2017年11月8日掲載。
ワンポイント:インドで生まれ育った女性が、2010年(40歳?)、米国のノースカロライナ大学チャペルヒル校・助教授の時に、「2010年のAcad Manage J」論文を発表した。4年後の2014年(44歳?)に内容が問題視された。学術誌編集部は論文検討チームを結成し、1年間かけて検討し、2015年(45歳?)、訂正論文を掲載した。編集部の論文検討チームが「間違い」論文を大幅に訂正した珍しいケース。ラヒリに処分なし。損害額の総額(推定)は9100万円。
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
ーーーーーーー
●1.【概略】
ナンディニ・ラヒリ(Nandini Lahiri、写真出典)は、米国のアメリカン大学(American University)・準教授で、専門は経営学である。
インドで生まれ、インドの大学で化学工学の学士号を得たのち、しばらくの間、製鉄企業で働いた。その後、インドの大学院に入学し、今度は国際ビジネス学の修士号を得た。次いで、インドから米国に渡り、2004年(34歳?)、米国のミシガン大学・アナーバー校で企業戦略と国際ビジネスの研究博士号(PhD)を取得した。
2010年(40歳?)、米国のノースカロライナ大学チャペルヒル校(University of North Carolina at Chapel Hill)・助教授の時に、後で問題視される「2010年のAcad Manage J」論文を発表した。
2014年(44歳?)、「2010年のAcad Manage J」論文が問題視された。
2015年(45歳?)、「2010年のAcad Manage J」論文にネカトはない。撤回ではなく、訂正となった。なお、この訂正作業はとてもユニークである。
ノースカロライナ大学チャペルヒル校(University of North Carolina at Chapel Hill)。By Caroline Culler (User:Wgreaves) – 投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, Link
- 国:米国
- 成長国:インド
- 研究博士号(PhD)取得:米国のミシガン大学・アナーバー校
- 男女:女性
- 生年月日:不明。仮に1970年1月1日とする。2004年博士号取得時を34歳とした。インドのコルカタで生まれる
- 現在の年齢:54 歳?
- 分野:経営学
- 最初の問題論文発表:2010年(40歳?)
- 発覚年:2014年(44歳?)
- 発覚時地位:テンプル大学(Temple University)・助教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)は院生グループだが、大学名や氏名は不明である。論文の問題点を学術誌編集部に通報した
- ステップ2(メディア): 「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌「Acad Manage J」・編集部。②ノースカロライナ大学チャペルヒル校は調査委員会を設置していない
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。ノースカロライナ大学チャペルヒル校は調査していない
- 不正:間違い
- 不正論文数:1報
- 時期:研究キャリアの中期から
- 損害額:総額(推定)は9100万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円。損害額はゼロ円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円。損害額はゼロ円。③院生の損害なし。④外部研究費の額は不明で、額は②に含めた。⑤調査経費(学術誌出版局)が5千万円。⑥裁判経費なし。⑦論文訂正作業が1報につき100万円。1報訂正=100万円。⑧研究者の時間の無駄と意欲削減が4千万円
- 結末:処分なし
●2.【経歴と経過】
主な出典:①http://www.american.edu/uploads/docs/CV_Lahiri_7_31_2017.pdf
- 生年月日:不明。仮に1970年1月1日とする。2004年博士号取得時を34歳とした。インドのコルカタで生まれる
- xxxx年(xx歳):インドのジャダフプール大学(Jadavpur University)を卒業。学士号:化学工学。
- xxxx年(xx歳):インドの製鉄会社・タタ・スチール(Tata Steel)・社員
- xxxx年(xx歳):インドのインド対外貿易大学(Indian Institute of Foreign Trade)を卒業。修士号:国際ビジネス。
- 2004年(34歳?):米国のミシガン大学・アナーバー校(University of Michigan Ann Arbor)で研究博士号(PhD)を取得した。分野:企業戦略と国際ビジネス
- 2004 – 2006年(34 – 36歳?):インドのインド商科大学院・助教授
- 2006 – 2013年(36 – 43歳?):米国のノースカロライナ大学チャペルヒル校(University of North Carolina at Chapel Hill)・助教授
- 2010年(40歳?):後で問題視される「2010年のAcad Manage J」論文を発表した
- 2013 – 2016年(43 – 46歳?):米国のテンプル大学(Temple University)・助教授
- 2014年(44歳?):「2010年のAcad Manage J」論文が問題視された
- 2015年(45歳?):ネカトはなかったとされ、「2010年のAcad Manage J」論文は撤回ではなく、訂正で済んだ
- 2016年-現(46歳? -):米国のアメリカン大学(American University)・準教授
【受賞など】英文のママでスミマセン。
- 2012 Runner-up, Best Conference Paper Award at the Academy of International Business Conference, Washington D.C.
- 2006 Top Three “Professors of the Year” for MBA Elective Courses, Indian School of Business
- 2005 Finalist, 1 of 3, Gunnar Hedlund Award, European International Business Academy
- 2004 Winner, Outstanding Dissertation Award in Business Policy and Strategy, Academy of Management
- 2004 Finalist, 1 of 5, Best Dissertation Award in Technology and Innovation Management, Academy of Management
- 2004 Finalist, 1 of 4, Richard N. Farmer Best Dissertation Award, Academy of International Business
●5.【不正発覚の経緯と内容】
2010年、ナンディニ・ラヒリ(Nandini Lahiri)は「2010年のAcad Manage J」論文を発表した。閲覧は有料なので、白楽は読んでいない。
- Geographic Distribution of R&D Activity: How Does it Affect Innovation Quality?
Nandini Lahiri
Acad Manage J October 1, 2010 vol. 53 no. 5 1194-1209
doi: 10.5465/AMJ.2010.54533233
論文は、世界各地の100の半導体製造企業の研究開発を分析した内容だそうだ。
2014年、「Acad Manage J」誌のジェラルド・ジョージ編集長(Gerard George、シンガポールマネージメント大学・教授 Singapore Management University、写真出典)によると、大学名は記載していないが、院生のグループがこの論文の問題点を編集部に通報してきた。
それで、編集部は、著者に協力してもらい論文検討チームを結成し、問題点を洗い出していった。
2015年8月、その結果、ネカトではなかったとし、「2010年のAcad Manage J」論文を撤回ではなく、訂正した。
- CORRIGENDUM: Lahiri, N. 2010. Geographic Distribution of R&D Activity: How Does It Affect Innovation Quality? Academy of Management Journal, 53(5): 1194–1209.
ACAD MANAGE J August 1, 2015 vol. 58 no. 4 1283-1286
doi: 10.5465/amj.2015.5001
訂正とはいえ、論文の3つの仮説のうちの2つ、それに対応する文章を訂正(コリゲン)した。訂正内容は4ページの文章だそうだが、閲覧は有料なので、白楽は読んでいない。
「撤回監視(Retraction Watch)」によると、作業は以下のようだ。
このプロセスは約1年かかった。3人の専門家からなる論文検討チームを設立し、院生グループが指摘した異常な点を検討した。著者のナンディニ・ラヒリに問題点を伝え、データとプログラミングコードを共有した。
1年間の検討の結果、論文に分析の誤りと解釈の誤りがあったが、記載された結果が再現されたので、論文検討チームは、論文撤回ではなく訂正(corrigendum)で対処することを編集長に勧告した。
●6.【論文数と撤回論文】
2017年11月7日現在、グーグル・スカラー(http://scholar.google.co.jp/schhp?hl=ja)で、ナンディニ・ラヒリ(Nandini Lahiri)の撤回論文を「(retraction OR retracted) author:”Nandini Lahiri”」で検索すると、2撤回論文がヒットした。しかし、本記事のナンディニ・ラヒリとは別人なので、撤回論文はない。
なお、ナンディニ・ラヒリ(Nandini Lahiri)のウェブサイトから最近の論文を探ると2014-2017年は以下のようだ。
- 2017年
●“Pre-commercialization Knowledge Integration and De Alio Performance in Nascent Markets” Strategic Management Society Special Conference, Banff, Canada (with Alice Min). - 2016年
●“The Effect of Founder Prior Experience on Search Pattern of New Ventures in Li-Ion Battery Industry”, Academy of Management Conference. Anaheim, CA. (with Sung Namkung)
●“Liability of Foreignness in Public-Private Partnerships”, Academy of Management Conference. Anaheim, CA (with Bernadine Dykes and Charlie Stevens) - 2014年
●“Utilizing Internal and External Knowledge Resources: Does Firm Scope Matter?” Strategic Management Society Conference. Madrid, Spain (with Sriram Narayanan)
●“Geography and vertical integration” Academy of Management Conference, Philadelphia, PA (with Carmen Weigelt)
●“Cross Border Alliance Formation: The Power of Words” Academy of Management Conference, Philadelphia, PA (with Amol Joshi)
●7.【白楽の感想】
《1》撤回と訂正
3人の専門家からなる論文検討チームを作って、約1年間かけて論文の問題点を検討し、元論文を撤回しないで訂正した。
しかし、論文の3つの仮説のうちの2つを訂正している。
論文テーマの着想はナンディニ・ラヒリ(Nandini_Lahiri、写真出典不明(元が削除された))が考えたのかもしれないが、質量ともに、これでは、新しい論文として掲載されるべきレベルな気がする。1年間もかけて検討した3人の専門家が著者に入ってこないのは、著者在順の点でおかしい。
元論文を撤回し別の論文として掲載する。これが正しい対処ではないんでしょうか?
《2》理想的な解決法
この事件は、一言で言えば、論文に間違いがあったが、訂正し、終わった。しかし、《1》で指摘したように、訂正ではなく元論文は撤回というレベルに思える。
つまり、論文が「ズサン」だったために、論文の3つの仮説のうちの2つを訂正している。
しかし、「Acad Manage J」誌のジェラルド・ジョージ編集長がそう考えたのかどうかわからないが、「間違い」や「ズサン」な論文を掲載した時、著者を「悪者」と決めつけないで、上記のように「訂正」することは、ネカト対処の1つのやり方として「アリ」かもしれない。
イヤイヤ、「アリ」どころか、1つの理想的な解決法である。
ラヒリ(の論文)がそのような厚遇を受けたのは、ラヒリに人望があったから、あるいはラヒリの論文の切り口が優れていた(分析はズサンであったにしろ)なのか?
いずれにしろ、論文の盗用でも盗用が少しの場合、また、論文データのねつ造・改ざんでもねつ造・改ざんが微細な場合、論文検討チームを作って、論文撤回ではなく、訂正で対処できないものだろうか? そうすれば、「悪者」として学術界から排除される研究者は減るだろう。
ただ、3人の専門家が1年もかけて内容を分析し訂正するのは、現実には無理がある。これをどうする?
Nandini_Lahiri, http://www.american.edu/kogod/faculty/nlahiri.cfm
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓
ーーーーーー
●8.【主要情報源】
① 2015年10月19日のロス・キース(Ross Keith)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Mega-correction for “empirical anomalies” in management paper – Retraction Watch at Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント