7-95 2021年の研究公正局クロ件数が3件だった理由

2022年3月23日掲載 

白楽の意図:研究公正局の発表するクロ件数は例年10件ほどあるのに2021年は3件だった、その理由を撤回監視のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)が質問し研究公正局が答えた「2022年2月のRetraction Watch」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.書誌情報と著者
2.日本語の予備解説
3.論文内容
4.関連情報
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説など加え、色々加工している。

研究者レベルの人で、元論文を引用するなら、自分で原著論文を読むべし。

●1.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

  • 単著者:アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)
  • 紹介: About Ivan Oransky – Retraction Watch
  • 写真出典: https://mobile.twitter.com/ivanoransky
  • ORCID iD:
  • 履歴:Ivan Oransky | World Biographical Encyclopedia、保存版https://archive.ph/oK3Pa
  • 国:米国
  • 生年月日:米国。1972年8月20日生まれ。現在の年齢:52 歳
  • 学歴:1994年に米国のハーバード大学(Harvard University)で学士号、1998年にニューヨーク大学(New York University)で医師免許取得
  • 分野:科学ジャーナリズム
  • 論文出版時の所属・地位:撤回監視(Retraction Watch)創設者

研究公正局のある建物(Tower Building1101 Wootton Pky, Suite 240 Rockville, Maryland 20852)。写真出典

●2.【日本語の予備解説】

米国の研究公正局(ORI)は2021年にネカト者の事例を3件発表しただけで、クロ件数は例年の3割程度だった。しかし、93件のネカト処理をしていて、仕事ぶりは、例年と変わらない、と弁解したかったのだろうと思える研究公正局(ORI)の「2022年2月のORI Blog」論文を読んだので、紹介しよう。

●3.【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。

ーーー論文の本文は以下から開始

《1》はじめに 

撤回監視の読者は、連邦政府機関である研究公正局(ORI)をよくご存じでしょう。

NIHが資金提供する研究でネカト行為をした時、研究者の所属する大学・研究機関がネカト調査をする。そして、研究公正局(ORI)は、そのネカト調査を監督する。また、研究公正教育プログラムも開発している。

2022年2月14日、研究公正局(ORI)は2006年以降のネカト事例に関するデータを発表した。 → 2022年2月14日: ORI Case Closures | ORI – The Office of Research Integrity

研究公正局(ORI)のデータを基に撤回監視が作成したネカト事例のクロ件数を下図に示す。

この図が示すように、2021年に、研究公正局(ORI)はネカトでクロとした事例は3件だけだった。

3件という数字は、2020年の10件、そして、過去15年間の平均値である約10件からも大きく減少した。

上図に示すように、クロ件数の落ち込みは、2016年にもあった。

2016年当時、キャシー・パーティン(Kathy Partin)が局長就任の1年目で所内の人間関係がゴタゴタしていた。パーティンは2017年に局長を外され、2018年にNIH所内の研究公正官に移籍した。

局長不在期間は、研究公正局(ORI)の過去20年間によくあったのだが、現在も、再び局長不在である。

直近の局長だったエリザベス(リス)・ハンドリー(Elisabeth (Lis) Handley)は、2021年7月に保健副長官室(Office of the Assistant Secretary for Health)の保健副次官補(Principal Deputy Assistant Secretary for Health)に移籍してしまった。そして、2022年2月現在、後任は就任していない。

それで、局長に代わって、広報担当者に研究公正局(ORI)に数字の裏側を説明してもらった。

《2》質問1:2021年にクロ件数が非常に少なかった理由は? 

ネカト疑惑が申立てられると、ネカト疑惑者の所属する大学・研究機関がネカト調査をし、そのネカト調査報告書を研究公正局(ORI)に提出してもらう。

そのネカト調査報告書を、研究公正局(ORI)が徹底的に審査する。

研究公正局(ORI)は、大学・研究機関の調査結果(ネカト行為があった、またはなかった)に同意する場合と同意しない場合がある。

また、研究公正局(ORI)は、別途、調査するか、調査却下(DTP:declined to pursue)するかを決定する。

研究公正局(ORI)は、不正行為に重要性がない(たとえば、公開論文がない、助成金がない)場合、また、健康福祉省(HHS)・国民健康庁(PHS)の資金が関与していない場合、調査却下(DTP:declined to pursue)として調査を終了する。

なお、研究公正局(ORI)の調査却下(DTP:declined to pursue)は、ネカト疑惑者を免責するという意味ではない。大学・研究機関は、ネカト疑惑者の研究、科学、職業上の不正行為に基づいて、独自に処分を科すことができる。

2021年に研究公正局(ORI)は41件の事例を処理した。研究不正行為が3件、調査却下が26件(DTP:declined to pursue)、研究不正行為がなかった12件(不正行為なし)である。

ネカト事例の不正行為あり(Misconduct)、調査却下(DTP)、不正行為なし(No Misc.)、本調査中止(Accessions)件数を下図に示す(図は、研究公正局(ORI)のデータを基に撤回監視が作成した図)。

ネカト事例の「本」調査中止(Accessions)件数を下図に示す(研究公正局(ORI)のデータを基に撤回監視が作成した図)。

《3》質問2:本調査中止(Accessions)がほぼ2倍になり、クロ件数が半減した理由は? 

