7-163 ベトナムの活発な研究公正運動

2025年1月5日掲載

白楽の意図:数年前から、ベトナムで引用不正、査読偽装、論文工場、大学ランキング不正操作などが頻発していた。憂慮した米国在住のベトナム人若手研究者トゥ・ズオン(Tu Duong)が、5年前の2020年、ベトナムの新聞に告発記事を書き、「研究公正Facebook」グループを創設した。このグループにベトナム研究者等が10万人も参加し、活発な活動をしてきた。そのことで、ここ数年、ベトナムの論文不正の摘発が急増した。その事情がわかる、①アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)の「2024年10月のRetraction Watch」論文、②トゥ・ズオン(Tu Duong)の「2020年9月のThanh Niên」論文、を紹介しよう。日本では研究者もメディアも研究不正にほぼ無関心である。白楽のXのフォロワーは1,700人だが、ベトナムの「研究公正Facebook」は10万人。ベトナムは改善が進むが、日本は・・・。

ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
2.オランスキーの「2024年10月のRetraction Watch」論文
3.ズオンの「2020年9月のThanh Niên」論文
7.白楽の感想
ーーーーーーー

【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●2.【オランスキーの「2024年10月のRetraction Watch」論文】

★読んだ論文

●【論文内容】

★白楽の作業

オランスキーのこの論文では、記事内容の根拠を示すためにベトナムの新聞記事にハイパーリンクしている。白楽もその姿勢に従い、記事に日付けをつけて示した。

白楽はベトナム人若手研究者をトゥ・ズオン(Tu Duong)と表記したが、オランスキーの論文では「Van Tu Duong」と表記している。

ベトナム人の名前は姓、ミドルネーム、名の順。男の場合はヴァン(Van)というミドルネームを使います。漢字で書くと「文・Van」になります。(ベトナム人の名前のつけ方

「Van」はミドルネームなので、姓名の「名」扱いするのはヘンである。また、トゥ・ズオン(Tu Duong)の学術論文を見ると、著者として「T Van Duong」としている。

それで、「Tu」が名前、「Duong」を姓と考え、白楽の記事では、「名姓」を「トゥ・ズオン(Tu Duong)」とした

★トゥ・ズオン(Tu Duong)

「撤回監視(Retraction Watch)」の読者は、この1年間、ベトナムにネカト事件が急増していると感じていると思う。

その理由は、現在、10万人近くのメンバーを擁する「研究公正Facebook」グループの活動によるものだ。

この「研究公正Facebook」 は、最近 Facebook事務局が削除したが、しばらくして復活した。

この団体を設立した米国のパデュー大学(Purdue University)に在籍するトゥ・ズオン(Tu Duong、写真出典)に、この取り組みについて、アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)が聞いた。

なお、トゥ・ズオンは、パデュー大学・薬学部の上級研究員(senior researcher)で、医薬品の安定性、生物学的性能、製剤開発の研究をしている。

★グループの歴史

このグループは、「LIÊM CHÍNH KHOA HỌC | Facebook」というグループでベトナム語の「LIÊM CHÍNH KHOA HỌC」は「研究公正」という意味である。以下、研究公正グループと呼ぶ。

https://www.facebook.com/groups/LiemChinhKhoaHoc

ベトナムの大手新聞であるタインニエン新聞(Thanh Niên)が掲載した一連のネカト調査記事①②を受けて、2020年9月1日、研究公正グループが設立された。 → ①2020年8月18日記事:Tricks to get universities ranked internationally、②2020年8月26日記事:Virtual achievements in scientific research: How good is the quality of international articles?

これらの記事は、トンドゥックタン大学(Ton Duc Thang University)とズイタン大学(Duy Tan University)が、サウジアラビアの大学と同じような手段、つまり、著名な外国人研究者に多額の報酬を払って、論文の共著者になってもらい、その大学で研究活動しているかのように見せかけ、大学ランキングを上位にあげていたのだ。 → 2020年8月26日記事:Virtual achievements in scientific research: How good is the quality of international articles?

