ミン=ジーン・イン(Min-Jean Yin)(米) 改訂

2018年2月21日掲載。

ワンポイント:中国系米国人(?)の女性。米国のテキサス大学サウスウェスタンメディカルセンターで研究博士号(PhD)を取得し、2003年(31歳?)、米国の製薬企業・ファイザー社のラホヤ研究所の研究員になった。2015年(43歳?)、米国のエリザベス・ビックが匿名で、論文中の図の複製使用(データねつ造)をパブピアで指摘し、ドイツのネカトハンターのレオニッド・シュナイダーに追及を依頼した。レオニッド・シュナイダーが自分のブログでネカトを指摘し、かつ、ファイザー社に伝えた。2016年(44歳?)、ファイザー社は、2010年 ~ 2014年の5年間の6論文をクロと判定し、ミン=ジーン・インを解雇した(推定)。撤回論文数は7報である。製薬企業が自社の研究員のネカトを公式に認め、公表するのは珍しい。損害額の総額(推定)は10億8400万円。ネカトと関係ないが、エリザベス・ビックの「アリエン!」写真コレクションを最後に加えた。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

ミン=ジーン・イン(Min-Jean Yin、写真出典)は、米国の製薬企業・ファイザー社のラホヤ研究所(Pfizer in La Jolla, California)・上級主任研究員(Senior Principal Scientist)で、専門はがんの基礎研究(生化学)だった。なお、ファイザー社(本社はニューヨーク)は売上高で世界第1位の製薬企業である。

2015年(43歳?)、エリザベス・ビックが匿名で、論文中の図の複製使用(データねつ造)をパブピア(PubPeer)で指摘し、ドイツのネカトハンターのレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)に追及を依頼した。

エリザベス・ビックの依頼を受けたレオニッド・シュナイダーが自分のブログでネカトを指摘し、かつ、ファイザー社に伝えた。

レオニッド・シュナイダーの通知を受け、ファイザー社も調査をはじめた。

2016年(44歳?)、ファイザー社がクロと判定し、ミン=ジーン・インを解雇した(推定)。

米国の製薬企業・ファイザー社のラホヤ研究所(Pfizer in La Jolla, California)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター(推定)
  • 男女:女性
  • 生年月日:不明。仮に1972年1月1日生まれとする。当てずっぽう
  • 現在の年齢:46 歳?
  • 分野:がんの基礎研究
  • 最初の不正論文発表:2010年(38歳?)
  • 発覚年:2015年(43歳?)
  • 発覚時地位:ファイザー社・上級主任研究員
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はエリザベス・ビック(Elisabeth M. Bik)である。匿名で、論文中の図の複製使用(データねつ造)をパブピア(PubPeer)で指摘し、ドイツのネカトハンターのレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)に追及を依頼した。
  • ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ファイザー社、②学術誌・編集部
  • 調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 機関の透明性:所属機関の事件への透明性。実名報道だが機関のウェブ公表なし(△)。
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:公式には6論文。7論文が撤回
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 損害額:総額(推定)は10億8400万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円。②研究者の給与・経常業務費など年間2000万円が16年間=3億2千万円。③院生の損害が1人1000万円で6人=6千万円。④製薬企業の研究費を1年間5千万円として、スゲン社、ついで、ファイザー社に15年間勤務=7億5千万円の研究費。⑤調査経費(ファイザー社、レオニッド・シュナイダー、学術誌など)が5千万円。⑥裁判経費が2千万円。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円。7報撤回=1400万円
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)。他社の部長就任(研究職ではないと思う)
  • 処分:辞職(解雇?)

●2.【経歴と経過】

不明点多し

  • 生年月日:不明。仮に1972年1月1日生まれとする。当てずっぽう
  • 1994年?(22歳?):xx大学を卒業
  • 1994 – 2000年?(22 – 28歳):テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center) ・大学院。研究博士号(PhD)を取得(推定)
  • 2001年?(29歳?):米国の製薬企業・スゲン社(SUGEN, Inc.)・研究員(?)
  • 2003年(31歳?):スゲン社が米国の製薬企業・ファイザー社の吸収されたのに伴い、ファイザー社のラホヤ研究所(Pfizer in La Jolla, California)・研究員になる。ネカト発覚時は上級主宰研究員(Senior Principal Scientist)に昇進していた
  • 2015年(43歳?):ネカトが発覚する
  • 2016年9月?(44歳?):米国のファイザー社を辞職(解雇?)
  • 2016年9月(44歳?):米国・サンディエゴのダイアグノロジックス社(Diagnologix LLC)の部長
  • 2016年10月10日(44歳?):ファイザー社は調査結果をレオニッド・シュナイダーに伝えた
  • 2018年2月20日(46歳?)現在:ダイアグノロジックス社(Diagnologix LLC)の部長に在職

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★経歴

1995年、ミン=ジーン・イン(Min-Jean Yin)は、米国のテキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center) のリチャード・ゲイナー教授(Richard B. Gaynor、写真出典)の研究室から最初の論文を発表している。この時、院生だったと思われる。

ゲイナー教授との共著論文は1995年~2000年に10報出版された。10報目が2000年に出版された。次の11報目の論文は2003年に米国の製薬企業・スゲン社(SUGEN, Inc.)の所属で出版されている。

2000年に研究博士号(PhD)を取得し、スゲン社(SUGEN, Inc.)の研究員に就職したと思われる。

米国で研究博士号(PhD)を取得してすぐに企業・研究員に就職する人が何割ぐらいいるのか不明だが、指導教授のゲイナー教授は2002年に大学教授を辞めて、製薬企業のイーライリリー・アンド・カンパニー(Eli Lilly and Company)の副社長に就任した。ゲイナー教授の研究室は企業志向があったのだろう。

2003年(31歳?)、米国のスゲン社(SUGEN, Inc.)が米国の製薬企業・ファイザー社の併合されたのに伴い、ミン=ジーン・イン(Min-Jean Yin)は、ファイザー社のラホヤ研究所(Pfizer in La Jolla, California)・研究員に移籍した。

事件が発覚した2015年(43歳?)には、ファイザー社の上級主宰研究員(Senior Principal Scientist)に昇進していた。

★ネカト発覚の経緯

以下、主にレオニッド・シュナイダーの記事(【主要情報源】①)を参考に書いた。

2015年(43歳?)、ミン=ジーン・イン論文にネカトがあるとパブピア(PubPeer)で指摘された。これが、事件発覚の発端である。

2016年2月(44歳?)、パブピアで指摘した告発者は、後に、エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)だとわかる。ただ、この時点ではまだ匿名で、ビックは、ネカトハンターのレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)に、ミン=ジーン・イン論文の図に異常があるので追及して欲しいと依頼した。

ミン=ジーン・インはLinkedInに「生命科学の一流学術誌(Cell, Nature, Cancer Research, etc.)に32論文を発表した」と書いていた(LinkedInのサイトは2017年7月19日現在、削除されている)。

2016年2月中旬(44歳?)、レオニッド・シュナイダーは、ミン=ジーン・イン論文にビックが指摘した図の異常があることを確認し、論文を掲載した学術誌にネカトであると連絡した。また、同時にファイザー社にも連絡した。

ファイザー社・法律順守部門の専務理事(Senior Director at Pfizer Compliance Division)のラリー・プーダーバッハ(Larry Puderbach、写真出典)が対応し、シュナイダーに次の返事をした。

あなたのご指摘で、弊社のミン=ジーン・イン研究チームを監視し始めました。感謝申し上げます。あなたがご指摘してくださった件を憂慮し、問題を徹底的に見直します。ご指摘いただいてことで状況を知りました。現時点ではコメントはありません。

2016年4月11日(44歳?)、レオニッド・シュナイダーは、ラリー・プーダーバッハに調査の経過を尋ねると、次の返事が返ってきた。

あなたがご指摘してくださった論文画像の重複使用の可能性を徹底的に調査しております。ただ、実験が行なわれてから数年間も経過しているため、広範な調査はまだ進行中です。 調査が完了したらお伝えします。

2016年10月10日(44歳?)、レオニッド・シュナイダーは、ファイザー社・法律順守部門の総合弁護士補(Assistant General Counsel in Compliance Division of Pfizer)であるイヴォンヌ・クリストヴィッチ(Yvonne M Cristovici、写真出典)から、ファイザー社の調査が完了したことと、以下の調査結果を通知された。

調査の結果、ミン=ジーン・インの2010~2014年の6論文の図に複製使用(データねつ造)が見つかりました。

以下の5論文は、論文撤回の処理に入っています。

  1. Nassirpour et. al, miR-221 Promotes Tumorigenesis in Human Triple Negative Breast Cancer Cells, 8(4) PLOS ONE, (2013)
  2. Baxi et. al, Targeting 3-Phosphoinoside-Dependent Kinase-1 to Inhibit Insulin-Like Growth Factor-I Induced AKT and p70 S6 Kinase Activation in Breast Cancer Cells, 7(10) PLOS ONE (2012)
  3. Mehta et. al, A novel class of specific Hsp90 small molecule inhibitors demonstrate in vitro and in vivo anti-tumor activity in human melanoma cells, 300 Cancer Letters 30 (2011)
  4. Mehta et. al, Effective Targeting of Triple-Negative Breast Cancer Cells by PF-4942847, a Novel Oral Inhibitor of Hsp 90, 17(6) Clinical Cancer Research 5432, 2011
  5. Nassirpour et. al, Nek6 Mediates Human Cancer Cell Transformation And Is A Potential Cancer Therapeutic Target, 8(5) Molecular Cancer Research 717 (2010).

以下の1論文は、第一著者と最終著者がファイザー社の社員ではありません。また、主要な研究場所はカナダのブリティッシュ・コロンビア大学(University of British Columbia)でした。それで、ブリティッシュ・コロンビア大学に事情を伝へ、論文撤回の対処を依頼しました。

  1. Lamoureux et. al, Suppression of Heat Shock Protein 27 Using OGX-427 Induces Endoplasmic Reticulum Stress and Potentiates Heat Shock Protein 90 Inhibitors to Delay Castrate-resistant Prostate Cancer, 66 European Urology 145 (2014)

【ねつ造・改ざんの具体例】

ファイザー社は調査の結果、ミン=ジーン・イン(Min-Jean Yin)の6論文に図の複製使用(データねつ造)がみつかり、クロと判定した。

ネカト論文を6論文と特定したが、6論文の図のどこがどう複製されたかを示していない。調査委員名も公表していない。調査過程の詳細も公表しなかった。

つまり、6論文の図の何がどのように複製されたのか、公式発表がなかった。

仕方がないので、パブピアで探った。

代表として、6論文の1つである「2011年のClin Cancer Res.」論文を以下に詳しく見よう。

★「2011年のClin Cancer Res.」論文

「2011年のClin Cancer Res.」論文の書誌情報を以下に示す。2017年1月、撤回された。

どの部分がどのように不正だったのか、パブピアで見てみよう。

2015年12月5日に、図1ABと図3Bの電気泳動バンドがおかしいと、指摘された「Peer 1: ( December 5th, 2015 8:38am UTC )」。

以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/6FA6E69CC4D4A9B252C9ED83F1BA59#fb41336

図1AB:同じ色で示したバンドは、同一バンドの流用。 写真をクリックすると写真は大きくなります。

図3B:同じ色で示したバンドは、同一バンドの流用。 写真をクリックすると写真は大きくなります。

図1ABと図3Bで、同一の電気泳動バンドを多数、別の試料に流用している。明確なデータねつ造である。電気泳動バンドの向きを変え、流用を胡麻化そうとしている。ねつ造の意図が明白である。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2018年2月20日現在、パブメド(PubMed)で、ミン=ジーン・イン(Min-Jean Yin)の論文を「Min-Jean Yin [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2016年の14年間の24論文がヒットした。

「Yin MJ[Author]」で検索すると、1995~2016年の20年間の55論文がヒットした。この55論文には本記事とは別人の論文が含まれている。

1995~2000年のミン=ジーン・インの6年間の10論文は、ボスの米国のテキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center) のリチャード・ゲイナー教授(Richard B. Gaynor)と共著の論文である。

2018年2月20日現在、「Yin MJ AND retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、2010~2014年の7論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2018年2月20日現在、「パブピア(PubPeer)」ではミン=ジーン・イン(Min-Jean Yin)の10論文にコメントがある:PubPeer – Results for Min-Jean Yin

但し、数報は、本記事のミン=ジーン・イン(Min-Jean Yin)の論文ではない。

●7.【白楽の感想】

《1》別機関に所属していた時の論文

ファイザー社は、ミン=ジーン・インが2010年 ~ 2014年の5年間に発表した6論文をクロと判定した。

ミン=ジーン・インは2003年にファイザー社の研究員になっている。クロと判定した以前にファイザー社から出版した2003年~2009年 の論文は大丈夫だろうか? これらの論文をファイザー社が調査したかどうか、ハッキリしない。

そして、ミン=ジーン・インは、ファイザー社の研究員になる前、1995~2000年にテキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター(University of Texas Southwestern Medical Center) の院生だった。この院生時代に、10論文を出版した。これらの論文にネカトはないのだろうか? テキサス大学はネカト調査していない。基本的には、すべきだろう。

法則:「ネカト癖は院生時代に形成されることが多い」。

しかし、大学や研究機関は、他者から疑惑を指摘された論文は調査しても、指摘されていない論文を調査する文化も仕組みも(予算も人員も)ない。現状のように所属機関が調査していては、まだら調査しかできない。

疑念は残ったままになる。

どうするといいんだろうか? 研究者は、ネカト者の論文は調査されようがされまいが、全部信用しないので大して困らない、ということか。マー、研究者としては当然の姿勢でしょう。

それに、生命科学の研究者は、古い研究論文(5年以上とか、10年以上古いとか)を単純に信用しない。最近の5~10年間に何らかの発展があると考えるのが普通だ。5~10年以上古い研究論文は、自分が信用しているか、他人が何度も引用している論文以外は、通常、引用しない。

だから、ネカト者の古い論文(5年以上とか、10年以上古いとか)の真偽はどうでもいいという面がある。

でも、シロクロつけるべきだという意見も一方で強固にある。そして、それは正論でもある。

現状では、所属機関をまたがってネカトを調査する組織は、日本にも米国にもほぼ存在しない。米国では研究公正局が大学に依存せずに調査する場合、また、FBIなどの連邦捜査機関が調査に入れば、所属機関をまたがって当該個人のネカトを調査することもある。

つまり、国家機関なら一貫して調査することもある。しかし、例外的だ。

日本なら以下の解決策なら、現状のいろいろなネカト問題を解決できる。

提案:「警察庁にネカト取締部を設置し、ネカトを捜査せよ」

《2》企業での研究公正

企業でのネカト事件の報告は、大学に比べとびぬけて少ない。どうしてだろうか?

「理論上」、ネカト事件の報告が少ない組織は、次の2つが考えられる。

  1. ネカト行為はほとんどないからネカト事件にならず、報告もない。
  2. ネカト行為は普通の頻度あるが、事件になる前に各部署または上層部が隠蔽し(握りつぶし)てしまう。ネカト行為者を解雇・転属させて再発を防ぐ。また、事件が明かるみに出ない処置をする。

もし「1」なら、その組織の研究公正管理に優れた点があるので、その点を学べないだろうか?

もし「2」なら、これはマズい。

製薬企業で医薬品のデータねつ造・改ざんがあれば、薬効がない医薬品を販売するとか、健康被害をもたらす医薬品を販売することになる。このことは必ず発覚し、製薬企業に大きな損害を与える。

ファイザー社は、研究員のアントニオ・グアルベルトを「間違い」ということで解雇したこともある。
→ アントニオ・グアルベルト(Antonio Gualberto)(米):Pfizer retracts another experimental cancer drug study – Retraction Watch at Retraction Watch

グアルベルト事件は、ネカト行為があったのに、その発覚を製薬企業が握りつぶした可能性が高い。ネカト行為者を解雇・転属させて再発を防ぐという方法だ。

しかし、現在、パブピアなどのネカト告発サイトでは、製薬企業が発表した論文のデータ異常を公然と指摘することができる。その指摘に対して、企業が何らかの納得できる対応を研究界に示さないと、疑惑が大きくなり、論文の信頼度はもちろん、その企業の研究論文全体の信頼度が低下し、企業のイメージダウンになる。

それで、今回のミン=ジーン・イン事件では、ファイザー社は対応した。

《3》企業での研究にネカトが少ない

白楽の事件データベースでは、事実として、日本でも海外でも、大学に比べ、企業研究者のネカト・クログレイ事件はとても少ない。

ベルギーの生命科学分野のアンケートだが、大学と企業のネカトを比較をした2017年の論文がある。それを「7-11.大学と企業のネカト比較」で解説した(2018年2月21日現在、まだ、アップしていません)。
→ 7-11.大学と企業のネカト比較 | 研究倫理(ネカト)

一部を引用しよう。

「告白」では、大学研究者の71%が、企業研究者の61%が少なくとも1回、ネカト・クログレイ行為を行なったと「告白」した。「観察」では、大学研究者の93%が、企業研究者の84%が少なくとも1回、同僚がネカト・クログレイ行為を行なっているのを「観察」した。

大学研究者に比べ、企業研究者のネカト・クログレイ行為は9‐10ポイント少ないが、3年間に少なくとも1回ネカト・クログレイをしたという企業研究者は61%(「告白」)もいた。同僚のネカト・クログレイを見た企業研究者は84%(「観察」)もいたのである。

実態として、企業(生命科学)研究者は、驚くほど多くネカト・クログレイ行為をしている。これほどネカト・クログレイ「行為」をしている研究者が多いのに、どうして、企業研究者のネカト・クログレイ事件はとても少ないにだろうか?

単純に考えれば、企業研究者は通報・告発しないからである。

ただ、ネカト・クログレイ「行為」をしないようにする仕組みが、大学に比べ、企業ではかなり発達しているというコメントがあった。これが、大学研究者に比べ、企業研究者のネカト・クログレイ行為が9‐10ポイント少ない理由だろう。

同じ「7-11.大学と企業のネカト比較」から、2つ引用しよう。

1.DTX
http://retractionwatch.com/2018/01/30/reports-misconduct-scientists-industry-academia/#comment-1546681

企業の研究は、通常、優良試験所規範(GLP、グッド・ラボラトリー・プラクティス、Good Laboratory Practice)、そしてヒトを対象にした研究は優良臨床試験規範(グッド・クリニカル・プラクティス、Good Clinical Practice )を満たす必要があります。どちらの場合も、データ公正性は不可欠です。 優良試験所規範では、すべての計測器の動作が検証され、較正され、完全な実験記録を残しておく必要があります。データを変更する場合、古いデータも残し、変更の理由を記述します。GLP研究室といえども完璧ではありませんが、非GLP研究室でしばしば生じるネカト・クログレイの多くを防げると思います。

優良試験所規範のもう一つの重要な点は組織図です。組織図は一見重要ではないようですが、QA(Quality Assurance 信頼性保証)担当者は研究者に報告してはならないとされています。つまり、QA担当者は研究者と独立している必要があります。

さらに、企業では、データのねつ造・改ざんをすると、企業に損害を与えるので、ねつ造・改ざんをする動機は少ない。大学では、データのねつ造・改ざんをすると、自分自身や共著者が損害をこうむるのに対し、企業では、価値のない標的化合物に無駄な金と時間を使うことになる。例えば、アイビーリーグなどの名門大学の研究者がネカトを犯しても、大学自体にはほとんど損害を被らないと言われています。

これらに加えて、企業では、データのねつ造・改ざんをし、それが見つかった場合、すぐに仕事を失う可能性があります。大学と違って企業は、従業員に「あなたは仕事を続けることができますが、3年間は研究をさせません」とは言いません。

企業の実験室でもネカト・クログレイが発生する可能性はありますが、このように、ネカト・クログレイを抑制する仕組みが多数あります。その結果、大学に比べ企業ではネカト・クログレイを犯すのはずっと難しくなります。

2.JadedInGradSchool
http://retractionwatch.com/2018/01/30/reports-misconduct-scientists-industry-academia/#comment-1546764

設備のメンテナンスと更生が不十分だったことが、私が大学を離れて企業に戻った理由の1つです。 測定の質を確保できない大学の研究結果を信頼できますか?

《4》防止策

ミン=ジーン・イン事件は、製薬企業・ファイザー社の研究者が起こしたネカト事件である。

ファイザー社は、外部から指摘された疑惑論文を自社内で調査し、ミン=ジーン・イン単独のネカトと結論した。その結果だけを、指摘した外部の人(レオニッド・シュナイダー)に回答した。もちろん、論文撤回の要請のために、学術誌・編集部にもネカトだったことを伝えた。

この対処は研究界に誠実な印象を与える。

しかし、「《3》企業での研究にネカトが少ない」に記載したDTXの意見ように、ファイザー社では、優良試験所規範(GLP、グッド・ラボラトリー・プラクティス、Good Laboratory Practice)を実施していたはずだ。さらに、ネカトをする動機が企業研究者には希薄だとも指摘している。

では、ミン=ジーン・インはどうしてねつ造データを論文に発表したのだろうか? 動機は、得だからだと思うが、では、7論文にねつ造データを発表するのを、どうして社内で防止できなかったのか? ミン=ジーン・インの社内での人間関係や置かれた状況はネカトが発生しやすい状況だったのか? ミン=ジーン・インのネカトに気が付くべき立場の社内の人間は、ミン=ジーン・インとの関係に問題があったのか? そして、外部から指摘されるまで、2010~2015年の6年間も、どうして気が付かなかったのだろうか?

今回のミン=ジーン・イン事件は、企業研究者がネカトを犯したときの処置や再発防止策のスキル・情報を企業が考え、改善する格好のチャンスだった気がする。

推定するに、社内で再発防止策を議論し何らかの対処をしたはずだ。

製薬企業として、情報公開は難しいかもしれない。それでも、ネカト行為の発生状況を分析し、企業研究者がネカトを犯したときの処置や再発防止策のスキル・情報を、多くの企業研究者とネカト研究者にもオープンにし、議論し、共有した方が、これからのことを考えると、全体の製薬企業にとってズット役立ったに違いない。

残念だが、現実には、そのような配慮はカケラもなかった。

つまり、現状では、どのような状況で、ミン=ジーン・インはネカトをしたのか皆目わからない。優良試験所規範のどの部分にどのような欠陥があったのか皆目わからない。従って、誰がどの段階でどうすると、ミン=ジーン・インのネカトを未然に防げたのか、皆目わからない。

企業の研究者のネカト事件が公表されることは珍しい。だからこそ、「誰がどの段階でどうすると、ネカトを未然に防げたのだろうか?」という問題意識も加えて、ネカト調査をし、再発防止策のスキル・情報をオープンにしてほしい。そうすれば、事件からもっと多くのことが学べるだろう。

《5》後日談:エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)とビックの「アリエン!」写真コレクション

2016年2月、ネカトハンターのレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)は、ミン=ジーン・イン論文の図に異常があると知人に伝えられた。

この時、知人は匿名を希望した。しかし、2017年5月23日、知人は実名を公表しても良いと、レオニッド・シュナイダーに伝えた。知人はエリザベス・ビック(Elisabeth M. Bik、写真出典)だった。

エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)は、

ファイザー社には学術機関にあるような研究公正委員会がない。ネカトをどこに通報すべきなのか外部からはわからない。それに、ネカトの申し立てにファイザー社がどのように対応するのかも分からなかった。それで、レオニッド・シュナイダーに伝えた。

と述べている。

2015年にパブピア(PubPeer)で、ミン=ジーン・イン論文の図のねつ造・改ざんを最初に指摘したのもエリザベス・ビックである。

エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)は、オランダで育ち、オランダで研究活動していた微生物学者で、2001年に米国のスタンフォード大学に移籍した。2016年11月に退職し、uBiomeの科学ライタ―になった。また、有能なネカトハンターでもある。
→ 2016 年11月8日記事:Stanford Microbiome Pioneer Elisabeth Bik Becomes New Science Editor at uBiome、(保存版

研究公正に関心が高く、以下の研究公正論文を発表した。

エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)のサイト(Microbiome Digest – Bik’s Picks | A daily digest of scientific microbiome papers, by your Microbe Manager Elisabeth Bik, Science Editor at uBiome.com. Twitter: @microbiomdigest、(保存版))を覗くと、ビックの独特の才能を感じる。

ネカトとは少しズレるが、エリザベス・ビックは、ストック写真の異常を指摘している。このような指摘をする人は世界的に珍しいので以下に3例示す(写真出典は上記のエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)のサイト)。

1.電気ハンダで作業している写真だが、モデルが発熱部分を握っている!!(保存版) アリエン!

2.パスツール・ピペットを逆に持ってる!保存版) キャップもつけていない! モデルはどうやって液体を取るのだ。アリエン!

3.同時に12試料を分注できる12連マイクロ・ピペットだけど、最左の1個、量が足りませんぜ。それに液の色が途中でピンクから無色に変わっている2層構造? こんな12チャンネルピペット買う人いません!! アリエン!

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●8.【主要情報源】

① レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ:Min-Jean Yin ? For Better Science、(保存不可)
② 2016年10月11日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事とその後:You searched for Min-Jean Yin – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 2016年10月18日の「Healthview」記事(ギリシャ語):Απ?λυση top ερευν?τρια? απ? το ογκολογικ? τη? Pfizer για χειραγ?γηση δεδομ?νων – Healthview、(保存版
④ 「パブピア(PubPeer)」ではミン=ジーン・イン(Min-Jean Yin)の10論文にコメントがある:PubPeer – Results for Min-Jean Yin
⑤ 2016年10月13日の「医?魔方」記事(中国語):医?魔方-数十万医?人来?里?数据、找品?、找企?、抓机会
⑥  旧版:2017年7月20日

★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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