2017年12月23日掲載。
ワンポイント: 2009年(57歳)にノーベル生理学・医学賞を受賞したハーバード大学医科大学院(Harvard Medical School)・教授が、2017年(65歳)、「2016年の Nature Chemistry」論文に「間違い」があったと自己申告し、論文を撤回した。損害額の総額(推定)は700万円。「2017年ネカト世界ランキング」に記述した「「Scientist」誌の2017年の論文撤回上位10論文:2017年12月18日」の1つである。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
ジャック・ショスタク(Jack W. Szostak、写真出典https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/2009/szostak-facts.html)は、アメリカ人の生物学者であり、ハーバード・メディカルスクールの遺伝学の教授、Alexander Rich Distinguished Investigator at Massachusetts General Hospital, Bostonを勤めている。テロメアとテロメラーゼが染色体を保護する機序の発見により、エリザベス・H・ブラックバーン、キャロル・W・グライダーと共同で2009年のノーベル生理学・医学賞が授与された。(ジャック・W・ショスタク – Wikipedia)
2017年(65歳)、「2016年の Nature Chemistry」論文に「間違い」があったと自己申告し、論文を撤回した。
「2017年ネカト世界ランキング」に記述した「「Scientist」誌の2017年の論文撤回上位10論文:2017年12月18日」の1つである。
ハーバード大学医科大学院(Harvard Medical School)、 2009年。写真出典
- 国:米国
- 成長国:カナダ
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:コーネル大学
- 男女:男性
- 生年月日:1952年11月9日
- 現在の年齢:72 歳
- 分野:遺伝学
- 本記事の撤回論文発表:2016年(64歳)
- 発覚年:2017年(65歳)
- 発覚時地位:ハーバード大学医科大学院・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は同じ研究室のポスドクであるティボリ・オルセン(Tivoli Olsen)で、ボスのジャック・ショスタク教授(Jack W. Szostak)に伝えた。ショスタク教授が学術誌に論文撤回を依頼した
- ステップ2(メディア): 「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ハーバード大学医科大学院は調査委員会を設けていない
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 不正:間違い
- 不正論文数:1報。撤回
- 時期:研究キャリアの後期
- 損害額:総額(推定)は700万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円だが、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。②研究者の給与・研究費は、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。③院生の損害はないので損害額はゼロ円。④外部研究費の損害額はゼロ円。⑤調査経費(大学と学術誌出版局)が500万円。⑥裁判経費なし。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円。1報撤回=200万円。⑧研究者の時間の無駄と意欲削減はなし
- 結末:処分なし
●2.【経歴と経過】
- 1952年11月9日:英国・ロンドンで生まれる
- 1972年(19歳):カナダのマギル大学(McGill University)で学士号取得:細胞生物学
- 1977年(24歳):米国のコーネル大学(Cornell University)で研究博士号(PhD)を取得:生化学
- 1979年(26歳):ハーバード大学医科大学院(Harvard Medical School)・助教授、その後、準教授、1988年に35歳で正教授
- 2009年(57歳):ノーベル生理学・医学賞受賞
- 2017年(65歳):「2016年の Nature Chemistry」論文の「間違い」を自己申告
●3.【動画】
【動画1】
ノーベル賞受賞講演「2009 Nobel Lecture in Physiology or Medicine by Jack W. Szostak」(英語)2分16秒。
Nobel Prizeが2010/02/17 に公開
●4.【日本語の解説】
★2017年12月7日:著者不明、モンキー · ビジネス ニュース:「ノーベル賞受賞者 “エラー発見され論文撤回」
出典 → ココ、(保存版)
元記事:노벨상 수상자 “오류 발견돼 논문 철회” : 과학 : 미래&과학 : 뉴스 : 한겨레
2009年ノーベル生理学・医学賞受賞者であるジャック・ショースタック(Jack Szostak)米国ハーバード大学医学部教授が発表した論文で一歩遅れてエラーが発見され、最近は、論文が撤回された。
ノーベル賞受賞者の論文が撤回された事件は、以前にもあった。 2008年3月には、ノーベル生理学・医学賞の2001年受賞者であるシリンダバーク博士(当時ハーバード大学医学部教授)が発表した2001年の論文に重大なエラーがあることを後になって発見したとの論文の撤回を要請した。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★「2016年の Nature Chemistry」論文
2017年(65歳)、ジャック・ショスタク(Jack W. Szostak)研究室のポスドクであるティボリ・オルセン(Tivoli Olsen、写真出典http://molbio.mgh.harvard.edu/szostakweb/people.html)が「2016年の Nature Chemistry」論文(以下)が再現できないとショスタク教授に伝えた。
- Oligoarginine peptides slow strand annealing and assist non-enzymatic RNA replication.