トンドゥックタン大学(Ton Duc Thang University)とズイタン大学(Duy Tan University)は、この欺瞞的な行為を10年以上も続け、ベトナムで最も権威のある大学よりも、研究成果と大学ランキングが上回るまでになった。

ーーー白楽の脇道 ここからーーー

以下は、2024年4月22日の「【2024年版】ベトナムの大学ランキング上位8校を徹底解説! | 海外転職・アジア生活BLOG」記事に示されていた大学ランキングである。

トンドゥックタン大学(Ton Duc Thang University)が第3位に、ズイタン大学が第5位に入っている。

しかし、3年前の2021年の記事では、両大学とも8位以内に入っていなかった。【2021年版】ベトナムでトップレベルの大学8選 | 海外転職・アジア生活BLOG

つまり、トンドゥックタン大学とズイタン大学は2021~2024年の3年間で、急速に大学ランキング上位になった。

ーーー白楽の脇道 ここまでーーー

トンドゥックタン大学とズイタン大学の欺瞞的行為をタインニエン新聞が暴露したのである。

この暴露は、ベトナムの研究者、大学運営者、一般大衆、の間で大きな論争を引き起こした。 → 2020年9月8日記事:Virtual achievements in scientific research: Don’t artificially increase rankings

驚いたことに、誰もが両大学を非難しただけではなかった。

国際ランキングが高い両大学を誇りに思っていたベトナム国民の一部は、大学の信用を傷つけたと、不正を暴露したタインニエン新聞を非難したのである。

トゥ・ズオンは、米国で研究者として過ごしていたが、ベトナム人である。

母国ベトナムでの根拠の乏しい非難合戦を憂い、真実を伝えようと、事実を調べ始めた。

それで、トンドゥックタン大学とズイタン大学に所属し、論文を多数出版している外国人を分析した。

すると、それら外国人は複数の国の大学に所属し、異常に幅広いテーマで論文を出版していた。つまり、論文工場、論文売買、査読偽装で莫大な収入を得ている国際論文詐欺ネットワークの面々だった。 → 2020年9月1日記事:Virtual achievements in scientific research: Vietnamese universities may be being ‘cannibalized’

その外国人の一部は「撤回論文数」世界ランキングにも掲載されていた。

トゥ・ズオンは、これら研究詐欺を働く外国人たちを「研究界の外国人侵略者」と呼び、「研究界の外国人侵略者」が研究詐欺をしている事実をタインニエン新聞の記事にした。 → ①2022年10月26日記事:Công bố quốc tế của Trường ĐH Tôn Đức Thắng: 70% từ… người ngoài trường – Tuổi Trẻ Online、②2022年10月22日記事:Ton Duc Thang University spends 10 – 14% of tuition fees on international publications

「研究界の外国人侵略者」は論文を売買し、がん細胞のようにベトナム学術界に浸潤・増殖していった。 → 2020年8月27日記事:Metastatic disease

2020年9月1日、トゥ・ズオンは、彼らの攻撃を防ぐには集団行動が必要だと考え、「研究界の外国人侵略者」ネットワークを調査し、その不正行為を摘発する「研究界の外国人侵略者と戦う」組織を設立した。

2020年10月20日、トゥ・ズオンは、タインニエン新聞記事で、「研究界の外国人侵略者と戦う」組織を強化してくれるよう、ベトナムの研究界に支援を求めた。 → 2020年10月20日記事:Trick of falsifying office to get promoted to university: A phenomenon in Vietnamese schools

トゥ・ズオンの記事がタインニエン新聞に掲載された2020年10月20日に、この組織への大きな支援が始まった。

組織名は、当初、「研究界の外国人侵略者と戦う」だったが、広範な研究公正を対象にしようということで、後に名前を「研究公正」グループに変更した。

★サイトの運営と資金は?

トゥ・ズオンの答えは、「研究公正」グループは現在、トゥ・ズオンと数人のボランティアで運営されている。資金はないが、運営の主なコストは金銭ではない。活動を維持するに必要なコストは、時間、労力、好機、だとのことだ。

過去5年間、グループの活動のために多大なリソースが投入された。

この活動で、より収益性の高いコンサルティング業を創業することも可能だったが、現在の非営利グループの使命と活動成果にトゥ・ズオンは満足している、とのことだ。

★メンバーの人数と投稿トピック

設立以来、「研究公正」グループは目覚ましい成長を遂げ、2020年に5,000人未満だったメンバーは、100,000 人まで増えた。

ベトナム全土の一流の研究者、学者、学生、大学運営者が、研究公正について議論する重要なプラットフォームになっている。 → 2022年2月19日記事:It is necessary to strictly handle candidates for professorship and associate professorship who submit articles to fake journals.

議論のトピックは研究公正に関する幅広い事項である。過去60日間で最も活発なトピックは、出版、撤回、捕食出版、研究不正などだった。 → The SCIENTIFIC INTEGRITY Group September 1 – October 30, 2024 – Google スプレッドシート

★ベトナムおよび世界の科学界の反応は?

「研究公正」グループの活動は、研究者への指針、学生や若手研究者の教育、政策決定での情報、で利用され、研究公正を促進するための貴重なリソースとして、ベトナムでは広く受け入れられている。

しかし、一部の個人、特に「研究公正Facebook」に名指しで批判された人々は、「研究公正Facebook」に匿名で投稿できないようせよと主張している。

同時に、「研究公正Facebook」が批判する個人を匿名にすべきだ、と主張している。

このような批判は、パブピア(PubPeer)が直面してきた批判と同じである。

論文を含めた科学出版物がパブリックドメインの一部であることを考慮すると、著者名を示したオープンな議論は不可欠だ、とトゥ・ズオンは主張した。

★具体的な活動事例

「研究公正」グループの最も重要な貢献は、ベトナムにおける研究公正に関する意識を高め、知識を高め、政策に影響を与えてきたことだ。

出版慣行、大学ランキング、不正行為、研究評価、倫理的行為などの重要な問題について、研究界と一般大衆の両方の認識を高める情報と視点を積極的に発信し、共有してきた。 → ①2022年10月21日記事:‘Scientific article’ published in fake magazine, rewarded with real money – Tuoi Tre Online、②2021年12月30日記事:Vietnam Science and Technology: Five highlights in 2021 – Tia Sang Publication、③2022年2月23日記事:‘Superman’ provides article posting service to calculate scores for professor and associate professor positions、④2023年5月30日記事:Proposal for professorship candidates must have practical application works、⑤2023年11月13日記事:Understanding Academic Integrity

「研究公正」グループが推進に貢献した主な政策変更を以下にいくつか示す。

★「研究公正Facebook」サイトの削除

2024年10月23日、予告なしに「研究公正Facebook」が突然削除された。説明はないが、Facebook事務局に削除要請が大量になされた可能性が高い。

「研究公正」グループは抗議しようとしたが、Facebookヘルプセンターによると、訴えることができない場合もあるとのことだった。

「研究公正」グループは5年間の活動中、違反の警告はとても少なかったので突然の削除は不可解だった。

「研究公正」グループはベトナムの研究界で重要な役割を果たしていると、Facebook代表者に連絡し、説明を求め、復帰の選択肢を検討した。しかし、まだ返答は得られていない。ベトナムの主要新聞も「研究公正Facebook」が突然削除されたことを報じた。 → 2024年10月26日記事:Why did the Scientific Integrity group disappear from Facebook?

幸いなことに、4日後の2024年10月27日の朝、Facebook からの通知なしに「研究公正Facebook」は復元された。

「研究公正」グループは、将来のこのような事態を防ぐために、コンテンツを保護し、Facebookへの依存を減らし、独自の専用ウェブサイトを構築している。

たとえ「研究公正Facebook」とそのグループが再び消滅したとしても、ベトナムにおける研究公正に関する意識の高まりと政策の変化、つまり、「研究公正」グループの影響を大きく受けたベトナム学術界の変化は否定できず、元に戻すことはできない。

トゥ・ズオンたちは、「研究公正」グループの影響力が増大していることを認識し、「研究公正Facebook」の管理、調整、助言の役割に関与する人々の間で、より大きなコミュニティの監視と説明責任が必要となると考えている。

同時に、「研究公正」グループの独立性を維持し、そのダイナミックな精神を維持することに全力で取り組む、とのことだ。

●3.【ズオンの「2020年9月のThanh Niên」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Virtual achievements in scientific research: Vietnamese universities may be being ‘cannibalized’
    日本語訳:科学研究における事実上の成果:ベトナムの大学が「共食い」されている可能性
  • 著者:Duong Tu。ベトナムでは姓・名順なので、名・姓順にするとTu Duongになる
  • 掲載誌・巻・ページ:Thanh Niên
  • 発行年月日:2020年9月1日
  • ウェブサイト:https://thanhnien-vn.translate.goog/thanh-tich-ao-trong-nghien-cuu-khoa-hoc-cac-truong-dai-hoc-viet-nam-co-the-dang-bi-an-thit-185990171.htm?_x_tr_sl=vi&_x_tr_tl=en&_x_tr_hl=en&_x_tr_pto=wapp
  • 著者の紹介:トゥ・ズオン(Tu Duong、写真と経歴の出典)、現在の年齢:40歳?
  • 学歴:2003~2008年にベトナムのハノイ薬科大学(Hanoi University of Pharmacy)で学士号(薬学)、2012~2017年にベルギーのルーヴェン・カトリック大学(Katholieke Universiteit Leuven)で修士号と研究博士号(PhD)取得(薬学)、2018年3月に米国のパデュー大学(Purdue University)・ポスドク、2024年4月に同大学の上級研究員(senior researcher)
  • 分野:薬学
  • 論文出版時の所属・地位:米国のパデュー大学(Purdue University)・薬学部・ポスドク

●【論文内容】

★白楽の意図

2章のオランスキーの「2024年10月のRetraction Watch」論文では、ベトナムの研究公正に関する新聞記事をたくさんリンクした。

この3章ではそれら新聞記事の1つを取り上げた。

ーーー以下から始まる

★編集者注

あらゆる研究分野のガラクタ論文を数千本、ベトナムの大学に売っている外国人科学マフィアが何人もいる。問題は複雑で非常に深刻である。

編集者注:タインニエン新聞(Thanh Niên)がベトナムの大学での論文売買と大学ランキング不正の一連の記事を掲載した。この時、米国パデュー大学のトゥ・ズオン博士は、タインニエン新聞が掲載した情報を検証し、その結果をタンニエン新聞と共有した。

この記事では、この問題に関するトゥ・ズオン博士の調査結果と見解をいくつか紹介する。

トゥ・ズオン博士は、ベトナムの大学が科学マフィアである「国際ネットワーク」の標的になっていると警告している。 → 2020年8月26日記事:Virtual achievements in scientific research: How good is the quality of international articles?

トゥ・ズオン博士は、科学マフィアの略奪的首謀者を追跡するよう、ベトナムの科学界に呼び掛けた。

★論争をやめて、一緒に「研究界の外国人侵略者」と戦おう

「論文売買」に関する最近のベトナムの現実は、あらゆる研究分野のガラクタ論文を数千本、ベトナムの大学に売っている外国人科学マフィアが何人もいることです。問題は複雑で非常に深刻です。

普通の研究者は、1人で政治学、数学、薬学から、材料科学、天体物理学、コンピューターサイエンスに至るまで、理論と実験の両方で毎年何百報の論文を発表できない。

しかし、そんな「超人」研究者たちが現れた。

彼らは「ベトナムの大学の血を吸う外国人科学マフィアの首謀者」たちだった。

ベトナムの一部の研究者は、お金を払って論文添削指導を受けただけと主張するが、実際は、論文の購入で、こうした略奪的な科学マフィアの餌食になっている可能性が非常に高い。

ベトナムの研究者は論文売買をする外国人科学マフィアの被害者となっている。

ベトナムの大学が外国人科学マフィアから論文を購入するために費やした巨額の資金は、本当は、所属研究者への投資、あるいは、本物の国内外の研究者をベトナムの大学に招いて研究に取り組んでもらうことに使えば、間違いなく、ベトナムの研究分野全体に、はるかに大きな価値と意味をもたらすはずだ。

願わくば、ベトナムの研究界が「外国の科学的侵略者」と戦うために国内での論争を一時的に棚上げし、互いに協力して分析、調査し、略奪的な外国人科学マフィアを追放することを期待したい。

★1.イスカンデル・トリリ(Iskander Tlili)

ベトナムの大学の血を吸っている典型的な「略奪的請負業者(predatory contractors)」の1人目は、サウジアラビアのマジュマー大学(Majmaah University)・機械工学部のイスカンデル・トリリ準教授(Iskander Tlili、写真出典)である。

2018年から2020年9月1日現在まで、トリリはベトナムのトンドゥックタン大学(Ton Duc Thang University)と提携して 171論文を発表し、ベトナムのズイタン大学(Duy Tan University)と提携して 49論文を発表した。

過去8か月だけで、この「スーパーマン」は、トンドゥックタン大学の所属で111論文、ズイタン大学の所属で48論文を発表した。

しかし、トリリはトンドゥックタン大学の職員リストにもズイタン大学の職員リストにも載っていない。

トリリが発表した論文の研究分野は非常に多岐にわたり、その多くは彼の専門である機械工学とは何の関係もない。研究分野(論文数)で示すと、物理学と天文学(138)、化学 (61)、数学 (57)、工学 (55)、化学工学 (41)、エネルギー (30)、材料科学 (23)、コンピューター科学 (21)、環境科学 (8)、生化学、遺伝学、分子生物学(7)、社会科学(5)である。

[証拠・事実を示したデータはリンク切れなので、白楽は省略した]

★2.シャハボディン・シャムシールバンド(Shahaboddin Shamshirband)

ベトナムの大学の血を吸っている典型的な「略奪的請負業者(predatory contractors)」の2人目は、イランのシャハボディン・シャムシャーバンド(Shahaboddin Shamshirband)である。 →
コンピュータ学:シャハボディン・シャムシャーバンド(Shahaboddin Shamshirband)(イラン) | 白楽の研究者倫理

シャムシャーバンド自身が示した情報では、2020年9月1日時点、シャムシャーバンドはマレーシアのマラヤ大学(University of Malaya)の教員、イランのチャロウス・イスラム大学(Chalous Islamic University)の教員、ノルウェー科学技術大学(Norwegian University of Science and Technology)のポスドク、ベトナムのトンドゥックタン大学(Ton Duc Thang University)・非常勤教授で、時々、ベトナムのズイタン大学(Duy Tan University)の所属も記載していた。

2017年から2020年9月1日現在まで、シャムシャーバンドはベトナムのトンドゥックタン大学の連絡先アドレスを使って150論文を発表した。

シャムシャーバンドが発表した論文の研究分野は非常に多岐にわたる。研究分野(論文数)で示すと、数学 (76件)、工学 (52件)、エネルギー (29件)、環境科学 (21)、材料科学 (21)、化学工学 (16)、社会科学(12)、生化学、遺伝学、分子生物学(8)、物理学および天文学(8)、農学および生物科学(7)、化学 (7)、地球惑星科学(5)、医学(5)、ビジネス、経営および会計(2) である。

注目すべき点は、シャムシャーバンドは世界で最も撤回論文数の多い人々のリストに載っていることだ。 → 「撤回論文数」世界ランキング | 白楽の研究者倫理

撤回監視のデータベースによると、シャムシャーバンドは、査読偽装、偽造著者名、データの懸念/問題、信頼性の低いデータ、論文の重複、論文の盗用などの理由で複数の学術誌から合計 46論文が撤回されている。[2024年12月6日、白楽が調べると、撤回論数数は41報だった。 → Retraction Watch Database

シャムシャーバンドの46論文が撤回されたことは、逆に、シャムシャーバンドが学術誌の論文採否関門をうまくすり抜けて、異常に幅広い分野で何百本の論文を毎年出版できる現実があることを示している。

巧妙で新しいトリックが、この超多数出版に必要だったわけではない。

学術誌に論文を投稿するとき、学術マフィアは、互いの論文を査読する大規模な出版/査読カルテルの仲間を査読者として提案するだけである。これで、一流の学術誌も偽の査読にだまされているのだ。

[証拠・事実を示したデータはリンク切れなので、白楽は省略した]

★3.キティサック・ジャームシティパルサート(Kittisak Jermsittiparsert)

ベトナムの大学の血を吸っている典型的な「略奪的請負業者(predatory contractors)」の3人目は、中国のキティサック・ジャームシティパルサート(Kittisak Jermsittiparsert、写真出典)である。

ジャームシティパルサートは、1985年生まれで、2017年に社会科学の博士課程を修了した。2020年9月1日時点ではタイのチュラロンコン大学社会研究所に勤務している。 → 2025年1月4日、白楽が調べると、2020年8月、中国の河南財経政法大学(Henan University of Economics and Law)・教授になっていた(Kittisak Jermsittiparsert | LinkedIn)。それで、所属国を中国とした。

2019 年から2020年9月1日時点で、ジャームシティパルサートは327論文を発表した。

327論文のうち、ベトナムのトンドゥックタン大学(Ton Duc Thang University)を所属とした論文は214論文、そのうち154 論文は2019年に発表され、60論文は 2020 年の8 か月間に発表された。

ジャームシティパルサートは社会科学の博士号を取得しているが、この分野での論文だけでなく、いろいろな研究分野の論文を発表している。ビジネス、経営、会計(67)、工学 (63)、コンピューター科学 (57)、エネルギー (55)、物理学および天文学 (37)、薬理学、毒物学および医薬品開発(35)、材料科学 (25)、化学 (17)、環境科学 (17)、数学 (17)、医学 (10)、化学工学(4)。

[証拠・事実を示したデータはリンク切れなので、白楽は省略した]

●7.【白楽の感想】

《1》日本は、・・・① 

トゥ・ズオン(Tu Duong)の「研究公正Facebookグループ」はスゴイ。

たった4年でベトナムの研究公正を泥沼から救い、国際的に高いレベルに持ち上げた。

ベトナムの研究公正規則を見ると、既に、日本の規則よりレベルが高い。例えば、ベトナムでは「著者在順の販売」を禁止しているが、日本では、「著者在順の販売」は話題にもなっていない。