ほぼすべての労働部門が経験したように、ネカト調査に関しても、過去2年間の新型コロナによる建物の閉鎖と人員配置の問題で、大学・研究機関はワークフローを変更した。

この影響で、一部の大学・研究機関は連邦規制が指定している期限内にネカト申立てに対処するのが困難になった。

その間のネカト申立て数はほとんど変わらなかったが、大学・研究機関からのネカト調査報告書の提出が遅れ、研究公正局(ORI)が審査できた件数が少なくなった。

ネカト申立ての数件は特別に大変だった。疑念論文と研究費申請書が多数であったり、多数の大学・研究機関からの複数の疑念者がいたことと事件が複雑だったこともあり、その審査には特に多くの時間が必要だった。

暦年でカウントした本調査中止(Accessions)の件数は、必ずしも研究公正局(ORI)がネカト申立てを受け取った暦年を示しているわけではない。また、大学・研究機関が研究不正行為の手続きを開始・完了した暦年、または研究公正局(ORI)が審査を開始した暦年を示しているわけではない。

本調査中止(Accessions)というのは、主に、大学・研究機関が本調査をしなかったケースである。研究公正局(ORI)も、大学・研究機関が本調査をするための証拠が不十分だったという大学・研究機関の決定に同意した。

その他の場合、研究公正局(ORI)の管轄ではないネカト申立てもある。つまり、健康福祉省(HHS)・国民健康庁(PHS)の資金が関与していない場合、また、健康福祉省・国民健康庁(United States Public Health Service)の連邦規則「Research Misconduct, 42 CFR Part 93」が規定している研究不正行為の定義外の行為である。

大学・研究機関が自身の権限(または他の資金提供機関の権限)および関連する規則の下でネカト調査を進めても、研究公正局(ORI)は、上記のケースでは本調査をしない。

研究公正局(ORI)は、大学・研究機関のネカト調査結果を徹底的に審査し、2021年に52件の本調査中止(Accessions)をした。

本調査中止(Accessions)件数の増加は、研究公正局(ORI)と大学・研究機関がネカト行為に対してたゆまぬ努力をした結果を反映している。

《4》質問3:ネカト裁定までの年月が長いことを懸念しているか? 

研究公正局(ORI)は、米国政府の健康福祉省(HHS)・国民健康庁(United States Public Health Service)の連邦規則「Research Misconduct, 42 CFR Part 93」に従って、可能な限り最も効果的かつ効率的な方法で、ネカト行為の申立てに対処している。

まず、ご理解いただきたいのは、大学・研究機関のネカト調査には時間がかかるということです。

調査では、申立てにはなかったけれども、同じネカト疑惑者の他の論文や研究費申請書を調査することが往々にしてある。また、他の不正行為を調査すること、さらには、別のネカト疑惑者を加えて調査することなど、調査の範囲を拡大することも往々にしてある。

その上、大学・研究機関がネカト調査を終えた後に研究公正局(ORI)が行なう徹底的な審査にも時間がかかる。

なお、ネカト裁定までの年月を短くするために、研究公正局(ORI)は努力している。例えば、ファイル送信技術を有効に使うことを計画している。

●4.【関連情報】

米国の研究公正局(ORI)は2021年にネカト者の事例を3件発表しただけで、クロ件数は例年の3割程度だった。しかし、93件のネカト処理をしていて、仕事ぶりは、例年と変わらない、と弁解したかったのだろうと思える研究公正局(ORI)の「2022年2月のORI Blog」論文を読んだので、紹介しよう。

●5.【白楽の感想】

《1》官民の水平コミュニケーション 

研究公正局の回答に、「なるほど、そうだったのか」という裏話・暴露情報などはない。前回の記事でおおむね推察はついていた。まあ、それでいいんですけど。 → 7-94 研究公正局のネカト調査集計:2021年 | 白楽の研究者倫理

素晴らしいのは、研究公正局の活動について、多くの人が疑問を持つ点を民間の撤回監視が質問し、それを研究公正局が答えてくれる、という現実である。この仕組みはうらやましい。

米国では、官民の水平コミュニケーションが正常に機能している。

日本は、民主国家ではなく官主国家なので、多分、文部科学省に民間人が質問しても、多くの場合、回答してくれない。無視される。あるいは木で鼻をくくったような回答になる。

官は高く、民は低い。官民は水平ではなく、垂直で、官民のコミュニケーションは貧弱、「士農工商」精神が今も生きている。

昔、白楽は筑波大学・講師だった。その頃、国立大学の教官(教員ではない)は国家公務員だった。国家公務員としての教官はどうあるべきか? 白楽は、自分の行動基準に以下の文章を書きだし、机の前に貼っておいた。

国家公務員法第九十六条 すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。国家公務員法 | e-Gov法令検索

今は、教官ではない。白楽は教員でもない。

でも、元国家公務員だった平民の1人として、日本をもっといい国にしたいけど、なんとかならないのだろうか?

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●6.【コメント】

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