7-115 ネカト告発、もっと必要!

2023年1月13日掲載 

白楽の意図:学術論文の出版工程にネカト検出工程はない。また、研究界のネカト検出対策はとても貧弱である。それで、ネカト事件が永続的に発生している。対策として、ネカト検出・告発を奨励する環境が必要だと主張したアマン・マジムダール(Aman Majmudar)の「2022年10月のUndark」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
2.マジムダールの「2022年10月のUndark」論文
9.白楽の感想
10.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●2.【マジムダールの「2022年10月のUndark」論文】

★書誌情報と著者情報

●【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。

ーーー論文の本文は以下から開始

★なぜ16年も

2022年7月、アルツハイマー病の研究でショッキングなニュースが流れた。

シルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)らの2006年の画期的な論文にデータ改ざんの可能性があるというニュースだ。

ヴァンダービルト大学のマシュー・シュラグ(Matthew Schrag)の調査結果が「Science」誌に掲載された。 → シルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)、カレン・アッシュ(Karen Ashe)(米) | 白楽の研究者倫理

ショッキングなニュースではある。しかし、学術界のネカト事件は珍しくない。実際、何度もニュースになっている。

学術界のネカト行為は頻繁に起こっているからだ。

アルツハイマー病のレズネー事件は、その一例にすぎない。

他のネカト事件の例を挙げると、2015年、デューク大学(Duke University)・準教授・医師のアニル・ポティ(Anil Potti)が、「Science」誌に発表したがん診断のゲノム技術論文でデータねつ造・改ざんをしていたというニュースが流れた。そして、論文は撤回された。
 → 2015年11月10日記事:Scientist falsified data for cancer research once described as ‘holy grail,’ feds say – The Washington Post → アニル・ポティ(Anil Potti)(米) | 白楽の研究者倫理

オランダの研究公正に関する全国調査を報告した2021年の論文によると、調査対象の研究者の半数以上は、研究成果を補強する方向で参考文献を意図的に選択していた。この行為は「クログレイ行為 “questionable research practices”」である。さらに、生命科学・医学(life and medical sciences)の分野の10.4%の研究者は、過去3年間にデータねつ造・改ざんをした。これはネカト行為である。 → 7-79 研究者の51%がクログレイ、8%がねつ造・改ざんしていた | 白楽の研究者倫理

レズネーらの2006年の論文はデータ改ざん事件ではあるが、その影響は単に知の体系を損傷しただけではない。

レズネーらの論文をベースに、米国政府のアルツハイマー病の研究方向が策定され、アミロイドに焦点を当てた研究と医薬品開発に米国のアルツハイマー病の研究資金 (16億ドル、約1600憶円) のほぼ半分が費やされてきた。

レズネーの論文をもっと早く、もっと批判的に調べていたら、アルツハイマー病のより有望な研究に資金を向けることができていたハズだ。

マシュー・シュラグがレズネーらの論文のネカトを指摘して以降、レズネーの他の論文のネカトも調査されている。

しかし、2006年の論文のネカトを指摘したのは2022年である。なぜ16年もかかったのか?

★査読

形式的には、ネカト行為を防止・発見する方策が講じられているように見える。

学術誌は、論文の品質管理のための主要な手段として査読を課している。

そして、米国・研究公正局(ORI)は、ネカト行為を調査し処罰を科している。

しかし、それらは実際は、全くと言っていいほど不十分なのだ。

学術誌は、本来、論文出版工程の初期段階でネカトを確実に検出すべきである。ネカト論文を出版するということは不良品を商品として売っていることになる。

誤解を招くデータや不正なデータは、論文が公開される前に特定され排除されるべきなのだ。

出版前にネカトを検出し排除する仕組みを導入すれば、論文出版後に出版した論文にネカトがあるとの指摘は大きく減るだろう。

しかし、査読に頼る現在の論文原稿のチェック体制では、誤解を招くデータや不正なデータをほとんど排除できない。このことは研究者も認めている。

2012年の国際調査で、調査対象のほとんどの研究者が、査読でネカトを検出するのは非常に難しいと考えている。
 → Peer review in a changing world: An international study measuring the attitudes of researchers – Mulligan – 2013 – Journal of the American Society for Information Science and Technology