ベトナム全土の一流の研究者、学者、学生、大学運営者が、研究公正について議論する重要なプラットフォームになっているという点もすごい。

白楽のXのフォロワーは1,700人だが、ベトナムの「研究公正Facebook」は10万人も参加・投稿している。60倍の人数である。今後もベトナムの研究公正の改善は進むだろう。

一方、日本は、・・・。

誰か! 現役世代のアナタ、日本の研究公正活動を主導してくれないだろうか?

《2》日本は、・・・② 

外国の論文売買、著者在順の売買、引用操作の事件を知るにつけ、日本は大丈夫なのだろうか、と心配になる。

日本ではこのような事件や話題をほとんど目に、耳にしない。

それは、日本では起こっていないからなのか、日本の学術界は侵略されているが、隠蔽体質が強く表沙汰になっていないからなのか?

根拠薄弱だが、白楽は、後者が「あり」かも、と感じている。

学歴詐称疑惑があっても都知事に選んでしまう都民の不正「鈍感力」である。

その上、日本の代表的大学で国民の税金でなりたつ東京大学に激しい隠蔽例もある。 → 2024年12月3日記事:東大が教授を懲戒解雇 「刑法犯に該当する行為」も詳細明かさず:朝日新聞デジタル

東京大学は、理由を示さず、過程をも示さず、メディアにも隠蔽して教授を懲戒解雇した。解雇された教授は納得しているのだろうか? 東京大学の教員は何も反発しない。コレが通用するなら、執行部は、気に入らない教員をどんどん解雇できる。独裁政治・恐怖政治だと思うのだが、どうなっているのだろう?

2024年2月時点、韓国の論文が論文工場絡みで44論文が撤回されていた。 → 2024年12月2日記事:South Korea Faces Growing Threat from Academic ‘Paper Mills,’ Report Finds | Be Korea-savvy

米国を含め世界的に蔓延している論文売買事件が、日本とよく似た文化の韓国に浸潤し始めた。論文売買に対して議論がなく防御策もされていない日本がターゲットにならない理由を思いつけない。

日本では本当に、白楽ブログで今回述べたような論文詐欺行為はないのだろうか?

だれか、日本の状況を調べてくれないだろうか?

と言っても、誰も調べてくれないので、2024年12月10日から自分で始めた。 → 5C 日本の研究疑惑:通報と対処 目次(1) | 白楽の研究者倫理

すると、高知大学・名誉教授「エム・サントシ(M Santosh)」とその仲間たちが見つかった。 → 岩石学:エム・サントシ(M Santosh)(高知大学) 2024年12月25日掲載

でも、日本の研究者、学者、学生、大学運営者、メディアは動かない。ピクリとも。

《3》詐欺行為に近くない? 

2024年11月29日、京都大学は「「Clarivate Highly Cited Researchers 2024」に、本学から7名が選出されました | 京都大学」と以下の7人を自慢した。

7人のうち、3人は、リストの上から順に、特定教授、特任教授、特別教授で、いわゆる伝統的な教授職ではない。

上から順に、1人目は1958年生まれ(年齢 66歳)、2人目は1948年1月23日 (年齢 76歳)、3人目は1951年7月4日(年齢 73歳)の「定年過ぎ」教授である。

つまり、従来の教員が使うリソースを削って、「定年過ぎ」教授たちに与えている。大学が名声を得るためにである。

これって、今回のブログ記事に書いたベトナムのトンドゥックタン大学(Ton Duc Thang University)やズイタン大学(Duy Tan University)、そして、サウジアラビアの大学と同じような行為、つまり、報酬を払って著名な研究者を表面的に所属させ、大学の名声と大学ランキングをあげるのと、同じだ。

独創的で画期的な成果を生み出せる若い研究者の芽、中堅研究者の成果を育てる代わりに、過去の名声を無難に保つことにリソースを投入している。

若手・中堅研究者の挑戦を支援しないのは、基幹大学としてなんか、おかしくないか?

日本は、学術界も同じだが、各界のトップクラスの人々が自利自益(自分と自分の組織の利益。白楽造語)追及に振る舞いすぎていて、平気で日本の根幹を歪めている気がする。なんかオカシイ。

ーーーーーーー
日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
ーーーーーーー
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
ーーーーーーー