ワンポイント:若い女性のありふれたデータ改ざん事件だが、博士論文ネカトも含まれ、博士号がはく奪された
●【概略】
アイシャ・バット(Aisha Qasim Butt、写真出典)は、アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(University College Dublin)・ポスドクで、専門は癌の分子生物学(プロテオミクス)だった。
2013年(27歳?)、アイルランド・ナショナル大学メイヌース校(National University of Ireland Maynooth)で研究博士号(PhD)を取得した。
2014年(28歳?)、大学院時代の指導教員のシニード・ミギン(Sinead Miggin)がバットの「2012年のJ Biol Chem.」論文のデータが異常だと気がついて、大学に報告した。アイルランド・ナショナル大学メイヌース校が調査に入った。調査で、バットはデータ改ざん・ねつ造を白状した。
2015年(29歳?)、博士論文にも研究ネカトがあったことで、アイルランド・ナショナル大学メイヌース校は2013年にバットに授与した博士号をはく奪した。
アイルランド・ナショナル大学メイヌース校(National University of Ireland Maynooth)・生物学科・生物学実習。写真出典
- 国:アイルランド
- 成長国:名前がアラブ系で(ミドルネームはカーシム、Qasim)、顔だちもそうなので、パキスタンなど中東出身?
- 研究博士号(PhD)取得:アイルランド・ナショナル大学メイヌース校
- 男女:女性
- 生年月日:不明。仮に1986年1月1日とする。
- 現在の年齢:38 歳?
- 分野:癌の分子生物学
- 最初の不正論文発表:2012年(26歳?)
- 発覚年:2014年(28歳?)
- 発覚時地位:ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(University College Dublin)・ポスドク
- 発覚:大学院時代の指導教員
- 調査:①アイルランド・ナショナル大学メイヌース校・調査委員会
- 不正:改ざん
- 不正論文数:出版論文1報、出版前論文1報、博士論文の3報
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:博士号はく奪、辞職
●【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1986年1月1日とする。パキスタンなど中東出身?
- 20xx年(xx歳):xx大学を卒業
- 2013年(27歳?):アイルランド・ナショナル大学メイヌース校(National University of Ireland Maynooth)で研究博士号(PhD)取得した。指導教師は、シニード・ミギン講師(Sinead Miggin)。
- 2013年(27歳?):ダブリン大学トリニティ・カレッジ(Trinity College Dublin)・ポスドク。Prof. Kingston Mills
- 2014年(28歳?):ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(University College Dublin)・ポスドク。Prof. Stephen Pennington
- 2015年(29歳?):不正研究が発覚する
- 2015年(29歳?):アイルランド・ナショナル大学メイヌース校はバットに授与した博士号をはく奪した
- 2015年(29歳?):ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(University College Dublin)・ポスドクを辞職(解雇?)
●【不正発覚の経緯と内容】
2013年(27歳?)、アイシャ・バット(Aisha Qasim Butt)は、アイルランド・ナショナル大学メイヌース校(National University of Ireland Maynooth)で研究博士号(PhD)取得した(写真出典)。指導教員は講師のシニード・ミギン(Sinead Miggin)だった。
2014年7月21日(28歳?)、大学院時代の指導教員のシニード・ミギン講師(Sinead Miggin)がバットの「2012年のJ Biol Chem.」論文のデータが異常だと気がついて、大学に報告した。(白楽が思うに、パブピアでねつ造・改ざんが指摘されて、ミギン講師は仕方なく動いたのだと思う)
- 14-3-3ε and 14-3-3σ inhibit Toll-like receptor (TLR)-mediated proinflammatory cytokine induction.
Butt AQ, Ahmed S, Maratha A, Miggin SM.
J Biol Chem. 2012 Nov 9;287(46):38665-79. doi: 10.1074/jbc.M112.367490. Epub 2012 Sep 14.
2014年9月(28歳?)、上記論文が撤回された。
アイルランド・ナショナル大学メイヌース校は学内委員1人と学外委員3人の4人の委員の調査委員会を設け、調査に入った。
調査の結果、共著者で指導教員のシニード・ミギン(Sinead Miggin)と他の2人の共著者(Dr Suaad AhmedとDr Ashwini Maratha)はシロで、バットがデータ改ざん・ねつ造(falsification and misrepresentation of some research data)を認めた。
バットは博士論文でも研究ネカトしたことも認めた。
2015年(29歳?)、アイルランド・ナショナル大学メイヌース校は2013年に授与したバットの博士号をはく奪した。
アイルランド・ナショナル大学メイヌース校(National University of Ireland Maynooth)の講師・シニード・ミギン(Sinead Miggin)。写真出典
★シニード・ミギン(Sinead Miggin)の疑惑
大学の調査委員会はシニード・ミギン講師(Sinead Miggin、写真出典)をシロ、バットをクロと結論したが、バットが共著に入っていないミギン講師の多くの論文に疑念が指摘されている。
なお、ミギン講師は、アイルランドのアスローン工科大学(Athlone Institute of Technology)の毒物学を卒業し、2000年にユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(University College Dublin)のコンウェイ研究所(Conway Institute)で生化学の研究博士号(PhD)を取得した。コンウェイ研究所で2年間ポスドクし、2002-2006年にダブリン大学トリニティ・カレッジ(Trinity College Dublin)でポスドクをした。
2006年、アイルランド・ナショナル大学メイヌース校(National University of Ireland Maynooth)の免疫学の講師に採用された。2015年、高等教育学位(?)(Postgraduate Diploma in Higher Education)が授与されている。
ミギン講師は、まず、バットが共著者に入っていない「2007年のPNAS論文」を2013年に訂正している(Correction for Miggin et al., NF-κB activation by the Toll-IL-1 receptor domain protein MyD88 adapter-like is regulated by caspase-1)。
2015年11月20日のfernandopessoa氏の情報では、ミギン講師の以下の7論文のデータに疑念があるとパブピアで指摘されている(【主要情報源】①のコメント欄)。
ミギン講師と時々共著の論文を発表しているテレサ・キンセラ(B Theresa Kinsella、写真出典)の9論文にも疑念があると指摘されている。
テレサ・キンセラはユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(University College Dublin)・コンウェイ研究所の生化学・準教授である。ミギンの博士論文指導教員と思われる。
• ミギン講師の疑念論文:
- 2001年(キンセラが共著者) https://pubpeer.com/publications/11443126
- 2002年(キンセラが共著者) https://pubpeer.com/publications/12016224
- 2003年(キンセラが共著者) https://pubpeer.com/publications/12488443
- 2007年 https://pubpeer.com/publications/17360653
- 2011年(キンセラが共著者) https://pubpeer.com/publications/21248248
- 2012年(バットが共著者) https://pubpeer.com/publications/22984265
- 2014年(バットが共著者) https://pubpeer.com/publications/24719322
• キンセラ準教授(B Theresa Kinsella)の疑念論文:
- 2001年(ミギンが共著者)https://pubpeer.com/publications/11443126
- 2002年(ミギンが共著者)https://pubpeer.com/publications/12016224
- 2003年(ミギンが共著者)https://pubpeer.com/publications/12488443
- 2003年 https://pubpeer.com/publications/14530262
- 2004年 https://pubpeer.com/publications/15339863
- 2004年 https://pubpeer.com/publications/15100160
- 2007年 https://pubpeer.com/publications/17403678
- 2010年 https://pubpeer.com/publications/20395296
- 2011年(ミギンが共著者) https://pubpeer.com/publications/21248248
●【論文数と撤回論文】
2015年12月6日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、アイシャ・バット(Aisha Q. Butt)の論文を「Aisha Q. Butt [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2012 ~2015年の4年間の3論文がヒットした。本記事で話題にした論文がリストされていない。
さらに、「Butt AQ[Author]」で検索すると、2012~2015年の8論文がヒットした。こちらが正しいだろう。
8論文のうち、2012~2014年の最初の4論文は、ミギン講師(Miggin SM)と共著である。つまり、ミギンがバットの最初の論文指導をしたことになる。
2015年12月6日現在、1論文が撤回され、1論文が取り下げ(Withdrawal)られている。両論文ともミギン(Miggin SM)が共著である。撤回論文は、バットの最初の論文で、ミギンとの共著なので、ミギン講師が指導したことは明白だ。
- 14-3-3ε and 14-3-3σ inhibit Toll-like receptor (TLR)-mediated proinflammatory cytokine induction.
Butt AQ, Ahmed S, Maratha A, Miggin SM.
J Biol Chem. 2012 Nov 9;287(46):38665-79. doi: 10.1074/jbc.M112.367490. Epub 2012 Sep 14.
Retraction in: J Biol Chem. 2014 Sep 12;289(37):25474. - WITHDRAWN:
Modulation of TLR3, TLR4 and TLR7 mediated IFN-β, Rantes and TNFα production by HIVEP1.
Butt AQ, Miggin SM.
J Biol Chem. 2014 Apr 9. pii: jbc.M113.516062. [Epub ahead of print]
●【白楽の感想】
《1》バットはシロでミギン講師がクロ?
アイシャ・バット(Aisha Qasim Butt)は、名前がアラブ系で(ミドルネームのカーシム、Qasim)、顔だちもそうなので、パキスタンなど中東の出身だろう。国籍も中東で、大学まで、中東かもしれない。
白楽はアイルランドでの中東系への偏見の強さを知らないが、かなり、あるだろう。
バットが大学院時代に過ごしたアイルランド・ナショナル大学メイヌース校の指導教員・シニード・ミギン(Sinead Miggin)は、バットが共著者に入っていない「2007年のPNAS論文」を訂正した。バットが共著者に入っていない他の5論文にも疑惑が指摘されている。こうなると、ミギン自身がデータねつ造・改ざんをした公算が高い。
さらに、ミギンの博士論文指導教員と思われるテレサ・キンセラ(B Theresa Kinsella)の9論文にデータに疑念が指摘されている。つまり、キンセラが研究ネカトし、その研究スタイルをミギンが受け継ぎ、さらに、バットが受け継いだと思われる(バットが本当にデータ改ざんしたのなら)。
バットは、ミギン研究室を去ってからミギンが共著者に入っていない論文を2014年に1報、2015年に3報の計4報出版している。これら4報の論文の1報も、パブピアではデータ疑念が指摘されていない(2015年11月23日現在)。
一般に、研究ネカトをする研究者は、研究ネカトが発覚するまで不正を続けることが多い。途中で止める理由がないし、徐々に上手になり、不正にマヒし大胆になるからである。だから、バットがクロなら、ミギン研究室を去ってからの4論文でも研究ネカトをする公算が高い。ところが、それら4報の論文には研究ネカトがないようだ。
一方、ミギン(写真出典)の論文には、パブピアで7報もデータ疑念が指摘されている。
アイルランド・ナショナル大学メイヌース校の調査委員会は、ミギンをシロと判定したが、状況から推察して、ミギンがクロで、バットをスケープゴートにしたのではないだろうか?
調査委員会の調査報告書は、少なくとも、公表された部分では、調査内容が具体的に記述されていない。調査委員名も記載されていない。調査内容を意図的に秘匿しているという印象を受ける。
《2》博士号はく奪:時効?
博士論文が研究ネカトなら、博士号はく奪は妥当だ。
このケースとして、今回のアイシャ・バット以外に、法学のアンジェラ・エイドリアン(Angela Adrian)(英)、日本では小保方晴子が博士号をはく奪された。
そして、ドイツやロシアでは数十年前に取得した博士号の博士論文が盗用だったことで、現職閣僚を含めたたくさんの政治家が辞任に追い込まれている。例えば、ドイツ教育相のアネッテ・シャヴァン(Annette Schavan)がそうだ。 → 1‐2‐4‐3.盗用告発:独 ヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)
第一の問題点。博士号はく奪に時効がない。これは良いだろうか?
ドイツやロシアでは、社会的な地位を確立している人が、約30年前に提出した博士論文の盗用で博士号がはく奪されている。例えば、アネッテ・シャヴァン教育相は教育相を辞任している。
社会的影響が不当に大きいと感じる。
博士号のはく奪は、博士論文の不備の場合、博士論文審査終了から10年以内とするなど、時効を設けてはどうだろうか。
また、大学院が院生に研究ネカトをチャンと指導しなかったために生じた事件と思えるので、院生の指導教授にも何らかのペナルティ(訓告または厳重注意など履歴書記載義務はない程度でも可)を科すのはどうだろう。この場合、指導教授へのペナルティも時効を10年とする。
《2》博士号:管理
博士号は、誰が管理しているのだろうか?
国は、博士号を統一的に管理し、研究ネカトをしたら、博士号をはく奪する仕組みを作るべきだろう。医道審議会が、医師免許をはく奪するのと同じように、国が管理し、研究者としてふさわしくない場合、博士号をはく奪すべきだろう。
仕組みを以下のように変えたらどうだろう。
大学は博士号資格を授与し、国の(仮称)研究道審議会(医道審議会に似せた名称の組織)に連絡すると、研究道審議会が日本の博士号を管理し、各人に博士号を授与する。
研究ネカトを犯した博士には、研究道審議会が博士号を取り消す。
また、研究道審議会は今まで各大学院がバラバラな基準で授与していた博士号の質的低下を防ぐため、博士号授与の日本の統一的基準を設け、各大学院の基準をチェクする。
現在、日本の多くの大学院の生命科学系では、博士論文授与基準は「英文学術誌の査読付き研究論文の第一著者が1報」である。しかし、この基準に統一されていないし、もっと、いい加減に授与している大学院が多いだろう。
さらには、日本の博士号なのに、「英文論文」を要件にしているのは、過渡的措置としては仕方なかったが、国の恥である。日本語の論文で博士号を取得させるべきだろう。
博士号の管理方式の一例をあげたが、国として何らかの措置をすべき時代になっていると思う。
●【主要情報源】
① 2015年11月20日のアリソン・マクック(Alison McCook)の「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:Irish university strips student of PhD following investigation – Retraction Watch at Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。