マヘシュ・ヴィスヴァナタン(Mahesh Visvanathan)、ジェラルド・ラシントン(Gerald Lushington)(米)

ワンポイント:盗用者はもちろん、盗用を容認した(当局に通報しない)人も処分された事件。事件後も米国で研究者を続けた少数例。

【概略】
Lost_or_Unknown_svgマヘシュ・ヴィスヴァナタン(Mahesh Visvanathan、顔写真未発見)、ジェラルド・ラシントン(Gerald Lushington、写真下、出典)は、米国・カンザス大学(University of Kansas)の生物情報学(コンピューター)の研究者だった。286f7179242ee9e87a5835c796ab719bc229a066

ヴィスヴァナタンはカンザス大学のK-INBRE生物情報学基幹施設(K-INBRE Bioinformatics Core Facility)の研究助教授(Research Assistant Professor)で副施設長だった。

ラシントンは、K-INBRE生物情報学基幹施設の施設長(Director of the K-INBRE Bioinformatics Core Facility)で、分子図形モデル実験室長(Director of the Molecular Graphics and Modeling Lab)だった。

2011年10月4日、カンザス大学は2人に論文盗用があったと公表した。

2012年1月6日、研究公正局は、調査の結果、2人の3論文と1講演要旨(全部共著)に盗用があったと発表した。2人とも研究公正局から2年間の締め出し処分を受けた。標準は3年間だから、悪質度は低いと判定されたことになる。

なお、この事件は、2012年2月27日の「大学の10大研究不正」ランキングの第3位になった(2012年ランキング | 研究倫理)。

dna_abstract_0402カンザス大学のK-INBRE生物情報学基幹施設(K-INBRE Bioinformatics Core Facility)のポスター。写真出典

★マヘシュ・ヴィスヴァナタン(Mahesh Visvanathan)

  • 国:米国
  • 成長国:
  • 研究博士号(PhD)取得: 取得した大学不明
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明
  • 現在の年齢:不明
  • 分野:生物情報学(コンピューター)
  • 最初の不正論文発表:2009年(xx歳)
  • 発覚年:2009年(xx歳)
  • 発覚時地位:カンザス大学・助教授
  • 発覚:同じ分野の研究者・院生
  • 調査:①カンザス大学・調査委員会。~2011年10月4日。②研究公正局。~2012年1月6日
  • 不正:盗用
  • 不正論文数:論文撤回は3報
  • 時期:研究キャリアの初期
  • 結末:辞職

★ジェラルド・ラシントン(Gerald Lushington)
主な出典: Gerald Lushington | LinkedIn(保存版)

  • 国:米国
  • 成長国:カナダ
  • 研究博士号(PhD)取得:カナダのニューブランズウィック大学(University of New Brunswick
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1969年1月1日とする
  • 現在の年齢:55 歳?
  • 分野:生物情報学(コンピューター)
  • 最初の不正論文発表:2009年(40歳?)
  • 発覚年:2009年(40歳?)
  • 発覚時地位:カンザス大学・施設長
  • 発覚:同じ分野の研究者・院生
  • 調査:①カンザス大学・調査委員会。~2011年10月4日。②研究公正局。~2012年1月6日
  • 不正:盗用
  • 不正論文数:論文撤回は3報
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 結末:辞職。他大学で研究職を続けている

【経歴と経過】

★マヘシュ・ヴィスヴァナタン(Mahesh Visvanathan)
不明点多い

  • 生年月日:不明
  • xxxx年(xx歳):xx大学を卒業
  • xxxx年(xx歳):xx大学で研究博士号(PhD)取得
  • xxxx年(xx歳):カンザス大学・K-INBRE生物情報学基幹施設(K-INBRE Bioinformatics Core Facility)の研究助教授
  • 2009年(xx歳):論文盗用が発覚した
  • 2011年10月(xx歳):カンザス大学が論文盗用を公表した
  • 2012年1月(xx歳):研究公正局が論文盗用を公表した
  • 20xx年(xx歳):カンザス大学を辞職

★ジェラルド・ラシントン(Gerald Lushington)
出典:①Gerald Lushington | LinkedIn、②Gerald Lushington – Principal, Lushington In Silico – VisualCV

  • 生年月日:不明。仮に1969年1月1日とする
  • 1991年(22歳?):カナダのニューブランズウィック大学(University of New Brunswick)卒業。学士号。化学と数学専攻
  • 1991-1996年(22-27歳?):カナダのニューブランズウィック大学(University of New Brunswick)の院生。研究博士号(PhD)取得。化学専攻
  • 1997年7月- 2001年7月(28-32歳?):米国・OSC社・社員。科学スペシャリスト
  • 2001年7月-2012年8月(32-43歳?):カンザス大学・施設長
  • 2009年(40歳?):論文盗用が発覚した
  • 2011年10月(43歳?):カンザス大学が論文盗用を公表した
  • 2012年1月(43歳?):研究公正局が論文盗用を公表した
  • 2012年6月-2016年2月・現在(43歳?-):リス・コンサルタント社(LiS Consulting:Lushington in Silico Consulting)設立。主幹コンサルタント(Principal Consultant)
  • 2013年4月-2016年2月・現在(44歳?-):カンザス州立大学(Kansas State University)・教授(Professor of Human Nutrition (adjunct))

【不正発覚の経緯と内容】

2009年、カンザス大学のヴィスヴァナタンとラシントンは他の研究者と共著で、スウェーデンの生物情報学の学会に講演を申し込んだ。

その講演要旨を読んだ研究者が、講演要旨は盗用だと訴えた。それで、2人は、旅費の工面がつかないからと、講演に行かなかった。しかし、本当の理由は、論文盗用の発覚だった。

カンザス大学の調査報告書によると、ヴィスヴァナタンとラシントンはカンザス大学の院生にも盗用だと指摘されていた。しかし、2人はその指摘を無視していた。そして、連続して論文盗用していた。

無題主犯はヴィスヴァナタンだった。ラシントンは、ヴィスヴァナタンの3論文と1要旨に盗用があることを知りながら、大学当局に通知せず、さらには、投稿を黙認したことが、不正行為に該当するとされた。

2011年10月4日、カンザス大学は上記のことを公表し、2人を非難し、少なくとも2論文を撤回した(①Professors censured for plagiarism – The University Daily Kansan: News。②Public censure – Campus News保存版)。

ネイチャー記事によると、ネイチャー記者の質問に、ヴィスヴァナタンは、「実際に盗用したのは院生で、私は院生の代わりに責任をかぶった」と述べている。

ラシントンは、コメントしないようにとアドバイスされているので(弁護士、大学から?)、コメントしませんとのことだった。

★研究公正局の報告

2012年1月6日、研究公正局は、調査の結果、以下の3論文と1講演要旨に盗用があったと発表し、2人とも2年間の締め出し処分とした。標準は3年間だから、悪質度は低いと判定したことになる。

  1. Visvanathan, M., Adagarla, B., Lushington, G., Sittampalam, S.,
    Proceedings of the 2009 International Joint Conference on Bioinformatics, Systems, Biology and Intelligent Computing, 2009, 494-497.

盗用率は50%で、以下の3論文から盗用したとある。2011年1月5日、論文は撤回された。
(1) Yang, C.-S., Chuang, L.-Y., Ke, C.-H., Yang, C.-H., International Journal of Computer Science, International Association of Engineers, August 2008 35(3),
(2) Goffard, N. and Weiller, G., Nucleic Acids Research, 2007, 35L:W176-W181, and
(3) Chuang, L.-Y., Yang, C.-H., Tu, C.-J., Yang, C.-H., Proceedings of the Joint Conference on Information Sciences, Atlantis Press, October 2006.

  1. Vijayan, A.; Skariah, B. E., Nair, B.; Lushington, G., Subramanian, S., Visvanathan, M.,
    Proceedings of the IEEE International Conference on Bioinformatics and Biomedicine Workshop, 2009, BIBMW2009, 267-271.

盗用率は15%で、以下の論文から盗用したとある。2011年1月5日、論文は撤回された。なお、IEEEは電気工学・電子工学技術学会(Institute of Electrical and Electronics Engineers)である。

Goffard, N. and Weiller, G., Nucleic Acids Research, 2007, 35L:W176-W181.

  1. Visvanathan, M., Netzer, M., Seger, M., Adagarla, B. S., Baumgartner, C., Sittampalam, S., Lushington, G.,
    International Journal of Computational Biology and Drug Design, 2009, 2,236-251.

1節が以下の論文と完全に同じだった。
Goffard, N. and Weiller, G., Nucleic Acids Research, 2007, 35L:W176-W181.

  1. Adagarla, B., Lushington, G., Visvanathan, M.,
    ISMB International Conference, January 2009

ポスター要旨が以下の論文と完全に同じだった。
Pihur, V., Datta, S., Datta S., Genomics, 2003, 92:400-403.

 ●【論文数と撤回論文】

2016年2月6日現在、パブメド(PubMed)で、マヘシュ・ヴィスヴァナタン(Mahesh Visvanathan)を「Mahesh Visvanathan [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2007~2013年の6年間の9論文がヒットした。

ジェラルド・ラシントン(Gerald Lushington)の論文を同様に検索すると、2002~2016年の15年間の120論文がヒットした。

2016年2月6日現在、研究公正局が盗用論文とした以下の2009年論文は、パブメドのリストでは撤回論文の表示はないが、個々の論文のサイトに行くと、「Comment in Findings of research misconduct. [NIH Guide Grants Contracts. 2012]」という表示があった。

パブメドは、論文リストにもっとしっかり撤回論文の表示をしてほしいものだ。人手が追い付かないという話だが。

なお、パブメドには、コンピュータ系の論文は網羅されていないので、上記の論文数は彼らの全論文数ではない可能性がある。

なお、すでに述べたようにIEEE誌(Institute of Electrical and Electronics Engineers、電気工学・電子工学技術学会)の2論文は撤回されている。

【白楽の感想】

《1》なぜランキング入り?

この事件は、この事件は、2012年2月27日の「大学の10大研究不正」ランキングの第3位になった(2012年ランキング | 研究倫理)。

なぜ、ランキングの第3位に挙げられたのだろう?

ランキングの説明では、2人は、他の研究ネカト者と異なり、数年間も研究職に就いていたとある。しかし、大学が調査結果を公表したのが2011年で、翌2012年1月に研究公正局が不正を公表し、2人は辞職した。

「数年間も研究者職に就いていた」ためと説明しているが、これがランキング入りした理由とは思いにくい。不正発覚後にも研究職に数年間を就いているケースはたくさんある。調査終了後に処分が科されるから、その前後に辞職することが多い。もちろん、調査開始とともに辞職する研究者もかなりいる。

この事件は、研究公正局の締め出し処分が2年間と標準以下である。そして、著名大学でもない、著名研究者でもない、研究ネカト論文数も多くない、巨額の研究費でもない、健康被害もない。「ない」ばかりなのに、なぜ?

無題1ポイントは、ジェラルド・ラシントン(Gerald Lushington)にあるようだ。

特記すべきことが1つある。

ラシントンは、同僚ヴィスヴァナタンの盗用に気が付いていたのに大学当局に報告しなかった。そして、盗用を知りつつ論文投稿を許容し、盗用論文の共著者になった。

このレベルで研究ネカトとして処分されたのは珍しい。

知りながら注意しなかったという研究ネカトである。今までこういうケースで大学や研究公正局が処分した例はない(多分)。研究ネカト処分の新動向に思える。飲酒運転と知りながら注意しなかった罪と同等の扱いである。

《2》盗用容認(当局に通報しない)の証明は?

「同僚ヴィスヴァナタンの盗用にラシントンが気が付いていた」のをどうやって証明したのだろうか?

「盗用を知りつつ論文投稿を許容した」のもどうやって証明したのだろうか?

また、盗用論文の共著者はラシントン以外にも数人いる。その人たちはシロだとどうやって証明したのだろうか?

盗用と知りつつ当局に通報しなかったとどうやって証明したのだろうか?

大学と研究公正局はこれらの証拠をやって得たのだろう?

【主要情報源】③にハンス・ブライター(Hans Brighter)の「ラシントンが自白したとしか考えられない」というコメントがある(Hans Brighter January 18, 2012 at 7:46 am)。

しかし、自白というのは、何かヘンな気がする。自白があったとしても、自白だけで証明されたことになるのだろうか? ラシントンは、学内政治の被害者ということはないのだろうか?

《3》研究者を続けられた珍しいケース

研究公正局がクロと判定し、締め出し処分を下した人で、研究者を続けられた研究者は少数である。米国は研究ネカト者を研究界から排除する方針だから、基本的に研究者を続けることが困難になる。

米国ではパケットだけかもしれないとレオ・パケット(Leo A. Paquette)の記事に書いたばかりだ。しかも、パケットのクロ判定は1993年で、研究ネカト制度の初期だったから、排除方針がブレたのかもしれない、とも書いた。

今回は研究公正局が2012年に公表した事件である。ただ、締め出し期間が2年間と短いこと、実質的な盗用者ではないこと、分野が工学系で政府研究費に依存度が低いことなどから、ラシントンは研究界から排除されなかったのかもしれない。もちろん、本人の能力が高いこと、共同研究者から好かれていることもあるだろう。glushington

ラシントンは、事件後、カンザス大学を辞職した。自分でコンサルタント会社(リス・コンサルタント社:LiS Consulting:Lushington in Silico Consulting)を設立し、カンザス州立大学・教授も兼任し、恒常的に論文を出版している。論文での所属は、カンザス州立大学ではなくリス・コンサルタント社(LiS Consulting)になっている。最近では、2014年に5報、2015年に4報、2016年2月3日現在まで2報も出版している。

《4》「盗まれたら警察を呼べ」。論文が盗まれたら・・・

【主要情報源】③に覆面告発家・クレア・フランシス(Clare Francis)のコメントがある(Clare Francis January 19, 2012 at 7:37 pm)。

一般社会では「盗まれたら警察を呼べ」。しかし、論文が盗まれ時、呼ぶべき警察はない。それで、盗まれたらウェブに公開し社会一般に知らせる。裁判所も弁護士もいらない。

【主要情報源】
① 2012年1月6日、研究公正局の報告:マヘシュ・ヴィスヴァナタン(Mahesh Visvanathan)NOT-OD-12-030: Findings of Research Misconduct、ジェラルド・ラシントン(Gerald Lushington)NOT-OD-12-028: Findings of Research Misconduct
② 2012年1月11日のユージニー・ライヒ(Eugenie Samuel Reich)の「ネイチャー」記事:US authorities crack down on plagiarism : Nature News & Comment
③ 2012年1月17日のアダム・マーカス(amarcus41)の「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:ORI roundup: Former SUNY grad student, two Kansas U researchers hit with sanctions – Retraction Watch at Retraction Watch
④ 2012年1月28日のアラン・バヴリー(Alan Bavley)の「Kansas City Star」記事:Case of two KU scientists illustrates growing problem of research fraud | The Kansas City Star
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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