2」の「5」

サンシャインコースト大学(University of Sunshine Coast)。写真出典

  • 国:オーストラリア
  • 成長国:米国
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:サンシャインコースト大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1975年1月1日生まれとする。見た目から
  • 現在の年齢:49 歳?
  • 分野:カイロプラクティック学
  • 最初の不正論文発表:2018年(43歳?)
  • 不正論文発表:2018年(43歳?)
  • 発覚年:2019年(44歳?)
  • 発覚時地位:サンシャインコースト大学・研究員、企業・従業員
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は「Ars Technica」誌・科学記者のベス・モール(Beth Mole)で、「Ars Technica」記事に発表
  • ステップ2(メディア):「Ars Technica」、「Gizmodo」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①サンシャインコースト大学は調査していない
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
  • 大学の透明性:調査していない(✖)
  • 不正:「ズサン」「利益相反」
  • 不正論文数:1報
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

出典:(4) David Shahar DC PhD | LinkedIn

  • 生年月日:不明。仮に1975年1月1日生まれとする。見た目から
  • xxxx年(xx歳):米国のロサンゼルス・カイロプラクティック大学(LACC:Los Angeles College of Chiropractic)でカイロプラクティック資格(Certified Chiropractic Sport Physician)取得。ただし、この資格はまともな資格ではないかもしれない。通常のカイロプラクティック学位の種類にはない
  • xxxx年(xx歳):米国のクリーブランド・カイロプラクティック大学(Cleveland Chiropractic College of Los Angeles)でカイロプラクティック学位(Doctor of Chiropractic、博士号ではない)取得。この学位は、カイロプラクティック学位の種類にある
  • xxxx年(xx歳):オーストラリアのサンシャインコースト大学(University of Sunshine Coast)で研究博士号(PhD)を取得:臨床バイオメカニクス学(Clinical Biomechanics)
  • 2007年8月 – 現在(32歳? –): 私企業のドクター・ポスチャー(Dr Posture )・所長
  • 2008年 – 現在(33歳? –):私企業のリビングウェル・カイロプラクティック(Living Well Chiropractic)・所長
  • 2014年2月 – 現在(39歳? –):サンシャインコースト大学・研究員
  • 2018年2月20日(43歳?):「2018年のSci Rep」論文を出版した
  • 2018年6月 – 現在(43歳? –):ヘルス・ハブ・モレイフィールド病院(Health Hub Morayfield )・カイロプラクティック担当者

●4.【日本語の解説】

★2019年06月22日:ハザードラボ:首の後ろにトゲのような骨「スマホ首」が原因か? 豪州研究

出典 → ココ(含・写真)、(保存版) 

通勤電車はもちろん、ふとんに入っても、なかにはお風呂のなかまで手放さないという人がいるスマートフォン。その影響で、問題になっているのが、うつむきがちな姿勢で首や肩が凝る「スマホ首」だ。豪州の研究者は、近年若い世代の間で、頭蓋骨の首の後ろ部分に、トゲのように骨が出っぱっている人が増えていることを発見した。

クイーンズランド州ブリスベン近郊のサンシャイン・コースト大学でスポーツ科学を研究するデビッド・シャハル(David Shahar)氏らは、18歳から30歳までの男女108人(男45人、女63人)と、50歳から60歳までの男女110人(男50人、女60人)のふたつのグループの骨格の違いを調査した。

男性の方がトゲが長い

参加者218人のレントゲン写真を比較した結果、全体の4割近くで、頭蓋骨の後頭部にトゲのような骨の突起があることが判明。このトゲは、平均すると5〜10ミリの長さで、1割近くの人では、20ミリ以上の長いトゲを持つ人がいた。

もともと頭蓋骨の後頭部には、中心に「外後頭隆起」というコブのように出っぱった部分があるものだが、シャハル氏が調査した被験者では、この隆起がトゲのように伸びているという。また男女で比べると、男性のほうが平均してトゲが長く、なかには最長35.7ミリまで伸びた人も報告されている(女性の最長は25.5ミリ)。

骨隆起は、骨に強い力が加わり続けたために、過剰に発達するもので、通常は長い時間をかけて少しずつ大きくなるため、高齢者に多く、若い世代ではほとんど見られない症状だが、調査では、健康な若い世代ほど後頭部に異常な発達が多かった。

★2019年06月22日:exciteニュース:首の後ろにトゲのような骨「スマホ首」が原因か?豪州研究

出典 → ココ、(保存版) 

上記とハザードラボが書いている。内容は上記と同じ。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★「2018年のSci Rep」論文

2018年2月20日(49歳?)、デイヴィッド・シャハル(David Shahar)が「2018年のSci Rep」論文を出版した。2019年9月18日に訂正されたが、2020年1月21日現在、撤回されていない。

  • Shahar, D., Sayers, M.G.L.
    Prominent exostosis projecting from the occipital squama more substantial and prevalent in young adult than older age groups.
    Sci Rep 8, 3354 (2018) doi:10.1038/s41598-018-21625-1
    https://www.nature.com/articles/s41598-018-21625-1

論文タイトルをそのまま訳すと、「後頭鱗(occipital squama)から突出する顕著な外骨腫症(exostosis)が、高齢者よりも若い人に多く見られる」となる。

つまり、若い人は高齢者に比べ、スマホを見る時間が長く、顔が下向きになっているため、頭蓋骨の後ろの骨の出っ張り(=外骨腫症)ができている人が多い、という論文である。

「頭蓋骨の後ろの骨の出っ張り(external occipital protuberance:EOP)」の特に長い(10㎜以上)のを肥大EOP(enlarged EOP:EEOP)と命名し、年齢と性ごとに分類した研究である。

以下の写真(出典は原著)は28歳の男性の例だが、肥大EOP(黄色の矢印)の長さは27.8㎜である。

論文を出版してから1年4か月後、多くのメディアが上記の論文を取り上げ、面白おかしく報じた。以下に2記事を示すが、他にも記事がある。なぜ1年4か月後なのか、なぜたくさんのメディアなのか、白楽は理解できていない。

①  2019年6月13日のカシミラ・ガンダー(Kashmira Gander)記者の「Newsweek」記事:Humans Have Started Growing Spikes in the Back of Their Skulls Because We Use Smartphones so Much
② 2019年6月20日のアイザック・スタンレー=ベッカー(Isaac Stanley-Becker)記者の「ワシントンポスト」記事:Australian researchers find ‘horns’ growing on young people’s skulls from phone overuse – The Washington Post、(保存済)

例として、2019年6月20日の「ワシントンポスト」新聞の記事(上記の②)の見出しを訳すと、「若者の頭蓋骨の上に角が成長している。研究結果はスマホの使用を止めた方がいいと示唆している」とある。

【問題点】

★問題点を指摘した日本語の解説

ロス・ポメロイ(Ross Pomeroy)が「RealClearScience誌の「2019年の最大ガラクタ科学」(The Biggest Junk Science of 2019 )の第5位に挙げたので、記事にした(2019年ネカト世界ランキングの「2」の「5」)。 

ロス・ポメロイは、次項で示すベス・モール(Beth Mole)の批判記事を中心に解説している。

それで、本記事でも、ベス・モール(Beth Mole)の批判記事に沿って書き進めるつもりだったが、問題点を指摘した別の英語解説記事があり、その日本語訳があった。折角だから、それを紹介しよう。以下、抽出引用だが、ほとんどの問題点が記載されている。

★2019年6月25日の筆者(翻訳者)無記名の「ギズモード・ジャパン」記事:みんなが大騒ぎしてる「スマホのせいで頭蓋骨にツノが生えた」はホント? | ギズモード・ジャパン

原文は2019年6月20日のライアン・マンデルバウム(Ryan F. Mandelbaum)記者の「Gizmodo」記事:No, Using a Cellphone Isn’t Causing You to Grow a Horn

出典 → ココ、(保存版) 

オーストラリアの研究がネタ元

オーストラリア、サンシャインコースト大学の研究者、David Shahar氏とMark Sayers氏による研究結果はオーストラリアのメディアを通じ、「若い世代は頭の後ろにツノが生え始めている」などの見出しで拡散しました。現在あらゆるジャーナリストたちに引用されている論文によると、研究者たちは一部の人たちの後頭部に生えている大きな突起物に着目しました。この現象が若者に多く発現していることから、その理由はスマートフォンの見すぎであるとメディアは主張しています。

論文では「あくまで仮説」

しかし、論文はこの「ツノ」と携帯の使用の関連性を証明してはいません。論文の概要にはこうあります。

「私たちは、この外後頭隆起がスマートフォンやタブレットなどの使用による、異常な姿勢の維持によるものではないかと仮説を立てました」

つまり仮説であって、実証されたわけではないんです。

「スマホを使っていない人たち」との比較が行なわれていない

35パーセントから40パーセントの若者の後頭部に大きな突起物があり、男性の方がより大きいと結論づけました。ただ、ウィスコンシン・マディソン大学の人類学者、John Hawks氏がブログで指摘しているように、グラフはその結論を裏付けているようには見えません。もっとも重要なのは、彼らが「スマホを使っているグループ」と、それに対する対照群として「スマホを使っていない」または「あまり使わない」グループを比較しなかったことです。なので、スマホのせいだと言い切るには至らないのです。

問題は他にもあります。New York Timesが指摘しているように、そもそも被験者は皆カイロプラクターに来るほどの痛みを抱えていた人たちなので、突起物を持った人が多かったのはそれが理由かもしれません。

★ベス・モールの批判

ベス・モール(Beth Mole、写真出典)が優れた批判記事を書いている。やはり、そちらも紹介しよう。

なお、ベス・モールは2010年にノースカロライナ大学チャペルヒル校 (University of North Carolina at Chapel Hill) で微生物学の研究博士号(PhD)を取得した科学記者である。
 → 2019年6月22日のベス・モール(Beth Mole)記者の「Ars Technica」記事:Debunked: The absurd story about smartphones causing kids to sprout horns | Ars Technica

問題の1つ目は、論文では、角について何も言及していないのに、メディアは角と騒いでいる。

問題の2つ目は、論文では、被験者のスマホ(モバイルデバイス)の使用に関するデータがまったく含まれていない。

問題の3つ目は、データを適切に記述していない。例えば、著者は、研究に使用したX線像をどのように得たのか説明していない。「軽度以上」の痛みを報告したカイロプラクティック患者を除外したが、その理由を説明していない。患者の何人かは痛みを報告しなかったと述べているが、その患者の首のX線を撮影している。痛みを訴えていない患者の首のX線をどうして撮影したのか? 一般的に、臨床的理由がないのにX線を撮影することはない。

問題の4つ目は、カイロプラクティック患者を被験者にしているが、その患者群は、人口構成の全体像を代表していない。つまり、被験者である18歳から30歳までの300人はその年齢層の代表だという根拠がない。この300人がカイロプラクティック病院に来たのは、何らかの理由で頭蓋骨の後ろの骨の出っ張り(=外骨腫症)を持っている可能性が高い可能性がある。

問題の5つ目は、結果のいくつかが互いに矛盾している。

問題の6つ目は、金銭的な利益相反がある。シャハルは私企業のドクター・ポスチャー(Dr Posture )で、このような姿勢の問題を防ぐための装置と技術を開発している。この製品の宣伝販売に有利になるように「2018年のSci Rep」論文を発表したものと思われる。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2020年1月21日現在、パブメド(PubMed)で、デイヴィッド・シャハル(David Shahar)の論文を「David Shahar」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2016~2019年の4年間の7論文がヒットした。内1論文は「2018年のSci Rep」論文を2019年9月18日に訂正した公告である。

「Shahar D」で検索すると、1990~2019年の30年間の120論文がヒットした。

2020年1月21日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

2020年1月21日現在、「Corrected and Republished Article」のフィルターでパブメドの論文訂正リストを検索すると、0論文が訂正されていた。

★撤回論文データベース

2020年1月21日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでデイヴィッド・シャハル(David Shahar)を「David Shahar」で検索すると、0論文がヒットし、0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2020年1月21日現在、「パブピア(PubPeer)」では、デイヴィッド・シャハル(David Shahar)の論文のコメントを「”David Shahar”」で検索すると、本記事で問題にした「2018年のSci Rep」論文・1論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》不思議 

ネカト記事を書いていて、いつも不思議に思う。「ズサン」「利益相反」が明白なのに論文として出版されてしまうことだ。

以下、「「間違い」:気象学:ラルフ・キーリング(Ralph Keeling)(米)」の《1》とほぼ同じ論旨である(固有名詞は変えた)。

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「2018年のSci Rep」論文の共著者はマーク・セイヤーズ(Mark Gl Sayers、写真出典)である。論文共著者のセイヤーズは何をしていたんだろう?

また、「Sci Rep」は「Nature」系のオープンアクセス学術誌なので、一流の査読者が査読したはずだ。査読者は何をしていたんだろう?

「2018年のSci Rep」論文は、研究者ではない科学記者のベス・モール(Beth Mole)に論文データの「ズサン」「間違い」を指摘されて、結局、図5を訂正しているのである。ベス・モールは、研究博士号(PhD)を持つとはいえ、微生物学である。カイロプラクティック学は専門外だし、微生物学は人体解剖学とはほど遠い。

これでは、学術論文のチェック機能がお粗末すぎる! やめちまえ。

やめて、「7-36.まず論文掲載、後からキュレート」したらどうか。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】

① 2019年6月22日のベス・モール(Beth Mole)記者の「Ars Technica」記事:Debunked: The absurd story about smartphones causing kids to sprout horns | Ars Technica
② 2019年6月20日のアイザック・スタンレー=ベッカー(Isaac Stanley-Becker)記者の「ワシントンポスト」記事:Australian researchers find ‘horns’ growing on young people’s skulls from phone overuse – The Washington Post、(保存済)
③ 2019年6月13日のカシミラ・ガンダー(Kashmira Gander)記者の「Newsweek」記事:Humans Have Started Growing Spikes in the Back of Their Skulls Because We Use Smartphones so Much 
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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