メリーランド大学(University of Maryland)のメリンダ・ボールドウィン科学史・教授(Melinda Baldwin、写真出典)は、「査読はネカトを検出するように設定されていません。ほとんどのネカト事例は論文出版後に指摘されています」、と指摘している。
 → 2022年3月24日の「Scholarly Kitchen」記事:Fraud and Peer Review: An Interview with Melinda Baldwin – The Scholarly Kitchen

超一流学術誌の査読でも、実際、悪質なネカトを検出できていない。

例えば、超一流学術誌の「ランセット(Lancet)」は、抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンがコロナ患者の死を引き起こしたという誤解を招くサパン・デサイー(Sapan Desai)らの論文を2020年5月に掲載し、掲載直後にネカトが指摘され、論文を撤回した。 → サパン・デサイー(Sapan Desai)(米) | 白楽の研究者倫理

その月の初め、デサイーらは別の超一流学術誌の「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(New England Journal of Medicine)」にも別の論文を発表し、ネカトが指摘され、論文はすぐに撤回された。

これらデサイーらの論文の研究結果は大きな政治的意味合いを持っていたので、論文は世間の注目を集めた。それで、ネカトハンターが活動しなくても不正行為が迅速に発見された。

しかし、デサイーらの論文のネカト発覚過程は、他の多くの論文でのネカト発覚過程とは大きく異なる。

世間の注目を集めた論文だけではなく、すべての論文で正常に機能するネカト検出システムが必要である。

★ネカト告発

学術誌は、論文出版工程の初期段階でネカトを確実に検出すべきである。しかし、その方策としての査読はネカト検出に不十分である。と上記した。

それなら、論文出版後に迅速にネカト検出する方策を用意することが重要になる。

ネカトを検出した場合、ここで検出と同じレベルで重要なのは、ネカトの告発が行なわれることだ。ネカトを見つけても当局に通報しなければ、見つけていないのと同じである。

それには、研究界は、研究者が仲間の研究者の論文にネカト疑念が生じた時、すみやかにネカト疑念を公表できる環境を育成・奨励する必要がある。

ところが、多くの場合、ネカトを通報すると報復を受ける。

ネカト(悪いこと、不正)をしたので、ネカトと告発された研究者は軽蔑され、孤立する。そして、多くの場合、職を失うなどの処分を受ける。ネカト研究者の評判だけでなく、その共同研究者たち、上司、所属大学などの評判は落ちる。メディアからの批判にさらされる。

そして、研究界は狭い世界なので、仲間を守る意識も強い。

ネカト(悪いこと、不正)をした研究者なのに、共同研究者たち、上司、所属大学の多くは、彼(女)らを排除しないでかばう。

このような状況なので、ネカト告発者は、多くの場合、ネカト行為を隠蔽する研究界・所属大学・研究仲間の強い圧力に直面する。

それで、研究界を良くしようという善意の気持ちがあっても、多くの研究者はネカトを告発しない。

「2016年の研究公正ハンドブック(Handbook of Academic Integrity)」論文で、告発者が報復に直面する可能性がある一連の事例研究が示されている。
 → Whistleblowing and research integrity: making a difference through scientific freedom

早い話し、ネカト告発をすると、多くの場合、研究界・所属大学・研究仲間から、さまざまな報復を受ける。

この報復からネカト告発者を守る、あるいは、報復させない状況がないと、正義と善意のネカト告発が成り立たない。つまり、ネカト告発が安全であることが重要になる。

米国・研究公正局(ORI)はこの点、全く不十分である。

★ネカト検出

研究者はネカト疑惑があると研究助成機関や研究公正局に通報するが、その時、被告発者が「意図的に、故意に(intentionally, knowingly, or recklessly)」ネカトしたという証拠を示す必要がある。[註:どの程度の証拠を想定しているのか不明だが、<証拠>と言うレベルでは、白楽は、ないと思う]

