2018年10月19日掲載
ワンポイント:23年前の1995年12月6日、研究公正局は、ジョージタウン大学病院(Georgetown University Medical Center)・助教授のルース・ループ(35歳?)が、NIH研究費申請書に添付した共同研究の手紙をねつ造したと発表した。添付手紙のねつ造でクロ判定されるのは珍しい。約1年間の締め出し処分が科された。その後、ルース・ループは研究者を辞めず、現在、メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)・教授である。国民の損害額(推定)は1億1,300万円。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
ルース・ループ(Ruth Lupu、写真)は、イスラエルのテルアビブ大学(Tel Aviv University)で研究博士号(PhD)を取得し、1989年1月(29歳?)、米国のジョージタウン大学病院(Georgetown University Medical Center)・助教授になった。医師ではない。専門は生化学(がん転移)である。
1995年12月6日(35歳?)、研究公正局は、NIH研究費申請書に添付した共同研究の手紙をルース・ループ(Ruth Lupu)がねつ造したと発表し、1995年12月6日から約1年間の締め出し処分を科した。
ねつ造発見時、該当NIH研究費申請書にはまだ研究費を支給していなかった。
研究公正局のクロ判定は、ルース・ループの研究者としてのキャリアパスに決定的なダメージを与えなかった。ジョージタウン大学病院を解雇されず、その後、順調にキャリアを重ね、2018年10月15日現在、メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)・教授である。
ジョージタウン大学病院(Georgetown University Medical Center)。出典
- 国:米国
- 成長国:イスラエル
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:イスラエルのテルアビブ大学
- 男女:女性
- 生年月日:不明。不明。仮に1960年1月1日生まれとする。1989年にジョージタウン大学(Georgetown University)・助教授に採用された時を29歳とした。
- 現在の年齢:64 歳?
- 分野:生化学
- 最初の不正:1995年(35歳?)
- 発覚年:1995年(35歳?)
- 発覚時地位:ジョージタウン大学・助教授
- ステップ1(発覚):研究費審査員が見つけた(推定)。
- ステップ2(メディア):
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ジョージタウン大学・調査委員会。②研究公正局
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:研究公正局でクロ判定(〇)
- 不正:ねつ造
- 不正数:1件。NIH研究費申請書に添付した共同研究の手紙をねつ造
- 時期:研究キャリアの初期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分: NIHから1年間の締め出し処分
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億1,300万円。内訳 ↓
- ①研究者になるまで5千万円。研究者を辞めていないので損害額は0円。
- ②大学・研究機関が研究者にかけた経費(給与・学内研究費・施設費など)は年間4500万円。研究者を辞めていないので損害額は0円。
- ③外部研究費。研究成果のねつ造・改ざんではないので過去の成果での損額はない。将来への損害額は0円。
- ④調査経費。第一次追及の調査費用は100万円。大学・研究機関の調査費用は1件1,200万円。小計で1,300万円
- ⑤裁判経費は2千万円。裁判はなかったので損害額は0円。
- ⑥論文撤回は1報当たり1,000万円、共著者がいなければ100万円。撤回論文は0報なので損害額は0円。
- ⑦アカハラ・セクハラではない。損害額は0円。
- ⑧研究者の時間の無駄と意欲削減+国民の学術界への不信感の増大は1億円。
- ⑨健康被害:損害額は0円とした。
●2.【経歴と経過】
ほとんど不明。
- 生年月日:不明。仮に1960年1月1日生まれとする。1989年にジョージタウン大学(Georgetown University)・助教授に採用された時を29歳とした
- 19xx年(xx歳):イスラエルのバル=イラン大学(Bar-llan University)で学士号・修士号取得:生化学
- 19xx年(xx歳):イスラエルのテルアビブ大学(Tel Aviv University)で研究博士号(PhD)を取得:生化学
- 1989年1月 – 2002年1月(29 – 42歳?):ジョージタウン大学(Georgetown University)・助教授
- 1995年12月6日(35歳?):研究公正局がネカトでクロと発表。締め出し期間は約1年間
- 1996年2月 – 2002年6月(36 – 42歳?):カリフォルニア大学バークレー校(University of Berkeley California)・準教授
- 2002年 – 2008年6月(42 – 48歳?):ノースウェスタン大学(Northwestern University)・教授
- 2008年7月 – 現在(48歳? –):メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)・教授
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
研究成果の説明の動画:「Nutritional Supplement Works Against Some Pancreatic Cancer Cells in Mice – YouTube」(英語)3分38秒。
Mayo Clinicが2012/04/03 に公開
【動画2】
研究成果の説明の動画:「Master “Cut-off Switch” for Cancer-Causing HER2 Protein Located – YouTube」(英語)4分53秒。
Mayo Clinicが2015/04/27 に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★研究公正局
不正発覚の経緯は不明である。しかし、内容から判断して、研究費審査員が見つけたと思われる。
1995年12月6日(35歳?)、研究公正局は、ルース・ループ(Ruth Lupu)がNIH研究費申請書に添付した共同研究の手紙をねつ造したと発表し、1995年12月6日から約1年間の締め出し処分を科した。
ねつ造発見時、該当のNIH研究費申請書にはまだ研究費を支給していなかった。
研究公正局がクロと判定したねつ造事件の中で、共同研究の手紙のねつ造事件は珍しい。しかし、研究費申請書の評価に重要な影響を与えるということで、研究公正局はクロと判定した。
★NIH研究費
ルース・ループ(Ruth Lupu)はNIHから、1991-2014年に30件、総額7,693,953ドル(約7億6940万円)の研究費を受給していた。
研究公正局がクロと判定した1995年前後の受給状況を調べると、1993年と1994年に国立がん研究所(NCI)に申請したグラントの金額が記載されていない。この研究費申請書で発覚したのだろうか?
なお、1995年12月6日から約1年間の締め出し処分が科されたが、1996年に2件、1997年に1件の研究費が採択されていて、締め出されていない。どうなっているのだろう?
★ネカト後のキャリアパス
前項のNIH研究費採択状況からもわかるが、ルース・ループ(Ruth Lupu)は研究公正局のクロ判定を受けた後も、研究者として生き残った。
締め出し期間が約1年間と短かったこともあると思うが、ネカトが論文データのねつ造・改ざんではなく、共同研究の手紙をねつ造だったからだろう。このねつ造は、社会や学術界へのダメージが少ない。
1995年12月6日に研究公正局がクロと発表したが、そのすぐ後の1996年に、カリフォルニア大学バークレー校(University of Berkeley California)・準教授に移籍している。研究公正局のクロ判定は、ルース・ループの研究者としてのキャリアパスに決定的なダメージを与えていない。
2002年にノースウェスタン大学(Northwestern University)・教授になり、2018年10月15日現在、メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)・教授である。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2018年10月15日現在、パブメド(PubMed)で、ルース・ループ(Ruth Lupu)の論文を「Ruth Lupu [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2018年の17年間の69論文がヒットした。
「Lupu R[Author]」で検索すると、1962~2018年の57年間の140論文がヒットした。
2018年10月15日現在、「Lupu R[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
省略
●7.【白楽の感想】
《1》不明だらけ
ルース・ループ(Ruth Lupu)の事件は、23年前の1995年12月6日(35歳?)に研究公正局がクロと発表した事件である。
事件が古く、情報がほとんどなく、ルース・ループはどのような状況でネカトをしたのか、誰がどのように見つけたのか、調査委員会はどこまで調査したのか、ねつ造した手紙は公表されたのか、など、わからない。
《2》珍しい事件
ルース・ループ(Ruth Lupu)の事件は共同研究の手紙のねつ造事件である。研究公正局がクロと判定したねつ造事件としては珍しい。
しかし、一般的に考えると、学術界では、論文以外のネカトは、発覚しないだけで、結構行なわれているのではないだろうか?
ハートザー事件では、架空の論文原稿を研究費申請書に「受理(accepted)」または「印刷中(in press)」と記載する改ざんを行なった。論文以外でのネカトは、発覚しないだけで、結構行なわれているのではないだろうか? と書いたら、世界変動展望・著者様が、この手のネカトは日本でたくさん「発覚している」とコメントしてくれた。
→ マイケル・ハートザー(Michael K. Hartzer)(米) | 研究倫理(ネカト)
《3》米国でネカトでも、日本ではネカトではない
ハートザー事件で書いたが、ルース・ループ事件も、米国ではネカトだが、日本ではネカトではない。
以下は→ マイケル・ハートザー(Michael K. Hartzer)(米) | 研究倫理(ネカト)
米国では、研究申請書の関係書類を「ねつ造・改ざん」すると、クロと判定され、処分される。理由は、そのことで研究費が不当に採択されるからだ。
一方、日本では、研究申請書で「ねつ造・改ざん」しても、ネカトで処分されない。
日本では、ネカトを「発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造と改ざん、及び盗用である」と定義しているため、研究申請書は対象外になる。
→ 2014年8月26日、文部科学大臣決定「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」。
しかし、しっかり考えて、研究申請書を対象外にしたとは思えない。研究申請書に日本の独自性はないからだ。単に、米国のルールに無知な委員が日本のルールを策定した(と思われる)。困ったもんだ。
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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●8.【主要情報源】
① 1996年1月26日、研究公正局のNIH GUIDE, Volume 25, Number 1:NIH Guide: FINDINGS OF SCIENTIFIC MISCONDUCT
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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