Jia TZ, Fahrenbach AC, Kamat NP, Adamala KP, Szostak JW.
Nat Chem. 2016 Oct;8(10):915-21. doi: 10.1038/nchem.2551. Epub 2016 Jun 27.
Retraction in: Nat Chem. 2017 Nov 23;9(12 ):1286.
PMID:27657866
再現できない理由として、ティボリ・オルセンは研究チームが最初のデータを誤って解釈していたと指摘した。
ショスタク教授はティボリ・オルセンの指摘を認め、「2016年の Nature Chemistry」論文の撤回を学術誌・編集部に伝えた。
ショスタク教授は撤回監視に以下のように答えている。
「振り返ってみると、私たちが発見したと思い込んで、私たちは盲目になっていました。これらの実験を解釈する際に、ティボリ・オルセンがそうであったようには、私たちは、慎重でも厳格でもありませんでした。唯一の救いは、私たちが自分の誤りを発見して訂正できたことです」。
★トニー・ジア(Tony Z. Jia)
撤回した「2016年の Nature Chemistry」論文の第一著は、トニー・ジア(Tony Z. Jia)で、2017年12月22日現在、東京工業大学・地球生命研究所の研究員である。
→ Jia, Tony Z.|ELSI、写真出典も、(保存版)
2017年12月22日現在、パブメド(PubMed)で、トニー・ジア(Tony Z. Jia)の論文を「Tony Z. Jia[Author]」で検索すると、2010-2017年の8年間の6論文がヒットした(内、1論文は撤回通知なので、実質は5論文)。
上記の「2016年の Nature Chemistry」論文を含め、2014-2017年の3論文がジャック・ショスタク(Jack W. Szostak)と共著である。
他の2論文は大丈夫だろうか? イヤイヤ、全論文は大丈夫だろうか?
2010年にカリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)で化学の学士号を取得し、2016年にハーバード大学で化学の研究博士号(PhD)を取得した米国の研究エリートが、東京工業大学・地球生命研究所の研究員になるのはおかしくないか?
米国にいられない事情があると考えるのは深読みしすぎだろうか?
★「2008年の Proc Natl Acad Sci U S A.」論文
ショスタク教授の論文撤回は「2016年の Nature Chemistry」論文が初めてではない。2009年にも「2008年の Proc Natl Acad Sci U S A.」論文を撤回している。
- Selection of cyclic peptide aptamers to HCV IRES RNA using mRNA display.
Litovchick A, Szostak JW.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Oct 7;105(40):15293-8. doi: 10.1073/pnas.0805837105. Epub 2008 Sep 29.
Retraction in: Litovchick A, Szostak JW. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Apr 28;106(17):7263.