論文出版後に迅速にネカト検出する方策を用意することが重要だと上記したが、ネカトを検出するのには、当該研究分野の専門知識とネカト検出の専門知識の両方が必要である。その上、検出・調査には長時間かかる。

つまり、正義と善意がベースだが、当該研究分野の専門知識をもつ研究者なら誰でもできるわけではない。その上、ネカト検出の専門知識を身につけても、ネカト検出作業に長時間かかるので、多くの研究者が喜んでネカト検出をするということはない。多くの研究者は多忙なので、むしろ、ネカト検出・調査を避ける。

シュラグはレズネーらの2006年の論文を精査し、ネカトを見つけ、NIHに通報した。

シュラグの場合、アルツハイマー病の治験中の新薬・シムフィラム(Simufilam)を調査している弁護士がシュラグに18,000 ドル(約180万円)を払ったからだ。

そう、この弁護士は、新薬・シムフィラムの治験が失敗した場合に利益を得るクライアントの代理人だった。それで、レズネーらの2006年の論文を根拠にした新薬・シムフィラムのアラさがしを、有償で、シュラグに依頼したのだ。

弁護士からの報酬が約束された依頼がなくても、シュラグはレズネーらの2006年の論文のネカト調査をしただろうか? 仮定の話しだが、おそらくしなかったと思われる。

そして、シュラグが検出したネカトについて「Science」誌の専門家は独自にネカト調査をした。ネカト検出・調査は長時間かかる作業だと述べたが、「Science」誌の専門家はその調査に6か月もかかったのだ。

では、どうすればよいか?

高く評価された研究成果を精査する再評価研究を研究界が標準化し、専用の研究費を提供すれば、ネカトを発見するのに16年もかからなかった。

競合他社の利益という動機がベースだったネカト調査も必要としなかった。

★システム

基礎研究は定期的に再評価する必要がある。

かつては確固たる研究知見だった古い研究成果が時代遅れになっている可能性がある。

技術が進歩して、より高度な測定と包括的な研究方法が可能になっているので、古い研究成果を再評価すべきなのだ。

そして、このような再評価を慣習とするのだ。

それを可能にするには、古くても引用回数の多い研究結果を最新の測定法と方法論で再評価する論文を、学術誌は、奨励し掲載することだ。

研究助成機関はその種の研究を奨励し助成することだ。

また、研究界はネカト告発を研究界の標準仕様にすることだ。

研究部門長は、ネカト告発を奨励し、告発者を必要に応じて支援および保護すると、配下の研究員に伝えるべきだ。

ネカト告発を研究界の標準仕様にし、告発への報復(コクハラ)がなければ、ネカト告発に勇気は不要で、ネカト行為数は激減するだろう。

●9.【白楽の感想】

《1》正鵠を射る 

著者のアマン・マジムダール(Aman Majmuda、写真出典)は、米国のシカゴ大学(University of Chicago)で法律・文学・社会学を専攻とする学部2年生である。

シンガポール陸軍の「Sector Response Force Trooper」に在籍していたこともあるので、ストレートに大学入学をしてはいない。

国際エッセイコンテスト(International Essay Contest for Young People )の2020年の入賞者でもある。

しかし、経歴を見ると、マジムダールは研究界に身を置いていない。学術研究の経験はない。

そのような経歴の学部2年生なのに、主張は研究界の問題の核心をついている。マジムダールの、正鵠を射る(せいこくをいる)能力に驚いた。

事実認識や主張に100%賛成というわけではないが、骨格は賛成である。

日本にもこんな学部生がいたらなあ。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少する。科学技術は衰退し、国・社会を動かす人間の質が劣化してしまった。回帰するには、科学技術と教育を基幹にし、堅実・健全で成熟した人間社会を再構築すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●10.【コメント】

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