7-170 学術界ぐるみの不正許容文化(根深い慣行)

2025年4月30日掲載 

白楽の意図:産業経済分析が専門のベン・ランドー=テイラー(Ben Landau-Taylor)がレズネー事件、ワン事件、テシア=ラヴィーン事件、アリエリー事件を取り上げ、学術界は腐っていて自力で更生できない、外部から改革するしかないと主張している「2024年8月のPalladium」論文を読んだので、紹介しよう。おススメ論文です。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
2.ランドー=テイラーの「2024年8月のPalladium」論文
3.動画とポドキャスト
7.白楽の感想
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●2.【ランドー=テイラーの「2024年8月のPalladium」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:The Academic Culture of Fraud
    日本語訳:詐欺の学術文化
  • 著者:Ben Landau-Taylor
  • 掲載誌・巻・ページ:Palladium
  • 発行年月日:2024年8月2日
  • ウェブサイト:https://www.palladiummag.com/2024/08/02/the-academic-culture-of-fraud/
  • 著者の紹介:ベン・ランドー=テイラー(Ben Landau-Taylor、写真の出典)。
  • 学歴:2010年に米国のコネチカット・カレッジ(Connecticut College)で学士号(経済学)取得:Ben Landau-Taylor | LinkedIn
  • 分野:産業経済学
  • 論文出版時の所属・地位:2017年6月以降、ビスマルク分析社(Bismarck Analysis)の上級分析官

●【論文内容】

★レズネー事件

2006年、ミネソタ大学(University of Minnesota)のポスドクだったシルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)と7人の共著者は、世界で最も権威のある学術誌「ネイチャー」に、アルツハイマー病に関する論文を発表した。

レズネーのこの論文は、その重要性からアルツハイマー病が患者を苦しめる「アミロイド仮説」の基幹論文になった。 → シルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)、カレン・アッシュ(Karen Ashe)(米) | 白楽の研究者倫理

シルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)、カレン・アッシュ(Karen Ashe)(米)

認知症の中で最も一般的なアルツハイマー病は、カリフォルニア州の全人口を上回る約5,000万人もの患者がいる。

世界が高齢化社会に向かい、アルツハイマー病の患者数は増加している。

ところが、アルツハイマー病には効果的な治療法がない。発病メカニズムも十分には解明されていない。

この病気への理解が少しでも進むのは、人類にとって大きな福音である。

レズネーの「2006年のネイチャー論文」が基盤となって、米国では、アミロイド仮説の研究に膨大な資金と人材が注ぎ込まれた。

2022年までに、米国政府はこの研究に10億ドル(約1,000億円)以上の資金を投入した。 → 2022年7月26日記事:Alzheimer’s theory undermined by accusations of fabricated research

しかし、その2022年、神経学者のマシュー・シュラグ(Matthew Schrag、ヴァンダービルト大学・助教授)は、レズネーの「2006年のネイチャー論文」と他の多くのアミロイド仮説論文に、データねつ造・改ざんがあると指摘した。

レズネーは、アミロイド仮説に都合が良いようにデータをねつ造・改ざんしていたというのだ。

注目すべき点は、レズネーの不正行為はすべて、超一流学術誌「ネイチャー誌」を始め、有力学術誌の正式な論文検査(査読)に合格していた。不正が発覚したのは、査読とは無関係なところでだった。

★ホァウヤン・ワン事件

マシュー・シュラグがレズネーのネカト行為を見つけたのは、別の研究者の論文を調べていた時、結果的に、芋づる式で見つけた。

アルツハイマー病の治療に効果があるかもしれないと、ニューヨーク市立大学医科大学院のホァウヤン・ワン準教授(Hoau-Yan Wang)は実験薬であるシムフィラム(simufilam)の研究を重ね、有効であるという論文を発表していた。

ところが、シュラグは、ワンの論文にネカト画像を見つけた。 → ホァウヤン・ワン(Hoau-Yan Wang)、リンゼイ・バーンズ(Lindsay Burns)、キャッサバ・サイエンシズ社(Cassava Sciences, Inc.)(米) | 白楽の研究者倫理

ホァウヤン・ワン(Hoau-Yan Wang)、リンゼイ・バーンズ(Lindsay Burns)、キャッサバ・サイエンシズ社(Cassava Sciences, Inc.)(米)

この研究不正を追及する過程で、レズネーのネカト行為を見つけたのだ。

なお、2024年6月、ホァウヤン・ワン(Hoau-Yan Wang)は、ねつ造データで、NIHから1600万ドル(約16億円)の助成金を得たとして連邦大陪審に起訴された。 → 2024年6月28日記事:Cassava Sciences Adviser Indicted on Fraud Charges – WSJ

ワンの研究不正の告発は、大学ではなく、連邦大陪審に持ち込まれた。

研究不正の告発方法として、これは異例だが、2021年、食品医薬品局(FDA)への市民請願(citizen petition)で告発され、連邦大陪審に起訴された。 → FDA citizen petition – Wikipedia

以下は市民請願(2021年8月18日)の冒頭部分(出典:同)。全文(3ページ)は → https://downloads.regulations.gov/FDA-2021-P-0930-0001/attachment_1.pdf

★ネカト者への処罰なし:レズネー事件

レズネー事件に戻る。

レズネーの不正行為は、その後準教授になったレズネーが所属するミネソタ大学(University of Minnesota)が調査した。しかし、遅々として進まなかった。

シュラグがネカトだと指摘した後、2年間、すったもんだを繰り返した。

最終的には、レズネー自身を除く論文の共著者全員が「2006年のネイチャー論文」の撤回に同意し、2024年7月に論文は撤回された。

しかし、「2006年のネイチャー論文」は約2,300回も引用され、Web of Scienceによると、2006年以降に発表されたアルツハイマー病の基礎医学論文の5番目に多い被引用数になった。

被引用数が多いのは、この領域の研究が活発だったことと、多額の研究費が投入されたことを意味している。

「アミロイド、オリゴマー、アルツハイマー病」の用語でヒットする研究に対し、NIHの助成金は、2006年当時はほぼゼロだったのが、2021年には2億8700万ドル(約287億円)/年に増加していた。

レズネーとアッシュ(レズネーのボス)のデタラメ論文がその莫大な研究費投入のきっかけを作ったのである。

研究者たちは今、数十億ドル(約千億円)で塗り固められた約20年にわたる研究不正の闇を解きほぐさなければならない。

レズネーのデタラメ論文が数十億ドル(約千億円)の研究費配分に貢献したのだが、何千人もの研究者がレズネー論文を読んでいたはずだ。

おそらく、その内の何人もの研究者が「2006年のネイチャー論文」はデタラメだと気づいていたに違いない。

今後、アミロイド仮説が生き残るかどうかはともかく、この不正は数千万人の命を救う薬の開発を何年も遅らせたに違いない。これは戦争よりも大きな災害だ。

ネイチャー論文の共著者は全員、不正行為について「一切知らなかった。関与していない」と述べている。しかし、データがねつ造・改ざんされていたことは認めている。

そして、今のところ、犯人は特定されていない。

で、実際にデータをねつ造・改ざんしたのは誰なのか? データは自然に生まれないし、変化もしない。ねつ造・改ざんした人は必ずいる。それも、著者たちの中にいる。

レズネー本人なのか? 共著者なのか?

上司の厳しい期待に応えるためにネカトしたのか? 自分の栄誉と富を求めてネカトしたのか? いずれにせよ、意図的にしたのである。

状況証拠からすると、おそらくレズネー本人だろうが、確固たる証拠は今のところ示されていない。

そして、驚いたことに、レズネーの雇用主であるミネソタ大学(University of Minnesota)は、この疑問には無関心である。記事執筆時点では、レズネーは準教授職にとどまり、NIHから資金援助を受け続けていた。

白楽注:2025年2月7日記事:レズネーはミネソタ大学を辞職した。 → 2025年2月7日記事:Alzheimer’s researcher alleged to have doctored images is leaving UMN • Minnesota Reformer

ミネソタ大学は2022年6月からレズネー論文のネカト調査をしている。

ところが、2024年(?)、ミネソタ大学・広報担当者によると、ミネソタ大学は最近ネイチャー誌に対し、問題の画像2枚を調査した結果、「これらの画像に関するネカト行為はなかったため、調査を終了した」と伝えたという。

大学は犯人探しを止めてしまった。

★ネカト者への処罰なし:テシエ=ラヴィーン事件

レズネーの研究不正事件は、独立した事件ではない。

2023年、当時スタンフォード大学(Stanford University)学長だったマーク・テシア=ラヴィーン(Marc Tessier-Lavigne)は、かつて勤めていた医薬品会社・ジェネンテック社(Genentech)での研究論文に、偽造データが見つかり、辞任を余儀なくされた。 → マーク・テシア=ラヴィーン(Marc Tessier-Lavigne)(米) | 白楽の研究者倫理

マーク・テシア=ラヴィーン(Marc Tessier-Lavigne)(米)

不正論文の中には、1,000回以上も引用されているアミロイド仮説の論文もあった。なお、その論文は、現在、撤回されている。

2024年、テシア=ラヴィーンは学長を辞任したが、しかし、ベンチャーキャピタリストの支援を受けて10億ドル(約1,000億円)以上の資金をもつ新設の医薬品会社・ザイラ・セラピューティクス社(Xaira Therapeutics)の社長に就任した。

テシア=ラヴィーン事件でも、レズネー事件と同じように、スタンフォード大学はネカト犯を特定しなかった。

単に、研究室の管理が不十分だったと、テシア=ラヴィーンを非難しただけだった。

スタンフォード大学理事会の公式報告書は、「テシア=ラヴィーン研究室の複数のメンバーが、何年にもわたって研究データをねつ造・改ざんしていたようだ」と述べている。

報告書には、「テシア=ラヴィーン博士の研究室で得た主要なデータを基に2009年2月に論文を出版した。この論文作成過程で、論文出版に必要な厳密さを欠いていた。しかし、テシア=ラヴィーン博士は、この厳密さの欠如を認識していなかった」という、信じがたい主張が記載されている。

ネカト調査委員会は、「テシア=ラヴィーン博士が、それぞれの論文の発表前または発表時に、研究データのねつ造・改ざんがあったことを知っていたとは思えない」と主張した。

しかし、第三者である論文の読者は、多くのねつ造・改ざん画像を目視で特定している。

スタンフォード大学の公式見解は、自分の研究室で何が起こっていて、自分が著者の研究論文に何が起こっているのかを、その研究室の責任教授が知っていたとは思えない、というものだ。

もう一度言うが、真犯人と思われる人物を見つけようと、スタンフォード大学は努力していない。

つまり、大学はネカト事件の詳細を調べ、ネカト防止策を立て、実行する意思がない。

スタンフォード大学・理事会の報告書を額面通りに受け取ると、複数の研究室に身元不明の不正者が数人いることになる。

理事会の言動は、これらの不正者が重要な医学研究のデータをねつ造し続けていると自分たちで結論しているのに、そのことを、明らかに問題視していない。

その上、理事会は、不正は「研究室の文化と管理(lab culture and management)」から生じたと主張している。つまり、ネカト行為は学術界の文化だという見解だ。

暗に、実際にデータをねつ造した責任(道徳的または研究規範上の責任)、を負う個人は一人もいないと主張している。

驚いた見解・姿勢である。

ミネソタ大学でも見たように、スタンフォード大学のこの姿勢は大学管理者の典型的な姿勢である。

それでも、テシア=ラヴィーンは少なくとも大学を追放された。しかし、レズネーのように全く罰せられないネカト者もいる。

白楽注:2025年2月7日記事:レズネーはミネソタ大学を辞職した。 → 2025年2月7日記事:Alzheimer’s researcher alleged to have doctored images is leaving UMN • Minnesota Reformer

彼らのネカト行為を、研究者の単なる間違いだと勘違いしてはならない。

間違いではなく意図的な詐欺で、この詐欺は大量殺人と同等である。

世界中でアルツハイマー病に苦しむ人々への治療、おそらくいつかは開発されるであろうその治療法が、一人の男のキャリア保身のために何年・何十年も延期されたのである。

公正な世界であれば、加害者は一流の役職から別の役職に簡単に移籍することはあり得ない。

公正な世界であれば、レズネーやテシア=ラヴィーンの裁判はサム・バンクマン=フリード(Sam Bankman-Fried)の裁判と同じくらい世間に広く報道され、世間から強い批判・非難を受けるはずだ。有罪判決が下れば、彼らは何十年も投獄されることになる。

白楽注:以下、サム・バンクマン=フリード(Sam Bankman-Fried)の2024年3月29日のCNN記事「FTX創業者に懲役25年、罰金1.6兆円 米地裁 – CNN.co.jp」から抜粋。

(CNN) 米ニューヨーク連邦地裁は28日、暗号資産(仮想通貨)交換業者FTXの創業者、サム・バンクマン・フリード被告(32)に懲役25年の判決を言い渡した。
同地裁のルイス・カプラン判事はまた、罰金110億2000万ドル(約1兆6680億円)の支払いも命じた。
バンクマン・フリード被告は詐欺や共謀の罪に問われ、昨年11月に有罪評決が言い渡されていた。

★再現不能は分野を超える:アリエリー事件

医学分野のネカトは学術詐欺の中でも最も悪質だが、ネカトは医学分野だけで発生しているわけではない。

医学分野よりも有名なのは心理学での「再現性危機」である。

2010年頃から、心理学のほとんどの論文は再現できないことが広く知られるようになった。

心理学のほとんどの論文は、「Pハッキング」などの統計上の不正操作、または単なるでたらめデータに満ちている。それで、論文結果を再現できない。

言っておくが、「再現性危機」という表現は、「詐欺・デタラメ」の婉曲表現である。

長い間、心理学者たちは、詐欺・デタラメ論文であることを知っていたにもかかわらず、改革しないできた。だから、心理学は他の研究分野に比べて、特に悪質だと思われてきた。

最も悪質な例は、スーパースター教授でベストセラー作家のダン・アリエリー(Dan Ariely)だろう。 → 心理学:ダン・アリエリー(Dan Ariely)(米) | 白楽の研究者倫理

心理学:ダン・アリエリー(Dan Ariely)(米)

彼は現役の心理学者では最も有名だ。

彼の論文は再現性がないとか、研究倫理に欠ける、と何回も指摘されたが、2021年、最も明白なケースが明るみに出た。

社会的研究でのネカト分析に焦点を当てたブログ「Data Colada」は、2021年、ダン・アリエリーの「2012年9月のProc Natl Acad Sci U S A」論文にデータねつ造があると指摘した。 → [98] Evidence of Fraud in an Influential Field Experiment About Dishonesty – Data Colada

5人の共著者全員が、データはねつ造されている、ダン・アリエリーがそのねつ造データを同僚に渡した人物だ、と述べた。

アリエリーは、著者らが提携している保険会社からデータを受け取ったとき、すでにデータはねつ造されていたと主張した。一方、保険会社は、データはアリエリーに送った後に操作されたと主張している。 → 2024年1月18日記事:Is Dan Ariely Telling the Truth?

アリエリーの言い訳は「見え透いた嘘」レベルの稚拙な言い訳だが、雇用主のデューク大学(Duke University)にとって、このネカト事件を隠蔽するのに十分な言い訳だった。

2024年、デューク大学は調査の結果、「アリエリーは故意にデータを操作していなかった」と結論した。

そして、アリエリーは、「自分がデータを操作していなかった、と大学は結論した」と、今度は、大学の結論を盾に防御している。

イヤイヤ、大学のこの結論の情報源はアリエリー、あんたが言い出した言い訳でしょ。

そして、デューク大学は記者団に対し「我々はこれについて事実を確認する立場にはない」と述べている。 → 2024年2月16日記事:Academic Council hears from administrators on settling financial aid lawsuit, investigation into data fraud allegations – The Chronicle

つまり、デューク大学も、不正行為をした真犯人を見つけようとしない。真実を見つける努力を放棄している。

一方、ほとんどの関係者・報道は、アリエリーがほぼ確実に不正行為を行なった当人だと述べている。

とはいえ、他の4人の共著者のうち、誰も論文データをよく調べて、それがあり得ない数値だと見抜こうとしなかった。このことも重要である。

そして、アリエリーの他の論文のデータの真偽を十分詳しく調べた人はいない。今となっては、その論文のデータの根拠となる生データを入手できるかどうかもわからない。

★大学管理者が共謀し不正を奨励

大きな組織には、ある頻度で事件が発生する。たまたま起こる事故のような事件である。

しかし、ここで取り上げたレズネー事件、ワン事件、テシア=ラヴィーン事件、アリエリー事件は、事故のような事件ではない。

これらの事件は、大学管理者たちが積極的に不正者を擁護し、不正を隠蔽・奨励してきた事件である。

学術界の組織的な腐敗は、学術詐欺文化、不正許容文化、という研究者の文化(根深い慣行)に起因している。

私(ランドー・テイラー)は、この論文を書くために調べたが、各分野を代表する著名な研究者が重大な研究不正事件を起こした多数の事例がある。例えばピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)事件である。
 → He Promised to Restore Damaged Hearts. Harvard Says His Lab Fabricated Research. – The New York Times
 → ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)(米) | 白楽の研究者倫理

ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)(米)

もっと事例を知りたいなら、示すことは容易である。

ある研究によると、2000年から2021年の間に、後に撤回された欧州の生物医学論文の割合は4倍になった。 → 2024年5月4日論文:Biomedical retractions due to misconduct in Europe: characterization and trends in the last 20 years | Scientometrics

で、ここに、なぜ、という疑問が起こる。

査読者、そして論文の共著者も、論文の不正、デタラメ、に注意を払わなかった。

ネカトハンターたちは、大学管理者からの弾圧を受ける中で、何年もかけて研究不正を個人的に追及してきた。

ネカトハンターたちが見つけ、告発した時しか、ネカト事件は世間にさらされない。

そして、ネカトを見つけ告発しても、大学が弾圧・隠蔽するので、数十年後まで明るみに出ないことも多い。

この状況なので、大半のネカトはまだ見つかっていない。見つかっても世間に公表されていない。

研究者は研究助成金を申請する時、申請書に素晴らしい成果が得られると約束している。それなのに、なぜ約束した素晴らしい成果を、研究者は発表しないのか?

テシア=ラヴィーンは、スタンフォード大学を去らざるを得なくなったが、この点、例外的なケースである。

彼のネカト論文とその責任が世間にさらされたが、その理由は、彼のネカト行為・無責任さが特にひどかったからではない。

テシア=ラヴィーンのネカトを追及したのは、スタンフォード大学・学生新聞のテオ・ベイカー記者(Theo Baker)だった。

テオ・ベイカー記者が優れた記事を掲載できたのは、彼の家族のコネを利用したからである。

家族のコネを利用してでも追及した点は、称賛されるべきであるが、多くの場合、テシア=ラヴィーンが犯したネカト行為に対して、学術界も大学も辞任を求めない。

ホァウヤン・ワンは、シムフィラム研究のねつ造で有罪となれば、さらに高い代償を払うことになるかもしれないが、ホァウヤン・ワンも例外的なケースである。

ホァウヤン・ワンのケースでは、告発者たちは論文撤回などという学術誌のシステムで正義を追求しなかった。

連邦政府の規制当局である食品医薬品局への市民請願(citizen petition)というシステムで直接正義を訴えたのである。

この訴えが、証券取引委員会(SEC:Securities and Exchange Commission)の調査を促し、ホァウヤン・ワンの不正を糾弾することが可能になった。

私が調べたネカト事件で、ジャーナリストや連邦検察官など他の権力者から強い圧力を受けた場合を除くと、大学は自分の大学に所属するネカト者に深刻な処罰を科した例は一度もない。

★学術界の崩壊

学術界は、米国の他の特権組織から教訓を学ぶべきだ。

金融業界は、たとえその規則が時として緩くても、規則や規範を破る者を捕まえるための優れた装置を持っている。

証券取引委員会(SEC:Securities and Exchange Commission)や財務省のような連邦官僚組織は、主に元金融業者や銀行員、あるいは将来の金融業者や銀行員で構成されている。

彼らは民間企業と政府官僚組織の間を「回転ドア」を通るように自由に行き来している。

その結果、彼らは同じ規範、同じ公正観、同じ違法性の感覚を共有している。

詐欺行為をすれば、連邦機関に在職しているその詐欺師の元同僚たちは、とんでもなく厳しい処罰を科す。雇用主は速やかにその詐欺師を解雇する。

その上、証券取引委員会(SEC)には内部告発者への報奨金制度がある。

告発者には委員会が課す罰金の10~30%が支払われる。そのシステムで授与した報奨金を定期的に発表していて、額は数千万ドル(数十億円)にのぼる。 → SEC.gov | Office of the Whistleblower

捕まった詐欺師はしばしば刑務所送りになる。

サム・バンクマン=フリード(Sam Bankman-Fried)の25年の刑期は、数十億ドル(数千億円)の窃盗と詐欺に対しては軽すぎるかもしれない。

しかし、彼が刑務所にいるという事実は、アルツハイマー病研究者の無処分に比べ、はるかに確固とした道徳的基盤を与えている。

―――以下再掲

白楽注:以下、サム・バンクマン=フリード(Sam Bankman-Fried)の2024年3月29日のCNN記事「FTX創業者に懲役25年、罰金1.6兆円 米地裁 – CNN.co.jp」から抜粋。

(CNN) 米ニューヨーク連邦地裁は28日、暗号資産(仮想通貨)交換業者FTXの創業者、サム・バンクマン・フリード被告(32)に懲役25年の判決を言い渡した。
同地裁のルイス・カプラン判事はまた、罰金110億2000万ドル(約1兆6680億円)の支払いも命じた。
バンクマン・フリード被告は詐欺や共謀の罪に問われ、昨年11月に有罪評決が言い渡されていた。

―――再掲ここまで

米国の金融システムは、世界最高の司法機関というわけではない。

しかし、基本レベルの自己規制、専門的基準を維持するための努力、そして社会全体に対する説明責任を示している。

学術機関は、この最低基準に遠く及ばない。

学術界の連続不正者は上司に保護され、同僚から祝福されている。そして、学術機関には、あらゆる段階でネカトを奨励する文化がある。

例えば、博士課程の大学院生はどのような方法でもいいから、肯定的な研究結果を出すよう命じられる。

そして、論文共著者や研究助成金審査員は、面倒なので、論文原稿や研究費申請書の中の研究データをちゃんと精査しない。

研究不正をしない多数の研究者は、通常、同僚の研究不正を容認する。

不正を容認しない少数の研究者は、学術界からひっそりと排除される。

私(ランドー・テイラー)の友人の友人が大学院に入学し、論文出版できる研究結果を得るために不正行為をするよう、暗にまたは明らかに指導教官から要求された。

友人の友人は、指導教官を告発せず、学術界に嫌気がさして大学院を辞めた。こういう院生は数え切れないほどいる。

学術研究における問題はデータねつ造・改ざんだけではない。偽陽性を生み出すようにデータを操作したり、「HARKing」(結果が判明した後に仮説を立てること)などのクログレイ行為はかなり一般的である。

★大文字の「真実」(the capital-T Truth)

例外はあるが、ほとんどの学者・研究者は大文字の「真実」(the capital-T Truth)にあまり関心がない。

[白楽注:大文字の「真実」(the capital-T Truth)は独特の言い方だけど、ここでは、研究不正行為の本当の実行者や本当の実行状況を知る「真実」を指している(らしい)]。

「真実」の解明にたった2ドルしかかからないなら、学者・研究者は、嘘をつかないで真実を話す。

[白楽注:この「2ドル」もヤヤコシイ。アレクサンダー・ローズ(Alexander Rose)の2011年の著書『2 ドルを払う( Pay The Two Dollars)』(表紙と以下概要出典、同)がベースらしい。本の概要を以下に示す]。

『2 ドルを払う: 法廷に立たないようにする方法と、法廷に立ったらどうするか』 という本は、20 年以上の弁護士経験を持つアレクサンダー・ローズが、法的なトラブルを回避する方法と、トラブルが発生した場合の対処方法についての実用書である。この本のタイトルは、2 ドルの罰金の支払いを拒否したために、何年も法廷で過ごし、何千ドルもの訴訟費用を支払わなければならなかった男性の話に由来している。教訓は明らかで、時には、2 ドル払って先に進む方がよい場合がある、ということだ。

現在の研究界でネカトに遭遇した時、研究者は、①富と名声とキャリアの成功、または、②「真実」の追求、のどちらかを選ばなければならない。

これが現実だという社会は欠陥社会である。

学者・研究者は、しかし、2 ドルを払った代償(②を選んだ時の代償)が少しでも大きければ、2 ドルを払わない。

私たちの文明は大学を創設し、大学に特別な特権を与えた。

なぜなら、自由に真理を探究することは人間社会にとって最も高貴な職業であり、最も有益な職業でもあると認識してきたからである。

大学教授にはこの真理探求という神聖な信託を与えられたが、彼らは快適な地位を確保する不正許容文化を選び、「真実」の追求を放棄した。

何百報~何千報の論文を発表しても、不正を許容した論文を出版する貪欲な出世主義者は人類の知を前進させることはできない。

知識は、常に真理探求する人々から生まれる。彼らは飽くことのない知識欲を追い求め、不正許容文化を排除し、世俗的なことに関心を抱かない。

今日の学者・研究者たちは、優れた過去の人々が建てた寺院の廃墟に住んでいる。

★学術界の外の真実探求者たち

私(ランドー=テイラー)は、学術界ぐるみの不正許容文化(根深い慣行)を、学術界の内部から改革できるとは思っていない。

率直に言って、もう手遅れである。

もし学術界が、私(ランドー=テイラー)が誤っていると証明したいなら、ネカト研究者やデタラメ学者を学術界から完全に排除してください。

そうすると、おそらく大学・研究所の研究者を大幅に解雇することになるだろう。

データねつ造でNIHの助成金を騙し取った医学研究者を、米国は投獄した例はある。

投獄は極めてまれだが、2006年にエリック・ポールマン(Eric Poehlman)に1年、2015年にドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)に4年9か月の刑を宣告した。ホァウヤン・ワン(Hoau-Yan Wang)もすぐに彼らの仲間入りをするかもしれない。

でも、投獄頻度は10年に1件程度である。

10年に1件程度では、学術界の不正許容文化(根深い慣行)を解決するにはとても足りない。

法的手段があることは、一応、示せているが、件数はとても足りない。

学術界がその気なら、金融業界を見習って、ネカト者を捕まえて投獄する専門機関をNIH内に設置したらどうだ。

あるいは、ネカト者を告発した人に、そのネカト者に授与したNIH助成金の10%を報奨金として与えたらどうだ。

手段はどうあれ、内部から問題を解決するには、結果的に、何百人ものネカト者を投獄し、何千人もの研究者を大学・研究所(学術機関)から永久に締め出す必要がある。

また、軍隊が将校の不正を公開で処罰する「キャシャ―リング(Cashiering – Wikipedia)」のように、大学管理者はネカト者に与えた学位記(博士号証書)を公開の場で引き裂き、学位を剥奪する儀式を導入したらどうだ。

これらは実際に問題を解決できるかもしれない3つの介入方法だが、残念ながら、現在の学術機関がこのような介入方法を導入する、あるいは他の効果がありそうなことを受け入れるとは思えない。

そもそも、私(ランドー=テイラー)は、これらの解決法を学術機関が受け入れると思って提示したわけではない。

問題は「学術界ぐるみの不正許容文化(根深い慣行)」なのだが、この問題を別の視点でとらえると、ネカトすることが研究者としてキャリア・アップする最良の方法だ受け取る若い研究者が増えることだ。

その上、「10年に1件程度の投獄」という、厳しい処罰を受ける可能性が雷に打たれるのと同じくらい低いことを知ると、ネカトしないと損をすると思う研究者がますます増えることだ。

一方、誠実かつ勇気のある少数の研究者は、個人のブログやその手のウェブサイトで、多数の研究者のネカト行為を公表し問題視し続けている。

しかし、学術機関は彼ら「誠実かつ勇気のある少数の研究者」を支援しない。不正疑惑を指摘された研究者や学術機関はそのようなブログやウェブサイトを閉鎖するようにと、法的に脅迫し、圧力を強めている。

つまり、改革は学術界の外からの力でしかできない。

「真実」を求め追求する真っ当な人々はたくさんいるので、おそらく、いずれ、改革は実現するだろう。

彼らは、査読付き学術誌や大学の官僚機構で活動しないで、インターネットで活動している。

★大学無用論

近年最も影響力のある哲学者・エリーザー・ユドコウスキー(Eliezer Yudkowsky – Wikipedia)は、高校の卒業証書すら持っていないブロガー兼ファン・フィクション(Fan Fiction)作家である。

ユドコウスキーのTED講演動画:https://www.ted.com/talks/eliezer_yudkowsky_will_superintelligent_ai_end_the_world

彼の考えは、オープンエーアイ(OpenAI – Wikipedia)やアンソロピック(Anthropic – Wikipedia)などの主要なAIラボの形成に貢献した。

学術機関から少し援助を受けたが、これらのラボは、近年、産業界の最大の技術的進歩を達成した。

多くの知的エリートは、大学を離れ、自力でインターネット上で活動している。

考古学でさえ、大学の外で活動している。

例えば、ヘルクラネウム・パピルス(Herculaneum Papyri)の解読を目指す「ベスビオ・チャレンジ(Vesuvius Challenge)」は豊富な資金を持っていて、大学外で活動している。

大学が何らかの方向転換をしない限り、この傾向はますます多くの分野に広がるだろう。

この状況は21世紀に初めて出現したわけではない。前例がある。

1500 年代から 1700 年代初頭にかけて、世界最高の科学研究のほとんどは、個々の自然哲学者が個人として行なった。

彼らは正式な学術機関ではなく、「インビジブル カレッジ(Invisible College – Wikipedia)」や「文学共和国 – Wikipedia(Republic of Letters)」などの緩やかで非公式の知的共同体として交流していた。

このような交流の中で、近代科学は発展し体系化され、初期の大きな発見がなされ、発見者の知的権威が確立された。

時が経つにつれ、これらのネットワークは徐々に大学や英国王立協会(Britain’s Royal Society)などの研究機関に統合され、何世紀にもわたってその知的正当性が尊重され、認識論的価値が維持されてきた。 → 2021年1月12日論文:Knowledge Production and Intellectual Legitimacy | Samo Burja

だから、少しの幸運に多大な努力を足せば、21世紀の私たちも同じような道筋をたどれるかもしれない。

●3.【動画とポドキャスト】

【動画1】
この論文の主題に関するインタビュー動画:「Fraud in Academia with Ben Landau-Taylor – YouTube」(英語)58分19秒。
Live Players with Samo Burjaが2024/08/28に公開
https://www.youtube.com/watch?v=MWMpB0fK1Sk

【ポドキャスト1】
Fraud in Academia with Ben Landau-Taylor

●7.【白楽の感想】

《1》もう手遅れ? 

米国も日本も、大学・研究所などの学術機関にネカトの調査・対処をさせている。

カナダのマギル大学で土木工学を専門とするジム・ニセル教授(Jim Nicell)は、同僚の研究不正行動を取り締まる最善の方法は、大学内部で適切に管理することだと、あほらしい主張をしていた。 → 7-158 不正対処機関を大学外に設置するのに反対 | 白楽の研究者倫理

このような研究者が多いと思う。

一方、ベン・ランドー=テイラー(Ben Landau-Taylor)は次のように述べている。

学術界ぐるみの不正許容文化(根深い慣行)を、学術界の内部から改革できると、私(ランドー=テイラー)は期待していない。

率直に言って、もう手遅れである。

研究者倫理の外国の事件をたくさん解説し、英語で発表された多数の論文を読み解いている白楽は、ランドー=テイラーの上記の視点が正しいと感じる。

でも、米国で「率直に言って、もう手遅れである」なら、日本は、もっと手遅れである。

日本のネカト疑惑者の告発を半年前に始めたが、中止を検討している。 → 5C 日本の研究疑惑:通報と対処 目次(1) | 白楽の研究者倫理

何か異質な流れが出てこないと、日本の研究公正は悪いままの現状が続くだろう。

ランドー=テイラーが主張するように、もう、人類に有益な知と技術の開発・発展に従来の学術機関は対応できないのかもしれない。

従来の学術機関の外で、産業界がどのようなシステムで知と技術の開発・発展を担えるのか、興味深い。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、研究技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、研究技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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