PMID:18824687
この時は、ショスタ研究室の内部で問題点を発見できなかった。
カリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley )の院生っだったキャサリン・ベリー(Katherine Berry、現:マウント・ホリヨーク大学・生化学・助教授)が、「2008年の Proc Natl Acad Sci U S A.」論文の研究結果に興味を持った。
キャサリン・ベリーは、共同研究したいから論文に記載されているペプチドを送ってほしいと連絡した。
送ってもらったペプチドで実験したところ、論文に記載された実験結果を再現できなかった。それで、その事実を、ショスタク教授に伝えた。
ショスタク教授はすぐに研究室のポスドクに再現実験を依頼し、再現できないことを確かめた。
ショスタク教授は「2008年の Proc Natl Acad Sci U S A.」論文の撤回を学術誌・編集部に伝え、論文は撤回された。撤回理由は、実験結果を再現できなかったという理由である。「2016年の Nature Chemistry」論文の撤回理由と同じだ。
→ Retraction for Litovchick and Szostak, Selection of cyclic peptide aptamers to HCV IRES RNA using mRNA display
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
ノーベル生理学・医学賞受賞者なので、たくさんの論文があると思われる。検索は省略した。
★パブピア(PubPeer)
2017年12月22日現在、「パブピア(PubPeer)」はジャック・ショスタク(Jack W. Szostak)の1論文にコメントしている。本記事で問題にしている「2016年の Nature Chemistry」論文に対してである。:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》「間違い」を指摘された時
ジャック・ショスタク(Jack W. Szostak)は「間違い」で2回、論文を撤回している。「間違い」と指摘された時の対応が誠実である。
人間、誰でも間違える。「間違い」を指摘された時、あるいは、自分で見つけた時、どう対処するか・対処できるかで人間の質が見えてくる。
ショスタク教授はなかなか立派である。
《2》「間違い」
本記事では、「2016年の Nature Chemistry」論文の撤回を「間違い」として、「間違い」の内容を深く詮索しなかった。
研究室のポスドクであるティボリ・オルセンが実験結果を再現できなかった理由を「研究チームが最初のデータを誤って解釈していた」とした。白楽はそのまま書いた。
しかし、別の視点もありうる。
「最初のデータを誤って解釈していた」ならどうして、「2016年の Nature Chemistry」論文として出版されるほど素晴らしい研究結果が得られたのだろう?
「最初のデータを誤って解釈していた」なら、まともな研究結果は得られないハズだ。
それが、「2016年の Nature Chemistry」論文として出版されるほど素晴らしい研究結果なのは、データをねつ造したからではないのだろうか?
《3》ノーベル賞受賞者
ノーベル生理学・医学賞受賞者といえどもネカトやクログレイと無縁ではない。上昇志向が強いので、むしろ、若い時は本人自身がリスクを冒してきた可能性は高い。
ただ、受賞後は、無理する必要はないので、リスクは下がるし、今回のように、「間違い」を自己申告することで名誉を守る傾向がうかがえる。
また、受賞対象になった研究に関しては多くの人が追試しているので、データねつ造・改ざんはないだろう。データねつ造・改ざんがあれば、多くの人が追試できない。
しかし、ノーベル賞受賞者の特別の問題もある。
ノーベル賞受賞者にとって怖いのは、受賞により、院生・ポスドクが山のように応募してくる。巨額な研究費が得られ、研究室の人数も大勢になる。となると、中には質の悪い院生・ポスドクも混じってくることだ。
ノーベル賞受賞者本人は多忙なので研究室の隅々まで目が届かなくなる。
そして、論文は投稿すればほぼフリーパスで掲載される。
その状況下で、ネカト志向の院生・ポスドクがまぎれて入ってくると、ネカト論文を出版しかねない。
白楽は米国・NIH/NCI/分子生物学部でポスドクを過ごしたが、そこは研究費が無限と思われるほど潤沢だった。
渡米前、筑波大学の講師で、日本では、日中は雑用に追われ、夜しか研究する時間がなかった。しかし、ポスドクは雑用が全くない。論文を自分でコピーしたら、ボスに叱られた。コピーする雑用係がいるので、自分でするなと。つまり、1日24時間、研究に使えた。
となると、論文がでないのは、自分が無能だからということになる。日本では、時間がないから研究成果がでない、研究費がないから研究成果がでないという言い訳(まあ現実だが)が、他人にも自分にも通用したが、米国・NIH/NCI/分子生物学部では通用しなかった。自分の無能以外に理由がない。これは結構苦しい。
となると、ネカト志向でなくても、研究成果あげられない院生・ポスドクは、苦し紛れに、「ズサン」な論文やネカト論文を発表しようとするだろう。
なお、白楽は、死に物狂いで働いて、NIH/NCI・ポスドク開始後、3か月で「J. Biol. Chem」論文を第一著者で投稿できた。ボスのおかげなのだが、当時、ホットと安堵したことを覚えている。
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●8.【主要情報源】
① ウィキペディア日本語版:ジャック・W・ショスタク – Wikipedia
② 2017年12月5日のヴィクトリア・スターン(Victoria Stern)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:”Definitely embarrassing:” Nobel Laureate retracts non-reproducible paper in Nature journal – Retraction Watch at Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント